2017年11月18日

oneshot取り敢えずクリアしました

色々と事情がありまして、「ニコが可愛い」以外言うことが出来ません。

ニコ可愛い。



いやもう何をどういったらいいのか、とりあえずなんというか、色々あれこれ考えながら試行錯誤するのが好きな人であれば、一切情報を仕入れずに遊んでみることをお勧めします。

あと、ただひたすら「暗い中で明かりを探す」という感覚が大好きな人には超お勧めです。

私もこれから二周目いってきます。
posted by しんざき at 02:02 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

赤ちゃんだけじゃなくて子どもは正直いってめちゃくちゃ可愛い

赤ちゃんの世話は地獄みたいに大変ってことはインターネットで読んで知ってたけど
こんなに可愛いって知らなかったよ!早く言ってよ?
毎日楽しいよ
うんとですね、しんざき家10歳の男の子と5歳の双子女児がいるんですけれど、勿論赤ちゃんの頃も可愛かったけれど、5歳10歳の今になってもめちゃくちゃ可愛いし遊んでて死ぬほど楽しいし会話してるとすげー嬉しいですよ。さすがに長男は10歳にもなったし男の子なんで面と向かって可愛いとは言ってないですが、内心では超絶可愛いし大きくなってくれて凄い頼もしいしこんな生き物が生まれてきてくれてありがとう…!!哺乳類すごい…!!としか思っていません。長女次女の方はホントもう物凄く可愛い。客観的に見て天使。こんな可愛い生き物が成長してちゃんと人間らしくなって、しかも日本語を使ってコミュニケーションしてくれるとか、ホント人類ってものすげー進化したなと思います。これは何?SF?って感じ。

ただまあなんていうのか、これ私自身にも抵抗感がある話なんですけど、何故か無条件で子どもを愛でるのが憚られるっていうか、遠慮されがちな空気とか、あるいは子ども可愛いっていう言葉に対して反発がある向きってあるような気がするんですよね。


例えば、可愛いのはいいけど大変でしょ?とか。子育て大変って言わないと許されない雰囲気、とか。

子どもがいない家庭に対して悪いでしょ、ちょっとは遠慮しなよ、とか。

男親だから言えるんでしょ、大変なこと全部母親に押し付けてるでしょ、とか。

可愛いのは今だけでしょ、反抗期になったらそんなこと言えなくなるよ、とか。


上の記事にも、「そう思えるのは最初だけ。」とか知った風に水ぶっかけようとしてるトラバとかありますよね。

ただ、個人的には、そういうの全部ひっくるめて、うるせえ可愛いものは可愛いんだ知るかバーーカ、と言ってしまいたいです。

いや、そりゃ子育て大変な面も勿論ありますよ?いうこと聞かない時は言うこと聞きませんし、叱らなきゃいけないことも勿論あります。なかなか泣き止まなくて、何時間か抱っこしたまま防音性が高い風呂場にこもったこととか、なかなか寝付いてくれなくっておんぶしたまま夜中に部屋の中を歩き回ったこととかもありました。そういう苦労話なら、そりゃ幾らでも出来ます。

けど大変な分全部差し引いてお釣りが大量にくるくらい可愛い。すごい可愛い。

これについては、勿論しんざき奥様はすごーーい頑張ってくれているし感謝しかないんですけれど、それでも私も胸を張れる程度には父親として育児をやってきたと思っていますし、その上で奥様私含めての統一見解だと思っています。

「可愛いのは今だけ」みたいな言葉も、正直信用してませんし信用してなくて正しかったなーと思ってます。2歳、3歳の頃「今が一番かわいい時期」とか言われたけれど、5歳、10歳の今あの時より更にかわいいやん、と。この点、「今だけよー」みたいに言ってくる人には、今だけちゃうわ今後どんどん更にかわいくなるわ、と言い放ってしまっていいと思っています。思春期反抗期は勿論、どんな風に自意識を表出してくれるのかなー親としてどのように接していこうかなーと思うと今からドキドキワクワクします。

勿論、家庭によって色々事情は異なることはよく分かりますし、時にはよそのご家庭から不愉快に思われてしまうかも知れない、というのもそれはそれで分かります。

ただ、そういうことに配慮ばっかしていると、誰も「俺は幸せだ」という話が出来なくなるじゃないですか。それはそれで、ちょっと社会として不健全だと思うんですよ。今幸せな人は、それをちゃんと表明していいと、少なくとも私は思うんですよ。


赤ちゃんのころだけじゃない。育てば育った分だけ別の可愛さが見えてきて、それは可愛さだけじゃなくて頼もしさとか人と人としてのコミュニケーションとか新しい発見みたいなものもあって、もう育児超エンターティメントです。

今後も引き続き、親として育児エンターティメントを全力で楽しみながら、子ども共々成長していきたいと思った次第です。よろしくお願いします。


今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 07:03 | Comment(2) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月15日

実名報道についての反応で思ったこと。

昨日の記事の続きです。

今回は割とちゃんと皆さまの反応を読ませて頂いてまして、といってもブックマークとか量が多すぎて正直全部読み切れてないんですが、実名報道不要という向きの反応を多数いただきつつ、ぽつぽつ「こういう理由で実名報道は必要では」という話も頂いております。

昨日の件は、単純に「知ってどうするのか」という疑問だったので、個別の理由の是々非々とは別に、そういった回答を頂くのはありがたいことです。

その上で、そういった個別の論点において、改善すべきところがあれば改善すべきだし、「それは本当に実名報道の必然的な理由になるのか?」ということも考えてみても良いのでは、と思いました。

今日はそれら、いただいた反応について、個別に思ったことを書きます。


・殺人事件の被害者が、もしかすると縁者、知人ではないか?実名報道が行われないとそれが判明しない、という話

「何かあった時に知らせるべき知人」というものが、それぞれの案件について何人くらいいるのかは分からないですが、一般的には何十人、何百人というレベルに収まるのではないかなーと思います。

何十人、何百人という程度の数の人に情報を知らせるのに、下手すると何十万人、何百万人というレベルに伝わる可能性がある「報道」という手段を取るのは、それちょっとオーバーキルではないでしょうか。少なくとも、「知人に知らせる手段」としての報道というのは、明らかにスケール的にも適切でないように思います。

それに加えて、「何故報道になるような事件の情報だけを知りたいのでしょう?」という疑問もあります。事故でも病気でも、かつての知人が亡くなったのは一緒やん、と。報道されるような事件じゃなかったら結局同じなんじゃないですか、という。

数十年前であれば、そもそも他に伝える手段がなかった(新聞に故人の氏名が掲載されていた時代です)から仕方がなかったのかも知れないですが、今の時代、クローズドの連絡手段も、SNS含めて山のようにあります。何故いつまでもメジャー報道で実名を知らせないといけないんですか、というのは考えてもいいように思います。

まあ、そもそも「自分に何かあった時にこの人には知らせて欲しい」というのは本来故人の意思であるべきであって、故人が既に意思を表明出来ない場合は、それは故人の遺族に帰するべきじゃないかなあ、と私は思うんですが。つまり、遺族が伝えたい人にだけ伝える、というのが本来あるべき姿なんじゃないですかね?


・国民に知る権利がある以上、重大事件の詳細は報道されるべきだという話

知る権利があるのは確かかも知れませんが、それと同じように知られない権利というものもあります。一般的にプライバシー権と呼ばれるヤツですね。「知る権利」という言葉が出てきたのは1945年以降の筈ですから、1890年から既に議論されているこちらの権利の方が歴史は古いです。(参照:Wikipedia)

どちらの権利が優先されるかというのは難しい問題ですが、少なくとも知る権利が一方的にプライバシー権に優越する、というのはおかしいのではないでしょうか。現在は、故人にはプライバシー権が発生しないという解釈の元、遺族のプライバシー権もなしくずしに「知る権利」に一方的に侵害されている状態ですね。


・実名報道が行われなかったら警察発表や実際の事件などが検証出来ない、という話

「検証」に対して「実名報道」が必須条件になる理由が分かりません。検証をするならするで、然るべき立ち位置の人が正確な資料に則ってするべきであって、それこそニュース番組や新聞の情報なんて不正確な可能性もあって検証になんて使えたものじゃないでしょう。裁判資料でも、警察発表資料でも、報道以外でアクセス可能な情報(しかもより正確なヤツ)はいくらでもあります。


・正確な報道が行われなかったら、いい加減な憶測に基づいたデマが繁殖するかも知れない、という話

それはいい加減な憶測に基づいたデマを流す人間を非難するべき問題であって、実名報道の是非とは関係ない話であるように思います。というか現状、実名に伴うもろもろの情報が流れた方が、よりデマやらねつ造情報やらの展開が加速する、という状況に近いですよね。観測範囲の問題もあるかも知れませんが、実名報道がされなかった神奈川の事件では、少なくとも今回の事件のような状況にはなっていません。



ざっと思ったのは以上のような内容です。

あと、

・実名の報道
・被害者の個人情報(卒アルだの人となりだの)

は別であって、前者はいるが後者は要らない、というご意見の方もいたようです。私個人的には、前者と後者は地続きであって、明確に区別する必要は必ずしもないのではないか、そもそも前者から不要なのではないか、というスタンスです。まあ後者をメインにセンセーショナルに事件を盛り上げようとする報道は、その遥か以前の段階で大っっっっっ嫌いですが。


以上のような話の上で、最終的な私のスタンスは、

・少なくとも遺族が故人の情報を公開しないことを望んでいる場合は、報道機関はそれを尊重するべきだし、もしそれを破ったら何らかの罰則を付することを検討しても良いのではないか

というものであり、そういった方向に話が流れてくれるといいなあ、と考える次第です。


今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 06:50 | Comment(13) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月14日

殺人事件被害者の実名って、知ってどうするんですか?

ほんとーーーーーに理解出来ないことが一点あるので、ちょっと追加で書かせて頂ければと思うんですが。

この記事を読みました。


遺族が実名報道をやめて欲しいと、各報道機関に要望したのに、その要望が殆どの報道機関に黙殺されて、今ガンガン実名報道されてますよ、という話です。ちょっと前、報道機関に対して報道の自粛を要請する張り紙を家の前に貼っていた被害者遺族の話も、何故かきっぱり報道されている、ということが起きていました。

加害容疑者の話は一旦おきましょう。私、本来は加害容疑者の実名報道も不要ではないかと思っているんですけど、まあそれは別の問題なんで一旦置いておきます。

皆さんにお聞きしたい、と思ったんです。


実際のところ、被害者の実名って、知りたいですか?


被害者の実名、生い立ちやら人となりやら学生時代の生活やらって、そんなに情報として、コンテンツとして魅力的なものなんでしょうか?皆が「知りたい」と思うものなんでしょうか?

例えば被害者の感情とか、生活が破壊されるとかどうとか、そういう前提を一切無視したとして、「殺人事件被害者の個人情報」って情報として興味深いものですか?


私には、まずこの部分が根本的に理解出来ないのです。それ、知ってどうするんだ?と。

例えば、「何故その事件が発生したか、という分析に被害者の情報が必要」ということであれば、少なくとも私の感覚では、「それ匿名でも報道出来るやないですか」としか思えないのです。「AさんはTwitterでこれこれこういう発言をしていて」という情報で、特に事件分析が妨げられる訳でもないですよね。

以前、相模原殺傷事件の時に出てきた話では、


「誰が亡くなったのか」という事実確認に障壁を設け、被害者の足跡や遺族の思いなどを世に伝える機会を奪った形だ。

さらに、「重要なのは被害者一人一人がどう生きてきたかを知って、社会が悲しみや怒りを共有することだ」と指摘する。
これについても、「匿名だと悲しみや怒りを共有できないんですか?」としか思いませんでしたし。

例えば「実名が報道されないと、知り合いが殺されたのかどうかが分からない」みたいな話であれば、「報道を通してしか殺人被害に遭ったかどうか確認出来ない程度の知り合いの安否情報って、遺族の生活より重要なんですか?」としか思いませんでしたし。

例えば「実名がないと、事件の悲惨さが伝わらない」という話であれば、「事件の悲惨さを描写するのに、何故被害者が鈴木さんか田中さんかという情報が必要なんですか?」としか思いませんでしたし。実名がないと悲惨さが伝えられないとしたら、それは伝える方の能力不足でしょ、とすら思います。

結局のところ、これらについて私は、「それは何故遺族感情や遺族の生活よりも優先されるんですか」ということが、本当に、さっぱり理解出来ないのです。

結局、ここまで何度も何度も、遺族の要請や感情を放っておいての実名報道が繰り返されるということは、その情報を「知りたい」と思う人がそれだけ多いということなのでしょう。その情報にそれだけの、報道機関にとってのコンテンツとしての価値があるということなのでしょう。

私には、まず、その「価値」が分からない。被害者がなんという名前だったのか、全く知りたいと思わない。


バイアスがかかっていることは認めます。私は、心情的にだいぶ殺人事件被害者側に肩入れしているので、何か私が認識していなかった理由が提示されたとして、やっぱり「それは何故遺族感情や遺族の生活よりも優先されるんですか」と思うでしょう。出来れば、「皆思った程被害者の実名になんか興味ないよ」という話になってくれればいいなあ、と思います。

ただ、それはそれとして、ここまで同じことが何度も何度も何度も何度も何度も何度も起こるということは、やはりなんだかんだで「殺人事件被害者の実名報道」には何かしらのニーズがあるのだろう、ということも分かります。

ちょっとこれ、もし「メディアの皆さんが思っている程、皆はこの情報を知りたいと思っていなかった」ということであれば、なにかしら報道姿勢の改善につながる話が出来るかも知れないですし。あるいは、私の方の価値判断というか、興味の傾向が根本的にずれているのなら、それはそれでちょっと問題だなーと思ったので、勢いだけでこの記事を書かせて頂いた次第です。

被害者遺族の皆さんに、一刻も早く平穏な生活が戻ることを、心から祈念してやみません。


今日書きたいことはそれくらいです。


以下は以前書いた記事。





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(追記 11/15)
続きを書きました。




posted by しんざき at 15:42 | Comment(27) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月13日

ドラクエライバルズが思っていたよりも相当面白かった

ドラクエライバルズぼちぼち遊んでおりまして、取りあえず目標にしていたレジェンドに到達しました。

レジェンドなったー

もう4000人以上レジェになってるんですねー。みんな早い。

デッキは、ミッドレンジトルネコやらアグロゼシカやらランプピサロやら、とっかえひっかえ色々使っていたんですが、途中ミレーユを引いたこともあり、レジェに上がった時点ではコントロールミネアを使ってました。まあそちらの紹介は後ほど。

で、遊んでいて改めて思ったことなんですが、スクエニってつくづく、「元ネタにもう一つ何か」ってのをやる時外さないなあ、と。この外さなさは結構すごいなーと。

ドラゴンクエストライバルズは、勿論オンライントレーディングカードゲーム(以下OTCG)であり、直近ではHearthstoneやシャドウバース、更に元をたどればM:TGや遊戯王などの系譜に連なるゲームです。

で、勿論Hearthstoneと似ているところは色々ある訳で、あちらと比較されるのも良くわかるんですが、テンションシステムとボードゲーム的なアレンジで、これプレイしてると相当面白いぞと。考えないといけない部分が相当増えてるぞと。

ボードゲーム的な点で言うと、縦一列に並べた時にその後ろに攻撃できなくなる「ウォール」、横に並べた時に後ろのユニットに攻撃できなくなる「ブロック」が勿論大きな要素になるのですが。

battle171104.png

最初はよく分かってなかったんで、「単に挑発の手段が増えただけだろ?」くらいにしか思ってなかったんですが、なかなかどうして、一手配置をミスるとそれだけで敗因になるくらい考えることが多いです。


・「貫通」や縦一列攻撃、十字攻撃など、広い範囲の盤面に攻撃する手段が色々あるので、相手の対応を読みつつ、配置を工夫しないとあっさりユニットが一掃されたりする

・敢えて範囲攻撃を使いたい配置にして相手にカードを切らせて、その後本命の展開をする、といった読み合いも当然ある

・一方、ユニットの配置を変更するカードも色々あるので、それを使って相手の配置を崩したりするのも読み合いになる

・例えば、「におうだち」は前列にいないと発動しないので、例えば後列に強制移動するカードを使って攻撃を通したり、ブロックを崩して後列のユニットを倒したりということも出来る

・実用レベルで範囲攻撃や移動カードを持っていないキャラもいて、そういうキャラを使っているとボードクリアについてよりシビアに考えないといけない

・分厚いウォールを形成されてしまっても、弱い部分をギリギリ突破してリーサル、といった駆け引きも出来る


上記はほんの一例ですが。用意されているユニットカードの多彩さもあって、この辺りの読み合いや駆け引きについては、実力差が如実に表れるところだと思います。

勿論、Hearthstoneやシャドウバースでも、配置をあれこれ考えないといけない局面というものはあったのですが、「単にそれを2次元にしただけ」とはとても言えない広さがあります。運ゲーと言われがちなOTCGにおいて、この「実力が反映される余地」というものはなかなか凄い。


一方、テンションシステムについても、色々と良く考えられているなーと思いました。

・「何もできない第一ターン」というものが存在しない
・キャラクターにもよるが、スキルの効果は相当強力なので、ただテンションを溜めるだけでも相手に対する相当なプレッシャーになり得る
・後手の「最初からテンションが2段階溜まっている」というのが結構絶妙。キャラクターにもよるが、先手にとられた盤面を取り返すことも十分に出来る
・必殺技(テンションが三段階溜まっていないと使えない強力なカード)というシステムもあるので、単に溜めてぶっ放せばいい、というものでもない。状況によっては計画的にテンションを溜めていかないといけない
・一方で、テンションを溜めておいて撃たないということで、「相手は必殺技を持っているのではないか」といったブラフにも使うことが出来る

こちらも、テンションスキルを発動するかどうかを含めて、相当読み合いを深くしている要素だと思うんですよね。

勿論、カードのバランスやらヒーローごとのバランスについては、まだ粗削りな部分もあるなーと感じるところはあるのですが、明らかな理不尽カードとか、完全一強みたいな状態は今のところ観測されておらず、サービス開始当初として考えれば相当上手く回っている状況だと思います。この辺も後発の有利さかも知れないですが、上手く調整してるなーと。現時点では、アリーナがちょっと割を食ってる感はありますが、それもこの後の開発次第ではどうなるか分からないですしね。

サービス開始直後にサーバ関係でちょっとつまずきましたが、全体としてみれば凄く今後に期待できる状況なのではないかと考えています。


で、改めて、スクエニって「本歌取り」がホント上手いなーと実感したわけでして。完全に新しい、革新的なゲームという訳ではない。いってしまえば再利用なんですが、それにプラスアルファをして、魅力的な世界観やキャラクターを被せて、面白いゲームに仕上げる技術は凄いなーと。

旧エニックス時代で言えば、ポートピアだって、ドラクエだって、ジーザスだって、先行していた何かに色んなプラスアルファをして人気作になったゲームなわけですしね。FFTだってアレがアレしてアレだったわけです。あと、スクエニじゃなくて発売からチュンソフトですが、トルネコの大冒険や風来のシレンみたいなローグのアレンジとか。

この辺は、ある意味「プラスアルファのDNA」みたいなものが、ずっと継続してスクエニにあったりするのかもなあと、なんとなく思うわけです。


一旦それくらいです。


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posted by しんざき at 07:24 | Comment(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

不倒城を始めて13年が経ちました

結構経ちました。


記事数で言うと1952件書いたみたいです。あと10件少なかったら1942でちょっとカプコンっぽかったんですけど、1952だとあんまりカプコンっぽくないですね。残念。

以下、一応節目なので、節目っぽいことを書きます。

流石に13年も経つと色々変わるもので、私自身も随分変わりました。具体的に言うと、FC版イーアルカンフーで5面パーフェクトクリアが出来るようになりました。10面パーフェクトクリア達成したら動画を挙げようと思います。いや、アレやってることはひたすらパターンに入れる飛び込みのタイミングを計るだけなんで、見てもあんまりおもしろくないと思うんですけど。

あ、他には特に変わったことはないです。

変わらないといえば、不倒城を始めて以来、全く変わっていないのが「私が書きたくなったことだけを書く」という一点であって、「書きたくなった」ということだけが唯一絶対の動機ですし、私は書きたくなったことを書ければそれだけで満足なわけです。その為、「こんなこと書いて何か意味あるの?」と言われれば「俺が満足してるから心配しなくていいですよ」という回答になりますし、みなさんが期待する内容が何かというのは私には全く分かりませんし、たまたま期待に沿う内容であればそれはそれでラッキーですが、期待に沿わなくても特に責任はとりません。

私が書く内容に関して皆さんは好きなように読んで頂いていいですし、それについてコメント・反応等、好きなように書いていただければよいと思います。「俺が言いたいことが言いたい通りに伝わらない」なんてケチなことは言いません。どう読み取ってどう解釈するかは読み手の自由です。

ただ、書き手と読み手は同じ立ち位置であるべきだと私は考えているので、みなさんに書いて頂いたコメントを私は好きなように読みますし、そもそも気が向かなければ読みません。すいません。

ということで、そんなテキトーな姿勢でもまあいいや、と思ってくださる方は、引き続きテキトーに読んで頂ければと思います。よろしくお願いいたします。


ただ、それはそれとして、明確に私が誤っているところがあればそこについてはきちんと謝罪致したい次第です。直近ではこの記事とかやらかしました。大変すいませんでした。


それとは別に、もしどうしても「しんざきに何か言ってやりたい」ということがあれば、

ksh_098765@excite.co.jp

までメールをください。こちらは、時間はかかるかも知れないですがちゃんと読むと思います。よろしくお願い致します。


以下は自分用覚え書き。

この1年で起きたことは下記のような感じだったような気がします。

・イーアルカンフーを遊んだ
・映画ドラえもん南極カチコチ大冒険が面白かった
・長男と二人で今更「火星の人」にハマった
・「for honor」が面白かった
・イーアルカンフーを遊んだ
・長男が小四に、長女次女が幼稚園年長さんになった
・NINTENDO Switchを買った
・イーアルカンフーを遊んだ
・長男が塾に通い始めた
・ドラクエ11が面白かった
・メタルマックスの続編が発表されて狂喜乱舞した
・累計7万ブクマを頂いた
・イーアルカンフーを遊んだ
・ついについについについについに大航海時代IIがsteamで発売した
・イーアルカンフーを遊んだ

大体これくらいのことがあったと思います。色々ありましたね。

取りあえず、大航海時代IIも移植されたことだし、19XXと銀河英雄伝説IV EXも一刻も早くSteamなりSwitchなりに移植されることを強く強く強く強く祈念して、本エントリーを閉じたいと思います。

ということで、今日はこの辺で。


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posted by しんざき at 19:20 | Comment(2) | 始めたばっか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

コミケで徹夜をする連中には、自分たちがコミケを終わらせようとしているんだという自覚をもって欲しい

ぼちぼちコミケの時期が近づいてきまして、今年も色々とアレな人達が観測出来るようになってきています。twitterで、徹夜行為を呼びかけるばかりか、サークルチケットを餌にして整理券取得の参加を募るとかいう、どこをどう間違えたらこういう阿保な発想が出来る脳になるんだろう、という感じの話を観測しました。

ちょっと、改めて当たり前のことを書くんですが。

コミケにおける徹夜参加者問題というのは、ずっと以前から問題として継続している、極めて厄介な問題です。どうもやっている本人たちは自分が悪いことをしていると思っていない、ただ「なんかうるさく言っている連中がいる」程度にしか認識していないっぽいという点で、逆に問題は深刻です。

コミケ準備会は、コミケの前日から来場して会場周辺でたむろっている迷惑参加者のことを、「徹夜組」と呼称してはいません。「列内で仮眠したから徹夜ではない」とかいう屁理屈を防止する為に、「深夜来場者」と呼んでいます。

そして、深夜来場は別に黙認されている訳でも風物詩として定着している訳でもなんでもなく、厳然とした「禁止行為」であり、「ルール違反」であり、一歩間違えれば一撃でコミケを廃止に追い込む爆弾でもあります。

どうも、コミケってその余りの大規模さから勘違いされている節があるような気がするんですが、その立て付けは飽くまで「コミックマーケット準備会という民間団体が主催する、単なる民間イベント」であって、有限会社コミケットが準備会を支援する構成になってはいるものの、その開催基盤は開催規模に比べて信じられない程脆弱であるということは、少なくともコミケ参加者は当然の前提として認知していなくてはいけないと思うんですよ。有限会社コミケットって、社員10名以下ですよ。

私、以前から、コミケに参加する人は一度はこのページじっくり読んでみるべきだなーと思ってるんですけど。


確かにコミケ参加者は物凄い人数ですし、準備会を支援する人たちはボランティアスタッフを始めとしてたくさん存在しますが、別に国の支援がある訳でもないし、大企業が運営団体に名を連ねているわけでもない。堅牢なバックボーンに守られているイベントってわけじゃないんです。

つまり、警察やら消防から「やめなさい」と言われればコミケは一発で開催出来なくなるし、ビッグサイトやら会場側から「もううちで開催しないでください」と言われれば一発で路頭に迷う、という話なんです。実際、今までも何度もコミケは開催の危機を迎えていますし、現時点でも2019年や2020年にコミケ本当に開催できるのか、って未解決問題が発生してますしね。

で、上のWikipediaの記載から引用してみるんですけど。

「徹夜組」の中にはかなりの少年が含まれており、東京都青少年の健全な育成に関する条例により深夜徘徊とされ補導対象になる。
周辺の不良や暴走族、あるいは手癖の悪い徹夜参加者による窃盗・恐喝などの「徹夜組」を標的にした犯罪がたびたび発生しており、警察からも毎回厳重な注意を受けている[45][46]。
深夜の周辺の建物・敷地への進入、芝生や看板などの設置物の破壊、ゴミの散乱について各所からクレームを受けている[45]。コミックマーケット71では、会場近隣のホテルテナントの案内看板を深夜来場者が損壊させる事件が発生した[46]。

これですね、「今までは運が良かった」という訳でもなんでもなく、現在は閾値に向けてどんどん危機ゲージが上がってきている状態でしかなく、閾値を越えたら一発で赤信号がつく、って認識するべき状態だと思うんです。例えば大規模な補導があったり、犯罪がエスカレートして傷害や殺人に発展でもしたら、現時点でも一撃レッドカードだと思いますよ。

正直、コミケに対する徹夜参加を誇らしげに話してる連中に対しては、「お前らはコミケの参加者面するな」としか思いませんし、徹夜自体がコミケ開催に対するテロ行為であるということは、参加者全員が認識しておくべきだと思うんです。

ご存知の通り、コミケは「参加者全員が作るイベント」です。主催団体があって、その主催団体が用意してくれるイベントにお客様として参加出来るイベントではない。であれば、コミケの運営の障害になる問題は、参加者自身が「自分たちの問題」として認識するべき問題であって、解決する為にはどうすればいいのかなーと考えるべきなんじゃないかと。私自身は、せめてもの草の根活動としてこういう記事書いてるわけなんですけど。

特にここ2,3年は、オリンピックを間近に控えてコミケ自体「これからどうすんの」という話が極めて深刻性をもって継続されていますし、以前以上にデリケートな状況だと思います。とすれば、効果があろうがなかろうが、徹夜をやっている連中に対してやめろこのバカと声をかけていくことは継続して必要な作業なんじゃないのかなあと。

3日目終了時の、「ただいまをもって、コミックマーケット〇〇の日程を全て終了いたします!」というアナウンスと拍手を、今後も聞き続けられますように。深夜来場以外の参加者の皆さんには、実り多い参加であることをお祈り申し上げる次第です。


今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 07:21 | Comment(12) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

ドラゴンクエストライバルズをちゃんと始めました 17/11/08

コンサートも終わったので、遅ればせながらちゃんとプレイし始めました。


前回ちらっと書きましたが、あれからマッチング等の状況は劇的に改善しまして、闘技場でもランクでもサクサクマッチングされるようになりました。スタッフの皆さんはとても頑張ったと思います。お疲れ様です。

で、ランクをちょこちょこ回してみまして、

コンサート終わったのでライバルズ本格的に始めたー。取り敢えず氷ゼシカでプラチナ

プラチナまでは簡単に上がれるシステムなので、適当なデッキでさくっと上がってしまって、さてこれからどうしようか、という感じです。頑張ってレジェンド目指してみようかしら。

現在までに当たっためぼしいレジェンドカードが

・リッカ
・パズズ
・マリベル
・わたぼう
・シドー

という感じなので、取りあえず氷ゼシカを作って遊んでみています。こんなのです。

氷ゼシカのデッキはこんな感じです

フロストギズモがちゃんと仕事してくれると結構いい感じで征圧出来るんですが、今流行ってるっぽいミッドレンジテリーが苦手なのでどうしようかなーという感じです。トルネコ使ってみようかしら。

周辺の話を観測していると、結構目まぐるしくメタは回っているようで、なかなかカオスで面白い状況なのではないかと思います。ちょこちょこやっていこうと思いますので、引き続きよろしくお願いします。

一旦それくらいです。
posted by しんざき at 07:20 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

小さな子どもがやっていることをやめさせたい時、「そろそろやめなさい」というよりも有効かも知れない方法

「あと何秒するー?」と聞いてみると、比較的短い時間と労力で切り上げさせることが出来る場合が多い、気がしています。いや、子どもにもよると思いますが。

当たり前のことだったらすいません。多分これ、実施出来る時期がある程度決まっていて、特に数を覚え始めの頃〜小学校に上がる前、くらいだと割と効果的なんじゃないかなーと。

長男が小さい時もやったんですけれど、長女次女は現在5歳でして、50まで数えられるか数えられないか、くらいの段階です。

例えばそろそろ公園から帰らないといけないのにまだ遊びたい時とか。例えばお布団をかぶってまだ寝たい時、あるいは添い寝して欲しい時とか。

「ほら、そろそろ時間だよー」とか、「そろそろやめなさいー」とか言っても、なかなか聞かない時があります。やっぱりまだ子どもなので、そこはそれ、自分の欲求コントロールを学んでいない段階です。親に言われると余計に意固地になっちゃう子、とかもいます。

こんな時、「じゃああと何秒やるか決めてくださーい」というと、例えば「10秒!」とか「30秒!」とか、割と短い時間を自分で宣言して、しかもその秒数が切れると結構納得して素直に切り上げる、ということが割と頻繁なんですよ。

長女や次女を見ている限り、これ、

・まだそこまで大きい数を知らないので、大きい数を思いつかない
・覚えたばかりの知識を使うことが出来るのが嬉しい
・ともかく、親ではなく自分の意志で自分の予定を決められるのが嬉しい
・嬉しいし気分も変わるのであまり執着しないで切り上げられる

この辺の要素が重なって起きている現象であるように思います。

子どもって勿論大人に憧れるもので、「自分で決める」という経験をまだあまりしたことがないので、どんな細かいことであっても、「行動予定を自分で決められる」というだけで結構嬉しいものみたいなんですね。で、「自分で決められる」となると、目先も変わって今こだわっている遊びにもそこまで執着しないで済むっぽいんです。

こだわりが強い子だと、切り上げさせようにも意地を張ってなかなか切り上げられず、親も子どもも疲弊してしまうって結構あるもので、目先を変えて自発的に切り上げさせるって成長の上でも割と大事なんじゃないかなーと思いました。多分、こういうの繰り返すことで「自分の欲求を適当なところで抑制する」スキルみたいなものも上がっていくと思うんですよね。

更にちょっとアレンジして、例えば「隊長!残り行動時間を何秒か決めてください!」みたいな感じで、ごっこ遊びっぽくすると余計に有効である、場面も多い気がします。あと、抱っこして歩くことをせがまれた時、「じゃあどの電信柱まで抱っこする?」とか聞くと、大人しく降りてくれる場合もあります。

実はこれ、別に私が思いついたわけではなく、しんざき奥様が割と頻繁にこのやり方で長男の遊びを切り上げさせているのを見てラーニングしたんです。しんざき奥様は、この手の子どもコントロールで色々と卓越した技をもっています。奥様えらい。奥様かわいい。

これが、もうちょっと大きくなってしまうと、ちょっとひねくれて「1万秒!!」とか「いちおくびょう!」とか、うっかりすると「むりょうたいすうびょう!!」とか言い出してしまうのであまりうまくいかなくなったりするんですが、多分小学校に上がる前くらいだったら有効な場面もあるんじゃないかと思い、共有してみようと思いました。

書くまでもないとは思いますが、お子さん次第、あるいはその時のお子さんの気分次第で有効な場合もあれば無効な場合もあると思いますので、その点はご承知おきください。

今日書きたいことはそれくらいです。

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posted by しんざき at 07:25 | Comment(3) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月06日

「追いかけられる夢」が、全部いつの間にか「追いかけっこをする夢」に上書きされていた

長男と追いかけっこをする夢をたまに見ます。


以下、大した話ではないです。


夢の話は本人にしか面白くない、とは言いますが、まあ気にせず書いてみます。先日見た夢は、だだっぴろくて暗くて階段の多いビルで、長男と追いかけっこをする夢でした。

高校がビルのモデルになっていたと思います。私が通っていた高校は古くてデカくて広い学校でして、校舎のあちこちに人気(ひとけ)がなくて暗い場所がありました。美術室とか理科室とかが、教室がある棟とは別の建物にありまして、そっちには普段殆ど人がいないのです。暗くなってからのそちらの棟は非常におどろおどろしい雰囲気で、そういうのが好きな私は好き好んで探検しておりました。私の中で、「古いビル」というものの原風景的な光景になっています。

当然、学校の怪談というのもダース単位で流布されておりまして、学校の七不思議とか言っておきながら、存在するエピソード数で言うと30を越えていたと思います。人によって、階段の中から適当な七つをピックアップしたものがその人の七不思議になる、という感じでした。

で、夢の中で、私は長男とキャッキャ言いながら追いかけっこをしていました。長男が鬼で、そのあたりの窓やら階段やらから神出鬼没でエンカウントする長男から、結構必死で逃げるのです。こういう勝負ごとになるとムキになるのが長男でして、彼は逃げるのも好きですが追いかけるのも大好きなので、こちらも真剣です。階段から飛び降りたり壁をよじのぼったり、夢ならではのアクロバティックな動きを駆使して逃げ倒しました。大変楽しい夢でした。


で、起きてからふと思ったんですけど。これ、やってることは「誰かに追いかけられる夢」だな、と。


昔はたまーに、誰かに追いかけられる夢を見ることがありました。追いかけてくるのは、恐竜だったり、殺人者だったり、警察だったり、謎の組織だったり、ドラゴンバスターに出てくるケイブシャークだったりしました。多分永パ防止なんだと思います。

夢診断というか、ユング心理学的に追いかけられる夢がどんな意味なのかはよく知らないんですが、まあ「追いかけられる夢」は基本怖いし疲れます。アレ、見てる間は大体逃げ切れるような逃げ切れないような、って感じで、あまり爽快感もないんですよね。捕まるかというとそういう訳でもないんですが、逃げ切ることも大体できない。どっちかというと悪夢カテゴリーなんだと思います。

ところが最近「追いかけられる夢」を全く見なくなったなー、と。というか、「追いかけられる夢」が、いつの間にか「子どもと追いかけっこをする夢」に全部置換されちゃった感があるな、と。

私が逃げる側なんで、多分心理的な機能としては、「追いかけっこをする夢」って「追いかけられる夢」とほぼ相互互換だと思うんですよ。ただ、追いかけてくるのは大事な長男坊なので、こちらとしては遊び倒している感覚しかないですし、あの手この手で逃げる手段を考えるのも大変楽しいわけです。

怖い夢が、ひとつ丸ごと「楽しい夢」に置換されてしまった。今まであまり気づかなかったんですが、これも私にとっては、子どもが出来て人生が好転したことの、凄い細かい話だけど一つだなーと。

更に、ちょっと飛躍かも知れないですが。親の強さというものの一つに、色んな心象が「子どもとのかかわり」に関連するものに上書き・置換されることで、怖いイメージとか、精神的に負担がかかるイメージというものが軽減されていく、みたいな要素も、もしかするとあるのかなーと思ったんですよ。


まあ、実際あったことは本当に「長男と追いかけっこする夢を見た」というそれだけのことなんですが、ちょっと印象が深かったので書いてみました。ああいう夢ならまたいつでも見たい、と思った次第です。

ちなみに、子どもと鬼ごっこするのはめっちゃいい運動になります。流石に足はまだ私の方がずっと速いんですが、なにせヤツら体力が無尽蔵なので、適度に体力をセーブしつつ逃げ回らなくてはいけない、という点でなかなかバランシングがよく出来たゲームとなっております。こどもの国とかだだっぴろい場所で追いかけっこするの楽しい。

今日書きたいことはそれくらいです。




posted by しんざき at 12:45 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする