2007年06月30日

ある取材者さんにかかと落としをかましたくなった件

珍しく腹に据えかねた、というか、ちょっと勘弁してくれと思ったので粛然と独自エントリ。端的に言うと、愚痴。


うちの会社は業界内ではパイオニアだそうで、先日なにやら応接室に取材が来ていた。聞いてみると、結構よく聞く会社名。いわゆる大手さんというヤツだ。で、システム開発の人の話も聞きたいという。

普段ならバックダッシュ連打で逃げるところなのだが、現在私が逃げると代わりに標的になってくれる人がいない。話だけ、というので仕方なく取材を受けてみた。中年のおっちゃんだった。諸々の事情から、細部はボカす。

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2007年06月28日

レトロゲーム万里を往く その65 あるゲーセンの記憶

ちょっと一人語りをする。


昔住んでいた家の近所に、「キャビン」という名前のゲーセンがあった。


キャビンは、私がいた当時、既に「ちょっと古びた」ゲーセンだった。体育館をミニチュアサイズにした様な、屋根の鉄骨が剥き出しになっているボロい建物で、中には1ゲーム50円のゲーム筐体がずらっと並んでおり、プライズゲームなど一台も置いておらず、妙に高い天井には飛行機の模型が幾つもぶら下がっていた。そんなゲーセンだった。

私がその頃住んでいたのは坂が多い町で、原付に乗れる年になると皆こぞってバイトで金を貯め始める様な土地柄だった。

私はそんな中でも終始一貫して自転車乗りで、あちらこちらのゲーセンを自転車で渡り歩く内、脚力だけは無闇についた。私が「上半身はガリガリだけど、足だけ妙にゴツい」という奇天烈な体型をしているのは、専ら長距離走とこの頃の坂道自転車行のせいである。

自宅の駐車場から自転車で走り始めて、角を二回曲がって、坂道を4分くらい転がり落ちていくと、左側にキャビンがあった。

キャビンにいつから通い始めたのかは、もう良く覚えていない。といっても、私が通い始めの頃にはもう対戦台がデカい図体を見せ始めていた記憶があるので、既にストIIダッシュの時代だったろう。当時の風潮としてはあまり褒められた話でもないが、私はガキの頃から随分とそこに通い詰めていた。最初は縁者にくっついておそるおそる。慣れてくるとそのゲーセンのオヤジと仲良くなり、一袋50円で売っているスナック菓子をおごってもらったりした。その頃には大手を振って一人でキャビンに通っていた。

私が初めてスコアアタックにはまったのは「中華大仙」というタイトーの横シューであり、これはそのオヤジの影響である。オヤジは店が空いている時は自分でもゲームを遊んだが、やるのは脱衣麻雀とテトリスと中華大仙くらいだった。

中華大仙は「西遊記」の孫悟空の様なキャラが主人公の横シューで、サングラスをかけたエキセントリックな大仏がボスだったり、ショップの店員の頭部が「ナルト」であったりすることを除けばごくシンプルな内容だった。私はすぐにオヤジよりも上手くなり、初めての1コインクリアにも成功した。スコアが80万点を越えた時には、「ゲーメスト」のハイスコアコーナーに送ってくれたりもした。煙草くさかったり、頭の形だけブルース・ウィリスに似ていたり、ゲーセンに女を連れ込んでいたりすることもあったが、オヤジは基本的にいい人だった。多分当時40過ぎというところだったろうと思う。独身なのか、離婚していたのかは知らないが、奥さんはいないようだった。

私の目の前で、キャビンのゲームのラインナップはめまぐるしく変わっていった。スパIIが入り、ストIIXが入り、やがてKOF94やサムスピが入ってきた。バーチャが入った時は対戦台の周りが人で埋まり、一方風雲黙示録は私くらいしかやってなかった。

ゲーセンの一角にはシブいレトロゲームもたくさん置いてあり、私はそこで随分色んなゲームを遊んだ。ニューマンアスレチックがあり、スプラッターハウスがあり、戦場の狼があり、エスケープキッズがあり、いつも変わらず中華大仙があった。

私は、時にはストライカーズ1945にはまったり、時にはダライアス外伝で見知らぬ誰かと熾烈なスコア争いを繰り広げたりしていた。そんな中でも、時折思い出した様に中華大仙をやった。私が中華大仙をやっていると、オヤジは横に座って、格ゲーの入れ替わるペースが速くて参る、みたいなことを愚痴っていた。煙草やめなよ、と私は答えた。


通い始めて6,7年は経っていたと思う。ヴァンパイアセイヴァーの対戦台が入ってきた頃、私はどういう訳か大学に受かり、東京に引っ越すことになった。


オヤジと話すと、おめでとう、と言われた。私は、ありがとう、と答えた。

常連さんが一人いなくなっちまうなー、と言われた。私は、また来るよ、と答えた。


最後に遊んだゲームはファンタジーゾーンだったと思う。私はスマートボムを抱えたまま、クラブンガーの直前で死んだ。

多分、当時はもう、私以外の「常連さん」はあんまり残っていなかったんだろう、と思う。私がいる時間に対戦が成立すること自体あまり見なかった。過疎という程でもないが、大型筐体の一台もない「街のゲーセン」は、その頃既に下火だった。多くのゲーセンは「アミューズメントスポット」か、あるいはメーカーの直営のゲーセンに移り変わっていた。


4年が過ぎた。


ちょっとした用事でその辺りに足を運ぶことになった私は、以前住んでいた家を外から眺めた後、キャビンにも足を運んでみた。というよりは、足が勝手にキャビンの方へ向いた。以前は自転車で転がり落ちていた坂道をてくてく歩いた。

薄水色のボロゲーセンには、シャッターが降りていた。

「閉店のお知らせ」の張り紙もなく、以前はあったボロい看板もなく、まあ、そんなもんだろうな、と思った。隣に建っていた真新しいビデオ屋を横目に、近所を散歩して帰った。



この前、自宅からだいぶ歩いた辺りに、潰れたゲーセンがあることに気付いた。その姿がキャビンとダブって見えて、急に上の様な話を思い出した。

「街のゲーセン」は、多分、近年ゆっくりと消えつつある。個人経営のゲーセンなんか、もう数年前から絶滅危惧種である。ゲーセンが「不良の溜り場」だった時代は遥か昔に終わりを告げ、格ゲーの新作が出る度に中高生が集まっていた時代も過ぎ、私のゲーセン通いの日々も今は昔だ。


だから、今の内に書き残しておこう。これは、かつてはどこの街にでもあった、ごく当たり前のゲーセンの記憶だ。キャビンで私とスコア争いをやっていた連中は今はもうゲームをやっていないかも知れないが、せめて誰かに拾ってもらえればなあ、と、そう思う。


ちなみに、中華大仙はしばらく前に新宿で見かけた。数年振りの中華大仙は4ボス止まりだったが、妙に嬉しかった。わざわざスコアネームを入れた。私のスコアネームは、SSI、という。数年振りに入れる三文字が、奇妙に感慨深く、また奇妙に懐かしくて、私はデモ画面を眺めて何度かスコア欄を見直した。オヤジに見せたくなった。


キャビンのオヤジが今何をやっているかは勿論知らない。ただ、相変わらずどこかのゲーセンで、禁煙パイプをくわえつつ、脱衣麻雀でもやってくれているといいな、と思うのみである。
posted by しんざき at 19:21| Comment(9) | TrackBack(0) | レトロゲーム

2007年06月26日

今日のしんざきの、温暖化がどうとかに関するメモだけ。 07/06/26

ちょっとメモ。

「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」の大反響から考える

環境問題については、利権や国際関係も絡んで色々な勢力がぶつかり合っており、慎重に考えないといけない、とは思う。煽りも多いし。
世界の国がお金を出し合って国連にIPCCという研究機関を作り、そこで一括して研究しています。そこが発表している温暖化の影響は、「北極の氷が融けてもアルキメデスの原理があるから海水面には関係がない」、「南極の氷は温暖化すると増える」、「今後30年間の海水面の上昇は10センチぐらい(10メートルではない)」…などです。

ふむ。原著を読んでいないのがアレだが。

ちょっと気になったので調べてみた。っつか、折角のネットソースなんだから明示してくれればいいのに。
Wikipedia:IPCC
第四次評価報告書、というのが最新のデータの様に読める。
日本語訳もあるっぽい。

IPCC第4次評価報告書について
ここから気象庁訳(pdf注意!)が読める。

海面上昇の予測値に関しては17ページにある。シナリオ毎に水位上昇の予測幅の記述がある。下は0.18mから、上は0.59mまで。20cmから60cm、って感じか。大筋は合ってるのかな。ただ、今後30年というレートでの数字がどれか分からない。原文に当たってみないとダメかいな。

南極の氷については、23pのこれかな?
現在の全球モデルを用いた研究によれば、南極の氷床は十分に低温で、広範囲にわたる表面の融解は起こらず、むしろ降雪が増加するためその質量は増加すると予測される。しかしながら、力学的な氷の流出が氷の質量収支において支配的であるならば、氷床質量が純減する可能性がある。

頼むからHTML化してくれい。力学的な氷の流出っていうのは、氷床自体の重さによって海面へと流出するってことでいいのかなあ?

温暖化の被害については、海面上昇が云々よりこっちの方が詳しそうだ。
気候変動に関する政府間パネル(pdf注意!)
生態系と水資源については色々リスクがあってヤバいよ、って書いてある様にみえる(超絶適当)

取り敢えず気になった分について資料に当たってみた。メモ的に。致命的な読み違いがあったら指摘して頂けるとありがたく。

それはそうと、冒頭引用エントリ。
大学生を教育していると、いつも感じることがあります。まだ、若い彼らのことですから、「事実」を見る前に「感情」が働いて、事実をそのまま見ることができない場合が多いようです。本当は、最初に事実があって、それを解析し、それから自分の意見を作っていくのが順序(【事実→解析→意見→感情】ですが、最初に「あれはイヤだ」という感情が先走り、それから【感情→意見→解析→事実】と逆流してくるのです。

これについては、いつぞや書いた「扇動されやすい人」のモデルが当てはまる様な気もする。感情を喚起するところからはじめるのは煽りの技術。

ただ、「環境問題で煽られやすい土壌」というのはどこかの時点で形成されたんだと思う。課題。
posted by しんざき at 18:38| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

2007年06月25日

今日のしんざき 07/06/25


さあ、話題の閉鎖性を高める作業に戻るんだ!(適当なCVで)


ということで、ここしばらくネットの話とかはてなの話とか、最近よく見るカテゴリの内容に終始してしまった。

やはり出力は入力に影響されるというか、話題を見ると何か思いつくし、思いつくと書きたくなるのだな。でもうちはサブカル感溢れるマイナー話題ブログを指向しているので、しばらくゲームブックとかレトロゲームの話に戻ろうかと思う。いや、どうせまた思いつきに左右はされそうだが。

以下日記。

・OracleSilverを受けてみる件について。

半ば趣味だけど、金はなんだか会社が出してくれるから問題ないぜ!

というか、ベンダ系の資格試験なんぞ受けるのは激しく久々であり、順次ゴールド、あわよくばまかり間違ってプラチナとか狙ってみたいなーとは思っているのだが、正直どれくらい勉強すれば受かるのかさっぱり分からん。黒本の問題集と参考書一冊ずつだけで足りるもんなんだろうか。

まあ、社会人になると試験を受ける機会もなかなかないんで、楽しみつつ受けてきますですよ。


以下、ちょっとメモ。
天漢日乗:鎌倉市ではすでに産科は一つだけ 小泉前首相のお膝元横須賀の産科はほぼ壊滅

要検討。
このお話、街頭演説では殆ど聞かないんだが、誰か争点にしようと騒いでないんだろか。私が遅耳なだけか。

一応、関連?ぱっと検索しただけで未検証。
国会質問一覧


滑稽な成果主義

実際のところ、成果主義を運用できている企業など殆どないんではあるまいか。「成果主義」という額面の、運用する側にとって都合のいい部分だけをつまみ食いしている例なら良く聞くが。

って、これも古びた議論か。
posted by しんざき at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月22日

「はてブの次」ならどこかにあるのかも。

多分既出話なんだと思うけど、折角書いたのでエントリーしてみる。

起点になったのは、「最終防衛ライン2」様と、ymScott様のエントリ。

ブログの次が望まれているのかもしれない
はてブのhotentryが面白くないのは、はてブはクリップする際の敷居、障壁、活性化エネルギーが低い。そのため、一旦注目を集めると雪だるま式にクリップされ、hotentryとなる。つまり、はてブは熱容量が小さい、熱し易く冷め易い場である。

「自分のブログに書いても誰も見ないから増田に」ってのは
「現状、はてブを始めとしてソーシャルブックマークは新規ブロガーを拾い上げる役には立ってません」と言ってるのと同じだし、実際それはかなり正しい。
ふーむ。

このところ、はてなブックマークに関しての議論をあちらこちらで見かける。不倒城をブックマークしてくださる方も結構いて、ありがたいことだと思いつつ興味をもったので、最近試しに使ってみたのだ。

で、はてブ素人としての自分の行動を観察してみて、ちょいと首を捻った。これ、私の行動は基本的にノイズだな、と。


「サイトの紹介をする場」としてのソーシャルブックマークが最大の価値を持つのは、「誰も知らなかった新規ブロガーの、知られざる素敵記事」を発掘出来た時、だろう。

ところが、ブックマーカーが増えれば増える程、その価値は構造的に下落していく。何故かというと、既存の注目ニュースにブックマークが集まる分、「知られざる」サイトへの視線はどんどん希釈され、ホッテントリはそれ自体を核に肥大化していく為だ。つまり、偏ったブックマークの影に新規ブロガーは埋もれてしまう。

ブクマ同士で始まる会話なんてのもその一例だし、最近よく見るスパムブクマもその象徴的な例だろう。「人がたくさん集まる」「ブクマ数がアクセス数と同じ様な価値を示す」という条件が揃った時、それをスパム的に扱おうと考える人が出てくるのは当然のことだ。

ホッテントリを起点に行動する人数、あるいはコメントの為のブックマークを利用しているヒトが増えるにつれて、結果的にブックマークの濃度が拡散していることが一つの問題なのかなあ、とか。そんな風に思う。

ということは、ソーシャルブックマークが「面白いサイトの発掘場」として機能し得る時間は、実はきわめて限られている」という結論が出せそうな気がするのだ。ソーシャルブックマークは、盛り上がれば盛り上がる程、「ブックマーク集」としての場からSNS的な場へと変質していく。勿論、これが悪いことである、って訳じゃないし、ある意味当然の推移でもあるんだが。


ここまで前提。


それじゃあ、ymScott様エントリで引用されている様な、「誰も見てくれないということに絶望している」面白いブロガーさんを救い上げる為にはどうすればいいのかね、という話になる。その答えがソーシャルブックマークになかったというのは、別に機能としての問題じゃない。上の段落で書いてある通り、どちらかというと時期的な問題なのだ。

実は私自身は、「あわせて読みたい」が何かの回答を出してくれたりすると面白いなあ、とか思ったんだが、今のところは残念ながらそうでもない感じ。まだ分かんないけど。


「注目エントリ」に対抗して「注目されてないエントリ」(名前はコールデントリでいいや)を作るとか、定期的にブックマーカーのランダム交代を行いつつ「オープンではないソーシャルブックマーク」を構成してみるとか、なんかテキトーなアイディアで良ければ幾つも思いつくんだが、なかなか上手くもいかんだろうな、とも思う。ただ、こんな発想は既に色んな人が考えている筈で、もしかすると世界のどこかには、「継続的に、不特定多数の手によって、知られざる良エントリーを発掘出来るインフラ」が稼動しているのかも知れない。


以前、「書くブログ」のブームとと「読むブログ」のブームのバランスについてくだくだと書いたことがあったが、その辺とも絡んでくる話なのかなあ。結局、書き手にとって目に見える読者は書き手ばかり、という状態(はてブはこれに近いと思う)はあんまり良くないかもね、ってことにもなる様な気がする。


この辺についてはまた考えて書く。


(追記 07/06/23 16:03)----------------------------------
ちょっと考え直した。

上記、「偏ったブックマークの影に新規ブロガーは埋もれてしまう。」と書いたが、新規ブロガーが発掘されないことと、ブックマーカーが増えて視線が偏ることに直接の相関はないかも。間接的には何かあるかもだが。

要検討。
posted by しんざき at 13:21| Comment(4) | TrackBack(1) | 雑文

今日のしんざき 07/06/22


出勤の時、なにやら「停電の為、東急線全線で改札機が停止しています」という様なアナウンスを聞いた。

ラッシュ時間の割に暇そうにしていた駅員に聞いてみたら、間違いないとのこと。あるんだ、そんなこと。電気系統どうなってんだろ。線路上の電線の停電だったら、電車にも影響出そうな気がするけどな。

今日は引き続きゲームブックネタで何か書く予定。


・先日、帰宅したらうちの奥様が青い顔をしていた件

「チーズを食べたかった」だそうな。

「だが、時期的な問題でチーズは食べられない」のだそうな。

そこで奥様が入手してきた情報が、「豆腐と納豆を混ぜるとチーズと同じ様な味がする」という情報。

チーズが恋しくなったら。(注:納豆が嫌いなヒトには微グロかも知れないので注意)

・・・ッ!?(;゚д゚)

少なくともうちの奥様は、「チーズだと想定して食べたら頭が痛くなってきた」と言うておったのだが、多分味覚や体調によって味わいが変わってくるのだろう。

私は豆腐も好きだし納豆も好きだが、見た目的にはあんまり食べたくならなかった。まあ、豆腐と納豆として食べたらおいしいのかも知れないが。

勿体無い体質の奥様は頭痛を押してまで食べ続けようとしていたが、布団蒸しにしてドクターストップ。


・カテゴリーのとっちらかりを反省しつつ、ブログ運営を考える。

レトロゲームブログなのです。誰がなんと言おうと。

この前ちらっと言われたのだが、うちのブログはレトロゲームネタに画像を使ってない(例外もあるけれど)。

画像を使わないでどこまでレトロゲームを語れるか、というのは一つの方針でもあるので、まあそういうブログもあるってことで一つ。

カテゴリー的に考えると、「雑文」「ブログ論」「日記」に比べて「レトロゲーム」ネタはアットー的に読まれてないのだが、実は書いてる人間が一番自己満足しているのはレトロゲームネタなのでいいや別に。好きなレトロゲーについて書いていると幸せを感じる。そりゃもう読んでくださる方を遠くおいてけぼりにする程に(駄目じゃん)

以前書いた、「書きたい」と「反応が欲しい」のバランスの話で言うと、極端に「書きたい」に偏っているのがレトロゲームネタなのであろう、と思う。

若干バランス崩れ気味だけど、お目こぼしいただけると幸いであります。
posted by しんざき at 09:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月20日

匿名ダイアリーの宗教議論が面白い

こういうのが読めるのは増田のいい所だと思う。宗教関連のお話は普段避けているんだが、ちらっと。

オレはエホバの証人
オレ(エホバの証人)がとりあえず応える(1)

で、また面白い具合につっかかってる人もいて、それに対する突っ込みもあがってる。
http://anond.hatelabo.jp/20070620032418
http://anond.hatelabo.jp/20070620093116

この話はこの話で面白いんだが。ちょっと一般論に入る。

以前にも似た様なこと書いたが、宗教に限らず、「何を信じるか」「どんな思想を持つか」だけなら何の問題も生じはしないのだ。

問題は、「どれだけ他の思想が許せないか」「どれだけ自分の思想を押し付けたいか」という軸上で初めて発生する。

何かを強く信じる人は、それを他人にも啓蒙したくなるのだな。思考はあふれ出すし、思想は広めたくなるし、すばらしいものは人と共有したくなるのだ。これが嵩じると、自分の思想に共鳴しない人、あるいは自分が反対する思想の持ち主が許せなくなってきたりする。これをどれだけ制御出来るかというのが、そのヒト、その思想、あるいはその宗教の「厄介さ」の尺度になるだろう。単純な話だ。

そしてこの場合、「あまり制御出来てなさそうな人」は、冒頭増田ではなく突っかかってる人の方である、様に私には見えたのだな。この辺は議論として面白いところだとは思うが、つまり「許容度の狭さ」に関しては、宗教だろうが思想だろうが軸は共通、ということではあるのだろう。

端的にまとめると、「自分が好きなモノを嫌う人もいる、ということが許せない人」が宗教や特定思想に突っ込むとエラいことになるんじゃないかね、ってこと。そういう人を作ってしまう宗教もあるみたいだけど。


これは勿論メタな話なので、ウヨサヨ話からプロ野球の話題に至るまで、どんなケースにでも当てはまる。例えば、私には「ゲームのハード信者」というものが未だによく理解出来ないのだが、Webを見てるとPS3とかWiiとかXbox360だの非常に喧しいのだな。なんなんだろアレ。セガがハード業界で頑張ってた頃ならまだ分からんでもないけどな。

まあ、自分の思想を語りたいという欲求に関しては、ブログを書いている時点で人のこと言えんか。


放言すると、「布教さえなければ宗教大歓迎」って感じなのだが、これ言うと怒られるかな。とにかく自分の子供を無条件に信者にするのはおかしいだろ、とは思うんだが。

(追記 07/06/20 12:53)--------------------------------
タイムリーというべきなのかどうか、関連記事をみつけた。
[宗教][倫理] エホバの証人・輸血

こちらは具体的な話。

(追記2 07/06/20 22:07)-------------------------------
セガについて補足。

人は抑圧に対して抵抗し、弾圧に対して結束する。
それまでそれ程強い帰属意識をもっていない場合でも、周囲の抑圧によって「信者」化していくというのは割とよくある話で、つまりセガハードのユーザーには長い弾圧と抑圧の歴史が(以下300行削除)
posted by しんざき at 12:36| Comment(6) | TrackBack(1) | 雑文

2007年06月18日

今日のしんざき・追記 07/06/18


引き続きメモ。追記にしては長いので、一応エントリー分ける。

「水はなんにも知らないよ」
 水がどのような条件で、どのような結晶を作るかは、中谷宇吉郎による記念碑的な研究により解明されている。物理的条件さえそろえれば、水がどのように結晶するかはコントロールできるのだ。そこには、「ありがとうと書いた紙を見せる」「ありがとうという念を送る」といったあいまいな条件が入る余地はない。

 ところが、この奇妙な言説はここ数年、世間に広がってしまった。

ほんまかいな。煽りなんじゃないか?
ただまあ、
それも「水が自分の思いに反応する」というアニミズム的錯誤が教育の現場に入り込んでしまったのだ。

この辺に関しては、例の天地創造博物館の話と関連して考察してみると興味深い様な気はした。

「何を信じるか」という、結局一軸が問題である以上は、科学も宗教も同じ土俵ってことなのかな。いわゆる「科学」が説得力をもっている、その理由は案外薄弱、ということでもあるのかも知れない。


敵は海賊の新刊が出るらしき件について

マジですか。買う。

というか、相変わらず情報が遅い私。


・誇りを持て。あなたのブログには必ず、最低一人の、「あなたのブログが大好きな読者」がいる。

参照
posted by しんざき at 23:21| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記

今日のしんざき 07/06/18


昔の出版関係仕事仲間と偶然職場の近くで遭遇、ちらっと会話。日本は狭い、というか単に職場が日本の一部に集中しているだけか。

Webの普及で広告技術ってものはどう変遷したのかな、とか考えたことがあったんだが、なんか根っこの部分はろくに変わってないらしい。またまとめて書くかも。

そういえば何かで書こうかと思って忘れてた。怪しげなダイエット広告の「before」と「after」は順序が逆だったりするから注意した方がいいですよ、と。

要するに、「太る前」の昔の写真を「ダイエット成功後」として掲載して、太った後の写真を「ダイエット成功前」として掲載する、って話。え、常識ですか?

昔そのテのものに関わったことがあるから、少なくともそういうケースがこの世に存在することに関しては保証する。最近もあるのかどうかは知らない。


・気になったURLとか、メモ。

「医療崩壊」が深刻化 国の「対策」に批判

この話をするなら、むしろ医療訴訟の話の方をメインに据えるべきなんではないかな。メディアの視点が読みたい。

オープンシステムとやらについては、疑問、っつーか理解し難い。


ファッションの脱オタはなんで面白くなさそうなのか?

幅が狭いとゆーなら、幅を広げれば絶好の市場になるんじゃないか?

と思ったが、そういえば「女性の市場育成ノウハウがそのまんまじゃ通用しないから、男性のファッション市場育成は人材不足」みたいな話はどっかで聞いたことがあるな。電通さんもてこずりますか。

ムスカ「見ろ、ゴミも分別すれば資源のようだ

ムスカ萌え人口多すぎ。


・土日のしんざき。

土曜は仕事を辞めてギター修行の為に渡英する知人の壮行会。

日曜は小学校で「ロス・ガラパゴス」の演奏。

演奏の方は、とにかく音が逃げまくりで厳しい戦いを強いられました。どーにもなりません。音響対策がいるな。

そしてメンバー合流時に大ポカ。一人合流出来ない羽目に。深く反省。

けど、頂いた弁当を小学校の教室で食べることになったのはなかなか楽しかった。二十代も後半になると、なかなか出来る体験ではない。そして、地方ごとの小学校生活のギャップに愕然。お道具箱って机の引き出しの中に納まってるもんなんだっけ?あと防災頭巾って何?

ちなみに、我々のステージの後に立った小学生女子の鼓笛隊の演奏で、ドラクエ8バージョンの「ロトのテーマ」をやっていたことに時代を感じた。

次の演奏は秋頃になる予定。
posted by しんざき at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月16日

私にとっての中二病


ガキの頃、「○○になったら分かる」と言われるのが好かなかった。


「大人になれば分かる」とか、「子供をもってみないと分からん」とか、昔よく言われた。大抵の場合、私が何かしらの事項に疑問をもった時だ。

こちらは理屈で考えて真面目に議論しようとしているのに、その時点では絶対に手に入らない「経験」というシールドで議論を跳ね返されるのはどうにも納得がいかなかった。

私はガキの頃から理屈をこねるのが得意な方だったので、まあ相手にしてみればまともに反論するのも面倒だったんだろう。

その頃の記憶からなのかどうか、「経験」を盾にして議論を打ち切ろうとする、あるいは一方的に相手が間違っていると主張する、そんな文言があると今でもなんとなく眉根が寄る。


百聞は一見に如かずという言葉もあるし、実際に「経験しないと絶対に手に入らない感覚」というものがあるのは、勿論分かっている。子供をもってみて子育てに苦労しないと分からない感覚、というものも実際にあるんだろう。それも無論分かる。子供の屁理屈に付き合うのは大変に疲れる、というのも、まあ分かる。

だが、「お前には○○の経験がないから分からん」と議論を打ち切るのは、要は「私の経験に基づくと君は間違っていますが、間違えていると判断している論拠は説明しません。納得しなさい」という発言と同義だと私は思うのだ。

相手が間違っていると指摘する時、ヒトは相手が間違っているきちんとした理由を説明する義務を負う。それが最低限の礼儀だと、少なくとも私は考える。その論拠が経験に基づくものなら、その内容をきちんと解説するべきなのだ。


Webでの話に例えるなら、「恋愛経験が少ないお子様がなんか言ってるよ」的な発言をするヤツは、自分が恋愛経験を経て得た論拠を恋愛小説バリに綿密に説明せよと。

例えば、「童貞が何をドリーミーなことを言ってますか」的な発言をするヤツは、自分が童貞を捨てることで得た精神的論拠をきちんと官能小説バリに詳述せよと。官能的な記述がどこにもなくて見てる俺はキレそう、ってこと。


別に「○○の経験がないと」という跳ね返しに限らず、「相手の間違いを指摘する際の論拠」というのは常に必須である、べきだと思う。論拠の明示もなしに、ただ「間違ってます」とか「もっとよく調べて書いて下さい」などというコメントを、Web界隈では残念ながら頻繁に見る。なにこの言い逃げ、と思う。幸い不倒城では殆どないが。


私の中には、かつて私に「大人になれば分かる」と言ってきたヤツらに、「分かりませんでしたが何か?」と言ってやりたいという願望が、確かにある。まあ、こんな願望をもっている時点で大人と言えんのかも知れないが。

これが、多分今でも私が保持し続けている「中二病」だ。


残念ながら、この中二病を発散出来る相手は、もう私の手の届くところには存在しない。

だからまあ、せめて私自身は、「○○になったら分かる」という経験シールドを張らない様にしよう、と思う。

例えば子供相手でも、議論で間違った部分があると思ったらテッテー的につきつめてやる。私は子供相手でも手加減はしない。相手が子供だから、ということで手加減するのは子供に失礼だと私は認識している。かつて私自身がそう思っていたから。

子供は何度でも同じ様な質問を繰り返すって?上等だこの野郎、付き合ってやる。納得いかない事に関するつきつめ方では年季が違う。屁理屈のこね方の戦歴も違う。一時間や二時間で音を上げる様なやわな鍛え方はしていない。



というように、父は十分に迎撃の準備をしているので健康に生まれてきてください。>奥さんの中のヒト。
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今日のしんざき 07/06/15

そういえば、17日の11時半からふぇすた環境in目黒とゆー催しで演奏します。

例によってサンファニート集団「ロス・ガラパゴス」での出演なので、若干偏った演奏になりそうですが、気が向いてて暇な方はよろしければどうぞ。無料だと思います。

ただ、私の楽器は結局ケーナなのか、チャランゴなのか。最後の最後まで出演メンバーの楽器が確定しないというのも、いつものことながらアクロバティックだなあ。


・ムスカのあまりの名やられ役っぷりに感動した。

まさに急転直下のやられっぷりに涙が止まりません。これがあってこそのラピュタ。ムスカisミスターラピュタ。マジメな話、一番キャラが立ってると思う。

っつーことでラピュタ見てた。なかなかひさしぶり。子供が生まれたらトトロでも見せてみっかなー。

20年前のアニメとは思えねえな、とかいう感想はここ10年くらいアニメを殆どみてない私が言ってもなんの説得力もねえいな。でもやっぱ面白いですよラピュタ。あれCG使ってないってホント凄いと思う。

余談だが、ラピュタとトトロは割と男女問わず支持されるという話を聞いたことがある。紅の豚は男の子、魔女宅は女の子に支持される率が高いとかだった気がするけど、まあ要は登場キャラの配役の問題なんでしょうな。ナウシカは原作重要。

EDの「君をのせて」へのつなぎ方はホント凄いと思うので今日は気分良くおやすみなさい。
posted by しんざき at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月14日

今日のしんざき 07/06/14

なんとなく「あわせて読みたい」を実験的に導入してみた。私は普段ブラウザを非常に細くしてブログ見てる人間なんで、自分で使っててうざくなったら消すかも。

ただこれよく考えてみると、お客さんの数が少ない場合、ブログ主が他に巡回してるサイトが筒抜けになるんじゃアルマイカ。うちは零細ブログなんで割と危ない。いいけどさ。

・Google遊びをしていてなんとなく気になったWikipedia。

Wikipediaのシステムについては良く知らんし、中国語についても同様なので、見当違いな部分があったらご指摘頂きたいのだが。

SEO遊びの真似事をしてささやかな自己満足を得てみようとふと思い立ち、Googleで不倒城に関係がありそうな単語を検索して遊んでいた。

その時、「不倒」で検索してみたらこんなんが出た。

Wikipedia:「不倒会」
一清特別案件のため入獄したの角頭を逮捕されて、竹聯幇が勢力の巨大ないじめ人を頼りにしていることを不満に思って、
こんな感じの記述。続きを読んでみても分かるが、どうも見るからに日本語が怪しいのだな。

ちょっと疑問に思ったので履歴を調べてみると、どうもこのページを編集した人は、同じ様なカテゴリの単語をずらーーっと投稿してるみたいなのだ。

文章そのものはexciteの様な翻訳エンジンの匂いがするのだが、中文のページの同様項目をつらつらとみてみる限り、ベタなスクリプト翻訳でもなさそうに見える。

Googleのキャッシュではあるが、同じ人の名前はこちら でも見られる。同一人物なのかどうかは勿論ワカランが。

台湾黒社会なる日本では余り馴染みがない言葉に関わる内容を、せっせと日本語版Wikipediaに投稿してる日本語が怪しい人がいる、というところで。まあ正直意図はよく分からんし、なんてこたない普通の投稿なのかも知れないが。

普段あまり意識していない、「Wikipediaに投稿する人にも色んなヒトがいる」という事実を目の当たりにしてみると、まあ頭で分かってたとはいえ、やっぱ結構Wikipediaこえーな、と。そう思った。
posted by しんざき at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月13日

何故Webで揉め事が盛り上がるかというと

何よりそれは「分かりやすい」からなのだな。


ある頭のいい人が、何か頭の良さそうなことを言っている。頭が良さそうな文言は往々にして難しいから、ついていけない人は興味をもたない。

その頭のいい人に、誰かが喧嘩をふっかける。当然二つの立場からの議論になる。対立が起きると、議論は途端に分かりやすくなる。分析もしやすくなる。

何故かというに、大体の場合において、相対評価は絶対評価より遥かに容易だからだ。自分で基準を考えるより、基準を元に比較する方がずっと楽なんである。論文のテクニックに「対立軸の明確化」ってものがあるのはその為だ。


参照:数日待ったが全然はてブが付かねぇ。どーなってんだ。

理事長のお言葉より、対立軸が明示されている痛いニュースの方が分かりやすい。いい例というべきなんだろう。


議論が揉め事に発展すると、双方がお互いの弱点を指摘し始めるから、議論は更に分かりやすくなる。この辺になってくると、「どちらが好きか」「どちらに肩入れするか」というレベルでの分かりやすさも味わえる。この分かりやすさを「臨場感」と言い換える人もいるだろう。プロ野球を観戦するのと似た様なもんだ。

臨場感という意味では、「自分が軽く手を出す口を出す」なんてことをすると、更に揉め事は楽しくなる。プロ野球のテレビの中で、自分が打席に立てる様なもんだ。多くの人は野球の素人なんで当然三振するけど、参加すること自体は非常に楽しい。だからブログは炎上する。


なんかまだ分かりにくい気がするな。いつも通り少年漫画でたとえてみることにする。


少年漫画の基礎テクニックにも、「対立を明確にしよう」というものがある。別に善でも悪でもなくてかまわないから、とにかく「○○対××」という構図を作る。泥門対王城とかそういう。

すると物語にメリハリが出る。キャラが動き出す。他にも幾つもメリットがある。少年漫画の編集者さんが、必ず「少年漫画には強い敵が必要」というのはその為だ。

聞きかじりだが、幾つか挙げてみよう。

・対立から生じる対比によって、双方の強さ・弱さを明確に出来る。
・読者に対して、「どちらに肩入れをするか」という面での臨場感を与えることが出来る。
・双方のパワーバランスの変化を描写するだけで起伏に富んだ物語が作れる。
・最終的に、「勝負が終わった」ことによるカタルシスを読者に与えることが出来る。

「悟空が一人で飯食ってるだけのドラゴンボールはただのニート漫画だけど、べジータと戦い始めるとなんだか面白いよ理論」とでも言おうか。

まあ、「フリーザ様が一人で「ほっほっほ」とか笑ってるだけだとただのキモ漫画だけど、悟空と戦いはじめると神漫画だよ理論」でも勿論構わないし、固有名詞がワンピースや幽遊白書に換わっても特に文句はない。

結論としては、揉め事が盛り上がる理由は、少年漫画に対立が導入される理由とほぼイコールであるということになるんじゃないだろうか。


ただ、少年漫画の登場キャラ達は、往々にしてモブに優しくない。揉め事が時に荒野を作り出すのはその為だ。

揉め事に中途半端に口を出した挙句、当事者に過剰反応されてエラい勢いでボロボロになってる人などを時折見ると、「邪魔だ!」の一言で舞台から排除される通行人Aが想起されて涙が止まらない。

天下一武道会を観戦するのは楽しいが、自分の戦闘力は十分把握した上で、口を出すにしても戦闘の余波で消し炭になったりはしない様、重々注意したいものだ。どうせ突っ込むなら徹底的に、というところ。

私自身はラディッツに「ゴミめ!」って言われる程度の戦闘力しかないから、テレビを見ながらぽかんと口を開けている的ポジションでいいや。


しかし一つだけ気になるのだが、Webの揉め事に「終わった後のカタルシス」ってものは大抵の場合皆無ですな。あれはなんでだろ。登場キャラが皆フリーザ様なんかな。


参照:少年漫画と少女漫画の境界線はどこにあるのか・その一。
posted by しんざき at 02:09| Comment(2) | TrackBack(3) | ネットの話やブログ論

2007年06月12日

レトロゲーオタをアレなリメイクで食い物にするコツ。

なんか、レトロゲーオタが非常に「食べやすい」マーケット構成層として認知されている向きが、一部にある様な。

幾つか腹に据えかねることがあったので、敢えて悪意的に、「アレなリメイクをする側」に立って思考実験。妄想とも言う。


・タイトル選びで全てが決まる。開発の難易度に関しては二の次三の次、というかどうせ目一杯工数浮かすので考慮に入れる必要はない。

・レトロゲーオタは「知られざる名作」的な、「自分だけが知っている」という思い入れを抱けるタイトルが大好物である。

・メジャーなタイトルであればメジャーなタイトルである程、粗悪リメイクをした際の風当たりも強い。

・メジャーなタイトルは、ライセンス・版権をとる際のハードルが高い。版権元の立場が弱いことが望ましい。ライセンスは保持しているが、ゲーム業界との結びつきは弱まっている、あるいはどっかの傘下に入っている、くらいの条件が理想(完全にゲーム業界から撤退していたり、あるいは倒産していたりすると別のハードルが出てくるが、それはこの際置く)

・以上三点から、粗悪リメイクをするタイトルは「マイナーメジャーの名作」から選ぶべきである。

・「マイナーメジャー」の基準は、「大規模な一般受けはしてないけど、ゲーム好きならタイトルくらいは聞いたことがある」から「一般人は聞いたこともないけど、マニアにとっては「やっていて当然」的な知名度である」くらいが目安となる

・「待ち続けた俺たち」的な感覚を刺激することが可能となる為、10年程度のブランクが空いていることが望ましい。前作が続編を匂わす終わり方であれば理想的

取り敢えずこんなもんかな。

以上妄想から帰納すると、ターゲットにされやすそうなタイトルにはある程度目星をつけることが出来そうだ。というか、「これがキタら多分目一杯お魚引っかかるよ」的な。

○データイーストの歴代の名作。特にウルフファング、あるいは「ヘラクレスの栄光」辺りはかなりの狙い目な気がする。版権は携帯ソフトメーカーさんなどに分散している様だが、某鉄の匂いがするRPGを考慮すれば、それ程ハードルは高くなさそうだ。チェルノブやカルノフやトリパンがリメイクされたらむしろ拍手する。

○GB・SFCのマイナーメジャーRPG。撤退気味メーカーが多く、露出はそれなり、続きものが作りやすい、入れ込まれているキャラものが多いなど条件は十分。「アレサ」や「エストポリス伝記」シリーズなんか狙い目かも知れない。スクエニの影さえなければ、「ガイア幻想記」「天地創造」辺りも死ぬ程釣れそうな気がする。惜しい。

旧アタリゲー。ひっかかる層はちょっと特殊な気もするが。

メサイアのとあるゲームが上記妄想基準にひっかかったのは記憶に新しい。

条件としては東亜プランとかも当てはまるんだけど、今版権どうなってんだろ。ちなみにアタリは、上のリンクだけでは分かりにくいが、案外ややこしいことになっている様だ。


っつーか、時期的な問題も色々あるんだろうけど、最近いかにも「キミタチこーゆー名作の名前が冠についてたらどうせ買うでしょ?」的な、少なくともそんな勘ぐりが出来るタイトルが継続的に発売され続けていて腹に据えかねる。

レトロゲーマーがアレなリメイクや続編で食べ物にされるのはレトロゲーマーとして悲しいし、また過去の名作にとっても悲しいことだ。いや別に、Broken Thunderについて言ってるわけじゃないんだけどさ。

・・・奇々怪界2はいいゲームになるといいなあ。
posted by しんざき at 20:17| Comment(5) | TrackBack(0) | レトロでもないゲーム

2007年06月11日

今日のしんざき 07/06/11


そういえば目次更新しました。

手動更新という原始的な方法はなかなかめんどーくさい。seesaaのツールでやってくれんもんかな。


・人はシステムが調子よく動いていると、それを意識しない

ってオレがその状態にもってくのにどんだけ苦労したと思ってんだぁこのやろー。

と、一言だけ愚痴。


・URLメモ。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20070608/126868/

いくつか考える点。

文脈としては当然だけど、環境保全の話に触れられていない。中国の経済発展は、結構切実なレベルで環境破壊の問題と絡んでくるんではないかと思うんだが、そこんとこどうなんだろう。

かつて日本は、環境ヒステリーとでも言うべき状態を一度通過した。中国がそれを経験し得る位置にいるかどうかというのも微妙な問題だけど、火種は色々とある様に思う。

「中国で環境ヒスを起こすにはどうすればいいか」を、真面目に考えるべき段階なんじゃないだろか。


ダメマンションを買ってはいけない

メモ。ぼちぼち他人事でもなくなってきたので、いっぺん読んでみたい。



・デッキ思案。

ちらっと三国志大戦の話。

SR呂布、周倉、アカイナン、金環、献帝、劉表
でそれなりに勝てた。結局当面のメインになりそう。献帝を王允に変えてみたり、劉表を張魯に変えてみたりがバリエーションになるか。

それとは別に、二色デッキ模索中。

呂布 + 張魯

と他色との組み合わせで色々と考えている。

・士気4で確実に呂布が復活するので、ダメ計には強い
・天下無双は士気6なので、士気が軽いサブ計略が欲しい
・妨害には対処出来ないので、浄化か、あるいは妨害中呂布以外でゲームが作れることが望ましい

で、呂布が最強なのは守備時 + 連環は自陣近くで食らえばそんなに痛くない、あと張魯は柵もち、と思いついたので、試しに考えてみた「米流星無双」

SR呂布、張魯、UC小喬、UC周泰、UC諸葛恪

なんかここまでくると呂布の存在理由は本当にあるのか、とか思わないでもないけど、まあいいや試してみよ。
posted by しんざき at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月08日

レトロゲーム万里を往く その64 バブルボブル

固定画面アクションゲームの粋が、そこにあった。


練りこまれた敵配置も、考え抜かれた面構成も、点稼ぎの爽快感も、飽きることのない操作性も、マニアックなテクニックも、掘っても掘っても底が見えない奥深さも、100面をクリアした時の達成感も、そこにはおよそ望みうる全てがあった。


「固定画面アクションゲーム」というジャンルが、ゲーム界の主要なシーンとして隆盛した時代が、多分あったと思う。1970年代末から、まあ大体1980年代の序盤から中盤くらいまで、だろう。

古くは「シェリフ」の様なSTGの発展形や、「ヘッドオン」やパックマン、ラリーXなどのドットイートゲームを祖として、ペンゴやドンキーコング、マリオブラザーズやロードランナー、あるいはディグダグやボンジャックなどを輩出する内、そのジャンルはパズル的な方向とアクション的な方向の二つに分かれていった。

その一方の到達点に「ソロモンの鍵」が君臨している。「削る」のではなく「創る」パズルアクション。パズル要素とアクション性の完全な融合。パズルアクションという土俵でソロモンの鍵と勝負し得るタイトルは、そうそう多くはないと思う。

もう一方。アクションとしての楽しさを追求していった固定画面アクションゲームの、一つの究極の形が「バブルボブル」だったのではないかと私は思うのだ。


バブルボブル。1986年、「フェアリーランドストーリー」に続く固定画面アクションゲームとしてタイトーから業務用発売。X68000、FM-TOWNS等の様々なハードに移植されたが、翌87年の10月「ディスクシステム」を舞台に発売された、ファミコン版に触れた人が多いかも知れない。タイトーとしては数少ない、コンシューマー畑でのキラーソフトでもあった。

上記でソロモンの鍵の名前を挙げたが、ソロモンとバブルボブルは丁度同年、1986年にアーケード版が発売されている。1986年という年は、業務用・家庭用共、冗談抜きで大豊作の年だった。中でもこの2タイトルは、丁度同じ時期に出現した、固定画面型アクションゲームの双璧と言っていいだろうと思う。

ゲームの解説は、いつもの通り「OKINIIRI」様の詳説をご参照頂ければと思う。業務用の画面も掲載されている。
OKINIIRI:バブルボブル

Wikipediaの関連項目も挙げておこう。
Wikipedia「バブルボブル」

さて、ゲームの話をしてみよう。

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posted by しんざき at 17:08| Comment(4) | TrackBack(0) | レトロゲーム

2007年06月07日

某業界でどうも実際にあったらしい怖い話

・なんか声優業界でごたごたがあったらしいが

ゴーストライター時代の知人が、結構いいところまでいってた仕事が一つトんだとかってぼやいてましたよ。何の仕事かは勿論知りませんが。


関係ないけど、確か3年くらい前にその人から聞いた、とある業界のひどい話。

○ある著名人のエピソード集兼詩集、みたいな本にまつわるもにょもにょとした仕事をやっていました。

○一通り書き終わって、原稿が初校に回されました。

○不幸なことに、その著名人がとあるスキャンダルに巻き込まれて、その本は塩漬け(この場合出版中止と同じ意味)になってしまいました。

○ところが不思議なことに、四ヶ月ばかり後、その人の元に著者校用の原稿が回ってきました。著名人関連の固有名詞全とっかえという物凄い荒業つきで。

要するに、その著名人が自分で書いたところまで全部ひっくるめて、同じ事務所の他の人が書いたものということにされてしまったらしいのだな。まあ折角高い金出して書かせたんだし、という勿体無さが働くのはまだ分かるんだが、だからって人名置換までするか普通、とは正直思いました。見上げた根性だ。いやまあ、置換で済む内容だったという事情もあるが。

実際に出版されたかどうか私は勿論知りませんが、色々な紆余曲折を経て校了はしたらしいですよ。怖い話もあるもんですね。(一応断っておくと、流石に稀な話、なんだと思う、多分)


ところで、実は私いまいちわかってないんですけど、冒頭に出てきた声優業界の件ってそんな大事なんですか?社長のスキャンダルで何で知人の仕事まで雲散霧消するのか、正直よく分からんのですが。


(07/06/08 追記)-------------------------------------------
こっそりと追記。

別に予言をするつもりは全くないのだが、9ヶ月後くらいに、固有名詞周りがなんとなくぼやっとした感じの声優本が発売されたりしたら多分ちょっと楽しむ。
posted by しんざき at 00:03| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑文

2007年06月06日

ゲームブック半里を往く その1 火吹き山のてっぺんで

ゲームブックって、一言で言うと色んな業界のニッチを狙う人々が寄ってたかって作った変異体だったんではあるまいかと思う。

ファミコンだけではカバー出来なかった、「ストーリー性」というニッチ。
小説だけではカバー出来なかった、「ゲーム性」というニッチ。
テーブルトークをやりたいけれど仲間が見つからない、あるいは仲間を見つけられる環境にいない客層を狙ったニッチ。

ローグやWizargryを遊びたいのにPCが買えない人、サラトマやデゼニを遊びたいのに88を持っていない人、そーいった様々な「満ち足りないヒトビト」が集まって、この不思議な文化を発展させていったんではないかと、私はそんな風に思うのだ。

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posted by しんざき at 10:47| Comment(2) | TrackBack(0) | ゲームブック

2007年06月05日

今日のしんざき 07/06/05

街中でリクルートスーツ姿を見かけて、そういえば就活追い込みの時期だっけかなーと思い当たった。

就活は、まあ就職先の確定というのもさることながら、「社会に出る前に社会で通用する対人態度を身につけるラストチャンス」みたいな意味も大きいんじゃないかと思う。

振り返ってみると、大学ってのはホントーに浮世離れしてるというか、色んな意味でずれている場所だった。卒業してみないと分からないことではあった。

世間とのずれにどこまで対応出来るか。就活は要は対応力。

真っ只中な方は頑張ってください。


・マリー、エリー&アニスのアトリエを入手してみた。

おもしれい。

まだ一年目の12月なので、始めたばっかというか、旧作の感覚でやったら思ったほどシビアでないので、肩の力を抜いて楽しんでいるところなのだが。まだ一年目前半だっつーのにいきなりカスターニェやカリエルとかの遠出っぽい目的地が出現し始めたので、どうしたもんかと思っているところ。

まあ一周目は情報一切遮断してれっつごー、という感じなので、まずはエリーとマリーを別々のところに派遣してみるかのう。まだ全然本書いてないけど。

ただ、うちのエリーは前作そーとーやり込んだ割に、レシピ内容を忘れ過ぎでないか。いいけどさ。ゲヌーク壷を作らせれ。

ところで標題のアニスとやらは一体いつ出てくるんだろう。何かのイベント待ちなのかな。


・一方その頃、三国志大戦。

徳13。

引き続きSR呂布を使おうと四苦八苦している訳で。

1の頃から結構長いこと呂布ワラを使っているが、SR呂布と教主が同時下方修正攻撃を食らうとは思わなかった。天下無双の回復量は約2割、太平妖術の回復量も同じくらい。しかも復活軍団も相当の弱体化を食らっている。テラ逆風。

サブデッキにしていた鼓舞米無双もかなりの弱体化を食らっている訳で、これはどうも根本的なデッキ見直しを強いられそうだ。といっても、今更号令系のデッキが使える体でもない。

テーマは一つ、他呂布を使う。となると、久々に米呂布二色デッキのバリエーションを考えてみるべきかなあ。

目下、ダメ計対策は張魯でいいとして、妨害対策にR小喬辺りどうかなーとか。

そうだな、こんなデッキはどうだ。
SR他呂布、張魯、R小喬、沈瑩、UC全ソウ

・・・うわ、超絶微妙。っつーかどう考えてもSR孫策でいいんじゃね、とかそーゆーことは気にしない方向で。

取り敢えず思案中です。
posted by しんざき at 16:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2007年06月04日

ふと思いついて、「毎日更新」でぐぐってみた。


http://www.google.co.jp/search?q=%E6%AF%8E%E6%97%A5%E6%9B%B4%E6%96%B0&ie=UTF-8
約 5,960,000 件中 1 - 10 件目

わーすげー。

何が凄いかというと、毎日更新をわざわざ標榜している人の数。Webにあふれる「毎日更新」の標語。自然な習慣でもニュースサイトでもなく、看板に「毎日更新」とでかでか書き付ける理由がよく分からない。一体なんだ、その主張は。

結果的に揶揄になっちゃいそうだけど、そもそも何故「毎日」なのか。更新っていうのは、つまり自分の頭の中身を落書き帳に吐き出すことだろう。何故それが、24時間などという人工的なピリオドに支配されるのか。吐瀉物は吐きたい時に吐くもんであって、24時間に一回定期的に搾り出すもんでもないだろうに。


「日記をつける」ことが「良い習慣」だとされていた文化っていうのが、かつて日本のどこかにあった様に思う。今日から日記をつける、と子供が決意すると、あら感心ねと褒める、みたいな。

「日記をつける」ということに対する良いイメージがどこから来るものなのか、そのルーツに関しては正直よく分からない。夏休みの宿題に「絵日記」がつきものだったことは想起されるが、こちらはつきつめてみると面白そうだ。

そして、その文化の延長線上に、「日記を毎日続けることは良いこと、偉いこと」という意識が残留しているんではあるまいか。言ってみれば夏休みの絵日記心理だ。

それが「日記を書くなら毎日書かないといけない」という妙な義務感に転化して、更にはアクセス数などの面倒な問題も絡みついて、今我々の眼前にある様に私は感じる。


まあ、宿題やる前の小学生でもあるまいに、わざわざ声を大にして「毎日更新するぞー!」と叫ばんでもいいんではないかな、とか。っても余計なお世話だろな、とか。
posted by しんざき at 19:42| Comment(5) | TrackBack(0) | 雑文