2020年05月25日

ラーメンを食べた

ラーメンを食べた。

山手でゆき大盛たまご、チャーシュー盛り。染みる。。。

ゆきラーメン大盛り味付け玉子。多分、私が人生で一番頻繁に食べたメニューだと思う。今回は、それに加えてチャーシューを二枚乗せたけど。ゆきラーメンの特徴はとにかく美味いことであって、スープの表面にちりばめられたとんこつが雪の様に見えることからゆきラーメンと名付けられたそうだ。その名に反して味はあっさり風味で、いくら食べても食べ飽きるということがない。更にそのスープと味付け玉子の相性が最高だ。

山手らーめんの本郷店が閉店してしまうのはもう去年のうちに知っていて、「それでもまだ駒場本店がある」ということを希望にしていた。そして昨日、本郷店の閉店の報を知った。理由はコロナに関連しているのかも知れないし、そうでないのかも知れない。そこはよくわからない。

ここ二カ月は、私は山手に脚を向けることが出来ておらず、それは仕方ないことと言えば仕方ないことなんだけど、それでも私の本来のモットーは「好きなものには可能な限りお金を使う」「好きなものが消えてから泣かない」なので、それに反することをしてしまった、という意識は消えない。これはちょうど、殆ど足を向けなくなっていたゲーセンが閉店してしまってから、「あのゲーセンが無くなってしまうなんて!」と嘆くという構図と相似している。仮に山手の閉店が「コロナに伴って客足が途絶えたこと」だとしたら、私も山手をつぶしてしまった罪の一端を背負っているということになる。

もちろん、今、経営の危機に瀕している店というものはそれこそ数えきれない程あるだろう。これは数ある悲劇のうちのたった一つに過ぎない。たった一つの悲劇が、たまたま自分が何よりも気に入っていた店に突き当たってしまったというだけ。そして私は、それに対して何の抵抗もすることが出来なかったのだ。

悲しむくらいいいだろう、と思う。それくらいは、誰に文句を言われる筋合いもない筈だ。

奥様に山手のことを話した。すると、行っておいで、と言ってくれた。

自宅待機は、私にはそれ程嫌なことではなかった。まずなによりも、子どもたちと過ごす時間が増える。子どもたちと食べる夕飯はとても美味しく、その機会を捨ててしまうことは私にとってもかなりの罪悪感を伴うことなのだが、奥様は私の買い食いに背中を押してくれた。ありがたいという他なかった。たまにはうちのことは気にしないで行っといで、と。ラピュタに出てくる親方のおかみさんくらい男前な台詞だと思う。


2カ月振りに食べたゆきラーメンは、やはり体に染み入る美味さで。私は心ゆくまで悲しむことが出来た。

悲しい。
posted by しんざき at 22:30 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月18日

最近通販で買える有名ラーメン店のラーメンをよく食べてる

例えば桂花ラーメン。

いくか

大体、通販のらーめんって「スープと麺だけで具はお好みでどうぞ」っていうパターンが多いみたいなんだけど、うちの奥様は桂花ラーメンガチ勢で、「桂花を食べる」となると本気になって「チャーシューを仕込むので一日待ってください」って言われました。

で、これが結果。

桂花ラーメンガチ勢の奥さまによる具の本気再現

ガチだった。チャーシューに味付け玉子、くきわかめまで用意されてどっからどう見ても桂花。めちゃ美味かった。

続いてこちら。一風堂。これは麺をゆでるのとスープを作るのを一緒の鍋でやるタイプだった。

もちろん大変に美味かったです。

そして坂内。これは長男のリクエスト。彼坂内好きなので。けど、チャーシューとセットで売ってるヤツは残念ながら売り切れだったので、

今日は長男リクエスト

奥様がまたしても本気を出した。本気の炙りチャーシュー。

奥さまによる本気チャーシュー

全部載せてみたらこうなりました。

全部のせ

麺が…麺が見えない…!!坂内に全部載せなんてあったっけ?
当然のことながら優勝レベルで大変に美味しかったです。


ここ最近通販ラーメンを食べてみての感想。

・全体的に味再現レベルは非常に高い、というか麺とスープについてはほぼ店そのまんま。しかも作り方割とどれも簡単
・ただし具をちゃんと再現しようとしたらわりと本気調理が必要になる。具がポイントなラーメンに関しては再現は結構難しい
・ただし自分好みにアレンジをする楽しさもある
・しんざき奥様のチャーシューにかける情熱が凄い

次は天下一品に挑戦してみる。本当は山手らーめんのゆきらーめんが自宅で食べたいんだがさすがに通販はないっぽい…当たり前だが…
posted by しんざき at 12:49 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月14日

あんまりよろしくないのは、「なぜそう思うの?」と聞くことじゃなくて、「否定する為に質問をすること」だと思います。けど元々の話がなんかおかしい

この記事拝読したんですけどね。


友人のお母さんは「自分の頭でなんでだろう?と考えさせましょう」的な、たぶん当時流行った教育法をえらく信奉していたようで
「なんでそのゲームが欲しいの?」
「なんで〇〇くんと遊びたいの?」
「なんで宿題する前にゲームをするの?」
「なんでそれが食べたいの?」
とにかく何かを強く注意されたり、直接否定されたことはほとんどないんだけどあらゆることに理由を求められたことがトラウマだったそうで。
大人となり親になった今でも、自分の感情の前にその理由を求める癖があって何事も冷めてみているというか素直に受け止められない・楽しめないと言っていた。
これ本当にかわいそうだわ。
自分のプライドを守るために子供を理屈で論破するのはだめ。
それだったら鬼!と言われようと、ちゃんと「ダメなものはダメ!!」と感情的に怒る父ちゃん・母ちゃんのほうがよっぽど精神衛生上よろしいと思う。


なんかよくわからんなーと思ったんでちょっと整理したくなりました。

まず、「この増田が考えていること」と「友人に聞いた話」が微妙に歪んでいる可能性があるような気がしまして。

増田は

「自分のプライドを守るために子供を理屈で論破するのはだめ。」

と言ってるんですが、それ自体は「友人の話」と独立している増田の感想ですよね?友人は、「あらゆることに理由を求められた」だけではなく、その後に「理屈で論破」されていたんでしょうか?これ、ワンセットなのかどうかでかなり話が変わってくると思うんですけど。

仮に、「友人」が理由を求められた後に必ず「理屈で論破」されていたとしたら、そもそも問題点は「なぜそう思うの?」と聞くことじゃなくて、「否定する為に質問をすること」にあります。

これ、例に書いてある質問の内容、全て子どもの欲求でして、「ゲームがしたい」とか「〇〇くんと遊びたい」みたいな「やりたいこと」です。これに対して理由を求めた上でそれを否定したとしたら、それは「一応理由は聞いたけど、子どもの欲求は抑え込みたい」という親のアリバイ作りであって、そりゃあんまりよろしくありません。

どんな理由を答えたとしても結局否定されるんなら、子どもはそもそも理由を答えたくなくなるし、理由を考えたくもなくなります。無力感の学習ってヤツですね。これを何度も何度も繰り返されたら、最終的には欲求を口にするのもイヤになるでしょう。

「否定する為に質問すること」がよろしくないのは当たり前です。これは「考えさせること」の問題とはちょっと違う。

ただ、よくわからないのは

「大人となり親になった今でも、自分の感情の前にその理由を求める癖があって何事も冷めてみているというか素直に受け止められない・楽しめないと言っていた。」

という記載なんですよね。何事も楽しめないっていうのはどうなのかなーと思うんですけど、なんでも「理由づけ」とワンセットで否定されていたら、そもそもこういう思考になるのかなーと。いや、絶対ならないとは言いませんけど、先ほど話した「否定されること」が友人と話した内容と独立していることもあいまって、本当に「論破」されてたのかなーってのが結構疑問なんですよ。無力感を学習していたらむしろ「考えない」方向にいきますよね。

増田の思考内では

「理由を考えさせること」


「それを否定すること」

がワンセットになっているようで、だからこそ

「それだったら鬼!と言われようと、ちゃんと「ダメなものはダメ!!」と感情的に怒る父ちゃん・母ちゃんのほうがよっぽど精神衛生上よろしいと思う。」

という結句になっていると思うんですけど、それと友人の悩みって微妙にずれてるような気がするんです。これ、増田が友人の話を適当に自分の思考に引き寄せてる可能性ないかなってちょっと不安なんですけど。

個人的には、「否定とワンセットになっていないなら、考えさせることは基本的にいいこと」

だと思いますけど、ただそもそも「理由のない欲求というものも子どもには多分にあり、そういうものについて無理やり理由づけをするのはあんまり意味がない」とも思います。「お菓子喰いたい」という欲求に一体どんな理由があるんだよって話です。

「自分の頭で「なんでだろう」と考えさせる」って、元よりそういう話じゃないと思うんですよね…正しいとか正しくないとかいう話じゃなくって、これも、増田が示しているサンプルが、そもそも友人の話を正確に反映しているのかどうかはちょっと疑問なんですが…。


それくらいです。




posted by しんざき at 09:53 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月13日

小湊鐵道さんの件について雑感

〇何が起きたのか
・小湊鐵道株式会社さんの公式Twitterアカウントが、とがったツイートで人気を博していた
・5/12に全ツイート削除(リプライと引用ツイートを除く)
・アカウント担当者さんが以下のようなツイート(主旨としては、「担当を外された」「始末書を書かされた」「ガイドライン等はなかった」といった内容)

・もともとのフォロワー・ファンだった人たちの一部が吹き上がって、「#小湊鐵道中の人の不当解任に抗議します」といったタグまで作って抗議中

下記はねとらぼさんが小湊鐵道さんに問い合わせた結果。


会社側の言い分によると、「とがったツイート自体を問題視したわけではない」「会社の内部情報に関わるようなツイートをしており、注意していた」「ガイドラインを作っていなかったのは会社側の問題(ただし担当者がそういったものを作る責任者でもあった)」とのこと。

〇考えたこと
・Twitterについての戦略変更、担当者変更は会社側の意志によって実施されることであって不当もなにもない
・ただ、コンテンツを育てる立場としては、「過去のツイートを削除する」(それも全削除ではなくリプライを残しており、いかにもTwitterについての識見不足を露呈)というのは悪手だったと思う
・会社の言い分と担当者の言い分、どちらがより妥当なのかはちょっと分からない。ただ、一般論として、社内情報を書くのは当然ながらコンプライアンス違反であって、それは処罰の正当な理由となる
・担当者さんの最後の数ツイートについては、気持ちは分かるけどちょっとそれを書くのはどうなのかな…と思った
・不当解任つったって別に不法に解雇されたわけでも労基に違反しているわけでもなく、「不当解任」という方向で抗議してる人たちはちょっと落ち着いた方がいいと思う。抗議すればする程中の人の立場やばくなんないかな…
・ただそれはそれとして、会社のやり方のまずさを批判するのは特段問題ないと思う
・Twitterにおけるマーケティングが孕んだレピュテーションリスクを可視化した好例だなーと思った


〇補足
ということで、言いたいことは上で全部書いたので、以下は補足です。

まず、今回の件が炎上案件になってしまったのは、もちろん公式アカ担当者さんのツイートが発端ではあるんですが、なにより「守旧的な、頭の固い、かつSNSのことなんて何もわかっていない古臭くてブラックな上層部」という匂いを発生させてしまったことと、そういうのを叩くのが大好きな人たちに見つかってしまったことの二点が非常に大きいと思います。

特に

・過去のツイートを削除
・しかも、リプライは見逃している

などという行為は、コンテンツ維持の視点で悪手であるだけでなく「Twitterのこと何もわかってねーぜ」ということを大声で喧伝しているようなもので、これについては悪手中の悪手といっていいでしょう。恐らくこれがなければここまでの話になっていなかったんじゃないでしょうか。

恐らくTwitterについてある程度知見があったのが担当者さんだけだったんだろうなーということは容易に推測出来、であればまずどんな形でも引継ぎを進めておくべきだった。その上で、社内情報が含まれるツイートだけ精査して削除し、あるタイミングで管理権限を移行し、担当者変更については淡々とツイートすればそれで済んでいた。

これについては、Twitterでマーケティングをする多くの企業が悪い例として認識するべき事案だなーと考えるばかりです。

小湊鐵道さんのツイートについて、私自身以前から拝見はしていたものの、どれが「社内情報」に当たるのかまでは観測しておりませんでした。とはいえ、一般論として「Twitterの担当者さんが、とがったリプライをする余り筆が滑ってしまう」というのはよくあることでして、アカウントのノリとしては多少コンプライアンス違反を踏んでしまうことはあり得る話だなーと思ってはおりました。

「フォロワー数のノルマを課せられたまま投げっぱなしにされていた」というのは、状況見ても恐らくその通りだったんだろうなーと思いまして、そこについてはまことにご苦労されたんだろうなーとご同情を禁じ得ません。ノルマを課せられて、大きな成果を殆ど一人で挙げたのに、あるタイミングでいきなり全部消されてアカウントごと取り上げられてしまう。物凄くお悔しいだろうなあ、と思います。「気持ちは凄く分かる」という感じです。

ただ、今回の炎上案件については、明らかに一SNS担当者としての枠を外れた話であって、ビジネスパーソンとしては「ちょっとそこまで書いちゃうのはどうなのかな…」と思いはしました。思いっきりレピュテーションリスクを顕在化させてしまっている。

これが実際企業の内部告発とかだったらまだしも、やってることは(少なくとも見えている範囲では)不法でも脱法でもなんでもない話であって、それを「勇気ある告発」みたいに扱うのはちょっと無理があると思うんですよね。

そういう意味で、まるで内部告発者を祭り上げるような抗議をしている方々におかれましては、「いやちょっと落ち着かれた方がいいのでは…」と思うところ大です。もともとのファンの人たちが「寂しい!」「やめないで!やめさせないで!」といった声をあげるのは当然のことであって、それはどんどんやっていいと思うんですけど、そもそも元々小湊鐵道さん自体知らなかったような人たちが、「頭の固いおっさんたちに不当な扱いをされた可哀そうなTwitter担当者を救え」みたいな感じでお祭りを始めるのは正直ちょっとどうかと思うんですよね。ちょっと、担当者さん自身妙な方向で追い込まれないか割と心配です。

「どんな形でSNSにおけるレピュテーションリスクが発動するか分かったもんじゃない」というのは本当に心から実感するところでして、そこについてはあらゆる企業が襟を正すべきところだなーと考えるわけです。Twitterこわい。

小湊鐵道さんがどんな判断をされるのかは当然分かりませんが、みんながなるべく不幸にならないような着地点が見いだされることを願ってやみません。

今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 12:59 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月12日

俺たちは、ゲームを遊ぶ時に何を「想像」していたのか

てっけんさんが書かれたこちらの記事を読みました。


私の所感をまとめるとこんな感じになります。

・「今のゲームは映像がリアルだから想像力を使わない」というのは少なくとも私に関しては嘘
・ただし、「想像で補完する内容が昔と今で違ってきている」というのは多分私に関しては本当
・あと、昔のゲームでも、想像で色々と内容を補完するゲームとそうでもないゲームがあった
・同じ「想像」するにしても、「何を補完する為の想像なのか」はやっぱりゲームによって違った
・開発者さんが用意してくれた「想像のトリガー」をつかみ取れる楽しさは今も昔も同じ

うん、大体言いたいことは言った気がします。

以下は補足です。


〇我々はゲームにおいて何を「想像」するのか

えーとですね。まずこの話なんですけど、「ゲームによって、想像で補完するものが変わる」というものはまず一つ、割と重要な大前提だと思うんですよ。これは多分、ゲームのスペックとかグラフィックによってという話ではなく、「開発者さんが用意してくれたものが何か」ということによって変わってくると思うんです。

てっけんさんもおっしゃってますけど、例えばスーパーマリオで「実際のマリオが走ってたら」とかいう、いわば「現実にゲームを写像する」的な想像って、少なくとも私はしなかったんですよね。ドット絵のマリオはそのまんま、ドット絵として受け取っていた。これもてっけんさんがおっしゃる通り。

じゃあ私はマリオを遊ぶ時に何も想像していなかったかというとそんなことはなくって、「上手くプレイ出来た時の自分」を想像していました。ゴール地点を想像していた。で、その想像と現実が合致すると物凄い達成感を得ていた。

これは例えば、「テトリス」なんかでも同じですよね。皆さん、「リアルなテトリミノが実際に上から落ちてきたら」みたいな想像しながらテトリス遊んでました?そういう遊び方してた人ももちろんいるかも知れなくって、多分ジオキューブなんかそういう発想から生まれたゲームなんじゃないかと思うんですけど、それはそうと私はそんな想像してなかった。何も考えないでプレイしてたか、あるいは「こんな風に組めればすげー気持ちいいな」みたいなこと想像しながらプレイしてました。

一方、例えばWizardryとかあるじゃないですか。あのゲームなんかは、それこそ「どれだけ想像しても想像し足りない」っていうゲームでしたよね。ただのステータスと文字の塊だった自分のキャラクターが、実際にはどんな姿をしていて、どんな会話をしていてどんな生活をしているのか。それこそ想像しまくった。そして、その「想像する」という行為自体がものすごくエキサイティングだった。

あれは典型的な、「僅かなドット絵から無限のグラフィックを想像出来る」ゲームだったと思います。多分なんですけど、「今のグラフィックはリアル過ぎて想像力がうんぬんかんぬん」とか言ってる人って、Wizardryみたいなゲームのことを念頭に置いてると思うんですよ。

この違いってどこから来るのかというと、多分「そのゲームに元々用意してあるものは何か」ということと、「それはプレイヤーにとってどんなトリガーになるか」ということ。ゲームを遊ぶ時の「想像」って、結局この二点に集約して、そこには古い新しいってあんまり関係ないような気がするんですよ。

じゃあ、実際に我々は、ゲームを遊ぶ時にどんな「想像」をするのか?ちょっと、私自身の経験で考えてみました。


〇想像のトリガーとはどんなものか

我々がRPGを遊んでいたとしましょう。

例えばドラクエ3で、アッサラームからバハラタにいくとします。この時、ノルドにポルトガの王様からの手紙を渡すと、「おうさまの頼みなら仕方ない」みたいなこと言うじゃないですか。

私、この時ものすっごい色々想像したんですよ。アッサラームとポルトガって結構離れてますよね?しかも間にロマリアがあるし、更にロマリアとポルトガの間には魔法の鍵で閉ざされた関門まである。なのになんで、ノルドはポルトガの王様と知り合いなんだろう?

こういうの、つまり「ゲーム内で語り切られていない物語」。あるいは、「ゲーム内で起きていることの、更にその裏に広がっているかもしれない展開」。これと、実際に語られている内容のギャップ。

これって、少なくとも私にとっては、非常に明確な「想像のトリガー」なんですよね。こういう、語り切られていない物語をあれこれ想像するの大好き。まだたどり着いていない展開についてあれこれ想像するのも大好き。こういうのがあるからこそ、「モンスター物語」とか「アイテム物語」みたいな本読むのがすっげえ楽しいと思うんですよね。

で、てっけんさんもいみじくも言われていますが、こういう「まだ見ぬ物語、語られていない物語を想像する」っていう遊びの楽しさは、今も昔も全然変わらないと思うんですよね。十三機兵だってめっちゃ色々想像しましたよ途中で。シナリオ補完、展開補完とでもいうんですかね?

私自身にとっては、「裏にほの見える物語と、実際に語られている物語のギャップ」を埋める遊びを楽しむ機会は、むしろ時代を下るごとに増えている気がします。物語の質量もあがっているし、シナリオもすげー分厚いゲーム多いし、その分裏で色々妄想する機会も増えた。「物語についてあれこれ想像するトリガー」があちこちにあるゲームが凄く多いわけです。まあこれは個人差あるかもですが。

一方、「ドット絵からグラフィックを想像する」っていう遊びについても、多分「そのゲームに用意されているものは何か」ってことによって変わってくる。Wizardryなんか、「グラフィックはチープだけど、実際に描かれているのは等身大の冒険」という、いわばグラフィックとその裏で動作しているものに対して大きなギャップがあったわけです。だから、そのギャップを埋める為の「想像」が成立した。もちろんグラフィックだけじゃなくて、上に書いたような物語上の補完をする想像も色々しましたけどね。

テトリスやらスーパーマリオやらは、この側面ではある意味「完結」しているんですよ。画面に映ったものがそのまま動いて、ちゃんとその場で活動してくれている。だからその間にはあまりギャップがない。結果、そのギャップを想像で埋める必要が生じない。いやもちろん、必要が生じないだけで想像出来ないわけじゃないんですけどね。

こういう、「グラフィック的な意味でのギャップ」を感じるタイトルが時代を下るごとに減っていった、っていうのは確かにあるかも知れません。FF7見ればわかりますよね。PSの頃のFF7は、あれでも「もっとリアルなグラフィックだったらクラウドは、ティファは、エアリスはどんな顔してるんだろう」とかまあ考えましたけど、FF7Rなんて全くその必要ないですからね。

更にもう一点、さっきスーパーマリオの話で書きましたが、「上手くいったときの自分を想像」というのも、私にとっては一つの重要な楽しみでした。特にSTGではその側面が顕著でして、ダラ外のスコアアタックで、全部つながった時の展開を勝手に想像して勝手に気持ち良くなったりしてました。

これは、「実際のプレイと理想のプレイのギャップを埋める遊び」とでもいいましょうか。この楽しさについては、今も昔も全く変わらないんですよね。


〇「何を補完するのか」によって想像の種類は変わってくる

つまり、少なくとも私にとっては、「ゲームをする上での想像」というものは大きく次の三種類があった。

1.実際に語られているゲーム展開と、その裏の物語の「ギャップ」を埋める想像
2.実際に見えるグラフィックと、そのリアルな姿の「ギャップ」を埋める想像
3.実際にプレイしている時のプレイ感と、理想のプレイの「ギャップ」を埋める想像

で、同じく少なくとも私にとっては、

1の「展開ギャップ」について補完する為の想像は、機会が減るどころかむしろ増えている気がする
2の「グラフィックギャップ」について補完する為の想像は、確かに機会が減っている
3の「プレイ感ギャップ」について補完する為の想像はあまり変わっていない

ということが言えるわけです。

これはもちろん私にとっての話であって、多分感じ方は人によって違います。人によっては、理想のプレイを想像するなんてやったことねえよ、って人もいるかも知れませんし、お前なんでこういう想像しないの?みたいな話もあるかも知れません。ただ、

「ゲームによって、何を「想像」するかは全く違う」
「そしてそれは、今が昔がという話ではなく、開発者さんが何を用意したかによって変わってくるもの」

ということについては、多分言ってしまっていいんじゃないかなあ、と思っているんです。

開発者さんが用意したものを楽しんで、そして時にはそれをトリガーにして、更にそれと別の何かのギャップを埋める為の想像をする。それって、ゲームを遊ぶ上での割とコアな楽しさですよね。ギャップのありようには多少変遷があったかも知れないですが、そういう楽しさ自体については、今も昔も何ら変わっていないんじゃないかなあと。

私はそんな風に考えるわけなんです。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 01:33 | Comment(2) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月08日

しんざき家全員どうぶつの森の遊び方がちがう

家族5人であつ森やってるんですけど、

私:基本的にカブと金のなる木農業とDIY換金でひたすらベルを貯め込んでいるだけ。ローンは気が向くまで返さない。

しんざき奥様:採集の鬼。虫取りと釣りに何時間も費やす。流れ星をひたすら集めたりもしており、基本的にプレイ中は何かを集めているっぽい。ポケットが常にぱんぱんで大変そう。あとDIYでなんか色々作っている。博物館になんか寄贈してるのは大抵長男か奥様

長男:ローンを返して家を拡張して、家に色んな家具をそろえることに燃えている。住みやすい家を目指しているらしい。島クリエイターで島改造も盛んにやっており、島を自分の好きなように飾り付けしている。マインクラフト的な楽しみ方をしているっぽい。また金策も手広くやっており、カブ取引や高額の虫取引で稼いでいるらしい。多分一番やり込んでる

長女:自由人。特に目的をもってゲームをしているわけではないらしく、その時その時でやっていることが違う。この前は住人に色んなものを押し付けては反応を見てキャッキャしていた。住民の行動をスクショに撮るのも趣味っぽい

次女:おしゃれの鬼。よくわからないがマイデザインに色んなデザインを用意しているようで、しょっちゅう服を着替えては見せにくる。あと、服を色々くれてはペアルックになることを要求してくる。たまたま島民代表になってしまった為に色んな手続きをしないといけないのが面倒らしい。ちょくちょく長男にせっつかれている。

という感じで、全員やってることとその方向性が全く違うんですよ。けどそれぞれ話は通じるし、お互い色々プレゼントし合って遊んだり、家の中見せあったりして全員で楽しめているので、これはものすごーく許容範囲広いゲームだなーと。

同時に、狭い範囲のほんの数人でもゲームの遊び方って全く変わるものなんだなーと。楽しみ方は人それぞれなんで、それぞれ自分に最適化した遊び方、自分が一番楽しい遊び方を見つけられるなら非常に良いことだなーと考えるわけなんです。

個人的にはいまひとつ面白さに乗り切れていないような気もするんですが、まあ家族の共通言語が出来ているしみんな楽しそうなのでよかったなーと思っている次第です。デスクルスは作りたい。

posted by しんざき at 11:06 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月02日

ここ最近のしんざき家がマジでアナログゲーム三昧である件 20/05/02

子どもたちがマジですっげえ楽しんでます。

最近通販で買ったアナログゲームは、「コヨーテ」「ピクテル」「もじぴったん」の3本。更にそれに加え、暗黒時代が導入された「ドミニオン」以前書いた「スカルキング」、あと長女次女奥様にルールを教えた定番の「ブラフ」辺りでローテーションしてます。毎日がぷちドミって感じでとても楽しい。

〇コヨーテ

何故かパパにコヨーテで一騎討ちを挑んできた次女

インディアンポーカーとブラフを組み合わせたようなゲーム。数字が書かれたカードを掲げ合って、「その場には何体のコヨーテがいるか」という数を推理して段々と釣り上げていき、「そんなにいねーよ」となった時点で「コヨーテ!」と言ってカードオープン。宣言した数よりコヨーテの数が大きかったらコヨーテを宣言した方の負け、小さかったら宣言された方の負け。

この、「自分の数が分からない」というのがとてもわくわくするらしく、長女次女がドハマリしました。何かと言うとやりたがるゲーム筆頭。一応二けたの足し算は理解出来ている必要がある為、小2くらいからならかなりいい感じに遊べるのではないかと。算数の勉強にもなると思います。


〇もじぴったん

しんざき家もじぴったん大会

ナムコから出た定番ゲームのアナログゲーム版。「スクラブル」の日本語版と言った方が通りがいいかも知れません。最初に2枚配置されている文字に、くっつくように単語を作っていき、最初にカードがなくなった人の勝ち、というゲーム。

さすがに語彙量の差がダイレクトに出るとはいえ、子どももかなり楽しんで遊べます。しかも語彙の勉強になって至れり尽くせり。大人にはハンデとして、枚数を増やしたり一度クリアした後再度5枚引き直したりするといい塩梅。

ただ、本当に唯一の難点として、最初からカードが入ってる容器がふにゃっふにゃで、収納がとてもやりにくい…これ絶対アナログゲーム普段遊んでない人が作ったパッケージだと思う。仕方ないんで容器だけDIYしました。



〇ピクテル

しんざき家ピクテル大会

これも最強の子どもドはまりゲーム。非公開で設定されたテーマを、様々な図柄が描かれたカードを組み合わせて表現して、「なんのテーマを表現した絵か」ということを周囲の人が当てる、というルール。これまた子どもがめっちゃはまります。写真は「ジョーカー」だけど私と奥様と長男にしか分からず。

大人と子どもの腕の差が出にくいのも特徴で、

「あつ森」っていうテーマでこれをつくったら家族に一斉に「これのどこがあつ森じゃーー!」って突っ込まれた

これ私が作った「あつまれどうぶつの森」なんですけど、「…これの一体どこがどうぶつの森なのか…?」と全員から総ツッコミを受けました。どうぶつもいるし海もあるし金のなる木もあるやん!!!!!!

次女出題の「ナイチンゲール」

ちなみにこれは次女が作った「ナイチンゲール」。むずかしい…。


〇ドミニオン

1日最低3回はやってるドミニオン。最近ついに暗黒時代が導入されて、長男がはりきりまくってます。

しんざき家夜のドミニオン大会サプライ

というか長男、既に私とあんまり変わらない腕前くらいにはなってまして、勝率も6:4から5.5:4.5くらいになってるかも知れない…。長女次女はまだまだコツのつかみ中という感じなんですが、暗黒時代の2回目プレイの時に、建て直しの強さにただ一人気付いた長女が勝ってたのがとても偉い。リビルドつえーな。

ドミニオンも、長男はなんだかんだ5歳くらいからやってるんですが、小学生なら問題なく楽しめるんじゃないかなーと。唯一の問題点、日本語版がなんかやたら高い。アレなんでこんなに高いの?



〇ブラフ

しんざき家初ブラフ

同じく定番中の定番。みんなでサイコロを振って、「その場に、どの目のサイコロが何個あるのか」というのを賭けていくゲームです。

ただ、ゆるドミの時もそうなんですが、私が参加するといささか確率が歪む傾向がありまして、

次女の初ブラフです

次女のブラフ初プレイ時の最初の出目。次女、この時はなんかダイスの出目が神がかってまして、鬼神のような強さで周囲全員をノーダメージでなぎ倒してました。きゃっきゃ楽しそうだった。

確率について学ぶと同時に、「確率は長いことやってるとだんだん収束していくものであって、短いスパンでは幾らでも偏る、その為試行回数が少ない状態で確率について語っても無意味」ということを学ぶ教材としても有用な気がしました。



まあなにはともあれアナログゲーム超楽しいから皆遊びましょうという話です。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 19:38 | Comment(0) | アナログゲームいろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月19日

40歳既婚男性が人生で初めてチャーハンを作った経緯と得られた知見

【前提】
・最近長男が奥様に料理を教わっていて、とみに料理スキルを向上させている
・なんか普通に長女次女の相手しながら朝ご飯とか作ってくれて超偉い
・パパはカレー以外作れるの?って聞かれた
・「できらあっ!!!!」ってなった
・チャーハンという料理が比較的簡単だと聞いたので調べた
・全然簡単そうじゃなくて絶望したけど折角だから作ってみることにした

【準備】
・webで「チャーハン 簡単 レシピ 初心者」で調べまくった
・たくさん情報が出てきてよく分からなくなった
・Twitterで「チャーハン作るよ!!」って言ってみたらTLの訓練された皆が「正気か」とか「死ぬ気か」とか「貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ」とか言ってくれた
・最終的にこちらのレシピが工程数少なそうでなんかいけそうな気がした
・ご飯を炊いた

【実施】
・ねぎとハムを斬った

ネギとハムを破壊した

・包丁の使い方がいまいちよく分からなくてどかどか切ってたら長男が心配して様子を見にきた
・みじん切りってどれくらい切ればいいの?よくわからん
・ご飯にマヨネーズを混ぜた
・フライパンに油を敷いた
・ご飯をぶち込んだ

さて

・どれくらい炒めればいいのかさっぱりわからん
・フライパンにめっちゃご飯がたくさんくっついた
・よくわからないのでねぎとハムを全部ぶち込んだ
・焼いた

おらーーーー

・しゃもじでかき混ぜてたら途中で段々しゃもじが溶けかけてきてめっちゃ慌てた(表面がやばくなっただけなので料理に混入はしてない)
・元工程では「ご飯を寄せて、空いたスペースで溶き卵を炒める」って書いてあった
・やってみたら普通にめっちゃご飯と卵が混ざった
・冷静に考えて、フライパンの二面で別々のことをするというのは高等テクニックなのでは?ストIIIで通常の立ち回りも出来てないのにファジィブロッキングの練習するようなものでは???
・しょうがないので全部ぐちゃぐちゃに混ぜてそのまま火をとおした 
・どれくらい焼けばいいのかさっぱりわからん…
・仕方ないので都度味見をしてなんとなく食べられる状態を希求していたらだいぶ量が減ってしまった
・けどなんか出来た

うん。。。けどまあ大体辻褄はあったのでは???

【結果】
・しゃもじが溶けた
・子どもたちには「はじめてにしてはおいしい!」と言ってもらえた
・自分で食ってもまあ食えたから成功じゃね?

悪くないのでは?

【得られた知見】
・包丁は引いて切るものらしい。私、力こそパワーで押し切ってる
・フライパンで焼いているものをプラスチックのしゃもじでかき混ぜると溶ける
・フライパンにご飯がめっちゃくっつく
→フライパンの温度が低いことが原因らしい
→よくわからんけどめっちゃ焼けばくっつかないらしい
・マヨネーズにどれくらい意味があったのかは謎だけどうまかったからいい
・最終的に塩と鶏ガラスープの素で味をなんか調整すれば割とつじつまは合う


こんな感じです。次は焼うどんに挑戦してみます



posted by しんざき at 13:26 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月18日

超久々にHearthstoneをやってレジェンドになりました

久々にラダーやったら、なんかランキングのシステムがちょっと変わっていたみたい。すげー久しぶりにレジェンドになりましたやったー。

いや、長男はなんかずっとipadでHearthstoneを継続してまして、酒場の喧嘩とかバトルグラウンドとかやってるみたいなんですが、そんな長男に「なんか新しいクラスが追加されたみたいだよ!!」って言われまして。デーモンハンター、触ってみたらすげー強いですね。なんか強すぎたみたいで光の速さでナーフされたけど。

とはいえ、デーモンハンターも触ってるんですが、実はメインで使ってるのはスペルドルイドです。

こんな感じのヤツ。

ドルイド.png

過剰繁殖がドルイドの高コストな呪文とめっちゃ相性がいい。一方レジェンドはケルサス・サンストライダーだけなのでお財布にも優しいです。ケルサス出す→0コスになった沼ビームや樹皮で盤面取りつつ洪水でカード大量補給→更にグローフライや野生の贈り物に繋げる

とか綺麗に回ると超気持ちいいですね。

アグロデモハンやフェイスハンターに序盤から押し切られちゃうとさすがに辛いけど、それ以外は割とどんなデッキにもオールマイティに戦えるような気がする。いやー、まさかドルイドでミニオン二枚しか入れないデッキが成立する時代がくるとは思いませんでしたね。

ここしばらくHearthstoneからは離れていたんですが、楽しいのでちょこちょこ復帰しようかなーと思っております。よろしくお願いします。

posted by しんざき at 22:42 | Comment(0) | HearthStone | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月08日

イース9をやっとクリアしたらはちゃめちゃに面白かったので全力で感想を書く(途中までネタバレなし)

素晴らしかった…イース9マジ面白かった…。


ということで、昨日イース9をクリアしまして、軽く虚脱しています。

いやー、ついカッとなってPS4を買ってからこっち、十三機兵防衛圏にイース9にと、ゲーム生活が素晴らしく充実していて大変良いですね。やっぱゲームハードはゲームをする為に買うものですね。さて次はSEKIROUかデスストかホリジョ撃掘か。

取り急ぎ、イース9がいかに面白かったかについて簡単に感想を書きたいと思います。よろしくお願いします。ネタバレを書く前にはページを折り畳みます。つっても発売後半年もたってる訳で、ネタバレを気にするタイトルなのかってのは微妙なんですが。


〇最新イースシリーズの「爽快感」と「学習曲線」の話

これはイース8や7やセルセタと共通の話なんですが、ここしばらくのイースシリーズのコア要素って、

・アクションが滅茶苦茶気持ちよくて爽快感がある
・学習曲線がとにかく絶妙

の二点だと思うんですよ。

まず第一に、イース7からこっち、イースシリーズのキャラクターってとにかく「ただ動かしているだけで爽快」なんですよね。なんなら、広大なフィールドをあちこちブラブラしているだけでも十分気持ちいい。

それは何故かというと、「キャラクターのレスポンスがとてもいいし、アクションが何から何まで爽快」だからです。街中をダッシュしてみる。物凄い速さで風景が流れていく。回避行動をしてみる。キャラクターがビシュビシュ動いて、あっという間に目的地に到着する。勿論、マップ上で直接移動することも出来まして、UIについてはおよそ不満点というものが殆どない素晴らしさです。

今回、キャラクターに特殊なアクションをさせられる「異能アクション」というシステムがありまして、これがまた覿面気持ちいいんですね。例えば、壁を凄い速さで駆け上れる「ヘヴンズラン」。特定のポイントに瞬間移動出来る「クリムゾンライン」。空中を滑空出来る「ハンターグライド」。この辺りの移動系の異能アクションは、使えるようになるごとに更に移動の面白さが増していき、街中を探検しまくりたくなっていくわけです。

そして、もちろん戦闘。イース9の戦闘の特徴はとにかく気持ちいいことです。

根源的な話として、「敵をただビシュビシュ斬っているだけでも気持ち良いよね」というのは、アクションゲームにおける最重要事項です。そして、この点でイース9は完璧です。マジ完璧。

所せましと立ち並ぶ敵たちを、通常攻撃や必殺技でザクザクなぎ倒していく。敵の弱点をつくと敵が弱体化する「ブレイク」や、ゲージがたまるとパワーアップする「ブースト」のシステムなんかも、演出から使用感やら、ただやっているだけで気持ちいい訳です。

そして、敵の攻撃をタイミングよくガードすることによる「フラッシュガード(以下フラガ)」やタイミングよく回避することによる「フラッシュムーブ(以下フラム)」。これが狙って出来るようになると、いきなり爽快感ゲージが跳ねあがります。

ここで、「学習曲線」という話が出てきます。

ゲームには、「上手くなっていく過程」という要素があります。プレイヤーは、いかにそのゲームに習熟していくか。いかに「上手くなった」と感じられるか。特にアクションゲームでは重要で、これが良く出来たゲームは大体面白いです。

で、イース9の学習曲線なんですが、これがまたとんでもなく出来が良いんですよ。あ、難易度はNORMAL想定です。

・最初はなんか通常攻撃を適当に繰り返しているだけでも適当に進める
・操作に慣れてきた頃、回避や必殺技をどんどん繰り出していって気持ち良さが味わえるようになってくる
・気持ち良さを理解したころ、段々と弱点属性や必殺技の使い勝手を意識し始めないと敵が簡単に倒せなくなってくる
・その辺を理解したころ、フラガやフラムがある程度使えないと苦しい強さの敵が出てくる
・終盤は色んなシステムを駆使しないと相当苦しい

これですね、イース8もそうだったんですが、「プレイヤーがそのアクションを必要とする頃、ちょうど程よくそのアクションが使える程度にゲームに習熟している」んですよ。この匙加減本当に物凄いと思うんですけど、いったいどうやってるんでしょうね?この匙加減を味わうだけの為にこのゲームやってもいいくらいだと思います。

ちなみに、難易度を上げるとこの辺の事情は全く変わりまして、特にINFERNOでは「最初からフラガ・フラムを駆使しないとあっさり死ぬ」というバランスになっているので、上級者の方にも十分歯ごたえがあると思います。難易度はいつでも変えられます。

とにかくイース9が、「単純にアクションゲームとして超気持ちいい」ことについては断言してしまいます。

〇イース8のアクションを更に拡張した「立体的な冒険」

で、ここからはイース9独自の話なんですけど。無人島が舞台だったイース8と違って、今回って街中がメインの舞台なんですよ。監獄都市バルドゥーク。

やり始めの頃は、フィールド前回より狭いかなーと思ってたんですが、途中から「全然そんなことねーぞ」と。いや、フィールドや行ける範囲がゲームを進めるごとにどんどん拡張されていくというのもそうなんですけど、

先述した異能アクションを駆使して、今回って「フィールドを立体的に動き回れる」っていう特徴があるんです。これは8との明確な違い。屋根の上をぴょんぴょん渡ったり、ヘヴンズランやクリムゾンラインで飛び回りながら、3次元的にゲーム内を探検出来るんですね。

言ってみれば、8に比べて「ゲームが縦に広い」んです。これめっちゃ楽しい。ハンターグライドで飛び回るの楽しい。

もちろん宝探し要素やお遊び要素もたくさんありまして、うろつきまわればうろつきまわる程報酬がある作りになっています。

これを使ったギミックなんかも色々ありまして、ダンジョン探索にも立体的な機動が頻繁に必要とされます。これはこれで若干の不満点もあるんですが、まあ動かしていてやたら面白いことは間違いありません。街中で飛びまわって、「あ、怪人!?」とか言われるの超楽しい。

〇その他、イース8にあった要素は大体ある。ただ不満点もある

例えば、前回の漂流村に該当するダンデリオンにだんだん人が集まっていく楽しさとか、防衛戦とか攻略戦とか、収集とやり込み要素とか、「ゲームとしてイース8にあった要素」はほぼ全て網羅されていると言っていいでしょう。

ストーリー面でいうと、ここではネタバレは描きませんが、重厚さで言うとイース8に一歩を譲る気はするものの、十分に謎ありどんでん返しありキャラクターの魅力ありの素晴らしいストーリーだと思います。変身ヒーローっぽい要素もあり、アプリリスさんの言葉使いがちょっと中二っぽかったりする点もないではないんですが、それはそれで味があって楽しくなってきます。

ただ、若干の不満点もないことはなくって、

・(特に野外フィールドで)ヘヴンズランで登れるポイントがかなり限定されており、そのポイントを探し回るのがあんまり楽しくない

という点は不満に思いました。どこでも登れるって訳ではなく、あちこちにネズミ返し的な地形があって、「どっから登れるのかな?」っていうのを探すのが探索要素のうちになってるんですが、「ここから登れるんだな」っていうのがぱっと見では分からない場合があって、「登ってみたけどダメだった」っていうのを結構な回数繰り返すことになったんですよ。ここだけはあんまり楽しくなかったなーと。多分本作における唯一の不満点です。

まあ、これら全部ひっくるめて、ゲーム全体を見ると「滅茶苦茶楽しかった」の一言で十分概括出来ると思います。未プレイの方は是非。

さて、ここからは若干ストーリーに関するネタバレも含めて話しますので、ページを折りたたみます。割と遠慮なく書いてしまっているので、未クリアの方はご注意ください。












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posted by しんざき at 08:54 | Comment(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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