2016年10月01日

「地下謎への招待状2016」を長男と一緒にクリアしてきた(ネタバレなし) 16/10/01

超面白かったです。


長男と二人で謎解き隊。やるぞー #地下謎

東京メトロとSCRAPが手を組んでリリースされる、「地下謎への招待状」昨年につづいて今年も行ってまいりました。

以前から、長男9歳とタッグであちらこちらの謎解きをしている「リアル宝探し」ないし「謎解き街歩き」。昨年の「地下謎」もすげー面白かったんですが、今年も異様に面白かったです。ネタバレ禁止なので当然ネタバレは避けますが、とにかく凝りようが半端じゃない。

また、今年は昨年以上に色々ギミックが増えていて、また「地下謎ならでは」の謎も色々とあり、ただでさえ完成度が高かった昨年を更に上回る素晴らしい内容になっていました。

長男は以前から触れている通り電車好きでして、またリアル宝探しも大好きなので、地下謎はもう大好物どころの騒ぎではなく、しばらく前から「絶対行こうね!!」と約束しておりました。で、予定通り初日特攻で、期待通りの謎解きを堪能してまいりました。いやー面白かった。長男も大喜びでした。

謎解きがお好きな方で、電車が嫌いでない方であれば手放しでお勧め致します。ただ、普段から謎解きに触れていない人には、難易度自体はそこそこ高いかも。制限時間が全くないので持ち帰って再挑戦もアリですが。

これで、今までクリアした謎は以下のような感じになりました。



・東京メトロ:地下謎への招待状2016

難易度順位は

1.LOST MOUNTAIN

2.カラクリ財宝伝

3.地下謎2016

くらいでしょうか?やはり完成度が高い謎解きは素晴らしいですね。一種の芸術品だと思います。


今日はこれくらい。



posted by しんざき at 22:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

無断転載やパクりが何故「悪いこと」なのか、可能な限り簡単に説明する

それは、元の作品やテキストを作った人から、いろんな利益や権利を「奪う」「傷つける」「横取りする」ことだから、なのです。これを「著作権侵害」といいます。

著作権侵害はれっきとした犯罪でして、罰則もあります。罰金が発生することもあります。

誰かが著作権侵害をすることによって、例えば「その作品を作った人」が本来得られる筈だった称賛、金銭的利益、知名度といったものが、他の人に横取りされたりします。それは、その作品を作った人にとっての不利益になります。

作品やテキストを作れる人が不利益を受けると、結果的に作品を作れる人、作品を作ろうと思う人が減る可能性があります。作品を作れる人が減れば、世の中から面白い作品が減ります。だから無断転載やパクりは、結果的にみんなの首を絞めること、自分の首を絞めることでもあります。

パクる人、無断転載をする人たちは、要するに「自分では何も面白いものを作れないけどチヤホヤされたい、お金を儲けたい」という人たちなので、そういう人たちの為に「自分で面白いものを作れる人たち」が損をして、面白いものを作れる人が減ってしまうのは大変な損失です。だから、パクリや無断転載は糾弾されなくてはいけません。なによりも、面白いものを作れる人が増え続ける為に、ということです。



以上の話は、「著作権侵害」という言葉を思いっきりはしょって説明したことです。思いっきりはしょっているだけに細部は色々とアレなので、以下、もうちょっとだけ細かく説明してみます。既に著作権が何かわかっている方には当たり前のことしか書いてませんが、ご容赦ください。


1.「著作権」ってそもそも何なの?


一言でいうと、小説や、音楽や、絵や、映画、写真などの「著作物」を作った人が持っている権利のことです。

「著作権」という言葉には色々な権利が含まれているのですが、これもざっくり言うと「ある著作物を作った人だけが、その著作物を利用出来るんです」という言葉になると思います。

その著作物を作ったと主張出来る人も、その著作物を公表出来る人も、その著作物に自分の氏名を表示できる人も、その著作物を改変出来る人も、その著作物を売って儲けることが出来る人も、全て基本的には「作った人(著作者と言います)」だけだよ、というルールが著作権法です。



2.「著作物」って何なの?ただの文章も著作物っていうの?

言います。ただし、例外もあります。

著作物の定義は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」です。著作物にも色々な種類がありまして、論文や小説、音楽、歌詞、絵画、彫刻、漫画などの他、写真やプログラム、建築物なんかも著作物の範疇に含まれます。他にも色々あります。


上記の定義に当てはまらない、例えば単なる事実の記録、絵や図の模倣品、ごく短い表現や文章などは著作物として認められないことにはなります。

(その為、例えばtwitterのツイートが著作物にあたるのかどうか、といった点についてはいろんな見解があります。リツイート機能を使わないツイートパクリがTwitterの規約違反であることについては変わりありませんが)



3.著作者自身がWebで公開しているんだったら、それを転載したりパクるのは自由じゃないの?

全然違います。

著作権法には、「公衆送信権等」という権利が定義されています。「著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。」つまり、「著作物をたくさんの人に送信したり、あるいはインターネットでダウンロードできる状態にする権利は著作権者しか持ってないよ」ってことなんですね。


なので、例えば著作権者以外がWebに著作物をアップすれば、それは基本的に著作権法違反です。著作権者自身が公開しているかどうか、はなんの関係もありません。



4.著作権者以外が著作物を扱ったら例外なく著作権法違反なの?

例外もないことはないです。

著作権には、「著作権の制限」という項目が定められています。こういうケースの場合、それは著作権の範囲外だよ、という項目ですね。


ここでは、例えば「教科書に掲載するのはセーフ」であるとか、「自分だけで楽しむならセーフ」「営利を目的としない音楽演奏ならセーフ」みたいなセーフ条項も設定はされています。

ちょっと重要なのは「引用」の項目ですね。

公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

引用の条件については「自分の主張が主であり、著作物は従でなければならない」「引用箇所が明確でなければならない」といった明確な条件がありますので、まあ丸パクリが引用にならないことについて疑問の余地はありません。ちょっとだけ語尾を変えたり、一行だけ感想を付け加えたり、というのも引用には当たらないでしょうね。


あともう1点、「著作者の許諾があるならセーフ」という条項もあるにはありますが、これも無断転載に適用されないことは言うまでもないでしょう。




5.まとめると何が言いたいの?

ここ最近、「パクり」「無断転載」という事例を観測することがあまりに多く、しかも割と若年の人に「著作権」という言葉の理解自体がないケースも散見されましたので、可能な限りシンプルに書いてみたい欲求に駆られました。自分の子どもに説明する時なんて言おうかな、という意識でもあります。

言いたいことは

・ややこしい部分もあるけれど、取りあえずパクリや無断転載はダメだよ!!!
・著作者がイヤな気分になると結局めぐりめぐって自分が困るからみんな無断転載はやめようね!!
・無断転載や丸パクリで金儲けしてる人たちはお願いだから滅びてください

という3点だけであり、他には特にないことを最後に申し添えておきます。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 17:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月28日

我々は「炎上すれば炎上する程喜んじゃう人」にどう対処すべきか


むかーし、むかし。といっても今でも板(掲示板)によっては貼られることがあるようですが、「2ちゃんねる」のいろんな板の共通AAとして、こんなものが貼られていたことがありました。表示が崩れてたらすいません。


 || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||
 || ○荒らしは放置が一番キライ。荒らしは常に誰かの反応を待っています。
 || ○重複スレには誘導リンクを貼って放置。ウザイと思ったらそのまま放置。
 || ○放置された荒らしは煽りや自作自演であなたのレスを誘います。
 ||  ノセられてレスしたらその時点であなたの負け。
 || ○反撃は荒らしの滋養にして栄養であり最も喜ぶことです。荒らしにエサを
 ||  与えないで下さい。              Λ_Λ
 || ○枯死するまで孤独に暴れさせておいて   \ (゚ー゚*) キホン。
 ||  ゴミが溜まったら削除が一番です。       ⊂⊂ |
 ||___ ∧ ∧__∧ ∧__ ∧ ∧_      | ̄ ̄ ̄ ̄|
      (  ∧ ∧__ (   ∧ ∧__(   ∧ ∧     ̄ ̄ ̄
    〜(_(  ∧ ∧_ (  ∧ ∧_ (  ∧ ∧  は〜い、先生。
      〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)〜(_(   ,,)
        〜(___ノ  〜(___ノ   〜(___ノ

荒らしというのはこの場合、「掲示板やチャットに不適切な投稿をし、正常な運用を妨害する行為のこと。及びそのような行為をする者」を指します。定義や程度も色々ですが、2ちゃんねるに限らず、昔からこういう人たちはネットにたくさんいました。愉快犯的な人もいましたし、天然な人もいました。

大筋、「荒らしは放置、反応してしまった時点で負け」というのは、「2ちゃんねる」においては共通見解、常識の一種として動作していたと思います。11年くらい前に書いたんですが、「荒らしを「ごくありふれた存在」と見なすことで、結果的にトラブルが発生することを防いでいる、あるいはトラブル自体の存在価値を下げている」ということが、2ちゃんねるにおける一般的な荒廃対策の一つでした。荒らしは「どこにでも沸く」ものだったんですね。



最近、この「荒らしはスルー」という言葉について思い出すケースが増えました。

勿論ケースバイケースだとは思うんですが。webには「PV至上主義」及び「PVをお金に変える仕組み」というものが存在しておりまして、中にはPVを欲するあまり、意図的に炎上を引き起こすような言論を駆使する人、というものが見受けられます。注目中毒、影響力中毒ですね。

こういう人は、上記のような言葉でいうところの「荒らし」と認識してしまっても問題ないように思います。

そういう人たちは、自分に批判的な指摘や意見がいくら舞い込んでも、却って「これでPVが増えた」と喜んじゃうんですね。更に、Webには「注目されている人」を無条件でもてはやすような勢力もいて、炎上することで却って「信者」を増やしてしまうことすらあります。彼らが寄せられた意見によって考えを変えることは決してありませんし、2度、3度と同じような炎上を狙う為に、また同じ行為を繰り返すだけです。


早い話、「炎上を起こすと喜んじゃう人」というのがいて、そういう人に対しての一番の対応法は「スルー」なんじゃないかなー、と。我々は2ちゃんの過去の教訓から、それを学んでもいいんじゃないかなあ、と。


ちょっと面倒なのは、「放置することによって却って悪影響が発生する」ケースですよね。

炎上にもいろんなパターンがあると思うんですが、例えば典型的なところで


・医療ネグレクトを勧める記事
・明確に誤った知識を広めるような記事
・虚偽を元に他者を誹謗するような記事

などについて言えば、たとえ放置出来る人が放置しても、それを観測して信じてしまう人が出ればその分悪影響が広まってしまう訳で、「放置すれば放置する程ひどいことになる」というケースも確かに存在します。


ただ、一つ確実に言えるのは、

「感情を煽ることを目的にした記事に対して、感情を煽られてしまえば相手の注文通りです」

ということだと思うんです。


例えば、明確に誤っているテキストが炎上目的で投下されて、放っておくとそれを信じてしまう人が出る、というような状況であっても、感情任せにどーっと人格批判を寄せる、というのは投下者の意図通りである可能性がある。とすれば、単に冷静に「その意見は誤っている」というテキストだけを提示し、それ以外は一切アクセスを寄せない、という、いわば「準スルー」とでもいうような対応がもっとも適しているんじゃないかなあ、とは思います。「誤っている」ということは明示しつつ、煽られない。


そして、例えば単純に「非常に偏った知見をこれ見よがしに開示するような記事」であるとか、「単に人気があるものにケチをつけるだけの記事」であるとか、あからさまに「炎上PV狙い」といえるような記事については、これはもう「完全スルー」が一番なんじゃないかと。そうすることが一番、「Webにおける彼らの影響力を下げる」ということにつながるんじゃないかと、私は思います。



ここ最近、WebにおけるPV至上主義って本当に誰も幸せにしないなーと思うことしきりでして、それが少しでも緩和されればいいなあ、と思うところ大です。

その為にも、「人を嫌な気分にさせつつPVを稼ぐこと」が目的のような人達が一切報われない世界に来て欲しいなーと。その一助として、時には「2ちゃんねる」の教訓を思い出してもいいんじゃないかな、と考える次第であります。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 09:36 | Comment(10) | TrackBack(0) | ネットの話やブログ論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月27日

大人になるってことは、思ったほど「大人になる」ってことじゃなかった

ちょっととりとめもない話になるかも知れません。


私は子どもの頃、「大人になる」ということについて、「出来上がる」ということなのかな、というイメージをなんとなく持っていました。少なくとも、「積み上げてきたものが、一通り積み上がる」ということではあるんだろう、というイメージを持っていました。


私の周囲にいた大人たちは、皆ある程度以上きちんとしていて、自分を制御出来ていて、自信に満ちていて、私に話す内容も説得力がある。少なくとも、子どもの頃の私にはそう見えていました。彼らは、少なからず「出来上がった」人間に見えました。

私が、かなり幸運な環境にいたということは確かなんでしょう。私の目から見ても、「反面教師」と言えるような大人は殆ど観測出来ませんでした。私はそこまで抑圧されることもありませんでしたし、倫理的におかしいんじゃないか?と思うような行為を見ることも殆どありませんでした。

だから私は、「大人」というもののイメージを、「なんだかすごくしっかりしたものだ」という形で持ち続けることが出来ました。

私は子どもの頃から、要らないことをあれこれ考え、たまには思い悩み、ただ大体はいい加減で、これ以上ないくらい自分に甘く、基本的に怠け者でした。必死だったこともあったような気はしますが、大体の場合、なんだかんだゆるゆると切り抜けてきたように、今となっては思います。


20歳になり、30歳になりました。私は独立して、結婚して、1回転職して、3人の子どもを持って、今では自分が家族を支えなくてはいけない身になりました。


当たり前のことなのかも知れないですが、私の精神は子どもの頃からの地続きで、大きく変わったという気は全くしていません。「大人になった」ということが「出来上がる」ということなのだとしたら、少なくとも主観的には、私は全く「出来上がって」いません。

私は相変わらず、要らないことをあれこれ考え、たまには思い悩み、ただ大体はいい加減で、これ以上ないくらい自分に甘く、基本的に怠け者のままであり続けています。私が、「大人になったなあ」と自分で思えたことは、これまで一度もありません。


ただ、ひとつ、なんとなく分かったのは、多分昔私の周囲にいた大人たちも、程度の差こそあれ、今の私とそんなに違いはしなかったんだろうなあ、ということです。

私の「大人フィルター」とでもいうべきものが強くって、しばらくの間忘れていたけれど、そういえば時には、彼らがしょーもないことを愚痴っていたこともあったような気がする。妙にテンションが低いなーと思ったことも、疲れてるなーと思ったこともあったような気がする。それでも、子どもの目から見れば、彼ら大人は十分以上に大人だったわけですが。


おそらく彼らも、あれこれ思い悩み、時にはいい加減で、怠け者で、会社に行きたくない日もあって、それでも頑張って「子どもの前での大人」をやり続けていたんだろうなあ、と、今となっては思うのです。


大人というのは、「出来上がった人」「積み上がった人」では、多分なかった。いや、中にはそういう大人もいるのかも知れないのですが、どうやらそういう大人ばかりではなかった。


とすると、大人になるというのは結局どういうことだったんだろう。


今でも答えは出ていません。ただ、自分が大人であろうとそうでなかろうと、自分に出来ることだけを真剣にやろう、ということだけは決めています。


子どもに対して真剣に接しよう。
自分で生きる力を身に着けられるように、自分で考える力を身に着けられるように、過干渉でなく、不干渉でなく、出来る接し方をしよう。
出来る範囲で健康に気を付けよう。
家族が食べられる程度に収入を確保し続けよう。


幸いなことに、私の人生の方向性は、守るものを持つ以前よりはずっと単純になりました。今の私は、自分がどっちに進んで行きたいのか、何の疑いもなく確信出来ています。

だから私は、自分が進んで行きたい方向に進み続けようと思っています。

怠け者でありながら、あれこれ思い悩みながら、それでも自分が信じた方向になんとか進んでいく内に、いつか「大人になった」と思えるかも知れない。


そんな風に思う次第なのです。
posted by しんざき at 19:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月26日

「ないしょ」を扱うことについては長男9歳よりも長女次女4歳の方が上手だなーと知った件、あとポケモンGOのこととか

ただの日記です。

日曜はちょっと行動が変則的な感じでして、午後から長男がサッカーで、奥様も当番でそちらに行く予定だったので、午前中は長男と、午後は長女次女と遊んでました。

午前中は、ポケモン大好きの長男を連れてポケモンGO旅。電動自転車の後部座席に長男を乗せて、「見ながら歩いちゃダメ」「ずっと見てると目が疲れるから遠くも見ること」と言い聞かせながら、ミニリュウ三匹を含め、あちらこちらでジム戦をしながらポケモンを集めてきました。

現在の主力はこんな感じです。水ポケモンに対するソーラービームナッシーの頼もしさがすごい。

現在の主力勢

あと、昔10kmたまごからぽろっと出たラプラスが、いぶき/ふぶきで非常に頼もしいのですが、飴が全然足りなくて強化出来てないです。相棒システムでちょっとずつでも飴がたまるといいなあ。

「ぼくたちのチームのウィンディは強いねーー!」など、その辺のナッシージムを落としてご満悦でした。なにかというと進化・強化させたがるので、「なるべく強いポケモン強化させた方がいいだろー?」と説得するのが大変です。カビゴン欲しい。


で、その後、奥様とバトンタッチして私・長女・次女の三人体制。長女次女お気に入りの公園に行きまして、ターザンロープなどでさんざん遊んだ後、長女次女の「おんせん!」「おんせんいきたい!」というリクエストを受けました。

ここでいう温泉というのは、近所にある銭湯のことでして、長女次女は「温泉にいって広いお風呂に入る→その後コーヒー牛乳を飲む」というのが痛くお気に入りです。で、奥様には一応連絡をとりつつ、折角なので銭湯に連れていってあげることにしました。銭湯は幼稚園児無料でして、大人一人分しかお金もかからないので大変にリーズナブルです。


で、この時、ちょっと思いついて「ママやにいにには内緒だよ!」と言ってみました。


大体子どもって、「○○にはないしょ」というイベントが大好きなんですよね。「内緒にしないといけない」というだけでそのイベントの価値が2段階くらい上がるようで、もうその言葉を聞いただけでニヤニヤが止まらない感じでした。

長男も勿論「ないしょごと」は大好きでして、ただ彼隠しごとが出来ない性格なので、「○○にはないしょだよ!」と言い含めると「あのね、ないしょなんだけどね…」と光の速さで情報開示することが専らです。

長女次女も多分隠しごとは出来ないかなー?と思って実験してみたところ、これがなかなか頑張りまして。奥様が「今日はなにしてきたのー?」と言っても、「お砂場とー、ターザンとー、あとは、えーと、ないしょ!」 「お風呂入らないのー?」と聞いてみても、「えーと、きょうはちょっと、はいらない気分なの!」など、まあニヤニヤしつつではあったので傍から見るとバレバレなのですが、それでも4歳児にしてはかなりの口の堅さを発揮していました。

これはやはり女の子だから精神的発達が早いということもあるのでしょうが、あとは長女と次女は双子なので、お互いと秘密の共有が出来るというのも大きいのかなーと。話したくなったらお互いに話せばいいわけですからね。もうちょっと大きくなったら色々と内緒ごとも増えていくのかなあ。

お互い「ないしょだよ!」「ないしょだからね!」と言い合っている光景は大変に可愛かったですし、今後とも健やかな関係を築いていってほしいなーと思う次第です。


取り敢えずそれくらい。


posted by しんざき at 11:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月25日

私が「1年以上ログインしていない顧客のデータを消す」という機能を作るとしたらどうするか


こんなお話をTwitterでも観測していました。
要するに、「「1年間ログインしていなかった人についてデータを消す」という仕様が誤爆して、頻繁にログインしている人も含めて片っ端からデータが消えた」というなかなかハードコアな事態が発生したらしいのですね。

で、今改めて確認させて頂いたところ、

どうもデータ復旧はなされていない、ないし部分的にしか為されていないようです。「どう見ても誤処理で多数のユーザーのデータを消しておきながら、不具合は発見されていないと運営が主張」という、なかなか大変にロックンロールな状況であるように思います。それでもゲームへの愛を失わないユーザーの皆さまには敬服致します。


「1年以上ログインしていないユーザーについてデータ削除」という仕様がそこまで一般的なものかはわかりませんが、もし私がこの処理をDBの方から作りこむとしたら、多分こんな風に考えると思います。


1.定時監視を人力でやるとか考えたくないので、当然バッチ処理で作ろう。バッチ処理はcronかなにかでメンテナンス時間中に動くようにしとこうかな

2.仕組みとしては、アカウントのデータに最終ログイン日時のデータを持っておいて(ないしそれ以外のセッションデータから最終ログイン日時を計算出来るようにしておいて)、最終ログイン日時が現在の日付から1年以上前であるアカウントをselectして、当該のアカウントについてデータ削除のスクリプトを走らせるようにしておけばいいかな。

例えばこんな感じ。

begin
for cur in(
select 顧客ID
from 顧客テーブル
where 最終ログイン日時 <= (現在日時 - 1年)
)loop

(取得した顧客IDについての削除処理)

end loop;
end;

インデントが動作してない点については勘弁してください。

3.ただ、万一の誤削除が怖いから、いくつか対策しておこう。

・データについては論理削除フラグを用意しておいて、バッチ処理の時点では論理削除のフラグだけ立てるようにしておく
・その後、週次ないし月次の定期メンテナンスなどで、論理削除のフラグが立ったデータについてのみ物理削除をする形で負荷軽減する
・当然のことながらデータのリカバリ対策はしておこう。フラッシュバックリカバリが使えるDBならそれでいいけど、そうでなかったら日次でdumpデータとって、ログと合わせて特定時点までのデータ巻き戻しが出来るようになっていれば安心だな。多少の巻き戻りは勘弁してもらおう

4.当たり前だけど、バッチ処理を作った時点でちゃんとテストデータを作って動作テストしよう。あと、初回のバッチ動作の時は一応立ち会って、データ削除が問題なく動作するか確認しようかな


上記の思考自体は多分割と一般的なものだと思うんですが、今回のケースでも同様の実装方針だったかどうかはわかりません。

ただ、「誤って全データを削除、しかも戻せない」というケース自体は、2,3,4の全てにおいて何かしらトチらないと発生しない筈です。


2について:アカウントIDの抽出条件の不備によって本来対象ではないアカウントが対象になる、ないし削除処理の不備によって抽出したアカウント以外のデータについても削除してしまう

3について:データのバックアップに不備がある、ログをとっていない、論理削除ではなくいきなり物理削除しているなどの理由でリカバリ出来ない(バッチなどで多分トランザクションはバッチ完了時点でcommitされている筈)

4について:テストをいい加減なテストデータでしかしていない、ないしテスト自体をしていない

多分これらのいずれか、恐らく複数のケースには当てはまっているのではないかと。開発チームのrockっぷりが伺えます。ろけんろーーる。

ということから、恐らく初代サムライスピリッツのような不退転一撃即死、武士道とは死ぬことと見つけたり的な運営方針をとられているのではないかと推測します。漢らしいですよね。

愛との約束の今後のご発展を深く祈念致します。

今日書きたいことはそれくらい。



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posted by しんざき at 19:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月20日

今さらになって「ワールドトリガー」一気読みしたら超面白かった、ないし「汎用的な能力バトル」の話

いやーもっと早く読んどけばよかったです。なんで読んでなかったんだっけかなあ。我ながら見る目がない。


言うまでもなくワールドトリガーはジャンプの連載漫画なわけで、漫画記事読む人だったら知らない人の方が希少だと思うんですけど、今までちゃんとチェックしてなかったんですよ私。ちらちらみてはいたんですけど。

けど、最近のランク戦辺りからちょっと気になりまして、ちゃんと1巻から通して読んでみたらまあ面白いのなんの。「近界(異世界)からの侵略」という舞台設定だけ見れば割とよくある話かと思うんですが、敬遠してたら損しました。


この漫画、一応分類的には「トリガーという武器を使った能力バトル」ものになると思うんですけど、「汎用ものの能力バトル」というか。一部の例外を除いて、「一点ものの能力」があんまり登場しないんですよね。


能力バトル漫画の肝は、「能力の多彩さ」と、「その能力を使った戦略・戦術」です。で、大体の能力バトル漫画の場合、「あるキャラクターの能力は、そのキャラクターしか持ってない」んですよね。キャラクターはそれぞれ、「性質的に、自分にしか絶対出来ない」ことをもっていて、そこから個性や戦術を構築している。

ところが、ワールドトリガーの場合、黒トリガーやサイドエフェクトという例外を除くと、殆どのキャラクターが汎用の「ノーマルトリガー」を使っている。しかも、黒トリガーにしても、劇中すぐに使わなくなってしまったり、あるいは何人かで使いまわしたり出来てしまう。遊真にしても迅にしても、黒トリガー使ってる時期ってほんの一時ですしね。

「戦闘において、根本的にその人しか使えない能力」というものが、普段はあんまり出てこないんです。(出力的には、千佳の狙撃とか生駒旋空とかありますけど)

つまり、登場人物の大多数は、「量産型の、他の人でも同じことが出来る能力」を使っていて、それでもその中で「その人にしか使えない戦術」とか、「その人なりの工夫」とか、「圧倒的な精度、出力」みたいな要素でちゃんとキャラ分けがされていて、しかもそれにちゃんと納得感がある。

これ、「安易な一点もの能力と、それによる多彩さに頼らない」っていう意味で、すごーーい難しいことをやってらっしゃると思うんです。すごいなーと。


特にボーダー内でのランク戦については、長距離・中距離・短距離とそれぞれの守備範囲を軸に、「チームとしての戦術、作戦、駆け引き」が凄くきちんと描かれていてめっさ面白いわけです。一人一人がちゃんと自分の仕事をしていて、スプラトゥーンのような「役割わけバトル」という側面があります。分業超重要。

あと、主人公の一人である三雲が、「ちゃんと弱い」キャラであることも好感が持てます。「一見弱そうで、でも実はすごい潜在能力が」とかじゃないんですよね。素質があるわけでもないし、経験を積んでいるわけでもない。強い人と正面からぶつかると全然歯が立たないし逆転の目もない。だからこそ、自分も強くなれるようにあがきながらも、なによりチームとして、全体として勝てるように工夫する。

なんというか、「キャラクターの仕事っぷりにものすごい説得力がある」とでもいうのでしょうか。


読んでいて思ったんですが、多分ワールドトリガーの面白さって三つの局面があって、

・超強い人たちが超強い活躍をする、「さすが」の局面:トリオン兵相手の闘いとか
・敵もものすごい強い連中が出てきて大ピンチになって、そこから逆転するカタルシス:近界民大規模襲撃とか
・チームプレイとしての戦術がすごい精度で描写される:ランク戦とか

それぞれ、面白さの質が違っていて、色んな角度から楽しめる漫画だなーと思ったわけです。まあ、迅さんの能力ちょっとチート過ぎじゃね?とか細かい点はあったりしますけど、それはそれで面白い。

キャラクターとしては、太刀川さんや北添さんのやる気のなさがお気に入り。あと、「高圧的なんだけどちゃんとすごい実績や能力がある」鬼怒田さんもいい味出してますね。千佳にだだ甘いところも好感が持てます。また、小南さんは可愛いと思います。

ここ最近では、生駒隊の全く会議してないっぷりが非常に楽しかったです。生駒達人さんいい味出しまくりですね。ナスカレー食べたくなりました。


なにはともあれ、引き続き追いかけて参りたいと思いますので、先行ファンの皆さまよろしくお願い致します。
posted by しんざき at 23:51 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月15日

子どもの泣き声を完全に防げないとしたら、どんな妥協案があるんだろう


正直なところ、結論が出る話でもないんですが。


こんなお話を読みました。


これ、どうしたもんなのかなー、と。妥協案ってどっかにあるのかなーと考え込んでしまいまして。

リンク先のご家庭の場合、最終的に引っ越しをされて、それで事態を収束されたわけですが、引っ越しなんて本来なら最終手段ですし、金銭的、その他の事情で引っ越しが出来ない家庭の場合、これ本当に詰んじゃうよなーと。そういう場合どうすればいいんだろう、と。


先に自分の立場を明示しておくと、しんざきは3児の父です。上が小3の男の子、下が4歳の長女次女の双子。幸い今までは、周囲が子育て家庭ばかりでお互い様だったこともあり、また騒音が大きな問題にならない環境で、泣き声がしんどい時期は過ぎ去りつつあります。ご理解のある周囲に感謝するばかりです。


で、冒頭リンクの話に戻るんですが。

ブコメを見ても、大多数の人は子どもの泣き声に寛容でいてくださっています。それは本当にありがたいことで、実際殆どの場合、子どもの泣き声って許容して頂いていると思うんです。ご許容頂いている皆さま、本当にありがとうございます。


ただ、中には勿論、「そうはいっても騒音は騒音」「自分の子どもならともかく、他人の子どもの泣き声まで我慢出来ない」というご意見もありまして、いや正直、そのご意見もよくわかりまして。

親としては、申し訳ございません、努力してるんですが限界がありまして、なんとかご理解を、という他ないんですが、今回のケースの「隣人」という方も、結局はその辺、どうやっても許容出来ないケースだったのだろうと推測されます。



まず第一に、これは一般的に言ってしまっていいと思うんですが、子どもの泣き声を「完全に」防ぐことは正直不可能なんです。


もちろん、子どもによってある程度個人差はありますし、年齢によってもだいぶ変わってはきますが、少なくとも生後六カ月〜1,2歳くらいの時期であれば、何をどう頑張っても大泣きすることを防ぐことが出来ないケースは頻繁にあるでしょう。3歳くらいから多少コントロールが出来るようになる子もいますが、それだってもちろん個人差があります。

親は勿論、子どもが大泣きしたらあの手この手で泣き止ませようとするわけですが、それにしたって限界があります。乳児の頃なんて躾がどうとか以前の問題ですし、気を引いて泣き止ませようにもそもそも周囲のものを見てもくれない、なんてこと全然珍しくありません。

たとえ気を引くことが可能な子どもであっても、毎度毎度おやつで釣る訳にもいかないですし、ギャン泣きしてる子どもにテレビ見せたってiPad見せたって泣き止まない時には泣き止みません。余程分かりがいいお子さんを育てているご家庭以外、これは大抵の親御さんに理解していただけると思います。


つまり、

「どんなに頑張っても努力しても、子どもの泣き声を防ぐことが出来ないケースはある」
「その頻度は、子どもによっても変わるし年齢によっても変わる」

という二点は、ある程度前提として考えるべきだと思うんですね。子どもは「泣くのが普通」なんです。これ、別に「だから泣き止ませようと努力しなくてもいい」という話でもないですし、「親の開き直り」ととられてしまうとちょっと困ってしまうんですが。最大限泣き止ませようと努力した上で、それでも泣くのがふつう。

リンク先の隣人の方が、それを承知されていたのかどうかはちょっと分かりません。わかっていても我慢出来ないものは我慢できない、ということもあるでしょうし。


その上で。


冒頭リンクのご家庭は、記述内容を見ても、恐らく通り一遍の対策は全てやられたのだろうと推察します。子どもが泣き始めたら窓も閉められたでしょうし、何か気を引こうとも試みられたでしょうし、例えばトイレやお風呂場にこもって防音を試みられたこともあったでしょう。

が、恐らく建物の防音性の関係もあり、それでも泣き声が隣家に届くことを防げなかった。恐らく、ご近所付き合い的にも難しいところがあったのではないかと推測します。


こういうケース、本当にどうすればいいんでしょうね?どこかに「引っ越す」以外の落としどころってないんでしょうか?


・親は泣き止ませる為に最大限努力している
・が、完全に泣き声を防ぐことは出来ていない
・住居の防音性が優れていない

という状態で、仮に

・金銭的、その他の問題で引っ越しも出来ない


としたら、一体どんな解決法があり得るのか。

揶揄ではなく、割と真面目に、「隣人」側に立つ人に「どんな落としどころを期待するのか」というところを伺ってみたいなーと思いました。妥協点って存在するのかなあ。突き詰めると本当に、警察事案になってしまうので何か平和な解決法はないのかと考えてはいるんですが。


今回の件とは直接関係ないんですが、以前、「公共の場で泣く赤ちゃんについて」は下記のような記事を書きました。



頑張って育児をされている親御さんのハードルが、少しでも下がることを願って止みません。


今日書きたいことはそれくらいです。



posted by しんざき at 10:12 | Comment(12) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月12日

創作における「リアリティ」の意味と、細かいことが気になる人、気にならない人のお話


この記事で書きたいことをまとめると、以下のような感じになります。


1.漫画や小説、映画などの創作における「リアルな設定」「考証」「リアリティ」といったものは、要するに視聴者を没入させる為の手段であって、目的ではありません

2.リアリティがどこまで気になるか、言い方を変えるとどこから「嘘っぽく」感じてしまうかというのは、ファールラインの問題であって、ジャンルによりますし人によります

3.嘘っぽく感じようが、リアルに感じようが、それは感覚の違いの話なので、お互い否定しない方が平和だと思います

4.自分の「面白い」「つまらない」という感覚を信じるのが大事ですよね


よろしくお願いいたします。


ということで、大体言いたいことはまとめてしまったので、以下は補足です。


まず最初に、リアリティとは何なのか。辞書的にいうと「真実性」とか「迫真性」とかいうことになるんですが、要するに「いかに本当っぽく思えるか」「いかに現実のように思えるか」というのがリアリティの本義である、筈です。

それが実際に現実である必要は全くなく、「視聴者・読者がそこに現実を感じるかどうか」がリアリティなので、ファンタジーものだろうがSFだろうが「リアリティ」のあるなしという話はついてまわります。ドラゴンボールだろうが、ジョジョだろうが、ウルトラマンだろうが、「リアリティ」論はテーマになり得ます。

リアリティがあれば、読者はその作品に没入出来る。リアリティがなければ、視聴者はその作品に没入出来ない。基本的に、創作の受けとり手は「その作品に没入出来れば出来る程」その作品を楽しむことが出来るので、「リアリティが優れている」作品の方が楽しみやすい傾向があるんですね。

要は、「リアリティがあるかないか」というのは、「その作品に没入してもらう為」の手段であり、尺度です。歴史を忠実に再現しようということが目的の作品でもない限り、リアリティそれ自体は「楽しんでもらう」為の手段であって、別に「リアルそのものを描く」ことは目的ではない、という話なんですね。ここまでは、別に一般的に語ってしまっていいと思います。


で。


漫画やゲームの話をしていると、たまーに「リアリティ」について驚く程感覚が違う人がいて、ちょっとびっくりすることがあります。


例えば、設定上の瑕疵について細かく指摘して、「この作品はダメ」と断言する人。

例えば、ちょっとした人物描写の行き違いについて論じて、「描写が嘘っぽい」と批判する人。


これ、別に「それはダメ」って話じゃないんです。ただ、私があんまり細かいアラや瑕疵に気づかないというか、たとえ気づいても全体として没入出来ればあまり気にならない方なので、正直「なんでそんな細かいこと気にすんのかな?」って感じてしまうことが多かったんですね。ここに、妙なすれちがいがある。


最近気づいたんですが、

・「リアリティ」を損なっていると感じるファールラインというのは、場所も感度も人によって物凄く違っていること
・更に、人によっては、ファールラインを越えた時点で、その作品全体を嘘っぽく感じてしまうこともあるということ
・更に更に、わずかでも「嘘っぽさ」を感じた時点で、作品全体を「つまらない」と感じてしまう人もいるということ

この辺が、その「すれちがい」の原因だと思うんです。


ちょっと前、こんな増田を読みました。


正論です。言われてみたら、そりゃそうですよね。って話なんですが
どうもこの、リアリティないセンサーが発達してる人が一定数いて
そういった人達は、リアリティないセンサーに反応が出てしまうと
急激に映像作品がつまんなく見えてしまうように感じ取れました。

騙された側は素直に騙されて、よかったよかったと言うので問題ないんですが
騙されなかった人達は
「みんな騙されるな!言うほど面白くないぞ!目を覚ませ!これはリアリティがないぞ!!」
って言ってしまうんですよね。


これ、凄くいろーーーんな作品に同様のことが言えると思っていまして。

私はゲームが好きなので、ゲームにたとえて話すんですが。例えば昔、「エースコンバット」というゲームについて、やはり「リアリティ」を問題にする人たちが実際にいました。


いわく。戦闘機にこんなにたくさんミサイルが積めるわけがない。いわく。戦闘機がこんな飛び方が出来るわけがない。いわくレーダーが云々、速度が云々、通信が云々。

そういったことを一通り指摘して、エースコンバットというゲームを「駄作」と断定するのが、そういった論の着地点でした。最近は流石にあんまり観なくなりましたが、「1」や「2」の頃は割とよく見る論調だったんです。


いやもう、指摘自体は全然間違いじゃないんですよ。「本物の戦闘機」というものをゴールとするならば、そりゃあエースコンバットはゴールを描写してはいないんです。

ただ、少なくとも私は、別に「本物の戦闘機」なんて求めてないんですよね。ただ、「戦闘機に乗ってる気分」「敵を撃墜している気分」になれればいい。もっといえば面白ければいい。その点、エースコンバットというゲームは、私にとって物凄く「リアリティ」がある作品だったんです。

要は、見ている部分も、求めているものも、問題としている部分も全然違ったんですね。まあ、なかには単に「戦闘機についての知識」を誇示したいだけの人もいたのかも知れませんが、そういった人たちにしても、エースコンバットが「not for me」だったことは間違いない事実でしょう。


これはちょっと極端な例なんですが、漫画でもゲームでもアニメでも映画でも、いろーーーんなジャンルで同じことが起きてるんじゃないかなあ、と。


例えば細かい科学考証なんて気にならない人もいて、けれど気になる人には気になって気になって、気づいた瞬間「こんなことも考証できてないのか、駄作だな」って思ってしまう。細かい人物の設定や感情描写に気づかない人もいて、けれど気になる人には気になって気になって、気づいた瞬間「これ矛盾してるじゃないか、つまんねー」って思ってしまう。


こればっかりは、要はファールラインの問題、「not for me」になってしまうかどうかのしきい値の問題であって、いい、悪いの話ではないんじゃないかと。


ただ、上の増田でも書いてあるんですが、時には「気になる人」が「目を覚ませ!これはリアリティがないぞ!!」と周りに呼びかけ始めてしまって、そこで「気にならない人」との間で衝突や軋轢が発生してしまうこともあるようなんですね。ジャンルによっては戦争になることもありますし、まああまりリアリティのあるなしで喧嘩してもしょーもないと私は思うんです。

「この作品にはリアリティがない!!」と感じて、そう主張するのは、全然問題ないと思うんです。ただ、他の人が感じている「リアリティ」までぶっ壊しにかかるのは、ちょっとどうかと思わないでもないです。別に、「自分が気になることが気になっていない人」にまで、水をぶっかけて回る必要はないんじゃないかな、と。


大事なことは、「自分の感覚を信じること」「けれど他人の感覚は否定しないこと」なのではないか、と。


私自身は、正直いって「細かいことはあまり気にならない人」ですし、それで損をした記憶があまりないので、今後も細かいことは気にしないで作品を享受しようと思っています。そして、「面白い」と思ったら細かいことを気にしないままに「これ面白いぞ!!」と主張します。「つまらない」と思ったらそう主張するかも知れませんが。


けれど、「細かいことが気になる」人の感じ方を否定はしませんし、それはそれで尊重しますただし、自分が「面白い」と感じたことについては妥協しませんし、たとえ「これはリアリティがないぞ!!」という意見に接しても、それを受けて評価を翻したりもしません。

そういうことも含めて、みんな「自分の感じ方」を主張出来る場所としてブログやってるといいんじゃないかなーとも思うんですが、まあそれは余談。

大体の人はそうしているんじゃないかなあ、と思いもするんですが。水をぶっかけあってプライベート・ライアンの世界になるよりは、そういったスタンスの方が世の中平和なんじゃないかなあ、と思った次第なわけです。



皆が幸せになれることを願ってやみません。



ということで、今日書きたいことはそれくらい。



posted by しんざき at 22:35 | Comment(6) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【ライブのお知らせ】ゲー音部ワンマンライブ、「サウンドテスト0008 ゲー音部すぺしゃる」開催のお知らせ

ゲーム音楽演奏集団「ゲー音部」でライブやります!!!


【日時】2016年11月19日 16時半開場 17時開演
【会場】
【チケット】2000円 + 1ドリンクオーダー制
チケット予約ページ:https://tiget.net/events/6126

しんざきはケーナ吹きでして、「ゲー音部」でも演奏活動をさせて頂いています。普段は基本的に、その場で思いついたゲームBGMをアドリブノリでセッションすることが多いんですが、時にはがっつり曲を完成させようかということもあります。そんなゲー音部が、浅草橋でワンマンライブをさせて頂きます。

ワンマンライブといっておきながら、告知ページ見ると9つユニットが書いてあるんだけど一体どういうことなんだ、と思われる方もいらっしゃるかと思うんですが、これ全てがゲー音部構成人員によるユニットでして、ゲー音部の中から30人以上の参加者が集まってよってたかってライブを作る、という図式になっております。

元々ゲー音部のライブというと、対バンでの参加かイベントでの演奏という形式が殆どで、2013年のゲー音部ustライブ以来、ゲー音部単独でのライブ開催って行われてなかったんですよね。しかも、ライブハウスをお借りしての生演奏での単独ライブというのは今回初。

上記のURLを見て頂くだけでも、普通のゲーム音楽ライブではなかなか見られない編成のユニットがちらほらみられることを見て取って頂けるかと思います。

見た瞬間、思わず「なにィ!?」とか「* おおっと *」と思ってしまうような演奏をお届けできればと、参加者一同練習に励んでおりますので、みなさん是非足をお運びください!

チケット予約は下記ページからうけつけております。


ちなみに、冒頭の関東ゲー音部ブログでは、出演ユニットの紹介をぼちぼちとやっていこうと思っておりますので、よろしければそちらもご参照いただければ―。

以上、ライブのお知らせでした。