2008年02月24日

今日のしんざき 08/02/24


紆余曲折の末引越し準備中。

住む場所自体はあんまり変わらんのですが、しばらくは色々ごたごたで忙しくなるかなーと。微妙に書くペースが遅くなるかも知れませんですはい。まあ、書きたい時に書きたいことを書こう。

今日は上野の大地の贈り物で昼飯食ってきました。二回目だけど美味かったですよ。席が広いんで息子さんに余裕があるのが助かる。

それにしても、授乳期の奥様のバイキング度合いは異常。どこにあれだけ入るんだ。

以下、今日は主にゲームの話。


・世界樹の迷宮IIを買って来たですよ。

キャラクターを作って、最初に迷宮に入る時のワクテカ感は異常。

ということで、若干遅ればせながら世界樹II買って来ました。一番最初に前作のクリアパスワードを聞かれて、覚えがなかったからもしかしてアイテムコンプせねばならんのか、とか一瞬絶望的な気分に駆られつつ。確認してみたら25階踏破だけで済んでて良かった良かった。

まだホントーに始めたばっかなのですが、前作に引き続きすげー楽しめそうな感じ。まだパーティ編成も模索中。

折角序盤からブシドーとカースメーカーが使えるんだから、ちょっと育ててみようかな、と思いつつ、取り敢えずはガンナーとソードマスター中心でパーティ組んでみたですよ。

以下、これまでの内容で思ったこと。

・一階の兵士鬼畜杉。

あーあー、見事に蝶々トラップに引っかかったさあの野郎。こうでなくっちゃな!(何?


・三国志大戦のお話。

といっても相も変わらず、時間の隙間隙間で呂布ワラしか使ってないので、全然状況が変わってないんですが。verアップに伴って、UC夏侯惇のお兄さんが減ったので、環境的には随分やりやすくなりました。

正直もう号令デッキとか使い方が分からんので、私の大戦ライフは本当に周囲の環境次第。徐庶以外ならなんとかなるかいな。

現在は、

SR呂布・張梁・程遠シ・張魯まではほぼ固定で、後は于吉先生とか李儒、ハイゲンショウ、陳蘭辺りで色々と試行錯誤中。

一品中ほどをウロチョロしてます。まだ昇格戦やったことないんだけど、その内大尉になれるんだろうか。
posted by しんざき at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2008年02月22日

時代を越える、モテエリートの恐怖

ふと思ったのだが、この世に生きるありとあらゆる人々は、モテエリートの系譜に属しているんではあるまいか。


以下、遺伝学って何ですか食べ物ですか、的な思考法で話を進める。


考えてもみよ。我々の両親を始め、我々直系のご先祖様は一人残らず、遺伝子競争に打ち勝って子孫を残すことに成功した人々ばかりなのである。これ、改めて考えると結構凄いことなんじゃないだろうか。100%ですよ、100%。一件の漏れもなく。

普通の統計なら、「90%」とか言われると「超高い」って印象がある。「95%」とか言われると「全部じゃん」とすら思う。それが100%て。おかしい。統計的に何か騙されている気がする。誰かズルしてるんじゃないだろうか。


ここまで「遺伝子競争勝者」の血というものが凝縮されていると、生き残った人々の潜在的モテ力(もてぢから)というものは実は凄いんじゃないだろうか。なにしろ、「子作り競争に勝利して子孫を残した人100%」という血統が保証されている。もう超エリート。

周り中エリートしかいないから現代ではあんまり目立たないけど、多分石器時代とか、もうちょっと人間生まれたてーの頃とかにタイムスリップしたら、周りとの格差は物凄いことになるに違いない。なにしろ周りの連中毛だらけ。手先も不器用で石器しか使えない。現代人超モテるんじゃね?

なにしろヤツら、会話も素で「ウホ」とか「ホヒー」言ってるんですよ多分。求愛の台詞が「モヘフー」とかだったりするんですよ多分。どうですかコレ。いやイメージだけど。小粋な会話とか、空気読むとかそんなレベルの問題じゃない。

すげーモテなそう。現代人の自称非モテとか、一体どの口で言ってるんですかってくらいモテなそう。技術力の無さに裏打ちされた、圧倒的非モテ小宇宙。むしろ現代の自称非モテの人は、石器時代の人類、特に当時モテなかった非モテサピエンスの人々に対して「調子に乗ってすみませんでした」と頭を下げるべき。


それはそうと、ちょっと思考を進めてみる。全体としての潜在的モテ力が継続して上昇し続けている、しかもそれは今後とも100%というレートを保ち続けるということは、2000年後とか更によりいっそう恋愛競争社会って熾烈なものになってるんじゃね?

もしかすると、今から1万年くらい後には、その時代の「非モテ」でさえ、現代社会から見ればガイアに輝けと囁かかれてるくらいの圧倒的モテ力(もてぢから)を有しているかも知れない。これはヤバい。何しろ1万年差だ、ドラえもんと現代の技術力の差、なんて生易しいものじゃない。1万年間、恋愛勝者の血を100%という純度で凝縮し続けた非モテ。一体どれ程スーパーサイヤ人なのか想像もつかない。

彼らにしてみれば、現在の我々なんて石器時代の人類程度のモテ力しか持っていないのだ。彼らとの格差は想像するしかないが、もしかすると小指をちょいと振るだけでモテてしまう程のモテ力なのかも知れない。髪の毛一本ふっとふくと床から勝手に子供が生まれてしまうくらいの遺伝能力なのかも知れない。超ヤバい。神様、モテ遺伝子の歴史は人類を孫悟空にしてしまいました。

そんな彼らが万一現代社会にきたりしたら、もう市場寡占状態は確定的である。現代社会は1万年後のモテ遺伝子に席巻されてしまうのだ。どうするんだよ一体。絶対的モテの前には、人類は等しく相対的非モテである。



ということで、やっぱタイムマシンは開発されない方が世の中平和だよね、という話でした。

今タイムマシンを開発してる人は断念すべき。マジで。遍くモテ・非モテの為に。
posted by しんざき at 20:08| Comment(5) | TrackBack(0) | 雑文

2008年02月20日

撃墜王の一夜

エース様じゃねぇか。今日は何にする。


返事をする気にもならなかった。上目遣いにバーテンを見上げると、ため息ひとつと一緒にダブルが押し出されてきた。申し訳程度に氷が浮かんだマッカラン。もう何年も、飛んだ後の夜にはこれしか飲んでない。

確かに、パラシュートを積まずに飛んでいるのは、今では俺一人しかいない。勇敢な訳じゃない、むしろ逆だ。パラシュートで降りる羽目になって、無抵抗で宙に浮いている時間が、俺にはとても耐えられないのである。

とどめを刺すも刺さないも敵次第、放っておかれても魚の餌になる確率が5割以上。それくらいなら、自分の意思が及ばない境遇に怯えるくらいなら、一瞬でさっぱり逝く方が遥かにマシだと、俺は本気で思っていた。

その内俺が呼ばれる様になった名が、こともあろうに「レッドバロン」ときた。呼ぶ方も呼ぶ方だが、黙って呼ばれている方も呼ばれている方だ。自覚はある。


風船が何で割れるか、知ってるか、知ってるかよ、おい。


カウンターの右の方、もう十年も空気が動かずに淀み続けている様に見える薄暗い空間から、何やらぼそぼそとした声がした。

横目で一瞥してみると、体の成分の数十パーセントがアルコールで出来ているんじゃないか、と思える様な酒臭いオヤジが、数ミリの安酒が残ったコップに向かってなにやら話しかけている。

バーテンの眉の角度から察するに、さっきからずっと、故障したCDプレイヤーの様に同じことを繰り返している様だった。


ヘリウムガスが詰まってるから、詰まってるからよう、ゴムの表面が張り詰めてるんだよ。膨れてるから割れるんだよ。膨れてなければ割れねぇ、よな、へへ。


オヤジは際限なく、くだらない言葉を垂れ流し続けていた。マッカランを傾ける。

昔は、これを一緒に飲むヤツが、もう一人いた。パラシュートを積んでいなかったもう一人、俺が唯一、自分の上を飛ぶことを許していた男。スコアを争って、お互い数知れない相手を叩き落としていた男。飛行中に落雷に遭って、雲下に姿を消してから、もうそろそろ一年になる。

ヤツの仇名は、確か「ブルース」と言った。これも質の悪い冗談だ。


だがよう、ガスが詰まってない風船は飛べねえ、飛べねえんだよ、水風船にもならねえわな。へへ。飛ぶのが風船の唯一の仕事、風船が風船であろうとしたら、いつかは割れるしかねぇんだよ。因果、因果だよな。


飲み終えた。いつもよりちょっと早いが、これもオヤジの下らない言葉の恩恵だ。

金を置いて、席を立つ。グラスを拭いていたバーテンが、それが義務であるかの様に、こちらにちらりと視線を向けた。目も合わせずに、バーの出口に向かって歩き出す。


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「どういうことだ?これは」

テーブルが一つ置かれたっきりの出撃準備室。目の前にフライト予定図がある。フライト前にこれに目を通すのは、俺達に許された数少ない権利だ。

いつもなら書き込まれている、複数の敵の姿がない。地形図すら書き込みはなく、ただあるのは・・・海と、一面の雷雲。

俺の言葉は、部屋の片隅の魚眼レンズに向かって放たれたものだったのだが、勿論魚眼レンズも、その向こうにいる顔を見たこともない誰かさんも、何の言葉も返しはしなかった。いつも通り。


ハメられたか。


多分、俺は目立ち過ぎたのだろう。今まで叩き墜として来た相手の数は、勿論100や200では到底利かない。俺に恨みを持つ人間の数など、数える気にもならない。それでも、いつかはこちらが落とされる立場になるだろうと思っていたし、後ろから撃たれる羽目になるかも知れない、というのも覚悟の内だった。今更動揺はしない。

聞いたことはある。生還不能のミッション。ただひたすら雲海を飛び続け、いつか力尽きて海に落ちるか、落雷に落とされるか、選択肢はその二つだけ。名前は何と言ったか。


風船が風船であろうとしたら、いつかは割れるしかねぇんだよ。因果、因果だよな。


脈絡もなく昨日のオヤジの言葉が思い出されて、勝手に俺の口から笑みがこぼれた。上等じゃないか、という思考がよぎったことは否定出来ない。


いってみるか。


俺は、出撃準備室の窓の外、今から俺が飛ぶことになる空に目をやった。雲海の上には、多分青空がある。終わりのない戦いを越えた後には、一体何があるのだろうか。雷雲を抜けて、終わりのない空を飛び続けて、もう一度、どこかを目指してみようか。墜とされる恐怖とも、墜とす恐怖とも無縁で暮らせるどこかを。


ひとつ、力尽きるまで飛び続けてみようか。

どこかに辿り着くまで飛び続けてみようか。

割れない風船もこの世にはある、ということを見せ付けてやろうか。


二度と戻ってくることのないだろう出撃準備室の、無愛想な雰囲気をもう一瞥すると、俺は相棒のバックパックに手をかけた。今までも、これからも、俺が相棒と呼べるのはこれ一つっきりだ。


背負う。俺の仇名の由来である、二つの赤い風船が翻った。

最後のフライトに向かう。

発射台に歩き出す時、さっきは思い出せなかったミッション名が、唐突に頭の中に浮かび上がってきた。平和な単語だ。戻ることのないミッションには、そんな名前の方がふさわしいのかも知れない。


バルーントリップ。








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このエントリーのタイトルは、本来は「レトロゲーム万里を往く その76 バルーンファイト」でしたが、不倒城のロジックミスで変換されました。ご了承下さい。
posted by しんざき at 13:16| Comment(5) | TrackBack(0) | レトロゲーム

2008年02月18日

「通説・権威を否定するメソッド」について。

10年くらい前、出版社にバイトで出入りしていた頃、「ハウツー本を売るコツ」みたいなことを聞きかじったことがあった。

その内の一つに、「一般的に信じられている通説、あるいは権威の言葉をまず否定する」というものがあったことを、奥様が図書館から借りてきた育児のハウツー本を、横から覗きこんでいて思い出した。


通説の質についてとか、そのハウツー本の内容が適しているのかどうか、という話は取り敢えずおいておく。ハウツー本自体は、有益なノウハウと無益なノウハウがごった煮になっていることが分かりきっているのだから、有益だと思った分だけ齧ればいい。それだけのことである。


説得力のお話なのだ。


「通説を否定するメソッド」が有効な理由はたった一つ。「「気付き」という感覚がとってもキモチイイから」

通説は、広く流布されているからこそ通説と呼ばれる。「大体こうすればいいんだよ」というセオリー、ある程度固定化された「有効な方法論」というものが通説だ。その通説が「科学的な方法で検証されているかどうか」というのは、この際あんまり関係ない。ただ、通説が則っている土台について、読者があまり詳しく知らなければそれでいい。

「本に書いてるし偉そうな人がそう言ってるし、まあ何となく正しいんだろう」という程度の知識が、ターゲットとしては最適だ。


その通説を、ある程度の材料(必ずしも科学的である必要はない)と一緒に否定してみせるとどうなるか。「通説」の土台にそこまで精通している訳ではない多くの読者は、「へえ、そうなのか」とまず感じるのだ。人によっては、「なるほど!」とか「知らなかった!」という感じ方に直結する人もいる。


これがとってもキモチイイ。


気付きの快感、というか。常識を裏切られた嬉しさ、というか。どうも、人は「借り物の固定観念」に対して新しい見方を提示された時、凄く心を動かされるものらしいのだな。たとえ、その「新しい見方」の根拠が必ずしも十分でなくても。

この時、「借り物」というのが重要で、否定されるのは「自分で考えた結果」ではなく、「権威が言っているから何となく正しいのだろう」という程度の知識、でなくてはならない。

以前、扇動されやすい人というエントリーを拝読したことがある。ちょっと引用してみよう。
少なからざる人が「私たちはだまされて、虚偽の歴史像を注入されていたのだ」と書いている。「憤りを覚える」とまで書いていた学生複数いた。どうも彼らの好きな自画像とは「だまされていたけど、真実の歴史に触れて目が覚めた」というものらしい。
根っこは同じなのかなあ、と思う。つまり、「覚醒すること」の新鮮さがとにかく大きい。知的欲求がある程度大きい人ほど、「なるほど!」という感覚への希求は強い様な気がする。(一応上のリンクに対しては、他にも色々と考えられる要素があって、こちらでも言及している)

読者の既存の知識をひっくり返す、という手法は、書き手にとって実に有効な武器なのだ。


以上の話を思い出したのは、きっかけとしては奥様が読んでいた「育児のハウツー本」をチラ見した為、ではある。そこには、「保健所で通常言われている育児知識」に対する色んな批判が書いてあり、その話の持って行き方自体は、私が昔学んだ「権威の否定メソッド」に沿ったものだった、様に思う(ちゃんと読んだ訳じゃないけど)。

ただ、そのハウツー本と奥様双方の名誉の為に書き添えておくと、奥様はその程度の気付きで感動する程素直な読み手ではないし、そのハウツー本は十分に説得力のある書き方をされていたし、実際にそのハウツー本に書かれている方法論は正しいのかも知れないし、通説を疑ってみること自体は悪いことではない。

むしろ、十分に慎重な考え方で通説を疑ってみることは、知識を深めることにも繋がるし、新たな発見にも繋がる。実にいいことだ、と私自身思う。


ただ、いずれにせよ、ただ「通説を疑ってみる」だけで、ある程度の人が「気付き」に感動してしまうという事実は厳然としてそこに存在する。「気付き」を提供するハウツー本は、なにしろ売れるのだ。売れてしまうのだ。そして、それに伴って困った影響が出てしまう場合、というのも、どうも、ありそうなのだ。



以下、ことによるとちょっと荒れるかなあ、という話なのだが。まあこんな零細ブログなら大丈夫かなあ、と思いつつ。

最近はてブでちらほらと、「千島学説」というものについて見る機会があった。内容自体は、Wikipediaに簡単なものがまとめられていたから、興味がある人はそちらをさらっと見て頂けばいいのではないかと思う。

Wikipedia:千島学説


細かい論評は避けるが、いわゆる「通説」の土台にある程度親しんだ人であれば、こういう説を信奉するようになることは多分あるまい、と思う。


で、幻影随想さんで見かけたエントリと、そのコメント欄。
千島学説とその信奉者達

私にはよく分からないのだが、どうもこの説には非常に熱心な共感者さんがいる様なのだ。一度「信じる」というプロセスに至った後は、周りから攻撃を受ければ受ける程その信仰は強固になっていくのが常だから、上のコメント欄の様なやり取りは納得がいくのだが。

ただ、その人達の「入り口」がどこにあったのか、ということを考えてみると、やっぱり上の様な「気付き」だったんじゃないのかなあ、と私は想像するのだ。病気への対処法とか色々、一般に信じられていることについて「実は○○なんだよ」という気付きを与えられてしまった人が、さくっと新たな方法論に飛びついたんじゃないかなあ、と私は推測するのだ。

「権威、通説を否定する」というメソッドのキモチよさ。そして、時折そこに潜んでいる危険性。

キモチいいものだからこそ、堪能する時には慎重にせねばならんなあ、と、私はぼんやりとそんな風に思った訳である。

ちなみに、上記幻影随想さんでは、その後千島学説に突っ込んでみる1というエントリが上がっているので、興味がある人は読んでみられるといいんじゃないかと思う。

一応まとめておこう。

・ハウツー本を売りたい時には、「意外と基盤部分は知られていない通説」に喧嘩を売ってみよう!

・常識が否定されるのはすげー新鮮らしいですよ。

・通説を疑ってみること自体は、悪いことじゃないと思うんです。つーか思考法としては凄くいいと思うよ。

・ただ、アレです。根拠の質量については、慎重に検討した方がいいですよね。通説・新説、どちらにせよ。

・自分で考えよう、自分で。



余談だけど、Wikipediaの編集履歴を追っかけてみると色々と楽しいですよ。


長くなったのでこの辺で。
posted by しんざき at 18:58| Comment(11) | TrackBack(0) | 雑文

2008年02月15日

消去法のリーダーの呟き

浮かれている。

浮かれているので、浮かれたまま書く。


私は、今の部署ではどういう訳かアタマを任されている。技術組の中では二番目くらいに若いのだが、年上のメンバーが皆内向的な職人さんで。多少なりと仕切れる性格の技術者が私しかいないという、そして上にはシステムが分かる人間が誰もいないという、消去法な判断でアタマを任されている。私は消去法のリーダーである。


今日、普段は滅多に喋らない年上の技術者さんが、私に意見を言ってくれた。自分が今まで抱えてきた膨大な経験の中から、私が穴だらけの経験で構築した設計に、ぽつりぽつりと意見を言ってくれた。彼がミーティングで自分の意見を言うというのは、少なくとも私にとっては初めて見る光景だ。

軽く議論になった。お互い丁寧語で話した。私は、「自分にはシステム設計の経験や知見がまだまだ足りない」という、最初から分かりきっていることを教えられた。


で、浮かれている。


年上の部下が何人もいる、というのは、正直結構戸惑う。しかも皆、腕はいいけど無口で篭り勝ちな人ばっかりなんで、殆ど突っ込んできてはくれない。立ててもらっているといえば聞こえはいいが、「自分は場違いな場所につっ立っているんじゃないか」という違和感には、割と頻繁に絡まれていた。


それでも、篭り勝ちな人が、意見を言いたくなったら言える様な環境作りに全力を出してきた。私より腕がいい人達が100%のパフォーマンスを出せる様、あれこれ考えてきた。大した効果は出ない様な気がしつつ、凹みはせずに考えた。


で、今日、やっと議論が出来た。半年かかった。


今日私は、彼が持っている経験のほんの端っこを教えてもらった。そのついでに、経験以上に大事なことも分けてもらった様な気がする。


消去法のリーダーとして、これからもあれこれ考え続けようと思う。自分の仕事以上に、部署の構成員が気持ちよく働けて、気持ちよく意見を言える環境作りが、多分リーダーの仕事なんだろうと思う。上からの無茶を防ぐ盾と、時には上に無茶を言う剣、両方兼ねるのがリーダーの仕事なんだろうと思う。そう思うから、その方法を。


自分で考えよう。自分の部署だから。
posted by しんざき at 18:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2008年02月14日

あなたが「書きたい」と思ったエントリーが、一番面白いエントリーだと思うのですよ。

少なくとも私はそれを読みたい。「なんか書かなきゃ」で書かれたエントリーよりも、「あ、これ書きたい」で書かれたエントリーを読みたい。

「あ、これ書きたい」だけで埋めつくされたブログって、きっとすげー面白いブログになるだろうし、いつか必ず誰かが突き当たって、「あ、すげー面白い」と感じると思う。Webの読者ってホント凄い。「誰かが面白いと感じる」ものを絶対に見逃してくれない。

で、重要なのは「あ、書きたい」と思うペースであって。それは多分脳みそが息継ぎをするペースっていうか、表現欲求が空腹を感じるペースっていうか、割と生理的なもの、てきとーなものであって。24時間なんて人工的なペースで規定出来るものじゃないんじゃないかなあ、と。
これ読んで、なんとなくそう思いました。まあ、ペースなんてものはそれこそ人それぞれなんだろうけど。


私は書きたい時に書きたいことを書くし、他の人が書きたい時に書いた記事をたくさん読みたいなあ、と。

だからもうちょっとだけ、「書きたいこと」を書いてみませんか、と。


そんだけです。


不倒城、三年のまとめ。
posted by しんざき at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

今日のしんざき 08/02/14

息子さんのお話。順調に育ってます。意思表示が随分明確になってきました。風呂で頭を洗う時、顔に水がどばーっとかかると怒る怒る。気にするな少年。

流石に動きが激しくなってきたので、今住んでいるアパートの契約更新も近いんで、ぼちぼち引っ越さないとなーと物件を色々探してました。それに絡んだ色々ごたごたもそろそろ片付くかな、と。

赤ん坊の成長具合はやっぱり面白いなあ。奥様ともども、楽しく観察してます。

以下、気になったURLなど。


動物の権利怖いよ、動物の権利。
はてなブックマーク > 動物の権利怖いよ、動物の権利。 - Something Orange

ちょっと自分の常識を確認しておきたくなった。

「自分の種を他の種よりも優先して考えるのは動物として当然」ですよね?動物の虐待はダメ、とかそういう話はその後の問題ですよね?

ブクマコメの一部の人が、何故アニマルライツのFAQに三分の理を認めているのかよく分からない。そんなの一行で終わりだろうに。

「ネズミにこう聞いてみろ。「ネズミと人間の命は等価だと思うか?」って」


非アルファブロガーとして、一言

有名ブロガーのエントリーしか注目されないとしたら、本来はてな匿名ダイアリーの記事なんか一顧だにされないと思う。総体の「匿名ダイアリー」として流されて終わり。

逆説的に、「オレの文章力はメジャーにも通用する筈だ!」と思う人は、匿名ダイアリーで試しに書いてみるのはどうだろうか。読まれはするけれど、注目されるかどうかは内容次第。いや、実際のとこ、匿名ダイアリーって注目される話題がかなり偏ってるみたいだから怪しいかも知れないが。


こういう話、辿り着く結論はいつも同じで、どうでもいいから書きたいことを書こうぜ、と。私みたく、書きたいエントリーとアクセス数を稼げる話題が乖離しまくっている人間には他に選択肢がない。書きたいことを書かないでアクセス数が増えたとしても、私は楽しくもなんともないのだ。


前にもいっぺん似たようなこと書いた。一応。
アクセスアップに対する皮膚感
ブロガーがブログをやめる日



少年犯罪データベースドア:平成19年(2007)の殺人発生数は戦後最低

もうちょっと細かく母体数とか年齢比見てみないと判断出来ないけれど、基本的にはいい話だろうと思うので取り敢えず。
posted by しんざき at 12:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2008年02月13日

レトロゲーム万里を往く その75 ファイアーエムブレム

ノルダの町近くの山中、とある戦士が斧を片手に傭兵を追い掛け回していたのだが、ある時泉に斧を落としてしまった。

すると不思議なことに、泉の中からたおやかな女神が現れ、こう言われた。

「バーツよ、あなたが落としたのはこちらの使い古しの鉄の斧ですか?それとも武器屋で高く売れるこちらの銀の斧ですか?」

「女神様」

戦士は静かに答えて曰く、

「ぶっちゃけどちらも要らないので、むしろハンマーを下さい」

〜レトロゲーム箴言集「消えたペラティ連続殺人事件」より一部抜粋〜



ワルキューレの時のコピペじゃね?


いや、素で思うのだが、ファイアーエムブレムは何の草分けって「リメイクに伴う悲喜劇」の草分けじゃあるまいか。


最近でこそメタルマックスのアレとかヴァルケンのソレとか、「レトロゲームのリメイク」とそれに伴う色々というのは珍しくもなんともなくなったが、この当時はリメイクもの自体がまだ殆ど見られなかった。ユーザー達は、「移植」と「続編」という二つの単語だけ記憶していればそれで事足りた。

そこにちらほらと「旧ハード作品のリメイク」というものが姿を見せ始めたのが1993年頃の話だ。ある程度手を加えた、「過去の名作」の再利用。スーパーマリオコレクション、ドラクエ1/2、メタルマックスリターンズ辺りと前後して、「ファイアーエムブレム 紋章の謎」が姿を見せた訳である。

家庭用ゲーム史上に現れた「リメイク作品」の影。今回はその辺の話も書いてみようと思う。
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posted by しんざき at 19:40| Comment(2) | TrackBack(0) | レトロゲーム

2008年02月12日

「嫌うスタンス」にまつわる色々。

ふと気付いてみると、今の私には「嫌いな人」がいない。



ここ数日妙に色々と立て込んでいて、Webでのアンテナを下げていた折。職場で例によって他部署の同僚の愚痴を聞いている時、ふと違和感を感じた。

何でこの人は、そんな簡単に人を嫌いになれるんだろうなあ、と。


同じく、ちょっと仕事が立て込んでいて、現実逃避にブログをぶらぶらとしている折。多分同じ様な違和感を感じた。

何でこの人は、そんな簡単に人格否定の文言を形に出来るんだろうなあ、と。


ちょっと雑然とした話になりそうなので、まず先に思ったことをまとめておく。


・「人を嫌う為のコスト」というものがある様な気がする。そして、それは人それぞれ、結構差があるものである様な気がする。

・私に関する限り。ろくに知りもしない人を嫌いにはなれない。そして、ある程度その人のことを知ると、結構色々と面白い部分があるので嫌いになれない。

・それは私が「色んな人を深く知ろうとしている」ということを必ずしも意味しない。「嫌うに値する関係性」というものについて、私の価値基準がちょっとずれている、ということなのかも知れない。

・ただ、それ以前に、「嫌う用途」とでも言うものが根本的に違ってたりはしねえだろか、と後から考えついた。




順番にいこう、って言う程の内容でもないけど。
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posted by しんざき at 19:25| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑文

2008年02月07日

努力という免罪符

世の中には二種類の努力がある。成功した人の努力と、失敗した人の努力である。

そして、これら二種類の努力は、ベクトルこそ違え、どちらも「免罪符」という共通した機能を果たしていると思う。一方は失敗したという罪、一方は成功したという罪に対しての。


はてなブックマーク > 痛いニュース(ノ∀`):【論説】「頑張れば夢はかなう」は幻想
ここのコメントを見てちょっと思ったこと。テーマ:「常識を疑ってみる」。あまりポジティブな話ではないし、結論が出る様な話でもないが。


「努力したからといって成功するとは限らないが、成功した人は皆努力している」。いい言葉だ。いい言葉なんだが、これ、本当だろうか。


世の中、「努力しないで失敗した人」、というのは多分星の数程いる。ただ、その一方、「努力しないで成功した人」「努力しないで結果を出した人」というのもそれなりにはいるんじゃないか、と私は思っている。ただ、その存在が妙に可視化されていない様な、社会的に隠蔽されている様な、なんだかもやもやした感じが私には気にかかるのだ。


敢えて無根拠に一般化するが、社会には「努力しないで成果を挙げる」ことを嫌う、あるいは隠蔽する傾向がある様な気がする


Aさんという人物を仮定してみよう。彼は、運なり天賦の才能に恵まれて、それ程努力をすることもなく何だか成功してしまった。成功の内容はなんでもいい、「大会社の重役になった」でも「Webサービスを立ち上げてみたら覿面大成功して大金持ちになった」でも「東大・京大に受かった」でもいい。

例えばこの人が、「全然勉強しないでも京大に受かりましたよー」と周囲に言うコストを考えてみるといい。反感を買うか嫉視を買うか、まあとにかく人間関係にいい影響は与えないだろう、という見当はつく。


人は、成功者の「苦労話」を聞きたがる。伝記に「苦労話」を読みたがる。先ほどのAさんも、「受験前は一日○○時間勉強しました」みたいなことを適当に言っておけば波風は立たないのだ。


何故だ。


理由は幾つも想定出来る。「成功者の努力を参考にして、自分も成功に向かって努力する為」というのが一番綺麗な答えなんだろう、と思う。思うけれど、勿論もうちょっとひねくれた見方も成立する。


・「成功者がかけたコストを自分はかけていない」という、公平感、ないしは優越感を得る為。


つまり、「あれだけコストをかければ自分でも出来るかも知れない」という公平感と、あるいはそれ以上に「自分はあんな苦労はせずに済んだ、済んでいる」という優越感が、「成功者の苦労話」を聞く裏にはあるんじゃないか、と私は思うのだ。世の成功者は、ある種の優越感というコンテンツを自分以外の人に差し出すことによって、嫉視や反感をある程度免れている。これが「成功者の努力」という名の免罪符である。そんな気がする。


「成功者の苦労話」と同じかそれ以上に、「苦労せずに成果を挙げたものの失敗話」は好まれる。例えば、会社の無能な三代目社長。金持ちのボンボンが財産を食いつぶす話。こういった話がコンテンツとして好まれるというのは、2ちゃんなりその辺の界隈なりを見ていれば分かる。つまりそれは、「成功したこと」という罪に対するコストを、別の方向から求められているという心理の表れなんじゃないか、と私は考える。


この心理を起点に、何だか世の中、色々な詐術がまかり通っている様な気がするのだ。


少なくとも私が考える限り、努力は単にコストであり、人によって適量から向いてるベクトルまで違うものでもあり、またそれ自体が美化される様な対象でもない、と思う。努力するのはいいことだけれど、努力は成果の必要十分条件じゃあない、とも思う。


努力は美徳だ。ただ、努力は何故美徳なのだろうか。

その辺が、私にはまだいまいち分からない。


参照:「個人的な問題でも一般化したい病」について
posted by しんざき at 19:29| Comment(7) | TrackBack(0) | 雑文

2008年02月05日

大衆感覚とか、本のタイトルに関する感覚とか。

「大衆感覚」ってやつがわからない


どうなんだろう。
奇をてらわなくていいから、一般大衆にとってわかりやすい企画を立てろ。かっこつけなくていいから、一般大衆にとってわかりやすい書名をつけろ。
方法論の違いなのか、あるいはジャンルの違いなのかも知れないが。

私が昔お世話になっていた編集者さんの言葉を引用すると、こうなる。

「スコープは狭ければ狭い程いい」
「平均に受けてもしょうがないんですよ。平均値って存在しない値のことなんですから」
「10人中5人になんとなく受ける題名より、10人中1人が必ず手にとる題名の方がいい。手にとってもらいさえすれば、本はそこから広がるものなんです」


どっちが正しいのか、あるいはどっちが適しているのかは良くわかんない。ただ、そんな言葉を発する編集者さんにお世話になっていた身の私としては、「大衆感覚」という言葉にはあまり価値を感じない。存在しない客層を想定してどうすんだろ、とか思ったりする。いや、他所様で成功しているえらい人の台詞に文句をつけるのもアレだけど。


話は変わるが。先日から自宅にあって、私がすげー感心した本の題名。

「七月に生まれた赤ちゃんの本」

なんというピンポイント、なんという具体性。思わず唸った。

内容はどんな感じかというと。7月に生まれた赤ちゃんに関して、8月にはどんな様子、9月にはどんな様子、といった描写とアドバイスが一年分書いてあるだけの本なのだが、この題名のメリットを考えると計り知れない。

・非常にピンポイントでありながら、当てはまる境遇のお母さんは思わず手にとりたくなる具体性をもっている。しかも客層は狭くない。
・手にとった人にとっての適合性、実用性がある程度保証されている。範囲が具体的なので具体的に役立つ内容が書きやすい。
・「新生児が産まれた直後」という、実用本を探したくなるタイミングを的確に捉えている。
・内容を少し変更しただけで、同じスコープをもった本が12冊作れる。


一石四鳥どころか、もうちょっと考えてみればあと2、3羽落ちてくるんじゃないか、というくらいの勢いである。素晴らしい。やったもん勝ち、という気もしないではないけど。


昼休みに思ったこと、以上。


参照:「ピンポイント」のメカニズム。
posted by しんざき at 12:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑文

2008年02月04日

もっともタメになる初心者用言語?ファミリーベーシックだろ、常識的に考えて・・・

Wikipediaファミリーベーシック
めくるめくファミリーベーシックの世界
レトロゲーム万里を往く その33 〜鬼子・ファミリーベーシック〜

ファミリーベーシックの良いところ。

・使用出来る命令が凄く少ないので覚えやすい。
・使用可能なメモリが凄く少ない(1982バイト)ので全体を把握し易い。
・使用可能なメモリが凄く少ない(1982バイト)のでメモリの大切さ、メモリのケチりかたを切実に覚えることが出来る。
・使用可能なメモリが凄く少ない(1982バイト)ので、V3(4096バイト)に切り替えると出来ることが物凄く広がった様な錯覚を味わうことが出来る。
・音楽制作環境、グラフィック制作環境が一緒についてきてとてもお徳。
・行番号つきの記述しか受け付けないので、ちょっと気が利いたことを実装しようとすると、アルゴリズムを執念深く熟考しないと実装出来ない。その為、プログラマーとしての思考力がつく。
・フラグ処理とか実装しようとすると死にそうになるのでプログラマーとして打たれ強くなる。
・整数演算しかサポートしていなくて分かりやすい。ちょっと頑張れば暗算でも勝てるので自信がつく。浮動小数点演算?何スかそれ。
・3行書いただけでマリオが走る。プログラミングの成果が視覚的に表現されていてやる気が出る。
・DEF SPRITEとかDEF MOVEとか、変な方言をたくさん覚えられるのでプログラマーとしての専門性が高まる。
・マリオやノコノコなど、事前に用意されたスプライトしか使用出来ないので、著作権的にやばそうなことをしても任天堂に怒られない。


ファミリーベーシックの良くないところ。

・どこにも売ってない。


ということで、良いところがたくさんあるのに良くないところが一つしかないファミリーベーシックは、とても初心者向けの言語だと思うのです。

皆、ファミリーベーシックでプログラムしようぜ!


参照:初心者向けの言語
最もタメになる「初心者用言語」は JavaScript。
最もタメになる「初心者用言語」はScheme!CommentsAdd Star
posted by しんざき at 16:32| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑文

赤ちゃんの成長をRPG的に考えてみる日


いやもう、うちの息子とか見てると、人間ってすげーと思う訳ですよ。半端ないと思う訳ですよ。


生まれたばっかの赤ん坊って、出来ることが少ない。ホント少ない。アビリティ的に考えて、「泣く」「乳を吸う」の二つくらいしかない。多分スライムにも勝てない。

戦闘画面で「泣く」「乳を吸う」の二つしかコマンドが表示されなかったら途方に暮れるだろ普通。ゲームバランスが悪いとかそういうレベルの問題じゃない。エルナークの財宝でももうちょっと優しいバランス。

「眠る」すらないんですよ、赤ん坊って。まだ自分ひとりじゃ寝付けないの。母乳吸ったり、寝かしつけられないと眠れないの。体力回復出来ないじゃん。マジ大変。

動物はある程度育った状態で生まれてくるからすぐ立てる、らしい。その点、人間の赤ん坊の未成熟っぷりがつくづく実感出来た。使用可能コマンド少なすぎ。


しかし、初期状態レベル0から始まった息子さんの成長具合が凄い。まずアビリティ取得。
「笑う」「なんか掴む」「声を出す」に始まり、「寝返り」「うつぶせ状態で後ずさる」「転がる」、最近だと「おすわり」「つかまり立ち」「離乳食を食う」まで習得した程の勢い。アビリティポイント足りるのか、と心配になる。どんだけ成長率高いんだと。

これだけコマンドが揃えば、戦術次第でスライムくらいには勝てるんじゃないか、という気になってくる。やれそうな気になってくる。「転がる」→「お座り」のコンボとかでスライム倒せるんじゃないですかね。うまくやれば。


たった半年でこれ。人間って、僅か半年でここまで成長出来るのか、と正直感動した。


あと一年ばかり経てば、「歩く」とか「単語を喋る」とか「ボール投げ」とか、また色々アビリティを習得するのかなあ。まあ、成長具合は人それぞれだから本人の気の赴くままに習得していってもらえればいいかとは思うが、それぐらい成長してもおかしくないかも、と思わせるだけの成長曲線を描いている。


振り返って、自分のステータス画面を想定してみる。うーむ。あんまりアビリティ増えてないなあ。ここ半年で考えても、「Ruby」がちょっとと、「Oracleチューニング」がちょっと、後「部署経営」がちょっと。負けてる、負けてます。

ただ、考えてみると、自分も歩いたり走ったり出来る様になるまでに、今の息子さんと同じプロセスを歩いてきた筈だと。喋りながら箸で煮豆をつまめるだけでも、結構大したものなんだと。

息子さんと同じ、とまではいかないけれど、もうちょっと出来ることを増やせる様頑張れるかな、と。そんな風に思いました。
posted by しんざき at 16:18| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2008年02月01日

今日のしんざき 08/02/01

私がエントリーを書く際の力の入れ具合と、評判を頂くエントリーの分布傾向が壮絶にずれている件。

なんだろうこれは。Webの大多数の方の趣味嗜好と、私のそれの間にとてつもない隔たりがあるということなのだろうか。「全力で書いたけど全力スルーされたエントリー」と、それなりにご評判を頂いたエントリーの比較分析とかしてみたら、何か面白い結論が出るのかも知れん。

結局書きたいことしか書かないからあんま意味ないけど。


・アクセス履歴から、ニュースサイトさんの成長を知る時。


ここ数ヶ月で、ゴリラブーツさんに紹介して頂いたリンクから来る人が格段に増えた。

以前紹介して頂いた時は確か一桁だったところ、今回張って頂いたリンクからは十倍くらいの人が来ていたので、ちょっとびっくりした。

それ程タイトルの付け方を工夫した覚えもなく、掲載して頂いた順位にもそう特別なところはないと思ったので、これは純粋にゴリラブーツさんを見ている人が増えているということなんだろう。

ニュースサイトさんに取り上げてもらうというのはありがたいことだけれども、取り上げてもらったリンクから、ニュースサイトさんの動向が色々と分かるというのもまた面白い。

こういうのもニュースサイトの良さの一つなのかも知れない。


・どう考えてもspamを助長してんじゃねえのかこれ、と思える様なWebサービスを見つけたんだが、

リンクすると広める側に加担することになりそうだからリンクしないでおこうかな、と思ったけど一応はてブの該当ページだけリンクしてみる。これSEOなんてもんじゃなくて、ブックマークspamの手引きなんじゃね。

はてなブックマーク:22のブックマークサイトに一括登録 : 米国から教わる本場SEO対策

本来ならブックマークもするべきじゃなかったんじゃねえかな、と思わんでもない。

というかこれ、ソーシャルブックマークになんらかの敵意をもっている人が、SBMを潰す為に開発したサービスなんじゃねえか、とか陰謀論を唱えてみたり。はてなブックマークでこんなもんが流行ったら、速攻注目エントリーがSpamブクマで埋まるだろうし。

ただ、日本であんなもん導入したら、海外からのSpamコメント・Spamトラバが大繁盛しそうな気もする。
posted by しんざき at 17:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記