2007年10月18日

ブログ=ボトルメール、という距離感。


私は多分、ブログをボトルメールとして書いていると思う。反応も、ボトルメールに対する反応、として捉えている気がする。


勿論、全てのカテゴリーを、という訳ではないし、中には「読んで欲しい誰か」を具体的に意識して書く時もあるけれど。多分、全記事中の半分くらいは、私のブログはボトルメールだ。

紙に自分の書きたいことだけを書き込んで、瓶に詰める。そして、Webの海に向かって放り込む。誰かに読んでもらうつもりで書いてはいるが、誰に届くかは分かりゃーしない。届かないで海底に沈むかも知れないし、でかい魚に食われるかも知れない(バルーンファイト風)。

で。流した瓶に反応がある時もあれば、ない時もある。ただ、実際のボトルメールと同じく、反応には幾つかの種類があると思う。


・水に投げこんだ時の波紋:PVやアクセス数

・別の瓶に入って返事が返ってくる:言及リンクや反論TB

・浸ってたら、横で見ていた人から話しかけられた:ブログコメント

・何だかすげえ大きな瓶が返ってきた、と思って見てたら中から人がたくさん出てきた:ニュースサイトに取り上げてもらう

・海の家に戻ってみたら、机上のノートにどういう訳か色々と感想が書いてあった:SBM(はてブとか)のコメント

・津波(瓶を流してみたら、何故か津波が襲来してきた):リアル知人から電話で感想を言われる

・元寇(瓶を流してみたら、何故か艦隊が襲来してきた):会社バレ



大体上記の様なイメージ。


だから、距離感としてはコメントは近い。かなり近い。近過ぎて、カテゴリーによってはたじろいでしまうことがある、というのも事実である。勿論、話しかけてもらうことは基本的に好きだし、日記なんかはまた別だが。

そして、「別の瓶が返ってくる」という距離感が、私は大好きだ。だから、よそのブログやニュースサイト様に言及してもらえるのは特段嬉しい。ただ、元々の距離感が「瓶に詰めた手紙のやり取り」である為、なんとなくお返事が思いつかない、という場合も割とある。すいません。

たまに爆弾が入った瓶が返ってくるのは不徳のいたす所とゆーか。まあ、それはそれで嬉しいです。

で、上の例だとブクマコメントがあたかも怪奇現象であるかの様に書いてある気もする。まあ怪奇現象というのはそれはそれでいいとして、私はブクマコメントの距離感は嫌いではない。海の家に戻ってノートをめくるかどうかは、瓶を投げた人の自由意志なのだ。見たくない時は、見ない。単純にそれが好きなのかも知れない。

会社バレは幸いしてないです。津波は何度か来ました。今後どうなるかは知ったこっちゃありません。


と、大体以上の様なことを。まなめさんの紹介されているブロガーなら不特定多数に向けて情報発信する方がよいを読んで、私の場合はどんなつもりで書いてるのかなーとか考えることをトリガーにして、行き当たった訳である。私は現時点で十分わがままなので、これ以上わがままになるのもあれかなーとは思うけど。


とはいえ。距離感に関わらず、自分が書いたものを少なくとも誰かは読んでくれている、というのは、本当にありがたいことである。皆さんありがとうございます。

これからもたくさん瓶を投下するつもりなので、気が向いたら拾ってやってください。
posted by しんざき at 00:06| Comment(2) | TrackBack(0) | ネットの話やブログ論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする