あらゆるコンピューターゲームは、凄く単純な定義で全体を括ることが出来る。
1つの処理系と、1つ以上の入力系と、1つ以上の出力系。つまり、入力デバイス(コントローラー)、出力デバイス(モニターなど)、処理デバイス(プロセッサ)を備えている、遊戯目的の電子機器。それがいわゆる「コンピューターゲーム」ということになる。これは、ファミコンだろうがゲームウォッチだろうがWiiだろうが、世界初のアーケードゲームである「Computer Space」から最近の大型筐体に至るまで例外はない。
ってんなこた当たり前じゃん、と思うなかれ。一般的な電子機器と違って、コンピューターゲームはこの三つの系統に、物凄く奥深い歴史をもっているのだ。特に入出力系、つまり「操作するところ」と「表示するところ」に関する歴史は分厚い。
入出力デバイスはゲームの中核に直結する。コンピューターゲームの歴史を指して、「すばらしい入出力系を求めて試行錯誤を繰り返してきた歴史」と言いかえてしまってもいい、と私は思う。
今回の万里では、コンピューターゲームの「入出力」について、ゲームタイトルを中心にざざっと漁ってみようかと思う。ごく当たり前に「そこにある」池を攫ってみることで、何か見えてくるものがあるかも知れない。
続きを読む
2007年05月30日
2007年05月29日
イヤなレトロゲーオタを見分ける10の方法
なんかどこぞの掲示板と被りそうだけど、検索しても出てこないから気にしないことにする。
・「キン肉マンマッスルタッグマッチ」のレビューで「ブロッケンJr強すぎ!」などと書いてあると、つい「違う!ブロッケンJrは大して強くない!ウォーズマンの方がよっぽど凶悪だ!」などと突っ込みたくなる
・「たけしの挑戦状はクソゲー」という文面を見ると、つい「パソゲーなんかには、もっと理不尽なゲームが山ほどある!たけ挑(得意げに略す)なんか序の口だ!」と口を出したくなる(だが、実際にはそれ程パソゲーを知っている訳ではない)
・「バンゲリングベイはクソゲー」という文面を見ると、つい「操作方法が把握出来てないだけなんじゃないの?あれは結構戦略的なゲームデスヨ?」とか得意げに語りたくなる
・「星をみるひとはクソゲー」という文面を見ると、「ユーザーインターフェースはちょっとアレだが、シナリオの出来は云々」などというよく分からない理屈をこね始める
・「スペランカーはクソゲー」という文面を見ると、旧ブローダーバンドの方角に向かって泣いて謝らせたくなる
・「スペランカーはゲーム業界最弱の主人公」というお決まりのネタになると、「スペランカーの特徴はそれだけじゃない」などとなんとなくもにょもにょとした気分になる
・スペランカーのオープニングの音楽を聴き始める
・「元祖西遊記スーパーモンキー大冒険はクソゲー」というレビューにはどういう訳か賛同する
・横シューの話になると、ルーツとしてグラディウスの名前を出さずにいられない
・最近のゲームで「独創的なシステム」という言葉が使われると、「でもそれ、ルーツは○○だよね」などと空気を読めない突っ込みをしたくなる(いきなりミュージシャンやブリーダー辺りが好まれる)
・現行メーカーの「隠された過去」的な話を好んでひけらかしたがる
・スクウェアエニックスの話になると、得意げに「でも、昔はエロゲー作ってたしなあ」とか「アップルタウン物語はスクウェアの暗部」とか言い出す
・光栄の話になると、「団地妻の・・・」と言いかけて途中でやめる
・でも、「マインドシーカー」には何故か触れたがらない
・ディスク版「レリクス暗黒要塞」の話を得意げに持ち出すが、実際にはやったことがない
・ネットのMAD動画由来で旧作ファミコンの音楽が流行っていたりすると、微妙に面白くない気分になる
・音ゲーでレトロゲームの音楽がアレンジされていると思いっきり釣られる(だが、心の中では「オトッキーだよな、これ」とつぶやいている)
・新作RPGのムービーを見ると、ドット絵の芸術とファミコン音源の偉大さについて語りたくなってたまらない
10越えてる?というか20近い?数えるの面倒だからいいや別に。
ブーメラン?何のことか分からないですよ?
・「キン肉マンマッスルタッグマッチ」のレビューで「ブロッケンJr強すぎ!」などと書いてあると、つい「違う!ブロッケンJrは大して強くない!ウォーズマンの方がよっぽど凶悪だ!」などと突っ込みたくなる
・「たけしの挑戦状はクソゲー」という文面を見ると、つい「パソゲーなんかには、もっと理不尽なゲームが山ほどある!たけ挑(得意げに略す)なんか序の口だ!」と口を出したくなる(だが、実際にはそれ程パソゲーを知っている訳ではない)
・「バンゲリングベイはクソゲー」という文面を見ると、つい「操作方法が把握出来てないだけなんじゃないの?あれは結構戦略的なゲームデスヨ?」とか得意げに語りたくなる
・「星をみるひとはクソゲー」という文面を見ると、「ユーザーインターフェースはちょっとアレだが、シナリオの出来は云々」などというよく分からない理屈をこね始める
・「スペランカーはクソゲー」という文面を見ると、旧ブローダーバンドの方角に向かって泣いて謝らせたくなる
・「スペランカーはゲーム業界最弱の主人公」というお決まりのネタになると、「スペランカーの特徴はそれだけじゃない」などとなんとなくもにょもにょとした気分になる
・スペランカーのオープニングの音楽を聴き始める
・「元祖西遊記スーパーモンキー大冒険はクソゲー」というレビューにはどういう訳か賛同する
・横シューの話になると、ルーツとしてグラディウスの名前を出さずにいられない
・最近のゲームで「独創的なシステム」という言葉が使われると、「でもそれ、ルーツは○○だよね」などと空気を読めない突っ込みをしたくなる(いきなりミュージシャンやブリーダー辺りが好まれる)
・現行メーカーの「隠された過去」的な話を好んでひけらかしたがる
・スクウェアエニックスの話になると、得意げに「でも、昔はエロゲー作ってたしなあ」とか「アップルタウン物語はスクウェアの暗部」とか言い出す
・光栄の話になると、「団地妻の・・・」と言いかけて途中でやめる
・でも、「マインドシーカー」には何故か触れたがらない
・ディスク版「レリクス暗黒要塞」の話を得意げに持ち出すが、実際にはやったことがない
・ネットのMAD動画由来で旧作ファミコンの音楽が流行っていたりすると、微妙に面白くない気分になる
・音ゲーでレトロゲームの音楽がアレンジされていると思いっきり釣られる(だが、心の中では「オトッキーだよな、これ」とつぶやいている)
・新作RPGのムービーを見ると、ドット絵の芸術とファミコン音源の偉大さについて語りたくなってたまらない
10越えてる?というか20近い?数えるの面倒だからいいや別に。
ブーメラン?何のことか分からないですよ?
2007年05月28日
受験テクとしての論文の書き方、のお話
言及して頂いた様なので、私も補足してみよう。
もっともだと思うのだが、私が言及した「受験テクとしての論文の書き方」は、Wallersteinさんが想定している「論文の書き方」とはおそらく根本的に異なっていると思う。もうちょっと具体的に書いてみよう。
要は予備校での小論対策で何を教えているか、というのが問題。まあ、私が10年前くらいに受けた講義や、その後の4,5年で時折触れていた講義のレベルが低かっただけなのかも知れんが、一応アレ大手予備校なんだよなあ。
まあ「論理的な整合性」とか「独創性」なんてものは当然出てくる前提として。ちょっとうろ覚えだが、テクニック的なものというと、
・「90分で綺麗にまとめる」ことを最優先とする。その為、学生に幾つか「書きやすい類型」みたいなものを用意させておく
・客観的な議論だけで終わらず、自分の主張を結論として明確に出す。その為、感情的な部分はふくらませて書く様にする
・問題文があった場合、その主張をくみとる。かつ、主張がくみとれたことを採点者に知らせる為、主張の内容は明確に記述する。
こんなことを言っておった。特に二つ目、要は「主張と言っても、時間内に客観的主張をまとめるのは君らには難しいだろうから、多少感情的な論調でもとにかくおおげさに書いとけ」みたいなニュアンスだったのだな。テクニックとしての有用性に関しては賛否両論あるだろうが、そこの部分には当時も「はーー?」と思った覚えがある。
これが一般的な小論対策だったのかどうかは正直よく分からん。最近はどうなのか、という点もよく分からん。ただ、マイナーな予備校のマイナーな講義でなかったことは確かである。
私が通っていた大学でも、受験論文が染み付いた学生の書くレポートは、教授には不評だった。ただこれって、「大学論文と受験論文のずれ」というだけの問題じゃなく、結構色んな場所で顕在化し得るずれの様にも思うのだな。少数派多数派という意味では、件の学生さんが書く様な文章の方が多数派なんじゃあるまいか(良し悪しの問題ではなく)。
こちらの話はまたいずれ。
「だまされていたけど、真実に目覚めた私」と言う自分語りをレポートの技術として使う、というのは、少なくとも私にはないし、私が受けた論文指導にもない。
もう一つ、「憤りを感じる」というテンプレも、私が受けた論文指導からはあり得ない。
もっともだと思うのだが、私が言及した「受験テクとしての論文の書き方」は、Wallersteinさんが想定している「論文の書き方」とはおそらく根本的に異なっていると思う。もうちょっと具体的に書いてみよう。
要は予備校での小論対策で何を教えているか、というのが問題。まあ、私が10年前くらいに受けた講義や、その後の4,5年で時折触れていた講義のレベルが低かっただけなのかも知れんが、一応アレ大手予備校なんだよなあ。
まあ「論理的な整合性」とか「独創性」なんてものは当然出てくる前提として。ちょっとうろ覚えだが、テクニック的なものというと、
・「90分で綺麗にまとめる」ことを最優先とする。その為、学生に幾つか「書きやすい類型」みたいなものを用意させておく
・客観的な議論だけで終わらず、自分の主張を結論として明確に出す。その為、感情的な部分はふくらませて書く様にする
・問題文があった場合、その主張をくみとる。かつ、主張がくみとれたことを採点者に知らせる為、主張の内容は明確に記述する。
こんなことを言っておった。特に二つ目、要は「主張と言っても、時間内に客観的主張をまとめるのは君らには難しいだろうから、多少感情的な論調でもとにかくおおげさに書いとけ」みたいなニュアンスだったのだな。テクニックとしての有用性に関しては賛否両論あるだろうが、そこの部分には当時も「はーー?」と思った覚えがある。
これが一般的な小論対策だったのかどうかは正直よく分からん。最近はどうなのか、という点もよく分からん。ただ、マイナーな予備校のマイナーな講義でなかったことは確かである。
私が通っていた大学でも、受験論文が染み付いた学生の書くレポートは、教授には不評だった。ただこれって、「大学論文と受験論文のずれ」というだけの問題じゃなく、結構色んな場所で顕在化し得るずれの様にも思うのだな。少数派多数派という意味では、件の学生さんが書く様な文章の方が多数派なんじゃあるまいか(良し悪しの問題ではなく)。
こちらの話はまたいずれ。
2007年05月25日
今日のしんざきと大航海時代onlineの話とか 07/05/25
代休でごろごろとしてます。築地で寿司食ってきました。
・久々に大航海時代onlineの話とか。
大海戦に出ようかと思いまして。
カルチャキス
職業:砲術家
冒49 交26 海53
しばらく収奪軍人として南米沿岸をうろちょろとしていたのだが、なにやらイングランド攻撃側の大海戦があるというので戻ってきて砲術家に転職してみた。折りよく代休で暇なんで、久々にフル出場でもしてみようかと。
アムステルダムに出向いてみたら、酒場がなにやら「飲んだくれ」の群れに占領されていて驚いた。参加してなかったんだが、なにやら「チューリップバブル(史実でもあったらしい、チューリップの球根の取引にまつわる投資バブル)」のイベントやってたんですな。
広場の哲学者の解説、「コントじゃん」は素敵だった。っつーか開発者、ストレス溜まってないか?
ちなみに、大海戦後はすげー久々に冒険職に戻ってみようかと。盗賊になって財宝鑑定かな。
・落し物が普通に戻ってくる日本って国はつくづくいい国だと思う。
いや、奥様の話だが。
妊娠中は少々頭がぼーっとする傾向がある、といういいわけつきではあったが、駅で帽子を落としたり、新幹線でデジカメを落としたりといったトラブルが最近続いていた。
恐るべきは、それらが全て手元に戻ってきていること。運がいいというかなんというか、この辺は冗談抜きで治安の良さなんだろうなあ。
関係ないが、奥様の話。近所の図書館で「のだめカンタービレ」最新刊の予約人数がすごいことになっていて、計算すると35年待ちだそうな。買え。買って読め。
2007年05月24日
扇動されやすい人、について考えてみる。
扇動されやすい人
意外とややこしい話の様な気がする。
なんか幾つかトピックスが抽出出来そうなので、順番に列挙してみよー。
1.信じる閾値、みたいな話。
第一感としては、「説」を頭から信用してしまう学生がそんなにいるのか、ほんまかいな、という所であった。
文中引用されている永井晋氏の著書は、言うまでもなく永井氏の学説を語っている。説は意見であって、見方であって、当然「事実とイコール」ではない。説得力の有無とは関係ない。思考の材料の一つにはなるが、そもそも頭から信用する様な類のものではない筈だ。
「説」は真に受けるものじゃない。参考にするものだ。
この「真に受ける→事実として受け取る」から「参考にする→懐疑的に受け取る(イコールではない)」までの間にはいくつかの段階があって、多分大体の人が、「○○は事実として受け取る」「○○は懐疑的に受け取る」という幾つかの基準をもっている筈だ。疑ってばかりじゃ自分の中のコンセンサスを形成出来ないので、どこかで折り合いをつけなくてはやっていけない。
どんな話を真に受けるか、という基準は人それぞれだし、理由も人それぞれだ。
例えば世の中の多くの人は、報道をある程度「真に受ける」。これは新聞やテレビが事実を報道する割合の話であって、リテラシーの問題とはまた別の話だ。
例えば私は、今、冒頭で引用したエントリーを「事実として受け取って」このエントリーを書いている。これは、私の今の思考が冒頭で引用したエントリーに立脚している為であって、同じくリテラシーの問題とは多分あんまり関係ない。
じゃあリテラシーの問題がどこにかかってくるかというと、「自分の"真に受ける基準"を把握しているかどうか」という部分になるんではあるまいか、と思う。
普通に考えれば、「発信者が何者か」「発信者はどんな意図、どんな形態でその情報を発信しているか」ということを基準にして「真に受ける」のが一番安全だ。キバヤシよりは新聞の編集者の言葉の方が事実に近そうだし、スポーツ新聞やネタブログよりはNHKの報道番組の方がなんぼか信用度は高いだろう。そこに政治の意図が絡んできた場合、経済の意図が絡んできた場合、といったニュアンスの微調整が出来れば更に確実だ。
ただ、これが例えば「その説の説得力」とか「自分の先入観」辺りに影響されて、「真に受ける基準」がブレるとちょっとばかりまずい。扇動者の言葉は往々にして説得力に満ちている。説得力の有無は「それが事実に近いかどうか」とは実は全く関係ないのだが、信用する基準がはっきりしていない人はそれに流される。
「真に受ける基準」には定期的な棚卸しが必要だ。きちんと整理されていれば、外からの情報で惑わされることは滅多にない。
おそらく、「扇動されやすい人」と「信用する基準がブレやすい人」の間には、ニアリイコールの記号くらいはつけられるんじゃないだろうか。
・覚醒したい人のお話。
これはなんか色々と掘り下げられそうだなあ。
でも長くなりそうだからまたでいいや。基本的には単なる中二病の話だと思うんだけど。「真に受ける基準」への影響はあるのかも。
個人的にはどちらかというと、「あらゆる言説、報道には必ず裏がある」と考える人の方が考察しがいがあるとは思う。実際はもっと単純な話でした、みたいなことも結構あるんじゃないかとは思うんだけど、けどまあ深読みした方が面白いってことも確かだしな。
3.レポート技術のお話。
ここまで書いといてちゃぶ台ひっくり返すのもアレだが。
学生は結構したたかなので、実際のところホントーに真に受けた人がどれだけいたのかというのは割と謎だ。
レポートや小論は大上段に構える、というテクニックを受験勉強の過程で教え込まれている人は割といる訳で、単に大上段乱舞だっただけの話かも知れない。
私はいわゆる「小論を書くコツ」的なものをひっじょーーーに懐疑的に受け取る人なので、使うなそんなテクを、とは思わんでもないが。
いわゆるシケ対というか、一枚のレポートが複数の学生間で何かのテンプレートとして使われた可能性、というものには敢えて触れない。(シケ対という言葉が一般用語なのかどうかは知らんが)
関係ないが、永井晋氏の「現象学の転回」はちょっと面白そうだな、と思ったんだが、この前本屋でペラペラめくってそのままになっている。最近技術書と海外SFしか読んでないんで、久々に本腰入れて読んでみようかなあ。
少なからざる人が「私たちはだまされて、虚偽の歴史像を注入されていたのだ」と書いている。「憤りを覚える」とまで書いていた学生複数いた。どうも彼らの好きな自画像とは「だまされていたけど、真実の歴史に触れて目が覚めた」というものらしい。
意外とややこしい話の様な気がする。
なんか幾つかトピックスが抽出出来そうなので、順番に列挙してみよー。
1.信じる閾値、みたいな話。
第一感としては、「説」を頭から信用してしまう学生がそんなにいるのか、ほんまかいな、という所であった。
文中引用されている永井晋氏の著書は、言うまでもなく永井氏の学説を語っている。説は意見であって、見方であって、当然「事実とイコール」ではない。説得力の有無とは関係ない。思考の材料の一つにはなるが、そもそも頭から信用する様な類のものではない筈だ。
「説」は真に受けるものじゃない。参考にするものだ。
この「真に受ける→事実として受け取る」から「参考にする→懐疑的に受け取る(イコールではない)」までの間にはいくつかの段階があって、多分大体の人が、「○○は事実として受け取る」「○○は懐疑的に受け取る」という幾つかの基準をもっている筈だ。疑ってばかりじゃ自分の中のコンセンサスを形成出来ないので、どこかで折り合いをつけなくてはやっていけない。
どんな話を真に受けるか、という基準は人それぞれだし、理由も人それぞれだ。
例えば世の中の多くの人は、報道をある程度「真に受ける」。これは新聞やテレビが事実を報道する割合の話であって、リテラシーの問題とはまた別の話だ。
例えば私は、今、冒頭で引用したエントリーを「事実として受け取って」このエントリーを書いている。これは、私の今の思考が冒頭で引用したエントリーに立脚している為であって、同じくリテラシーの問題とは多分あんまり関係ない。
じゃあリテラシーの問題がどこにかかってくるかというと、「自分の"真に受ける基準"を把握しているかどうか」という部分になるんではあるまいか、と思う。
普通に考えれば、「発信者が何者か」「発信者はどんな意図、どんな形態でその情報を発信しているか」ということを基準にして「真に受ける」のが一番安全だ。キバヤシよりは新聞の編集者の言葉の方が事実に近そうだし、スポーツ新聞やネタブログよりはNHKの報道番組の方がなんぼか信用度は高いだろう。そこに政治の意図が絡んできた場合、経済の意図が絡んできた場合、といったニュアンスの微調整が出来れば更に確実だ。
ただ、これが例えば「その説の説得力」とか「自分の先入観」辺りに影響されて、「真に受ける基準」がブレるとちょっとばかりまずい。扇動者の言葉は往々にして説得力に満ちている。説得力の有無は「それが事実に近いかどうか」とは実は全く関係ないのだが、信用する基準がはっきりしていない人はそれに流される。
「真に受ける基準」には定期的な棚卸しが必要だ。きちんと整理されていれば、外からの情報で惑わされることは滅多にない。
おそらく、「扇動されやすい人」と「信用する基準がブレやすい人」の間には、ニアリイコールの記号くらいはつけられるんじゃないだろうか。
・覚醒したい人のお話。
どうも彼らの好きな自画像とは「だまされていたけど、真実の歴史に触れて目が覚めた」というものらしい。
これはなんか色々と掘り下げられそうだなあ。
でも長くなりそうだからまたでいいや。基本的には単なる中二病の話だと思うんだけど。「真に受ける基準」への影響はあるのかも。
個人的にはどちらかというと、「あらゆる言説、報道には必ず裏がある」と考える人の方が考察しがいがあるとは思う。実際はもっと単純な話でした、みたいなことも結構あるんじゃないかとは思うんだけど、けどまあ深読みした方が面白いってことも確かだしな。
3.レポート技術のお話。
ここまで書いといてちゃぶ台ひっくり返すのもアレだが。
学生は結構したたかなので、実際のところホントーに真に受けた人がどれだけいたのかというのは割と謎だ。
「私たちはだまされて、虚偽の歴史像を注入されていたのだ」と書いている。「憤りを覚える」とまで書いていた学生複数いた。
レポートや小論は大上段に構える、というテクニックを受験勉強の過程で教え込まれている人は割といる訳で、単に大上段乱舞だっただけの話かも知れない。
私はいわゆる「小論を書くコツ」的なものをひっじょーーーに懐疑的に受け取る人なので、使うなそんなテクを、とは思わんでもないが。
いわゆるシケ対というか、一枚のレポートが複数の学生間で何かのテンプレートとして使われた可能性、というものには敢えて触れない。(シケ対という言葉が一般用語なのかどうかは知らんが)
関係ないが、永井晋氏の「現象学の転回」はちょっと面白そうだな、と思ったんだが、この前本屋でペラペラめくってそのままになっている。最近技術書と海外SFしか読んでないんで、久々に本腰入れて読んでみようかなあ。
2007年05月23日
今日のしんざき 07/05/23
取り敢えず気になったURLメモだけ。後で何か書き足すかも。
レトロゲーオタとしては見逃せない話があった。
・Wii「大乱闘スマッシュブラザーズX」の音楽スタッフが異常すぎる
いや、異常っつーか、このメンバーが一つのタイトルに関わるということ自体既に信じられないんだが、これネタとかじゃないんでしょうか。
これだけ人が揃っていると、古代さん、植松さん、伊藤さん辺りは逆に意外な顔ではなくなってくるんだが、酒井 省吾!(デコゲーの人)増子 司!!(メガテンの人)下村 陽子!!!(ストIIの人)この辺の名前が同一ゲームのスタッフとして名前を連ねるとなると、正直異次元の出来事としか思えない。他にも担当ゲーム欄を見ていると、マジですかという名前がそこかしこに見受けられる。大怪獣デブラスとか。
ここまで来たらもうバキの全選手入場のノリで、古川もとあきさん(グラIIの人)とか、小倉久佳さん(ZUNTATAの人)とか、松前真奈美さん(ロックマン2の人)、上村建也さん(タイガーヘリの人)辺りにも参戦してもらいたいものだ。GM作曲家バトルロイヤル的な。
ところで、石坂 健太郎という名前に妙に引っかかった。勘違いかも知れないが、昔どこかで見た様な。
なんとなくというレベルの確信すらないんだが、FC版メタルスレイダーのオリジナル音楽スタッフって誰でしたっけ?大久保さんじゃなくて。
帰ったら確かめてみる。
・アトリエのお話。
なんかガストの「○○のアトリエ」シリーズがふと遊びたくなった。
錬金術師が主人公で、色々と調合したり合成したりと実験精神をくすぐるゲーム。
といっても私が遊んだことがあるのは「エリーのアトリエ」と「リリーのアトリエ」だけであり、それ以降のタイトルについてはあんまり知らない。っつか初代すらやってない。ヴィオラートのアトリエ?ユーディーのアトリエ?イリスのアトリエ?だあ、時系列的にはどうなるんだ。よく分からん。
DSが割と暇しているので携帯機で遊べるものは、と調べてみたが、最新作のリーズのアトリエは聊かバグが怖そうだ。「アニスのアトリエ」というのが、マリーやエリーとも近くて割と面白そうなので、ちょっと探してみようかと。
レトロゲーオタとしては見逃せない話があった。
・Wii「大乱闘スマッシュブラザーズX」の音楽スタッフが異常すぎる
いや、異常っつーか、このメンバーが一つのタイトルに関わるということ自体既に信じられないんだが、これネタとかじゃないんでしょうか。
これだけ人が揃っていると、古代さん、植松さん、伊藤さん辺りは逆に意外な顔ではなくなってくるんだが、酒井 省吾!(デコゲーの人)増子 司!!(メガテンの人)下村 陽子!!!(ストIIの人)この辺の名前が同一ゲームのスタッフとして名前を連ねるとなると、正直異次元の出来事としか思えない。他にも担当ゲーム欄を見ていると、マジですかという名前がそこかしこに見受けられる。大怪獣デブラスとか。
ここまで来たらもうバキの全選手入場のノリで、古川もとあきさん(グラIIの人)とか、小倉久佳さん(ZUNTATAの人)とか、松前真奈美さん(ロックマン2の人)、上村建也さん(タイガーヘリの人)辺りにも参戦してもらいたいものだ。GM作曲家バトルロイヤル的な。
ところで、石坂 健太郎という名前に妙に引っかかった。勘違いかも知れないが、昔どこかで見た様な。
なんとなくというレベルの確信すらないんだが、FC版メタルスレイダーのオリジナル音楽スタッフって誰でしたっけ?大久保さんじゃなくて。
帰ったら確かめてみる。
・アトリエのお話。
なんかガストの「○○のアトリエ」シリーズがふと遊びたくなった。
錬金術師が主人公で、色々と調合したり合成したりと実験精神をくすぐるゲーム。
といっても私が遊んだことがあるのは「エリーのアトリエ」と「リリーのアトリエ」だけであり、それ以降のタイトルについてはあんまり知らない。っつか初代すらやってない。ヴィオラートのアトリエ?ユーディーのアトリエ?イリスのアトリエ?だあ、時系列的にはどうなるんだ。よく分からん。
DSが割と暇しているので携帯機で遊べるものは、と調べてみたが、最新作のリーズのアトリエは聊かバグが怖そうだ。「アニスのアトリエ」というのが、マリーやエリーとも近くて割と面白そうなので、ちょっと探してみようかと。
2007年05月22日
今日のしんざき 07/05/22
特に忙しくもないのに無性にネットを遮断したくなることが、たまにある。
多分今回の場合、世間で大きな事件が幾つか立て続けにあったことが引き金だったんじゃないかと思う。自分で考えあぐねる材料が幾つも転がっていると、幾つかの他人の意見から自分の中にコンセンサスを形成するより以前に、まず煮詰まってみたくなるのである。
この他にも多分私の「引き篭り」の引き金は幾つかあるのだが、ま、一種の逃避なのかも知んない。
ということでここ一週間ばかり、一切Webの情報の入出力をしないで過ごしてみました。世間はどーなってますですか。私はダラ外とか塊魂とか久々にやってました。
・子供の頃からの意識の連続性というか。
会社でよく分からない違和感を感じた。
目の前にはおっさんがいる。私はそのおっさんと仕事の話をしている。会話のベースがシステム畑の話なので、私は一応話をリードする立場にある。決定事項で何百万だか何千万とかいうお金が動く。
おっさんは、子供の頃私が「大人」と見なしていたイメージと自然に合致する。一方の私は、子供の頃に比べてそれ程メンタル面で変化したとも思われない。というか、記憶にある限りでは、私のメンタルというものは「大人」を仰ぎ見ていた子供の頃とそれ程変わっていない様に思える。少なくとも、「ここで自分の意識は随分変わった」という様なポイントは、記憶を見渡す限りではあんまり、ない。
子供が見る大人と、大人になったその子どもの間には、差異があるのだろうか、ないのだろうか。
この辺の、意識と立場の齟齬とゆーか。どんな違和感なのかあんまり分かってないが、ちょっと首を捻った。これを突き詰めていくとピーターパンシンドロームとかモラトリアムとか、この辺ちょっと古い言葉かも知れないが、そーゆーものにつながっていくんだろうか。
その内もーちょっと整理してみようかな、と。あんまり大した話でもなさそうだが。
・土日のしんざき。
土曜は出勤。日曜はとある先輩のたんじょーかい。フレンチを食す。美味かった。
誕生日プレゼントを本人に隠しておくか知らせておくか、というのは結構微妙な問題なのかも知れない。「隠しておく」という文化が一定以上普及しているのは確かだ。
ちなみにうちの奥様は隠したがる人。
・逆転裁判4、読了。
筋立てとか、話の進み方にはちょっと不満を持った。でもまあ、逆に言うと主観的な不満しかない訳であって、インターフェイスなどに関してはいつも通り安定してたと思う。まあ当たり前か。
すっきりしない話が多かった印象は、正直、あるなあ。ということで久々に旧シリーズとか遊んでたり。「華麗なる逆転」のミツルギパートは相変わらず楽し過ぎる。
多分今回の場合、世間で大きな事件が幾つか立て続けにあったことが引き金だったんじゃないかと思う。自分で考えあぐねる材料が幾つも転がっていると、幾つかの他人の意見から自分の中にコンセンサスを形成するより以前に、まず煮詰まってみたくなるのである。
この他にも多分私の「引き篭り」の引き金は幾つかあるのだが、ま、一種の逃避なのかも知んない。
ということでここ一週間ばかり、一切Webの情報の入出力をしないで過ごしてみました。世間はどーなってますですか。私はダラ外とか塊魂とか久々にやってました。
・子供の頃からの意識の連続性というか。
会社でよく分からない違和感を感じた。
目の前にはおっさんがいる。私はそのおっさんと仕事の話をしている。会話のベースがシステム畑の話なので、私は一応話をリードする立場にある。決定事項で何百万だか何千万とかいうお金が動く。
おっさんは、子供の頃私が「大人」と見なしていたイメージと自然に合致する。一方の私は、子供の頃に比べてそれ程メンタル面で変化したとも思われない。というか、記憶にある限りでは、私のメンタルというものは「大人」を仰ぎ見ていた子供の頃とそれ程変わっていない様に思える。少なくとも、「ここで自分の意識は随分変わった」という様なポイントは、記憶を見渡す限りではあんまり、ない。
子供が見る大人と、大人になったその子どもの間には、差異があるのだろうか、ないのだろうか。
この辺の、意識と立場の齟齬とゆーか。どんな違和感なのかあんまり分かってないが、ちょっと首を捻った。これを突き詰めていくとピーターパンシンドロームとかモラトリアムとか、この辺ちょっと古い言葉かも知れないが、そーゆーものにつながっていくんだろうか。
その内もーちょっと整理してみようかな、と。あんまり大した話でもなさそうだが。
・土日のしんざき。
土曜は出勤。日曜はとある先輩のたんじょーかい。フレンチを食す。美味かった。
誕生日プレゼントを本人に隠しておくか知らせておくか、というのは結構微妙な問題なのかも知れない。「隠しておく」という文化が一定以上普及しているのは確かだ。
ちなみにうちの奥様は隠したがる人。
・逆転裁判4、読了。
筋立てとか、話の進み方にはちょっと不満を持った。でもまあ、逆に言うと主観的な不満しかない訳であって、インターフェイスなどに関してはいつも通り安定してたと思う。まあ当たり前か。
すっきりしない話が多かった印象は、正直、あるなあ。ということで久々に旧シリーズとか遊んでたり。「華麗なる逆転」のミツルギパートは相変わらず楽し過ぎる。
2007年05月15日
今日のしんざき 07/05/15
昼下がりのしんざき。なんか今週は会議と応接ばっかで仕事をしてる気が全くしません。オレにコードをかかせれ。
ちなみに土曜日は出産教室、日曜日はサンファニート集団「ロス・ガラパゴス」の練習と、グループ「いいちこ」の飲み会でした。牡蠣食ってきました。
以下、気になった話題とか。
・欧州の人たちは独自のデザインで日本のアニメを越えようと頑張っている
2ちゃんスレ系だが、結構面白い議論もあるなーと思った。
私はアニメについては門外漢なのだが、恐らく「日本で観られている様なアニメ」が作れるのは日本だけなんだろうな、という程度の認識はある。技術とかそーゆー問題ではなく、むしろ受け取り手の問題で。
アニメ絵の真髄は、キャラクターの抽象化というか、線の省略である。手塚漫画を祖とする、「これだけ簡略化してもちゃんと人間のキャラクターに見えますよ」という下積みがあってこそ、「アニメ絵」でちゃんとキャラクターが描ける。コストの問題にも関係がある。
これは当然観る側の感覚に依存する。アニメキャラに対する萌えなどとゆーものがその代表で、簡略化された絵で描かれた人体像を「リアルなもの」として受け取れるからこそ、アニメ絵に入れ込む人も出現する訳だ。そして、この感覚は手塚以来数十年かけて日本文化に定着してきたものでもある。
だから、
日本アニメが世界を席巻する中、ジャパニメーションを超えようとおそらくこういう表現は適切じゃないんだろう。背景が違うんだからアプローチも違う。「簡略化された描写を受け入れる土壌」が存在しない中、アニメという武器で何を描くか、という方法論がそもそも日本とは異なるってことが大きいんじゃあるまいか。
とまあ、こんな話はとっくの昔に色んなところで語り尽くされてるんだろうなあ。レトロゲームのドット絵とも通じる話なんだろうとは思うんだけど。
それはそうと、フランス漫画っていうとタンタンが代表格じゃなかったっけ。あれは結構好きだった。
以下、参照Url。
キネマ旬報:「日本文化としてのアニメ」
Wikipedia「アニメ」
・神と呼ばれた男(2ちゃんのうp板で)
羅列スレ的発想で、「神と呼ばれた男」というフレーズにどんな言葉をつけたら微妙なニュアンスになるか考えてみる。
・神と呼ばれた男(参議院選挙で)
・神と呼ばれた男(ただしばらばらになる)
・神と呼ばれた男(AT限定)
あんまり思いつかないな。まあいいや。
2007年05月12日
はてな匿名ダイアリーと2ちゃんの比較論
「増田と2ちゃんの比較論」の方が語呂がいいだろか。
今更の話題かも知れないけど、まあいいや、適当に書く。既出ならごめんなさい。
はてな匿名ダイアリー、いわゆる「増田」が面白い。私自身ははてなのIDを持っていないので読む専だが、匿名の人同士の混沌とした会話というか自分語り+@というか、ある意味脈絡のない内容から突然活発な議論が始まる様子というのは、新鮮な様などこか懐かしい様な、色んな意味で楽しい。
いきなり話が展開するが、Web上の情報集積にはざっくりいって二種類あると思う。個人への集積と話題への集積である。
あるWeb上の人格があって、「その人の発言」という形で情報がストックされていく形式を「個人への集積」と考える。例えばブログや一昔前のテキストサイト、mixiの日記、匿名じゃない方のはてなダイアリーなんかはこっちだろう。
Web上の人格には従属せず、「あるテーマについて」という形で情報がストックされていく形式を「話題への集積」と考える。Yahoo!ニュースの様な企業のニュースサイト、一部の専門サイト、大多数のWiki、当然Wikipediaなんかもこっちになる筈だ。
まあ、要はGoogle先生のお手並みというか、Web上での情報整理の話なのだが。
この前、はてな匿名ダイアリーと2ちゃんの類似性について書いている書き込みをどっかで見た。同じ「匿名での大規模コミュニケーション」という表層だけを見ると似ているかも知れないが、多分この二つは全く違う。
2ちゃん上のコミュニケーションというのは、混沌としている様で実は結構厳密である。2ちゃんでの会話は「板」と「スレ」に支配される。板違い、スレ違いのことを書くと叩かれる。2ちゃんというのは、実は凄くはっきりした「話題への集積」の場なのだ。
一方で「はてな匿名ダイアリー」はどちらになるかというと、多分どちらでもない。一昔前に隆盛したティーカップ掲示板の様な、「何かに従属しない集積」というか。それらしい言葉を使えば「非従属集積」、平たく言えば「未整理集積」って感じになるだろう。匿名だから個人には従属しないし、日記だから話題にも従属しない。でもトラバはあるし、会話も出来る。自然発生的に会話の流れが出来ることも頻繁にある。
一言で言うと、2ちゃんは結構厳密に「情報が整理された」場だが、匿名ダイアリーはそれとは対極で、「未整理な状態」が特徴の場である、ということになるだろうか。
匿名ダイアリーは結構読みにくいんで、Viewerが欲しいなあと思ったことがある。いっそDelphiか何かで作っちまうか、とも考えたんだが、なんとなく野暮な気がして手が止まった。Viewerで、整理された状態であれを読んでも、もしかするとあんまり楽しくないんじゃないかと、ちょっと思ったからだ。
先ほどTeacupの名前が出たが、「未整理集積」に関してはべつに新しいものじゃない。それどころか、かつての草の根ネットや当初のNiftyを考えると、「先祖帰り」と言ってもいい様なものだ。今では「未整理」の方が珍しくなっているというのは、ネット上での情報整理形式が、かつてとは比べものにならない程整備されたという意味でもある。勿論Googleの存在も大きい。
見方を変えると、これだけインフラが整ったWebで、未整理状態の匿名ダイアリーが盛り上がっている状況というのは、それだけでも結構面白い。はてラボはWebサービスの実験場だということだが、この「匿名ダイアリー」がどんなところに着地するのか、傍観者として楽しみでもある。
でもまあそれとは別に、増田ビューワは正直欲しいなあ。言及先の再帰ポップアップくらいでもいいから。暇になったら挑戦してみようかしらん。
今更の話題かも知れないけど、まあいいや、適当に書く。既出ならごめんなさい。
はてな匿名ダイアリー、いわゆる「増田」が面白い。私自身ははてなのIDを持っていないので読む専だが、匿名の人同士の混沌とした会話というか自分語り+@というか、ある意味脈絡のない内容から突然活発な議論が始まる様子というのは、新鮮な様などこか懐かしい様な、色んな意味で楽しい。
いきなり話が展開するが、Web上の情報集積にはざっくりいって二種類あると思う。個人への集積と話題への集積である。
あるWeb上の人格があって、「その人の発言」という形で情報がストックされていく形式を「個人への集積」と考える。例えばブログや一昔前のテキストサイト、mixiの日記、匿名じゃない方のはてなダイアリーなんかはこっちだろう。
Web上の人格には従属せず、「あるテーマについて」という形で情報がストックされていく形式を「話題への集積」と考える。Yahoo!ニュースの様な企業のニュースサイト、一部の専門サイト、大多数のWiki、当然Wikipediaなんかもこっちになる筈だ。
まあ、要はGoogle先生のお手並みというか、Web上での情報整理の話なのだが。
この前、はてな匿名ダイアリーと2ちゃんの類似性について書いている書き込みをどっかで見た。同じ「匿名での大規模コミュニケーション」という表層だけを見ると似ているかも知れないが、多分この二つは全く違う。
2ちゃん上のコミュニケーションというのは、混沌としている様で実は結構厳密である。2ちゃんでの会話は「板」と「スレ」に支配される。板違い、スレ違いのことを書くと叩かれる。2ちゃんというのは、実は凄くはっきりした「話題への集積」の場なのだ。
一方で「はてな匿名ダイアリー」はどちらになるかというと、多分どちらでもない。一昔前に隆盛したティーカップ掲示板の様な、「何かに従属しない集積」というか。それらしい言葉を使えば「非従属集積」、平たく言えば「未整理集積」って感じになるだろう。匿名だから個人には従属しないし、日記だから話題にも従属しない。でもトラバはあるし、会話も出来る。自然発生的に会話の流れが出来ることも頻繁にある。
一言で言うと、2ちゃんは結構厳密に「情報が整理された」場だが、匿名ダイアリーはそれとは対極で、「未整理な状態」が特徴の場である、ということになるだろうか。
匿名ダイアリーは結構読みにくいんで、Viewerが欲しいなあと思ったことがある。いっそDelphiか何かで作っちまうか、とも考えたんだが、なんとなく野暮な気がして手が止まった。Viewerで、整理された状態であれを読んでも、もしかするとあんまり楽しくないんじゃないかと、ちょっと思ったからだ。
先ほどTeacupの名前が出たが、「未整理集積」に関してはべつに新しいものじゃない。それどころか、かつての草の根ネットや当初のNiftyを考えると、「先祖帰り」と言ってもいい様なものだ。今では「未整理」の方が珍しくなっているというのは、ネット上での情報整理形式が、かつてとは比べものにならない程整備されたという意味でもある。勿論Googleの存在も大きい。
見方を変えると、これだけインフラが整ったWebで、未整理状態の匿名ダイアリーが盛り上がっている状況というのは、それだけでも結構面白い。はてラボはWebサービスの実験場だということだが、この「匿名ダイアリー」がどんなところに着地するのか、傍観者として楽しみでもある。
でもまあそれとは別に、増田ビューワは正直欲しいなあ。言及先の再帰ポップアップくらいでもいいから。暇になったら挑戦してみようかしらん。
2007年05月11日
作者から見た漫画と小説の違い。
要は、開かれた作業か一人での作業か、というところが最大の違いらしい。で、それに伴って色々影響があると。
この前の続き。編集者さん愚痴の補足なのだが、ちょっと面白いなと思ったので紹介してみる。例によって、又聞きなんで結論が出る様な話ではない。
以前、「ラノベの隆盛によって、小説の創作過程は漫画のそれと共通する部分が多くなっている」みたいな文章をどっかで読んだ。ぱっとソースが提示出来ないんだが、ほー?と思った覚えはある。2ちゃんだったかも知れない。
ただ、創作活動としてみると、漫画と小説の間には、当然のことながら色んな厚さの壁がある。
まあ作者によって例外は幾らでもあるんだろうが(富樫さんとか)、絵と文章の違いとか当然のことを除くと、
・漫画の創作は基本的には複数人による共同作業であることが多いが、小説の創作は基本的には一人で完結する作業である
・漫画の創作はいくつかのステージ(ネームとかペン入れとか)に明確に分けることが出来るが、小説は各ステージ間が不分明であることが多い
この辺の違いが大きいと思う。当然ジャンルにもよるのだが、ざっくりと作業過程だけ見ると、おそらく小説の方が「煮詰まりやすい」構造になっている筈だ。
で、こっから編集者さんサイドの話。
一人の編集者さんが漫画家と作家を同時に担当するということは、そもそもあんまり一般的じゃないんじゃないかと思うんだが、彼の話では「漫画家に対する気遣い」と「小説家に対する気遣い」は全然質が異なるそうなのだ。
漫画家は編集者以外にも相談出来る相手がいることが多い(アシさんとか)が、小説家は執筆過程では人に相談出来ない場合が多い。必然的に、小説家は編集者への依存度が漫画家のそれよりだいぶ高くなる、んだとか。一言で言うと、小説家へのケアは漫画家へのケアより大変なことが多い、ってことになるだろか。
この際、要注意なジャンルが小説と漫画に一つずつあるとか。曰く、小説では「推理小説」、漫画では「4コマ漫画」。
推理小説についてはなんとなく分かる。推理小説というものは、一つのトリックが作品全体を成立させる程、独創的なトリックへの依存度が高い。故に頭も激しく使うし、「ネタ被り」「ネタ切れ」への恐怖感も非常に大きい。要領のいい人は適当に手を抜くらしいが、真面目な人にはさぞかしキツいだろう。神経症を患う人の話もしばしば聞く。
一方の4コマ漫画についてなのだが、コスト対効果の問題で、「作業工程は割と多いのに一人で書いている」という漫画家さんがどうも結構いるらしい。へーって感じなのだが、特にギャグ系の4コマなんて、一人で書き続けるのは相当大変だろう(やってみるとわかるが、ギャグ系の創作というのはすげー神経を使う)。
4コマ漫画誌には「体を壊すことによる入れ替わり」がしばしばあると聞くが、アシさんを使わずに一人で続けている人が危ないのかも知れない。まあ勿論、ある程度以上売れてる人は話が別なんだろうが。
じゃあ、一人でやってる4コマ漫画家さんのケアってどんな感じなんですかね、と聞いてみると、
「まあ先生の性格によるんだけどねー。基本的には、愚痴はきちんと聞いてあげるってのと、頻繁に声かけするってのと、助けて欲しそうなサインがあったら見逃さないとか」
なんか、子育てにストレスを感じてる奥さんに接する旦那さんみたいですね。
「ああ、似てるのかもね。前、父親不在気味になったらギャグ系だった子供がものすげえグレた作家さんがいたし」
話し方からすると私も知っている人らしかったんだが、誰のことかは怖くて聞かなかった。
しかし、母子家庭どころか子供が行方不明になったジャンプの某漫画家さんとか、編集者さんは一体どの様に接してたんだろか。ちょっと気になる。
誰か集英社にコネがある方、今度こっそり聞いてみてください。
この前の続き。編集者さん愚痴の補足なのだが、ちょっと面白いなと思ったので紹介してみる。例によって、又聞きなんで結論が出る様な話ではない。
以前、「ラノベの隆盛によって、小説の創作過程は漫画のそれと共通する部分が多くなっている」みたいな文章をどっかで読んだ。ぱっとソースが提示出来ないんだが、ほー?と思った覚えはある。2ちゃんだったかも知れない。
ただ、創作活動としてみると、漫画と小説の間には、当然のことながら色んな厚さの壁がある。
まあ作者によって例外は幾らでもあるんだろうが(富樫さんとか)、絵と文章の違いとか当然のことを除くと、
・漫画の創作は基本的には複数人による共同作業であることが多いが、小説の創作は基本的には一人で完結する作業である
・漫画の創作はいくつかのステージ(ネームとかペン入れとか)に明確に分けることが出来るが、小説は各ステージ間が不分明であることが多い
この辺の違いが大きいと思う。当然ジャンルにもよるのだが、ざっくりと作業過程だけ見ると、おそらく小説の方が「煮詰まりやすい」構造になっている筈だ。
で、こっから編集者さんサイドの話。
一人の編集者さんが漫画家と作家を同時に担当するということは、そもそもあんまり一般的じゃないんじゃないかと思うんだが、彼の話では「漫画家に対する気遣い」と「小説家に対する気遣い」は全然質が異なるそうなのだ。
漫画家は編集者以外にも相談出来る相手がいることが多い(アシさんとか)が、小説家は執筆過程では人に相談出来ない場合が多い。必然的に、小説家は編集者への依存度が漫画家のそれよりだいぶ高くなる、んだとか。一言で言うと、小説家へのケアは漫画家へのケアより大変なことが多い、ってことになるだろか。
この際、要注意なジャンルが小説と漫画に一つずつあるとか。曰く、小説では「推理小説」、漫画では「4コマ漫画」。
推理小説についてはなんとなく分かる。推理小説というものは、一つのトリックが作品全体を成立させる程、独創的なトリックへの依存度が高い。故に頭も激しく使うし、「ネタ被り」「ネタ切れ」への恐怖感も非常に大きい。要領のいい人は適当に手を抜くらしいが、真面目な人にはさぞかしキツいだろう。神経症を患う人の話もしばしば聞く。
一方の4コマ漫画についてなのだが、コスト対効果の問題で、「作業工程は割と多いのに一人で書いている」という漫画家さんがどうも結構いるらしい。へーって感じなのだが、特にギャグ系の4コマなんて、一人で書き続けるのは相当大変だろう(やってみるとわかるが、ギャグ系の創作というのはすげー神経を使う)。
4コマ漫画誌には「体を壊すことによる入れ替わり」がしばしばあると聞くが、アシさんを使わずに一人で続けている人が危ないのかも知れない。まあ勿論、ある程度以上売れてる人は話が別なんだろうが。
じゃあ、一人でやってる4コマ漫画家さんのケアってどんな感じなんですかね、と聞いてみると、
「まあ先生の性格によるんだけどねー。基本的には、愚痴はきちんと聞いてあげるってのと、頻繁に声かけするってのと、助けて欲しそうなサインがあったら見逃さないとか」
なんか、子育てにストレスを感じてる奥さんに接する旦那さんみたいですね。
「ああ、似てるのかもね。前、父親不在気味になったらギャグ系だった子供がものすげえグレた作家さんがいたし」
話し方からすると私も知っている人らしかったんだが、誰のことかは怖くて聞かなかった。
しかし、母子家庭どころか子供が行方不明になったジャンプの某漫画家さんとか、編集者さんは一体どの様に接してたんだろか。ちょっと気になる。
誰か集英社にコネがある方、今度こっそり聞いてみてください。
2007年05月09日
今日のしんざき 07/05/09
京都から帰って参りました。全体的に言って暑かった。
一応足跡だけ一行記録。
初日:錦市場→二条城→宿→フレンチ風懐石。
二日目:本願寺→五条坂→麩料理→嵐山。
三日目:京都駅周辺。
以下ちょっと個人的メモ。臨床心理士の人に聞いた。興味が沸いたので自分でも調べてみようかと思う。
・臨床心理士はカウンセラーの資格の内の一つである。民間の資格であって、国家資格ではない。その為、医療行為をする権限は当然ない。
参照:臨床心理士(Wikipedia)
・臨床心理士は国家資格への格上げ化を求めて色々と運動しているらしい。こちらの後ろ盾は文部科学省の様だ。スクールカウンセラーの絡みだろう。
・その一方で、厚生労働省に近い医師会がそれに反対し、医療心理師という資格を新設しようとしているらしい。
・医療心理師は大卒資格で、医師の指示で動く職であるらしい。臨床心理士はそれに反発しているそうな。
要は既存のカウンセラーとお医者様方の軋轢、と考えていいのかな?それに付随して、お上の意図が色々絡んできてそうな様子でもある。調べてみると面白そうだ。
ぐぐってみると色々と参照ページが見つかる。医療心理師については、↓のページがほぼ推進派の意図を代弁していると考えて良さそうだ。
そこが知りたい! 医療心理師(仮称)国家資格のQ&A
ふむふむ。まあこれに関しては、そもそも私の知識不足ということもあり、特にどちらに肩入れするつもりもない。
この前の産科医報道問題のことを書いてから、医療とそれにまつわる色々について漁っている。エントリーを読んで意見してくれる人もいて、勉強になることが多くて面白い。
臨床心理士の話がそれにどう結びついてくるかというと、医者サイドがメディアの標的になる一因として、「仕事の囲い込み」が挙げられるのではないか、という意見を件の臨床心理士の人から聞いたからなのだ。要は、医療行為の壁が今まで厚かった為、必然的に医療行為絡みで責任を問われる対象が医者ばかりになってしまった。その辺も叩きやすさの要因になってるんでは、という様な話。
私にはなかった視点なので勉強になる。もうちょっと掘り下げてみようかな、と。
2007年05月05日
今日のしんざきと格ゲー話の補足。 07/05/05
今日からようやくお休みだったりします。8日まで。
折角の平日連休なんで、ちょっくら京都に行って来ます。火曜日に帰ってきます。皆様ご機嫌よう。
以下常態。
・格ゲー「衰退」話のちょっとした補足。
このエントリーがご反響頂いているみたいだ。ちょっと補足してみる。
色んなゲーセンを見ている限り、対戦台の稼動状況が一昔前に比べるとだいぶよろしくないことは、多分間違いないんじゃないかと私は思う。ただコレ、ちょっと見えにくい部分があるんじゃないかとも思うのだ。
理由は簡単。対戦を求めるお客さんは局所集中するから。
つまり、人が集まるゲーセンでの対戦は(上級者同士で)ちゃんと盛り上がっているので、「衰退」とは感じにくい部分がある。勿論これは見た目だけの問題で、メーカー・オペレータ・ユーザーの三者が幸せでないとゲーム業界は成り立たないんだから、一部のゲーセンしか盛り上がっていないという状況はあんまりよろしくない。
まなめさんにTBして頂いたが、対戦の大きな楽しみが「実力均衡した人同士の勝負」であることは間違いないと思う。でも、前回書いた様な理由で、現状初心者さんにはそれを楽しめる環境が存在しない。下手するとある程度慣れた「中級者」にとっても厳しい。
それをどうにかするにはどうすればいいかね、と考えると、通信環境を利用するしかないんじゃね、という結論に到達する訳だ。まあ、これはこれで色々難しそうではあるんだけど。
以上、ちょっとした補足。一応元記事にTBしときます。
以下は気になった話題とか。
・グレーゾーン金利:利息、架空請求と認定−−札幌高裁、初の判断
わー。
大事だよな、これ。
もうちょっと広まって、各地で返還請求の動きが出たら業界中エラいことになると思うんだが。
ただ、いつの時代も、本当に情報が必要な人は情報的弱者という問題。
折角の平日連休なんで、ちょっくら京都に行って来ます。火曜日に帰ってきます。皆様ご機嫌よう。
以下常態。
・格ゲー「衰退」話のちょっとした補足。
このエントリーがご反響頂いているみたいだ。ちょっと補足してみる。
色んなゲーセンを見ている限り、対戦台の稼動状況が一昔前に比べるとだいぶよろしくないことは、多分間違いないんじゃないかと私は思う。ただコレ、ちょっと見えにくい部分があるんじゃないかとも思うのだ。
理由は簡単。対戦を求めるお客さんは局所集中するから。
つまり、人が集まるゲーセンでの対戦は(上級者同士で)ちゃんと盛り上がっているので、「衰退」とは感じにくい部分がある。勿論これは見た目だけの問題で、メーカー・オペレータ・ユーザーの三者が幸せでないとゲーム業界は成り立たないんだから、一部のゲーセンしか盛り上がっていないという状況はあんまりよろしくない。
まなめさんにTBして頂いたが、対戦の大きな楽しみが「実力均衡した人同士の勝負」であることは間違いないと思う。でも、前回書いた様な理由で、現状初心者さんにはそれを楽しめる環境が存在しない。下手するとある程度慣れた「中級者」にとっても厳しい。
それをどうにかするにはどうすればいいかね、と考えると、通信環境を利用するしかないんじゃね、という結論に到達する訳だ。まあ、これはこれで色々難しそうではあるんだけど。
以上、ちょっとした補足。一応元記事にTBしときます。
以下は気になった話題とか。
・グレーゾーン金利:利息、架空請求と認定−−札幌高裁、初の判断
わー。
大事だよな、これ。
もうちょっと広まって、各地で返還請求の動きが出たら業界中エラいことになると思うんだが。
ただ、いつの時代も、本当に情報が必要な人は情報的弱者という問題。
2007年05月04日
作家心理と、ファンレター。
日記混じり。特に結論が出るよーな話ではない。
なんか久々に、知人の編集者さんに愚痴られた。昔お世話になったことのある方で、「ゴールデンウィークって何ですか」仲間でもある。
話はファンレターのことだった。
出版社によってやり方は色々違うのかも知れないが、彼は自分が担当することになった作家さんに、まず聞くのだそうである。「ネガティブな内容のファンレターは、そのまんま渡しますか、止めますか」
この場合、作家さんは2×2の4パターンに分類出来るそうだ。その一、「渡してくれ」と言う人と、「見たくないから止めてくれ」と言う人。その二、ネガティブなファンレターを渡されて、プラスの影響が出る人、マイナスの影響が出る人。
最初から「止めてくれ」と言う人に関しては、自分が分かっている人だから安心出来る、という。問題なのは「ネガティブな内容でも自分の糧になるから渡してくれ」という人で、かつ実際にはそれを読んでマイナスの影響が出る人。要は、ネガティブな反応をもらうと激しくへこんでやる気がなくなるのだが、それに関して正確な自己評価が出来ていない人だという。このタイプの人、結構多いらしい。
編集者さんも慣れたもので、そのタイプの人にはファンレターを全て渡す振りをして実際には手元に止めておいたりするらしいのだが、「しばらく前からそれも殆ど上手くいかなくなった」という。
理由はひとつ、2ちゃんがあるから。まあ、そりゃそうだわな。
2ちゃんなんてネガティブ評の渦みたいなところなんだから最初から見なきゃいいのにと思うんだが、やはりというか、どうしても気になるらしい。倒錯した心理だが、むしろ悪評を求めて2ちゃんを見る、なんて人もいるみたいだ。心理的マゾというのかどーか。この辺、作家さんごとに分析してみると面白いかも知れない。
で、私にその編集者さんが何を聞いてきたかというと、「PCから特定のURL閲覧をブロックする方法」。どうやら担当している作家さんが聊か反応欲求をコントロール出来ない人で、2ちゃんの自分の作品のスレを見てはてきめんへこむ。ついに強制措置をとることにしたらしい。幾つかフィルタリングソフトを紹介してあげたが、なんだか大変そうだなあ。っつか、フィルタリングソフトってこんな需要まであるのか。ちょっと感心した。
それはそうと、その作家さんのスレを実は私もちょっと見てみた。首を捻った。最近出たその作家さんの作品に関しての話題が多いのだが、スレの多くは好評・あるいはその作品への考察が占めており、正直どこを読んでへこんだのか良く分からない。
そりゃまあ2ちゃんなんだから煽りレスの十や二十は混じっているのだが、これ読んでへこむ様な人はそれこそネットごと遮断した方がいいんではないか、と正直思った。フィルタリングソフトは万能でもなんでもないしな。
とはいえ、やはり新作を出した直後の作家さんの心境はデリケートというか。100の好評よりも1の不評の方が影響がでかいとはこのことか、と実感すると共に、担当編集者さんの労苦を思った金曜日であった。
(※このエントリーは検閲済みです。実在の作家、編集者、しんざき、i-フィルターなどとは多分関係ありません)
なんか久々に、知人の編集者さんに愚痴られた。昔お世話になったことのある方で、「ゴールデンウィークって何ですか」仲間でもある。
話はファンレターのことだった。
出版社によってやり方は色々違うのかも知れないが、彼は自分が担当することになった作家さんに、まず聞くのだそうである。「ネガティブな内容のファンレターは、そのまんま渡しますか、止めますか」
この場合、作家さんは2×2の4パターンに分類出来るそうだ。その一、「渡してくれ」と言う人と、「見たくないから止めてくれ」と言う人。その二、ネガティブなファンレターを渡されて、プラスの影響が出る人、マイナスの影響が出る人。
最初から「止めてくれ」と言う人に関しては、自分が分かっている人だから安心出来る、という。問題なのは「ネガティブな内容でも自分の糧になるから渡してくれ」という人で、かつ実際にはそれを読んでマイナスの影響が出る人。要は、ネガティブな反応をもらうと激しくへこんでやる気がなくなるのだが、それに関して正確な自己評価が出来ていない人だという。このタイプの人、結構多いらしい。
編集者さんも慣れたもので、そのタイプの人にはファンレターを全て渡す振りをして実際には手元に止めておいたりするらしいのだが、「しばらく前からそれも殆ど上手くいかなくなった」という。
理由はひとつ、2ちゃんがあるから。まあ、そりゃそうだわな。
2ちゃんなんてネガティブ評の渦みたいなところなんだから最初から見なきゃいいのにと思うんだが、やはりというか、どうしても気になるらしい。倒錯した心理だが、むしろ悪評を求めて2ちゃんを見る、なんて人もいるみたいだ。心理的マゾというのかどーか。この辺、作家さんごとに分析してみると面白いかも知れない。
で、私にその編集者さんが何を聞いてきたかというと、「PCから特定のURL閲覧をブロックする方法」。どうやら担当している作家さんが聊か反応欲求をコントロール出来ない人で、2ちゃんの自分の作品のスレを見てはてきめんへこむ。ついに強制措置をとることにしたらしい。幾つかフィルタリングソフトを紹介してあげたが、なんだか大変そうだなあ。っつか、フィルタリングソフトってこんな需要まであるのか。ちょっと感心した。
それはそうと、その作家さんのスレを実は私もちょっと見てみた。首を捻った。最近出たその作家さんの作品に関しての話題が多いのだが、スレの多くは好評・あるいはその作品への考察が占めており、正直どこを読んでへこんだのか良く分からない。
そりゃまあ2ちゃんなんだから煽りレスの十や二十は混じっているのだが、これ読んでへこむ様な人はそれこそネットごと遮断した方がいいんではないか、と正直思った。フィルタリングソフトは万能でもなんでもないしな。
とはいえ、やはり新作を出した直後の作家さんの心境はデリケートというか。100の好評よりも1の不評の方が影響がでかいとはこのことか、と実感すると共に、担当編集者さんの労苦を思った金曜日であった。
(※このエントリーは検閲済みです。実在の作家、編集者、しんざき、i-フィルターなどとは多分関係ありません)
2007年05月03日
レトロゲーム万里を往く その62 格ゲー「衰退」を考える。
格ゲーが衰退した訳じゃない。衰退したのは対戦台だ。
というより、究極的には「ゲーセンの衰退」とリンクしてくる話の様な気がする。
まず、リンク。かーずSP様経由で拝見した。
格ゲー衰退の根本的な問題点と解決策とは?
今の状況については、
そして、こっちだ。
歴史の話から始めよう。
続きを読む
というより、究極的には「ゲーセンの衰退」とリンクしてくる話の様な気がする。
まず、リンク。かーずSP様経由で拝見した。
格ゲー衰退の根本的な問題点と解決策とは?
今の状況については、
ゲームセンターの対戦台は、今現在既に強い奴が金と時間を独占する構造になっているので、元々新規開拓には向いていない。飽きて辞める奴は毎日出るが、新規は増えないので当然先細りする。この構図、まずは当たっていると思う。
そして、こっちだ。
格闘ゲームは旧作をベースにした細かい拡張で新作を作っているので、新規が負うペナルティは年々増加している。
歴史の話から始めよう。
続きを読む
2007年05月02日
今日のしんざき 07/05/02
ネットで見かけたFLASHで使われていた曲が気に入ったので、検索してみた。
カゼノトオリミチ(YouTube)
アニメがジブリっぽいと思ったけど、やっぱそうか。
みんなのうた
好みが分かれる歌い方なのかなとも思うが、この歌い方って結構まとめるのが難しいんじゃないかとも思った。うちの奥様によると、矢野顕子がルーツなんじゃないかとのこと。そちらについてはよく知らないんでまた今度調べてみる。
話は変わるんだが、大学にいた頃、音韻論の延長で「日本の歌謡曲におけるメロディーへの歌詞の振り付け」というのを卒論の研究テーマにしていたヤツがいた。正確なタイトルはもうちょっと長かったと思う。4分音符とか8分音符とか、具体的な曲のメロディにどの様な歌詞が割り振られているかといった部分から初めて、アーティスト別の傾向とか、日本語における音韻の難しさみたいなところまで手を広げていた様な覚えがある。
面白そうだなーと思ったんだが、当時は今以上にアーティストの知識が少なかったんで、話を聞いてもピンとこない部分があったのは惜しかった。私の専門は奈良から平安、やってる音楽は南米、スペイン語。交差部分はあんまりない。
ただ、最近奥様の趣味で坂本真綾なんか聴いてると、なんとなく歌詞の割り付けが美味いなーと感じた。なんでそう思ったのかは自分でもよく分からない。
声優出身の人だそうで、その辺のところも関係あるのかも知れない。
・まなめはうすさん11周年
おめでとうございます(一日遅いけど)。
まなめはうすさんのニュースでは、「一年前のニュース」という工夫がかなり好き。自分が一年前は何を考えていたか、って思考のきっかけにもなる。
一年っていう期間の長さは物差しで随分変わると思うが、考え方って点では案外進歩してない。8bit基準だから仕方ないか。
カゼノトオリミチ(YouTube)
アニメがジブリっぽいと思ったけど、やっぱそうか。
みんなのうた
好みが分かれる歌い方なのかなとも思うが、この歌い方って結構まとめるのが難しいんじゃないかとも思った。うちの奥様によると、矢野顕子がルーツなんじゃないかとのこと。そちらについてはよく知らないんでまた今度調べてみる。
話は変わるんだが、大学にいた頃、音韻論の延長で「日本の歌謡曲におけるメロディーへの歌詞の振り付け」というのを卒論の研究テーマにしていたヤツがいた。正確なタイトルはもうちょっと長かったと思う。4分音符とか8分音符とか、具体的な曲のメロディにどの様な歌詞が割り振られているかといった部分から初めて、アーティスト別の傾向とか、日本語における音韻の難しさみたいなところまで手を広げていた様な覚えがある。
面白そうだなーと思ったんだが、当時は今以上にアーティストの知識が少なかったんで、話を聞いてもピンとこない部分があったのは惜しかった。私の専門は奈良から平安、やってる音楽は南米、スペイン語。交差部分はあんまりない。
ただ、最近奥様の趣味で坂本真綾なんか聴いてると、なんとなく歌詞の割り付けが美味いなーと感じた。なんでそう思ったのかは自分でもよく分からない。
声優出身の人だそうで、その辺のところも関係あるのかも知れない。
・まなめはうすさん11周年
おめでとうございます(一日遅いけど)。
まなめはうすさんのニュースでは、「一年前のニュース」という工夫がかなり好き。自分が一年前は何を考えていたか、って思考のきっかけにもなる。
一年っていう期間の長さは物差しで随分変わると思うが、考え方って点では案外進歩してない。8bit基準だから仕方ないか。
2007年05月01日
いじめ報道と、産科医減少問題って構造が同じなんじゃないか。
と、思った。すいません長いです。
Webとも関係がない話じゃないんだが、メタ議論になるとブーメランが返ってきそうなんで、ちょっと気をつけながら書く。
まずは紹介してみよう。近畿圏の産科医問題に関しては、天漢日乗さんが以前から、詳細に綴られている。
「マスコミたらい回し」というシリーズ、どの様なスタンスをとるにせよ一度は全部読むことをオススメしたいのだが、取り敢えず一つ挙げてみよう。
「マスコミたらい回し」とは? (その45) ネットにカルテ流出ってホント?
物凄く乱暴に要約すると、奈良県の大淀病院で起こった妊婦死亡事故を端緒にした、メディアの感情的な病院バッシングによって、奈良県周辺での医療機関、特に産婦人科の医療体制が軒並み崩壊しつつある、というお話だと思う。
続きを読む
Webとも関係がない話じゃないんだが、メタ議論になるとブーメランが返ってきそうなんで、ちょっと気をつけながら書く。
まずは紹介してみよう。近畿圏の産科医問題に関しては、天漢日乗さんが以前から、詳細に綴られている。
「マスコミたらい回し」というシリーズ、どの様なスタンスをとるにせよ一度は全部読むことをオススメしたいのだが、取り敢えず一つ挙げてみよう。
「マスコミたらい回し」とは? (その45) ネットにカルテ流出ってホント?
物凄く乱暴に要約すると、奈良県の大淀病院で起こった妊婦死亡事故を端緒にした、メディアの感情的な病院バッシングによって、奈良県周辺での医療機関、特に産婦人科の医療体制が軒並み崩壊しつつある、というお話だと思う。
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