2017年07月10日

「子どもの教育に悪いかどうか」という点で言えば、少年誌のエロ表現の話とか超どうでもいい


先日Books&Appsさんに、こんな記事を寄稿させていただいたんです。


子どもの性教育についての話ですね。ぼちぼちちゃんと考えないといけない時期になってきたので、基本的な方針について確認しておきたくなった為に書いた記事です。具体的に何をどういう風に教えるか、という点についてはまた改めて、奥様と相談しつつ考えていこうと思っています。

で、実はこれとは全然リンクさせて考えてなかったんですが、最近少年誌のエロ表現について一部界隈で議論になってたみたいなんです。こちらの話です。(リンク先には少年誌レベルでの裸体描写があるので、お嫌いな方は踏まないようお気をつけください)



なんか、上記に関連して、「手塚治虫の漫画は綺麗な漫画で女性にもやさしかった」的な発言をよりにもよって田中圭一先生にふっかけて、一瞬で撃墜されるという心温まるシーンもあったようですね。元ツイートは消えてるみたいですけど。

実は私自身は、この話すげーどうでもいいと思ってまして。正直あんまり観測してなかったんです。

何故かというと、「個人的に少年漫画の性表現嫌い」という話なら外から文句をつける筋合いの話ではない(何かを嫌うのも、「何かが嫌い」だと表明するのも完全に個人の自由です)し、一般的な「子どもの教育に悪影響が」という話なら的外れなので論評する必要もない、と思っていたからです。


私自身は、少なくとも自分の方針としては、

「子どもの性倫理観については、きちんとした性教育こそが何より重要であって、それがちゃんと出来ている前提であれば、少年誌程度の性表現なんか枝葉の問題ですらなくどうでもいい」

という考えの持ち主です。


これは多分人によって考え方が違うと思うんですが、私は「子どもの判断力」「子どもの倫理観」というものを結構信頼しておりまして、「きちんと理由をつけて規範を教えられている限り、多少の逸脱はあったとしても、子どもはちゃんとした判断で自分を律することが出来る」と思っています。勿論、テンション高くなって暴走しちゃうこととかはあるんで、「教えさえすれば後は気にしなくていい」って話じゃないんですけどね。大筋というか大事なところでは、子どもはちゃんとした判断力を自分で育むことが出来る、と思っているんですよ。

で、「実際に異性と接する時に重要な規範というのは何か?」という話で言うと、それは根っこのところで、「相手の性を理解して、尊重すること」以外にはないと思うんですよ。だから、親としては、この規範を土台として育ててあげたいし、それを教えることこそ「性教育」だと思います。これについては冒頭記事で書いたことなので、そちら参照して頂ければ。


で、きちんと「相手の性の理解、尊重」という土台が出来ている子が、「少年漫画にセクハラ描写があるから自分もこれやっちゃおう」「あ、こういうこと実際にやっていいんだ」なんて思ったりすんのかなー?と思うわけです。


自分に照らしたとしても、私自身は「んなわけねーだろ」としか思わないんですが、そう考えない人も結構いるんですかね?


私は、「親の教育の方が、そこらのコンテンツよりも遥かに影響がでかい」と思っています。「コンテンツの影響力は間違いなくある」「しかしその上で、一つのコンテンツの影響力なんて、親の影響力に比べれば吹けば飛ぶようなものだ」とも思っています。


だから、「少年誌のコンテンツの性描写なんて、子どもの教育という点でいえば超どうでもいい」としか思わないわけなんです。これが、例えば四六時中エロ漫画しか読まない、とかならまた話は別なのかも知れないですが、たかがジャンプの性表現ですよ?ほんの数ページの話で目くじら立てるとか、端的に言ってリソースの無駄遣いなんじゃないかな、と思わないでもないんですよね。

実際のところ、ああいう表現に過敏に反応している人は、自分では漫画を殆ど読んでおらず、ジャンプのこともエロ漫画雑誌程度にしか捉えていないんじゃないか、とも思いますけどね。


ただ、これは飽くまで「少年誌の性表現批判」についての話なので、「個別の家庭でどんな方針をとるか」というのはまた話が別だと思います。その点では、私はid:topisyuさんのお話に賛同します。

下記は、topisyuさんがこの件について書かれた記事。実は被言及頂いていて、その被言及から初めてこの話ちゃんと追いかけました。アンテナが鈍くてすいません。

一部を引用させていただきます。


では、こういう親が、親として不適切かといえば、物事はそんな簡単ではなく。フィクション作品から物凄く影響を受ける子もいますし、セックスや暴力についての正しい知識を伝えられる親も多くはありません。子どもと信頼関係が築けていないと子どもは聞く耳を持たないし、ゆっくり一緒に話せる時間的・精神的余裕ももちろん必要です。

要は、子どもから"不快な"表現を排除したい親の中には、その表現のフォローしきれないと思っている人がいるということを言いたくて。不安な親はいるんですよね。

だから、表現が適切かどうかの議論と同時に、親がどうやって子どもにセックスや暴力を伝えるかというのもセットで話題にしたほうがいいと私は考えています。例えば、紙屋さんも紹介された『わたしのはなし』『ぼくのはなし』みたいな本に触れたりとか。 


いつもながらバランスがとれた考え方だなーと感心させて頂いております。

こういう部分は各論の問題であって、家庭それぞれ、子どもそれぞれ、親それぞれです。事情が個別過ぎて、一概に「この程度の表現で、ジャンプ自体を読ませないなんておかしい」という言い方をするべきではない、と思います。「フォローし切れない」という部分だって、一概に親の目や手が行き届いていない、と断ずるべき話ではない。

そういう家庭の方針をフォローする為にも、細やかなゾーニングというのがあるのは理想なのかも知れません。まあ、ゾーニングにしても、ジャンプのあの程度の表現を一体どうゾーニングするんだ?という話ではありますが。。。


ざっくりまとめてしまうと、

・少年誌の性表現を「行き過ぎている」と嫌うのは個人の自由である
・が、一般的な性表現の規制という話であれば、少年誌レベルの性表現とか枝葉の問題過ぎて論評に値しないと思う
・ちゃんとした性教育で、「相手の性を尊重する」っていう土台を作ってあげること、大事。超大事
・けど、更に各論に落として、それぞれの家庭の教育方針っていう話であればケースバイケース過ぎて一概に言えない

大体上記のような内容になるわけです。言いたいことは以上です。



全然関係ないんですが、ジャンプといえば、最近私・奥様・長男で仲良くワールドトリガーにハマっておりまして、孤月がどうとかスコーピオンがどーとかかゾエさんがいい味出してるとか二宮だ太刀川だ修だ遊真だ、と漫画トークをしています。長男的には太刀川さんがお気に入りらしいです。

面白いですよね。ワールドトリガー。個人的なイチ押しキャラは生駒さんなんですが、奥様的には「王子が強烈過ぎて生駒の印象があんまりない」そうです。生駒隊いいキャラ揃いだと思うんだけどなあ。

葦原先生のご体調の快復を強く祈念しております。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:47 | Comment(3) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする