2018年09月24日

Steam版モンハンワールド始めました 18/09/24

いつものことですが、「今更」という言葉は不倒城では死語です。


ということで、なんかマルチプレイの通信にやや問題が、みたいな話も聞いたんですが、どうせ私は基本ソロ廃人で、ほぼマルチプレイをしないので特に問題はなかろうと思い、ひと月遅れですが突っ込んでみました。大変楽しんでいます。

取り敢えず現在は、最初のゾラ・マグダラオス捕獲作戦を終えて、パオウルムーまで終わらせたところです。今回なんか「いつの間にかハンターランクが上がっている」という感じで、自分のHRがいまいち分からないのですが、一応現在HR7のようです。

ハンター名は「ルミリャフタ」いつものことですが大剣でほぼソロ専をやっております。今回、なんかソロだと敵が弱くなるみたいですね?珍しくソロに優しい仕様。

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いやーやっぱ楽しいですねモンハン。先日までラ・ムラーナでかなりギリギリの戦いをしていたので、下位のヌルさが体に心地よいです。

どうせ上位に行けばまたキツいクエストも出来ると思うので、当面はゆるゆるやりつつ勘を取り戻していきたいと思います。いや、私基本、途中からラージャンとしか戦わなくなるので、ラージャン以外のモンスターとの戦い方がよくわかんないんですよ。今回ラージャンはいつ頃出てくるんですか?

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それはそうと今回のモンハン。なんとなく話には聞いていたんですが、以前までのモンハンと全然感覚が違いますね。エリア移動がないってことはそれ程違和感ないんですが、ペイントボールがなくなってたり、アイテムを使用しながら移動出来たり、地形を利用してモンスターをやり過ごせたり、より「リアルなモンスター狩猟」という感じになっていると思います。

個人的には、採取が本当にサクサクとストレスなしで出来るので、ちまちまと色んなアイテムを集めたりするのがとても楽しい。全般的に非常に楽しんでおります。

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取り敢えずは、例によってメイン大剣、サブ弓でのんびり進めていこうと思いますので皆さんよろしくお願いします。弓作ってはみたんだけどなんか立ち回り方がまだいまいち分からない。チャージステップが強いのかな?


一旦それくらいです。





posted by しんざき at 19:01 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月22日

ロス・ガラパゴスがイオンモール日の出で演奏してきた件 18/09/22

結構久しぶりの依頼演奏でした。


南米出身のプログループ、SISAYの皆さんが主催されているイベントでして、先日別のところで演奏したご縁でお声がけ頂きました。プロと同じステージに立てるというのは非常に刺激にもなりますし、個人的にもなかなか調子よくケーナが吹けてめっちゃ楽しかったです。

ただこのステージ、経緯としては結構面白くって、出演グループのところにどどーんと「ロス・ガラパゴス」の表示があるというのに、私を含めてグループメンバーの誰一人自分たちが出演するということを知らず、出演依頼のご連絡をもらったのが19日だったという…。なんか色々連絡が混乱したみたいで、HPを見てみたら「これ今週末やん」という感じだったのがなかなか愉快な雰囲気でした。いや、突発の演奏依頼というのはたまにあるんですが、流石にここまでギリギリなのは珍しいです。

流石に難しいかなーと思ったんですが、グループ内で「出れそうな人いるー?」と聞いてみたらなんか私含め4人集まってしまったので、楽しそうだからということで出演させて頂いちゃいました。こういうのも経験ですね。

ただアレですね、我々基本的に出たがりなんで、御引き合いには喜ぶんですが、出来ればちょっと早めに言っていただけた方が予定の調整上助かりはします。。。

ちなみに、今回のセットリストはこんな感じでした。

1.コンドルは飛んでいく
2.Corazon Entristecido
3.リャキルナ
4.Wara
5.Carnabal Grande

殆どは安定の過去曲なんですが、実はWaraだけガラパゴスとしてはド新曲です。たまたま皆やったことあったので合わせてみたら出来まして、「じゃあやるか」って感じで演奏してきました。いい曲ですよねWara。

休日のイオンは予想以上に大盛況で、我々のステージもお陰様で結構な数の椅子が全部埋まるという、非常にありがたいご聴衆を頂きました。皆さんのお好みに合えば幸い。

ちなみに、我々の後にSISAYの皆さんのステージがあったんですが、Moliendo Cafe(コーヒールンバ)やコンドルは飛んでいくに始まり、歌ありtinkあり、「聴かせる」以上に「魅せる」という素晴らしいステージでした。勉強になりました。

ということで、次回ガラパゴスの演奏は11/4になりそうですが、そちらはまた改めて告知させて頂きます。皆さんご興味あれば。


今日書きたいことはそれくらいです。






posted by しんざき at 22:21 | Comment(0) | フォルクローレ・ケーナ・演奏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月21日

【演奏告知】今日のしんざきがナゾゲーランドで演奏した話と、急きょイオンで演奏することになった話 18/09/21

なんか面白事態が発生しているのですが、取り急ぎはナゾゲーランドの件から。


キャラゲーBGM専門演奏集団、というなかなかニッチな立ち位置にある「関東豪楽連」、今回は二胡使いの@jiu3さんをお招きして、5人での演奏となりました。

セットリストは以下の通りです。

1.さんまの名探偵
2.つるピカハゲ丸くん 〜めざせ!つるセコの証〜 フィールドBGM
3.グーニーズメドレー
4.魍魎戦記MADARA 戦士の旅立ち  (フィールド1)
5.魍魎戦記MADARA MA・DA・RA(フィールド2)
6.魍魎戦記MADARA2 戦闘
7.わんぱくダック夢冒険 アマゾン
8.わんぱくダック夢冒険 月面
9.チャイルズクエスト エンディングテーマ

ということで、今回もなかなかいい感じの選曲だったのではないかと自負しております。

1曲目、さんまの名探偵のメインBGMは敢えてちょっと抜き気味に吹いて、まさかのつるピカハゲ丸は@jiu3さん提案の能天気な名曲。そこから一気にコナミ分多めフィールドに突っ込む展開です。

グーニーズは1・2取り混ぜてのメドレーだったのですが、なんといってもMADARA!あとMADARA2!!どの曲も超かっこいい曲ばかりでして、特に1のフィールド2は吹けて超満足であります。MADARA面白かったですよね。あとCMのキリンがエロかった。

ちなみに、MADARA2の戦闘は今回最難関の曲でして、メロディ組はみんなでひーひー言っておりました。

わんぱくダック夢冒険は言わずと知れた名曲揃いの傑作でして、一番有名なのはもちろん月面だと思うんですが、アマゾンもとてもいい感じの名曲です。AKさんの鼻笛大活躍でした。

そして、今回の曲全てを見渡してもメロディアスっぷりでは群を抜いているのではないかという、チャイルズクエストのエンディングテーマ。これ、ときおのテーマをリフレインさせて、そこから更に展開する感じになってるんですよね。あまりの名曲っぷりに吹いてて泣きそうになりました。

コナミ分やや多めの関東豪楽連、皆さま楽しんで頂けたでしょうか。また次回演奏タイミングが判明したらお知らせしますので、ご興味ある方は是非。

というか、関東豪楽連って大体3カ月周期で演奏しているんですが、実は毎回全て新曲で、過去曲再利用を一回もやっていないという、一体誰と戦っているんだ感が強いことをやっているんですよね。。。そろそろ多少過去曲再利用してもいいのではないだろうか。エリア88また吹きたい。


〇ところで土曜日14:30からイオンモール日の出で演奏します

ロス・ガラパゴスです。


この件ちょっと色々と面白案件になっておりまして、ただここではやや書きにくいので、私と会う機会があった人は私に直接聞いてください。多分面白いです。

場所的にやや行きにくい場所かとは思うんですが、もしお近くの方がいらしたら是非おいでください!

一旦それくらいです。

posted by しんざき at 07:17 | Comment(2) | フォルクローレ・ケーナ・演奏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月18日

ラ・ムラーナについて、遊び終わっての雑感(ネタバレあり)

ということで、クリアしたこと自体についての感想は昨日こちらの記事で書きましたので、後は個別の内容についててきとーに好き勝手書こうと思います。

ネタバレが含まれますので、未プレイの方はお気を付けください。以下、折りたたみます。











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posted by しんざき at 11:43 | Comment(2) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月17日

かつて、「ドルアーガの塔」を攻略出来なかった私へ

ちょっととりとめもない話をさせてください。一応先に言っておくと、ラ・ムラーナのネタバレは含まれないです。

世代、というものがあります。

勿論ゲーマーにも世代というものはありまして、その人がいつ生まれて、いつ頃ゲーム好きになったかによって、その人が触れるゲームというものは変わってきます。勿論、世代を飛び越えるということも可能なんですが、基本的には、「ある人がどんなゲームを好むか」ということに対して、その人の世代というものはかなり大きな要素になると言っていいでしょう。

例えば、ファミコンの黎明期にゲームに触れ始めた人。

スーファミ、PCエンジン、メガドライブの三つ巴の時期にゲーム機を初めて購入してもらった人。

格ゲー全盛期の頃にゲーセンに行き始めた人。

物心ついた頃には、既にPS2が自宅にあった人。

初めて触れるコントローラーがSwitchのコントローラーだった人。

それぞれにゲームとの出会い方があって、それは「どれがいい」「どれが悪い」というものではありません。ただ、幸運なゲームとの出会い方も、不運なゲームとの出会い方もあるのだろう、ということは言えます。

私自身の話をすれば、私は1985年から1986年、ファミコンが大きく盛り上がり始めた頃、初めてゲームに触れた人間です。その後、ゲーセンに通い詰める時期もあれば、サターンやPS2のゲームに血道をあげることもありました。

私が特に「幸運だった」と思っているのは、1990年代前半から中盤にかけて、STGが最高の盛り上がりを見せた頃にゲーセンに通える立場だったことです。私はそこでダライアス外伝に出会いましたし、19XXに出会いましたし、レイストームに出会いました。

全体的に見て、私は自分のゲーマー人生を、極めて幸運に恵まれたものだと思っているのです。それは間違いありません。

ただ、どんなことでもそうであるように、ないものねだりというものはありまして。それは、軽く言えばちょっとした残念感であって、ちょっと大げさに言えば「ゲーマーとしての心残り」で。


私は、「ドルアーガの塔」を攻略することが出来なかったのです。


皆さん、ドルアーガの塔、ご存知ですか?クリアしました?

あのゲーム、面白いことはすごく面白いですし大名作だと思うんですが、よく知られる通り攻略法が色々理不尽でして、特に「宝箱の出し方」が一切ノーヒント、しかも内容も相当ひどいんですよ。


「敵を全滅させる前に扉を通過し、そのあと敵を全滅させる。」とか。

「敵を一匹も倒さずに扉を開ける」とか。

「スタートボタンを押す」とか。

「最初から見えている宝箱は放置したままリザードマン、ハイパーナイト、ミラーナイト、ブラックナイト、ブルーナイトの順に敵を倒し、後から出た宝箱→始めからある宝箱の順にアイテムをとる」とか。


しかも、そういう「ウルテクかよ!!!!!!」と叫んでしまいそうな程複雑怪奇な手順の宝が、普通に必須アイテムであって、とってないと数十分のプレイが一瞬で無駄になったりするんですよね。控え目にいって、結構理不尽ですよね?

けど、ドルアーガの塔ってゲーム、得体のしれない魅力を放っていて、当時たくさんの人が攻略に挑戦していたんです。

当時この「ドルアーガの塔」をゲーセンで遊んでいた人たちが何をやっていたかというと、本当に手探りで必死に総当たりをしたり、あちこちのゲーセンのコミュニケーションノートで情報を交換したり、口伝で都市伝説を広めたりしていたんですよ。

色んな情報に情報を重ねて、メモをとって、試行錯誤して、ニセ情報に右往左往して、最後にドルアーガを倒して。(そしてイシターに剣をブッ刺してZAP)

超楽しそうだと思いませんか?

私、初めてドルアーガに触れたのはファミコン版、しかも小2か小3かそんなもんでして、既にその時点で攻略本を読んでいたんですよ。確か、「ファミリーコンピュータ必勝本2」って本だったと思うんですけど。

勿論、ドルアーガの塔は、攻略本を見ながらでも散々苦労する難易度でしたし、当時チビジャリだった私がゲーセンでまともに攻略出来る難易度では到底なく、そういう触れ方でも仕方なかったとは思うんです。

ただ、「リアルタイムでドルアーガが攻略出来なかった」というのは、私の中に、ほんの小さなささくれ、ほんの小さな心残りの残滓として残っていたんですよね。私のちょっと上の世代に、とんでもなく面白い時期があった。

ああ、それを味わえなかったのは、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ残念だったな、と。



ところで、今日、たった今、PS VITAの「LA MULANA EX」をクリアしました。


私のTwitterをフォローしている方であれば、ここ最近、私が「わかるかあああああ!!!!」とか「進めねえええええ!!!」とか叫んでいるのを目撃されていたことだと思います。別に頭を豆腐の角にぶつけたわけじゃなくて、ラ・ムラーナやってたんですよ、私。

プレイ時間でいうと23時間くらいだったんですが、ボスで死にまくった時間とか、VITAから離れてExcelとにらめっこして石碑のヒントを漁っていた時間なんかは含めてないんで、多分実際には30時間近かったと思います。

ツイートを見て反応してくれた方のつぶやきを見て、「ああ、そういうことか」とか感づいちゃったこともあったんで、厳密にいうとノーヒントでクリアとは言い難いんですが、一応攻略サイトの類は一切見ないでクリアしました。大変面白しんどかったです。

ラ・ムラーナは、正直プレイし終わっても「おいそれと人には勧められないゲーム」と言いますか。色々と謎解きがひどくって、相当のリソースを振り向けて、リアル脱出ゲームを解くような感覚で突き詰めないと多分このゲーム、クリア出来ないんです。ただ、攻略サイトを見ながらこのゲームをクリアしたとして、果たしてそれで楽しいのか?ということは、私には確信出来ないのです。

このゲーム、遊び始めた時に、「超絶For me」という言葉を使いました。


これは文字通りの話で、クリアした現時点でも「これは私の為のゲームだった」と私は思っています。not for meな人には徹底的にnot for me だろうなあ、と思いもします。ただ、少なくとも、私にとっては、これは私の為のゲームだった。

何故かというと、このゲームを攻略サイトなしでクリアしたことによって、私の中に残っていたほんの少しの残念さ、ほんの少しの心残りが、解消出来たように思うからです。

ラ・ムラーナをプレイしていて、私は何度も、「ああ、ドルアーガを当時手探りで遊んでた人って、きっとこういうことしてたんだろうな」と感じました。それは辛くって、キツくって、面倒くさくって、けれど報われた時には極上の達成感を味わうことが出来る、なんだかよく分からない面白さでした。正体不明の面白さでした。

私は、ドルアーガの塔を手探りで登ることは出来なかった。

けれど、La Mulanaに手探りで挑むことが出来た。La Mulanaを手探りで踏破することが出来た。


1984年の7月、ゲーセンに行くことが出来ずに、私の中のどこかで立ち尽くしていた子どもが、その事実に一つ納得して。大げさな言い方をすれば、私の中の子どもが一人死んで、ようやく「残っていた子ども」が大人になれたような、そんな気すらするのです。


長々と書いてきました。

上記した通り、私はLa Mulanaを「おいそれとは人に勧められないゲーム」と評価していますので、これを読んでいるかも知れないどなたかに、「面白いからやるといいですよ!!」とは言いにくいものがあります。

ただ、この記事や前回の記事を読んで、「このゲーム気になる!!」と思ってくださった方がいたら、是非攻略サイトを見ないでプレイしてみて頂きたいなあ、と思います。多分、かつての高難度ゲームを手探りで攻略した人たちの気持ちを、なんとなく体験していただけるんじゃないかと思います。

La Mulanaを開発してくださったスタッフの皆さんに、心からの感謝と、若干の怨念をささげたいと思います。


今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 11:04 | Comment(2) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月15日

コンティニューに対するスタンスが色々あって面白いなーという話

世の中には「コンティニュー出来ない病」というものがありまして、特に昔からのシューターに罹患者が多いような気がします。皆さんご存知ですか?

Twitterでこんなこと書いたんです。

すると、なんかコンティニューについて結構色んな人が反応してくれました。単に「わかる」という人、「ガンガンコンテする」という人、何でなのかを考察する人。面白かったので自分用に、ざっくり目についたツイートをまとめてみました。


なんかコンティニューというものについては、人それぞれ色んなスタンス、ないしこだわりをお持ちのようですね。

特にSTGでは、昔から「ワンコインクリア」というものに極めて大きな意味を感じる文化圏というものがありまして、「STGでクリアといえばワンコインクリアが前提」というくらいのスタンスの人も結構います。冷静に考えると、あるシステムを使わないで攻略するのって一種の縛りプレイみたいなもんかも知れない、とも思うんですよね。

コンティニューする/しないで優劣など存在しない、というのは前提です。唯一、ゲーセンで後ろに待っている人がいる状態での連コだけは褒められたもんじゃないと思いますが(ただしゲーセンのルールにもよる)、人に迷惑をかけない限り、コンティニューをしようがしまいがその人の自由でしょう。下に見るものでも、上に見るものでもありません。

ただ、私に関して言えば、

・コンティニューをして進むと達成感が目減りしてしまうことが多い
・達成感ジャンキーなので、コンティニューをしないことが習慣化してしまう
・その為、「コンティニューはしないもの」というような強迫観念めいたものが形成されてしまう

という順序であるような気がします。

「達成感」というのは一つの重要なキーワードのようでして、おそらくこの辺の方々は私と似たようなパターンだと思います。

多分なんですが、単に攻略のことだけを考えれば、コンティニューしまくって先の面まで予習した方が効率がいいことは間違いないんですよね。私も、ダライアス外伝の時だけは、ボス攻略でコンティニューしまくってボスの攻撃パターンを研究したりとかしました。

ダラバーとてもとても良いですよね。今の時代にダライアスの新作が遊べる幸せ。

ただ、特にゲーセンのハイスコア勢には、「そもそもコンティニューしたスコアは認定されない」「だからコンティニューしない」というシンプルな人もいると思います。別にスコア狙いじゃない時はコンティニューしてもいいと思うんですけどね。


また、攻略のことを度外視しても、単に「先に進みたい」「クリアしたい」という欲求も、勿論否定されるようなものではありません。実際のところ、「コンティニュー出来ない病」の人って、「難しくて詰んだままそのゲームを攻略しないで放置する」という頻度はそれなりに高いような気がするんですよね。。。そこはやや勿体ないような気もします。

ごめんなさい、私もです。特にベルトスクロールアクションとか。

勿論これはタイトル次第でも色々と変わってくる話で、例えば昔のSTGだと戻り復活(死んだら少し戻されて、パワーアップなどがない状態で復活する)のゲームが多かったので、コンティニューしても先に進めるとは限らない、というゲームが多かったように思います。R-TYPEとか大変でしたよね。「復活」だけでひとつ攻略テクニックが出来るくらいでした。戻り復活でなくても、パワーダウンしてしまったらそもそも進むこと自体が困難、というゲームもたくさんあります。

その辺のところに触れている方もいました。

ちなみに、「そもそもコンティニューしない方が攻略の確度が高い」という人もいて、これはあまり思いつかなかったなーと思いました。リズムが重要なゲームの中には、コンティニューすることで却ってリズムが崩れてしまう、ということもありそうに思います。

まあ、特に結論が出るような話でもないんですが。

取り敢えず、「コンティニューしようがしまいがSTGは超楽しいですよ!!!」ということは一つ確実なこととして言えると思っておりまして、特にここ最近のSTGではダラバーCSなんか超お勧めなので、未プレイの皆様には是非ダラバーCSを購入してざくざく遊んでいただきたい、と考えること大な訳です。いわゆるダイレクトマーティングです。




皆さんダラバーやりましょう。

今日書きたいことはそれくらいです。















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2018年09月13日

「3つの中から選ぶ」店が探索型アクションに多いという話と、「迷宮組曲」開発者の笹川敏幸さんにメールを出したらお返事を頂いた話

すいません、最初に断っておきますが結論は出ません。

ラ・ムラーナを遊んでいて、ふとどうでもいいことに気づきました。それは、「買う物を3つの中から選ぶ店が出てくるアクションゲーム/アクションRPGって、なんか昔から多い気がするな?」ということです。

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例えばゼルダの伝説。

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例えばがんばれゴエモン。

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その他、ちょっと考えただけでも、

・ワルキューレの伝説
・迷宮組曲(ヒントを含めての選択肢がどの店も3つ)
・月風魔伝
・魔鐘
・聖剣サイコカリバー

辺りはすぐに思いつきます。錚々たる面子ですよね。探せばもっと色々あると思います。

いや勿論、例えばイースとか、ワルキューレはワルキューレでも冒険の方とか、そうじゃないアクション(RPG)もあるんですけどね。ただ、これだけ有名作が共通して採用している仕様ってことは、旧作を参考にしていたりとか、あるいは「3」という選択肢がちょうどいい理由があるとか、何か共通した仕様上の理由みたいなものがあったりはしないかと思いついたんです。

勿論、そもそもの前提として、

・アクションゲーム、アクションRPGは、一般的なコマンド型RPGよりはアイテムの種類が少ない傾向がある
・その為、店で手に入るアイテムの種類は限定される

ということは認識しておかなくてはいけないでしょう。

その上で、例えば

・ファミコンの描画性能的な問題
・アイテムデータの管理仕様的な問題
・選択肢としての「3」の汎用性が単純に高い(2だと少なすぎ、4だと迷ってしまう)

などといった理由があったりしないかなーと考えたわけです。


Twitterでうだうだ呟いていたら、いくつかご意見を頂いたりしました。一部引用させていただきます。

操作上の制限があるためでは?という説。
選択肢のサイズとしてちょうどいい為では?という説。

在庫データの持ち方上の問題なのでは?という説。
それぞれ説得力がありますし、どれか一つの理由というわけでもないのかも知れないとも思います。

例えばワルキューレの伝説であれば、単純にレバーを入れる方向によって商品選択と店を出る選択が出来たので、四方向に設定するのがごく自然だった、と考えることが出来そうですよね。その辺の事情はゲームによっても違うと思うんです。


ただ、勿論こういうのは、実際に作った側の方にお話を聞かないと本当のところは分かりません。

思い余って、私が個人的に「ファミコンの探索型アクション全てを見渡しても最高峰の一作」と考えている「迷宮組曲」の開発者、笹川敏幸さんに、質問のメールを投げさせて頂いたら、なんとお返事を頂いてしまいました。子どもの頃から大好きなゲームの開発者さんにお話を伺えて感激の至りです。インターネットすごい。

ご許可を頂いて、下記、引用してみます。


>当時、様々なゲームが、お店での購入について「三つの選択肢」というものを採用されているように思いまして、
そうでしたか。特に他のゲームを意識したことはなかったように思います。

>何か仕様上、ないしゲームデザイン上の理由などあるのだろうか
ショップの存在はゲームの流れを制御する為でした。これによってどこまでゲームが進行しているのか、目安になります。

(いわゆるフラグが立つ、という状況になり、ゲームの進行が変化します)
あのゲームは最終画面でボスキャラを倒す、面クリアのストーリー展開。それと楽器をあつめて「曲を完成させる」というゲームの進行とまったく関係ないストーリー展開があります。

ひとつのアートとして作ったゲームなので、ただの面クリアにしたくなかった。そこはこだわりです。
それと、当時、ハドソン社内で「ゲームの難易度設定」は、高橋名人が基準になっていましたので、彼がクリアできるレベルを目安に調整していました。でも、それでは運動神経のにぶい子や小さい子は絶対にクリアできないわけで(笑)。実のところ、あれば作りての我々も「素手でクリアできなかった」ので、開発中は常に連射パッドを用いていました。(つまり、連射パッドを売りたいという魂胆でした。)
ファンタジーなゲームなのに、難易度設定でスターソルジャーレベルなわけですから。そこをなんとかしたかった。なので楽器集め、の要素をいれてそこで楽しむのもあり、ということにしたわけです。

ショップの3つの選択肢というのは、ゲームの進行を制御するのにちょうどよかった数だったからだったように思います。十分に洗練された仕様ではなかった気がしますが、当時、自分の能力、センスではそれでせいいっぱいだったようです。

ほぼ30年前の作品です。20代前半の若者だった自分にしては、よくがんばったな、という気がします。楽しんでくださってありがとう。


不躾な質問にすごく丁寧に答えてくださって、本当に恐縮汗顔の至りであります。

ただ、上の「店の三択」という話について言えば、迷宮組曲は

・既存のゲームを意識したりはしなかった
・技術的・ハード的な制限の問題でもなかった
・ゲームの進行を制御するのにちょうどいいサイズだった

ということになりそうです。

実際、迷宮組曲におけるショップって、「進行に関わるアイテムが一つ」「ヒント・パワー・ゴールドなど、おまけ的な選択肢が一つ、ないし二つ」というパターンの店が多いので、「先に進む為のキーアイテムを手に入れる場所」として、選択肢が多すぎてもしょうがない、ということだったのだろうと推察します。

個人的には、「高橋名人が基準」「連射パッドを売りたいという魂胆」というところは大変面白いと思っていまして、実際迷宮組曲って連射要素が色々組み込まれていましたよね。タイトル画面の連射機能とか、それをボーナスステージに持ち込む裏技とか。連射数がゲーム中のアイテムで増えたりとか。メダマルゲやクロウみたいな敵も、「近づいて連射する」という操作が要求されたりしてましたね。

あと、「ひとつのアートとして作った作品」という言葉も心に残ります。迷宮組曲って、音楽や楽器箱みたいな要素も含めて、ゲーム全体の統一感というか、「すべてをひっくるめての「組曲」」という感覚がすごいんですよね。この辺は、最初から計算されてそのようにされていたのかなーと思えました。

何はともあれ、お忙しい中大変興味深いお話を頂き、笹川さんには感謝しかありません。誠にありがとうございました。


ということで、すみません、結局「三択の店が多い理由ってなんなん?」という話については「共通する理由はなく、ゲームによって違う」というあまり面白みのない結論になってしまいそうではありますが。個人的に笹川さんからメールを頂けたことが望外だったので、うれしくなって記事にしてしまいました。

「三択」についての情報、何かあればお寄せ頂けると喜びます。よろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 06:45 | Comment(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月12日

【演奏告知】今日のしんざきが9/16「関東豪楽連」にて演奏します・あと渋谷ズンチャカ!さんで演奏した話 18/09/12

今回も「ナゾゲーランド」さんで演奏させて頂きます。3回目です。

■開催日時:
2018年9月16日(日)  17:00開場 18:00開演
■参加費用:
2,000円+1ドリンクオーダー
■出演者:
ファミコンキッド(司会、朗読作家)
岡田名人(司会、演奏家)
まめ(装置、ファミコンタイトラー家)
桜木章人(声優)
勇者BAR兄(DJ)
関東豪楽連(メンバー:岡田名人、佐々木名人、とんかつ、しんざき、煮込みぃ)

関東豪楽連は、「原作つきキャラゲーのBGM演奏集団」というなかなかニッチな音楽傾向グループでして、今回が3回目の演奏となります。

今回もキャラゲーBGM三昧なわけですが、若干コナミ分多めとなっております。コナミの某キャラゲーRPGのアレもやるぜ!!そうアレ!!

Soul玉Tokyoさんも、店の雰囲気もさることながら、カレーとかカレーパスタとかがめっちゃ美味しいお勧め店ですので、皆さん是非お気軽にご来訪頂ければと思います。演奏以外も、ナゾのクイズコーナーやゲーム朗読コーナーなど、なかなか他のイベントでは見られなさそうな独特なコーナーが満載です。よろしくお願いいたします。


あとは最近のしんざき。

〇渋谷ズンチャカ!さんで演奏してきました

楽しかったです。


「ロス・ガラパゴス」にて、13:15から原宿の「煌」ステージで演奏させていただきました。

演奏した曲は4曲。

1.コンドルは飛んでいく
2.Oro Verde
3.Zuriki
4.El Pituco

実は私がちょっとタイムキープをミスりまして、終盤バタバタになっちゃったりしたんですが、演奏自体はお蔭様で楽しく演奏させていただきました。

演奏的には、前3曲は割と慣れた曲だったんですが、最後の「El Pituco」はいつかやってみたい冒険曲でした。ケーナ好き放題吹けて満足。

なにせ私は詐欺くさいレベルの晴れ男なので、当日天候の心配は全くしていなかったんですが、ステージと客席が直射日光で結構暑く。お客様大丈夫かなーとちょっと心配したんですが、なにせ場所が場所だったので、随分たくさんの方に聴いて頂けた気がします。皆さんありがとうございます。

ロス・ガラパゴスは、また11月辺りでも演奏しますのでよかったら皆さんご来訪くださいー。また告知します。

何はともあれ、ズンチャカ!運営の皆さま、出演者、ご来場者の皆さま、お疲れ様でした & ありがとうございました!
posted by しんざき at 12:15 | Comment(0) | フォルクローレ・ケーナ・演奏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月11日

憤るのは疲れる

ちょっと雑然とした話をする。愚痴の類であって、特に結論が出るような話ではない。

世の中には、山ほどの対立項、山ほどの思想的態度、山ほどのアンモラルな行為が溢れている。それらは、特に連帯することも連携することもなく、てんやわんやの状態で存在しており、互いにぶつかったりすれ違ったりしている。

時折それらにスポットが当たる。頭がいい人たちが、対立項を分かりやすくクローズアップして、極端なゼロイチを放り込む。あるいは、どこかで誰かが行ったアンモラルな行為が、また別の誰かに見いだされて、急きょスポットライトを当てられる。

そんな時、怒りたい人たちが大量に寄ってきて、どちらかの立ち位置に肩入れして、ガンガン怒りマークを投げつけ合う。プライベートライアンのオープニングみたいなものだ。

正直、ちょっとしんどいな、と感じる。

別に今に始まったことでもない、ずっと以前からの話だ。この状況も、私の性向も、10年前と変わったかと言われたら正直それ程変わらない。

まず前提にあるのが、「憤るのは気持ちいい」ということなんだろうと思う。正確には、「憤って、何かを攻撃するのが気持ちいい」ということだろうか。

これは多分、人間全般にある程度普遍的な話なんだと思う。私も別に例外の振りをするつもりはない。なんらかのエピソードに対して、「これはひどい」と感じて、ひどい理由や自分の考えをスカーーンと投げつける。それは、確かに、一種の娯楽として機能する。感情を大きく揺り動かすこと自体に一種の快感があるし、そこからマウントをとって他人を叩くのも気持ちいい。それはそうなんだろう。私だってそうだ。


ただ、その行為は一種の焼畑農業のようなもので、ある程度のMPを消費する。そして、そのMP消費の度合は、多分人によって違う。極めて低いMPで、効率よく憤ることが出来る人もいれば、憤ること自体に大量のエネルギーを必要とする人もいる。

私は、昔から、怒るのがちょっと苦手だ。憤ることに、多分人よりちょっと多くのエネルギーを必要とする。怒ると、疲れる。だからあんまり怒りたくない。

別に怒らない訳ではないのだ。憤らない訳でもないのだ。私は聖人君子でもなんでもない。ひどいニュースに突き当たると腹も立つし、一言言ってやりたくなる。実際に何かしら、一言ぶつける記事を書くこともある。ただ、腹を立たせることはイコール腹を空かせることでもあるので、出来ればあまり腹を立てたくない、という気持ちもある。

「怒りを誘う」メソッドがあまりにも定着し過ぎたような気はする。つまり、「どういうアプローチをすれば、色んな人が怒ってくれるのか」という文法が、既存のマスメディアだけではなく、一般のユーザーにまで知れ渡ってしまった。

怒りを誘う情報を見つけてきて、それにちょっと味付けをして、ぽんっとおいておくと、色んな人が寄ってきて怒ってくれる。色んな人に知られれば知られる程、メディアの影響度は増す。「知られる」ということはそれ自体が大きなメリットだ。だから、色んな人が「怒りを誘う」メソッドを利用する。結果的に、「怒りを誘う」情報が大量に可視化される。

「怒りを誘う」情報は、それ自体、私のような人間にはMPを減少させる地雷のようなものだ。パペットマンの大群と言っても良い。

時には怒るのもいいし、憤りに任せて記事を書くのもいいが、正直、ちょっとしんどい。最近は、「これを読むと憤りを誘われそうだな」と感じた情報をしばしばスルーするようになってしまった。ブロガーとしてはあんまりよくない傾向だと思う。

皆はしんどくないんだろうか。皆はMPをすり減らさないで怒れるんだろうか?

世の中には、いくら憤ってもまるで疲れた様子を見せず、常に憤りと、憤りを誘うような情報を出力し続ける人もいる。そのMPが無尽蔵なのか、あるいは精神的耐久性がバカ高いのか、どっちにしてもすごいなーと思う。とても真似できない。

今のwebは、どちらかというとそういう人が脚光を浴びるように出来ているのかも知れない。

ただ、多分世の中には、私と同じように「憤ると疲れる」という人もちょこちょこはいる筈で、そういう人はそういう人で、多分ちょこちょこ地雷を避けたり、時には地雷を踏みぬいたりしながら生きている筈なのだ。

どちらかというと日陰者の類になるのかも知れないが、私も日陰者の一種として、どちらかというとそういう人達と気が合うような、あまり疲れない記事を引き続き書いていければいいなーと。

そんな風に考えている次第なのである。

今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 07:24 | Comment(3) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月10日

ゲームブック半里を往く その11 ワルキューレの冒険

皆さん、「ワルキューレの冒険」のゲームブックってご存知ですか?


何度か書いている通り、しんざきは創元ゲームブックっ子であって、創元推理文庫の「スーパーアドベンチャーゲーム」が大好物です。ソーサリーも、展覧会の絵も、ネバーランドのリンゴも、暗黒教団の陰謀も大好きです。

その中に、ナムコのゲームをGB化したタイトルが幾つかありまして。その内一つがいわずと知れた大名作、鈴木直人先生のドルアーガシリーズなんですが、他にもゼビウスとかドラゴンバスターとかカイの冒険とか色々ありました。


で、その一角に、ドルアーガと同じく三部作で構成された、「ワルキューレの冒険」のゲームブックもあったのです。

先日、富士宏先生がTwitterを始められまして、TLがワルキューレ話で大変盛り上がっていました。迷廊館のチャナの続きを構想されているということで、大変楽しみにさせて頂いております。

で、私も何かワルキューレ話をしたくなったのですが、冒険や伝説やローザの話はもう皆さんたくさんされている。で、富士宏先生が関わっていない(表紙は米田仁士先生で、本文イラストは松崎貢先生です)作品で大変恐縮なのですが、ゲームブック版ワルキューレの話も放り込んでみたくなりました。様々な試みが込められたゲームブックで、これもしんざきお気に入りの一冊、いや三冊なんです。

ゲームブック版「ワルキューレの冒険」は、上記した通り三冊で構成されています。

一作目が、主人公が旅立ち、ララッタ近郊のドラゴンを退治するまでのストーリーである「迷宮のドラゴン」

二作目が、「冒険」原作にも登場するピラミッドを主要な舞台とする「ピラミッドの謎」

三作目が、災禍の根源であるゾウナと対峙する「時の鍵の伝説」

この三冊の最大の特徴が、「主人公がワルキューレではないこと」であることは議論を俟ちません。

当時、創元社に限らず、「ファミコンのゲームのゲームブック化」というものは数多ありました。ファミコンのゲームは、もとよりゲーム内で出てくるキャラクター、ストーリーの密度があまり濃くなく、そこを埋める形でのノベライズと相性が良かった、ということは言ってしまっていいように思います。

で、それら「ファミコンゲームのゲームブック化」の大多数は、「ゲームと同じ主人公」がプレイヤーになる作品でした。ドルアーガ三部作の主人公はギルですし、カイの冒険の主人公はカイ、ドラゴンバスターの主人公はクロービスです。「ドラゴンクエスト2」「スーパーマリオブラザーズ」「ゼルダの伝説」など、双葉社のゲームブックもその過半は同様です。STGとか、謎の村雨城とか、例外もない訳じゃないんですが。

一方、ワルキューレ三部作の主人公は、「ワルキューレに憧れて冒険に出ることを決意した、何の変哲もない普通の村の若者」です。英雄でもないですし、流浪の王族でもありません。

これ多分、著者である本田先生のやりたいことを実現する為に、主人公がワルキューレではない方が都合が良かったから、ではないかと思うんです。

ゲーム本編ではそこまで作り込まれていないとはいえ、ワルキューレは元々、それ程「柔軟に動ける」キャラクターではありません。ワルキューレは神の子であって、美しい女性の見た目をした清廉なキャラクターです。ワルキューレのキャラクターを使おうとするならば、彼女の行動はある程度「神の子」としての行動にならざるを得ません。

例えばの話、道で困った老婆を見かければワルキューレは無条件で助けるでしょうし、悪人から犯罪の誘いを受ければワルキューレは無条件ではねつけるでしょう。そこをぶれさせてしまうと即キャラクター崩壊につながる。プレイヤーの選択の余地を作れない訳です。無論、恋愛展開やら無頼展開やら、書きにくい展開も色々あるでしょう。

著者の本田成二先生は、他にスティーブ・ジャクソンの「ファイティングファンタジー」の翻訳などにも関わっている方です。恐らくTRPG文化にも明るかったでしょう。つまり、飽くまでプレイヤーは読者である「あなた」であって、その行動は可能な限り自由なものにしたい、という向きが当初からあったのではないか、と推測します。

その為、読者がどんな立ち位置であってもプレイヤーとして違和感のない「普通の村の若者」を主役にして、敢えてワルキューレを主役から外すという選択を行ったのではないかと。私はそんな風に考えているわけです。

これによってなのかどうか、ワルキューレ三部作の展開は、非常に多彩なものになりました。

プレイヤーの判断によって、主人公は高潔な英雄にもなりますし、無頼のアウトローにもなりえます。主人公は、困った人を助けることも出来るし、見捨てることも出来ます。悪人と協力して悪事を行うことも、強盗に走ることも、傷ついた老人や生き物を助けることも出来るわけです。あと、透視の術で仲間の妹の全裸姿を覗き見て興奮したりする。

といっても、主人公の行動は即座に「魅力ポイント」に反映されまして、魅力次第では「折角巡り合えたワルキューレに協力を断られてしまってゲームオーバー」なんてことにもなり得ます。どこまで善行を積むか、どこまで利益を取るかのバランスみたいなものもこのゲームブックの醍醐味の一つ。

全体を通して、当初はただの「村の若者」だった主人公が、段々と成長して、様々な街で噂になるような活躍を残していく展開には、なかなか爽快感があります。二巻の道中では是非スミシーを仲間にして、酒場で絡んできた3人組みの冒険者を返り討ちにしたいところ。


〇ワルキューレの冒険のシステム的な試み

このゲーム、三巻では結構物凄いことをしていまして、つまり「主人公パーティが二つに分かれて、それぞれ個別に行動する」ということをかなり無理やり実現しているんです。このシステム、なかなか他のゲームブックではないと思います。

主人公・ワルキューレ組と、ニスペン・アテナ組は、それぞれ違うスタート地点から、個別の目的地を目指すことになります。パーティを合流させることも出来るけれど、別々に行動していないと起きないイベントもある。これ、処理的にはかなりややこしいことをしていて、恐らくデバッグも大変だったんじゃないかと思うんですが。

ちなみに、パーティの扱いとしては、ワルキューレの存在から各地で歓待される主人公・ワルキューレ組より、初見でゾウナの手下扱いされるニスペン・アテナ組の扱いがだいぶ悪いです。ニスペンさんいい人なんですけど。

もう一つ、システム的な面で特筆するべきこととして、このゲームブック「タイトルが進むことによる能力補正」を導入しているんです。おそらく、ゲームブック史全体を見渡しても初の試みではないでしょうか。

つまり、二巻、三巻という続編タイトルの序盤で、「能力が低すぎる場合は一定水準までパワーアップ」「能力が高すぎる場合、同じく一定水準までパワーダウン」ということを実現しているんですね。

これによって、例えばサイコロ運が悪すぎたり、敵から逃げまくって全然経験値を稼いでいなかったり、逆に経験値を稼ぎ過ぎた主人公の能力を一定範囲に収めることが出来ると。ゲームブックとしてはなかなか珍しい、コンピューターゲームっぽいシステムだったと思います。


〇「ワルキューレの冒険」を彩った敵たちと、脇を固める名キャラクターたち

本作ストーリーの話をすると、当然のように出てくる「ワルキューレの冒険」の敵たち、例えばタッタやコアクマン、シーザスといった敵キャラの他に、様々なオリジナルキャラたちが非常にいい味を出しています。

例えば、ララッタの街を占拠したゾウナの手下「ゴブガブ」に対して、妹を助ける為に共闘する漁師ニスペン。彼とは、二巻で女戦士アテナと共に再開して、最終的には4人パーティを組むことになります。あと妹さんがやたら美人。

そのアテナは、黒髪長髪、美人で優しいお姉さんという感じのキャラ。怒ると性格が変わるらしいですがゲームブック内ではあまり怒りません。彼女の時間跳躍の術は、ストーリー的には割と禁じ手だと思うんですが、どうにもならない状況からの脱出に使われたりします。

一巻の道中で仲間になり、一緒に迷宮のドラゴンに対峙することになる盗賊サンディ。言ってしまうと、彼女は実は男装の美少女で、一巻の最後で正体を知られた後は物語のヒロインに位置づけられることになります。サンディかわいい。最終巻の展開は必見といってよいでしょう。

ちなみに、ゲームブック内では二巻の最終盤にようやく出てくるワルキューレも、立ち位置的には十分特異なキャラになっています。元々の体力や技量の値もさることながら、全ての魔法をアイテムなしで使える上、魔法の性能が暴力的(自動的にダメージ2倍)過ぎてアテナの影が薄い。三巻のキツい戦闘は、かなりの部分彼女の星笛の術、稲妻の術で切り抜けることができます。

実際のところこの三冊、オリジナル要素はかなり大きく、ゲーム中ではあまり「冒険」本作の要素が出てこなかったりします。そもそも原作にはドラゴンからして存在しねえ。

読者から募集された冒険者の名前が物語のところどころに出てくる点なんてのは、若干好みが分かれるところかも知れません。とはいえ、ところどころで出てくるワルキューレの冒険の噂(ワルキューレがシーザスをぶっ倒して船出したという噂とか)や、ゲームと同様の7種の魔法なんかは、原作を思い出しつつハマれる要素として、私個人的にはかなりのお気に入りです。

皆さま、これからの秋の夜長に、旧作ゲームブックに触れてみるのはいかがでしょうか。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | ゲームブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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