2016年02月26日

「新パルテナの鏡」とスプラトゥーンの比較論


大変今更な話なのですが、ちょっと書いてみたくなったので。


最近になってようやく、スプラトゥーンをちゃんとプレイしてます。長男(8歳)は現在ランク20までいったそうで、「お店の店員さんが褒めてくれるの!」と自慢していまして、最近はガチヤグラでスロッシャーまき散らすのがお気に入りなようです。私はまだランク12で、スプラローラーコラボとスプラシューターコラボが主なブキです。


で、私のスプラトゥーンに関する印象なのですが、大きく分けると

1.すげえ面白い
2.「もしかするとパルテナの鏡ってこういうことまでやりたかったのかなあ」と思った

の二点です。

1についてはそれはそれでちゃんと書きたいのですが、今回は主に2について書いてみようと思います。

皆さんよくご存知かとは思うのですが、「新・光神話 パルテナの鏡」というゲームがあります。ディスクシステムの「パルテナの鏡」から25年を経て、3DSで復活したアクションシューティングゲームです。


皆さんよくご存知の通り、新パルテナはTPSに近い、3D視点のシューティングゲームです。主人公のピットは、種々様々な神器を駆使して、冥王軍と戦ったり、女神パルテナ様と夫婦漫才をしたり、ロリババァナチュレ様をいじったり、逆にハデスやパルテナにいじられまくったりします。

この辺は、youtubeで動画など見て頂ければと思います。


以前、不倒城でもパルテナを紹介しました。下記エントリーです。


パルテナの鏡には、一人用でストーリーをクリアしていくシングルプレイモードと、最大6人で対戦出来るマルチプレイモードがあります。シングルプレイモードでは、プレイヤーはピットを操り、天使版ナイトストライカーである空中戦モードと、FPS(完全一人称視点のSTG)、ないしTPS(プレイヤーキャラの肩越しに画面を見るSTG)に近い地上戦モードを戦います。

シングルプレイモードはシングルプレイモードで、神器によって全然ゲームが変わったり、探索が楽しかったり、パルテナ様が駄女神だったりと大変面白いんですよ。それは間違いありません。

が、マルチプレイモードについては、恐らく任天堂初の「本格的にネット対戦出来るTPS」として、これがひっじょーーに面白かったんですよ。

そりゃCALL OF DUTYやHaloみたいな、据え置きゲーム機やPCのバリバリのFPSに比べれば物足りない人には物足りなかったと思うんですけど、当時「そこまでFPSやTPSをやり込んでない携帯機ユーザー」という層にとっては、様々な点で手軽に遊べる、非常に楽しい「TPSの入り口」として動作していたと思うんです。

神器につける能力をあーでもないこーでもないと吟味する楽しさ。
時には相手の意表をつき、時には遠距離から狙い撃ち、時には正面から突っ込む様々なスタイルの使い分け。
神器に合わせて奇跡をカスタマイズして、タイミングを見て発動させる戦略性。

時にはラグい時もありましたが、基本的にマッチングはスムーズでしたし、操作感は素晴らしいの一言だったし、とにかくハマり要素が多々あったと思うんです。


ただし、対戦ゲームとしてのパルテナの鏡には、恐らく3つの欠点があり、それが「TPSの入り口」としての間口を狭くしていました。

・プレイヤーの熟練度・ランクに応じたマッチングの仕組みが存在しない
・相手を倒す以外に勝利を得る・得点を稼ぐ手段がない
・神器(プレイヤーの武器)をかなり吟味しないと、ある程度以上のレベルでは勝負にならない

早い話、「初心者もガチ上級者と平気でマッチングされてしまう」し、「相手を倒さないといけないので、照準・攻撃の腕前がある程度ないと全く勝てない・ないしチームに貢献出来ない」し、「ある程度煮詰まってきた後は、戦える神器を入手するまでにかなりの手間が強いられる」という、三つの「ハードルの高さ」があり、もっと盛り上がってもいい筈のマルチプレイがそこまでは盛り上がりきらなかった、という側面があるような気がするんです。

特に、マッチングシステムの問題で、先発組と後発組の差が開きすぎてしまったのは本当にもったいなかった。

勿論、パルテナはシングルプレイモードも十分メインを張れるだけの出来でしたし、上記の欠点はありつつも、十分初心者も上級者に一泡吹かせるだけの「遊びのキャパシティ」をもってはいました。プレイスタイルによっては、天使戦でサポート的に立ち回ることも不可能ではありませんでした。

ただ、この出来だったらもっともーっと盛り上がってもいい筈だよなあ、とは当時も私、思ったんですよね。


で。

スプラトゥーンは、「パルテナ」が持っていた上記のような欠点を、まとめてすべて解決してしまっています。

・プレイヤーの熟練度については、「ランク」と「ウデマエ」の二重方式になっており、特にガチマッチでは非常に適切にマッチングされる
・勝敗の基準にバラエティがあり、敵をキルすることばかりがチームへの貢献の手段ではない為、敵を倒すのが苦手な人、ないし初心者さんでも、それぞれのやり方でチームに貢献出来る
・ギアについてはスキル厳選があるものの、ブキについては基本ランク以外の入手制限がなく、どのプレイヤーもほぼ平等に使える。かつ、序盤で手に入るブキが陳腐化しない

すげーーー、と思ったんですよ。任天堂のTPS、と聞いて真っ先にパルテナを思い出した私にとって、かつて「惜しい!」と思っていた点がすべて解決されている。この進化度合は素晴らしい。

特に二番目の、「勝利条件の多様化」というのは実に素晴らしいと思っていまして。例えばナワバリバトルでは、最終的な勝利条件が「塗った面積」なので、敵を倒すことは必ずしも必須ではないんですよね。ローラーでごろごろとエリアを確保して、敵が来たら逃げて他の場所を塗る、というやり方でも仕事は出来る。もちろん、キルする・されるが重要な要素であることは当然であり、ざくざく敵を倒せる人はそれはそれで大活躍出来るんですが、今まではFPSやTPSに手を出そうにも出せなかった「エイムが苦手な人」でも、やろうと思えばチーム戦で活躍出来るんです。

かつ、一つ目の条件と三つ目の条件がある為に、後発で入っても全然問題なくオンライン対戦で楽しめる、という点も非常に大きいです。私と長男がスプラトゥーンを始めたのはつい先月で、もう発売から一年近く経っている訳ですが、まだ全然問題なく対戦が盛り上がりまくっているうえ、8歳の長男でも通信対戦にハマれるくらい間口が広いのは、これ本当にすごいなあと思う次第なのです。


まあ長々と書いて参りましたが。私が言いたいこととしては、

・スプラトゥーン面白いです
・スプラトゥーンの対戦ツールとしての出来は、パルテナから遥かに進化していると思います
・新パルテナも面白かったしパルテナ様はあざと可愛かったと思います
・女神の服の太ももにスリットが入ってるのはどうなのか
・ナチュレ様にハートをささげまくっていた人は黙って手を挙げなさい、先生怒らないから

ということだけであり、他に言いたいことは特にない、ということを最後に申し添えておきます。

あと、関係ないですが、3DSで一時配信されていた「おいかけて」と「おいかけられて」がyoutubeに上がってました。パルテナ様が駄女神で大変可愛いので一度見るといいと思います。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 15:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月24日

エレベーターで開ボタンを押す話

そんなもん、てめえが「開く」ボタンさないで、いつ閉まるかわからない中でみんなで急いで出るのが一番速いわ。てめえのせいでみんなゆっくり降りてんだろクソが。てめえのすべてが余計なお世話なんだよ氏ね

いや、あれは単に「お先にどうぞ」というだけのジェスチャーであって、お互い降りようとするのがバッティングしてお見合いになっちゃうのを避けられるので結果的にはさくさく降りられてると思いますですよ。

ぜんっぜん関係ないけど、職場のエレベーターで全然知らない会社のお客さんが乗り合わせてきて、その会社の人とお互い「本日はありがとうございました」ってお辞儀しあってるところ、黙って「開」ボタンを押しっぱなしにして、お辞儀しあってる知らない人たちが違和感を感じるか感じないかぎりぎりの限界に挑戦する遊びが超スリリングで俺の中でお薦めです。
posted by しんざき at 08:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

つまづいた子に勉強を教えるノウハウ、ないし円周率は3.14がちょうど良かったというお話


昔、家庭教師やら塾講師やらで、小学生中学生に国語や算数を教えていたことがありました。


家庭教師や塾講師の仕事というのは、基本的には「子供の出来ない部分をどうやって発掘するか」という一点に尽きます。

家庭教師や塾講には、ざっくり言って二つのパターンがあります。「受験の為に、出来る子をもっと伸ばしてあげる」授業と、「学校の授業の為に、出来ない子をなんとか救い上げてあげる」授業です。

私がやっていたのは、どちらかというと学校の授業についていけなくなってしまった子の為の、救い上げの作業が専らでした。この作業には、「学校のテストで何点が取れるか」という、非常に明確な指標があります。

テストでいい点がとれるようになると、本人も親も喜んでくれて時給も上がります。テストの成績が上がらないと割とすぐに切られます。ある意味ひじょーーにシビアな世界でした。

私は、自分の研究そっちのけで、子どものテストの点数をいかに上げるかを考えていました。

子供は、自分が出来る、自分に分かる範囲の勉強については、ある程度放っておいても勝手にやってくれるもんです(少なくとも、家庭教師をわざわざつけようというくらい、子どもの教育に気をつかっている家庭では)。しかし、元々出来るところを繰り返しやっていても、50点未満を取らないようにはできますが、70点、80点をとれるようにはしてあげられません。

子供の成績を上げる為には、

1.どこでつまづいているのかを発掘する
2.つまづいている理由を検討する
3.それを解決する為にはどうすればいいかを考える
4.本人をその気にさせつつ、3で考えた解決法を実施させる

という4ステップが必要になります。これ、最初の1回をスムーズにやることが一番重要でして、「あ、すごい、分かる!」と感じてくれると、それ以降の勉強に対するモチベーションが全然変わってきます。逆に、「このにーちゃん何言ってるのかよくわかんない」と感じてしまうと、以後全然話を聞いてくれなくなります。子どもはシビアです。

だから、最初の1回で、なるべく分かりやすい形で、「つまづいているところの発掘と解決」をしてあげないといけません。ここが、教える側としての最大の腕の見せ所だったと思います。


で。


算数の話なんですけど、小学校高学年くらいで「算数が苦手」っていう子って、割とつまづいている場所のパターンが限定されているんですね。大体、小1や小2くらいには何の問題もなくできていたんだけど、小3、小4くらいの基礎的なところをなんとなく分かった気になって通り過ぎてしまって、小5や小6で応用的な部分が出て来た時には全然わかんなくなっちゃった、というパターンが殆どでした。

算数というのは積み重ねですから、苦手な子の中には、びっくりするくらい基本的なところで躓いちゃってる子も珍しくありませんでした。「分数の文章題が苦手というからよくよく聞いてみたら、実は2桁×2桁の掛け算があやふやでした」とか、よくある話でした。

以前、「割り算の筆算がわからない」という子の為にどんな風に教えていたか、という記事を書きました。


興味がある方はよかったら。「割り算ではなく、何個入るかな算として教える」というのが一番のポイントでした。


そんな中で、「図形の文章題がよくわかんない」という子が、小学校高学年から中学校初頭くらいで結構いました。

図形の文章題って、例えば補助線の引き方とか、図形の捉え方とか、そういうところでつまづいてるのかな?とか、大人としては思っちゃうじゃないですか。

勿論そういうパターンの子もいたんですが、もっと多かったのが、「図形以前に、もっと基本的な計算のところでいい加減な理解しかしていなくて、結果的に計算しても数字が合わなくって訳わからなくなってる」というパターンでした。

こういうパターンの子を見つける為に、円周率の3.14っていう数字が絶妙だったりしたんですよ。

小数第二位までの計算って、小数の計算方法がわかっている子には簡単にできて、小数の理解がいまいちな子には出来ない、一番絶妙なところなんですね。3.1、だと乗算で繰り上がりが発生しないし、計算が単純だからなんとなく計算が合ってしまう。3.142、だと分かってる子でも計算ミスがちょこちょこ起きるし、計算が煩雑になって教えにくくなる。


3.14。ちゃんとわかってないと合わない。分かってると簡単。

「数学的に正しいかどうか」というのは、勿論とても重要な話です。

ただ、小学校の算数が「教育」である以上、そこでは「教育の材料として適しているかどうか」も、同じくらい重要な指標として考慮しなくてはいけません。


円の面積の求め方って、小学校6年で勉強します。当然、円周率も6年の課程です。

けど、小4や小5の「整数の除法」とか「小数の加法・減法」「乗数や序数が小数の場合の乗法及び除法」辺りでつまづいたまま6年に入っちゃうと、他のところでてきめんにつまづきまくります。

「分からないところ」を釣り上げる為のフックが必要。そして、そのフックには「ちょうど良さ」が必要です。


ちょっと前に、3.14という中途半端な数字について、数学としての精密性とか、有効数字の意味とか、いろんなところから議論になっているのを見かけました。精密に教えないなら「おおよそ3」で別にいいじゃねえかとか、まあ色々、それぞれ説得力があるお話だったと思います。

ただ、3.14っていう中途半端な数字が役に立つこともあるんだよ、と。少なくとも私にとっては、何人かの生徒を算数嫌いから救い出せた、結構大事なフックだったんだよ、と。

そんな側面もあるということをお伝え出来たらなあ、と思ってこの記事を書きました。


今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 00:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月22日

プロに対して、ネットで見た情報だけを情報源に批判をふっかけるのは避けた方がいい

いや、わざわざ書くまでもない、当たり前の話のような気はするんですが。


ちょっとふぁぼるのを失念していたんですが、Twitterで、「最近、患者さんが「ネットで見たんだけど」という情報を元に医療方針に色々文句を言ってくる」というお医者さんがいた、というような話を観測しました。まあ、ちょこちょこ聞く話だとは思います。


私、ちょっと前にこれと同じ様な話を、前の会社で同期だった友人から聞きました。彼はアプリケーションエンジニアでして、その時は患者の側でした。

その時、私は彼とこんな会話をしました。


元同期「この前○○の再検査で医者にかかったんだけどさあ」

私「あー、なんか大変だったみたいね」

元同期「別に文句言った訳じゃないんだけどさ、「ネットではこの症状は××って書いてあったんだけどどうなんですかねー?」って言ったらすっげえ嫌な顔されて、「体調に関して、ネットの情報を鵜呑みにするのはやめてください」って言われたわ」

私「いやそりゃそうだろ。お前、クライアントに「ネットではiOSアプリの開発は簡単って書いてあったんだけど、この工数かかり過ぎじゃないの?」とか値切られたら「じゃあそれ書いた奴に作らせろや」ってブチ切れるだろ?」

元同期「あーーー…それはブチ切れるわ…というか俺一回同じようなこと言われて実際にブチ切れたわ…」

私「マジか」

元同期「それでその客先と保守契約解除になっちゃって俺めっちゃ怒られて始末書書いたわ……」

私「なんかごめん」


いやまあ、このたとえ話が適切だったのかはちょっとよくわかりませんが。

ただ、一つ言えることとして、「仕事をしてもらっているプロに向かって、「ネットに○○って書いてあったんだけど(だからお前の意見はおかしい)」というのは、場面にもよりますが基本的には超失礼」ということは、当然の常識として認識しておいた方がいいんじゃないかなあ、と思いました。

だって、ネットでたまたま見つけた情報を、お金を支払っているプロの発言より信用するというのは、「私は、あなたが持っている専門知識よりも、どこの誰が書いたかわからないWebの情報を信用しています」と言っているのと同じことですもんね。



いや、まあ、多角的に情報収集すること、その手段の一つとしてネットを参照すること自体は、もちろん全然構わないと思うんですよ。Webの情報が時として非常に貴重かつ重要であって、思いもよらなかった解決法がそこから見つかることだってありますもんね。


ただ、幾つか認識しておきたいこととして、

・Webの情報は、別にあなたの為に書かれたものではなく、あなたの個別の事情や状況など何も勘案されていない
・Webの情報は玉石混交であって、場合によっては虚実ごちゃまぜでもあって、それ「だけ」を信じるのは非常に危険である(特に医療については)
・情報発信者が誰かが明示されていない場合、その情報は全くのド素人が書いたものかも知れない。そしてあなたにそれを判断する術はない

という点はあると思うんですよね。というか、Webで情報収集する際、必ず頭に入れておかなくてはいけない必須認識なのではないかと。



以前、「安易な気づき」の危険さについて、何度か書いたことがありました。


今までなんとなく信じていたことが否定されて、「そうだったのか!知らなかった!」となる。既存観念の否定に始まる気づきというのは、時として非常に気持ちよく、魅力的です。

ただ、その気づきが本当に妥当なものなのかどうか、保証してくれる人は誰もいません。例えばそれが「既存の医療に対する否定」であったりすると、話は非常に厄介で、即座に自分の身の危険としてふりかかってくることになりかねません。


Webで情報を収集する際は、くれぐれも「それが本当に妥当なものなのか」慎重に判断しないといけないなー、と。

ましてや、それを「お金をとっているれっきとしたプロ」に投げつけるなどということは、よほどのことがない限りド慎重にした方がいいんじゃないかなー、と。


そんなことを改めて考えた次第なのです。


今日書きたいことはそれくらい。




posted by しんざき at 17:11 | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月18日

「説明書を読まなくても遊べるように考えるのが当然」という概念が割と最近のもの、ということは忘れてはならない

タイトルで完結しているんですが。


レトロゲームを遊んだり評価する時に、「説明不足過ぎわけわからん」という言葉を聞くことはよくあります。

「昔のゲームはシンプルだった」と述懐されることが時折ありますが、実際のところ「昔のゲーム」というのは括りとしてはちょっとデカ過ぎます。「ドンキーコング」や「ギャラクシアン」辺りの最初期の固定画面型アクションゲームやSTGならまだしも、ある程度時代を下ったRPGやSLGの中には、今のゲームですら相手にならない程複雑なゲームが山ほどあります。悪魔城ドラキュラIIを、アイギーナの予言を、バベルの塔を遊んだうえで、それでもなお「昔のゲームはシンプルダナー」と言える人が、果たしてどれほどいるでしょうか。

最近のスマホゲームなんて非常にシンプルなタイトルが山ほど出ている訳で、「昔のゲーム = シンプル、最近のゲーム = 複雑」なんて図式を単純に信じてしまっている人は、昨今のゲーム事情をよくご存知ない方と断定してもいいくらいでしょう。


それはそうと。

近年こそ、「ユーザーは説明書を読まないもの」というのはデベロッパーにとってある程度常識になっておりますし、ゲーム内で様々なチュートリアル的な工夫が行われることも珍しくはなくなっておりますが、かつてはそれは「常識」ではなかった、ということは頭の片隅においておく必要があると思うのです。

遊び方、だけの話ではありません。ストーリーが、世界観が、ゲーム攻略上の重要なヒントが、説明書にはしばしば記載されていたのです。ワルキューレのクジラについてだって、ドラクエ3のオリビアの呪いについてだって、説明書を読めばちゃんとヒントが書いてありました。


かつては、説明書は「セットで読む」ことが想定されたものだった。

かつてのゲームは、「一緒に説明書を読んでもらう」ことを想定されてデザインされていた。


となると、「説明不足過ぎ」「理不尽過ぎ」という言葉をゲームに投げつける前に、まず「自分がこのゲームの説明書を読んでいない」ということは計算に入れておいてしかるべきなのではないかなあ、と私は思うのです。


いや、勿論、工夫自体は色々とありました。別に、「説明書を読まないユーザー」「説明書無しで貸し借りされるゲーム」というものが、最近まで開発者に感知されなかった、という訳ではありません。ゲーム開発者は、ゲーム内だけでなるべく多くの情報をユーザーに届ける為に、色々な工夫をしてきました。

例えば、「なかまにするならせんし そうりょ まほうつかいのさんにんがいいぜ。ひっく!」と教えてくれる酔っ払い。

例えば、ジャングルウォーズで「こらこらパンツをはきなさい」と、さりげなく装備コマンドの存在を示唆してくれるお父さん。

ただ、それらは徹頭徹尾「追加の工夫」であって、必要な数多くの情報が、説明書に詰め込まれていたことに変わりはないのです。

かつてのゲームの説明書は、教科書であり、参考書であり、小説であり、辞典でありました。説明書には、そのゲームの遊び方が、世界観が、キャラクターが、製作者がユーザーに届けたい思いが、そのままに詰まっていたのです。

「げーむのせつめいしょ」というサイト様があります。ファミコン、スーファミの色々なタイトルの説明書内容を記載しているサイトで、いつも色々な情報を参考にさせて頂いています。


たとえば、「キングオブキングス」という名作ファンタジーシミュレーションがあります。非常に良く出来たゲームなのですが、当時のファミコンキッズたちが、説明書なしでそのゲームシステムを理解することはかなり困難でした。



たとえば、「株式道場」というゲームがあります。ゲーム自体がエラい複雑なこともさることながら、その説明書の密度は凄まじいもので、中にはゲームと直接関係ない株式の用語の記載までありました。



たとえば、STG面での謎解きの理不尽さが時折話題になる「スーパースターフォース」の説明書には、各ステージの謎のヒントがきちんと記載されています。



説明書の重要性、そして説明書の凄まじいバラエティというものを、少しは感じて頂けるでしょうか。


つまるところ私が言いたいことは、

・一見理不尽に見えるゲームタイトルでも、実は説明書に色々書いてあるかも知れないからあながち理不尽とも言い切れない
・説明書は、もしも手元にあるならばきちんと保存し、ちゃんと読むべきである
・ゲームの説明書はただ読んでるだけでも十分面白い
・ところで半熟英雄の説明書でアドバイスを書いているバケラッタ・こんど〜さんは一体何者なのでしょうか


ということだけであり、他に言いたいことは特にない、ということを最後に申し添えておきます。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 20:22 | Comment(1) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月17日

会議で「あ!これ人狼でやったヤツだ!」と感じる瞬間



・飽くまで表には立たない状態で、会議の雰囲気をなんとなく「こっちかな?」という感じに誘導することに成功した時
・短い時間で微妙に言ってる内容が変わった人の発言をさり気なくチェックして、絶妙なタイミングで「あれ、○○ってことじゃありませんでしたっけ」と指摘した時
・逆に「あれ、この前言ってたことと違わない?」と矛盾点をつっ込まれそうになった時、すらすらと状況の変化について説明出来た時
・自分の意見を撃墜されつつも、結果的に自分が所属するチームにとっては利益がある状況に上手い具合にもっていけた時
・「この人に信用してさえもらえればこの場は十分だな」ということが適切に判断出来た時


もはや会議is人狼といっても過言ではないわけです。実際のところ、多少黒っぽい発言をしても吊られるということがあまり起きないので、現実の会議は人狼に比べてヌルゲーだと思います。

会社の会議ともなると、個人個人にチームの事情まで色々と絡んで、やはりしち面倒くさい勢力関係とかやむを得ず考慮したりしなくてはいけない時もあるんですが、それも「人狼チーム vs 村チーム vs 恋人チーム」みたいな想定をして臨めば楽しさ倍増。むしろ「よしそこのハムスター吊ろうぜ」という発言がうっかり口から飛び出さないよう注意しないといけないくらいです。

正直、昔に比べてあまり人狼ゲームをプレイしなくなって久しいのですが、こうしてみると「あの吊ったり吊られたり襲撃したりされたりした日々が、意外と自分の中で血肉になっているんだなあ・・・」と感慨深いです。気のせいかも知れませんが。

以前にも書いたかも知れませんが、人狼ゲームは


・ゲームの大半が顔突き合わせての議論で構成されている
・自分が生き残るのではなくチームを勝利させることが目的のチーム戦
・適切なポジショントークが必要とされる
・出す情報、出さない情報の適切な選別が必要とされる
・全員に信用してもらう必要は必ずしもなく、逆に「この人には信用してもらわないといけない、この人はおいといてもいい」というのを適切に判断しないといけない
・必ず誰かが嘘をついている、という特殊な状況



と、様々な点で現実のビジネスにも応用出来そうな(気がする)要素てんこもりなわけです。新人グループワークに人狼を盛り込むべきなんではないか、と考える所以です。


特に重要なのが「適切なポジショントークを必要とされる」という点と、「キーパーソンの見極めが必要で、見極めさえできていれば信用してもらうのは少人数でいい」という点です。

ポジショントークって、元々は株式の言葉で、我田引水的なあまりよろしくない使われ方をすることもありますが、実際のところ「自分の立ち位置にのっとり、自分が有利になるような適切な発言をする」練習ってなかなかできないと思うんですよ。かつ、それをなるべく自然に、あからさまでないような形でやらないと寄ってたかって吊られてしまうわけで、人狼におけるポジショントークのシビアさというのはなかなかそんじょそこらで再現することができないものです。

また、どんな会議でも「その場の力関係」の可視化というのは重要な話なのであって、そういった判断が適切に出来ることは組織におけるミーティングにおいて非常に重要です。


人狼における厳しい激戦を乗り切った経験があれば、多少タフな会議でもなんということなく乗り切れたりするんじゃねえか、などと考える所存なのです。



今後、企業生活を生き抜いていくに当たって、皆様にも人狼ゲームの有用性を知っていただきたいと考えるところ大です。私最近あんまり遊べてないですけど。

下記は、今までに書いた人狼エントリー。


短期人狼の歩き方:狂人さん初心者講座
人狼ゲームで学ぶ議事録の書き方
短期人狼の歩き方:あなたが吊られる、その前に。
短期人狼の歩き方:どんな「上手さ」を目指しますか?
短期人狼の歩き方:究極人狼の予習が流行っているので私も追従予習してみる。
短期人狼の歩き方・「2-2」と「3-1」について色々と考えてみる。
短期人狼の歩き方・ある潜伏狼の思考。
カード人狼の歩き方・ある村長の言葉。
カード人狼の歩き方・ローラーや決め打ちについて考えてみる夕べ
人狼ゲームに学ぶ、会議に関わる10の法則
カード人狼の歩き方 こまごまとしたこと。
カード人狼の歩き方・狩人coってなんだ?
カード人狼の歩き方・占い先にまつわる色々のお話。
カード人狼の歩き方・村側初心者編。
初日予言者COについて色々と考えてみる。
人狼BBSが僕達に教えてくれたこと。



今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 23:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人狼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月16日

エスカレーターの問題を真剣に解決しようと思ったら多分インフラ的に対応するしかない

というか、インフラ的に対応すれば一発で解決するので、もうインフラ的に対応しちゃえばいいんじゃないかと思います。


こんな記事を読みました。

エスカレーターに乗っている最中に転倒する事故を減らそうと千葉市は、エスカレーターでは歩いたり走ったりせず、立ち止まって乗るよう呼びかける取り組みを始めました。
市によりますとエスカレーターは、立ち止まって乗ることを前提に設計されていますが、急いでいて歩くなどしている人のために片側を空ける習慣が定着しています。千葉市内では、おととし、エスカレーターで転ぶなどして30人余りが救急搬送されたということです。

なにせ問題が「片側を開ける」という誤ったマナーの定着と同調圧力なので、呼びかけだけで改善するのはかなり困難、ないし時間がかかると思います。「エスカレーターで右側に立っていた為に、後ろから歩いていた客とトラブルに」みたいな話もしばしば挙がります。なんだかんだで私自身、自分が右側に立って後ろに人が大量に並んでいれば、恐らく落ち着かないと思います。


とはいえ、エスカレーターでの片側寄りや歩行が事故の一因となるのはおそらく事実のようで、日本エレベーター協会さんのFAQでも「走ったり歩いたりしてはいけない」と明記されております。


「本来であれば歩行するようには作られていない」インフラに対して、「歩行しやすいように片側を開ける」ということがマナーとして定着しているというのは、冷静に考えると異常な状態です。また、「片側は空いているけれど誰も空いた側を歩いていない」という状況もよく見る話で、純粋にエスカレーターの輸送可能人員が半分になってしまって非常に効率が良くない。


ちなみに、「エスカレーターで片側を空けていると、荷重が片方に寄って故障の原因に」という話も読んだのですが、こちらは明確なソースが見当たりませんでした。実際に荷重による偏摩耗が故障の原因になった例ってあるんでしょうか?どなたかご存知だったら教えてください。


ともあれ、単純に「歩けないようにする」というだけであればインフラで解決すれば一発なわけで、幾つか方策を考えてみました。


○エスカレーター乗機位置の前方・後方に柵を設ける

横から見るとこんな感じです。

エスカレーター.png

つまり、前に行く際に柵があって、そこを越えるのにコストを必要とすれば良い。前方・後方に柵状のものがせり出すような作りにしてやれば、「エスカレーターを歩く」こと自体が困難になり、エスカレーターを歩く人は消滅。必然的に片側寄りのマナーも消滅する筈です。


○段差の高低差を広げる

同じく障害的なアプローチ。

エスカレーターその2.png

単純に段差を高くしてやれば、段差を乗り越えてまでエスカレーターを歩こうとするチャレンジングスピリッツな人の数は逓減し、結果的に片側寄りのマナーも消滅する筈です。ただコレ、後方に足を踏み外した時にかなり危ないので、結局柵的なアプローチは必要かも知れないですが。手すりを掴めばまあ大丈夫かも知れん。


○手すりと手すりの間に棒を渡す

考え方としては柵と同様。
エスカレーターその3.png


ただ、「下からせり出す」のではなく、「左右の手すりを渡っている」というのがポイント。結果的には籠のような形になり、同じくエスカレーターを歩くことは困難になる筈です。え?絵の意味が分からない?考えるな、感じるんだ。


恐らくどのアプローチも技術上はシンプルかと思うのですが、実施に至るコストについては全く考えておりません。

ご検討の程よろしくお願い致します。

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posted by しんざき at 12:06 | Comment(13) | TrackBack(1) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月15日

長男と一緒に「鉄道探偵K」をクリアしてきた 16/02/14


いってきました。

鉄道探偵K「迷Q」

長男(8歳)は清く正しい電車大好き少年で、一年の過半はリビングをプラレールが占領しています。

以前、「地下謎への招待状2015」を長男が滅茶苦茶楽しんでいたので、今回もやってみたいかなーと思って「これやりたい?」と聞いてみたら「やりたい!やりたい!」とド速攻で食いつき。

Webで公開されている問題を最初に解いて、「○○駅まではどう移動すればいいかなー?」と路線図とにらめっこしている様子は超楽しそうでした。

で、昨日2/14、ちょっくら息子を連れて都営・京王の旅に行ってまいりました。

ネタバレにならない程度に感想を書いてみようと思います。


○謎解きは調査1、調査2、調査3の三段階

Webで最初から問題用紙が公開されているので見ればわかるのですが、基本的には「謎を解いて駅名を読み取って、その駅に行ってキーワードを探す」という形式を繰り返して謎解きは進みます。で、調査1、調査2をクリアして入手した手がかりが、調査3をクリアする為のヒントになっている、という仕組みです。

http://www.takarush.jp/promo/tetsutan2/

から「宝の地図」がダウンロードできるので、興味がある方は是非ご参照を。新聞のような体裁なのですが、いろんな部分が本編とかかわってきて、宝の地図としてすごく良く出来た内容でした。都営・京王の各駅でも配布してるみたいです。

謎解きの難易度については、調査1・調査2は「大人の私にはサクっと解ける、8歳児の長男にはちょっとヒントを出さないと厳しい」という程度。
調査3でだけちょっと考えましたが、総合的にはあんまり苦労しないで解けたと思います。

ただ、電車に乗ってる時間は結構長い。地下謎の招待状2015よりだいぶ移動距離が長かったと思います。エリアが京王・都営にまたがっているので仕方ないといえば仕方ないんですが、一日乗車券だけですべて賄えないのもやや残念なところ。

ただまあ、賞品(電車の部品とかヘッドエンブレムとか)を見ても鉄道ファンが対象だと思うので、電車に乗っている時間が長いのにはあまり問題がないのかもしれません。少なくともうちの息子はすげー楽しんではいました。長男と一緒に謎解きするの楽しいです。

これで、今まで長男と二人でクリアしたリアル宝探しは以下のような感じになりました。


こどもの国:トレジャーキングダム
花やしき:カラクリ財宝伝
海洋博公園:ナゾトキアドベンチャー in 熱帯ドリームセンターvol.3「古代遺跡と黄金の羅針盤」
としまえん:消えた妖怪大辞典を探せ!
東京メトロ:地下謎への招待状2015
LOST MOUNTAIN
STRONG STORY
鉄道探偵K「迷Q」


今までの最高難易度が「LOST MOUNTAIN」であることは変わらず。LOST MOUNTAIN、第三部出るのかなあ。

ということで、今日書きたいことはそれくらい。
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2016年02月12日

親は、子どもを「支配」するのではなく「教育」しなくてはいけない



選択肢を与えるのが「教育」で、選択肢を奪うのが「支配」だと思っています。


子どもが約束を破ったので子どものゲーム機を壊して云々、みたいな話を観測しました。

まず大前提として、教育方針は家庭それぞれであって、ほんの一部分しか知らない外野が一概に否定の言葉を投げつけるのはよろしくないと思います。子どもはそれぞれであって、親もそれぞれです。家庭の事情は家庭の数だけあります。

なので、件の家庭内方針について意見をいう気はありません。ただ、子どもにゲームをやらせているという意味では、時間を区切ってスプラトゥーンを遊んでいるしんざき家でもタイムリーな話であって、うちならどうするかなーということでちょっと考えてみました。

なので、以下の話は「飽くまでしんざき家の子どもたちに対する話」であって、一般化する意図は全くない、ということをご承知おきください。


で。私は、「選択肢を広げるのが教育」だと思っています。

子どもに、自ら選択出来るキャパシティを広げてあげる。自分の意志で何かを選び取った、という経験をさせてあげる。そういう経験こそが教育であって、そういう教育が将来、自分で色んなことを選び取ることが出来る大人を育てるんじゃないかなあ、と、少なくとも私は思います。


そう考えると、親が「何かの選択肢を潰す」というのは、これは多分あまりよろしくない。「子どもが、ある方向に向かわざるを得なくする」というのは、それは多分支配であって、教育ではない。親に支配された時、子どもが将来何かを選び取ることが出来る大人になれるのかどうか、私にはいまいち分からないのです。


だから、たとえ大人がどちらかに誘導するにしても、少なくとも子どもの体験としては「自分で納得してこちらを選んだ」という方を選びたいのです。少なくともしんざき家はそうです。


「楽しいことを自分から我慢して、他の大事なこともする」というのと、「楽しいことを無理やり我慢させられて、他の大事なこともする」だったら、多分前者がいい。そういう風に出来る子に育てるにはどうすればいいかを親は考えないといけないなあ、と思うわけなんです。


「子どもを叱らない、全て子どもの好きなようにさせる」という意味じゃありませんよ。


例えば、楽しいこともいいけれど、こっちのことももっと楽しいことにつながっているんだよ、と言葉を尽くして説明する、とか。

例えば、TPOというものの重要性を言い聞かせるとか。

そういう、子どもにとっては耳障りがよくない言葉でも、ちゃんと聞いてくれる関係性は、例えば子どもの話をきちんと聞くことで構築できるんじゃないかなー、とか。最後に自分から納得して選び取るという判断は、きちんと待ってあげることで身に着けることが出来るんじゃないかなー、とか。

そういうことを、日々考えて実行しています。


勿論、これはしんざき家での話であって、例えば「何かを我慢する」ということがどうしても出来ない子っていますし、そういう場合にはある程度強制することが、結果的に「選択肢を広げる」つまり教育になることだってあるでしょう。


大事なのは、「これは教育なのか、支配になってはいないか」ということを、親がよく考えて実行に移すことなんじゃないかなー、と、そう思うわけです。


あとまあ、単純に私は「物を大事にして欲しい」と思うし、物を大事にしていないところを子どもに見せたくはないので、私なら子どもの物を壊したりはしないと思いますが。結局、子どもって親がすることを見て育つので、親が本好きだったら本好きに育つし、親が物を大事にしてたら大事にする、と思うんですよね。



何はともあれ、しんざき家では子どもにゲームもさせるし漫画も読ませるし、けどちゃんとメリハリはついて納得の元切り替えが出来るように伝えるし、ロマンシアは絶対に自分の手だけで攻略させようと思っています、といったらロマンシアを子どもに与えるのは虐待ではないかという指摘がありました。そうですね。けどノーヒントドルアーガも大概だと思います。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 23:06 | Comment(1) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

長男に教えられた、「元気な時は遠くを見て、疲れてきたら近くを見る」という話


少し前、長男(8歳)と一緒に「リアル宝さがし」のイベントで町中を歩いている時、彼とこんな話をしました。

以下、会話は記憶頼りなので、細部はかなり適当。


長男「結構歩くねー」

私「歩くねー」

長男「歩いている時にさ」

私「うん?」

長男「元気な時は遠くを見て、疲れてきたら近くを見るといいんだって」

私「ん?いいんだって、って誰かに聞いたの?」

長男「えーと、どうだっけ?そうかも。自分で思ったんだったかも」

私「けど、どうして?遠くを見ると目にいいってパパが言ってるから?」

長男「うーんとね。遠くの物は、歩いててもなかなか近づいてこないでしょ」

私「そうだね」

長男「近くの物は、歩いててもすぐ通り過ぎるでしょ?」

私「うん」

長男「だからね、元気な時は遠くを見てれば、どっちに行けばいいか間違えないし、疲れてきたら近くを見れば、こんなに進んでるーあとちょっとだーってなると思うの」

私「なるほどなあ」


感心しましたし、結構汎用的な話だと思うんです。

長男自身、どこかで聞いたのかそうでないのかあやふやな話らしいので、既出話かもとは思うのですが。


疲弊してきた時には、手近な達成感がモチベーション維持の為に案外重要になる」というのは、普遍的な話です。

疲れてきたら、近くを見る。景色が次から次へ流れていく。これだけ進んでいるんだ!という達成感が沸く。人間、なんだかんだで「どれだけ進んでいるか」を具体的に感じられると、結構頑張れるものです。

例えば仕事をしている時も、疲弊して頭がごちゃごちゃしてきた時こそ、タスクを小分けにして、とにかく手近なところから片づけていく。それによってピンチが乗り切れること、全然珍しくありません。


一方で、大事なのは「元気な間は、遠くを見続けていること」だと思うんですよね。


余力は十分にあるけれどまだ目標達成までに距離が遠い、という時、警戒するべきなのは具体的なゴールを見失うことです。システム開発で言えば、要件の拡散・非具体化、曖昧なゴール設定、目標管理の失敗などがこれにあたります。

疲れた時に近くしか見えなくなったとしても、多少余裕が出来た時点で、もう一度遠くに目を戻すようにするのって、案外抜け勝ちだと思うんですよ。疲れた時のテンションのままでいろんなことをやってしまった時、ふと気づいたらちょっと道がずれていた、ってこと意外とあるんですよね。

元気なうちこそ、きちんとしたゴールを見据えて、そちらへのルートを見失わないようにする。これ大事。


で、「疲れた時に近くを見る」だけではなく、「元気な時は遠くを見ておく」という部分を省略しなかった長男は、身内褒めで恐縮ですが、結構大事な部分がわかっているなーと感心した次第なのです。まあ、本人に今聞いてみたら、「そんなこと言ったっけ?」と言われるかもしれませんが。


大事な部分がわかっているかどうか、という点では、大人も子供も案外変わりません。時には父親である私が、子どもたちから何かを教えられることもあります。


私が知っていることを、子どもに伝える。けどそれと同じくらいに、子どもから教えてもらえる部分については、子どもから受け取る。

そうやって、今後とも、親子関係を営んでいければいいなあと思っています。


今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 11:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月09日

Appbankさんの問題について、すごく基本的なところから、なるべく簡単な解説を試みてみます

なんか、一連の流れをみていて、ふとなるべくわかりやすい形で解説してみたい衝動に駆られました。

既出だとは思うのですが、「コーポレート・ガバナンス」とか「企業コンプライアンス」といった言葉について、あまりご存知でない方向けの一般的な解説記事です。

ご存知の方には読む価値がない内容なのでご了承ください。



株式というものがあります。会社に参加する権利、みたいなもので、株式会社は株を持っている人のものです。多く持っている人程、その会社での発言権が大きいです。

・株式は、売ったり買ったりすることが出来ます。買いたい人(会社に参加したい人)が多いと、株式の値段は上がります。反対に下がることもあります。

・「株式上場」という制度があります。会社の株を証券取引所が扱うことで、たくさんの投資家がその株を売買できるようにする制度です。株式公開とか、IPOとか呼ばれることもあります。

・株式上場は、投資家にとってはその会社に投資することが容易になるというメリットがありますし、会社にとってはたくさんの資金を調達することが可能になるというメリットがあります。

・けれど、株式上場をするためには、幾つかの厳しい基準をクリアしないといけません。たくさんの投資家に株を取引きしてもらう訳ですから、しっかりとした信頼性のある会社でないと上場させられないよ、ということです。

・例えば「どれくらいの間、安定して事業を継続しているか」とか、「どれくらいの利益を挙げているか」とか、「どれくらいの株数があって、株式を安定して取引することは可能か」とか。他にも色々あります。

・その中に、「反社会的勢力との関わりがないこと」という基準があります。つまり、会社が暴力団や暴力団関係企業の資金源に使われると社会的に非常に良くないので、そういった勢力とかかわりがある会社は上場させてはいけないよ、という決まりなんですね。

・こういうことについて、ちゃんと法令に基づいて健全にやってるよ!というのを常に社内でチェックすることを企業コンプライアンスといいます。また、コンプライアンスを含めて、企業経営を健全に進めていくこと自体をコーポレート・ガバナンスといいます。

上場した企業は、コンプライアンスをきちんと行い、「うちは大丈夫だよ!」とか、「こんなことがあったよ!ごめんなさい!改善します!」ということを、株主や社会にきちんと開示・説明しなくてはいけません。

・これを企業の社会的責任とか、説明責任といいます。

・さて。上場する際の様々な基準については、会社を上場させる「証券会社」が責任を持つことになります。

・ここで、「監査法人」という人たちが出てきます。

・監査法人は、企業が健全な経営をしているかどうか厳しくチェックして、「この企業はちゃんとやってるよ」という監査結果を出してくれる会社です。株式上場する場合には、監査法人の「問題ないよ」という監査報告が必要です。ちゃんと適切なお金の使い方をしてるよ、といった点も、企業が提出した書類を元に監査法人がチェックします。

・監査法人が「大丈夫!」と言って、証券会社も「よし、監査法人も大丈夫と言ってるな。うちのチェックもOKだ。じゃあ取引所で取引してもOK」となれば、株式会社は上場することが出来ます。監査法人に「ダメじゃね?」と言われると上場できません。監査法人自身も、いい加減なチェックをしてると各処から怒られます。



さて。ここまでは一般的な話です。ここからが本題。


今回、Appbankは2015年10月15日に「東証マザーズ」という株式市場に上場しました。主幹事(主に株を取り扱う証券会社)は野村證券、監査したのはトーマツさんという監査法人で、日本の四大監査法人の一角です。(ちなみに、四大監査法人は「新日本」「あずさ」「トーマツ」「PwCあらた」ですが、今新日本監査法人は東芝の問題でエラいことになってますし、あずさもオリンパスの問題で怒られました。案外監査法人さんのポカというのはあるもんです)

当然、Appbankもトーマツさんによって、「この会社は大丈夫!」というチェックをしてもらった上で上場した、ということになります。


ところが、12月になって「元役員の業務上横領」などという事件が判明してしまったようです。この経緯は、Appbank自身によって開示されています。上記の通り、上場会社には「たくさんの投資家に投資してもらう」という関係上、自社の怪しいところは全部きちんと開示しないといけないという責任があるんですね。


当該元役員の方は、2015年の4月まではAppbankの役員であり、9月までは支払経理業務に携わっていたということで、時期的には上場審査の時期と被る可能性が高いです。

横領自体も、「株主のものである資産を、会社の利益と関係ないところに横流ししていた」という超大問題なわけですが、もし万一、この対象が反社会的勢力であって、「役員」という会社のど真ん中にいる人に反社会的勢力とのつながりがあったということになれば、「アレ?反社会的勢力とは関わりがないから上場出来たんじゃないの?」というところに抵触する、より一層の超大問題なわけなのです。

上記の通り、上場企業には社会的責任や説明責任があるので、これらの疑いについてはきちんと「こういうことだったんだよ!だから大丈夫!」とか、「こういうことでした!ごめんなさい!改善しました!」といった説明を詳細にしなくてはいけません。上の調査報告も、その責任に基づいて開示されたものです(こういう、企業からのいろんな説明や開示をIRといいます)

ただ、今回一部メディアの方は、「いや、それ説明になってないんじゃないの?」という突っ込みを入れている、ということなんですね。

その突っ込み内容は、突っ込んでいる記事の方を読んでいただければと思います。




ところで。

もし万一、上場企業に「会計監査が全然できてないじゃん」とか、「反社会的勢力とつながってんじゃん」ということが判明した場合、その企業は監理ポストに入ったのち、上場廃止になる場合があります。

上場廃止の基準は下記のページなどにまとまっています。

有価証券報告書等に虚偽記載を行った場合であって、直ちに上場を廃止しなければ市場の秩序を維持することが困難であることが明らかであると当取引所が認めるとき

ま、本当に反社チェックに引っかかって上場廃止されるケースはかなり稀なようですが。


今、Appbankの株式には、「○○円で買うよ!!」という値段がついていて、みんながその値段で取引をすることが出来ます。Appbankの株は今、株式公開によって高い水準になっているので、売却すれば大きな利益を手にすることが出来ます。

ただ、万一、万一上場廃止された場合には、そういった「市場での取引」というのはできなくなってしまうんですね。倒産しない限りは、株券の価値がゼロになるということはありませんが、市場外で取引をする場合には「その株を引き取ってくれる人」を見つけなくてはいけません。何かの問題で上場廃止になった場合、その株券を引き取ってくれる人を見つけるのは結構大変です。


上記までの話とは全く全然関係ないんですが、今Appbankの株は、かなりの割合を役員の方が保持されています(特にベンチャー企業としては、まったく珍しいことではありません)。

参照:

ここで、「180日間のロックアップ」と記載されているのは、IPOしてから180日は株式を売れないよ、ということです。10月15日に上場ですから、4月中旬くらいまでは株を売れないということになります。まあ、万が一にも上場廃止なんてことにはならないでしょうし、大した問題ではないですよね。問題ない問題ない。


何にせよ、疑義がすべて明らかになって、Appbankが今後とも健全な経営を続けていかれることを、強く望んでやまないというわけです。今後とも状況を観測してまいりたいと思います。



長々書いてまいりましたが、今日書きたいことはそれくらい。



(追記 2016/02/10 18:17)
すいません、一点記事を訂正させてください。
「監査法人の役割についての記載に誤りがある」というご指摘がありました。
IPOにおける監査法人の役割は、企業が提出した財務諸表(企業の経営状態とか、お金の状態などを示した書類)の監査に限定されており、反社状況のチェック等は行わないですね。巨額の業務上横領についてはなんで見逃したの、という話にはなるかもしれませんが。

当該している部分については記述を削除しました。失礼しました。

posted by しんざき at 18:56 | Comment(76) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月07日

レトロゲーム万里を行く その129 ティンクルスタースプライツ

「シュミット使いです」って言うと大体「なんで?」と聞かれます(人気投票でぶっちぎり最下位だったらしい)。俺は単に高速機が好きなだけなんだ…!



歴史の話から始めさせてください。

かつて、ADKというゲームメーカーがありました。旧称はアルファ電子工業。1980年設立のアーケードゲームメーカーです。

他の多くのゲームメーカーと同じく、ADKもまた、ユーザーに対して様々な「顔」を見せたメーカーでした。

一般的には「ジャンピューター」の開発で著名だったメーカーですが、アーケードゲーマーの多くは「SNKと一緒にネオジオを開発したメーカー」と認識している筈です。

ネオジオというフィールドにおいて、ADKは「マジシャンロード」や「ラギ」「ニンジャコンバット」などをリリースし、「バカゲーも作るアクションゲームメーカー」としてゲーマーに知られるようになります。特にニンジャコンバット・ニンジャコマンドー等における、独特な「ADK色」は後々までユーザーの記憶に残りました。「取りあえず忍者が出てくるゲームをたくさん出してるメーカー」としてADKを認識していた人もいたかも知れません。

個人的には、この頃のADKタイトルでもっとも好きだったのは、一人称視点のチャンバラゲーム「クロスソード」でした。私は、擬似3DSTGとウルフェンシュタインの間にあって、FPSの草分けとなったゲームって実はクロスソードなんじゃないかとまで思っているのですが、それに賛同してくれる人は極めて希少です。違いますかね?いや、クロスソードが面白いことは取りあえず保証します。

1992年の「ワールドヒーローズ」や93年の「ワールドヒーローズ2」で初めてADKを認識した人、というのも勿論いると思います。この後の「痛快GANGAN行進曲」や「ニンジャマスターズ」などの存在もあり、「なんか妙に濃い格闘ゲームを作るメーカー」としてADKを認知していた人が、もしかすると一番多いかも知れません。この辺り、メーカーの認知度としては、データイーストへのそれと近いものがあったような気がします。


そんな中。そのゲームは、1996年になって、極めて唐突に我々の前に姿を現しました。


ティンクルスタースプライツ。対戦型縦スクロールシューティング。1996年、ADK開発、SNKより発売。

このゲームのビジュアルを見た人が、まずメーカーの名前を見て目を疑ったことについては議論の余地がないでしょう。ニンジャコマンドーの、ワーヒーの、痛快GANGAN行進曲の、あの暑っ苦しく濃いゲームを世に送り出してきたADKが、こんなビジュアルのゲームを出してきたのか…!? その衝撃は、丁度データイーストがマジカルドロップを繰り出してきた時の衝撃と近似していたと思います。

私の知人が、スプライツを見て思わず漏らした声を私は覚えています。「ADK、何か悪いモン食ったのか!?」

まず、ティンクルスタースプライツのビジュアル、ゲームシステムについては、下記の動画を一通り見ていただくのが一番話が早いと思います。


ちなみに、上の動画でプレイヤーキャラになっているのが、私のメインキャラであるシュミットです。動画のプレイヤーは非常に上手いですが、基本的に下位ランクのキャラクターです。


さて、ゲームの話をしましょう。


・熱い、ひたすらに熱い「対戦型シューティング」

勿論言うまでもなく、ティンクルスタースプライツのキモは「シューティングで対戦が出来る」という一点に尽きます。ただしゲームの成り立ちとしては、「STGの進化系というよりは落ち物パズルの変化球」と言った方が近いように、私には思えます。


・左右二画面に分かれて、それぞれのフィールドで縦スクロールSTGが展開する
・敵を倒すと敵が爆発し、その爆発に敵を巻き込むと「連爆」が発生する
・連爆がたくさん発生すると、相手のフィールドに攻撃を送り込むことが出来る
・対戦相手からの攻撃を更に攻撃したり、連爆に巻き込むと、「リバースアタック」「エキストラアタック」「ボスアタック」といった様々な攻撃を展開することが出来る
・敵の出現パターンはパズルゲームを意識したようなものになっており、上手く攻撃すると大量の連爆を発生させることが出来る
・エキストラアタックやボスアタックの性能はキャラクターごとに異なる

ティンクルスタースプライツの特徴をざっと書き出すとこんな感じでしょうか。

画面構成などをふくめ、ゲームの性質が「ぷよぷよ」などに代表される対戦型落ち物パズルに近い、というのはすぐに思う所かと思います。コラムスやぷよぷよについて、「これでシューティングやったら面白いんじゃね?」という形で発想されたのではないか、という推測も可能です。

で、そんなティンクルスタースプライツが面白かったかというと、

もう理屈抜きで超面白かったです。

連爆で、相手に大量のアタックを送り込む爽快感。
相手からの攻撃を、「うおーーー!!」とか叫びながら凌ぎに凌ぐ達成感。
敢えて敵や相手の攻撃、溜め段階をプールして、一気に反撃を送り込む戦略性。
エキストラアタックやボスアタックのバラエティ。
「エキストラアタック!」「リバース!」といったボイスのノリの良さ。
長時間聴くことになりながらも全く飽きのこないBGM。

正直なところ、ADKのゲームには荒削りなゲームの方が多かったと思うのですが、そんなADKタイトルの中でもぶっちぎりのスーパー完成度だったと思います。

パズル的な思考が得意な人も、STGが得意な人も、それぞれの強みを生かして闘うことが出来ました。

キャラクターごとのバラエティは、格ゲーでいうところの「キャラ差」的なものを生み出し、それぞれのキャラごとの遊び方を提供してくれました。

遊びやすく、遊んでいて気持ちよく、奥が深い。ティンクルスタースプライツは、STGとしてみても、対戦ゲームとしてみても、素晴らしい楽しさをプレイヤーに提供してくれるゲームだったのです。


勿論言うまでもなく、対戦型シューティングというジャンルが、このティンクルスタースプライツだけで構成されているわけではありません。古くは「スペースウォー!」やウォーロイド。新しくは、チェンジエアブレードや旋光の輪舞。アウトフォクシーズなんかも、ゲームとしてはSTGの感覚に近かったかも知れません。

ただ、対戦型STGというジャンルで、この「ティンクルスタースプライツ」のフォロワーというものは殆ど生まれていません。この完成度のゲームであれば、もっと色々なタイトル、色々なキャラクターでこのゲームシステムが使われてもよかったような気がするのですが…このゲームが「ネオジオ最後のADKタイトル」であるということもあり、個人的にはもっと色々なフォロワーの姿を見てみたかったという気もします。

これもまた、ゲーム業界における「惜しい一作」だったのかも知れません。



・メモリー女王が強すぎるんですが(あと若干影が薄い魔王の人)


話は変わりますが、先述の通り、このゲームの世界観は既存のADKゲームとはかけ離れまくっています。

今までのADKであれば、「主人公の大半が男くさい忍者」とか「「エキストラアタック!」の代わりに「みねうちでござる!」と言う」とか普通にやらかしそうなところ、ティンクルスタースプライツのストーリーはイカのような感じです。

 魔法世界プレアミューズに伝わる伝説の星、「ティンクルスター」。この聖なる星を手に入れた者は、どんな願いでもかなうといわれています。しかしある日、悪の帝王メヴィウスにティンクルスターが奪われてしまいました。このままでは大変です。

 プレアミューズの王女ロードランは、お供のラビキャットを連れティンクルスターを取り戻すために旅立ちました。行く手にはティンクルスターを狙う者や邪魔する者がたくさん待ち受けています。さあ!冒険の始まりです…!

早い話、ロリ魔法少女ものが唐突に忍者ゲーメーカーから出てきたんですよ。当時の驚天動地っぷりを皆さん想像していただけるでしょうか。

登場キャラクターは全て、大きなお友達にも好まれそうなかわいらしい少女やキラキラした青年たち、あとはメルヘンちっくな「いかにも魔法少女ものに出てきそうなキャラクター」で占められており、ニンジャコンバット路線からすると突如の480度大転換といっていいでしょう。ビックリする他ありません。

キャラクターについて簡単にレビューしてみますと、

・ロードラン:主人公の魔法少女。エキストラアタックの「ラビボム」が使い方次第で凶悪な攻め方を可能とし、スタンダードな性能でありながらかなり強い

・リアリー・ティル:主人公のライバルポジション的な少女。エキストラアタックがちょっと特徴的だが、そこまで強いという印象はない

・ヤン・ヤンヤン:露出度の高いつるぺたロリキャラ。エキストラアタックは変則的で強いものの、足が遅いため相手の攻撃に囲まれて逃げ場を失いやすい。対戦はキツい印象。

・ド・ケスベイ:スケベな猫仙人。短射程のエキストラアタックが使えないにもほどがあり、かなり弱い。ハンデ用キャラという印象

・ティンカー&リンカー:双子の妖精。「チームワークの勝利でーす!」ボイスがやたら耳に残る。画面を跳ねまくるエキストラアタックがかなり強力。

・アーサー=シュミット:私の持ちキャラ。昔の魔法少女ものにありがちな、色男三枚目キャラ。移動速度が超高速。しかし、攻撃力は貧弱。エキストラアタックも画面下からの直線攻撃という、避けやすく追い詰めにくい残念性能(一応、ノーマルアタックと挟み撃ちにすればそこそこ避けにくい)。弾を大きく避けまくって持久戦を狙うのに特化したキャラ

・ナンジャモンジャ:毛玉。エキストラアタックの軌道が極めて避けにくく、暴力的な性能。正直、ド・ケスベイと同じゲームに存在していい性能ではないと思う。通常ショットもやたら強く、初期キャラの中では最強候補か。

・マッキー&ペンテル:猫耳コンビ。エキストラアタックが追いかけてきて若干うざい。

・メヴィウス親衛隊(グリフォン):色男三人組。シュミットが三人いるような感じ。エキストラアタックが避けやすく、そこまで強キャラという印象はない


通常キャラ群は上記のような感じです。

他にも何人か隠しキャラがいまして、特に「悪の帝王メヴィウス」と「メモリー女王」の性能が極悪。

・メヴィウス:表ボス。通常ショットの攻撃力が鬼のように高く、エキストラアタックの追尾性能も鬼。適当に相手の攻撃を打ち返し、エキストラアタックを送ってるだけで圧殺できるだけのポテンシャルを持っている

・メモリー女王:裏ボス。ランの母親。エキストラアタックが画面ランダムの位置から自機を狙ってくるという超高性能弾で、一瞬油断しただけで逃げ場がなくなる。溜め撃ちの性能も暴力的。「お食べになって!」じゃねえよ節食しろ。


個人的には、対戦で使うならメヴィウスが最強なんじゃないかという気はしてます。ケスベイかわいそうです。



まあ色々と書いてまいりましたが、私が言いたいことを一行にすると

・今からでも遅くないからティンクルスタースプライツのシステム使ったゲーム増えろ

ということになり、他に言いたいことは特にない、ということを申し添えておきます。キャラゲーの器としても適したシステムだと思うんだけどなあ…


今日書きたいことはそれくらいです。


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posted by しんざき at 22:29 | Comment(3) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ここ最近のしんざきのゲーム話とか漫画話とか 16/02/07

ただの日記です。


○長男がスプラトゥーン勢になりました

なりました。で、私も片足をつっ込んでいます。

実は先週半ばに、長男(8歳)がインフルエンザになりまして。私もその煽りで自宅待機になって、家事やら幼稚園の送り迎えやら色々やっていたのですが。

金曜にもなると長男ほぼ快復しまして、けどインフル明けなのでまだ外に出られません。物凄く暇そうにしていたので、ここ最近視力低下対策などで封印していたWiiUの封印を解きまして、スプラトゥーンをやらせてあげたらハマりました。まだランク5ですが、「ローラー強いよ!パパもローラー買いなよ!ローラー!」というローラー推し勢です。

私自身は相変わらずダラバーCS勢なのですが、長男に激推しされるままちょっとやってみたら、なるほど面白いし直感的。

ゲーム内容については既に皆さんよくご存知かとは思いますが、長男にとっては


・「色を塗ってナワバリを広くする」という分かりやすい上に視認性が高いゲーム目的
・レスポンスが非常に良い上に、自分が塗った形跡が分かりやすいので達成感が得られやすい
・1ゲーム1ゲームが適度に短く、負けてもすぐに次に行ける
・地形に隠れたりイカになってセンプクしたりといったかくれんぼ要素
・結構乱戦になるので、慣れない内でも1つや2つくらいはキルが取れることが多く、キルの気持ちよさが味わいやすい
・一方でキルを取られまくることも当然あるので適度な「上手くいってない感」もある


といった辺りが、長男のツボにはいったんじゃないかなあと見ていて思いました。

私もレギュラーバトルを何回かやってみたんですが、「あ、これちゃんと戦うとしたらまずはマップをきっちり覚えないとダメだわ」と思いました。敵を探したり、塗られてない場所を探したりで時間を無駄にすると割とクリティカルですね。お散歩モードとかで事前にチェックすればいいんですかね?

あとはエイムの速度と正確さをいかに上げるかとかなんですかねー。まあ、ダラバーCSの傍ら、こちらもゆるゆるやってみようかと思います。

関係ないですが、長男に「ルドルフとイッパイアッテナ」を買ってあげたらそれはそれですげー楽しんで読んでました。続きも買おうかしら。


○最近面白い漫画が多すぎてマジ幸せ

・ベイビーステップ
・火ノ丸相撲
・キン肉マン
・嘘喰い
・オールラウンダー廻

この辺りが絶好調で面白いです。あと、GIANT KILLINGも安定して面白いし、グラゼニやキングダムもまた面白くなってきたし、魔法使いの嫁はチセがかわいい。

嘘喰いは結構個人的に面白さの波が激しいと思うんですけど、エアポーカー編に入ってからこっちの嘘喰いはガチで面白いです。今回のひきは「そうくるかーーーー!!!!」と久々に叫びそうになりました。ブチ熱い。

キン肉マンは、まあ今更言うまでもなくここ2年くらい全力で面白いわけなんですが、現状でもかなり面白さノンストップです。皆、38巻以降の単行本を買うんだ!!

火ノ丸相撲も、大会が終わってからも全く勢いが衰えない辺り物凄いと思うんですが、今回はいよいよ潮大幅パワーアップの気配がします。少年漫画の王道という感じでこちらも楽しみ。

あと魔法使いの嫁はチセがかわいいと思います。


大体の漫画は私単行本派なんですが、最近はWebでも公開していることが多くて可読性も上がってありがたし。引き続き観測していこうと思います。


今日書きたいことはそれくらい。
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posted by しんざき at 09:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

ぼちぼちはてなブックマークを見るのをやめようと思う

正確には、ホッテントリはまだしも、少なくとも


はもうみなくてもいいんじゃないかという気が最近してきた。

元より、個人的に注目しているブログについてはRSSフィードでチェックしていたし、時事ネタをチェックするなら職場の新聞や新聞社のニュースサイトを見れば事足りる。技術的なニュースについての情報収集であれば技術サイトで見た方が遥かに精度が高いし、もう少し限定した範囲内でどんな記事が人気になっているのかという情報すら、twitterなり、まなめはうすのような個人ニュースサイトなりをいくつか見れば十分チェック出来ていたのだ。

私は、はてブの新着エントリーリストを、「自分がチェックしていなかった無名の面白い個人ブログを、誰か知らないはてブユーザーが拾い上げてくれること」を期待して見ていた。


そして、その機能はずっと、ずっと前に死んでいた。とっくの昔に分かっていたことを、今の今まで惰性と、ほんの少しの希望が繋ぎ止めていたのだ。


今となっては、はてブの新着エントリーリストには、いくつかのカテゴリーの「私が見たいと思わないもの」が散らばっているだけになっている。

・一部の悪質なゲーム系・アニメ系まとめサイトと、有象無象のそのフォロワー
・エントリーが上がった直後、光の速さで共感ブクマが3つつくポジティブなブログ運営記事
・新聞社のニュースサイトでチェック済の時事ネタ記事
・RSSフィードでチェック済の観測対象ブログ記事
・どこかで見た情報をつなぎ合わせただけのNAVERまとめとその眷属

ここに、私が見たいものは、ない。正確には、あるのかも知れないが、とっくの昔に観測出来なくなってしまった。

なんだろう。他に、はてブの新着エントリーリストで観測できるものはあるんだろうか。みんなは、はてブの新着エントリーリストを、何を期待して見ているんだろうか。


今に始まったことではない。やっと気づいたのか、と言われれば一言もない。万事、私の対応は遅いのだ。ブログのデザインも、そろそろ変えようかなーと思いながら11年くらい経ったがまだ変えていない。多分あと11年くらいしたら変えると思う。


ただ、今までずっと持ち続けていた一抹の希望を捨てるにあたって、ちょっと書き残しておきたくなった。それだけの話なのだ。


posted by しんざき at 16:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

家庭の問題も、「何よりもまず可視化から」だと思うんですよ。



「思ったことは、思ってるだけじゃなくて、ちゃんとお話しようね」がしんざき家の家訓になりつつあります。


ちょっと前ですが、こんな記事を読みました。

ケンタロウの唐揚げレシピで我ながら上出来だわー旨いなこれーって思ったし、子供は揚がるそばからつまみ食いしていくし、喜んでいるように見えた。
でもいざ晩御飯の皿に入れようとすると「いらない、美味しくない、お弁当にもいらない、オリジンの唐揚げが欲しいのにもう作らないで」と言い出した。
なんかもう、何が悪いのか知らないけど、衣は市販品より薄いけど味が特別劣っているとも思わないのに、心がメキメキ折れる音が聞こえたし、我が家で唐揚げが作られることはもうないだろう、悲しい。

この増田のご家庭や教育方針に口出しするつもりは全くないです。仮にしんざき家でこういうことが起きたら私や奥様はどうするかなー?と思ったので、ちょっと書いてみます。


1.親からも、「自分がその言葉で傷ついた」ということをきちんとお話する

当たり前のことなんですが、人間、傷ついたり衝撃を受けたりすると、感情的になるか、あるいは内にこもらせてしまいがりです。

どんな人間関係でもそうなんですが、「察してもらう」というのは基本的に無理ゲーだと、少なくとも私は考えています。人間はエスパーではありませんので、人が何を考えているかを読めません。当然、「自分が何を考えているか分かって欲しい」というのも非常に分が悪い賭けです。


思いは、言葉にしないといけません。そして、言葉はきちんと伝わる形にしないといけません。


怒っている時、怒りをしまいこんで相手に気付かせようとするのは、大変効率が良くありません。かといって、感情的に怒鳴り散らすだけでも、「なんか怒っている」ということは伝えることができても、一番肝心な「どうして自分は怒っているのか」ということを、特に子ども相手には伝えられない場合があります。


となると。子どもの言葉で何かに傷ついたとしたら、まずは冷静に、「自分は、何故、どういう点で傷ついたのか」ということを子どもに説明してあげるところからはじめるべきじゃないかなー、と思います。

言葉は怖いものです。時には人を喜ばせ、感動させることができますが、時には人を大きく大きく傷つけ、場合によっては病や死に追い込むことすら出来ます。言葉の怖さというものは、「君の言葉で、私はこんなに傷ついたんだよ」ということを伝えてあげないと学ぶことが出来ません。


言葉にしないといけない。不安を、不満を、感謝を、好意を、ねぎらいを。言葉にしないと伝わらない。


これ、子ども相手に限りません。夫婦間含め、どんな場合でもそうだと思います。そして当然のことながら、「傷ついた理由、怒った理由を話す」というのは、一方通行ではいけません。相手からも、いつでも、傷ついた理由、怒った理由を真剣に聞いてあげなくてはいけません。小さな子ども相手でも何にも異なりません。


こういった「不満や不安や感謝やねぎらいを、するっと言葉にして相手に伝えることができる人間関係」を、日頃から築いておくというのが大事だと思うんです。


しんざき家では、とにかく「ちゃんと言葉にしよう」というのを、奥様にも、子どもたちにも口すっぱく言っています。特に子どもは感情を上手くコントロールすることができないので、言葉にするにもエラい時間がかかることがあります。そういう時は、とにかく待つなり、じーーっと抱っこするなり、割と辛抱が要ります。ただ、教育の成果なのか、最近はちょっと時間が経てば、自分の感情をだいぶ上手く言語化できるようになってきました。


基本的に、子どもの言葉をきちんと聞いていれば、子どもも結構真剣に大人の思い、大人の言葉を聞いてくれるようになる、ような気がしています。勿論色んなケースがあるとは思いますが。

ちなみに、矛盾するようですが、「察する能力」というのはそれはそれで、あるに越したことはないとは思います。ただ、「察する能力」というものは、「察する練習」からではなく、きちんとしたコミュニケーションあってこそ身に付くものだと私は考えていますので、上記のスタンスが「察する練習を奪っている」とは私は考えていません。


2.普段、「料理は作ってくれた人からのプレゼント」という言葉を教え込んでみる

ちょっと元URLを失念したんですが、ちょっと前に、どなたかのブログで「料理は作ってくれた人からのプレゼント」ということを教えてあげたら、子どもが残さず食べるようになった、というような内容の記事を読みました。

これしんざき家でも、料理を残すことが多い長女次女に教えてみたんです。「ご飯はママが作ってくれたプレゼントなんだよー。長女ちゃん、自分がプレゼントあげたのに、いらなーいって言われたらイヤでしょ?」と。これ、本人的にかーなーりー刺さったらしく、以降相当頑張ってご飯食べるようになりました。次女なんかは、時折「ままのぷれぜんとだよね!」という言葉も言うようになりました。余程胸に残ったんだと思います。

4歳になるかならないか、くらいでした。「プレゼントをあげる」という概念を身に着けたばかり、という時期も良かったと思います。これが、例えば小学校に上がった後であれば、あそこまで刺さらなかったかも知れません。勿論刺さる子もいれば刺さらない子もいるでしょうが、素敵な概念なので広まるといいと思います。


何はともあれ、ご飯は大事だし、ご飯を作ってくれた人に感謝をするのは更に大事なことなので、今後ともことあるごとに教え込んでいきたいと思います。


以上、「しんざき家でもし同じようなことが起きたらどうするかなー?」というだけの記事でした。

以下は関連エントリー。


感謝を、労いを、好意を、親愛を、不安を、不満を、言葉にしなくてはいけない

仕事でPDCAサイクルを回せている人は、夫婦間でもちゃんとPDCAサイクルを回した方がいいような気がする

posted by しんざき at 23:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月01日

ひらがな教室を始めて、昔自分がさんざん言われていたことを思い出した


単なる日記です。


最近、長女(4歳)と次女(4歳)にひらがなを教え始めました。

長男は小さい頃から電車好きで、どうも「駅名を読みたい!」という強烈なモチベーションがあったらしく、ほっといても勝手に漢字やひらがな・カタカナを覚え始めたんですが、長女次女にはそこまで強烈なモチベーションがありません。長女の興味はお絵かきに、次女の興味は運動に、どちらかというと偏っているように思います。

ただ、絵本を読んだり読んでもらったりするのは長女次女とも昔から好きでして、字に対する興味自体はありそうだったので、ちょっと試しに「ひらがなのお勉強してみる?」と聞いてみました。すると、口々に「する!」「おべんきょうする!!」と言いながらぴょんぴょんと、なんだか超やる気です。どちらかというと、「パパとお勉強」という体験したことがない言葉に憧れがあったのかも知れませんが。

なので、まずはひらがなドリルを買ってきて、最初に数ページずつ書写の練習、あとはあいうえお表を見ながら読み方を覚える、というひらがな教室を始めました。


数回やりましたが今のところはかなりやる気まんまんで、特に長女の方は、私が帰ってくるなり「ぱぱおべんきょう!」と開催をねだることもある程のひらがなやる気勢です。まあ、字を覚えて自分でも本が読めるようになるのはよいことなので、本人たちにやる気がある間は続けようと思います。


で。


長女と次女は、双子でありながら性格はあまり似ておらず、どちらかというと長女が奥様似で慎重派・芸術派、次女が私似で無謀派・アウトドア派、という感じでした。

ひらがな教室を始めて、鉛筆片手にひらがなをなぞっているのを見て分かったことなんですが、長女はとにかくゆっくり丁寧に、細かいところを気にしながら鉛筆を動かします。たまに考えすぎてしまって作業が止まることもあるようですが、おおむね上手に書けています。

一方の次女は、とにかく超ハイスピード。鉛筆片手にしゃしゃしゃっと、お手本の線など知らぬとばかりに相当くねくねと曲がりくねった字を量産します。

で、次女の方に「ゆっくりでいいから、なるべくはみ出さないように書こうねー」と言っていたのですが、ふとフラッシュバックしました。これ、昔俺がさんっっっっざん言われてた台詞だわ。


私は昔から書写というものが非常に苦手でして、「字を丁寧に書く」というスキルとは無縁に生きてきた人間です。大人になった今でも、「長男(8歳)の方が上手いんじゃあ」と奥様に言われるくらいの字形の使い手である為、キーボードというものがこの世に存在することに感謝する他ありません。


自分もそうだったんでわかるんですが、次女、別に「さっさと済ませたい」とか「雑でいいから速く」と思ってる訳ではないんですね。本人的には、お手本通り普通に書いているつもりなんです。ただ、多分元々のスピード感というか、筆記に対する意識の向け方がちょっと違う。字を書くというよりは「提示された課題を解決する」的に捉えていて、さくさくと課題を解決しようとしているので、結果的にくねくねリングな字になっている、という訳なんです。


当時、私に字を教えていた先生たちは、さぞかし「この子は何故こんなに雑な字しか書けないんだ!?」とさぞかしやきもきしただろうなあ、としみじみ思い出すと共に、次女は次女でのびのびやらせておこう、と思い直した次第なのであります。


今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 00:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする