2018年07月15日

「ぼくの思う正しい親」以外は親失格と見なす人たち

意外と面倒な話だなー、と思うんですよ。

こんなニュースを観測しました。


パートナー男性が赤ちゃんの面倒を見ている一方で、ホールさんはリラックスした様子でジュースを飲みながらスマホに目を向けている。
ほのぼのとした一家だんらんの風景なのだが、このホールさんの姿に「けしからん」と眉をひそめる人もいた。「出産した直後にスマホを見るなんて子供がかわいそう」「子供よりもスマホ優先?」といった非難の声が多数あがったのだ。なかには、ホールさんが手にしている飲み物のチョイスにまで難癖をつける人もいたようだ。


この件自体については、「こういう話ってどこでもあるもんなんだなー」と思ったんです。

どうも、育児って非常に「他人のやっていることに口出しをしたくなる」ジャンルのようでして。育児のご経験がある人も、ない人も、「育児はこうあるべき」というイメージを非常に強く持っている人が、どうもかなり多いように思うんですね。これ、年齢層あんまり関係ないように思います。

最近は下火になってますが、定期的に遡上に乗る話として、子ども用の安全ハーネスの話があります。


流れる映像やイラストはどれも「犬の散歩」状態で子供を歩かせハーネスがピーンと張らせて親がそれを握っているもの。場所も公園内など比較的安全な場所のおだやかなイメージを喚起させるものばかり。無くても何とかなるんじゃない?という感想を引き出したいのかな?と思えるような。

その映像のあとに、毒舌が売りの俳優が「言葉の通じる相手にすることじゃない」と一蹴し、ママタレントさんが「手をつながないと」と育児論を展開し、オネエタレントさんが「親が目を離さなければいいんじゃないか」と添える。


迷子ハーネスについては、webではだいぶ価値や必要性が定着したような気もしますが、それでもまだこういう論調を観測することはありますよね。一方、webを離れて話を聞いていると、今でも「ぎょっとする」とか「あんなもの使うなんて信じられない」という言い方をする人は実際にいらっしゃいます。私のソースは町内会ですけど。

ただ、迷子ハーネスの件はともかくとして、今でも、子どもに対して悪影響を与えそうな(と、見る人が考えた)親の行為や振舞いに対して、がーーっと批判が集まることはしばしば観測出来ます。冒頭のケースなんてその典型ですよね。

こういうのって、大体の場合、「育児はこうあるべき」という自分の中のイメージと、観測した光景の食い違いによって起こるんですよ。愛情をもった母親なら、子どもを片時も手放さないに違いない。抱っこして、おっぱいをあげて、愛情をもった眼差しで子どもを見つめているに違いない。一緒に歩く時は、大事に手をつないで歩いてあげるに違いない。それ以外の光景を許容出来ないんですよね。

「ぼくの思う正しい親」以外は親失格。極端な話、そういう風に短絡的に脊髄反射してしまう人って、webにもweb外にも実はたくさんいるんじゃないかなーと。そう思ってしまうんです。



分からないでもない部分もあるんです。つまり、迷子ハーネスの件もそうなんですが、見る側として「ネグレクト」とか「虐待」と繋げて考えてしまう、連想してしまう側面ってどうしてもあるんだろう、とは思うんですよ。

例えば、スマホにかかりっきりで、子どもが泣いてもわめいてもずっと放置している親だとか。

例えば、子どもに暴力をふるう親だとか。子どもを閉じ込めて家から出さない親だとか。

時折観測出来る児童虐待関連のニュースを見てしまうと、どうしてもそういう想像に強烈な拒否反応が出てしまうことは理解出来ます。そこが、「自分が思う正しい親」とのギャップに拍車をかけてしまう側面って、多分あるんだろうと思うんですよ。

これは、明確な線引きは難しい、ファウルラインの問題ではあります。局面局面での行為を、これはネグレクト、これはネグレクト傾向、これはネグレクトではない、と線引きをするのは、一般人にとっては難しいことです。「正しい親」から外れているように見える一場面だけを切り取れば、あたかも親が子どもをネグレクトしている、あるいは虐待しているように見えてしまうこともあるのかも知れません。



ただ、一般論として申し上げれば、大部分の親はファウルラインのだいぶ手前で頑張って育児を続けており、時にはイライラすることもあれば、時には育児から逃げ出したくなることもありつつ、なんとかバランスをとって、愛情をもって子どもに接していると思うんですよ。

その、バランスをとっている親に対してさえ、「親失格!」などという声を投げつけるのは、どう考えても妥当なこととは言えないと思うんです。

家庭の事情、子どもの事情というのは、ただでさえ外野からは極端に分かりにくいことです。子どもに多動傾向がある、だから迷子ハーネスをつけておかないとすぐにでも道路に飛び出してしまいかねない、といった事情は、外野から判断することは出来ません。子どもをヒステリックに怒鳴りつけているように見える親のお子さんは、もしかすると聴力がやや弱く、大きな声で話しかけないと聴こえないのかも知れません。子どもを放置してスマホをいじっているように見える親は、もしかすると一日中子どもの面倒を見て疲労困憊して、ほんの数分気力を回復させているところなのかも知れません。

要は、「親がとっている行動が妥当かそうでないかというのは、ぱっと見で判断できるようなことではない」ということなんです。

そういうところに罵声を投げかけることが、どれだけ親のハードルを上げることなのか、どれだけ親に心的負担を加増するものなのかということは、もうちょっと共通認識になってもいいんじゃないかなあと思うんですよ。

親のハードルは極力下がった方がいいし、社会はなるべく子育てをする親に優しくていい。いや、私だって育児をしている父親ですから、我田引水といえば我田引水なんですけど、少子化を問題として考えるのであれば、少なくとも社会がそっちに寄るべきだ、というのは決して暴論ではないと思うんです。


勿論、子どものネグレクト、あるいは虐待などということは痛ましいことであって、「これはファウルラインの向こう側なんじゃないか」と思ったことがあるならば、例えば児童相談所に連絡してみる、といったことをすることは必要なのでしょう。それが悪いというわけではないんです。

ただ、例えば街中でほんの一瞬見えた光景であるとか。webでちょっとだけ観測出来た光景であるとか。

そういう、「自分の思う正しい親」から外れたように見える光景に対して、即時罵声を投げることについては、ちょっと慎重であって頂ければなあと。

そう思うばかりなのです。


今日書きたいことはそれくらいです。



posted by しんざき at 01:44 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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