2015年09月30日

Hearthstoneで初めてレジェンドになった

やったーーーーー。

Hearthstone Screenshot 09-30-15 03.28.47.png

ということで、先月からHearthstone再開しまして、色んなデッキを試しつつ通勤時間中に細々とプレイしていたのですが、先ほど駆け込みでレジェンドになりました。そこそこ長いことやってて初レジェンドです。

Rank5までは割と早めに到達できたんですが、Rank3からリーチかけてRank2に上がろうとするところで、何故か決まってPatronウォーリアにたたき返される、というループを7回くらい経験しまして、いい加減心が折れそうになりましたが、どうにかRank2に上がってからはほぼストレートでレジェンドまで到達できました。

やはりRank5に上がってからの苦戦っぷりが筆舌に尽くしがたく、毎月安定してレジェンドになれる方々はホンットーーにすごいなーと実感した次第であります。

ちなみに、デッキは色々と変遷したんですが、最終的にはaggroなんだかミッドレンジなんだかよく分からない中途半端なsecret paradinを使ってました。コスト的にはミッドレンジ寄りな割りに、divine favorが一枚刺さってる辺りに中途半端さが現れていると思います。

secret_paradin.png

最初の手札でミッドレンジっぽく動くかaggroっぽく動くか決めて、secret keeperさんを育てられそうなら序盤からsecret貼りまくって、そうでなければMisterious Challengerの登場準備に徹する、というような動き方をしてました。

Misterious Challengerさん超強い。彼とsecret keeperさんのお陰でレジェになれたようなもんです。

この後は、なんかControl warriorが楽しそうなのでウォリをちょっとまわしてみよーかと思っております。

今日書きたいことはそれくらい。
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2015年09月28日

「メイドインアビス」が面白かったので単行本三冊大人買いした


「上昇負荷」という設定が絶妙だなあ、と思ったわけです。



「メイドインアビス」は、つくしあきひと先生の手による奈落探堀漫画です。一見すると絵本のようなかわいらしい絵柄と、実際読んでみると結構エグい描写が盛りだくさん、というギャップが特徴の一つかと思われます。


序盤の数話と、最新数話はWebで参照することが出来ます。

まんがライフWIN:メイドインアビス

ですが、序盤の数話を読んで「あ、面白そう」と思った場合、最新数話を読む前にまず単行本を購入することをお勧めします。ただ、ある程度エグい描写もあるので注意してください。

メイドインアビス 1 (バンブーコミックス) -
メイドインアビス 1 (バンブーコミックス) -


で、漫画の話なのですが。


メイドインアビスは、ジャンル的には「冒険漫画」に分類されると思います。


推定深度は2万メートルを超え、奥底に何があるのかは誰も知らない巨大な縦穴、「アビス」。アビスの中には、過酷な環境と、致命的な生物群と、「遺物」と呼ばれるオーパーツが溢れています。

アビスの底に消えた、「伝説の探堀家」である母・ライザの跡を追ってアビスに挑もうとする少女「リコ」と、彼女と共に旅立つ、記憶喪失のロボット少年「レグ」。過酷なアビスの奥底に進むにつれて、二人はアビスの謎と、自分たち自身の謎に迫っていきます。


一見するとよくある設定であるかのように見えるのですが、

・序盤からバランスよく散りばめられた謎と伏線(多分)の数々
・「上昇負荷」という設定の絶妙さと、それによる過酷さ・悲壮感
・ドラえもん感のある「奈落の遺物」の設定・描写
・強いんだけれど奈落の深部ではそうそう通用しない、という程度のレグの戦力設定の巧みさ
・オーゼンさんこわ美人妙齢カオナシかわいい(ただし多分60歳以上)


辺りが、しんざき的に「これ面白いなー」と思ったポイントであるわけです。


特に触れたいのは、「上昇負荷」という設定の妙です。


アビスに潜った探堀家たちは、例外なく「アビスの呪い」という奇妙な症状と戦うことになります。それは、「アビスの中で、上に向かってある程度移動すると発症する」謎の現象。アビスの呪いの重さに応じて、アビスの中は七層に分類されています。


一層での呪いは、軽い眩暈と吐き気。
二層での呪いは、重い吐き気、頭痛、末端のしびれ。
三層での呪いは、上記に加え幻覚と幻聴、平衡感覚の異常。
四層での呪いは、全身に激痛、穴という穴からの流血。
五層での呪いは、全感覚の喪失、それに伴う意識混濁、自傷行為。
六層での呪いは、人間性の喪失、もしくは死に至る。
七層での呪いは、確実な死。


漫画中では、この「アビスの呪い」が、非常に重要な障害として描写されます。

一層二層でも、登場キャラクター(主人公の少女含む)割とげーげー吐いたりしてて結構エグいんですけど、六層以降では実質「アビスの呪い発症 = 再起不能」なんですよね。つまり、六層より下に移動すると、二度とそこから登る = 五層以前に戻ることは出来ない。劇中では、探堀家が六層以降に挑むことを、事実上の片道行、二度と戻らない「絶界行(ラストダイブ)」と呼称しています。

この設定が絶妙だなーと思う点は何点かあって、


・短期的に、「上方向への移動」が極めて制限される(場所によってはそれだけで大ダメージ)ので、そこを利用したピンチと脱出を演出しやすい
・更に、ロボットなので呪いを受けないレグが存在するので、経験が浅いレグ・リコの絶大な有利ポイントが分かり易い
・「還れない旅」と「二度と会えない人達」という演出が強い説得力を持つ
・六層より先との途絶感が半端ではないので、「アビスの奥底に一体何があるのか」という謎の魅力が増す
・上昇しない限りは無事なので、絶界行に挑んだ探堀家(例えばライザ)がまだ生きているのかも?という希望も消えない


などなど、設定としての強力さが素晴らしいと思うのです。

展開もさくさくとスピーディで、下手な漫画だと一層につき一冊使ってもおかしくないんじゃないかというところ、作中の展開は既に四層です。リコもレグも結構容赦なくひどい目に遭いますし、いつだれが死んでも不思議ではないのがアビスの過酷さなので、次回何が起きるか?と予想するのも非常にスリリングです。


キャラクターにもいい味を出しているキャラクターが数多くいまして、特に「伝説の探堀家」の一角である不動卿オーゼンなどは、一見すると妙齢の女性、けど実は遺物で超パワーアップしているハイパー強い人で、感情が動くとカオナシ風の凄く怖い顔になったりと、いい味要素満載のステキキャラクターです。あと師範代のジオルさんなんかもいい味出してると思います。


奈落の底から届いた、リコの母親ライザの手記。そして、その手記と共にあった、「奈落の底で待つ」と書かれた紙片。

実際に奈落の底で待っているのは、一体誰なのか。あるいは、何なのか。


今後も面白くなりそうな予感が満々なので、興味を持たれた方はポチるといいと思います。私電子書籍版を買っちゃったんですが、なんかカバー裏にも色々描いてあるそうなので、どちらかというと書籍版をお勧めします。

メイドインアビス 2 (バンブーコミックス) -
メイドインアビス 2 (バンブーコミックス) -
メイドインアビス 3 (バンブーコミックス) -
メイドインアビス 3 (バンブーコミックス) -

まんがライフWINで読める番外編も、謎満載って感じでかなりお勧めです。

今日書きたいことはそれくらいです。






ところで、レグの正体ってトがつく人だったりしないでしょうか。
posted by しんざき at 19:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月25日

ついに!!!紗夢が!!!使えるようになった!!!!ということでGuilty Gear Xrd始めました

ついに!!!紗夢が!!!使えるようになった!!!!



ということで、長年「紗夢が使えるようになったらギルティ復帰する」と言い続けていたのですが、24日のアップデートでついに紗夢が使えるようになりましたので、有言実行ということで、今日早速新宿いってGG Xrd遊んできました。

丁度同じような感じで、「勘を取り戻そうとしている昔からの紗夢使い」っぽい人がプレイしていたので、何戦か対戦もさせていただきました。いやーー。やっぱ楽しいですギルティギア。一番やってたのはXXの頃ですけど。

・プレイ感覚的には青リロに近い
・全体的に必殺技の隙が少なくなっている、ような気がする
・通常技の判定は昔より若干弱くなっている、ような気がする
・というか通常技は青リロの頃とだいぶ変わっている。しゃがみS、相変わらずカウンターヒットすると相手よろめくんだけど判定昔ほど強くない。代わりにレバーいれHSとか強くなってるみたい
・とりあえずは通常技の研究と、Xrdならではのシステムの勉強からだなあ。あの、たまに動きがゆっくりになるやつって何のシステム?

ということで、超久々に格闘ゲームをやりこみたくなってきた気分です。まずはWikiとか漁って独自システムの研究でもしようかと思います。

取り急ぎ、先行GG Xrdプレイヤーのみなさま、よろしくお願いいたしますです。

posted by しんざき at 23:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

レトロゲーム万里を往く その126 ミネルバトンサーガ


ファミコンにおける「RPG」って何だったんでしょう、という、結構大きな話から始まるわけです。



もちろん、コンピューターゲームにおける「RPG」とは、当初は「D&Dをコンピューターの世界に持ち込んだもの」でした。最初、メインフレームで動いていた幾つかのダンジョン型ゲームは、やがて「Ultima」や「Wizardry」「Rogue」になって世界中のパソコンユーザーたちに知れ渡るようになりました。

そして、それらのゲームは海を越えて、日本では「ダンジョン」や「ぱのらま島」、「ドラゴンスレイヤー」、あるいは「ハイドライド」、「ザ・ブラックオニキス」「夢幻の心臓」といった、数々の国産パソコンゲームタイトル名作群に姿を変えました。


この頃、こういったパソコンRPGの流れを熟知していたであろうファミコンゲームの開発者たちが、RPGをファミコンの世界に持ち込む時、どういうことを考えていたのかなあ、などと私は想像します。


一番最初にきたのは、「ちびっこも含めたファミコンユーザーに分かり易い形で、RPGという新しい世界を知ってもらおう!」というものだった筈です。そこから考えると、アクションゲーム花盛りだった1986年、最初に出現したのが「パソコンのRPGを下敷きにした、アクション寄りRPG」だったのは当然のことと言えるでしょう。ゼルダの伝説はある程度「ハイドライド」や「ザナドゥ」を意識していた筈ですし、ハイドライド・スペシャルは「ハイドライド」を若干マイルドにした移植作です。数か月遅れた「ワルキューレの冒険」は、そこにぐっと「奥行」というか、色んな要素を加えたタイトルになっていました。


そして、おそらくは「夢幻の心臓II」を意識していたであろう「ドラゴンクエスト」と、その半年余り後に発売された「ドラゴンクエストII」が、ファミコン業界における「物語を語るRPG」のスタンダードになったことは疑いないでしょう。この後しばらく、ファミコンにおけるRPGの世界は、言ってみれば「どこまでドラクエで、どこからドラクエでないか」という視線と戦うことになりました。

1987年に発売されたRPGが、「ドラクエとどう差別化するか」ということを考えながらデザインされたことは想像に難くありません。例えばヘラクレスの栄光。例えばゾイド。例えばインドラの光。例えば桃太郎伝説。どれもこれもそれぞれに、「ここがドラクエと違うんだ!!」というアピールポイントを持ったタイトルたちでした。

私が考える「ファミコンRPGのキーワード」は、「試みの歴史」です。

スタート地点にあった数々の名作を、どんな試みで超克し、どんな試みを後につなげるか。RPGという物凄く広いフィールドに、限られたハードウェア性能を使って、一対何を埋め尽くすのか。そんな「試み」が繰り返し繰り返しユーザーに提示されたのが、ファミコンRPGの歴史だったのではないかと、私は思うのです。



そんな中そのゲームは、「未来神話ジャーヴァス」で微妙にRPGの潮流に乗り遅れた感があった、アーケードの雄タイトーから発売されました。


それは、数あるファミコンRPGの中でも有数の、「出会いと別れ」の物語。



ミネルバトンサーガ。RPG。1987年10月23日、タイトーから発売。

ジャーヴァスに続くバッテリーバックアップシステムを始め、数々の新機軸をファミコンRPGに持ち込み、その高い完成度は当時から一部ファミコンゲーマーの定評を受けていました。当時、ドラクエシリーズや桃太郎伝説などの影に隠れてしまった感は正直否めませんが、米田仁士先生の溜息が出るほど美しいパッケージイラストを始め、新旧RPGゲーマーにアピールする魅力を、そのタイトルは十分に発していました。



ゲームの背景など、詳細はWikipediaに記載されています。

Wikipedia:ミネルバトンサーガ ラゴンの復活

「ゲームのせつめいしょ」様では、説明書の内容をそのまま参照出来ます。

ゲームのせつめいしょ:ミネルバトンサーガ ラゴンの復活


動画はyoutubeから参照出来ます。後述しますが、BGMほんとーーーーに素晴らしいので、フィールドの曲だけでも聴いてみてください。



さて、ゲームの話をしましょう。


・そこにあったのは、度胆をぬく程の「新機軸」の数々。

まず特筆すべきなのは、ミネルバトンサーガの「オーパーツ」と称してもまったく違和感のない、凄まじいまでの新機軸の数々です。


ミネルバトンサーガは、ゲームの種類としては、ドラクエなどと同じ「2D見下ろし型RPG」ということになります。ゲームを初めてすぐの印象としては、ドラクエやFFとそれ程異なるところがないでしょう。

が、プレイヤーはすぐに、ミネルバトンサーガに込められた「工夫」の圧倒的な物量に気付かされることになります。


・魔法・飛び道具などの戦術次第で格上の敵も倒すことが出来る、シンプルでありながら奥が深い2Dアクション型の戦闘シーン(ここだけハイドライドっぽい)
・ラスボスを含め、どんな敵からでも100%逃げることが出来るという大胆なバランス設定
・個別にストーリーを持ち、くるくると出会い・別れを繰り返しながら入れ替わる仲間たち
・仲間たちは、ドラクエのような大名行列形式ではなく、フィールド上を自然に歩く(障害物は勝手に避ける)
・街道の上を歩くと敵が出てこない(例外もある)
・育成ゲームとしての楽しみも見せてくれる傭兵システムと、傭兵たちの階級
・傭兵は、この時期に既にオートAIを実装しており勝手に動く
・ゲームの進行具合に応じて、細かく変化する街の人々のセリフ
・当時はまだ数少なかったバッテリーバックアップ方式
・何故か敵とも会話が出来る戦闘中会話システム(それ程意味はない)
・船のグラフィックが大きい



繰り返しますが、このゲームが出たの、1987年の10月です。ドラクエIIのわずか8か月後。まだファミコンRPG全体の歴史としても黎明期というべき時期に、ここまでの工夫を詰め込んだタイトルは他にちょっと見当たりません。


個人的に、特に印象深いのは傭兵システムです。このゲーム、ストーリー上の仲間のレべルは基本的に上がらないので、育てることが出来るのは基本傭兵のみです。そして、傭兵一人一人にも「ルトナ」とか「キース」とか名前がありまして、育ってきて称号も上がると結構愛着がわくんですよね。

しかし。傭兵はある程度かしこいとはいえ、当然自分では操作出来ないので、油断すると案外さくっと死にます。そして死ぬと復活出来ず、「ユラトぉぉぉぉっ!!」とか絶叫することになる訳です。手塩にかけて育てた傭兵が、ひかせ際を誤ってあえなく敵に敗れた時の喪失感は、Wizardryのロストにも匹敵するものがあります。

一方、戦闘バランスは結構独特で、弾数制限がある(弾は街で購入できる)飛び道具を上手く駆使すれば、序盤でもかなり格上のキャラに勝つことが出来ます。これを利用した稼ぎテクなども存在しまして、序盤に戦えるシープヘッドを倒しまくると大量に経験値が稼げたりするんですが、そうしなくてもレベルは割とさくさく上がる親切仕様です。これで経験値稼ぎの楽しさを覚えたちびっこたちもいたのではないかと。

とはいえ、どれだけレベルを上げても、最終ダンジョンは割と地獄仕様でして、かなりの苦労を強いられることになります。機会があれば是非攻略をば。


くるくると入れ替わる仲間たちにも一人一人きちんとドラマがあり、台詞があり、出会いと別れがあります。この辺の見せ方、プレイヤーに対する「別れ」の提示というものが、このゲームはほんとーーーに真に迫っており、新たなキャラクターと出会った喜び、前のキャラクターと別れる寂しさを、非常に丁寧にプレイヤーに提示してくれます。私が、ミネルバトンサーガを「出会いと別れのRPG」と呼ぶ所以です。

街の人達を含め、ちょこちょこと変化しながらプレイヤーに提示されるメッセージの数々は、「自分は本当にこの世界を旅しているんだ」という臨場感を感じさせてくれること大でした。個人的にはジノーとかいい味出してたと思います。



・美麗なグラフィックと、神曲以外存在しないBGM。

ところで、上でも書きましたが、ミネルバトンサーガには神曲以外存在しません。断言します。

私が特に好きなのはフィールドのBGMとED・スタッフロールのBGMでして、とりわけスタッフロールのBGMについては、ラスボスを倒して平和な世界を廻った時のメロディラインそのままに、軽快さと透明感と重層な展開という、一見矛盾しているように見える要素を見事に並び立てている素晴らしい名曲です。

出来れば、ご自分でラゴンをしばき倒してからどっぷり聴かれるのをお勧めしたいところなのですが、忙しい方はyoutubeで検索してでも一聴されるとよろしいのではないかと思います。


ともあれ、ミネルバトンサーガのもう一つの凄さは、やはりなんといっても「世界の見せ方」なんですよね。

例えば、ストーリーの進み具合によって、同じ街でも聞ける噂話が変わったり。

例えば、色んな街の吟遊詩人から、その地に伝わる伝承を聞くことが出来たり。

例えば、説明書にアイテムの原料やの作り方が細かく書いてあったり。

例えば、製品への添付で世界地図を観ることが出来たり。


上記の美しいBGMや、細かく書きこまれたグラフィックも含めて、ミネルバトンサーガの世界観演出はとにかく徹底しています。ゲームの中にも外にも、南オフェーリアという世界がどんな場所なのか、プレイヤーに伝えようとする要素が山積みです。この辺りは、後のTAITOシューの世界観の組み立てにも通ずる部分があるような気がします。


と。長々書いて参りましたが、私の中では「メタルマックス」「サンサーラ・ナーガ」と並ぶ、ファミコンRPGの中でも屈指の名作が「ミネルバトン・サーガ」です。どうもまだバーチャルコンソールでも配信されていないようなのですが、機会あれば是非とも遊んでみることをお勧め致します。


今日書きたいことはこれくらいです。


posted by しんざき at 19:34 | Comment(1) | TrackBack(1) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月22日

私が思うに、レトロゲームに「レトロ」分はそれ程重要じゃないんです

ところで不倒城はレトロゲームブログなのですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

今日書きたい内容を先に箇条書きにすると、以下のようになります。


・レトロゲームの「レトロ」というのは、ゲームそれ自体ではなく、ゲームを取り巻く思い出、懐古、時代、その時の自分の環境だったりすると思います。

・だから、レトロゲームの定義は人によって変わります。人によってはプレステ2はレトロゲーム機ですし、人によってはスーパーカセットビジョンは次世代機です。

・レトロゲームが好き、という人にも、実際にはゲームそれ自体というより、そのゲームをやっていた頃の追憶が好き、という人もいらっしゃるようです。欲しいものはゲームそれ自体というよりあの頃ゲームを遊んでいた自分、というような。

・けど、思い出とかその頃の時代背景とか、そういうもんを取っ払っても、面白いレトロゲームタイトルは超絶面白いと思うんですよね。それこそ最新のゲームにも全く負けないくらいに。

・そういう、「最新のゲームとタメをはるようなレトロゲームの楽しさ」をたくさん伝えていきたい。



うん。大体言いたいことは言ったような気がします。


レトロゲームブログを名乗っておいてなんなんですが、少なくとも私の中では、レトロゲームの「レトロ」という部分ってあんまり重要じゃないんですよね。

私の好物のゲームをずらっと並べた時、その中にファミコン時代のゲームと、そのちょっと後くらいのゲームの含有率がかなり多いので、分かり易くレトロゲームブログと言ってはいるのですが、私にとって「レトロゲーム」とは「懐かしむ対象」ではないのです。現役で遊んでおり、現役で発掘する対象なのです。

不倒城:個人的トップ10ゲームとか10本じゃ全然足りないので100本くらい挙げてみました

私が今でもイーアルカンフーを週一回遊んでいるのは、単純にそれが楽しいからです。

私は今でも、今まで遊んだことがなかったファミコンのタイトルに出会って、「こんなに面白いとは!」とびっくり仰天することがあります。すいません、ドナルドランドとかアルマナの奇跡とか、正直舐めてました。


ゲーム自体の面白さ、遊びの面白さって、結構普遍的なものだと思うんですよ。鬼ごっこの、かくれんぼの面白さが普遍的なものであるように、「遊び」としてのゲームの面白さは、いつやっても変わるものじゃない。


「遊んでいた頃の、楽しかった思い出」「熱中した思い出」っていうのは、確かに面白さを強烈にブーストするスパイスではあるんですけど、それはゲームそれ自体にとってのコア要素じゃない。思い出があろうがなかろうが、サムライソードはサムライソードだし、カリーンの剣はカリーンの剣です。

あるゲームを面白く感じるかどうかは人それぞれとはいえ、「ある人にとって昔面白かったゲーム」は、「今、遊んだことがない人」にとっても十分楽しめる可能性があると思うんです。


かつて、ファミコンタイトルの最大の弱点は、「見た目のチープさ」と「流通経路の薄さ」でした。しかし、スマホアプリが百花繚乱の今の時代、見た目のチープさは致命的な問題ではないし、バーチャルコンソール他さまざまな経路が出来てきた今の時代、流通経路も決して薄くはない。


とすると、今という時代は、「レトロゲームは、決してレトロなだけのジャンルじゃないんだよ」ということを主張するのに、これ以上ないくらい絶好のタイミングなんじゃないかなあ、と私は思ったりするわけなんです。


最近ちょっとレトロゲーム分野が手薄でしたけれど。いちレトロゲームブロガーとして、「昔、このゲーム面白かったよね」ではなく、「このゲームを!!今遊べ!!!後悔はしないから!!!!!」という思いを、引き続き読者の皆さんに叩きつけていきたいと思う次第です。


今日書きたいことはそれくらい。


以下は関連エントリー。

今まで一度も「ファミコン」を遊んだことがない人に、今だからこそ薦める10作
posted by しんざき at 15:33 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月10日

男親が子どもとの関係を将来に渡ってよくするために必要なたった一つのこと



奥さんと「新婚かよ」ってくらい仲良くしまくること。



娘が今3歳なのだが、純なまま育てるにはどうしようか。

なんかこちらの増田が話題になってたので、思ったことだけ書きます。

この記事自体については、例えば娘さんに対するスタンスがどうとか、性的な視線が気持ち悪いとか、色々な側面から批判の対象になっているようですが、私は一点、「自分と奥さんとの関係性」についてこの人が殆ど書いていないことについてちょっと気になりました。


この増田の意図自体は、ざっくり「将来に渡って、男親としての娘さんとの関係性を良好なものにしたい」という風に括ってしまっても、まあそんなに問題ないと思うんです。細かい問題はありますけど、その辺は多分ある程度切っちゃっていい。


で。これは私の感覚なんですが、子どもと仲良くする際、「奥さんと仲がいい」という要素って凄い重要というか、結構前提条件みたいなところあるんじゃないかと思うんですよ。


勿論例外もあるとは思うんですけど、少なくとも私の観測範囲内だと、「奥さんと険悪だけど子どもとは仲が良い」っていう旦那さん、一人もいません。家族全体ワンセットで仲が良いか、家庭にあまり居場所がないか、ほぼ二極化しています。


夫婦仲が良いことは、単に「子どもと仲良くする為に」ということだけに限定したとしても、


・両親の仲が良い = 家庭内が安定しているということが子どもの心理的安定性に寄与する
・父親がいない間でも、子どもが父親の褒め言葉を聞ける
・子どもの成長に従って父-子ども間が一旦疎遠になったとしても、家庭内でちゃんとポジションがある



などなど、いいことづくめだと思うんです。別にそれだけの為に夫婦仲良くする訳でもありませんけど。


子どもが大きくなるにつれて、親、特に父親をある程度忌避するようになる、なんてこと、ごくごく当然のことなんですよね。自分のこと思い出せばわかるでしょう、という。程度の差こそあれ色んな子どもが通る当然の成長過程なので、むしろ該当しない方が多少心配です。


で、子どもにとっては、ある意味「安心して父親を忌避出来る」ことって結構重要だと思うんです。自分が父親と疎遠になることで、父親の居場所自体がなくなっちゃうとか、家庭内の空気が険悪化しちゃうとか、子どもの精神衛生上、いい影響が出るわきゃありません。両親の仲が良くって、家庭内が安定していてこそ、子どもも安心して精神的自立が出来るってもんなんじゃないかと。

で、安心して精神的自立が出来てこそ、更に将来、一人の大人として父親と安定した関係を築くことが出来る。多分そんな感じなんじゃないかと思うんですよね。


というか、ぶっちゃけ、奥様と仲悪かったら、子どもの反抗期に父親として家庭内でどう過ごすんだよと思わないでもないんですが。大丈夫なのかしら。


なので、将を射んとすればではないですが、まず何よりも「奥様との関係性」というものを最重視するべきなんじゃないかなあ、と思った次第です。娘と、ではなく奥様含めて家族全員でお風呂に入るべきだと思います。奥様を性的な視線で観ることはそこまで怒られないんじゃないかとも推測されます。


ちなみにしんざき家では、長男長女はそこまででもないんですが、次女は今のところかなり私べったりで、私が出社すると泣かれますし、歯磨きの時にわざわざ召喚されます。とはいえ、これもいつかは失われることだろうとは思いますし、今後とも親子の程良い距離感を模索しつつ、奥様と仲良くすることにいそしみたいと思っております。

あと、しんざき家風呂はデフォルト皆で入るんですが、最近流石に5人は手狭になってきました。どーしたものかしら。


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posted by しんざき at 12:12 | Comment(1) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月06日

「日常の色んなことを「当たり前でないこと」と感じられる能力」が余りにも大事過ぎる


能力名とかないんでしょうかこの能力。そのまんま書いてると文章が長くなりすぎるので、仮に能力αと呼称してみます。


家庭生活において、能力αは「日頃の地味な努力、地味な気遣いを埋没させない能力」です。

例えば、しんざき奥様は、日頃ホントーに色んなところで私をサポートしてくれており、家庭内で私は殆どノーストレスでいさせてもらっています。私の方でも、なるべく奥様がストレスを感じないで済むように、できる限り努力しているつもりです。

こういう、お互いの普段の努力って、ほっとくとすぐ「当たり前のこと」になって埋没しやすいんですよね。


それ以外でも、例えば家事の分担であるとか、子どもの宿題への頑張りであるとか、日常生活は「地味な努力」「地味な苦労」であふれています。

そういうものを、ただ頻度が高いだけで「当たり前のこと」「当たり前のもの」として流してしまうようになると、それはその内「降り積もるストレス」になってしまったり、お互いへの関心の低減に繋がったりしてしまいます。

そういう「当たり前のこと」を当たり前にせず、きちんと掘り起こして「偉かったね、ありがとう」と評価し合うことって、人間関係の上でものすごく大事なことだと思うんですよ。これは、夫婦間、親子間に限らず、どんな関係でもそうだと思います。



ブロガーや表現者にとって、能力αは「日常で気付きにくいことを、特別なこととしてみんなに伝えられる能力」です。

大体において、一般人の生活なんて、そこまで大きく異なるものじゃないんですよね。「波乱万丈の生活」をしている人は、勿論いないわけじゃないんですが、実際は非常に少ない。大多数の人は、当たり前の日常を当たり前に送っているんです。

けど、そんな生活を「つまんない生活」と考えられる人と、「面白い生活」と考えられる人の差って、多分根本は能力αにあると思うんですよ。ごく当たり前のように見える石ころの中に、何か特別なものを見つけられるか、どうか。さらに、それを人に伝えられるか、どうか。

能力αに優れている人の話って、凄く面白いんです。なんてことのない日常生活の出来事なんですが、その人のフィルターを通してみると、ただの石ころが物凄く綺麗な何かに見えてくる。

「サトラレ」っていう漫画にいましたよね。田中さんでしたっけ、画家のサトラレ。なんてことのない筈の近所の山の風景を、ひたすら描き続けている天才画家。


twitterや、色んなブログで「これは面白い」と唸らされるテーマって、大体「自分も気付いてはいたこと」「自分も経験してはいたこと」なんですよね。けど、そこに「ブログに書く程の特別さ」を自分は見出すことが出来なかった。この辺が、多分表現者としての能力の差に直結してるんだと思うんです。



例えば、仕事において能力αは「日常業務に改善点を発見し、ミスを低減させる能力」だったりします。例えば、勉強において能力αは、「校長先生の朝礼でのお話が、意外と含蓄にあふれて面白いということに気付く能力」だったりします。


事ほど左様に、「日常の色んなことを「当たり前でないこと」と感じられる能力」は、余りにも利点にあふれた重要な能力でありすぎるわけです。

「当たり前のこと」をただの「当たり前のこと」で、終わらせないように。しんざきも、「日常の色んなことを「当たり前でないこと」と感じられる能力」を今後とも研ぎ澄ませていきたいと考える次第です。


今日書きたいことはそれくらい。
posted by しんざき at 23:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

こういう「男性にとってのデート作法」みたいなものを逆用してる知人がいて、

初デートで連れてって良い店・悪い店を解説する
http://anond.hatelabo.jp/20150901003232

「こういうデート作法とか女性の扱い方TIPSみたいなのに心底うんざりしてる男の人って多いから、「私吉牛とかファミレスとか超OK」アピールしとくと「店選びとかで気を遣わないで済む女性」って思ってもらえて好感度めちゃくちゃ上がるよ」

とか話しててかなりの孔明だと思った。
posted by しんざき at 18:59 | Comment(1) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする