2018年02月22日

聖剣伝説2 SOM 遊んでみての第一感

買いました。遊んでおります。


まだウンディーネ神殿くらいまでしか進めてないのですが、序盤遊んでの感想を一言でまとめると、「遊べるし、楽しめるけど、手放しでお勧め出来る出来とまではいえない」という感じになりそうです。ただし、お勧め出来ない点は多くがUIの問題(しかも大体が原作準拠)なので、アップデートでくるっと掌を返す可能性は十分にあります。

現時点での感想をがーーっと箇条書きにしてみます。

・「聖剣伝説2」を、プレイ感込みですごく忠実に再現しようとしていると感じる
・3Dモデルなのに、マップが殆ど当時の聖剣2そのまんま
・恐らく木や花とかマップ上の小物まで全部当時のまま再現していて、ある種の執念を感じる
・メッセージとか展開もほぼ聖剣2そのまんま
・その為、シナリオ的に若干説明不足かなーと感じる点もそのまま残っている
・設定でアイテムを12個まで持てるように出来るなど、拡張されている部分もある
・3Dモデルのプリムやポポイはとてもかわいい
・宿屋に泊まると、要所要所で仲間同士の会話が発生してとても楽しい
・BGMはアレンジ含め最高という他ない。オリジナル版BGMにも変更出来るとか本当に最高過ぎる
・行動指定の仕様はSFC版とだいぶ変わっている。どのターゲットを攻撃するかの傾向を変更するようになった

・敵のHPはそこそこ高く、倒すには何回か攻撃しなくてはいけないのだが、攻撃する度にダウンが発生してその間はダメージが入らない。ダウンしている間に攻撃すると、ヒットが「予約」され、少し経った後またダウンが発生する。その為戦闘のテンポがあまりよくない(ただしこの仕様自体はSFC版に極めて忠実)
・装備を購入する時、店画面からは値段と装備可能なキャラクターしか分からず、現状の防御力とそこからの変化などが分からない。購入して、実際に防具を装備するまで防御力がどうなるかわからず、買い物がし辛い(ただしこれもSFC版に忠実)
・当たり判定はちゃんと3Dモデル準拠になっている為なのかどうか、以前の感覚なら当たったと思った攻撃が当たっていないことがある(これは慣れで解決できるかも知れない)
・ボタンをSFCに合わせた結果、当初×ボタンがアタック、〇ボタンがダッシュになっている。ただし台詞の進行などは〇ボタンの為やや分かりにくい(キーコンフィグで解決可能)
・3Dモデルになった関係上、マップとマップのつなぎ目がやや分かりづらく、唐突に画面転換することがある
・大砲屋で打ち出された時にマップが縮小拡大する演出がない

・魔女の森入り口のポロンゾーンがSFC版より遥かに難しく、ある種の要塞になっている
・恐らく3Dマップになった関係で、ポロンの認識範囲が広く、間合いも広くなっていることが原因


取りあえずこれくらいの感想です。

特に、装備購入と敵ダウンの当たりについては、何かしら改変を加えてもいいんじゃないかなーとは感じました。それくらいSFC版に忠実です。

ただ、宿屋でランディやプリムやポポイが色々な掛け合いをする会話はとても楽しい。この辺は原作だと結構あっさり味だったので、いい追加要素だと思います。

UI関係はもうちょっと「ここはアレンジしても良かったのになー」と思うところがあるので、その辺アップデートで改善することを祈願しております。


もうちょっと遊び込んでからまたちゃんとしたエントリーを起こそうと思います。

一旦それくらいです。




posted by しんざき at 12:28 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月21日

ところでスピリッツの「アオアシ」がめっちゃ面白いです

いや面白いんですよこれが。以前からおもしれーおもしれーとは言っていたんですが、特にここ数カ月の展開がより面白さにブーストかけてきてまして、今連載している週刊漫画の中では、個人的なトップ3に入ってきました。


ということで、今日はアオアシの面白さについてつらつら述べさせて頂こうと思うわけです。多少ネタバレが混じるのはご容赦ください。

アオアシは、ビッグコミックスピリッツで連載しているサッカー漫画です。数あるサッカー漫画の中でも、プロチームの下部育成組織である「ユースチーム」を描いていることが特徴です。

主人公の青井葦人は、愛媛の公立中学でサッカーをやっていたところ、粗削りの才能を「エスペリオンFC」ユースチーム監督の福田に見いだされ、紆余曲折の末エスペリオンのユースチームに参加することになります。そこで彼は、様々なプレイヤーとぶつかり合い、時には協力して、チームと自分自身を成長させていくことになります。


アオアシの基本的な展開が、「才能はあるが洗練されていない主人公の成長と超克の物語」であることは間違いありません。「粗削りな才能を徐々に磨いていき、周囲に認められていく主人公」という筋書きは、スポーツものにおいて一つの王道です。何度か書いている「さすが」と「まさか」の面白さでいうと、バランス的に「まさか」に寄った筋書きですよね。

手前味噌で申し訳ないですが、ちょっと以前書いた記事から引用します。

「まさか」のカタルシスというのは、要するに逆転のカタルシスだ。最初周囲から見くびられていた主人公が、「まさか」と思われる中強敵を倒すことによる気持ちよさ。弱かった主人公が、努力して超強くなる気持ちよさ。大ピンチに陥った仲間チームが、「まさか」と思われる大逆転をして勝利を収める気持ちよさ。

まあ戦闘もの少年漫画なんか、最終的には予定調和的に主人公が勝つものが大多数だとは思うけれど。それでも、そこに至る「まさか」という気持ちよさを演出するのは作者の腕の見せ所であり、この気持ちよさの大小がその漫画の面白さに影響する部分は大きいと思う。
ただ、アオアシの面白いところは、そこだけの話ではなく。いやむしろその「まさかのカタルシス」というのは副次的な話でして。


この漫画、「主人公の成長と覚醒具合」がすっごい絶妙なんです。


主人公のアシトは、地元の中学サッカーで無双出来る程度の実力は最初からあるのですが、きちんとした練習をしたことがなく、ユースチームの中ではフィジカルも技術も全然ダメな部類です。パス回しも苦手なら、ドリブルもフェイントも勿論いまいち。

で、この漫画の凄いところは、「その弱点については安易に成長しないし、解決しない」んですよ。

勿論、アシトのテクニックも全く成長しない訳ではなく、元来サッカー練習についてはひたむきなアシトは、色々試行錯誤してテクニックを身に着けようとしていくわけで、それも多少は実を結ぶんですが。ただ、テクニックはそんなに急に成長したりはしないし、フィジカルはそもそも根本的に解決しない。「フィジカル強い選手に当たったら当たり負けるよ」というのはどうしようもない訳です。

ではアシトはどういう側面で成長・あるいは覚醒するのかというと、それは「視野と戦術」

実はアシトには、「物凄い視野の広さ」という潜在能力がありまして、それこそフィールド上のありとあらゆる動きを拾い上げて、的確なボールの動かし方を考えることが出来るのです。

aoashi2.png

まずはここの、いわば「覚醒具合」が凄く絶妙で面白い。当初は戦術も分からなければ、自分の能力の意味にも気づいていなかったアシトは、技術面で散々苦労しながらも、色々なきっかけで自分の能力を活かせるようになっていき、周囲もアシトの視野の広さやコーチングの的確さに気付き始めます。これについては本当に少年漫画的で、様々な場面で絶妙なカタルシスがあります。「こいつ、只者じゃないな」と主人公が周囲から評価されていくのは、それこそ「まさか」のカタルシスの王道です。

一方で、テクニカルやフィジカルの問題は全然解決していないというか、周囲のレベルの高さに比べればアシトは素人同然なので、アシトは相変わらず色んな点で苦労しますし、そこから這い上がろうとあがきますし、少しずつ成長していきます。こちらの練習や成長具合については、凄い描写や展開がリアルなんですよ。それこそ普通のサッカー少年の世界。

いってみれば読者は、「少年漫画の主人公としての成長」と、「普通のサッカー少年の成長」を同時並行で読めるわけです。両方味わえて面白さ二倍。ここが多分、私がアオアシを面白いなーと感じるところの根本的なポイントだと思います。

また、主人公のアシトのキャラクターもとても良い。劇中当初は「才能頼りで調子に乗る俺様キャラクター」的な描写もあるのですが、自分のテクニック不足、フィジカル不足については彼、とにかく自覚が速いし、そこから逃げないんです。どうすれば克服できるか?どうすればそれをカバーできるかを真剣に考えるし、躊躇なく他人に頭を下げて教えを乞うし、適切なアドバイスはきちんと受け入れる。スポーツ漫画の主人公としてとても好感が持てます。


周囲のキャラクターもいい味を出してるキャラばっかりで、特にユース監督の福田は、アシトの特性を最初の時点から読み切って、劇中中盤でアシトに対して重大な選択肢を提示します。これもまた、サッカー漫画として「そうくるか」という物凄い展開でして、是非実際に読んで確かめて頂きたいと思うわけですが、まあ福田さんの「出来るヤツ」感物凄い。

アシトのサッカー仲間も、例えば当初アシトに当たりがキツかったり、色々衝突したりもするんですが、根本的にはいいヤツばっか感がありまして、その辺打ち解けていく描写も素敵だと思います。最近だとAチームの桐木の「変な名前。」が名言だったと思います。

まあ阿久津さんはなかなかデレないというか、アシトを敵視する悪役ポジションを保持しているわけですが、なにせアシトがとにかくひたむきなのでその内色々あるんだと思います。

あとヒロインがとてもかわいい。メインヒロインは多分二人いまして、

aoashi1.png

一人はエスペリオンの親会社である「海堂電機」社長令嬢である杏里、通称お嬢。普段冷静な語り口なんだけど、特にアシトが絡んで活躍したりするとあっさり冷静さをかなぐり捨てて盛り上がるのがかわいい(かわいい)。サッカーFCの監督を志しているキャラクターでもあり、サッカー知識も豊富でありながら劇中の他キャラクター程ではなく、読者視点での解説役になったりもします。


aoashi3.png

あと、お嬢よりもアシトとの付き合いが長い一条花。諸事情で上の画像ではぶすっとしていますが、スポーツ栄養士を目指している女の子で、こちらも衒いなくアシトを応援するキャラ。感情表現が素直でとてもかわいい(かわいい)。


目下、本誌ではこれまた超熱い展開になってきておりまして、アシトがAチームの試合に出ることになりそうでおいおいこれどうなるんだ、的な素晴らしい熱量なので皆さんにも紹介したくなった次第です。皆さんよかったらアオアシ読んでみてください。後悔はさせません。



今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:44 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月19日

音楽ストリーミングサービス「Spotify」がゲームBGMとフォルクローレ好きには天国だった

しんざきはアーリーアダプターどころか超lateアダプターでして、アンテナが低いことにかけては定評がありますので、これもご存知の方には既に今更の話だとは思うんですが。

先日、ZUNTATAの土屋さんが、こんなことをつぶやいておられたんです。

おおなんだなんだ?と思って早速ユーザー登録してみたら、これがなんかもう色々と凄かったわけです。


なんだこれーー!!ZUNTATAの曲がめっちゃあるーーーー!!!

spotify1.png

ダラ外も!ダラバーも!レイストも!ニンウォリも!サイキもラスタンサーガもグルコスも聴きまくれますよ!!


ZUNTATAだけじゃなくて、セガとかSNKとか矩形派倶楽部とかカプコンサウンドチームの曲とかFalcomの曲とかもあるー!

spotify2.png

色々見て回った感じ、ZUNTATAの他にも、カプコン、SNK、ファルコム、EA辺りのタイトルについてはメーカー単位でかなりまとまって聴けるようです。他にも、ゲーム個別のタイトルでアップされていたり、作曲家が個人でアップされていたりというのも相当ある感じ。引き続きゲームBGMが充実していくことも大期待しております。


勿論私はTAITOっ子なので、ZUNTATAのCDも色々持っている訳ではあるのですが、さすがにそこまで網羅出来ているわけでもないですし。なにより、

・古くってCD屋探しても全然見つからないアルバム
・そのゲームをそもそもまだやっていない、「まだ見ぬZUNTATA」

に気軽にアクセス出来て、色々探して回れて、しかも自分のお気に入りプレイリストを集積出来る集めゲーみたいな楽しみ方もあるの、素晴らしいと思うんですよ。

かつなによりも、「それがちゃんとアーティストに還元される」というのがとてもとても良い。大手を振って曲を漁りまくれるわけです。


あと、例えば他人のプレイリストをフォローしたり、逆に自分のプレイリストを公開して共有することも出来、しかもフォローされている人数は可視化されるので、

・自分のお勧め曲、お勧めプレイリストを気軽に他人に共有出来る
・他人のお勧め曲から知らない曲に出会える
・なんだったらたくさんの人にプレイリストをフォローされることも目指せる

というのも楽しみ方として大変優れていると思うわけです。私も私選プレイリスト公開しようかしら。


で、上記の「曲を集めて公開したりフォローしたり」といった範囲は無料サービスの範囲でもなんの問題もなく出来てしまうんですが、有料版との間には機能差もあり、

・スマホ版では、無料版はシャッフル再生しか出来ない(PC版は15時間は通常再生が出来る)
・スマホ版では、ちょくちょくCMが流される

点にはご留意頂く必要があると思います。私はもうプレミアムにしちゃいましたが、特にPCのwebプレイヤーでは、色々プレイリストを作るところまではなんの不都合もなく無料版で出来ちゃいました。


で、こっから先はゲームBGMの話からは盛大に逸れるんですが。

このサービス、フォルクローレアーティストの充実度がものすっっっごいです。正直ビビりました。

spotify3.png

いや、私が大好きなロス・カルチャキスのアルバムなんて、マジで全部ありますよこれ。しかも、今では中南米音楽扱ってるCD屋をあちこちうろついても見つからなかったり、amazonでも手に入らなかったりするヤツもばしばし上がってます。

当然というか、KjarkasやInti Illimani、Jach'a MallkuやSavia Andinaみたいな人気グループは勿論、Un~a RamosやMercedes Sosa、Raul Olalreみたいな個人アーティスト、Mensajero'sやMarkhawasyみたいな日本ではあまり知られてなさそうなアーティストのアルバムまで、もう本当にバシバシあります。フォルクローレの曲探しがはかどりまくりそう。

あと、これフォルクローレで凄い有効に使えるなーと思ったのが、「同じ曲タイトルのカバーアレンジ違い」を探すってヤツでして。

フォルクローレって、結構昔の大御所がやった曲とか、伝統曲とかを色んなグループがカバーしていて、同じタイトルの曲でもどのアレンジがいいかなー?とか色々あるんですよ。それが、Spotifyだとずらーーっとまとめて見られて、サクサク順番に聴いていける。


spotify4.png

これサンファニートのEl Pitucoってタイトルなんですけど、有名な曲なんでとにかく色んなグループがアレンジしてるんですよ。こういうのがーーっとまとめて聴けてとても楽しいし、自分で演奏する時どのバージョンにしようかなー?とかアレこれ迷うことも出来る。超楽しいわけです。いや、これについては他の音楽サービスでも出来るのかも知れないですが。


とにかく、ゲームBGM好きだけでなく、フォルクローレ好きな人は割と速攻でSpotifyを使っていくべきなんじゃないか、と考えた次第なわけです。皆さんいかがですか。

取り急ぎ、しんざきのプレイリストは適当に公開していこうと思いますので、気になった人は聞いてみてください。まだフォルクローレ関連の作りかけってかんじですが。


これ自分で作ったヤツとフォローしてるヤツどうやって見分けるのかな。まあいいや。


ということで、引き続きちょくちょく、spotifyでお勧め曲の紹介などしていこうかと思いますので皆さんよろしくお願いします。


今日書きたいことはそれくらいです。






posted by しんざき at 08:12 | Comment(2) | フォルクローレ・ケーナ・演奏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月14日

子どもに何か指示する時は圧倒的に「なんとか探検隊の隊長」になるのが良い

例えばの話、児童館で遊び倒して、そろそろ帰宅しなくては、じゃあお片づけだな、となった時。

目の前には、子どもたちが散々散らかしたおもちゃが、それこそ怒首領蜂におけるバラマキ弾のように惨憺たる光景になっているわけです。その上、子どもたちは本人的には遊びたいテンションマックスであって、ドラクエ風にいうと「帰るなんてとんでもない!」というスタンス。「さあ帰るよー」なんてとても言えたもんじゃありません。

そんな時しんざき家ではどうするかというと、子どもたちの遊びに隙が出来て、さあ次は何して遊ぼうかってなってるくらいのタイミングを見計らって、

「全隊員!!緊急事態だ!!!」

といきなり緊張した声を出します。

すると、何が始まったのかと思った子どもたちが手をとめてこちらを見ます。ここからが勝負です。

「たった今、我々〇〇児童館探検隊に対して、緊急連絡が入った!今現在、お遊戯室を40体以上の猛獣、恐竜、怪獣、ベルサーの巨大戦艦等が包囲しつつあるそうだ!このままでは全滅は時間の問題だ!!!」

ここの内容は毎回適当に変えます。何を言ってるかよく分かりませんが、必要なのは勢いだけなので知ったこっちゃありません。

「可及的速やかに現ポイントを放棄して撤退する!痕跡をたどられないように、各員速やかに装備を撤収せよ!3分以内に撤退行動を完遂する!!」

この辺にくると、大抵長女か次女が「はい!たいちょーー!」と言って手を上げます。

「なんだ!次女隊員!」

「こんせき、ってなんですか!」

「次女ちゃんや長女ちゃんが遊んでたことが分かるような跡ってこと!つまり!!急いでおもちゃを片づけないとならない!!わかりましたか!!」

大体ここまででちゃんと話を聞いていると、

「「りょうかいです!!」」

と言ってちゃんと片づけ始めます。

本来、ここで「たくさん片づけた方が優勝」みたいな勝負要素と運動会のBGMを入れると更にスピードがアップするんですが、この状況の場合単なる撤退作業であって、BGMが流れるのはおかしいので、隊長こと私は周囲の気配を伺う振りをしています。

で、一通り片づけ終わったらそれで終わりということでもなく、

「よし、では周囲を警戒しつつ帰還する!長女隊員は先頭!次女隊員は長女隊員と連携して前進!私が後詰をつとめる!」

「れんけいってなに?」

「手をつなぐってこと!」

みたいな感じで、ごっこ遊びとして完遂してあげると楽しんで帰ってくれます。

序盤の入り方さえ間違えなければ、現在10歳の長男くらいでも「ベルサーってなにさ?」みたいな突っ込みを入れつつも一応ちゃんと片づけることは片づけるので、小学校中学年くらいまでは「いきなり探検隊になる」というテクニックは結構有用だと思います。「なんか新しい遊びが始まった」という体にすることが重要です。

これは別に必ずしも片づけである必要はなく、移動する時でも、寝る時でも、食事にする時でも有用なのですが、特に片づけをさせる時に最も有効に動作するなーと現在では認識しています。


ということで、子どもたちにお片づけをさせるのはいつの時代も難問ではありますが、しんざき家ではこういうノウハウを使ってますよ、という話でした。


今日書きたいことはそれくらいです。








posted by しんざき at 08:07 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラクエライバルズでアリーナ始めました・あとレジェンドなりました 18/02/14

あれ、これ結構強くね?ってなってます。テリー・ゼシカ・ピサロ程対策されてないってのもいいんですかね?
レジェンド帯でも、「あれ、そこでユニット残しちゃうんですか?じゃあやっちゃいますよドーーン」みたいなことが結構あります。

取り敢えずアリーナで三桁順位まではきた

取りあえずレジェンド3桁順位までは割とサクサク勝ててます。ただこっから先はとにかく場数なんだろうなー。

使ってるデッキはこんな感じ。

デッキはこんなの

カードプールが増えたら色々バリエーションも出来そうで楽しみですね。

基本的な勝ち筋は、

・序盤からドクロあらいや1コスユニットでダメージを稼いで、中盤にきりさきピエロやキラーマシンで隙をついて刺す
・序盤〜中盤はユニット除去に徹して、後半大型ユニットにはやてのリング・かいしんの息吹を搦めて一気に倒す

の二ルート。まわしげりや正拳突きで相手のウォールや仁王立ちをこじ開けて、本命の攻撃を通すのがとても楽しいです。ちからの指輪は序盤の除去件後半のダメージ稼ぎで腐りにくい。並べてくる相手にはきりさきピエロとまわしげりさんがとてもいい仕事をしてくれます。

なかなか楽しいので、カード追加まではこれでいってみようかなーと思っております。よろしくお願いします。

一旦それくらいです。







posted by しんざき at 07:31 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月12日

レトロゲーム万里を往く その141 ドラゴンクエストIII

少なくとも私にとっては、一番のポイントは「そこに物語がなかったこと」だった、と思うんです。


いや、ちょっと誤解を招きそうな書き方ですね。

ドラクエIII自体に物語性がなかった、という話でなくて、「キャラクターが物語を背負わされていなかった」「だから、そこにちょうどいい「物語許容度」が生まれた」とでもいうんでしょうか。

要するに、ドラクエIIIは妄想の許容度が高かったんです。物語を、ドラマを、自分で作ることが出来た。だから、自分でどんどんお話の細部を想像していける人であれば人である程、ドラクエIIIって魅力的なゲームだったんじゃないか、と思うんです。

例えばドラクエ4は、全キャラクターの造形がちゃんと決まっていたし、個々に色んなストーリーを、人間関係をもっていた。

勿論5は言うまでもない、キャラクターがかなりの細部まで作りこまれた作品だったし、6も事情はそれに近いです。7も8もほぼそれに同様で、唯一9だけはかなり「キャラクターの物語」について想像を膨らませる余地があった。それにしたって、3程「妄想許容度」みたいなものは高くなかった、と思うんです。

3の仲間キャラクターが背負っているものって、唯一主人公である勇者の家族、そしてオルテガの話があるだけで、あとは完全にキャラクター造形が自由でした。名前も変えられるし、主人公の性別だって変えられる。5以降、主人公の性別選べるドラクエって9までないですからね。

勿論、イメージとしてキャラクターの見た目はある程度決まってはいましたが、それにしたってゲーム画面上では全然自由でした。好きなように、「こいつはどんなキャラ」「こいつはどんな背景」という、いわば二次創作的な想像を自分の中で作り上げることが出来たんです。なんだったら、別作品から完全に別のキャラクターの名前をとってきて、そのキャラクターをドラクエ世界で活躍させることだって出来た。

これについては、2だって、勿論1だってかなわない。


つまりドラクエIIIというゲームは、今現在でも、「ドラクエシリーズで最も「自分で物語を作り上げることが出来る」ドラクエだった」ということが言える、と私は思うわけです。




ドラゴンクエストIII。1988年2月10日、エニックスから発売。昨日が、ちょうど発売から30周年ということで、色んな人がドラクエIIIの話をしていました。

正直なところ、ゲーム内容については今更私が付け加えられることなんて何もないと思うので、本記事では「しんざきにとって、ドラクエIIIはなぜ面白かったか」ということだけを書きたいと思います。これにしたって手垢がついた話かもしれないですが、まあそんなこと言ってたら何も書けないし別にいいや、ということにしましょう。

ポイントは主に二つです。

・物語に詰め込むことの出来る、「プレイヤーの想像/創造」の許容度
・世界が広がっていく感覚、ペースの絶妙さ

順番にいきます。



〇物語に詰め込むことの出来る、「プレイヤーの想像/創造」の許容度

今更いちいち言うまでもなく、ドラクエ3にはルイーダの酒場があり、キャラクターメイクが出来ます。主人公も、最低限の設定やビジュアルイメージこそあるものの、ゲーム中では徹頭徹尾「はい/いいえ」しか喋らない、言ってみれば「顔も中身も決められていない」主人公でした。

つまり、ドラクエIIIって「二人称のRPG」だったんです。例えばWizardryとか、あるいはD&Dとかと同様、システムが「あなた」「あなたたち」に対して語りかけるゲーム。主人公は飽くまで「あなた」であって、他の誰かではない。主人公の仲間は「あなたの仲間たち」であって、決まったキャラクターではない。

しかし、ドラクエIIIの世界観、ビジュアルは飽くまで具体的であり、可視的でした。プレイヤーは、主人公と仲間たちが世界を旅して、戦って、探索して、人々と会話して、成長することを自分の目で見ることが出来ました。


この、「見える部分」と「見えない部分」の隙間が、ドラクエIIIってものすごい絶妙だったんですよね。例えばWizardry程「ゼロからすべてを頭の中でくみ上げる」必要はなかった。いやそれだって十分楽しいんですけど、そこまでの広さではなくって、ある程度はゲーム側で補完してくれていた。それに対して、いわば「プラスアルファ」の部分を自分で想像して、補うことが出来た。


例えば、この仲間の武闘家はこういうヤツで、こういう性格。

僧侶はこういうキャラで、こいつと仲がいい。

魔法使いは普段あんまり話さないけれど、打ち解けてくると話が止まらなくなる。


いや、当時は本当に、そういうキャラクターがモニターの中に「いた」んです。会話にしてもイベントにしても、勿論物語にしても、ドラクエIIIは適度に「描かれない部分」「語られない部分」を残しておいてくれて。当時、プレイヤーは、そういう「空白」部分を自分で補いながらゲームを進めることが出来た。

だから、本当にプレイヤーごとに物語があって、仲間同士の会話があって、死闘をくぐった末の絆があったと思うんです。

こういう「自分であれこれ妄想しながら遊ぶ」って、好きな人と、そうでもない人がいます。どちらかというと、ある程度決まったストーリー、物語があって、それを読み解きながら遊ぶ方が好き、という人もいます。

例えばのちの5,6程のドラマではないものの、ドラクエIIIは、そういう人に対する楽しみもちゃんと用意してくれていた。例えばカンダタとか、ヤマタノオロチとか、サマンオサとか。要所要所で、そういう「視聴型」としても楽しめるRPGになっていたんです。

ただ、物語を自分から補いながら遊ぶのが好きな人にとっては、ドラクエIIIって本当にどこまでも深い楽しみ方を提供してくれるゲームだったと思うんですよね。

私にとってのドラクエIIIと、皆さんにとってのドラクエIIIはおそらく全く違うゲームで、けれど全員がドラクエIIIを楽しむことが出来た。だからこそ、ドラクエIIIって、今でも色んな人にとって特別なタイトルであり続けているんじゃないかなあ、と、そんな風に思うわけです。




〇世界が広がっていく感覚、ペースの絶妙さ

これについては以前も書いたんですけど。

ドラクエIIIって、「制約と解放」というバランスの作り方、ペース配分が本当に絶妙でして。「そろそろちょっと窮屈だなー」と思う瞬間に、本当にぶわーーーっと世界が、あるいは行動の余地が広がるんですよ。

例えば、丁度アリアハンを踏破して、ゲームに慣れた頃に現れる誘いの洞窟と、そこを抜けた先にあるロマリア。

ロマリアで手に入る「はがねのつるぎ」と、その時上がる攻撃力の高揚感。

まるで世界が広がったエクスキューズのようなタイミングで習得出来るルーラの便利さ。

ピラミッドで手に入る瞬間、行ける範囲が激増するまほうのかぎ。

苦労に苦労を重ねて手に入れた黒コショウと、ようやく入手できた船。

世界にちりばめられた旅の扉を自由に使うことが出来るようになる、さいごのかぎ。

世界中を巡りに巡って、ついに手に入ったラーミア。


それぞれ、色々大変な思いをして、その直後にその大変さが報われて、そこで世界がいきなり広がるという。ただのレベルデザインの話を始めた、「世界デザイン」「ペースデザイン」とでもいうべきこの展開配分の絶妙さは、おそらくドラクエシリーズ全体を見ても最高峰の部類だと思います。


私自身は、やはりなんといってもファミコン版に馴染んでいるので、その後のゲームボーイ版、SFC版やらのリメイクなんかは、正直ちょっとしっくりこないところもあります。ロマリアからはがねのつるぎなくなっちゃったりしましたしね。

とはいえ、やはり随所随所で世界が広がるペース配分はやっぱり不朽のものでして、その後のドラクエもその路線はずーっと引き継いでいると思うんですよね。これが、私が考える限り、「ドラクエ普遍の味」とでもいうものであって、それが完成したのが多分ドラクエIIIだったんじゃないかなあ、と、そんな風に思うわけなんです。



ということで、ちょっと「私にとってのドラクエIII」について書いてみました。今更の話ではありましたが、皆さんにとってのドラクエIIIはどんなゲームだったでしょうか。


最後に、これももうご存知の方が多いと思うんですが、ちょっと私が好きなサイトの紹介をさせてください。




私が一番好きなのは、勿論私自身のドラクエIII世界なのですが、その次に好きなのがこの方のドラクエIII世界です。「百万ゴールドの男」はこれはこれで、よくこのお話完結させたなーすげーなーと思わずうなってしまう程、また読後感もとても気持ちがいいお話なのですが、掲示板の方でちょくちょく展開されている、ライオットたちの話も好きです。

二次創作がお好きな人はぜひ読んでみていただければ。


ということで、今日書きたいことはそれくらいです。






posted by しんざき at 00:10 | Comment(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月09日

ことあるごとに「ひどい話でしょう!さあ、怒って!!」と言われる世界を見ているような気がする

なんていうのかな。いや、全然大した話じゃない、単なる雑感なんですが。


多分、元来人間には、「憤りたい」「怒りたい」あるいは「怒ると気持ち良い」「激しく感情を揺さぶられると気持ち良い」という側面があるのだろう、と思います。「怒りたい」という欲求。

例えば、なんか倫理的にひどい話を観測して、それに対して舌鋒鋭くばっさり批判するとすかっとする、というのはよくわかるんです。嘘つきを発見して、その嘘つきを徹底的に責めると気持ちいいってのもまあ分かるんです。

特に、相手が無条件に倫理的否定の対象になる場合、言ってみれば「正しさ」という大義名分に基づいて怒れる訳で、それがまた怒りんぼ欲求を惹起するんですね。未だ、やれ怒れーーみたいな。

それ自体は今更の話ですし、別にそれが悪いってわけでもないんです。自分はそうじゃない、それに該当しない、なんていうつもりもありません。例えば、迷宮組曲でタイトル画面の連射機能しか記憶に残っていない人がいたとしたら、そりゃ私だって怒ります。


ただ、

「これちょっと、「読者に怒って欲しい」という書き手側の狙いが見え見え過ぎませんかね…?」
「いやそれ、そんなに怒るとちょっと注文通り過ぎませんかね…?」

みたいに感じることが結構多いんですよ。昔からそういうのはあったんですけど、肌感としては、最近とみに増えました。


たとえば、なんでしょ。気分的にあんまり具体的なリンクを貼りたくないんですが、相撲関係のああいうのとか。

あるいは、子どもの歌に関するそういうのとか。

学校の制服に関するアレなのとか。


いや、なにせ多くの人が怒っている点についてはそりゃ相応の理由がありまして、それ自体はもっともだと思うんです。そらまあそうですよね、という。正論だと思うんです。

そういった正論から、色んな状況が改善されることも当然あるわけで、別にそれが無意味だとは全然思わないんです。

ただ、あまりに話のもっていき方があからさまというかなんというか、「これひどいでしょ。理不尽でしょ。さあ怒れ」って言われているような気になることが多くって、なんつーか、まるでコーンを口に詰め込まれているガチョウみたいな気分になることがあるんですよね。


たとえば、議論としてはもうちょっと落ち着いた論建てにも出来そうなところ、「悪いヤツの悪い点」がこれでもかと明確に描かれていると、「ああ、これ「怒れ」っていうポイントなんだなー」と感じてしまうことが多いです。今に始まった話でもないんですけどね。

ひどい話があって、それに怒る人がいるのは、自然なことなんで仕方ないと思うんです。

ただ、ちょっとまずいことに、「怒りを誘える話」って受けるんですよね。バズりやすい。話題になりやすい。つまり収益になっちゃう、「怒らせる」ということに対してインセンティブが出来ちゃうんです。

で、あまりにも「さあ怒れ!」的な話がバズりまくっていると、本来そこまで怒るような話でなくても、無理やり「怒らせられる」話に仕立てようとする人が出てくるんですよね。私、そういうのはあんまり好きじゃないんです。

それが行き過ぎると、本来いなかった「分かりやすい悪役」を設定して、それに無理やり怒らせようとする人まで出てくると思うんですよ。

以前、下のような記事を書きました。

前者の理由については、皆様経験則としてご存知なのではないかと思う。分かりやすい悪役を見て、正義感を煽られてしまう人は非常に多い。彼らは、瞬間湯沸かし器の様に頭を沸騰させた上で、ソースの確認なく情報をがんがん広めてしまう。

それがデマなのかどうかは関係なく、「ソースの確認なく情報を広める」という行為は本来とても危険なのだが、ガードが下がった人はそんなことは気にしない。あたかもあしたのジョーのごときノーガード戦法である。カウンター狙いの戦術であるならまだしも、一般的には彼らのことを「猪突猛進」と呼ぶ。

これ、なんでこういうことが起きるのかっていうと、やっぱり「怒りを煽れば煽る程バズりやすいし受けるから」だと思うんですよね。「読者に怒ってもらう」ことによって得られる利益が凄く大きい。

そこから考えると、素直に怒りを誘われるのもちょっと考えものだなーと。「憤るにしても、もう少し冷静に話しませんかね…?」って思っちゃうんですよね。「優しい気持ちで話し合いましょう」っていうやつ。


トムとジェリーってあるじゃないですか。あれの歌詞で、「トムとジェリー 仲良く喧嘩しな」ってフレーズがあって、私アレ物凄い名言だと思ってるんですけど。

喧嘩するにしても、どっかで余裕を残しておくというか。「思わず憤りたくなるようなひどい話」を提示されても、ちょっと冷静に構えていた方が、多分いざ「そこにはいない分かりやすい悪役」を提示された時、「ん?これちょっとおかしいぞ?」と思えるし、結果的にお話を提示する側も「あ、これはちゃんと議論を作らないとな」となって、色々平和だと思うんですよ。


怒ることが気持ちいいにしても、ちょっと一呼吸、余裕をもって怒りませんか、と。


それだけの雑感でした。


今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:31 | Comment(1) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月07日

奥様のことを名前で呼んでいる


単なる個人的な雑感です。


しんざき家では、夫婦間はお互いの名前で呼び合っています。

より正確には、学生時代、付き合っていた頃の呼び名のまま、「〇〇ちゃん」「△△ちゃん」と呼び合っています。子どもに対しての3人称としては「パパ」「ママ」という言葉を使っていますが、特に子どもの前で二人称を変えたりはしていません。堂々と、子どもの前でもその呼び方で呼び合っています。結婚して14年間、ずーっと一貫してそうです。

なので、子どもたちにとっても、パパとママがお互いを名前で呼び合っているのは自然なことになっているだろうと思います。

別に何か取り決めをしてという訳でも、意識してやっているわけではなく、単にこれが私たち夫婦の間では一番自然な呼び方であって、それを変える必要も特に感じていないから、ということになります。

夫婦間の呼び名なんて個人的なものの最たるものでしょうから、他のご夫婦がどうしているのかはよく分かりません。皆さんどうしているんでしょう。


それはそうと。


後知恵で考えると、この「名前呼び」が私たちにとって自然なのは、「父親」「母親」になっても、根っこのところは変わらないでいよう、というスタンスがあるから、ということでもあるような気がします。


つまり、私としんざき奥様の関係性というのは、根本的なところでは14年前と何も変わることなく、お互いがお互いを尊重し合って、お互いの好きなところはそのままであって欲しいと。父親に、母親になったからといって、人間そのものが根っこから変わるわけではない。

振る舞いや習慣や、あるいは勿論生活を変えなくてはいけないとしても、どちらか片方が変えるということはなく、変えるなら二人で変えようと。

多分、そういうところが居心地が良いのではないかなあ、と思っています。いや勿論、最初からそこまで考えて「そういう風にしよう」と決めたわけでもないんですけどね。


夫婦にとって、「子どもを持つ」というのは物凄い変化ですし、それに伴って「父親」「母親」にならなくてはいけない、親としての振る舞いをしなくてはいけない、というのは当たり前の話です。

ただ、それにしたって、夫婦はワンセットで変わるものであって、父親、母親どちらかだけが変わるべきものでもないよなあ、と、少なくとも私は思うんですよ。出来ることなら、変化は片方だけが引き受けるべきではない。


なんというか、軸、みたいなものだと思うんです。


変わらない軸、みたいなものがあるから、そこ以外は自信をもって変わることが出来る。私たち夫婦にとっては、その「軸」が「お互いの関係性」であって、お互いの関係性が変わらないから、そこを支点にして二人がセットに「親」になることが出来る。

ちょっと抽象的な書き方になってしまって申し訳ないんですが、少なくともしんざき家では、夫婦の在り方ってそういうものなんじゃないかなーと。


だから、例えば育児に伴って我慢しなくてはいけないことがあるとして、それは二人で、あるいは二人代わりばんこに我慢するし、どちらか片方だけが我慢を押し付けられたりはしない。また、例えば学生の頃から続けている趣味にしたって、しんざきもしんざき奥様もやめてはおらず、音楽活動もそれぞれ続けていますし、それぞれライブに出ることもあります。私はしんざき奥様の歌が好きで、今後も歌を続けていって欲しいなあと思っています。

お互い時間を融通しあえれば、案外隙間って作れるものだと思うんですよ。


そういう意味で、「父親だけ」あるいは「母親だけ」が親として描写されているようなテキスト、親として我慢を強いられているようなテキストを見ると、私はそれだけでちょっと違和感を感じてしまいます。


なんでそこに父親しか、あるいは母親しかいないんだろう、と。

親は夫婦セットでやるものじゃないのかな、と。


勿論家庭の事情というものはあるものであって、例えばそれがシングルマザー、あるいはシングルファーザーに射程を限定したテキストであれば話は分かるんですが、どうもそういうわけでもないのに、一方に自己犠牲が偏ってることもあるみたいなんですよね。


父親もセットで、せめて我慢は二人かわりばんこでしようね、というコンテンツの方が、少なくとも私にはしっくりくるなあ、と。


そんな風に考えた次第なのです。

posted by しんざき at 15:11 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月06日

鼻歌を歌うようにゲーム音楽をセッションする、「ゲー音部」についての話

ところでしんざきは、ここ何年か「ゲー音部」という活動に参加させてもらっています。


最初に参加したのが2011年の1月なので、なんだかんだでもう7年くらいになるんでしょうか。結構長いですよね。

ゲー音部というのは、「みんなでなんとなく、ゲーム音楽をセッションしたりゲーム音楽についてだべったり唐揚げを食べたりしましょう」という集まりです。現在は、関東、札幌、関西、新潟と、4つの支部で活動をしています。

関東ゲー音部はほぼ毎月開催されておりまして、その時々で色んなテーマが決められて、皆めいめい「この曲演奏したい!」「この曲を誰かに演奏して欲しい!」「むしろ俺の為にこの曲を弾け!」「テーマ関係ないけどこの曲よろ」みたいなノリで、好き勝手なゲームBGMを言い合って、スタジオに入って演奏したりしなかったりします。大体、その時々によって参加メンバーは全然違いますし、人によって参加する曲もあれば参加しない曲もあるので、クオリティをつきつめるという方向では全くなく、演奏具合は正直結構マチマチです。


皆さん、ゲームBGM好きですか?あるいは、昔好きでしたか?


ゲームBGMが好きな方でしたら、多分一度や二度くらいは、鼻歌を歌うように好きなゲームのBGMを口ずさんだ経験がおありだろうと思うんですよ。聖剣3の曲とかドラクエの曲とか幻想水滸伝の曲とかディスクシステムの曲とか。いいですよね。コナミディスクゲーとか特に。

で、7年ゲー音部に通っている人間の経験から言いますと、「ゲームBGMを口ずさんだ経験」がある人なら、ほぼゲー音部を楽しめる素質があると思うんですよ。

勿論、楽器をなさっていて、その楽器を使って何か演奏したい!ということであれば、それはそれでとてもとても素敵だと思うのです。楽器は出来るけど演奏機会がなくて、ゲー音部で演奏機会を見つけた、という人もたくさんいます。

ただ、現時点で楽器なんか何一つ出来なくても、それこそ鼻歌を歌うようにゲー音部に参加してもらっても全然問題ありませんし、実際状況によっては「この曲メロディ楽器が誰も吹けない」「よし、じゃあ歌おう」みたいなことになることがめっちゃ普通にあります。

で、最初は楽器が出来なかったんだけど、ゲー音部に参加するようになって皆楽しそうだから新しく楽器を始めた、という人も結構いるんですこれが。楽器を始めるのに遅すぎるなんてことはないもんだなあ、とこの時思ったわけです。


そんなわけなので、上記のような活動にご興味おありのゲームBGM好きな方、良かったら一度ご見学でもいかがですか。雰囲気が緩いことは保証します。

取りあえず、しんざきも参加する次回関東ゲー音部は

2月10日(土) 14:00 〜 17:00
渋谷駅前音楽館

にて開催。確か30畳の部屋だったと思います。

テーマは「古代祐三さん+ファルコム系を中心に」ですが、別に脱線も可ですし実際毎回脱線するんで深く考えなくてもOKです。勿論、イースとかロマンシアとかザナドゥとか、あるいは英雄伝説とかのBGMをがっつりリクエストして頂いても問題なし。

気が向かれたら、参加表明は関東ゲー音部BBSまで。


一旦それくらいです。


続きを読む
posted by しんざき at 12:32 | Comment(0) | フォルクローレ・ケーナ・演奏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月02日

イース8をクリアしてしまいました・37時間の旅を終えての感想(途中までネタバレなし)

悲しい…いや、とても良かったんだけど、超良かったんだけど、ゲームが終わってしまったのが悲しい…



ということで、イース8クリアしました。プレイ時間は37.5時間、それなりに色々埋めながらやったので、早い人はもっと早いと思います。

感想を一言で言いますと、めっっっっちゃ面白かったです。いや、私普段、ゲームを終えることに躊躇いを覚えるってことは滅多にないんですが、今回は本当に「先を進めたい」というのと「ゲームを終わらせたくない」というのが拮抗しておりまして、「やりたいんだけどやりたくない」という感情をとても久々に味わいました。

取り敢えずクリアはしたんですが、まだ地図埋めとか釣り埋めとかしてないんで、それは引き続きゆるゆるとやっていこうと思います。暴魚全く釣れてねえ。

一応承前として、ゲームの根本的な面白さについてはこの記事で書きました。


その上で、本記事では、イース8が終わった時点での感想を簡単にまとめてみたいと思います。記事前半は、公式ページで見える範囲以上のネタバレはなしなので、未プレイの方も気軽にどうぞ。ネタバレアリパートの前に断りを入れます。


〇イース8の良かったところ

・プレイをしている時の、問答無用の恐るべき爽快感
・ゴリ押しでバッタバッタ敵を切っているだけでも気持ちいい
・フラッシュガード・フラッシュムーブ(以下フラガ・フラム)がうまく成功した時の、「おっしゃーー!!」という達成感
・特にフラガについては、タイミングがそこそこ難しいだけに出来た時の気持ちよさもひとしおです
・しかも、そのフラガ・フラムが「出来ないと厳しい」難易度になる頃に、程よく腕前が上がっているという絶妙な学習曲線がまた素晴らしい
・ダッシュで非常に軽快な移動が出来、またアイテムでさらにそれがスピードアップしたりするので、その点も気持ちよかった
・今回、スキルそれぞれ使い道が考えられており、7の時程「これさえ使っとけば大丈夫」的なスキルがなかったのも高得点
・EXTRAスキルを使った時の爽快感も健在

2018-02-02-214844.jpg

・ところでアドルとドギは、そろそろ「オレらって船に乗って移動しない方がいいんじゃないかな…」とか思わないんですか?
・漂流村の、「みんなで力を合わせて生活している」感がとても良い
・皆それぞれ自分の仕事をやっていて有能
・村がだんだん出来ていく時の「施設を充実させてる感」が個人的にとても好き
・地図埋めや島のロケーション集めが楽しい
・特に中盤以降、「見知らぬ地域を探索している」感がとても高まっていて探検もの大好きっ子にはたまらなかった
・序盤はお約束なものの、中盤〜後半のストーリーは怒涛の充実度
・クラフト用の素材がたくさん必要になるのだが、基本的にはサクサク集まるしそんなに困らない
BGMが全編くまなくめちゃめちゃ良い
・特に名知らず海岸と大渓谷流域の曲がとても好き
・中には若干割を食っているキャラもいるが、全般的にとても好感を持てるキャラばかりであり、村での生活が楽しい
・今回サハドが、いいことも言うしお父さんだし案外臆病なところもあって大変良いキャラでした
・ヒュンメルは天然系キャラでした
・というか女性キャラが全員可愛いんですけどアレはどういうことですか間違いが起きませんか大丈夫ですか
・釣りをする時に「にゃっ!」みたいな感じの掛け声をかけるラクシャさんがあざと可愛い

2018-02-02-214915.jpg

・ラクシャさんは「にゃーー!!」というひどい悲鳴もあるので間違いなくスタッフは狙っていると思います
・ただリコッタを見ている時は完全に父親視点になっているので、「いいから下になんか着ろ」とずっと考えていました

2018-02-02-214644.jpg



さて、公平を期するために、そこまでよくなかったところも挙げておきます。VITA版の話ですのでご了承ください。

〇イース8のそこまでよくなかったところ

・プレイする上での自由度はそこまで高くない(今はこっちに行く必要はない、的ルート制限は往々にして出現する)
・VITA版では、場面転換などでそこそこ気になる程度の読み込みが発生する(PS4版だともっと速いのかは知らない)
・大きな地図と小さな地図の対応が若干分かりづらいところがあり、「このイベントマークにはどうやっていくんだ?」みたいなことがたまにあった
・その為、人によっては地図埋めやクエストが煩わしく感じるかも(私はそうでもなかった)
・カボチャが育てられるようになるのがちょっと遅すぎませんか


大体こんなもんだと思います。

勿論好みというものはありますので、例えばストーリーについても好き嫌いとかあるとは思いますが、根底のアクションがめっちゃ気持ちいいので、多少納得いかないところがあっても許してしまうというくらいアクションRPGとして面白いことは保証できます。未プレイの方、いかがですか。ぜひ。


それはそうと、ここから若干ネタバレアリの感想も書きます。一応ストーリーの核心部分は書かないようにしますが、未プレイの方はお気をつけください。






---------------------------------------------------------------------------------






続きを読む
posted by しんざき at 22:39 | Comment(2) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月01日

階段にDIYでカーテンをつけてみた 18/02/01

単なる試行錯誤日記です。

しんざき家は細長いタウンマンションになってまして、2階にリビング・ダイニング・キッチンが集中している作りになっています。

で、当然リビングから上と下への階段があるのですが、そこに元々ドアがありませんで、そのままだといい感じに暖房や冷房が逃げちゃう構造になってたんですね。特に冬だと、暖房がガンガン上に逃げちゃってとても寒い。

階段入口.png

こんな感じです。

一応普段は暖房絨毯で足元からあっためる作戦でしのいでいるんですが、さすがにこの冬は寒いすなあ。

ということで、突っ張り棒を渡してそこにカーテンを下げる形式にしようと思ってやってみたんですが、そのままだと極めて容易に突っ張り棒が落っこちてしまうわけです。なにせちっちゃい子が容赦なくカーテンを引っ張るので。

そこで、ちゃんと壁にフックを取り付けて、そこにカーテンを渡す形式にしようと思い立ったわけなのですが、

neji.png

フック自体にネジがついていて、壁にねじ込むやつ。いい感じやん?

抜けてしまう.jpg

と思ったんですが、ああん。これもあっさり抜けてしまいます。どうも、壁の素材が柔らかく、支える重さに耐久が負けている模様。

しゃーない、これはもうちゃんと複数個所ネジ止めをするヤツを設置しよう。そう思い立ってハンズで買ってきました。

こんなん.jpg

こんなん。きっちりビス止めする感じになってます。ちなみに1個200円でした。

これを階段入り口上の壁に取り付けて、そこに突っ張り棒を渡す感じでええんちゃう?

下穴を開けて、そこにさくさくとビスをねじ込んでいきます。

大丈夫そう.jpg

お、なかなかよさそう。

よっしゃ.jpg

よっしゃ。息子に何回か開け閉め・引っ張りのテストをしてもらいましたが、耐久性も十分です。

出来たー.jpg

出来たーー。これで暖房も冷房も逃げませんね!!

なんかパイプを支えるヤツ(商品名不明) * 4で、総工賃は800円でした。あ、カーテンと突っ張り棒は以前からうちにあったヤツで、これはたぶん何千円かしてます。

ということで、単なる試行錯誤日記でした。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 13:09 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
このエントリーをはてなブックマークに追加