2017年01月13日

ファミコン版スペランカーについてもう一度ちゃんと振り返ってみようじゃないか


ちょっと思うところがあったので、「ファミコン版スペランカーとは何だったのか」ということを、皆さんと改めて考えてみようと思います。ご存知の方には今更の話が多いと思いますが、ご勘弁ください。


皆さんよくご存知の通り、ファミコン版スペランカーは、ブローダーバンドからライセンスを受けたアイレムが、1985年の12月に発売したアクションゲームです。元々はAtari、コモドール64で発売されたタイトルだったのですが、ファミコンに移植された際、アイレムが大幅に難易度を上げたことで結果として有名になりました。


コモドール64版のプレイ動画を見つけたのでちょっと掲示させて頂きます。基本的な画面構成やゲームシステムは同じなんですが、「デブが軽快に洞窟探検をするゲーム」としてデザインされていることを見て取って頂けるでしょう。何故こんなにデブなのかは知りません。


この頃のスペランカーは、のちのファミコン版で取沙汰されるような、「自分の身長の高さから落ちたくらいで死ぬ」「ひざ丈から落ちただけで死ぬ」というような難易度デザインはされていません。死ぬときゃ死ぬんですが、1:06くらいでも、エレベーターのちょっと高いところから落ちた主人公が、その後も元気に走り回っているところを確認して頂けると思います。


さて。スペランカーは、アイレムが移植したファミコン版において、「繊細な操作をしないとすぐ死ぬ」という形での難易度アップを施されました。のちに公式を含めた様々なところでネタにされる、「虚弱体質探検家」の誕生です。


今更くだくだと書く必要はないとは思いますが、一応動画をリンクさせていただきます。エレベーターから降りた直後にキャラクターが死んでいることが分かります。


いきなり余談なんですが、スペランカーのオープニングBGMはめっちゃ名曲です。この重厚なメロディを、1985年というファミコンド初期に作り込んだアイレムのスタッフは本当に素晴らしい。



さて。ちょっとここで、ファミ通.comに掲載された、スペランカーオリジナルスタッフのインタビューを参照してみましょう。原作開発者であるティム・マーティン氏も参加している、非常に貴重なインタビューだと思います。


注目して頂きたい部分はここです。(強調筆者)

――ちなみに、ファミコンソフトの中で『スペランカー』の難しさは突出していましたが、難度設定にはどのような意図があったのでしょうか?

津村 アーケードゲームを開発していた当時、家庭用ゲームは難度調整のツメが甘いなと感じていました。我々は “数分間でおもしろさがわかって長く遊ばせない”という方針でアーケードゲームを開発していましたから、ファミコン版『スペランカー』も、おもいきり難度を高く設定しました。ですが、ただ難度を高くするのではなく、学ぶことで達成感を得られるようにしようと。試行錯誤すれば達成できるけど、達成するには根気が必要。それを我慢できない人からはつまらないゲームと言われるでしょうが、我慢強い人は“やり甲斐のあるゲーム”として評価してくれる、そういう意図を持って調整していましたね。


早い話、スペランカーの「すぐ死ぬ」という特徴は、「試行回数を増やしてだんだん学習していってね」「繊細な操作に習熟して達成感を得てね」という、開発者の意図的な仕様なのです。「スペランカー」を語るとすれば、大前提としてここを了解していないといけません。

そして、その試み自体は間違いなく成功していました。ファミコン版スペランカーは、「何度も死ぬことによってだんだん上手くなる」「上手くなればなるほど気持ちよくなることが出来る」ゲームに仕上がっていたのです。それを楽しめるかどうかは別として、後々数多くゲーム業界に送り出される、「死んで覚える」ゲームの草分けの一つとまでは言ってしまってもいいでしょう。


アクションゲームの楽しさには、「操作感」と「達成感」という二つの代表的な軸があります。

「動かしているだけで楽しい」「動かすことによって直接的な気持ちよさを得られる」というのが、操作感の軸。

「何かの課題をクリアするのが楽しい」「だんだん上手くなっていき、難しい壁を乗り越えることが出来るのが楽しい」というのが達成感の軸。

この二つは、別に矛盾する訳ではないのですが、両立させるのが難しい場合があります。達成感を得させる為には難度を上げなくてはいけない場合が多く、それが「操作しているだけで楽しい」と結びつかないことがあるんですね。


そこから考えると、ファミコン版スぺランカーでは「達成感」の軸に大きく寄せたデザインが行われていることが分かります。「ドット単位の繊細な操作を身に着けることで、困難なステージを次々クリアしていくことが出来るようになる気持ち良さ」。それがスペランカーの楽しさ、面白さの本質であることは議論を必要としないでしょう。

1985年というのは、ファミコン全体の歴史を考えれば初期も初期です。キン肉マンマッスルタッグマッチやチャレンジャー、忍者じゃじゃまるくん辺りが発売されていた時代です。「ドルアーガの塔」という先達があったとはいえ、はっきりと「達成感寄り」のゲームデザインを行ったタイトルとしては、スペランカーがかなりの先駆者だったことは間違いないでしょう。


さて。


これもみなさんよくご存知のことかと思うんですが、スペランカーは、一時期のテキストサイトの隆盛時代、「クソゲーの代表格」みたいな取沙汰をされてしまったことがありました。そのころの文脈の代表的なものは、上のような高難度のレベルデザインを取沙汰して、「ひざの高さから落ちただけで死ぬ!クソゲー!」というようなものでした。

そしてこの、「すぐ死ぬ」というところだけを面白おかしくクローズアップした文脈が、高難度レベルデザインにあまりなじんでいなかった一部のネットユーザーにウケてしまったのです。

勿論、ゲームが面白いかどうかは人それぞれです。例えばこの当時大ヒットしていたスーパーマリオブラザーズのような、「繊細な操作を意識しなくても十分楽しめる、直感的で爽快なジャンプアクション」を期待してこのゲームに触れた人が、「求めていたものと違った」という感想を抱いてしまうのは仕方がないところでしょう。そこに文句はないんです。


ただし、スペランカーは決して「UIが優れていないから遊びにくい」ゲームではない。「理不尽なゲームデザインが施されている」ゲームでもない。操作は直感的だし、レスポンスは早いし、ギミックは豊富だし、アクションゲームとしてみれば実に良く出来ています。「すぐ死ぬ」というのは開発者が達成感の演出の為に導入したデザインであって、しかもそれは間違いなく成功しているのです。


だとすれば、私はこれだけは断言できます。


未だに「すぐ死ぬからスペランカーはクソゲー」などと言っているヤツがいたとしたら、そいつは何も分かっていない。下手すると30分以上スペランカーをプレイしたことすらないスペランカード素人だ、と。



かつてのゲーム開発者たちの数々の試みが、たくさんの人々の心に残ることを願って止みません。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:12 | Comment(3) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする