どわ、ついにノートPCが死んだ。
HDDのブートセクタ破損っぽくて、ついにOS起動までこぎつけることすら不可能になった。2年半かー。どうしよ、取り敢えずリカバリには挑戦してみようかなあ。
丁度、やばそうだなーと思って主要なデータを外付けHDDに避難させた矢先だったので致命傷は免れたが、細かいダメージはそれなりに。
緊急回避として、余りもののデスクトップ筐体で急遽環境をでっち上げて凌いでます。と、思っていたら途中から面白くなってしまって、何だか割と本環境でもいけそうなマシンに仕上がってしまった。久々のデスクトップ生活。駆動音がちょっとでかいのがタマに傷。ということで、これもデスクトップで書いてます。キーボードに慣れない。
それにしても、最近のHDDはこれでもかっていうくらい安いですな。かつての400MB時代とはそりゃ比べようがないとはいえ、80GBのHDDが3万強だった時代を「つい最近」と認識している身としては、320GBが1万ソコソコって状況にはくらくらしますですよ。
そんな訳であんまり集中して書けないんですが、ちょっとだけ気になったニュースなど。
いじめられていたことを推測させる事実はないが、同級生の『からかい』で追い込まれたとみられる
OK、これでこの世からいじめはなくなった。流石だな兄者。
って、これ部外者から見るとひどい話だが、実際こういったちょっとアレな調査結果が出るに至るディテールというものには意外に深刻な事情がある様な気がする。「村」という様な比較的狭い社会では、ある機構の自浄能力というのは極端に落ちる傾向がある。その結果バランス感覚も危うくなる。
この場合で言う教委と調査委員会というものがどういう機関なのか、細かいところがこの記事だけからは判断出来ないんだが、一体メンバーは何人いたんだろうな。
及び、「いじめ」という言葉がもつ(教育者に対する)タブー感。それを醸造してしまった背景とゆーものも正直ある。叩きと逃げという構図はいつものことだが、見慣れてしまってはいけないんだろうな、とも思う。こういう内容で発表をしてしまう側や、それを受け入れてしまう側の心理という問題もある。
言葉の定義という問題は当然のことながら二の次三の次。





