2016年04月29日

子どもに「公平さ」を感じてもらうことがあまりにも重要過ぎる


子どもって、小さな頃から、「公平さ」というものに凄く敏感なような気がしています。


「○○ちゃんがやっている楽しそうなこと」を、自分も出来れば、公平。自分は我慢させられたら、不公平。

「自分がやらされる、あまり楽しくないこと」を、○○ちゃんもやっていれば、公平。自分だけがやらされたら、不公平。


「○○ちゃんがうらやましい」「○○ちゃんがずるい」という感情、要するに不公平さを不満に思う感情って、子どもの成長の凄く早い段階から現れるんですよね。勿論、「公平」「不公平」っていう言葉を知っている訳じゃないんですが、その感じ方自体は、下手すると言葉を覚えていない段階から発現したりする。

これ、しんざき家は下の子が双子だったからより一層わかりやすかったと思うんですけど、長女がやっている楽しそうなことは、次女も絶対にやりたがりますし、出来ないととても不満になります。逆もまたしかり。「不公平であること」は、子どもの心に凄く不満を残しやすい、というのは、8年程育児をしてきてすごく実感できるところです。

一方、たとえイヤなことであっても、「○○ちゃんはちゃんとやってるよ?」というと、ある程度ちゃんとやるんですよね。しんざき家の場合、長男を「こどもリーダー」という立場に任じてあるんですが、例えば長男がお片づけをしていて、「ほら、長男くんお片づけしてるよ?一緒にやろう」というと、割と素直に片づけを始めたりします。


こうして考えてみると、いろんな倫理的な概念の中で、子どもが一番早く理解・体得できるものって「公平」「不公平」ではないでしょうか。


「公平であること」は良いこと、満足出来ること。「公平でないこと」は良くないこと、不満であること。

子どもの心に理不尽感を残しながら育ててしまうのはどう考えてもよろしくないことなので、いろんな場面で、「○○ちゃんだけずるい」と思われないで済むように、随分心を砕いてきた、つもりではあります。


勿論、「どうしようもない理由があって起きてしまっている不公平」はあります。

例えば、お兄ちゃんだけジェットコースターに乗れるのは、ジェットコースターに身長制限があるから。例えば、次女だけお薬を飲まないといけないのは、熱を下げないといけないから。例えば、長女が片づけをしないといけないのは、自分で出したものは自分で片づけないといけないから。

そういう時も、可能な限りその「どうしようもない理由」がちゃんとしたものであれば、その理由を説明することで、ある程度納得感をもってもらうことはできている、ような気がします(時にはぎゃん泣きして止まらないこともありますが…)


「納得できない不公平」というものは、子どもの心を傷つけます。子どもの心の傷は、ものによっては大人になってからもずっと残ります。


で、これ、子ども同士だけの話ではなくって、親に対しても同じだと思うんですよね。たとえ親であっても、むしろ親だからこそ、子どもに「納得できない不公平感」を感じさせてはいけないと思うんです。


例えば、子どもに「約束を守りなさい」といっておきながら、自分は子どもとの約束を守らなかったり、であるとか。

例えば、子どもに「話をちゃんと聞きなさい」といっておきながら、自分は子どもの話を聞いていなかったり、であるとか。

例えば、子どもに「お行儀よくしなさい」といっておきながら、自分はマナーがめちゃくちゃであったり、であるとか。

例えば、子どもに「ぶつかっちゃったらごめんなさいでしょ?」といっておきながら、自分が子どもにぶつかっても謝らなかったり、であるとか。


ささいなこともありますが、そういう類の「正当な理由がない不公平」って、多分子どもの心をすごく傷つけやすいものだと思うんですよね。

親と子ども、大人と幼児って、勿論いろんな点が非対称ですから、なんでもかんでも公平に、とは当然いきませんが、少なくとも「自分が逆の立場だったら納得出来るかな?」という点については気を付けておかないといけない。


一方、子どもは、きちんと聞いてあげていれば、「その不公平はおかしいんじゃない?」というのをちゃんと指摘してくれます。

パパ、言ってることとやってることが違うよ、と。ぼくにはこういったのに、自分はそうしてないの、おかしくない?と。


子どもに痛いところを突かれる、って結構ぐさっとくることではありますが。そういう時にちゃんと、子どもの指摘を正当なものと認められるかどうか、ということこそが、親の度量であるような気がしています。そういう時にちゃんと子どもの話を聞く耳があれば、子どもはいろんなことを話してくれ続ける、ような気がしています。少なくとも、今のところはそれで上手くいっています。


その辺、今までも気を付けてきたつもりですが、この先、子どもがもっと生意気になってからも、より一層気を付けていかないとなー、と。

まあ、子どもに「お片づけ!」と言っておきながら、自分の片づけが出来ていないことだけは非常に頻繁にありますが…。


「パパも今!本棚の片づけが出来ていないが!それはそれとして今リビングのおもちゃは片づけなくてはならない!」とびっくりマーク多めで言ったら片づけてくれたこともありました。勢い重要です。


今後とも、親として精進していきたいと思います。


今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 10:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月22日

やりたいゲームが多すぎて詰んでいる

皆さん、同時並行で遊ぶゲームってどれくらいでしょうか。

しんざきは、時と場合によっては1タイトルにありとあらゆるリソースを突っ込んだりすることもあるのですが、現在は割と、
同時並行でやりたいゲームが多い状況でして、さっき改めてリストアップしたら「あれ、これ詰んでるんじゃ」感が出てきました。

・ダライアスバーストCS
・スプラトゥーン
・Hearthstone
・VITA版ロマサガ2
・Civ4
・シレン4
・バルーンファイト
・イーアルカンフー

しかもここに三国志大戦4が加わりそうで、後のちカルドセプトの新作と世界樹5も加わってくると思うんですが、え、これ一体どうすればいいんだ…!?

俺だけ一日が48時間欲しいです(かなり切実に)


posted by しんざき at 09:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月20日

長男(8歳)に、「自分を持ち上げようとするのはいいけど、セットで人を下げちゃダメ」と伝えたこと


いつものことですが、可視化するのにも意味があると思い、書いてみます。


最近長男は料理のお手伝いをすることがあり、近所の公民館でたまにやる子ども料理教室に行ったりもします。なんだか先日はラザニアの作り方を習ってきたそうで、どこまでの工程が彼の手によるものかわからないのですが、ちゃんと美味しいラザニアが出てきてびっくりしたりもしました。料理レベルにおける父親権威の失墜(カレーの作り方を毎回ぐぐるレベル)が危惧されます。

で、同じくどこまでの工程が長男工程なのかはちょっと分からないんですが、彼が「鳥のからあげ」を作ったことが2,3度あります。

私も食べたんですが、きちんとカラっと揚がっていて美味しく、ちゃんと作れるもんだなーと感心しました。どうも、この時私が「あ、美味しい」と褒めたのは、長男の中で結構残っているらしく、「ぼくのからあげはおいしい」という自信になっているようなのです。


それが何であれ、自信が蓄積されていくのは成長上良いことだと思うので問題はないのですが。


先日、家族で風呂に入っていた時の話です。何の拍子だったか、長男が、「ぼくのからあげ美味しいよね」という話を始めました。

以下、記憶便りなので会話のディテールは適当。


私「うん、美味しかった」

長男「皮もぱりっとあがってたよね」

私「うん」

長男「ママのからあげも、ぼくのに比べれば皮のぱりっとした感じが足りないね!


ん、と思いました。

長男が、普段、ママの料理を忌避しているとか、美味しく食べていない、ということはないのです。彼は、ママの作った唐揚げをばりばりと喜んで食べますし、「ママの料理は世界一だね!」という言葉も時折出てきます。

ただ、この時は、自分の「ぼくの唐揚げは美味しい」という自信を裏書きする為に、ちょっと調子に乗ってママの唐揚げを落としにかかっているな、と感じ、あんまりよろしくないなあ、と思いました。

TPOさえわきまえていれば、自慢が悪いことだとは思いません。自慢が過ぎると嫌がられることは勿論ありますが、まだ小学校くらいの内は、子ども同士自慢を戦わせることもコミュニケーションの内でしょう。自慢は、自意識を健全に育てる行為の一部でもあります。


けど、自慢に限らず、「何かを持ち上げる時に、セットで他の何かを下げる」のは良くないと思うのです。それは人に無条件で不快感を植え付ける論法ですし、無用に敵を増やすロジックでもあります。そして何より、「本来褒めたい何か」に余計なケチをつける行為でもある、と私は思うのです。

何かを持ち上げるのならば、「○○凄いね!」だけでいい。「○○凄いね!それにひきかえ××は」というのは、あんまり気持ちのいい言葉じゃない。

ほんのちょっとしたことなんですが、こういうちょっとしたタイミングでこそ、この辺を上手く伝えられないかなあ、と思いました。


確認から始めました。

私「んー、けど長男くん、ママの唐揚げも美味しいだろ?ママの唐揚げ大好きだろ?」

長男「うん、けど、ぼくのこの前の唐揚げに比べれば」

私「長男くん。長男くんの唐揚げは確かに美味しかったけどさ、セットでママの唐揚げを落とすのはよくない」

長男「うーん?」

私「長男くんの唐揚げは美味しい、けどママの唐揚げも美味しい、でいいじゃない?長男くんの唐揚げ美味しい、ママの唐揚げそれに比べれば美味しくない、ってことにしたら、ママ悲しくなっちゃうし、長男くんが「ママのからあげ美味しい」っていつも言ってるのとも嘘になっちゃうよ」

長男「美味しくない、ってことじゃないんだけど、皮のあがり方の話だから」

私「長男くんはさ、「自分の唐揚げの皮はパリっとしてる!」ってことが言いたいんだろ?」

長男「うん」

私「パリっとしてる!って言いたいなら、「他の唐揚げがパリっとしてない」ってことをセットで言う必要はないんじゃないかな。自分を持ち上げる時に、他の誰かを下げようとするのは、自分に自信がないみたいであんまりかっこよくないよ」

長男「能あるたかはつめをかくす、ってこと?」

私「ちょっと違うかな。爪を隠さなくってもいい。けど、自分の爪を見せる時に、他人の爪をバカにする鷹はかっこよくないだろ?」

長男「うん、うん」

私「自慢するのは悪いことじゃない。やり過ぎないくらいにどんどん自慢していいと思うんだけど、その時、他の誰かを落とそうとするのはやめた方がいいかもね」


そんな話をした、と思います。


もともと、長男的には、本来ママの唐揚げを落とそうという、明確な意図はなかったと思うんです。単純に、自分の腕前を子ども的に自慢したかっただけ。ただ、そういう時に、無意識的にせよ、他のものを相対的に下げようとするのは、避けられるものなら避けた方がいいんじゃないかなあと思った為、上のような話をしました。

上の話だけでどうということではないんですが、こういう話が少しずつでも長男の心に残ってくれればいいなあ、と思っています。


今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 19:18 | Comment(3) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

レトロゲーム万里を往く その130 ロマンシング・サ・ガ 2

アト王「人助けのようなふりをしてあちこち占領している様だな」
ユリシーズ「せやな」
アリエス「一理ある」
テレーズ「知ってた」
チュウタツ「正直図星としか」
クリストフ「今更感強い」
セキシュウサイ「お前ら…」


アト王の仰せは正直もっともだと思うんです。ゲーム内では暗君ぽい扱いですが、実は結構根は鋭いんじゃないでしょうか、アト王。

魔界塔士サ・ガの頃から、サガシリーズ、ロマサガシリーズは「一見あっさりしているようで、実は結構ぶっ飛んでいる台詞回しとシナリオ展開」が魅力の一つだと思うんですが、ロマサガ2も当然その遺伝子を継いでいます。カンバーランドのあの辺の展開とか、「もう帰る」とか、「ははっザマアミロ」とか、ちょっとFFや聖剣では出てこない台詞・展開だと思います。個人的には、こういったぶっ飛び展開をサガ節と呼びたい。




ロマンシング・サ・ガ2。RPG。1993年2月10日、スクウェアよりスーパーファミコンで発売。「ファイナルファンタジー4 イージータイプ」を除くと、SFCにおけるスクウェアの7本目のタイトルになる筈です。

前作「ロマンシング・サ・ガ」に続き、FFシリーズとはまた一味違った様々な独自色・独自路線で、「FF」「聖剣」と並ぶスクウェアの人気RPGシリーズとなりました。ゲームボーイ時代の「サ・ガ」、続編の「ロマサガ3」、更にその後の「サガフロンティア」まで全てひっくるめて、非常に熱狂的なファンの多いシリーズとなった、と言ってしまっていいと思います。「ロマサガ」「ロマサガ2」「ロマサガ3」と、タイトルを追うごとに遊びやすさが飛躍的に増していったシリーズでもあります。


皆さまよくご存知の通り、先日、「ロマサガ2」のスマホアプリ版・PS Vita版のリメイクが発売されました。私はVita版をプレイしているのですが、リメイクの出来は総じて上々で、SFCの頃の感覚で楽しむことが出来ます。若干の追加要素などもあり、ロマサガシリーズに興味があるけれどまだプレイしたことがない、という人にもお勧め出来る出来です。まあ、ゲーム後半のバランス的には初心者にお勧め出来るとは必ずしもいいがたいのですが…。


ちなみに、以前、バレンヌ帝国の国家戦略については書きました。興味がある方は下記を一読ください。




ロマサガシリーズは非常に著名なタイトルですので、ゲームの細かい話は今回あんまりしません。

やたら長文になるのでちょっと頻繁に段落分けをしようと思います。



1.SFC時代のスクウェアのゲーム作りについて


歴史の話から始めさせてください。


SFC時代、スクウェアのゲーム作りは、「RPG」「シミュレーション(SRPG)」の二つに偏っています。

RPGは、言わずと知れたFF、聖剣、ロマサガの三大シリーズの他、ミスティッククエスト、ライブ・ア・ライブ、クロノトリガー、ルドラの秘宝、ガンハザード、トレジャーハンターGなど。

SRPGは、半熟英雄、バハムートラグーン、フロントミッションあたり。これらも、FC時代の続編である半熟英雄を除くと、多くの面でRPGタイトルの流れを汲んだゲーム達です。唯一ほぼ純粋なアクションゲームと言ってよさそうなアルカエストは、元々はHAL研から発売される筈だったゲームです。

FC時代の手探り感、PS時代の様々なジャンルへの拡張と比べてみると、SFC時代のスクウェアが「RPG」というジャンルのゲームを自分たちの得意分野として規定し、深く掘り下げようとしていた、ということがよくわかると思います。そこには、様々な試みの跡が見てとれます。



「ロマサガ」に先立って発売されたFF4、「ロマサガ2」に先立って発売されたFF5は、どちらも主人公キャラクター達に強いキャラクター性を持たせ、FC時代以上に「映画的」なシナリオ展開を意識されていたタイトルでした。

キャラクターとキャラクターの会話、関わり、互いの感情などの描写が、FFシリーズのシナリオ上で非常に重要な要素となっている、ということは論を俟たないでしょう。その傾向は、4以降、タイトルを経るごとに強くなっていきました。

主人公格キャラクターのクローズアップと掘り下げ。それが、SFC以降のFFが選んだ道でした。



2.ロマサガシリーズの「キャラクターの見せ方」


一方、「ロマサガ」及び「ロマサガ2」は、FFが志向していたように思える「キャラクターをクローズアップした映画的な筋立て」とは全く性格を異にするタイトルでした。


初代ロマサガは、「イベントによるキャラクターの掘り下げ」という方法をとりませんでした。


勿論、アルベルトにも、ホークにも、グレイにも、クローディアにも、アイシャにも、シフにも、バーバラにも、ジャミルにも、それぞれの事情や背景がありました。しかしその大部分は、劇中で明確に掘り下げられていくのではなく、様々なイベントにおける彼らのふるまいという形で少しずつ提示され、後はプレイヤーの想像に任せられる、という形式をとっていました。全ての主人公は、殆どのイベントを共通して経験することが出来、そこでの微妙な差異が、ロマサガにおける最大のキャラクター付けでした。

当時、ロマサガが「フリーシナリオシステム」を前面に押し出していたことを考えれば、恐らくスクウェア内部でも「非FF路線」を求めた結果の「ロマサガ」だった、という側面はあったのだろうと思います。



そしてロマサガ2は、FFシリーズとは全く違った意味で、驚く程「映画的」でした。



そこにあったのは、「国」と「歴史」を描く為の群像劇。キャラクター一人一人にスポットライトを当てるのではなく、(レオンとジェラールを除けば)逆にキャラクター達一人一人のシナリオにおける重要性を薄めることによって、ロマサガ2はバレンヌ帝国という「国家」をRPGの主役にしてみせたのです。


その最大の表れ、ロマサガ2のまさに中核となる二つのシステムが、「皇位継承」システムと「年代ジャンプ」システムでした。この二つのシステムが、RPGとしてのロマサガ2というゲームを形作っている、といってしまっていいと思います。(「ひらめきシステム」も非常に重要なんですが、これは一旦置いておきます)



3.「継承システム」と「年代ジャンプ」がRPGに持ち込んだもの。


ロマサガ2において、主人公はバレンヌ帝国の皇帝です。そして、とある事情によって、彼らは「自分が死んでも、自分の能力や記憶は次の皇帝に受け継がれる」という特性を得ることになりました。


プレイヤーは、様々な職業から「皇帝」となるキャラクターを選び、操りながら、数千年に及ぶバレンヌ帝国の歴史を自ら形づくっていくことになります。

皇位継承は、「イベントがある程度経過して、大きく年代が進む」いわゆる年代ジャンプ発生時と、パーティ全滅時・皇帝のLPが0になった時等に発生します。ある皇帝が世を去った後、プレイヤーは新たに4人の候補者の中から、「次の皇帝」を選びます。


ある時はバレンヌ帝国の戦士たちが。

ある時は武装商船団が。

ある時は格闘家が。

ある時は遠くヤウダのイーストガードが。

ある時はコムルーン火山に居住するサラマンダーが。


時には他国出身のものまで、継承システムの対象となってバレンヌ帝国をしょって立つ存在になるのです。全然バレンヌと関係ないどころか、時には人外ですら自国の皇帝に迎え入れる、バレンヌ国民の懐の深さには感嘆を禁じえません。というか、以前も書いたんですが、バレンヌ皇帝は他国で死にまくったり人魚と駆け落ちしていなくなったりするので、バレンヌの国民感情が結構心配です。


皇帝の能力や成長はどんどん次の皇帝に受け継がれていく他、例えば新しい陣形が使えるようになったり、例えば武器防具が量産されるようになったり、例えば経過した世代によって街やイベントが変化したりと、「年代ジャンプ」と「皇位継承」はゲーム攻略上非常に重要な位置づけになります。

その為、プレイヤーによっては「意図的に皇帝を殺しまくって皇位継承を発生させる」みたいなことをする人もおり、皇帝の墓場として有名なルドン高原に皇帝の死体が死屍累々、というような惨状も発生し得るわけです。恐ろしい話ですね。他国で国のトップが死にまくるとか、普通に考えれば国際問題だと思うんですが、大丈夫なんでしょうかルドン。



しかし。「世代がどんどん経過していき、キャラクターがどんどん入れ替わる」というのは、決してキャラクターの「浅さ」を意味しません。様々な職業のキャラクターが皇帝職を経験し、多くのキャラクターを部下にし、多くの人々と接していくうちに、やがてプレイヤーは、「自分がバレンヌ帝国の皇帝という、一人のキャラクターと化している」ということに気付くのです。

「国」という視点から見れば、レオンやジェラールのような一部の例外を除いて、皇帝にせよ臣下にせよ、歴史の中で一瞬過ぎていくだけのキャラクターに過ぎない。しかし、彼らは決して、「歴史に名を残せなかった人たち」ではない。

臣下としての、皇帝としての彼らのキャラクターは、プレイヤーが想像する他ない。しかし、だからこそ、バレンヌ帝国という一つの帝国を経営する内に、プレイヤーはどこまでも「バレンヌ国民」への思い入れを強くしていくことが出来る。



イベントについても、例えば「力が強く、どちらかというと粗野な職業の皇帝」と「魔力が高く、どちらかというと理知的な皇帝」で全く展開が変わったりということもあり、そのバリエーションは初代ロマサガ以上にバラエティ豊かです。私がロマサガ2を「群像劇」と考える所以でもあります。



4.バレンヌ帝国を経営しよう!!!


一方、ロマサガ2においては、バレンヌ帝国の国家戦略も重要な要素になります。

細かい話は冒頭リンクでも書いているのですが、プレイヤーはバレンヌ皇帝として、強大な敵と戦うと同時に、帝国を強大にする役割も負っています。彼、内政的にはお買い物の指示程度の仕事しかしてないのですが、外征・外交においては八面六臂、およそ皇帝職として許されるのかというくらいのハイパーハードワークをしていますので、バレンヌ皇帝に選ばれた人は生命保険に欠かさず入っておくべきだと思います。


ある時は他国の後継者問題に介入して内乱を平定したり。

ある時は武装商船団と交渉して支配下に置いたり。

ある時はでかいアリを退治して地域平和に貢献したり。

ある時は火山に氷をぶち込んで大問題を起こしたり。


皇帝は様々な地域で様々な活躍をするのですが、結果としていろんな地域がバレンヌの支配下になってしまっているので、「人助けのようなふりをしてあちこち占領している」という指摘は図星という他ありません。人助けには変わりないからね。仕方ないね。


ちなみに、バレンヌ帝国においては勿論財政も重要なのですが、バレンヌ国民は基本的に定期的な納税というものを行ってくれず、なぜか皇帝が戦いに買った時だけチリがつもるように収税が行われていく、というシステムなので、お金を貯める為には並々ならぬ苦労が必要とされます。

それでいて、高額の買い物をする機会は結構多いので、皇帝の中には「シティシーフの上前をひたすらハネ続ける」などという非道な行いに手を染める者もいると聞きます。政治だから仕方ないね。



5.みんなが豆電球を待っている


RPGとしてのロマサガ2には、もう一つ重大なシステムがあります。皆さまご存知「ひらめきシステム」です。

ロマサガシリーズの華が、なんといっても武器ごとの多種多彩な「必殺技」であることは論を俟たないところです。

ロマサガ1では、武器ごとに熟練度をひたすら溜めていって、ある程度その武器を鍛えると必殺技が使えるようになる、というシステムでした。


一方、ロマサガ2以降では、「敵と戦っている間に、キャラクターが新しい技をランダムでひらめく」というシステムをとっています。以降、ロマサガ3からサガフロまで、このシステムはロマサガシリーズの最大の特徴の一つであり続けています。


弱い敵ではひらめきにくい。

強い技はひらめきにくい。


この二つの要素と、「ランダム性」という最大の関門が、プレイヤーに「技のひらめき」を渇望させることになりました。ただ技をひらめく為だけに、序盤に無理して強い敵と戦う、といった行為もロマサガシリーズならではのものです。

キュピーン!という豆電球が発生した時、プレイヤーは思わずガッツポーズをとることになります。(そして登録を忘れていたパリイで意気消沈)



6.超絶ドット絵と超絶BGMについて。


ロマサガシリーズの戦闘時のドット絵は芸術という他ありません。

ロマサガ1でも「戦闘時のクローディアのドット絵は至高」というのが私の意見でして、クローディアめっちゃかわいいと思うのですが、本作でもそのクオリティはいや増しています。戦闘時のキャラクターの様々な挙動が、プレイヤーの心を奪った側面は決して否定出来ません。特にコマンド待ちのキック絵のクオリティ半端ない。

ちょっとここでは、軽く動画を紹介してみます。ご存知ない方は是非ご参照ください。


BGMについても言うまでもない伊藤賢治先生でして、全編すばらしい曲しか存在しません。伊藤賢治先生は、どうもご自分では「戦闘曲は得意ではない」とおっしゃっているということなのですが、ロマサガシリーズの戦闘曲のすばらしさはみなさん周知のとおりでして、七英雄戦の曲なんか聴いている側が震えてくる程の名曲です。超絶ドット絵と超絶BGMは、SFCで数あるRPGの中でも最高峰の一本と言ってしまってもいいでしょう。




さて、あきれ返る程の長文になりました。

取り敢えず私が言いたいことは


・帝国軽装歩兵もいいけどホーリーオーダー♀可愛いですよね、
・七英雄コラ(わかっていただろうにのう ワグナス)めっちゃ好き


という二点だけであり、他に言いたいことは特にない、ということを最後に申し添えておきます。

今日はこの辺で。

posted by しんざき at 19:28 | Comment(1) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月15日

デスゲームの運営・開発担当ですが、参加者よりも先に主催者を抹殺したいです


「主任」

「あい」

「今日の分の開発要望書来たんですが…」

「あーあー聞こえなーーーい」

「現実逃避しないでください」

「今日はもう帰って明日以降確認することにしたい」

「まだ午前9時です」

「はあ、しょーがねーな…あいつら何で要件定義書を思いつきだけで適当に作れるのかな…明後日くらいに食中毒で入院しないかな…」

「読みますね。えーと、カテゴリー:プレイヤーに与えられる能力。概要:対戦相手が下した決定を、ゲーム中一度だけ反転させることが出来る」

「どーやって?」

「私に聞かないでください。えーと、推定工数:軽微」

「なんでこっちが見積もりする前に向こうで工数決めてんだよ!!軽微なら自分らで作れや!!!」

「私にキレないで主催に直接キレてください」

「だってあいつら声怖いし…」

「電話にボイスチェンジャーでもつけたらどうですか。えーと、カテゴリー:プレイヤーに与えられる能力。概要:ゲーム中一度だけ、ゲーム内で登場した好きな数字を指定の数字に変えることが出来る」

「なにそのファジーな能力。というかそもそもゲーム内容の仕様って来てたっけ?」

「プレイヤーをどんなパターンで抹殺するかの仕様なら細かいのが色々来てるんですが」

「中学生の黒歴史ノートか」

「えーと、カテゴリー:プレイヤーに与えられる能力。概要:一度だけ、ゲームのルールに好きな文言を一行追加することが出来る」

「あ、アホか…本気でアホかあいつら…なにそれどうやって判定ロジックとか作るの…というか、「自分が勝利する」とか追記されたら一体どうするつもりなの…」

「追加したルールは相手にも公開しなくてはならない。なお、勝利条件に直接関わるような文言は追加できないものとする」

「うわすげえ適当な穴塞ぎだな。それ絶対頭いいプレイヤーに裏かかれてゲームごとぶちこわしにされるヤツ」

「ジャッジのこととか基本考えてないですよね彼ら」

「というか結局会場ってどこになったの?」

「ポリネシアの無人島を現在整備中だそうです」

「ぽ、ポリネシア…何カ月出張しないといけないんだよ…」

「せめて日本海とかにしてもらいたいですよね」

「最低限電車で通勤出来る範囲内でやってもらいたい」


プルルルルルルルル


「はい匿名開発株式会社、開発主任です。ああ、これは主催。どうもお世話になっております」

「いやな予感がする」

「はい?え、20秒先が分かる能力?いやその主催、我々は超能力開発組織ではないんですが」

「やばいいやな予感が的中した」

「いやその、そもそもゲームの仕様がもう少し明確にならないとですね、こちらとしても開発に支障をきたすんですが…」

「支障をきたすきたさないの問題じゃない」

「え、いや、漫画作品のタイトルだけ挙げられましても…主催、世の中には著作権というものが…」

「この仕事やめたい」


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「くそ、俺たちに殺し合いをさせる気か!運営のヤツら、必ず叩き潰してやる!!」

「運営は苦労してるんで、運営じゃなくて主催を叩き潰してください…」


posted by しんざき at 19:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月14日

今日のしんざきとスプラトゥーンの状況 16/04/14

なかなかA帯にたどり着けません。。。

ただいまランク31で、B+の30 〜 70くらいをうろうろしています。まだまだ被キルも多く、キルレシオが1を割ってしまうこともしばしば。
流石に0k7dみたいなひどい試合はほぼなくなってきたんですが、それでも6k10dとか2k4dとかやってしまうことは割と頻繁にあります。
要改善。

アップデートが入りましたが、あまり気にせず相変わらず.96ガロンデコを使っています。ただ、攻撃力がちょっと落ちたということで、ギアパワーだけ組み換えようかと画策中。

現在のメインギアパワーは「スペシャル増・スペシャル増・安全靴」なんですが、これを

攻撃力アップ・攻撃力アップ・安全靴

サブにはインク回復力アップかイカ速を積めるだけ積む、という構成に切り替えようと思っております。
服はアロメのかくれパイレーツでいいと思うんですが、頭はどうしようかなあ。ダイバーゴーグルくらいしかないでしょうか。

ただ、折角ブキが増えたので、ちょっと使ってみたいと思っているブキもあり、

バケットスロッシャーソーダ
プライムシューターベリー

辺りは触ろうかと思っております。ギアはどうしようかなあ。


○長男のスプラトゥーン事情

ランク38くらいでウデマエはB-らしいです。

学校のスプラトゥーン仲間と色々情報を交換しているらしく、「パパ!スプラシューターワサビ強いみたいだよ!!」とか色々教えてくれます。

私が見る限り、彼はヒッセンを一番得意としているらしく、ヒッセンを使う時は結構なキルレシオをたたき出すこともあるのですが、本人はなぜかプロモデラーRGが今現在のお気に入りらしいです。まあ、お気に入りのブキを使うのが一番ですよね。



○今後のスプラトゥーンの腕前上達計画について

まだまだ出来てないことが多いなあ、と。

多分、今一番しなくてはいけないのは「マップの完全な把握」で、

・各マップにおける侵攻ルートがまだすべて頭に入ってない
・各マップで、どこが待ち伏せにいいか、どこがチャージャーの狙撃ポイントになるのか、といったことがちゃんとわかっていない

これを改善していきたいなーと思っています。やっぱり、視野が狭いことの最大の理由が「マップが分かってない」だと思うんですよね。
散歩で各マップを一通りうろつきまわってみればいいですかねー。

あとは、

・自分が使っているブキの有効射程がちゃんと頭に入っていない
・手元のマップで相手の侵攻状況をチェックすることがまだちゃんとできていない
・エイムがまだ全然いい加減
・突っ込む時と退くべき時がちゃんと判断出来ていない

この辺をどうにかしていく必要がある気がしています。

やはり、何を改善しなくてはいけないか頭に入った状態でプレイした方が上達が早いんじゃないかなあと思いますので、引き続き頑張ります。
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posted by しんざき at 18:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月13日

東大総長の式辞に関わる大変美しいブーメランについてのお話


子どもの頃、朝礼で校長先生のお話を聞くのは割と好きでした、というとびっくりされることがあります。

「偉い人のお話」という言葉を、まるで「つまらない話」の代名詞のように扱ってる人、います。

偉い人のお話なんて、子どもは基本的に左耳から右耳に通り抜けるもの、って思われてる人もいるみたいですけども、ちゃんと聞くと結構面白い話、いいこと色々言ってらっしゃるんですよ。勿論、時には退屈なこともありましたが、印象深いお話を毎週毎週よく考えてらっしゃってたなあと、大人になった今になって思います。勿論、学校によって色々なんでしょうが。


さて。


東大の入学式や卒業式の式辞というのは毎年話題になるんですが、これも上記と同じ話で、「偉い人のお話」に類すると思うんですが、きちんと読んでみると、毎年毎年、よくこれだけ力の入った式辞を考えられるなあ、と感心することしきりです。正直、こんなブログ読んでるよりよっぽどい面白いし為になります。

昨年は、平成26年度の教養学部の卒業式の式辞が話題になりました。ちょっとリンクしてみます。


一部を引用するのも気恥ずかしいところではあるのですが、強いて引用してみるとすれば、

私は大河内総長の「痩せたソクラテス」でもなく、濱田総長の「タフでグローバル」でもなく、自分自身が本当に好きな言葉を皆さんに贈って、この式辞を終えたいと思います。
それはドイツの思想家、ニーチェの『ツァラトゥストゥラ』に出てくる言葉です。

きみは、きみ自身の炎のなかで、自分を焼きつくそうと欲しなくてはならない。きみがまず灰になっていなかったら、どうしてきみは新しくなることができよう!
もちろん、いま私が紹介した言葉が本当にニーチェの『ツァラトゥストゥラ』に出てくるのかどうか、必ず自分の目で確かめることもけっして忘れないように。もしかすると、これは私が仕掛けた最後の冗談なのかもしれません。

辺りの言葉は、非常にユーモラスでもあり、印象深い言葉だったと思います。是非全文を読まれることをお勧めします。


で、先日の東大入学式の式辞も一部で話題になっているようです。


これも、そもそも話のテーマからして、一部引用がお勧め出来るような式辞ではないのですが、全文引用するわけにもいかないので、忸怩たる思いを抑えつつ、話題になっている部分だけ引用します。

ところで、皆さんは毎日、新聞を読みますか? 新聞よりもインターネットやテレビでニュースに触れることが多いのではないでしょうか。ヘッドラインだけでなく、記事の本文もきちんと読む習慣を身に着けるべきです。東京大学ではオンラインで新聞記事や学術情報を検索し閲覧できるサービスを学生の皆さんに提供しています。ぜひ活用してください。その上で、皆さんにさらにおすすめしたいことがあります。それは、海外メディアの報道にも目を通すことです。日本のメディアの報道との違いに注目してみてください。また、世界の中で日本がどのように見られているかということも意識してみてください。

「新聞読みますか?」という問いかけから始まってはいるものの、主眼となっているのは「記事の本文もきちんと読む習慣を身に着けるべき」という部分であって、決して単純に「新聞読みましょう」と言っている訳ではない、ということはわかって頂けると思います。というか、「オンラインで新聞記事や学術情報を検索し閲覧できるサービス」をお勧めしている時点で、全然「新聞読みましょう」とは言ってないです。むしろ逆方向です。

また、「海外の報道などにも目を通し、違いに注目してみて欲しい」という点では、前述されている「忍耐強く考え続ける力」という点とも合わせ、日本の報道を相対的に見極め、妥当性を検討することを勧める形にもなっていると思います。

で、いみじくも、ヘッドラインだけを読むと力いっぱい誤解しそうな記事があちらこちらで観測できるようになっています。



上記の式辞を、「新聞を読もう」という6文字で要約するという行為の非常にハイパフォーマンスなギャグセンスについては、みなさんお分かり頂けると思います。

まあ、メディアのヘッドライン詐欺は今更の話です。これも、記事の本文を読めばもうちょっと詳細にわかるとは思うんですけどね。

然るに、世の中にはこの部分だけを取り上げて総長の批判をされている方もいらっしゃるようで、

これはちょっとブーメランとして美し過ぎるのではないかと思わないでもないわけです。「ヘッドラインだけじゃなくちゃんと本文も読め」という式辞に対して、ヘッドラインだけの情報で批判するというのは、何かのギャグなのでしょうか。東大批判出来れば、自分の頭に3,4本ブーメラン刺さってもかまわないっていうことなんですかね?美しい特攻魂には感動を禁じえません。

まあ、皆様におかれましては、こんなへんぴなブログ記事であればまだしも、価値ある情報については、きちんと中身まで読まれることを強くお勧めします。

全然関係ないんですが、昨日の記事、記事内で力いっぱい触れているにも関わらず、アイスクライマーはどうなんだとかFF6はどうなんだといわれると、ハイセンスなギャグだなあと思って心温まりますよね。


今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 12:26 | Comment(0) | TrackBack(1) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月12日

追記:なぜ悪の帝国は気候の厳しい北方で勃興するのか問題

windscapeなぜ悪の帝国は気候の厳しい北方で勃興するのか問題も考察していただきたい
これは多分主客が逆で、「気候が厳しい北方で勃興してしまった国が、資源もないし環境も厳しい故に、結果として悪の帝国的に厳しく自国を統制して、他国を侵略するしかなくなってしまった」とか、そういうアレじゃないでしょうか。どっかでそういう考察読んだことある気もしますが。


個人的には、FF2のパラメキア帝国には「なぜおまえらは、すぐ側にひろーーい平野があるのに、そんなに城を建てにくそうな山岳の上にばからしい程でかいダンジョンを作ってるの?バカなの?経済物流とか考えないの?なに、山城?防衛に有利?ならポールが気球で気安く出入り出来る、屋上のあのザルっぷりをなんとかしろこの無能」と強く言い聞かせたい所存です。

飛竜も飛行艇も存在する世界なんだから多少は対空も意識しないとダメだと思いますし、パラメキア皇帝にはミンウさんか誰かが12時間くらい政治経済について説教してあげないといけないと思います。






posted by しんざき at 15:13 | Comment(4) | TrackBack(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

何故ゲーム後半に「氷ステージ」「冬ステージ」が配置されているのか


もう去年の話なんですが、こんな記事を拝見しました。


こちらの方は、スーパーマリオ3のステージ配置の理由について「日本の四季になぞらえているのではないか?」という見方をされています。

もしかするとそういう意図もあるのかもしれませんが、スーマリ3についていえば、私自身の意見は


・氷ステージをアクション的に生かそうとすれば、当然「滑る」というギミックをゲーム中に登場させることを考える
・「滑る」というギミックは、ある程度そのゲームの操作に習熟した上でないと楽しむことが出来ない


上記2点が、ワールド6というゲーム後半に雪ステージが配置されている理由ではないかなあ、というものです。恐らく、アクションゲームで「雪ステージ」がある場合、上記は結構一般的な話になるんじゃないでしょうか。

ゲーム開発者さんは、当然「バラエティ豊かなステージ」を用意して、それをプレイヤーに楽しんでもらいたい筈です。ステージの見た目、ステージの属性というものは、ゲームにバラエティを持ち込む為の重要な要素になりますし、そのバラエティが操作性のアクセントを演出してくれるなら一石二鳥です。

要は、スーマリ3における氷ステージは「ゲーム上のアクセント」なんですよね。スタンダードな操作感で色々なステージをクリアした上で、「滑る」というちょっとトリッキーなステージに挑む。その後、いよいよ敵の本拠に向けて進撃していく。それがスーマリ3のワールド構成である、ように私には思えます。


当然のことながら、上記のお話は「アクションゲーム」ないし「アクション的な操作のあるゲーム」に限られますので、例えばRPGでの「雪ステージ」「冬ステージ」はまた別の話になります。RPGの場合、「雪や氷を利用したギミックやシナリオがあるかどうか」「それは中級者・上級者向けかどうか」がかかわってくるでしょう。また、「氷関係の特殊攻撃をしてくる敵が難敵になるかどうか」というのも関係するかもしれません。


たとえば、FF6では物語の最初から雪国が冒険の舞台になりますが、それがグラフィック以外でゲームにかかわってくることは殆どありません。この場合、雪は純粋に演出上のギミックですので、特に後半に配置する必要はない、ということになります。

こういう話になると必ず取沙汰されるドラクエ2のロンダルキアも、難敵としてブリザードがいるものの、「雪国」自体は終盤を表す記号的な演出と考えていいでしょう。それでも、「いきなり背景が真っ白になる」というあの演出は鮮烈という他ありませんでした。


一方、たとえば「桃太郎伝説」では、「冬と星の国」が「氷ステージ」に該当します。ここでは、氷の塔に「特殊な操作をしないと滑って逆に行ってしまう」というギミックがありますので、序盤に配置するのはちょっと厳しい難度と判断できるでしょう。バージョンにもよりますが、ボスがこちらを凍結させる攻撃をしてくる、という点も厳しい。中盤にさしかかる部分の難所、という位置づけです。



さて、上記のような話を踏まえて。

「展開の中に「氷ステージ」「冬ステージ」が配置されているゲーム」自体は枚挙に暇がありませんが、それらのタイトルが「ステージ構成のどこに冬ステージ・雪ステージをもってきているのか」というのは、調べてみると意外と面白そうです。

ちょっと有名どころを幾つか列挙してみます。


○ゼルダの伝説 神々のトライフォース

氷の塔。闇の世界の5番目のダンジョンで、ゲーム全体からすると終盤になります。ゼルダはステージ制ではないのですが、ダンジョンの数だけ数えれば、14のダンジョンの内の10番目、というところでしょうか。

SFCゼルダはパズルアクションに近く、氷の塔も氷関係のギミックで満載です。これは、明らかに「氷関係のギミックを、中級者・上級者向けのゲームのアクセントとして用いた例」になるでしょう。


○マリオカート(SFC)

スターカップのステージ3ととスペシャルカップのステージ4にそれぞれ「バニラレイク」があります。当然のように滑りやすく、コースを上手く走りきるには相当の習熟が必要です。ゲームの最終盤に用意されているのもうなずける難易度です。


○ロックマン(FC)

アイスマンステージ。床が滑るということもあり、ゲーム中でも屈指の難易度です。

ロックマンシリーズは、システムの関係上、最初からどのステージでも選ぶことが出来ます。その為終盤かというと難しいところなのですが、攻略順はガッツマン→カットマン→エレキマン→アイスマン→ファイヤーマン→ボンバーマンの順が推奨されている節がある為、中盤以降のステージとは言っていいように思います。


○ワルキューレの伝説 

全8ステージの内、ステージ6が「氷の洞窟」になります。スーマリ3と同じですね。

このステージには、氷のブロックが滑ってきたりといったギミックはあるのですが、よくある「移動しようとすると滑る」というギミックはありません。敵の攻撃こそ激しいものの、「氷ならでは」といったステージギミックはそこまでないかもしれません。


○スーパードンキーコング

ホワイトマウンテン。やはり滑りやすいです。

6つあるレベルの4つ目にあたりまして、後半の入り口、といっていいと思います。任天堂のアクションゲームはやはり同じような設計思想になるのか、似たようなステージ構成が多くて面白いですね。ちなみに、ゲームボーイのドンキーコングでも氷ステージは7ステージ目という終盤。「星のカービィ 夢の泉の物語」でも最終面一つ前でしたね。


○くにおくんの時代劇だよ全員集合

えぞ。すのーせったがないと滑りまくります。あとBGMがめっちゃいい。

このゲーム、行こうと思えばどこにでも序盤にいけるので、「中盤・終盤のステージ」かといわれるとそうでもありません。例外として数えるべきかもしれません。それでも、序盤はするが・かわち・こうずけ辺りをうろうろすることが多いので、えぞを頻繁に利用するのは中盤以降、と言っていえなくもないとは思いますが。



一方、RPGについて。こちらは、アクションゲーム程には「終盤の氷ステージ」という縛りがありません。それでも、どちらかというと「中盤〜終盤」に氷のステージが配置されている傾向が強いようには思います。「雪国」という記号が「遠くまできた」という演出に利用されている、という側面もあるのではないかと。

以下、同じく有名どころをいくつか列挙してみます。


○マザー

スノーマンの町。訪れるのは中盤〜終盤に差し掛かる辺り、という感じでしょうか?背景が唐突に真っ白になるのは、当時やはり鮮烈だったといえると思います。


○メタルマックス

フリーザの町。メタルマックスは極めて自由度が高いゲームなので、序盤・中盤・終盤の組み分けが難しいのですが、まあフリーザは中盤の町といっていいでしょう。氷漬けになっている為良く滑り、行きたい場所に行くのに一工夫が必要です。地下には賞金首のマンモスタンクがいます。

ちなみに、MM2Rではタイシャーが氷の町的な扱いをされていましたが、やはり中盤以降の町です。


○世界樹の迷宮2

第三階層「六花氷樹海」。氷の床と滑るギミックがありますので、当然のことながら中盤のダンジョン。
ここでは難関ボスとの連戦があったりもしまして、やっぱり安定の「中盤の壁」ポジションでした。スキュレーマジ強い。


○FF7

大氷河。ディスク2に入って最初の大型ダンジョンになります。

滑るというギミックこそないのですが、探索に時間制限があったり、吹雪で画面の方向を見失ってしまったりと、雪国ならではのギミックがふんだんに盛り込まれており、やはり「中盤の壁」的な扱いだったと思います。

同じFFシリーズでいえば、例えばFF2のサラマンド〜雪原の洞窟あたり、雪上船が必要になったりしてやっぱり中盤の難所という位置づけでした。


○ロマサガ2

大氷原はラストダンジョン。雪の遺跡というのもありますが、これもほぼ終盤に行く場所です。

ロマサガ2については、それほど「氷のギミック」的なものは出てこないので、どちらかというと演出の問題のように思います。ロマサガ1でもバルハラントとか、氷漬けの城とか色々ありましたね。ロマサガ3ではポドールイとか雪だるまの町とかありました。ポドールイは序盤でもいけましたが、雪だるまの町と氷銀河は中盤のダンジョンでした。



と、まあ、長々書いて参りました。

一応まとめておくと、

・雪・氷ステージは、アクションゲームだと「滑る」というギミックが利用されることが多いよ
・「滑る」というのは中級者向けのギミックなので、どちらかというと中盤や終盤に配置されることが多いよ
・RPGだと、ギミックの配置の仕方にもよるけど上の話はあんまり当てはまらないよ
・けど、やっぱりどちらかというと中盤〜終盤のステージであることが多いよ。これは多分演出の問題だよ
・うるせえけっきょく南極大冒険とアイスクライマーは24時間365日氷ステージなんだから例外だ


という感じになると思います。よかったですね。


今日はこの辺で。



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追記しました。

posted by しんざき at 12:43 | Comment(4) | TrackBack(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月10日

ゲームブック半里を往く その8 ティーンズ・パンタクル


大島いずみさん、もう32歳なのか…(あとがき参照)



パンタクル、というゲームブックがあります。

「ドルアーガの塔」三部作ゲームブックで鮮烈なデビューを飾った、若き天才魔導士「メスロン」。

ゲームブックオリジナルのキャラクターでありながら、その存在感は時にギルガメスすら上回り、盗賊タウルスとの凸凹コンビの完成度は一種異様な程でした。

メスロンの人気は、鈴木直人先生に「メスロン単体が主人公として活躍するゲームブック」を書かせるに至りました。その内の一作が、名作中の名作「パンタクル」。



そして、その「パンタクル」に連なる系譜の作品として生まれたのが、「パンタクル2」、遠く「チョコレートナイト」、そして「ティーンズ・パンタクル」でした。


ティーンズ・パンタクル。著者は鈴木直人先生。1990年、創元推理文庫より発売。元々は、「メスロン」に対して女性読者から送られてきたファンメールへのお返しに、ということで発想されたタイトルだそうです。


主人公は、半年前に「洋具台学園」に転向してきた女子高生、「大島いずみ」。霊力を持った彼女は、やがて学園を狙う魔女と敵対することになって…というストーリー。
今の目から見れば、舞台立てには大時代的な部分があるかも知れませんが、メスロンを絡めたその描写、日を追う毎に高まっていく緊迫感と非日常感、そしてゲームブックとしての面白さについては、流石の鈴木直人先生としかいいようのない佳作です。


まずは、内容の話をしましょう。



○鈴木直人先生の、数知れない「試み」。


鈴木直人先生の何より凄いところは、文章力や構成力もさることながら、作品によって本当に様々な「システム的な試み」を導入され、しかもそれが非常に高いレベルでまとまっていたところ、だと思うのです。


ゲームブックは、ゲームでありながら飽くまで「本」です。本である以上、ゲームシステム上での色々な試みをする場合には、かなり色々な工夫をしなくてはいけません。その工夫とストーリー性を両立させることは、それなりに困難です。


システム的な話だけで言えば、数あるゲームブックの過半は、「単に戦闘・成功判定のやり方に差があるだけ」であって、選択肢を選んでストーリーを追っていく、というその根本的な部分に大きな差異はありません。



鈴木直人先生のゲームブックを読んでいて驚くのは、「根本的な、システム的な部分に切り込んだ工夫」が余りにも多いことです。


例えば、「魔界の滅亡」における氷の迷宮。

例えば、「スーパー・ブラックオニキス」におけるフラグ管理システム。

例えば、「パンタクル」における魔法使用システムや立体迷宮。

例えば、「パンタクル2」における魔術戦システム。

例えば、「チョコレートナイト」の、思考ルーチンすら実装したラスボス戦。


いずれも、「本」という媒体で出来る範囲を超えた、まさに「ゲームシステム」だったと思います。鈴木直人先生の綿密なゲームブック構築は、プログラマー的ですらありました。

で、この「ティーンズパンタクル」ではどんな「試み」が行われていたかというと。


一言で言うと、「ある日付で見逃したイベントがあっても、翌日以降更にそのイベントに接触することが出来る」という、「イベント繰越システム」でした。


いつものことですが、これ、コンピューターゲームに慣れている人には、何がどうすごいのかわかりづらいと思います。

例えば、「○日目に××に行くと△△が発生する」というイベントがあったとします。そのイベントについて、「その翌日に××に行ったら、ちょっと違った形で△△が発生する」というのは、例えば日常系のアドベンチャーゲームなんかではごく当たり前のことです。


けど、考えてみてください。ゲームブックです。本です。普通はストーリーをなぞってどんどん展開が進んでいくだけなのに、「ちょっと後の時点で、見逃したイベントにもう一度アクセス」なんて出来ると思いますか?


鈴木直人先生は、下の三つの手法であっさりとその問題を解決してみせました。


・「今日が何日目か」というフラグを用意して、読者に覚えさせるという形で管理
・「何日目フラグ」と並列する形で、イベント用の「経験記号」も用意
・毎日「昼ターン」と「夜ターン」があり、それぞれ学園の色んな場所に行けるような共通項目を用意


言葉にしてしまえば簡単なようですが、これ、こんなにシンプルなやり方で「日常アドベンチャーゲーム」的なシステムを本に再現してしまうのって、物凄いことだと思うんですよ。

しかも、これ書かれたの1990年ですからね。ファミコンでいうとFF3の時代、まだ日常アドベンチャーゲーム自体がそこまで一般的でなかった時代です。こんな時代に、こんなエレガントな解決法をゲームブックであっさり構築してしまう鈴木直人先生は、本当にアイディアマンだと思います。


「ティーンズ・パンタクル」では展開上の日数制限がありまして、ある日付までで必要なアイテム・必要なフラグがそろっていないとゲームオーバーになってしまう仕組みがあります。「スーパーブラックオニキス」と同じパターンですが、日を追うごとに段々と友人が消えていって、緊迫感が増していく描写は、その点だけでも一読の価値があると思います。


○黒猫ニバスこわい。

一方、ストーリーやキャラクターの話をしますと。こちらも、鈴木先生の本骨頂というか、実に味のある展開、味のあるキャラクターが満載です。

ティーンズ・パンタクルにおいて、主人公の大島いずみは、普通の学園生活を送りつつも、学園をのっとろうとする魔女の勢力と戦うことになります。

登場するキャラクターは、例えばいずみの学校の友人や先生。学食のおじさんや、謎の転校生、タウルスそっくりの学園長、展開によっては暴走族なんかも出てくる他、いずみの能力の特性上、怨霊や亡霊、妖怪の皆さんなんかも登場したりします。ナンパされたり、友人と食べ歩きをしたり、二人乗りでツーリングにいったりもします。

そんな中で、いずみは学園や洋具台の町を探索して、魔女に対抗出来る手段、そして「魔道士メスロン」を呼び出すための手段を探すことになります。

上で書いた通り、洋具台学園では日を追うごとに様々な事件が発生していき、どんどん周囲の人間が信用出来なくなっていきます。各日付で起きるイベントにもそれが反映されており、いずみの探索は日が進む度により危険なものになります。

そんな中、うまくアイテムを集めて「メスロン」と合流できたときのほっとした安心感、そして更にそこからの反撃については、ひじょーーに熱いものがあったと思います。

ちなみにネタバレになりますが、最後の反撃にはいずみ・メスロン・タウルスそっくりの学園長の三人パーティで挑むことになります。このパーティ構成、どう見てもドルアーガ。この場合、いずみさんはギルガメスになります。あと、実はこの巻のどこかにゴルルグさんが出てきたりするんですが、すっかりいい人になってます。サイコソード素敵。


「ティーンズ・パンタクル」におけるアイテム集め、フラグ立ては、前述のイベント繰越システムの影響もあり「そこそこの難易度」という感じなのですが、それでも中盤の難敵、「黒猫ニバス」と戦うためのアイテムを集めるのは、イベントによっては時間制限もあり結構大変でした。鍵は図書館と屋上です。あと、意外と高岡北斗君が重要キャラ。


ちなみに、この作品では敵と戦う際、多くの場合「霊力で戦う」か「物理攻撃で戦う」かを自分で選ぶことが出来ます。「物理で戦うとクッソ強いけれど霊力で戦うと弱い」とかその逆とか、敵によって色々あります。このあたりも、キャラの個性づけに随所随所有効に動作していると思います。

キャラクターで言えば、個人的にはやはりタウルスそっくりの学園長がお気に入り。色々と助けていただきました。


ということで、長々と書いてまいりました。結論として、描写の端々に大時代的な部分(まあ26年前ですし…)はあるものの、「ティーンズ・パンタクル」は今読んでも十分楽しめる良作」であることを記して、項を閉じたいと思います。

他のゲームブックシリーズについても色々書いてます。創元ばっかりですが。




今日はこの辺で。

posted by しんざき at 07:56 | Comment(1) | TrackBack(0) | ゲームブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月06日

長男にお勧めしている本について・今までの変遷と打率


これパパは面白かったよ、と、長男に本を勧めることがあります。


長男、8歳。四月から小学三年生。読書好きに育っています。

日ごろから、「面白いと思うかどうかは人によって違う」「無理して読むことはない、自分が面白いと思った本だけ読めばいい」と言っておりますので、長男が何を読むかは基本本人任せにしています。なにやら図書館から色々借りてきているようで、漫画でも雑誌でも、好きなもん読みゃーいいです。


ただ、時折「私にとって面白かった本」を紹介すると、長男にすげーヒットすることがあります。「パパが好きな本、おもしろいねー!!」と言ってくれるのは私にとってもうれしいので、「途中でつまんなかったら別にやめてもいい」といいつつ、今まで何冊か本を勧めてみました。

また、彼自身、ちょっと背伸びした本を読んでみたりもしており、その感想も聞いてみてました。


どんな本がヒットして、どんな本はいまいちだったのか、ちょっと記録していってみようと思います。


○「だれも知らない小さな国」シリーズ

結果:大ヒット。

定番のコロボックルシリーズ。

幼稚園くらいの頃に読み聞かせをしてあげたことはあったのですが、本が読めるようになってから自分でも熱心に読み出しました。私も大好きなシリーズなので、長男と趣味があったのは大変うれしいところです。

特に一巻の「小さな国」と二巻の「豆つぶほどの小さな犬」は大のお気に入りになったらしく、今でも枕元に「小さな国」が置いてありますし、「パパはコロボックルシリーズで誰が一番好き!?」とか聞かれることもあります。彼的には一番好きなのは風の子らしいです。私はフエフキかなあ。



○「十五少年漂流記」

結果:大ヒット。

やはり、「少年たちだけが無人島で生活する」というテーマは、男の子的には鉄板だったようです。絶対気に入るだろうと思いましたが、予想通りハマりました。一時期はかなり熱心に読んでいたようです。

スルギ号の物資を確認する辺りとか、男の子回路がくすぐられない訳がないですよね。ドニファンが改心する辺りとかお気に入りのようで、何度も繰り返して読んでいました。

その内「二年間の休暇」も読ませてあげたいと思っています。



○「エーミールと探偵たち」

結果:いまひとつ。

私は大好きな作品なのですが、残念ながらいまひとつでした。どうも、彼にとっては事件が起きるまでの導入部分が長すぎたようです。

「十枚の絵が説明する」もケストナー節で軽妙なのですが、もうちょっと大きくなってからの方がよかったろうか。その内「飛ぶ教室」辺りでリベンジしたいです。


○「ルドルフとイッパイアッテナ」

結果:かなりのヒット。

「ルドルフともだちひとりだち」を含め、大変気に入ってくれました。ちょうどタイミングよく映画化されるので、今から「映画も観たい!」と主張しています。猫から見た人間世界の描写がツボだったらしく、ちょこちょこ笑い声をあげていました。

ご存知の通り、「ともだちひとりだち」のエンディングはちょっと寂しさをはらんだものなのですが、そこも心に残ったようです。「いくねこくるねこ」は私も読んだことがないので、近々買ってあげて、自分でも読んでみようと思っている次第。




○「そして誰もいなくなった」

結果:まだこれから。

いや、これ実はまだお勧めする気はなかったんですが。長男が子供向けにアレンジされた「オリエント急行殺人事件」を読み始めまして、パパこれ読んだ?と聞かれました。

私:「読んだよー。推理小説の名作中の名作」

長男:「パパはこれ好き?」

私:「好きだけど、パパは「そして誰もいなくなった」の方がもっと好きかなあ」

長男:「どんな話?」

というのでさわりだけ話してあげたら、

長男「読んでみたい!読んでみたい!!」

と地団太を踏み始めました。どわー。

「そして誰もいなくなった」は児童書版とか存在しないので、正直8歳には難しいんじゃないかと思うところもあります。まあ難しくてつまんなかったら別に途中でやめりゃいいんですが、折角の名作を「難しかった」という印象だけにしてほしくないなあ、と思う部分もあり。若干悩み中です。

まあ、さわりだけ読んでみて、難しそうだったらもうちょっと語彙が増えてから読むようにする、というのもありかなあ。

ちなみに、オリエント急行殺人事件はまだ読んでいる途中ですが、彼的にはいまひとつヒットしている様子がありません。まあ、途中の展開は地味だからなあアレ。


○「宇宙戦争」

結果:ヒット。

これは私が勧めたわけではなかったと思うのですが、青い鳥文庫版を図書館で借りてきて読んでました。気に入ったようです。結構描写がエグかった記憶があったのですが、私もぺら読みした感じ、その辺はだいぶマイルドにアレンジされている様子。

宇宙戦争は、正面から戦って打ち勝つ形式になっていないので、男の子的には微妙かなーと思っていたのですが、「まさかあんな展開になるとはおもわなかったなーー!!」と感心していました。


○「ロミオとジュリエット」

結果:空振り三振。

いや、これも自分で図書館から借りてきたみたいなんですが、そもそもなんでロミオとジュリエットだったのかよくわかりません…女の子ならまだ響くところがあるかも知れないけどなあ。



○今後の予定

「そして誰もいなくなった」をどうするかはまだ考え中なのですが、ミヒャエル・エンデについてはそろそろお勧めしてもいいかなーと思っています。「はてしない物語」は是非ハードカバー版を読ませたい。「モモ」もいいですね。

あと、「マガーク少年探偵団」シリーズは多分気に入るんじゃないかなあと思っていますので、その内勧めてみようと思ってます。ゲド戦記も同様。ドリトル先生シリーズも勧めてもいいかなー。

中学生くらいになったら、ホーガンの「星を継ぐもの」やカードの「エンダーのゲーム」「死者の代弁者」辺りは是非勧めてみたい。面白いと思ってくれるといいなあ。



と、今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 11:52 | Comment(5) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月04日

「好き」を表明するハードルなんて、低ければ低い程いい

なんというか、「好き」を語るのに、前提知識とか、もろもろの条件とか、そんなもんが求められるのはあんまり好きじゃないなあ、と思うんですよね。「好き」を表明するのはただでさえ勇気がいることなんだから、ハードルは可能な限り低くあって欲しい。凄く気軽に「○○が好き!」と言える世界であって欲しい。


Twitterで、こんなことを書きました。

このTweet自体は、「自称○○好きに限って、実際は大してそれを摂取していない」という批判ツイートをみてツイートしたものです。


元ツイート自体はここでは引用しませんが、多分、「あるジャンルに対する半可通」に対する批判に近い文脈だと思うんです。「SF小説好き」というなら、せめて××くらいは読んでおけよ、とか。「本屋好き」というなら、何故もっと本屋に行かないんだ、とか。そういうことを言いたくなる気分も、心情として理解出来なくはないんです。


それを踏まえた上で。


私は、その対象がジャンルであれ作品名であれ何であれ、そしてその「好き」がどんなに中途半端な内容であれ、「好き」と表明することを全肯定します。「好き」と表明する為のコストは、可能な限り低くあるべきだと考えます。



何故なら、「○○が好き」というのはゴールではなく、スタートだから。



例えば「SF小説」というジャンルであれば、「あ、これ、好きだなあ」とおもったその時から、そのジャンルに対する世界は広がっていくものだから。そして、それは自分だけではなく、それを見た他の人へも伝播していくものだから。


ジャンルの裾野っていうのは、そうやって広がっていくものでしょう。誰かが、どんなに僅かな知識であろうと、「これ好き」といったところから、その人も、他の人も、さらにそのジャンルについて知っていく。そこからもっと詳しくなっていく。

要は、「好き」は出口ではなく、入口なんです。


入口は入りやすい方がいい。入りやすければはいりやすい程、そのジャンルは栄えます。


そこを、元からそのジャンルが好きな人が、「おいおい、その程度で「好き」とか言ってんのか?」と絡んでいたら、その入口、どうなりますか。もしかしたらその「好き」を見て、そのジャンルに入ってくれていたかも知れないそれ以外の大勢の人まで、軒並み排斥することになりませんか。


そういう意味では、私は、「中途半端な知識で語る」という、いわゆる半可通ですら、一義的に否定されるべきではないと思います。

明らかに誤った知識を広めていたらそりゃ指摘した方がいいかも知れないですが、そこに純粋な「好き」があるなら、「その程度の知識で語るな」という批判は慎重であって然るべきでしょう。そういう批判を投げかけたくなったら、もっと精密な内容を自分が語ればいい。それを見て、更に他の人がそのジャンルに入りたくなったら、そりゃもう万々歳じゃないですか。


「好き」を表明することというのは、自分をさらけ出す行為でもあり、ある意味ではハイリスクですらあります。注目を引くだけなら、どちらかというと「これ嫌い」を表明した方が楽に注目を稼ぐことが出来る。ローリターンハイリスク。


けど、だからこそ、「○○が好き!」ということくらい、何も考えずに表明できる世界であって欲しいんですよね。


だから私は、「「好き」を表明するのに、一切の前提知識も条件も要らない」と強く主張したいです。


どんなに中途半端な「好き」であっても、そこからそれに続く何かが始まることを。世の中の色んなジャンルが、色んな「好き」によって栄えることを、強く祈念しております。



以下は関連エントリー。



posted by しんざき at 23:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする