2017年07月18日

ゲームに「ちゃんとした楽しみ方」なんて存在しない

これ読んだんですけど。



楽しかろうとswitch+ゼルダをやらせてみたところ、クエストほこら全無視
村人の会話も聞かず(会話はほとんどA連打で読んでないっぽい。)
メインチャレンジの目的地マップマーカーのみにダッシュ。体力も頑張りも
増やさず「高いところ登るのめんどくせーからマップもいらね。」
ゲーム初体験とかならわかるが、年長さんの頃から、マリオ・マイクラ等
一通りのゲームはやってきてきてこの状態。
見ててイライラする。。。。


なんつーか、「このゲームはこう楽しむべき」っていう考え方にちょっと捕らわれ過ぎなんじゃないかなー、と思ったんですよ。ゲームにはある程度決まった楽しみ方があって、そこから外れてると「それは楽しんでない」→「折角ゲームをやらせてあげてるのに、何で「ちゃんと」楽しまないんだ」と思っちゃうような、そんな雰囲気を感じます。

違うスタンスを許容できないから、イライラする。

ゲームに「決まった楽しみ方」「ちゃんとした楽しみ方」なんて存在しない、と私は思うんですよね。ゲームが広くなればなるほど、そう。しかもこれ、マナーの概念がある対人戦ゲームでも、操作余地限定されるシンプルゲームでもなく、ゼルダの伝説BotWっていう、死ぬほどだだっ広い一人用ゲームの話ですからね。

昔からそうでした。例えばバルーンファイトで、敵をガン無視して水の中をくぐって魚に食われないか肝試しをするのも楽しい遊び方でしたし、ディグダグで画面に字を書くのも、ナッツ&ミルクでひたすらナッツを水に落としまくるのだって楽しかった。あと、エキサイトバイクでCPUのバイクひたすら転がし続けたりとか。


で、そういう「ゲームの本流とは全然関係ない遊び方」から別の何かが生まれることだってあった、と思うんですよ。


いや、これが例えば、息子さんが「このゲームどこが楽しいのか全然分からない」とか言いつつそのプレイやってるなら、「アホか!!!このゲームには!!!!こんなに色々楽しむところが!!!!あるんじゃい!!!!!」と教えてあげていいと思うんですけど。

けど、この息子さんが自分なりにゼルダを楽しんでいるとすれば、それは完全無欠に「プレイスタイルの違い」でしかないじゃないですか。親とは違う楽しみ方があって、親が思いもしないような楽しみ方を見つけて、その楽しみ方でゲームを味わっているのならば、それはむしろ褒めてあげてもいいくらいなんじゃないかと思うんです。

というか、例えばクエストほこら全無視、会話全無視、マップ全無視なんて例えばRTA(リアルタイムアタック)なんかでは当然の話であって、そういうプレイスタイルつきつめていけば、その内本当にタイムアタックに行きつくかもしれないですよ。そういうのって尊重してもいいんじゃないかと。


ゲームって、遊びって、多分すげー広いもんだと思うんですよね。であれば、楽しみ方は人それぞれでいい、と思います。


ちょっと気になったのは、この元増田さん、「息子がゼルダを楽しんでいるのかどうか」に全く言及していないんですよね。「そんな遊び方楽しくないに違いない」と考えておられるのか、あるいは楽しいかどうかに関係なくそういうプレイスタイルは誤っていると感じておられるのか。楽しんでいるのかどうかはもうちょっとご確認されてもいいような気もするんですが。


それはそうと。


最近、とうとうゼルダの伝説に長男が目をつけまして、取りあえずスプラトゥーン2が出るまで、ということでプレイ開始しました。今は始まりの台地をかけずりまわって、寒さダメージが怖くて祠に行けなかったり、塔から落っこちて死んだりしています。ぎゃーぎゃー言いながら楽しそうです。

彼がどんな「遊び方」を見つけるのか、あるいはあんまり楽しくないから投げてしまうのか。父としては一切口出しせず、暖かく見守りたいと考えている次第なわけです。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 08:21 | Comment(6) | TrackBack(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする