2007年10月29日

Webの「キー局」としてのGoogleと、TBSの共通点。

自分の中でちょっとしっくり来たので、なんとなく書き残しておく。既出かどうかは気にしないことにする。


あらゆるメディアには、情報ツールとしての側面と、評価・認証機関としての側面という二面性がある。

ニュース番組がニュースを流す。ニュースという情報を電波に乗せる、「こんな事件があったよ」という情報をお茶の間に放映する、この場合ニュース番組は情報ツールとして機能している。

ニュース番組がそのニュースの内容について、あるいはニュースで報じている事物について、なんらかの評価を付け加えるとする。例えば、「この事件良くないですよね」と付け加える。この場合、ニュース番組は評価機関として機能している。ニュースを流すこと自体が、あるニュースの正しさを認証するということでもあり、この場合もニュース番組は評価機関に近い役割をもっているといえるだろう。


情報は、素の状態ではそっけない。素の状態で情報を流しているだけだと視聴者に受けない→影響力が減ずるから、評価という付加価値をつけて情報の価値を上げる。それが「評価機関」としてのメディアの働きであり、利益を追求する企業としての姿勢でもある筈だ。

多分、ここまでは前提と考えていいだろう。


最近TBSが色々と叩かれていた。この前の初音ミク絡みの騒動だとか、亀田家絡みの話を見るに、乱暴に総括すると「情報ツールとしてメディアを捉えている」文脈と、「評価・認証機関として機能しようとした」TBSの軋轢があった、様に私は感じたのだ。


この前の初音ミク絡みの番組は分かりやすかった。「初音ミクというソフトがありますよ、こんな機能がありますよ、というのは素の情報だ。そこに、「でも、使っている人がこんなんですよ、オタクキモいですよね」という評価を乗せる。これは評価機関としてのメディアの機能である。で、後者の方にWebの一部のヒトビトがエラい文句をつけた、というのがこの前の騒ぎの要約だったと思う。

まあ、この騒ぎについては「評価の内容」が刺激的だったもんで際立っていると思うんだけど。Webのメディア批判の殆どは、「評価機関としてのメディア」を叩いている、という共通点をもっている様に思う。

評価が捏造までいくのはまあ論外だが、とにかく評価が行き過ぎると叩かれる。Web界隈では、評価には極めて厳密な公平性を求められる(本来「公平な評価」「客観的な評価」なんてものはこの世に存在しないと思うが)。というか極端な話「情報ツールに過ぎないメディアが、評価なんて生意気なことをするな」という方向性になっている文脈が結構ある様な気がするのだな。


敢えて極論すると、Webの多くの言論は、メディアに「情報ツールに徹する」ことを要求している、様に私には見える。


以前、毎日新聞の新特集関連で香ばしい事態が発生している件について。で、ちらっとこんなことを書いた。
商業メディアのパワーソースは影響力であるから、影響力を確保する為に自社の報道には偏向をかける。繰り返すが、これは商業メディアにとって「当然のこと」なのだ。

一方、Webの言論は「情報ソースに偏向をかけること」を許容しない。

偏向と言うと聞こえが悪いが、これ、「偏向→評価」に置き換えると今回の構図に大体当てはまるのかなーと思った。


一方、ちょっと興味深く思ったのがGoogleに絡んだ騒ぎだ。

当然のことだが、GoogleやYahoo!の様な検索エンジンも、情報ツールとしての側面と、認証・評価機関の側面としての二面性をもっている。

検索エンジンは、基本的には「検索語と関係するページを表示する」という情報ツールであるが、同時に「このページは検索語と関係していますよ」ということを保証する認証機関でもある。そして、SEO対策だのGoogle八分だのを見ていれば分かる通り、「表示順位」という絶対的な評価方法を有してもいる。


Googleの評価機関としての側面が、実はTBS他大手メディアと本質的に変わらないということを、あんまり意識していない人が多い気がする。Googleは、それが有効だと思えばいつでも「えげつない」やり方で評価機関としての側面を前面に出すことが出来るのだ。そして、WebにおけるGoogleの影響力は、言うまでもなく巨大である。

この前の初音ミクに絡んだGoogle騒ぎは、結局勇み足だったんじゃねえかなと見えなくもないが(ちゃんと追いかけていないので、結局真相がどうだったのかは良く知らないが)、ともあれ随分センセーショナルな騒ぎになった。それは何でかというと、メディアとしてのGoogle、「情報ツール」ではなく「評価機関」としてのGoogleが、今まで余りそれを意識していなかったユーザー達につきつけられたから、という側面もあるんじゃなかろうか。


Googleはまず第一に情報媒体であり、情報ツールであると同時に評価機関でもあり、そして何よりも企業である。Webを代表するツールだったGoogleが、企業として「Webの理屈」から乖離し始めた時、TBSを批判している様な人達はどんな反応を示すのだろうか。
posted by しんざき at 18:30| Comment(4) | TrackBack(0) | ネットの話やブログ論

2007年10月24日

レトロゲーム万里を往く その71 俺達がレトロゲームから間違って教わったこと


ROMカートリッジには、人生を誤解させる内容がたくさん含まれている。

そう、俺達は忘れていたんだ。人生は8ビットだけで構成されている訳じゃない、ウソテクも含まれているんだってことを。


・ファミコンジャンプが俺達に間違って教えたこと

よく訓練されたゴールキーパーはサイヤ人や北斗神拳伝承者を瞬殺出来る。


・三國志が俺達に間違って教えたこと

郭図は顔良より強い。

世の中の大抵のトラブルは火計で解決する。

訓練は他にすることがない場合にやること。


・ロックマン3が俺達に間違って教えたこと

スライディングをすると歩くより速い。

崖に落ちても、2コンの左キーを押しっぱなしにすれば何とかなる。


・ゼビウスが俺達に間違って教えたこと

どんなに堅いものでも、256発殴れば壊せるよ!壊せるよ!


・魔界村が俺達に間違って教えたこと

墓場はデートスポット。

パンツ一丁で敵に攻撃されると人は白骨化する。


・ドラゴンバスターが俺達に間違って教えたこと

人間はどれだけ高い所から落ちても割と平気である。


・スーパーマリオブラザーズが俺達に間違って教えたこと

人間はどれだけ高い所から落ちても割と平気である。


・けっきょく南極大冒険が俺達に間違って教えたこと

よく訓練されたペンギンは、素で走っても音速を越える。


・ぺんぎんくんWARSが俺達に間違って教えたこと

ビーバー >>>>>>>>>>(越えられない壁) >>>>>>>>>>> パンダ


・忍者龍剣伝やシャドーダンサーが俺達に間違って教えたこと

忍者たるもの、単身敵に突っ込んで、二百や三百全滅させてなんぼ。


・ファミリーベーシックが俺達に間違って教えたこと

インタプリタ用のスタック領域は、ゲームを作る場合にはためらわずにがんがん使うべき領域。

出来る限りコードは省略するべきもの。コードの再読性などというヌルいものは不要。


・キャプテン翼2が俺達に間違って教えたこと

語尾に「たい」をつければ大体の日本語は九州弁になる。

よく訓練されたストライカーは、シュートを打った時ゴールキーパーを含めた4人を吹っ飛ばして、ゴールのネットを突き破ることが出来る。

ドライブシュートが許されるのはグレミオ戦までよねー。キモーイ。

って、「ドライブシュートは俺には効かないぜ」ってサッカーの台詞としては何か間違っている様な気がする。テニスの王子様って実はゲーム版のキャプテン翼を参考に書かれてないか?


・るろうに剣心が俺達に間違って教えたこと

二重の極み。


最後のはレトロゲームと関係ない気もするな。

前回の続き

すいません、次回から普通の万里に戻ります。
posted by しんざき at 12:57| Comment(5) | TrackBack(0) | レトロゲーム

2007年10月23日

今日のしんざき 07/10/23


そういう訳で、立て続けに割としょーもない記事を書いてますが、先週の木・金は代休とって、茨城は大洗で温泉に入ってきました。

うちの息子さんと私の祖母が初顔合わせ。まあ、ひ孫の顔が見せられて良かった良かった。孝行出来るのはありがたいことだ。

それはそうと。子育てのスキルというのは、経験則が役立つ場面が非常に多いのに比して、継承・教授の場面が少なすぎるんじゃないかとか思う。情報自体は色んな場所にあふれてるんだけど、これ何かいい方法ないのかなあ。



・今更ながら、中日がCS勝ち抜けした件について。

古城さんをいじめるのは可哀想です(><)

いや、ネタはいいとして。5連勝はお見事でした。おめでとうございます。アドバンテージがどうとか書いてる新聞もあったけど、一回も負けてないんじゃまあ関係ないよね。

これで来期CS廃止になったら笑えるな。

日シリはハム有利だと思うけど、どうなるかなあ。去年のリベンジがなるのかどうか、温く観戦する予定。


・今更ながら、ハンターハンターが面白い件について。

ごく単純に「ゼノキタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!」と思いました。爺二人が登場しただけであの盛り上げ。すげえ。

っていうか本当に十週で片付くのかコレ。


・「引退宣言」の心理。

なんか独立エントリーで書くつもりなんだけど。ネットゲームでは前々からあったが、何かに飽きた際、「飽きた」ということを声高に宣言する心理って、実は結構複雑なんじゃないか、とか思ったりした。ネトゲだと「未練乙」とか「どうせ来週には戻ってくる廃人乙」とか脊髄反射されるみたいだけど。

今度また一般化してみようかな、と。
posted by しんざき at 11:18| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月22日

今日、凄いことに気がついて一つ大人になった


世間の絶対多数、多分日本人口の99.998%くらいにとってはもうもの凄くしょうもないことだと思うが、私の中では割と一大事だったので書いておく。


私は、高い所が好きである。

高い所によじ登ることが好きである。

常々、私には「電柱によじ登りたくなる」という悪癖があった。電柱の横についている工事用の手がかり、容易に上れない様に下の二本は外されているあれだ。あれが丁度、私がちょいと手を伸ばしてよじ登るのにぴったりの高さについているのだ。見るたびに誘惑に駆られていた。


今日気付いた。あの高さは信頼なのだ、と。

この高さに手が届く様なヤツは、まあ大人なのだから、無分別に電柱に上ったりはしないだろう、と。上らないだけの自制が効くだろう、と。そんなアホなことはしないだろう、と。あの高さは、身長を担保にした信頼だったのだ。


私は電柱に信頼されていたのだ。電柱の手がかり、下2本を外している人に信頼されていたのだ。


これに気付いた時、私の中の子供が一人、ひとつ頷いてどこかに去って行った。子供が死ぬのは納得した時である。子供が納得を得た、その灰の中から大人が生まれる。


私はもう、「電柱によじ登りたい」という誘惑に揺れることはあるまい。私は信頼されているのだから。電柱の手がかりを目に止めて、じっと上を見つめながら歩くことは、もう無い。



明日からは、よそのご家庭の壁に登りたいという誘惑に駆られながら通勤することにしよう。
posted by しんざき at 23:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月20日

レトロゲーム万里を往く その70 レトロゲームが俺達に教えてくれたこと。

人生において大事なことは、みんなROMカートリッジが教えてくれた。

そう、俺達の人生は、実は8ビットで出来ているんだ。


・迷宮組曲が俺達に教えてくれたこと。(人生の基本編)

結局のところ、世の中金である。

手っ取り早く大金を得るには裏技を使うしかない(コンティニュー連打楽器箱)。

音楽は人生に潤いを与えてくれる。

潤いは所詮、金である(音符をお金に換算)。

井戸の中に落ちると超危ない。

雷に当たると超危ないけど、まあ二、三回なら案外なんとかなる。

人気があるヤツの真似をすると話題になる。(タイトル画面で高橋名人的連射)


・ウィザードリィが俺達に教えてくれたこと。(人生の厳しさ編)

首をはねられると大抵のヤツは死ぬ。

人は基本的に一人では生きていけない。(あっという間に死ぬから)

でも、ある程度以上強いヤツなら一人でも十分生きていけたりする。

人間の善悪なんて、選択一つでころころと変わる程度のものである。

人間、どんなヤツでも死ぬ時は死ぬ。ロストする時はロストする。

げんこつを食らうと即死する。

見た目が可愛いと思って油断していると首をはねられるから超危ない。(ボーパルバニー)


・ロックマン2が俺達に教えてくれたこと。(人生の交渉術編)

目的を達成するには根回しが重要である。(ボスを倒す順番)

交渉事をクリアするには、相手の弱点を的確につくべき。

役に立たないと思っていた人が、最後の最後で凄い働きをすることがある。(バブルリード)

ラスボスだと思っていた人を乗り越えても、必ずその後にもう一人真のラスボスがいる。


・シティコネクションが俺達に教えてくれたこと。

車の運転超危ない。

猫をいじめると呪われる。

パトカーを怒らせない方が人生平和である。


・ドラゴンズレアが俺達に教えてくれたこと。

時にはあきらめることも必要である。


・コンボイの謎が俺達に教えてくれたこと。

時にはあきらめることも必要である。


・ツインビーとファンタジーゾーンとグラディウスが俺達に教えてくれたこと。

スピードの出し過ぎは死ぬから超危ない。


・アイスクライマーが俺達に教えてくれたこと。

ヤラレル前ニヤレ。


・スペランカーが俺達に教えてくれたこと。

薬物ダメ。ゼッタイ。(死ぬから)

エレベーターから飛び降りるのは超危ない。

爆弾が爆発する時に同じ画面にいると結構死ぬ。

人間、つまづいて転んだだけで死ぬ時もある。

洞窟に安易な気持ちで入ってはいけない。(死ぬから)

職業選択をミスると色々と苦労する。


・俺達が高橋名人に騙されていたかも知れないこと。(16連打編)

高橋名人の16連打すげえ!というプロパガンダ。

毛利名人の14連打も、速度では高橋名人には劣るけど正確性ですげえ!というプロパガンダ(良く考えると連打の正確性ってなんだろう)

いつの頃からか、「人間の限界は16連打」的な無意識的限界値を植えつけられてしまっていた俺達

実はちょっと頑張れば18連打くらい簡単にいけるんじゃないか?←今ここ

連射測定機で死ぬ気で連射してみる

結果が9連打で絶望する。



最後のは何か違う気もするな。

次回は「レトロゲームが俺達に教えてくれなかったこと」の予定。(かどうかは知らない)

(追記 07/10/24)------------------------------------------
続き。
posted by しんざき at 14:46| Comment(9) | TrackBack(1) | レトロゲーム

2007年10月18日

ブログ=ボトルメール、という距離感。


私は多分、ブログをボトルメールとして書いていると思う。反応も、ボトルメールに対する反応、として捉えている気がする。


勿論、全てのカテゴリーを、という訳ではないし、中には「読んで欲しい誰か」を具体的に意識して書く時もあるけれど。多分、全記事中の半分くらいは、私のブログはボトルメールだ。

紙に自分の書きたいことだけを書き込んで、瓶に詰める。そして、Webの海に向かって放り込む。誰かに読んでもらうつもりで書いてはいるが、誰に届くかは分かりゃーしない。届かないで海底に沈むかも知れないし、でかい魚に食われるかも知れない(バルーンファイト風)。

で。流した瓶に反応がある時もあれば、ない時もある。ただ、実際のボトルメールと同じく、反応には幾つかの種類があると思う。


・水に投げこんだ時の波紋:PVやアクセス数

・別の瓶に入って返事が返ってくる:言及リンクや反論TB

・浸ってたら、横で見ていた人から話しかけられた:ブログコメント

・何だかすげえ大きな瓶が返ってきた、と思って見てたら中から人がたくさん出てきた:ニュースサイトに取り上げてもらう

・海の家に戻ってみたら、机上のノートにどういう訳か色々と感想が書いてあった:SBM(はてブとか)のコメント

・津波(瓶を流してみたら、何故か津波が襲来してきた):リアル知人から電話で感想を言われる

・元寇(瓶を流してみたら、何故か艦隊が襲来してきた):会社バレ



大体上記の様なイメージ。


だから、距離感としてはコメントは近い。かなり近い。近過ぎて、カテゴリーによってはたじろいでしまうことがある、というのも事実である。勿論、話しかけてもらうことは基本的に好きだし、日記なんかはまた別だが。

そして、「別の瓶が返ってくる」という距離感が、私は大好きだ。だから、よそのブログやニュースサイト様に言及してもらえるのは特段嬉しい。ただ、元々の距離感が「瓶に詰めた手紙のやり取り」である為、なんとなくお返事が思いつかない、という場合も割とある。すいません。

たまに爆弾が入った瓶が返ってくるのは不徳のいたす所とゆーか。まあ、それはそれで嬉しいです。

で、上の例だとブクマコメントがあたかも怪奇現象であるかの様に書いてある気もする。まあ怪奇現象というのはそれはそれでいいとして、私はブクマコメントの距離感は嫌いではない。海の家に戻ってノートをめくるかどうかは、瓶を投げた人の自由意志なのだ。見たくない時は、見ない。単純にそれが好きなのかも知れない。

会社バレは幸いしてないです。津波は何度か来ました。今後どうなるかは知ったこっちゃありません。


と、大体以上の様なことを。まなめさんの紹介されているブロガーなら不特定多数に向けて情報発信する方がよいを読んで、私の場合はどんなつもりで書いてるのかなーとか考えることをトリガーにして、行き当たった訳である。私は現時点で十分わがままなので、これ以上わがままになるのもあれかなーとは思うけど。


とはいえ。距離感に関わらず、自分が書いたものを少なくとも誰かは読んでくれている、というのは、本当にありがたいことである。皆さんありがとうございます。

これからもたくさん瓶を投下するつもりなので、気が向いたら拾ってやってください。
posted by しんざき at 00:06| Comment(2) | TrackBack(0) | ネットの話やブログ論

2007年10月17日

「インターネット先進ユーザーの会」について、気になったこと。

脊髄反射的に幾つか。動きそのものに文句を言うつもりは全くないが、幾つか疑問に思う部分はある。大事なことだと思うからこそ、紹介ついでに敢えて重箱の隅をつついておきたい。

【おしらせ】津田さん・小寺さん・白田先生たちと明日記者会見を開きますCommentsAdd Star
設立趣旨
ネットワークの自由には価値があります。
でもネットワークの自由は古い制度に縛られています。
なのに、ネットワークの自由を主張し擁護する組織的主体はありません。
だから作ることにしました。

という部分には、まあ、そういうことを考えて実行する人がいるのはいいことなのかな、と思うのだけど。
当面の活動として、新たに作成されようとしている下記の制度について、インターネットやデジタル技術を活発に使っている人々(以下、アクティブユーザー)の意見を代弁いたします。

1. 違法サイトからのコンテンツダウンロード違法化への反対意見表明
2. コピーワンス及びダビング10技術の採用に対する反対意見表明
3. 著作権の保護期間延長に対する反対意見表明
4. 上記1〜3に関するインターネットユーザーの意見表明の支援

疑問がある。

まず、上の1〜4に関しては、賛成する人もいれば反対する人もいるだろう。Webの「意見」というものは、そもそも一つのコンセンサスが取れる様なものでは無い筈だ(ちなみに私自身は、1、3については反対、2については考察不足の為保留)

だというのに、1から3までの内容が全て「反対意見」という一括りにされていること。「賛成」と考える人はアクティブユーザーにあらず、ということなのだろうか。反対意見しか代弁するつもりがない、というのはそれはそれでアリだと思うけれど、
ネットワーク利用者が、政府や産業界や官僚に訴えたいと考えていることを、代弁しようと思う。

その上での上記設立趣旨だとすれば、ちょっと首を傾げる。なんというか、「ネットワーク利用者」を一括しようとする、そのこと自体に対する違和感。
当面は著作権に関する活動がメインとなりますが、インターネットでの経済活動や表現活動・コミュニケーションに関する問題等についても、インターネットユーザーの利害が損なわれる形で制度が変革されるということであれば、関わっていくことを予定しています。

「インターネットユーザーの利害」というのは、そう簡単に、どういう制度になれば確実に損なわれますよ、という様なレベルで概括出来るもんなんだろうか。そもそもインターネットを使っている人の利害を集約することなんて可能なんだろうか。


こういう動きの始めの一歩が踏み出される、ということ自体はいいことだと思う。ただ、だからこそ、もやもやした部分は残して欲しくない。
posted by しんざき at 13:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月16日

今日のしんざきと気になった話題とか 07/10/15


お子様一言日記:お食い初めなる儀式を実行。外行きの服を着させて、鯛のお頭つきだの赤飯だのを食べさせる真似をする。(鯛や赤飯は後ほどスタッフが美味しく頂きました)

この行事、不覚にも知らなかった。日本の伝統行事ってのは色々奥が深いなあ。


・TBSとかのお話。

あー。

まあ、なんとゆーか。WebからTBSに怒っても全くの無駄だと思う、とか。

そもそも、テレビ局は視聴者から金をもらっていない。民放が負っている義務はスポンサーに対する義務であり、民放が負っている義理はスポンサーに対する義理である。

ならば、スポンサーが対象にしている客層に対してイメージダウンになりさえしなければ、「話題になる」「視線を集める」というのはその時点で民放の勝利条件なのだ。Webでいくら騒がれても痛くも痒くもあんめー、というか逆にアピールポイントになったりするんじゃないだろか。ほーらこんなにPVが、みたいな。


最近つくづく思うのは、アニメやゲーム業界は、もっとマスメディアに、正確に言うと広告代理店に金をばらまいておけたら良かったんじゃないかなあ、ってこと。まあ誰にどう渡すのかが問題ではあるけれど、財布を握っているといないとでは天地の差がある。今の報道と180度違う方向性の報道がされていた可能性だってあった筈だ。

けれど、アニメ業界には多分それをやるお金も立場も収益構造もなく、アニメ業界にもゲーム業界にも金をばらまくプレイヤーがいなかった。ゲーム業界にもでかい会社はあったが、ゲームを作る部門を別組織として切り出してしまったのも痛かった。惜しい、のか、まあある意味これで良かった様な気もするけど。


・火浦功の話とか持ち出して気付いたんですが、

ゆうきまさみってもう50歳なんですね。

いや、なんというか、割とショックだ。多分自分が30になるよりショックだ。究極超人あ〜るとかめくったり、「はてしない物語」とか読んでると、自分とあんまり変わらない年齢の人であるかの様な錯覚がありますよ。(まあ、これ書いてる頃はそうだったんだから当然だが)

子供の頃割と身近に感じていた漫画家さんの今の年齢って、調べるとショックなことが多い予感がするなあ。ゆうき先生には、いつまでも若々しいオタクでいて欲しいもんです。

とかいいつつ、永野護がまだ40代なことになんとなくほっとする自分がいたりする。先生、FSSの13巻はいつ出るんでしょうか。


・奥様が焼きリンゴを作ってたりした

「焼きリンゴ」というものに、妙な懐かしさを感じた。なんだっけ、昔児童小説で読んだ匂いだ、とか思ってたけど、多分ケストナーだ。ケストナーだよな。あんま自信ないから今度図書館にでもいってみるべー。

児童小説の中には、ある種の食べ物に対して強烈な印象を埋め込んである作品がたくさんある。たとえばケストナーはバタパンと焼きリンゴ(多分)だし、長靴下のピッピはジンジャークッキーだし、ぐりとぐらは当然たまご焼きだし、エンデは何だろうな。まあ多分何かあるだろう。

そのうちまた別エントリーで書いてみようかな。
posted by しんざき at 13:57| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月15日

「個人的な問題でも一般化したい病」について

症候群、といってもいい気がする。


恋愛論とか最たるものなんだけど。世の中には、「どう考えても特殊な状況における個人的な問題なんだけど、それを一般的な問題にしたい、凄くしたい」という病気にかかっている人がたくさんいる。そりゃもう数限りなくいる。

新聞やテレビといったマスメディアが、例えば特殊な事件をネタにしてWebやオタク、アニメやゲームといったものを一般的に叩くことに憤る人は多い。が、翻ってみると、「特殊なネタ→一般化」を駆使する病というのは、マスメディアに限らずあたり一面に蔓延しているのである。もうこれは風土病などというレベルの騒ぎではない。数十年も前から発生している、思考的疾患のアウトブレイクである。

かく言う私も「一般化病」を長年患っている患者の一人である。筋金入りの患者といってもいい。病気自慢を貫徹する為にも、ひとつこの病気について一般化を行ってみよう。一般化病患者の辞書に「自己撞着」とか「自分を客観視」などという軟弱な単語は載っていないのだ。


まず、要件箇条書き。


・この病気は、「何かを論じる」というツールをもっている人が広く罹患し得る病気である。

・自分の狭い範囲での体験、一部の特殊なケース、2ちゃんのログ、場合によっては勝手な妄想をネタに、「日本における」とか「ネット社会では」とか「一般的な合コンにおいて」といった、凄く広い範囲に当てはめるのが一般的な症状である。

・根底には、「特殊論よりも一般論の方が説得力がある・あるいは面白い、読者に受ける」という反応欲求がある様な気がする。

・特徴は、「一般化具合が無理過ぎ」という一言で表せる。



定義はこんなもんか。

典型的な文脈には、以下の様なものがある。

・電車で偶然マナーの悪い若者を見つけた → 現在の日本のマナー低下に衝撃を受ける
・人間関係がひどいことになっている夫婦がいた → 今の時代、結婚なんかするもんじゃない
・アニメ好きの犯罪者発見 → これだから二次元は
・火浦功が十年何も書いてない → SF作家の余りの怠惰さには深刻な憤りを覚える

最後のはなんか違う気もするな。まあいいや。

ともかく、ゆとり世代からmixi犯罪予告、はてな村やら団塊の世代に至るまで、「一般化の対象」は数限りなく存在する。

勿論、「その一般論は実際のところ正しいのか、間違っているのか」はこの議論に直接関係がない。正しい場合も間違っている場合もあるだろう。この病気の特徴は、統計あるいは根拠の欠如、それに伴う論理の飛躍である。

本来、「具体例→一般化」というのは非常に重要な思考法であり、基本的極まる論法でもあるのだ。正しく使うのであれば、これ以上にない程有用な文章術の筈なのである。

問題は、一般化した場合の結論が綺麗にまとまり過ぎて、ついつい無理な題材でも一般化したくなってしまうということに尽きる。一般化の誘惑という名前をつけてもいい。「これこれこーゆー特殊なケースがあったよー」というだけのテキストよりも、「故に、この様な結論が出せる」というテキストが後ろにくっついていた方が、文章が格好良くまとまるのである。

様々なブログを見渡すと、上の様な文言は数限りなく発見出来る。「自分の体験」という特殊なケースをWebに発信する際、一般的な結論をくっつけたいという欲求は、どんな場合でも強いものである様だ。(繰り返すが、一般化したい病患者の辞書に自己客観視という単語は存在しない)

安易な一般化とは、つまり説得力のドーピングなのだ。このドーピングに親しみ過ぎてしまった時、人は「個人的な問題でも一般化したい病」の患者となる。


Google先生にお伺いを立てた所、実に分かりやすい形でこの症状が現れているエントリーを見つけたので、一つ参照しておこう。

合コン二元論と恋愛観。

色恋沙汰なんぞ人それぞれと言っておきながら、同じ筆でこの一般化っぷり。これはひどい。


まあ、アレです。根拠がない時は根拠がないことを自覚して書いた方がいいよね、とか。無理過ぎる一般化は流石によーく考えてから書いた方がいいよね、とか。無理に一般化しなくても、特殊なケースだけでも十分楽しいですよ、とか。大体そんな。


(追記 07/10/15 13:42)---------------------------------------

余談だが、私は「世の中のライフハックの大半は、一般化病の症例の一つ」という偏見に取り付かれている。今のところ偏見が解ける気配がない。


(追記と訂正 07/10/15 18:48)-------------------------------
文中、「火浦功が十年何も書いてない」という記述がありますが、Webで調査を行ったところ、「火浦功が多分五年くらい何も書いてない」の誤りであることが分かりました。

全国の火浦功の皆さん、及びSF作家の皆さんに 深くお詫び申し上げます。

ところで「大怒涛」って文庫化されてないんですか?
posted by しんざき at 13:02| Comment(8) | TrackBack(0) | ネットの話やブログ論

2007年10月14日

今日のしんざきと三国志大戦についてとか 07/10/14


なんだか三国志大戦3の情報が出始めてるみたいですな。昨日久々に2ちゃん見にいってみたら、大戦の本スレが阿鼻叫喚で笑った。

三国志大戦3情報
大戦3カードは全180枚。すべて新枠、新イラストで登場。
大戦2のカード使用可能(ただし一部は使用不可)、大戦1はすべて使用不可に。
涼・袁・他軍はひとつにまとめられ、新たに「群雄」という勢力になる。
大戦3では「魏」「蜀」「呉」「群雄」の計4勢力に再編成。色は黄色から紺色っぽいのに変更?

米無双終了のお知らせ。まあ、呂布が残ってれば私はやってけるけどさ。

ちなみに、私の最近の大戦はというと、試しに使ってみた人馬勅命デッキが強すぎて呂布ワラ厨の私涙目。

Rホウ徳 UCエンコウ R献帝 金環三結 C周倉 (C張梁 or R司馬徽)

人馬一体とか、何ですかこの厨計略。勅命重ねると迎撃されない高知力天下無双ですよ。

呂布ワラ→人馬勅命って、
・パーツがあまり変わらないので戦い方が分かりやすい
・主戦力のRホウ徳が活持ち高知力
・主要計略が全て士気4以下なので、最大士気9がネックにならない
・アカイナン→1.5馬が純粋にパワーアップしていて、Rホウ徳が落ちても何とかしてくれる
・ダメ計・妨害に強い

などなど、パワーアップ部分がてんこもり。頼むから天下無双の兵力回復度を元に戻してくれい。
posted by しんざき at 09:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 三国志大戦

2007年10月11日

Webの波間に消えた、一人の天才の物語


彼は天才だった。


彼が紛れもない天才だったことは、昔から彼を見続けていた私が保証する。世に言う天才が備えているもの、全てを彼は欲しいままにしていた。凡人には想像もつかない着想と閃き、並外れた集中力と人間離れした思考力、魔的な影響力。

同時に、世間からの無理解、紙一重の狂気、一般的な生活を送る適性の欠如、そういったものも彼の属性の内だった。それ程広くない彼の人間関係の内、彼を狂人扱いしていない人は一握りもいなかった。

無理もない。彼が長くもない人生を費やして作り出そうとしていた、それはタイムマシンだというのだから。

続きを読む
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2007年10月08日

今日のしんざき 07/10/08

今日は適宜気になった内容を追記予定。

お子様が大分反応豊富になってきた。

首がだいぶしっかりとしてきて、四つんばいにさせてみると周囲を見回しながらじたばたと動く。這い這いを始めたら大変だろうなあ。特に私の机周辺の山盛りケーブルとか。対策を考えないといかん。

寝起きに機嫌がいいのは相変わらず。

一方その頃、私は某山手線の駅まで自転車通勤。コースの最適化中です。


この会社辞めようと思ったソースコード#18

まなめさんのところで目撃。

そういえば、昔某SI会社に所属してた頃、くらっとする様なコメントたくさん見たなあ。

取り敢えず、既にリリース済みのソースに、todoらしい内容が山ほど記述されていた時はちょっとバックダッシュで帰宅したくなりました。

なんだっけ、確かこんなの。

/*
todo
・数値入力チェック
・文字列入力チェック
・その他Validate全般
・SQLインジェクションチェックとか全然してない
・関係ないけどxxxクラスで桁溢れ対応してないからこっちから渡すと色々とまずい気がする
*/

ちょっと待て。

そういえばこんなのも見た。

//todo
//例外処理

バックダッシュだ!!バックダッシュしろ!!


妻が臨月だ

下にずーっと続いている議論含めて、色々と考えるところ。

実際問題として、幼稚園小学校と進むにつれて子供は色んな人・家庭と触れることになる訳で、そういった人に対するスタンスをどうとるか。どういうスタンスをとる子供になって欲しいのか。

まあ結局子供は子供の考えをもつことになる、とは思うけど。



そもそも素人がALL ABOUTの「専門家」にケチをつける事が間違っている

ALL ABOUTじゃあないが、「プロフェッショナル」を売り文句にしたこの手の広告メールは、うちにも届いたことがある。

白状すると、この手の広告メールの片棒を担いだこともある。

ある一定以上の収入をもつ層を、あまりまっとうではないやり方で狙う場合には、必ず「社会欲をどうくすぐるか」という話が俎上に上がる。

「専門家」とか「プロフェッショナル」という言葉に釣られる人、というのは今でも結構いるってことか。人からレッテル付けされて喜ぶかなあ、とか思うけど。
posted by しんざき at 11:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月05日

SEは何故パソコン以外の電化製品を使えないのか。

何故なんだ!?

というかこの場合、客観性とか普遍性を全て銀河の彼方に大遠投して、「俺=全てのSEの代表」的な、いやむしろ「全てのSE=俺」的な超絶一括視点で書いてしまうことにする。例外は認めませんが苦情は受け付けます。生まれてきてすいません。


ということで俺は全てのSEを具現化する存在になった訳だから、全てのSEの特徴を俺が断定的に書き出しても何の問題もあるまい。


・デジカメの使い方が分からない。っていうかあの様々なボタンは何の為にあるか分からない。
・電子レンジの使い方が分からない。
・電子レンジの「料理名が書いてあるボタン」に至っては、押すとウィンドウがレッドアウトする気すらして怖くてとても触れない。
・電子レンジについているダイヤルが許せない。
・でもフロントラインやワイルドウエスタンのダイヤルスイッチは許す。むしろ愛してる。
・MD to MDの録音をする時は取り敢えずマニュアルを探す。むしろメーカーのページをぐぐる。
・ビデオの録画は、GUIによるGコード予約なら出来なくはない(SQLによるwhere検索が容易に連想出来るから)が、本体についているボタンを操作して録画などという行為は存在を認められない。
・洗濯機を動かす手順がボタン3アクション以上だとメーカーのインターフェース設計者を呼び出したくなる。


何故だ?


取り敢えず自己分析をしてみたところ、どうもボタンの操作がダメらしいということは分かった。

とはいえ、遍くボタンは全てダメ、という訳ではない筈だ。何故というに、俺=遍くSEはLinuxもいじるが普段の職場環境はWindowsであり、ランチャも使えばトグルも触る。VBAは見たことも書いたことも食ったこともないがDelphiはいじる。

さし当たって、SEが電化製品を使えない理由は以下の様な感じになりそうだ。

・ボタンを押した結果が可視化されていない or 可視化の範囲が非常に狭い。
・ボタンのリンク先 or コマンド内容が開示されていない。
・ボタンを右クリックしてもプロパティが選択できない。というかそもそも右クリック出来ない。
・マックかと思えば左クリックすら出来ない。
・マルチウィンドウじゃないから別窓立ててぐぐれない。
・その割にキーボードがついてないからコマンドを打ち込めない。
・あまつさえ、MANコマンドどころか使い勝手が悪いヘルプすらついてない。
・READMEが添付されていない。
・というか取説どこにしまったっけ?
・HTML化されてない取説が許されるのはスーパーファミコンまでだよねー。キモーイ。
・というか一言で言うとUIがブラックボックス過ぎるんだよこの野郎。少しはソースを開示しろこの野郎。


ということで、あらゆる電化製品にはキーボードとモニターとターミナルエミュレーターをつけてコマンド一覧添付すれば俺も使えるからみんな幸せなんじゃないかな、という割とどうでもいい結論が出ましたよ。良かったですね。>俺。


著作権は主張しないから電機メーカーさんは上のアイディアをパクってもいいですよ!いいですよ!
posted by しんざき at 23:16| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月04日

「真実」の値段。


なんかここんとこちょっと首を傾げることが多いので、以下、当たり前のことを書く。


事実と真実は全くの別モノである。


過去にある事件が起きたとして、我々にはタイムマシンも透視能力も備わっていない訳であるから、「その時起きたこと」という「事実」を100%解き明かすことは、往々にして難しい。というか、大体の場合は不可能である。

といっても、「何が起きたか全然分かりません」というのでは物事色々と上手くいかないから、ある程度蓋然性をもった、「こういうことが起きたんじゃないかな」という共通認識を事実の代わりに用いる。これを真実と呼ぶ。歴史は事実ではなく真実から出来ている。

「真実」は当然追究をする作業を経なければ浮かび上がってこない。この作業には大抵の場合複数の人間が関わることになり、これは分野によって多少性格が変わってくる作業になる。例えば歴史、あるいは過去の事件や犯罪、こういった分野で真実を追い求めることを、取材といったり調査といったり捜査といったりする。


事実には手が届かない。

真実は人の手を経る。


故にと言うべきなのかどうか、真実は往々にして力関係の所産となる。シュリーマンは遺跡という強大な力を手に入れて、非常に蓋然性の高い真実を形成することに成功した。解き明かされなかった冤罪というのは、冤罪を吹っかけられた人が司法の力に負けて、新たに出来た「真実」に服すことになった結果である。

歴史というのも同じ様なもので、「実際に何があったか」という「事実」を知ることが出来る人間など存在しないのだから、結局の所「真実」の蓋然性をどう評価するか、という問題でしかない(当たり前だが、人間の記憶というのは単なる真実であって、事実ではない)。そこに色んなオトナの事情が絡む。


過去に起こったことに関する議論というのは、つまり都合の良い真実と真実の押し付け合いだ。これは良いも悪いもない、「しょうがないこと」である。だから我々は、共通認識としての真実をどう受け止めるか、あるいは自分にとって蓋然性のある「真実」を周囲に認識させる為に何をすればいいか、それに腐心することになる。


事実にはどうせ手が届かない、ということから目を背けるから苦労することになるのだ。真実の語り手になりたいのなら、それにふさわしい腕力を身につけるべく、筋トレの一つもすればいい。


真実なんてその程度のもの。もっと気楽にやればいいのに。
posted by しんざき at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文

2007年10月03日

【国内】男性風船を割られ死亡 少年逮捕 ゲームの影響か


都内品川区で3日午前2時頃、大崎駅付近の住民から「パーンという銃声のような音が聞こえて人が倒れている」と110番があった。大崎署員が駆け付けたところ、会社員のS崎さんがゲートシティ大崎のコンコース噴水上で、怪魚に頭をかじられ倒れていた。S崎さんは直ちに病院に運ばれたが、二時間後に残機の減少が確認された。

同2時半頃、風船を背負った高校二年の少年(17)が大崎署に出頭、「S崎さんの風船を割った」と話した為、同署は器物損壊の疑いで少年を緊急逮捕した。

調べに対し、逮捕された少年は「得点が欲しかった。噴水に怪魚がいるとは思わなかった。こちらにはパラシュートがあるので大丈夫だと思った」などと供述。同署は風船・パラシュートの入手先を含め、詳しい状況や動機を調べている。

そうしたなかで、ネット上では人気ゲームでアニメ化は特にされなかった「バルーンファイト」との関連性を指摘する声が上がっている。


・風船を割ることで敵キャラを怪魚に食べせる残虐シーンが登場

インターネット上の巨大掲示板「2ちゃんねる」では、事件報道後から「やっぱこの事件でバルファイ連想したのは俺だけじゃなかったか」といった書き込みが複数あり、このゲーム作品と事件の関連性を指摘する書き込みが相次いでいる。

「バルーンファイト」は、風船を背負った男同士が相手の風船を割ることで戦うゲームソフトで、発売当初から若年層を中心に人気が高かった。ゲーム中では、風船を割られた人物が、池に転落・怪魚に丸呑み・落雷で感電死するなどの、残虐なシーンが多く見られる。

犯罪社会学が専門の埴輪漸増・東妙大学名誉教授は
「「いっき」や「東海道五十三次」といったレトロゲームの過激描写が青少年に及ぼす悪影響は、以前から指摘されてきた。今回の事件は、任天堂がレトロゲームの年齢制限を怠ったという面で極めて重大だ」と指摘する。

その一方で、埴輪教授は「レトロゲームにおいては、残機の存在が極めて軽い。コインを100枚集めるだけで残機が一人増えてしまうといった、安易なエブリエクステンドは命を軽視する傾向を助長する。ウィザードリィのロスト制をもう一度見直すべきだ」と話す。


一方で、掲示板には「なんでもかんでもアニメや漫画と事件をこじつけすぎるな」といった書き込みも多くあり、アニメなどと凶悪殺害事件を関連づけることに疑義を差し挟む声も上がっている。この事件とは別に、過去には、1992年11月に琵琶湖湖畔からアメリカネバダ州サンド・マウンテンをめざして風船おじさんが飛び立った事件でも、ゲームとの関連性が議論されたことがあった。




これを読んで思いつきで捏造した。既出かどうかは気にしていない。
posted by しんざき at 18:10| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2007年10月02日

レトロゲーム万里を往く その69 サラダの国のトマト姫と、ハドソン帝国の盛衰



すいません、「サラダロンに食わせる」っていうコマンドないですか?>柿っぱち
(インゲンボムを食わせる>柿っぱち でも可)

アドベンチャーゲームにおける助手の必要性、というものにはちょっと論じる価値があるんじゃないかと思う。古くはポートピアにおけるヤスに始まり、デッドゾーンにおけるフォジー、さんまの名探偵におけるさんま、ミシシッピー殺人事件のワトソンからメタルスレイダーのエリナに至るまで、無口無反応な主人公に代わって感情表現をしてくれる助手は古今東西たくさんいる(エリナはちょっと違うが)。

そんな中でも、勝手に荷物持ちをして片っ端から所持品を落としてくれる柿っぱちはなかなか異彩を放っている。PC版ではいなかったんですよこいつ、覚えてますか?


まあ、置いといて。


サラダの国のトマト姫。アドベンチャーゲーム。1988年5月、ハドソンよりFC版発売。1984年に発売された同名の8ビットPC版タイトルの移植であり、「デゼニランド」からの路線であったシークワード式のゲームから、殆ど別物に近い程のアレンジが施されていた。

登場キャラクターは二人を除いて全員擬人化野菜、主人公はキュウリの戦士でお供は柿の少年「柿っぱち」、トマト姫からナスの護衛に至るまで、世界観はメルヘンチックに統一されている。当時、その特徴的なビジュアルから、女の子への人気も割と高かったという話を聞く。

特筆すべきは、どの場面をとっても素晴らしいBGMと「とんがった」部分の無い丁寧な語り口とビジュアルで、派手な印象こそないが非常に高いレベルでまとまったAVGだった。PCものの移植ということを考えても、そのアレンジ具合は「最適化」というにふさわしい。迷宮組曲と並んで、ハドソンオリジナルタイトルの傑作と評するべきだろう。

後述するが、ハドソンのゲームって、キャラクターもの(高橋名人含む)とそれ以外のゲームの出来の差が総じて激しい様に思う。ファンの方には申し訳ないが、私にはBugってハニーとこのゲームを同じメーカーが作ったとはとても信じられない。

画面写真を参照出来るサイト様があった。ちょっと引っ張ってみる。
サラダの国のトマト姫(ファミコン版)攻略チャート

取り敢えずゲームの話をしよう。

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posted by しんざき at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | レトロゲーム

2007年10月01日

今日のしんざき 07/10/01

うちの奥様は、思ったより豪快な馬鹿をやらかす人でした。続きを読む
posted by しんざき at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記