2018年08月31日

レトロゲーム万里を往く その143 「キャッスルエクセレント」と、ゲーム攻略というものを教えてくれた友人のお兄さんの話

皆さん、「キャッスルエクセレント」ってゲーム、ご存じですか?



元々は88の「ザ・キャッスル」っていう固定画面アクションゲームだったんですが、ファミコンに移植されるにあたってマップから何から大幅にアレンジされて、「伝説の一作」と言われるくらいの超絶完成度を手にした名作アクションパズルゲーム。

私、ファミコンにおける「アクションパズルゲームの到達点」って4作あると思ってるんです。

一つが、「換石の術」というギミックを最大限に使って、「削る」のではなく「作る」ブロック型パズルというアイディアを実現した、テクモの「ソロモンの鍵」。

一つが、L字ブロックという「向き」を考慮しないといけないギミックを主軸に、思考の必要性を三段階くらい深くしてのけた、ナムコの「バベルの塔」。

一つが、考えに考え抜かれた面配置と、「敵を使ってマップを作る」というアイディア一つでアクションとパズルを完全に両立して見せた、アイレムの「迷宮島」。

そして、アスキーの「キャッスルエクセレント」。

キャッスルエクセレントは、「おしゃれな見た目とポップなBGM、そして軽快なアクション」というガワに、「超絶難易度のパズル要素」というものをどかっと載せた、言ってみれば「全部載せ」のパズルアクションゲームでした。

100個にも及ぶ部屋から成る、巨大な城。

それらを結ぶ六色の扉と、それを開くための無数のカギ。

やたら軽快なジャンプとナイフによる攻撃アクション。

それらアクションを駆使しないとクリア出来ない数々の難関マップと、一見おしゃれなようで案外エグい動きをする敵キャラたち。

それら全てを、「ムチャな作り込み」と「物凄い完成度」という共通要素ですべて紐づけて、一つの作品にまとめ上げたゲームがキャッスルエクセレントです。恐らく、ファミコン全時代を見渡しても有数の攻略難度を誇るゲームではないでしょうか。

私は、この「キャッスルエクセレント」をきっかけに、「ゲームを攻略するとはどういうことなのか」を学びました。


以下、ちょっと昔話をします。長文になりますがご容赦ください。

当時私は低学年の小学生でした。小1だったか小2だったか、正確なところはよく覚えていません。30年ちょっと前の話です。

「キャッスル」というゲームが面白いらしい、それを移植したキャッスルエクセレントも面白いらしい、という話は、確か兄から聞いたのだったと思います。その情報を元に、私はキャッスルエクセレントにたどりつきました。親に買ってもらったのだったか、当時流行っていた「ゲーム交換店」で交換してもらったのだか、これまた明確なところは覚えていません。

ただ、キャッスルエクセレントは、低学年の小学生にはちょっと難し過ぎました。

いや、面白かったんです。無茶苦茶面白かったし、わくわくしたんです。

ぴょーんと長いジャンプをさせるのは面白かったし、敵をナイフでやっつけるのは楽しかった。マップをあちこち探索するのもわくわくした。このわくわく感は、間違いなく、当時ファミコンで感じることが出来た中でも最上質のものでした。

けれど、何せキャッスルエクセレントは、ファミコン全体でも有数の高難度ゲームです。マップとマップの繋がり、鍵を使う時の計画性、マップのギミックを冷静に観察する観察力と、それをクリアする為の学習力。そういったものなしにキャッスルエクセレントを攻略することは出来ません。

悪いことに、キャッスルエクセレントにはセーブ機能があり、そのセーブ機能を前提にバランス調整されているような節もあるのですが、当時セーブする為にはそれ専用の「データレコーダー」というインフラが別に必要だったのです。そんな高度なインフラが家に存在するわけもなく、ゲームオーバーになる度に最初から試行錯誤のやり直し、というのが当時の定番パターンでした。

当時の私は、せいぜい最初の十数マップをいったりきたりするのが精一杯で、クリア出来ないままに挫折してしまったのです。

「ナッツ&ミルク」や「デビルワールド」でキャッキャ遊んでいた頃の話です。当時は大変大変悔しかったのですが、今から考えるとまあ仕方ないのかな、と思いもします。

それから何年か経ちました。私は、小学校中学年を経て、高学年になっていました。

当時、小学生の遊びの王様は文句なくファミコンでした。ファミコン好きの友人は何人もいましたし、ぼちぼちスーパーファミコンの話題を持ち出す友人もいる頃だったと思います。

当時、キャッスルエクセレントは既に「ちょっと昔の」ゲームでしたが、私はあるとき、友人たちにキャッスルエクセレントの話をしてみました。ちょっと前なんだけど、こんなゲームあってさー。すげえ難しかったんだけど知ってる?

すると、その中の一人がこう言いました。うちにあるよ、そのゲーム。俺クリア出来ないけど、兄ちゃんがクリアしてたよ

本当か!!と私は勢いこみました。なにせ、当時私にとってはゲームの先達であった私の兄ですら、キャッスルエクセレントには挫折していたのです。

ちょっと聞いてみると、その友人のお兄さんはもう大学生で、ファミコンの他にパソコンのゲームも色々やっている、という話でした。色々ありまして、私はキャッスルエクセレントのカセットをもって、その友人の家に遊びにいき、そのお兄さんにアドバイスをしてもらうことになりました。冷静に考えるとその友人の家にもキャッスルエクセレントはあるわけで、私がソフトをもっていく必要などまるでなかったのですが、まあ子どものやることです。やっぱり「自分のソフトでクリアしたい」という欲求があったのでしょう。

私は、そのお兄さんに「キャッスルエクセレント攻略ノート」というものを見せてもらいました。

衝撃を受けました。

その人は、キャッスルエクセレントのマップ全てを図に書き出しており、そのマップ同士の繋がり、ギミックの特徴まで、詳細にノートに書き出していたのです。当時の自分の感覚では、「びっしり」という密度に見えました。

ここまでやるのか。

ここまでやらないといけないのか。

ここまでやれるものなのか。

今から思えば、それくらいの「攻略ノート」を作る人、というのは、当時そこまで珍しくはなかったのかも知れません。webで調べれば攻略情報がわかる時代ではありません。どこの本屋でも攻略本が売っている時代でもありません。プレイヤーそれぞれが、それぞれの攻略情報を蓄積して、ゲームを攻略していた時代です。

ただ、当時ちゃらんぽらんに、ノリと勢いでゲームを攻略していた私にとっては、それは「ゲームを攻略するってのはこういうことだぜ」というビジョンを見せつけられた思いだったのです。

試行錯誤と、蓄積と、蓄積を元にした改善の積み重ね。それが「ゲームを攻略すること」でした。私は、その時それを初めて知りました。

そんなお兄さんの随所随所のアドバイスの元、私はなんとかかんとか、2時間くらいで「キャッスルエクセレント」のエンディングにたどりつきました。今から思えば、そのお兄さんもよく付き合ってくれたなーと思います。勿論感動したのですが、その時、クリアした感動以上に、「これが攻略か!!」という衝撃が大きかったように思うのです。

この時の衝撃は、更に数年を経て、「ダライアス外伝」というゲームの攻略に結び付くことになるのですが、まあそれは余談。



ところで。

つい最近、PS VITAの「LA-MULANA EX」というゲームを買いました。きっかけは、ねとらぼさんで、てっけんさんのこの記事を読んだことでした。

面白そうだなーと思いましたし、今現在遊び始めて「これおもしれえ!!」と思ったんですが、それについてはまた別に書きます。

それ以上に私は、「このわくわく感、なんか記憶にある…」「あ!!これ、キャッスルエクセレントの時のヤツだ!!」と感じたのです。手探りでマップを埋め、マップのギミックを解き明かしていく感触。少しずつノウハウと情報を蓄積していかないと歯が立たない難易度。それは確かに、私がかつて、一度は挫折した「キャッスル・エクセレント」で感じたものと同じものでした。

あの時と同じ、「蓄積して、攻略する」という楽しさを、もう一度味わえるのか。

私はそんな風に感じて、ここからの「ラ・ムラーナ」というゲームに付き合う時間を、これ以上ないくらい楽しみにしている、と。

そんな話だったのです。

今日書きたいことはそれくらいです。



posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【ドラクエライバルズ】新環境で滑り込みレジェンドになれました

なれましたー。

月末駆け込みだけどレジェンド到達した!

今まで何度も(撮影することに)失敗していた、レジェンド昇格の瞬間のスクリーンショット。0ポイントって表示されてますが、あとで確認したら1600ポイントくらいはありました。

新環境でメタが回るのがびっくりするくらい速くって、最初は「ドラゴンミネアが強い!!」「いやドラゴンククールだ!」って感じだったんですが、なんかあれよあれよという間にドラゴンミネアをメタったOTKゼシカが出てきて、そのまたメタのアグロテリーやアグロピサロが台頭してきて、実は床ククールの方が強くね?という向きが出てきて、ぼちぼちトルネコで強いデッキが出始めた、みたいな感じです。色んなデッキが出てくるのは楽しいですね。

で、私は、ゴールドで20パックくらい引いてみたら「ミネアをやれ」とシステムに言われているかのような引きをしたので、

これはミネアをやれと言われていますね。。。

最終的にはこんな感じの、アグロを見たドラゴンミネアって感じのデッキで回してました。

ブログ用

ブラックドラゴン超強い。バルンバとキースドラゴン(あとできればいっかくりゅう)が早い段階で引けていれば、かなり速めのアグロにもまあ勝負できる、っていう感じのデッキです。OTKゼシカ相手にはなりふり構わずユニットを展開しまくって押しつぶすコンセプトでまあ4.5割は勝てる。

今回はゾンビテリーやゾンビピサロにもかなりの可能性があるように思っていまして、まあ一度レジェンドには上がれたので後は色んなデッキを試してみようと思っていますが、取りあえず来月はまったりやります。

一旦そのくらいです。
posted by しんざき at 06:42 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月29日

非常口マークの人の姿勢について長いこと勘違いしていたかも知れない


先に断っておくが、以下の話はあなたの想像を更に5割程上回ってどうでもいい話であって、あなたに新しい知見を提供することは一切ない。時間を大切にする人はここから先を読み進めるべきではない。

まず、私は非常口マークの人の正式名称を知らない。その為、ここでは便宜的に「非常マン」という呼称で統一させていただきたいと思う。なかなかいいネーミングではないだろうか、非常マン。なんとなく強そうな響きすらある。

さて、非常マンのマークとは、皆さんよくご存じの下記のようなマークである。

ブログ用

このマークには解釈上の問題がある。「非常マンがシルエットでしか表現されていない」「その為非常マンの具体的な姿勢については見る側が推測するしかない」という問題である。

私は、この非常マンを初めてみた瞬間、恐らくは幼稚園か小学校くらいの時点から、もう30年以上にわたって、非常マンの姿勢について「非常マンはこっちを向いてポーズをとっているのだ」と認識していた。これは、私にとってはもはや刷り込みに近い根本的な認識であって、ここから発想を飛躍させるのは、私にとって非常な努力を必要とすることなのだ。

この認識について分かりやすく図示すると、下記のようなことになる。

非常マン1.png

お分かりいただけるだろうか。つまり、私にとって非常マンは、「ドアを開けた時の光を背景にして、こちらを向いて軽快なポーズをとっているちょっと陽気な人」という認識だったのだ。これはもう、子どものころからの認識であるのだから仕方ない。

ところで、最近になって、というか本当についさっき、ふと思った。「冷静に考えると、非常マンって部屋から脱出してるんじゃねーか?」「部屋から脱出するときにこのポーズってのはちょっとおかしくねーか?」と。

繰り返しになるが、上記の認識は私にとって、もう30年来の固定観念だ。人間の脳は、自分の常識をそう簡単に疑えるようにはできていない。それに対して、僅かでも疑問を持つことが出来た私の発想飛躍力を称揚していただきたい。

つまり、

「非常マンは実は向こうを向いて走っているところなのではないか?」

という疑念が、まるで降ってわいた天啓のように脳裏に浮かんだのである。

分かりやすく図示するとこういうことになる。

非常マン2.png

念のため絵に注釈をつけさせていただいた。お分かりいただけるだろうか。

そう、非常口マークは、そもそも「何か危険があったときはここから逃げるんだよ」というマークであるのだから、冷静に考えれば「その部屋から脱出する人」を描写している筈なのだ。なんとなれば、「君は逃げ方が分からないかも知れないけれど、こんな感じで走って逃げてね」という見本図であるかも知れない。

部屋から逃げる時に、「体をこちらに向けてなんか変なポーズをとりながら逃げる」というのは、どう考えても適切ではないのだ。うっかりすると、お前はこっちに向かってアピールしてる暇があったらとっとと部屋から出ろよ邪魔だろ、という話なのだ。

そこから考えると、二つ目の絵のような状態であれば、「ドアを開けて部屋から走り出ていく人の図」として全く違和感がない。これは、もしかするとこちらの方が正しいのかも知れない、と、30年来の私の固定観念に強力な揺さぶりがかかっている次第なのである。

非常マンについて知見がある皆さんに伺いたい。非常マンは、こちらを向いているのだろうか?それとも向こうを向いているのだろうか?

常識を疑うことには非常なエネルギーを必要とする。だが、今の私は、今までの自らの固定観念に正面から向き合い、必要とあらば根本から修正を図る覚悟だ。

識者のご意見を期待すること大である。

今日書きたいことはそれくらいです。


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posted by しんざき at 07:14 | Comment(8) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

長男と二人で「小田急道中謎栗毛」をクリアしてきました 18/08/25

大変楽しかったです。


やるぞー

今日は、長女次女が幼稚園でのイベントでお泊り会、それに合わせて奥様も幼稚園に付き合った後ママ友と飲むということで、長男と私の男組で完全二人行動です。で、長男は私と出かけるとなると謎解きイベントをやりたがるので、たっぷり電車にも乗れる「小田急道中謎栗毛」に参加してきました。これ、昨年もあったイベントの続編でして、昨年は小田急だけだったところ、今回は「小田急江ノ島線 + 江ノ電」という取り合わせです。

長男電車好きであるということもあり、普段乗ってない路線に乗れるイベントは無条件で喜ぶんですが、謎解き含めて二人できゃっきゃ楽しめました。

ネタバレなしの感想を書いておくと、

・難易度自体はそこまで高くない。ある程度謎解きに慣れている人なら割とサクサク解けると思う
・ただ、移動距離は結構長いしそれなりに歩きもする
・その為運動にもなる
・ただし、江ノ電が海水浴シーズンということもあって結構混んでた
・謎解きキット自体は無料だが、捜索範囲が全域乗り放題になる江の島・鎌倉フリーパスは必須(大人600円、子ども300円くらいだったと思う)

という感じです。一応、めでたく100%クリア達成しました。

これで、今までクリアしたナゾは以下のような感じになりました。

小田急道中謎栗毛・鎌倉江の島編

なかなかの数ですね。カトリーエイルからこっち、長女次女も謎解きに目覚めましたので、今度こどもの国のトレジャーキングダムにでも連れてってあげたい。

ちなみに、地下謎2018は例によって長男と私コンビで攻略予定です。楽しみだー。

取り敢えず、リアル謎解き・リアル宝探しは、

・子どもがとても喜ぶ
・頭の体操にもなる
・大抵たくさん歩くので運動にもなる
・親も楽しい

といいことずくめなので、皆さんにもおすすめです。

ちなみに、小田急謎解きをクリアした後は、湘南台に移動して「らくの湯」に入ってきました。


お風呂も大変気持ちよかったんですが、90℃のサウナがめっちゃ気持ちよかった。謎解きで歩き回って疲れた足を癒しつつ汗も流せる。リアル謎解き→温泉のムーブめっちゃ理想的ではないでしょうか。

今日書きたいことはそれくらいです。







posted by しんざき at 22:14 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月24日

部活廃止論、なんかやたら受けるけれどいくら何でも暴論じゃないですか

こんな記事を読みました。


人数に対する費用が少ないとか、こんなんで足りんのか、効果あんのかといった、規模についての議論は当然あると思いますが、「教員の負担」が明確に問題として認識されていること、施策が打たれれば拡張の話も出来ること等考えると、基本的にはいい話、いい方向性ではあるんじゃないかなーと思ったんですよ。

ただ、はてブ等見ていると、


なんか「部活廃止しろ」という文言がやたら受けてるんですよね。なんか、部活を目の敵にする人がやたら多いなーと。単に極論程受けやすいって話なのかも知れませんけど。

今問題になっているのは、

・教員の負担、残業の増加、負担に対する報酬がないこと
・地域によっては、部活動に興味がない生徒でも部活を強制される場合があること

の二点であって、であれば

1.教員の負荷軽減の為の施策を考える
2.適切な報酬を出す方法を考える
3.部活動全入の強制をやめる

ことを考えるべきであって、そこで「部活ごとやめましょう」っていうのは「ゴキブリが出たから家ごと燃やそう」みたいなもんでしょうと。というか部活憎悪してる人多すぎじゃありませんかと。

部活のメリットというものは、ぱっと考えただけでも

・生徒にとって、安価で様々な趣味・技術にアクセスする場になり得る
・部活内での技術継承・ノウハウ継承の流れがある
・クラス以外の居場所があることで、クラスでうまくいかない生徒の精神の安定に寄与する場合がある

くらいは思いつきます。勿論、学校によって、部活によって、個別の事情は色々あると思うんですけどね。


まず第一に、「そもそも部活がないとその趣味の存在自体意識しねえ、知らねえ」って子、結構たくさんいるんじゃないかと思うんですよ。

皆部活っていうと、野球部とかサッカー部とか、あるいは吹奏楽部とかメジャーなものを思い浮かべがちなんですが、例えばもっとマイナーなスポーツとか、あるいは種々雑多な文化部だって立派な部活なわけです。ハンドボールとかバドミントンくらいのレベルですら、「部活がないとスポーツとして意識しない」って人、多いと思いますよ。なんとなく囲碁将棋部に入って、将棋のついでに囲碁にも触れて囲碁の面白さに目覚めた、って人、私が知ってるだけでも何人かいます。

そういう「趣味との出会い、アクセスの機会」っていうのを丸々捨てるんですか、という話がまず一点あります。

「地域のスポーツクラブにいけばいいやん」という話も分からないではないんですが、サッカーや野球くらいのメジャー具合ならまだしも、

・当然費用がかかる
・ある程度マイナーな競技・活動では、そもそもその地域にその団体が存在するか分からない
・学校での部活程生徒との接触がなく、そもそもある程度主体的にその種目に興味をもっていないと選択肢にならない

そもそも「最初は囲碁に興味がなかった人」が碁会所いきますか、って話です。あと、「通える距離にハンドボールやってる団体ありますか」ってことでもあります。小さな自治体なんかでは、「学校の部活がそのスポーツの唯一の受け皿」なんてことも全然珍しくないでしょう。

勿論スポーツだけの話ではなく、新聞部だって文芸部だって、なんならパソコン部だって鉄研だって立派な部活です。中身は真面目なこともあるし、ダラダラ遊んでるだけの部活もあるかも知れませんが、まあ「趣味への入り口」としての部活動という側面はあるし、そこから広がっている裾野も当然ある。中学のパソコン部や文芸部と同じようなことが地域の団体で出来ますか、っていうのはいくら何でも現実的じゃないでしょう。

一方、部活廃止ってことにもし本当になったら、真っ先に切られるのがそういう良く分からない活動であることは想像に難くないわけです。

「クラス以外の居場所」が重要ではないか、という話もあります。自分が所属する組織、団体が複数あった方がメンタルに好影響を及ぼしやすい、という話もだいぶ一般的になってきましたよね。子どもの居場所と精神安定性についての論文を拝見したのでリンクしておきます。


一般的なイメージからしても、クラスの人間関係がうまくいっていない子が、部活を居場所にして救われる例って結構あるんじゃないかと思うんですよ。というか、私の観測範囲でも何例かそういう例があります。

一方、そういう子が「部活」なしで、例えば地域団体のような「別の居場所」を探せるかというと、まあ勿論色んな例があるでしょうが、怪しい側面はあると思うのです。


ギルティだと考えられるのは「趣味を強制されること」であって、そういう意味で「部活動の強制」という向きは滅んでいいと思います。今でも一部の県では部活全入強制が一般的らしいですね。

ただ、「自由に選択出来る」という前提の上なら、選択肢が多いことは望ましいことだと思うんですよ。


本当に問題なのは、「部活が必ず顧問の教員を必要とすること」「顧問にされた教員が正規の業務以外の仕事で疲弊すること」「部活動の指導に対しての報酬が出ないこと」であって、であれば例えば「指導は地域や民間に委託しよう」とか「部活指導員を個別に設けよう、その人数を増やそう」とか「顧問の活動はきちんと残業にしよう、ちゃんと残業代を出そう」とか、そういう議論を活発にするべきですよね。

そのスタート地点としては、冒頭挙げた施策なんかはまあ悪くない線なんじゃないかと。もっと予算必要だろとは私も思うんですけどね。

「教員への部活動の負担」というものが社会的に認知されるのは良いことだと。

そんな風に考えるわけなんです。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 06:43 | Comment(5) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月23日

オクトパストラベラーは、「「ここからが本番!!」と何度でも思わせてくれるRPG」でした

目下、オクトパストラベラーにハマっています。一言で言うとメタクソ面白いです。


まだ遊んだ時間でいうと30時間弱でして、進捗度合いで言うと各キャラの3章を片付けているところ。バトルジョブの在処に暫く気づきませんで、2章中盤くらいでようやく各地の祠を廻ったんですが、ジョブの付け替えやらサポートアビリティの取捨選択やら、あれこれ試行錯誤するのが超絶楽しいです。あと音楽が死ぬほど良い。マジで超良い。サントラポチりまして、届くのが楽しみです。


本当はクリアしてから総括エントリーを書こうかと思っていたんですが、まだ結構かかりそうな塩梅で、かつ今の時点で(私にとっての)面白さの正体は大体つかめたような気がするので、ちょっと現時点で書いておきたいと思います。ネタバレはなるべく避けます。

書きたいことは主に二つです。

・ゲームの許容範囲を背景とした、「出来ることが広がる瞬間」の気持ちよさ
・「出来ること」を駆使しないと勝てない、絶妙な戦闘難易度の上がり方

順番にいきます。

〇ゲームの許容範囲を背景とした、「出来ることが広がる瞬間」の気持ちよさ

記事タイトルでも書いたんですが、このゲーム、「うおーこっからが本番だったのか!!」と思わせられるタイミングがなんかやたら多いんですよ。「世界が広がるタイミング」が何度もある。

オクトパストラベラーって、ゲームスタート時点で出来ることは正直かなり少ないというか、割と「狭い範囲」に限定されているんです。

・主人公は一人だけで、コマンドも少なければアビリティも少なく、雑魚戦でも案外苦労する
・敵の弱点をつこうにも弱点をつける武器や攻撃手段がない
・ブレイブで一気に攻めようにも攻め手がない
・そもそも移動出来る範囲も狭い

勿論、再序盤は半分チュートリアルみたいなものですから、ちゃんと基礎を学びながら相手の弱点をついていけるように計算はされているんですが。色んなRPGの中でも、「序盤に出来ることの限定」という意味では、オクトパストラベラーは結構狭く設定されている方だと思うんです。

ところが、その「狭い世界(システム的にも、世界観的にも)」は、ゲームを進めるごとにぐいぐい広がっていきます。

・仲間が増えるごとに飛躍的に出来ることが増えていく
・戦闘でも出来ることの幅が広がっていき、「戦術」を駆使できるようになっていく
・JPをためてアビリティを取得していくと、更に戦闘の許容範囲がどんどん広くなっていく
・バトルジョブを入手できるようになると、複数のアビリティを組み合わせて更に戦術の幅が広がる
・単純に移動できる範囲、訪れることの出来る街もどんどん増えていく
・世界観、冒険の舞台も、色んな話を聞いている内にどんどん広がっていく

私、以前、ドラクエ3をテーマにしてこんなことを書きました。


要は「制限」と「制限解除」、今まで窮屈だったものが解放される瞬間の気持ち良さ。そのデザインに無理がないゲームは面白い、という話ですよね。

勿論、単に「途中から出来ることが増えていくゲーム」は他にも山ほどあるんですが、オクトパストラベラーはその「振れ幅」が絶妙というか、「出来るようになった時」の快感が物凄く大きいように出来ているんですよ。

多分その要因は二つあって、一つが「ゲームの許容範囲」。ちょっと古い言葉を使うと「自由度」っていう言葉になると思います。

オクトパストラベラーにおいて、「やらないといけないこと」「やっておかないと先に進めないこと」という要素は極めて少ないです。一応、各キャラに章仕立てのストーリーはあるんですが、そのストーリーをガン無視していても別にゲーム自体は進むし、ストーリーを実施するかどうかも完全にプレイヤー任せにされている。ある特定のキャラのストーリーだけをどんどん進めていってもいいし、満遍なく進めても構わないし、一切進めないでひたすら装備集めに邁進したり、どんどん遠くの街を目指すことも出来るわけです。

「このストーリー、今進める?あとにしとく?」というトリガーが全部プレイヤーに任されているので、プレイヤーは自然と「その時一番やりたいこと」に集中出来る。つまり、自然と「ゲームを主体的に遊ぶ」ようになっていくので、「世界を広げる為の行動」を自分からとることが出来るんですね。

「なんか知らないけどいつの間にか世界が広がっていた」ではなく、「自分から世界を広げにいって、パっと目の前が開けた」という感覚なので、「制限解除」の瞬間の気持ち良さがすごいんです。

・パーティが4人そろった瞬間
・4人以外の仲間も集まった瞬間
・新しいバトルジョブを見つけた瞬間
・遠くの街にたどりついて強い武器を入手できるようになった瞬間
・上級ジョブにつけるようになった瞬間

これらすべて、私が「ここからが本番だったのか!!!」と感動した瞬間なんですが、それぜーーんぶ自分の意志でやってるんですよね。ゲーム任せじゃない、自分の選択の結果。

これがすごーーーく気持ち良いなーと、少なくとも私は思ったんですよ。

一方。もう一つの要素として、「バトルの難易度の上がり方」という話があります。

〇「出来ること」を駆使しないと勝てない、絶妙な戦闘難易度の上がり方

ゲームには「達成感の提示」という機能もありまして、ハードルを乗り越えた瞬間の気持ち良さというのはとても重要です。どんなに良く出来たシステムでも、あまりに簡単過ぎるとつまらない。それは、「良質の達成感」が得られないことに由来しています。

その点オクトパストラベラーはどうなのかというと、一言で言うとドすげえ良質です。


オクトパストラベラーの戦闘難易度は、正直結構ハードな上がり方をします。何も考えずにただ武器を強くしてレベルを上げるだけだと、どんどん「勝てなくなる」ように出来ているんですね。

・敵のHPの上がり方がかなり速い
・武器を強くしても、通常攻撃のダメージは思った程上がらない
・敵の攻撃や状態異常がかなりエグい
・ボス戦は更にエグいダメージ、エグい状態異常、エグい耐久度が乱れ飛ぶ

この結果どうなるかというと、「広がった「戦術」を駆使しないと勝てない」「けれど頑張って工夫するとめっちゃ気持ちよく勝てる」というバランスになっているんですよ。ここは、オクトパストラベラーについて特筆すべき点だと思います。

・弱点を探って相手をブレイクする
・一気にブレイブを費やして相手の体力を詰めるタイミングを図る
・様々なアビリティを駆使してバフ・デバフを重ねる
・装備を吟味して必要なパラメータを上げる
・サポートアビリティをたくさん取得してあれこれ組み合わせを工夫する

これら、やればやる程戦闘は楽になっていきますし、多少強い敵でもガンガン勝てるようになっていきます。工夫すれば工夫する程楽になっていく戦闘。それに伴う達成感。このバランスについては、オクトパストラベラーは「一級品」と称してなんの問題もないでしょう。

この「達成感」を味わうことが出来る前準備として、より一層「世界を広げる」ことの重要性が増していて、それがプレイヤーへの極上の報酬効果になっている。私は、オクトパストラベラーについてそういう風に評価しているわけなんです。


〇その他の感想まとめ書き

上記以外での、個人的なオクトパストラベラーについての感想を、簡単に箇条書きにしておきます。

・グラフィックと音楽が死ぬほど良いとしか言いようがない
・この雪国のドット描写とか、もう感動する以外ないくらい素晴らしいんですが
・BGMも超すばらしくて、個人的には特にオープニングと、リバーランドのフィールドの曲がお気に入り(クリアブルック川道とか)
・クリアブルック川道の曲演奏したい
「かつてないロマサガみ」と以前書いたけれど、実際にプレイしている感覚はそこまでロマサガでもない
・SFCRPG好きな人におすすめと言われていたけれど、「色々工夫してどんどん強くなっていくRPG」が好きな人であれば手放しにお勧めしたい
・ただしストーリーは割とあっさり味(この点はロマサガの雰囲気に近い)なので、映画的なストーリーに期待はしない方がいい
・パーティメンバーを比較的頻繁に変えることになるのに、装備の交換だけやや不便。他キャラが装備している武器を直接装備出来るようにしてほしい
・逆に言うとUIの不満点はそれくらいで、あとはほぼかゆいところに手が届くUIになっていると思う
・学者つよい。特に序盤中盤は、サイラス先生がいる場合といない場合でゲームの難易度が激変すると思う
・学者縛ると相当厳しいゲームバランスになるんじゃないだろうか
・予習やエンカウント率低下も超便利
・紫宝箱をとるときいちいちテリオンを連れてこないといけないところはちょっと不便
・敵をブレイクした瞬間の気持ち良さは出色
・キャラクター同士のかかわりは、ほぼストーリー中の「パーティチャット」に集約されている
・パーティチャットでの会話、各々の持ち味が出ていてとてもいい感じ
・サイラス先生がテリオンから邪険にされて軽く落ち込んでいるところとか、トレサが娼館の意味をプリムロゼに教えてもらって動揺しているところとか、オルベリクがアーフェンの心構えに感服しているところとかすごく良いと思います
・一方、どうも今のところ見逃したパーティチャットは見返せないようなので、出来ればそこだけ救済手段が欲しい。クリア後とか見えるようにならないかなあ
・その辺の用心棒や町民がエアハルトよりも強い問題ちょっとおかしくない?
・トレサさんがかわいいと思います
・各キャラのジョブチェンジ時の衣装のコスプレ感にFF5を思い出す
・オフィーリアさんに踊り子衣装を着せる背徳感


ぜえぜえ。よし、大体言いたいことは言ったぞ。

長々書いて参りましたが、基本的に言いたいことは

オクトパストラベラーは超良作なので、昔のRPGが好きだった人に限らず買っていいと思います(ただしストーリーは割とあっさり味、というかプレイヤーに細かいところを想像させる形式)

ということに集約されるので皆さんよろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。














posted by しんざき at 13:43 | Comment(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月21日

高知県立大学の件について、気になったところがあったので電話で確認させて頂いた

昨日書いた件の続きです。


大学側のお知らせにおける文章と、高知新聞の報道内容が一部食い違っているように思い、ちょっと詳細を確認したかったので、高知県立大学永国寺キャンパスにお電話させて頂き、お話を伺えました。お忙しい中、大変丁寧にご対応頂きました。

私が確認したかったのは3点、

大学のお知らせでは、図書館は1.5倍程度の広さに拡張され、収蔵能力も同程度と記載されているが、これが高知新聞の報道における「旧館よりも建物が小さいため全ての蔵書を引き継げない」という記載と食い違っている。これについての大学の見解。また、旧/新図書館の収蔵能力はそれぞれどの程度か

・大学のお知らせでは、除却の決定後も「池図書館への配架移転や教員研究室、学生研究室への移管などを行い、大学としての有効活用にも努めて」いると記載されている。この対象は3万8000冊の中に含まれているのか(つまり、3万8000冊が丸々焼却されたわけではないと解釈できるが、その解釈は正しいか)

・除却の際検討した基準は公開されているか

です。

それについて、担当の方から下記のようにご回答いただきました。

・お知らせの記載通り、建物は1.5倍程度に拡張されている。本の収蔵能力について、旧図書館では開架23万冊程度のところ、新図書館では開架22万冊となっており若干減少はしている。しかし、稼働棚を増やすことが出来、大きな本でなければ収蔵冊数の拡張が可能である為、同程度の収蔵能力と記載した。

・除却決定後、各研究室に書籍を引き取ってもらった分等はある。その為、3万8000冊が全て焼却されたわけではないという認識で正しい。ただし、引き取られた書籍の冊数、詳細などは把握していない為、実際に何冊が移管されたかということについては明言出来ない

・除却基準はweb等では公開していない。ただし、破損度合、価値、重複の有無などを、除却業務の範囲内で総合的に検討して判断している

ということで、概ね私の疑問については解消されました。担当の方からのご説明は大変明確で、ちゃんと仕事されているなーというか、業務として整理されているなーという印象を受けました。


以下は全部総合しての私見なのですが、

・高知新聞の記事は飛ばしに近い。少なくとも、図書館移転に伴う通常の除却を大げさに書き立てて煽る意図はあったように思える
・3万8000冊が丸々焼却されたわけではない為、その点も記事の記載に問題がある
・本は除却されるものだし、除却された本を丸々誰かに引き取ってもらえるわけでもないのだから、ある程度焼却されるのは仕方ないし叩くことじゃないんじゃないですか、という意見は変わらず
・ただ、「本が燃やされる」という事象だけを見て感情的に反応してしまう気持ちも多少分からないでもない
・図書館の移転に伴って収蔵能力を向上させるべきだったのではないか、という議論はまあ成立すると思う
・どっちにしても脊髄反射叩きはしない方がいいと思う

これくらいになります。よろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。
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2018年08月20日

「考え無しに愚行を行う組織」という物語と、それに魅惑される人たち

確かに、組織は時に愚行を行うものですし、愚行を行った組織は批判されるべきです。そこに文句はないんです。

ですが、「一見すると愚行のように思える行動」が本当に愚行なのかどうか、本当に考え無しで行われたものかどうかについては、それなりに慎重な検討が必要です。「本当に無能な人たちの集まり」という組織は、もしかするとあるのかも知れないですが、そこまで多数を占めている訳ではありません。大体の組織の大体の措置は、専門職の人たちのそれなりの検討と思考を経て決定されているものです。

そしてメディアは、時として「組織の検討や思考」を四捨五入して、組織の行為を「考えなしの愚行」っぽく演出することがあります。我々が「一見すると愚行のように思える行為」を見かけたとして、その裏に何かしらの検討はなかったのか、その検討が四捨五入されていないか、それらも含めて愚行といえるのかどうか、ということはちょっと考えてもよいのではないかと思うのです。

先日、こんな記事を見かけました。高知新聞の記事ですね。


高知県立大学(野嶋佐由美学長)が、永国寺キャンパスの図書館が昨春新設される際、旧館よりも建物が小さいため全ての蔵書を引き継げないとして、約3万8千冊に及ぶ図書や雑誌を焼却処分にしていたことが8月16日までに分かった。中には戦前の郷土関係の本をはじめ、現在は古書店でも入手が難しい絶版本、高値で取引されている本が多数含まれている。焼却せずに活用する方策をなぜ取らなかったのか、議論になりそうだ。

ログインすると、実際に処分された書籍についてもうちょっと細かいことが読めますが、まあ大筋、高知新聞が言いたいことは上記のセンテンスに集約されていると考えて良いでしょう。

ちなみに、上記記事に対する、はてブの反応は下記のような感じです。


人気コメントは、一部を除いて罵倒の大合唱ですね。「本を燃やした」という点に対するセンセーショナルな批判、郷土資料の保存に対する批判、「旧館よりも建物が小さい」という点にたいする非難、よりどりみどりです。

で、これに対する高知県立大学の声明が出ていまして、以下のような感じです。

本学の蔵書は、歴史的には高知女子大学、高知短期大学、旧高知女子大学保育短期大学部の図書を統合しつつ、このたび高知工科大学の一部の図書を含めたものであり、永国寺キャンパスの整備にあわせて新図書館を新しく開館いたしました。この新図書館は、広さを約1.5倍としたうえで、旧図書館にはなく、近年求められているディスカッションルームや集いスペースなどのグループ学習室を新たに設置し、座席数も大幅に増やすなど、大学図書館としての機能を充実させました。一方で、蔵書の収蔵能力は旧図書館と同程度を保ちつつ、将来も増加し続ける蔵書のことも考慮し、大学として慎重に検討を行い、3.8万冊程度を除却するという決断をいたしました。

除却にあたっては、複数の司書と分類ごとに専門性のある教員が、破損により補修不能であるものや重複しているため保存の必要がないものなど学内規程に定める除却の基準に基づき、除却候補リストを作成しました。その後、全学の教員に確認する工程を繰り返すなど、時間をかけて手続き的にも慎重に行った結果、重複図書約18,700冊、雑誌約12,700冊、書籍約6,600冊、合計約3.8万冊を除却することを決定しました。そして、この決定後、池図書館への配架移転や教員研究室、学生研究室への移管などを行い、大学としての有効活用にも努めてまいりました。

そもそも謝罪する必要あることなのかな、という気もするんですが。

これを見ていると、なんで高知新聞がああいう報道を出したのか、ちょっと疑問を感じます。少なくともこの辺の記述については、明確に報道と食い違っていると思えます。

・図書館はそもそも小さくなっておらず、蔵書能力も旧図書館と同程度にあった
・除却の判断は規定に則って検討され、決定されている
・除却せずに活用する方法の模索、他研究室への移管なども行われていた

これ見ると、端的に高知新聞の勇み足というか、ごくシンプルにただの煽りだったんじゃねえか、と思わざるをえなかったりするんですが。

ちょっと細かい点について確認してみたくて永国寺キャンパスに問い合わせのお電話をしてみたのですが、残念ながら20日までは夏季休業とのことでした。これについてはまた明日以降問い合わせをしてみます。

そもそもの前提として、「図書館において、本の除却というのは定例業務」であることは間違いないんですよね。新しい本は常に増え続けており、図書館のスペースも司書さんのリソースも無限ではない以上、新しい本を所蔵する為にはどこかで既存書籍を除却することが必要です。それがダメだという人は、場所とリソースを無限にする道具を四次元ポケットから出してきてくださいって話になります。

で、除却した本を寄贈したり売却したりという話も勿論ないわけではないと思うんですが、それだって簡単な話では決してなく、

・数万冊の本を一気に受け入れられる組織や書店や図書館がそうそうその辺に転がっているわけではない
・分散して受け入れ先を探すならそのコストや事務手続きも膨大な量になる
・その上で、そもそも受け入れ手が見つからない書籍もどうしても発生するし、その期間も時間的コスト、場所的コストは発生し続ける

となると、それ相応の量の除却というのはどうしても発生するし、その結果として焼却処理が発生することも別段不思議なことではないと思うんですよ。

除却対象の選定基準は様々ではありますが、大抵の場合きちんとした検討の上できちんと明文化されて、それに則った運用をされています。

ちなみに、この辺については匿名ダイアリーで解説をしてくれている人もいました。下記の記事です。


その辺考えると、学内での移管というのも相当な手間だったのではないかと思うんです。つまり、それ相応の手間と検討を経て、その上で決定された措置であることは間違いない。

少なくとも、

・(除却書籍の選択についての是非などで)批判の余地が全くないとまでは言えないが、大学図書館の業務としては普通に考えられる範疇であり、間違っても愚行とまでは言えない

とまでは言ってしまっていいんじゃないかなーと思うんです。


ここから先は一般論というか、webでの反応についての私見なんですが。

どうも、「組織は考えなしの愚行を行うもの」という先入観というか、「愚行を行う組織に対する強い攻撃意識」みたいなものがどっかにあって、高知新聞もそれを煽ることを狙ってああいう記事を書いたんじゃねえか、という感触があります。

焼却せずに活用する方策をなぜ取らなかったのか、議論になりそうだ。

辺りの記述を見ていると、いかにも「大した検討もなしに多くの貴重な書籍を燃やした!!これはひどいことだ!!!!」っていう感情を惹起したい、という記述に見えるんですよね。「みんな、ひどいことをした組織を叩こうぜ!」という煽りが感じられる。で、はてブとかでも、その注文通りの反応をしている人たちが多数いるわけなんです。

ただそれ、叩かれる方にとってみればたまったもんじゃないだろうなーと。検討なんて散々してきたし、活用する方策もとってきたし、その上で残った書籍を除却するっていうのに、まだなんか活用する方策があるなら実際やってみてくれよ、っていう感想なんじゃないかと、はたから見ているとそんな心配をしてしまうくらいなんです。

勿論、「愚行を行う組織」というものが世の中に存在しないわけではないですし、結果として「愚行が行われた」ならば、それは相応の批判を受けて然るべきです。そこは間違いないんです。

ただ、叩くなら叩く、批判するなら批判するで、もうちょっと慎重に構えてもいいんじゃないですか、と。本当にそれは愚行なのか、本当にそれは考えなしで行われた措置なのか、それが今見えている情報だけで判断出来るんですか、と。

「愚行を行う組織」というものは、いかにも「叩く対象」として魅力的です。名誉棄損も形成しにくいし、なんとなく改善に寄与する建設的なことが言えそうな気もするし、「正義」の側に立ちやすい。そこはまあ分かります。ただ、それだけに、「愚行を行う組織」を仕立て上げて、そこに対する批判を煽ろうとする向きも割と頻繁に発生します。

批判をダイレクトに届ける環境があるからこそ、その運用については慎重であっていいんじゃないかと。特に、いかにも炎上を煽りたそうなメディアを見ていると、私としては「条件反射で対象を叩く前に、ちょっと立ち止まってみませんか?」という思いを結構強くもってしまうわけなんですが、皆さんいかがでしょうか。


取り急ぎ、今日書きたいことはそれくらいです。
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2018年08月17日

【演奏告知】9/9、「渋谷ズンチャカ!」でフォルクローレを演奏します

演奏します。

渋谷ズンチャカは2014年に始まったイベントで、渋谷の街を音楽だらけにしてしまおうという企画です。楽しそうだったので応募させていただいたら、今回参加させていただく感じになりました。

出演するグループは、例によってサンファニート演奏集団「ロス・ガラパゴス」でして、多分ペルー・エクアドルの代表的なリズムである「サンファニート」を中心に、3曲か4曲くらい演奏します。元々フォルクローレは屋外の音楽なので、屋外イベントは大好物です。

今回は、いつかはこの曲ガラパゴスでやりたいなーと思っていた曲も放出すると思いますのでご期待ください。

演奏時間・演奏場所はこんな感じです。

【日時】
9/9(日) 13:15 〜 13:30

【場所】
「煌」ステージ (きらぼし銀行原宿支店前、ラフォーレ原宿の隣)
https://krbs.mapion.co.jp/b/kiraboshi/info/K0874/

なんか地図みてみたらめっちゃ神宮前の交差点ド真ん前でして、なかなか普段演奏出来なさそうな場所でフォルクローレの音をお聴かせ出来るのではないかと思います。いい場所振ってもらっちゃいましたね。

渋谷・原宿が音楽でいっぱいになる、とても楽しいイベントになるかと思いますので、皆さんぜひお気軽においでください。

一旦それくらいです。
posted by しんざき at 06:38 | Comment(0) | フォルクローレ・ケーナ・演奏関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月14日

何故かコンテンツを終わらせたがる人たち

こんな記事を読みました。



今更風来のシレン初めて触ってすげー楽しかったんだけど、バイト先でちらっと話したらオワコン扱いされて辛い……


風来のシレン楽しいですよね。私はシレン4中毒、というかシレン4の浜辺の魔洞中毒なので、どちらかというとシレン4をやることの方が多いんですが、SFCのシレンもまだたまにやります。掛軸裏の洞窟99Fがあまりにも無理ゲー過ぎる。ただでさえ無理ゲーなのに、あれを肉なしでやる人がいるとか本当に理解の範囲外というか、人間の可能性の奥深さを感じる他ありません。

それはそうと。

私、そもそもレトロゲーマーなんで、元来この「オワコン」って言葉あんまり理解出来ないんですが、なんか妙に「〇〇はオワコン」って言いたがる人、一時期よりは減ったけどまだたまに観測出来ませんか?

個人的には、

コンテンツが終わったかどうかをなんでお前に判定されないといけないんだバーーーーーカ

と思ってやまないんですよ。お前は何か?コンテンツ終了判定委員会の委員長か何かか?オワコン村の村人か?

元より、自分が愛好し続ける限り、コンテンツに「終わり」はありません。ゲームを遊び続ければ何かを見つけることが出来るし、そこから何かを広げることが出来る。サービスが終わったオンラインゲームか何かであればまだしも、たとえ今この瞬間誰一人遊んでいないゲームであっても、だれかに再発見されて遊ばれる可能性は決してゼロにはならない訳です。

私多分ファミコン版のイーアルカンフー一生遊ぶと思いますけど、未だに「あ、こいつこういう条件でこう動くようになってるんだ」って気づくことがあって凄いですよアレ。シレンなんてむしろまだ全然ホットコンテンツな方なんじゃないでしょうか。暗黒十字架落としの派生形未だに開発されてるし。

私はゲーム好きなんでゲームをベースにして話してますけれど、別に漫画だろうがアニメだろうが小説だろうが、他のコンテンツだろうが多分事情は異ならないと思うんですよ。


元来、コンテンツを消費するというのは、基本的には「一人の体験」だと思うんです。皆で同じコンテンツを楽しむ、同じコンテンツについて語り合うというのは勿論楽しいですが、それは「コンテンツとの一対一の対面」があってこそ成立する楽しさだと思うんですよ。だから、コンテンツに対する自分の評価というのは自分だけのものであって、人がどういっていようが本来顧みる必要はないわけです。

うるせえこのコンテンツが楽しいかどうかは俺が決めるよお前は口出すんじゃねえ

って話ですよね。

だから、自分が愛好しているコンテンツに対する「オワコン」などという言葉自体、そもそも意識に載せなくていいですよといいたいところなんですが、まあ「オワコン」という心無い言葉が自分の愛好するコンテンツに投げつけられた時、悲しくなってしまうのは分からなくもないです。

観測する限り、「オワコン」という言葉を使いたがる人たちは、

・単に自分が飽きただけ
・単に自分が楽しめなかっただけ
・自分があんまり知らないだけ

のコンテンツに対し、何故か「not for me」ではなく「オワコン」という言葉を投げつけたがるだけの人たちである割合が極めて高いので、
頭の中で「オワコン大明神」というラベルでも貼って以下は放置することを強くお勧めする次第です。


今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:16 | Comment(15) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月13日

「家族サービス」が「頑張ったね」と言われることに対する違和感


いや、別に大した話じゃないんですが。

町内会の知人にちょっと年配の女性がいまして、その人に「昨日は子どもたちと〇〇に遊びに行きましてー」みたいな話をしたんですよ。
そしたら、「あらー、家族サービス大変だったわねー」みたいな言葉が返ってきたんです。「お父さん頑張ってるわねー」と。

いや、その人は100%好意で言ってくれているのは分かっているので、全然問題はないっていうか、ありがたいことではあるんですが。

ただ、「社会にとっては、「家族と遊ぶ」というのはそこまで「大変」なことなんだろうか?」「子どもを遊びに連れていく、というのはそこまで「親の犠牲」を強いるものなんだろうか?」と、ちょっと考えてしまうんですよ。

なんか、

・子どもと接する、子どもと遊ぶのは「大変」であり、どちらかというと大人にとって「辛い」こと、進んでやりたくないこと
・なんなら、「子どもを楽しませる」ことと「親の犠牲」はワンセット
・そこを敢えて頑張って遊んであげるのがいい親

という様なイメージが、かなり一般的に、広範にあるような気がします。いやまあ確かに、単純に体力的には、子どもについていくの結構大変って時もありますけどね。

ただ、「子どもと遊ぶことで、親も一緒に楽しむ」「子どもを楽しませることで親が犠牲にならない」というのが本来はあるべき姿だし、そうなってないならなんでそうなってないのかを考えて、ギャップを埋める方がどちらかというと建設的なんじゃないかと、少なくとも私は思うんですよ。一方が一方の為に犠牲になり続ける関係って、人間関係としていびつじゃないですか?


そういう意味では、そもそも「家族サービス」という言葉のニュアンスがちょっと微妙なのかも知れません。goo辞書でも、

「俗に、家族のために尽くすこと。」

とか書いてありますもんね。あ、「尽くす」ことなんだ、と。まあこれは、日本における「サービス」っていう言葉のニュアンスからちょっと歪んでるのかも知れませんが。

実際のところ、「子どもと遊ぶ」「子どもを遊びにつれていく」っていうの、楽しくないものですかね?

勿論、これは家庭それぞれ、親それぞれの話ではあって、例えばしんざきは精神年齢が小学生とそれ程異ならない為、子ども向けの遊びもかなりキャッキャ言いながら楽しめるので、子どもとの遊びを楽しむのが容易、という事情はあるのかも知れません。正直ディズニーランドめっちゃ楽しかった。

ただ、そうでないならそうでない場合でも、なんなら親と子どもで歩み寄って、親も子どももどっちも楽しめる遊び、楽しみを模索することも出来るんじゃないかなあ?あるいは、親も子どもも両方楽しめる施設とか、楽しみ方とか、そういうものがもっといろいろと提案されてもいいんじゃないかなあ?と思ったんですよ。

例えば、どっかに遊びに行くにしても、スポッチャみたいな複数の遊びが並列で楽しめるような施設が一般的であれば、子どもが遊んでいる間に親も並行して遊ぶ、みたいなことが出来るかも知れません。

親の趣味がゴルフであったら、子どもと一緒にゴルフが遊べる、みたいなことが出来ないかなー、とか。親の趣味がアナログゲームであれば、親子参加可能なアナログゲーム会がもっと一般的にならないかなー、とか。アスレチックにしても、大人用のアスレチックと子ども用のアスレチックの併設とか。

勿論、子どもの年齢によって限界もあるんでしょうけどね。

いってみれば、「家族サービス」ではなく「家族エンタメ」みたいな在り方がもっと一般的になれば、子育てというのももっと楽し気なものとして社会に認識されるのではないかと。

私は、自分自身は「育児はエンターティメント」だと思っていますし、出来ることならすべての親がそう思えるようになればいいなあと思ってはおります。

そういう点で、「親が育児の為に犠牲になって当然」というようなイメージが、どんな方向性であれ、ちょっとずつ変わっていくともっとみんなが幸せになれるんじゃないか、と。

そんな風に考えた次第なのです。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 12:15 | Comment(1) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

疾風怒濤のしんざき家夏休み一週間の記録 18/08/13


ただの日記です。

今週は一週間私が夏休みでして、普段ならどこかに数日滞在してのんびり遊ぼうかということになるんですが、今回は割と近場でのコマ切れの旅行を楽しもうという話になり、なんか割とハードな日程になりました。

大体こんな感じです。

8/5:しんざき実家と奥武蔵へ旅行、高麗川で川遊び
8/6:奥武蔵から帰還
8/7:空白日
8/8:奥様実家と大磯へ、大磯ロングビーチで泳ぐ
8/9:大磯ロングビーチから帰還、ついでに渋谷で東横ハチ公の謎解き
8/10:ディズニーリゾートへ(長男のみ別行動で函館へ)
8/11:ディズニーリゾートから帰還

これ本当に行動計画として大丈夫なのかという感じなんですが、結果から言うと子どもたちはめっっっちゃ楽しんだようですし、心配していた体調・体力もなんか割と大丈夫だったようです。ただ、私だけ大磯での日焼けでかなりのダメージを受けました。なんか昔から日焼けするとすぐに肌が真っ赤になってピリピリする体質なんですよ、私。楽しかったことは楽しかったんですが。

個人的な行動記録として、この一週間で起きたことをざーっと書いておきたいと思います。


・8/5 ~ 8/6

奥武蔵。こちらは毎年行っている吾野の休暇村で、すぐそばにある高麗川で川遊びをするのが割と最高な感じです。

恒例の夏休み川遊び!!

この二日については、先日ざっとブログを書いたのでこちらでは割愛します。


・8/7

名目上は空白日だったんですが、なんか普通に出かけていって子どもたちにネコを撫でさせてきたりとかしていました。それはそれで楽しかったです。

・8/8 ~ 8/9

台風の予報だったので流石にどうかと思ったんですが、奥様に予約をとってもらっていたのと、私は基本的に晴れ男なのでまあなんとかなるかと思い、大磯プリンスホテルに。大磯ロングビーチが併設になっていて泳ぎ倒せる施設です。


8日は流石に小雨が降っていたので、隣駅の平塚でららぽーとに行き、長男が以前から一度行ってみたいと言っていた、「チームラボ 学ぶ!未来の遊園地」に。これも、どうもお台場のチームラボだと相当並ぶらしいところ、台風ということもありあっさり入れまして、相当遊び倒せました。自分で描いた乗り物がプロジェクターマッピングで壁を飛び回るのがすごい楽しかったらしいです。

夜は大磯に移動して、大磯プリンスホテルで一泊。

で、9日は朝からロングビーチに。

プールが完全に貸し切り状態

台風予報だったから当然とは思うのですが、朝からめっちゃすいていました。特に朝イチはほぼ貸し切り状態。心配していた雨も降らず、午前中から晴れ間も見え始め、晴れ男完全勝利という風情でした。

大磯ロングビーチって定番のスライダーがあるんですが、そこが「小学生一人乗りの並び」と「二人乗り、ないし中学生以上一人乗りの並び」に分かれてまして、特に小学生の並びは殆どならんでおらず、長男はひたすらスライダーで遊び倒していました。長女次女には流れるプールでボートを借りてやって、なんだかんだでキャッキャ喜んでいた由。

楽しかったなあ

「帰りたくないなあ…」と哀愁こもった背中。帰りの時間もあるので15時くらいに撤退。午後からはもう完全に晴れたんですが、この際私が日焼けでかなりのダメージを受けました。うかつだった。

帰りの電車は流石に全員ダウンしておりまして、翌日もあるので夜は早めに就寝しました。

・8/10 〜 8/11

ここで、長男と別行動に。長男、奥様実家からの誕生日プレゼントということで、北海道は函館に連れていってもらいました。

で、私と奥様・長女次女は、家族4人でのディズニーランドへと侵攻。特に長女次女にとっては、物心ついてからの初ディズニーで、前日プールで泳ぎ倒したとは思えない程のテンションの高さでした。

初日はあまり無理をしない方針で、ランド入場も10時くらい。早めにホテルに引き上げて少し休んでから、夜にエレクトリカルパレードを観ようという作戦でした。

主に乗ったアトラクションはビッグサンダーマウンテン、ホーンテッドマンション、イッツァスモールワールドくらい。イッツァスモールワールド、以前は凄い空いてる印象があったんですが、4月に改装されてあちこちにディズニーキャラクターが配置されたんですね。こちらは長女大喜びでした。

一方のホーンテッドマンションとビッグサンダーマウンテンは、乗り物好きな次女は大はしゃぎだったんですが、長女には怖かったらしく、特にビッグサンダーマウンテンは涙目でしばらく抱っこから降りられませんでした。これは長女次女別行動の方がいいかな、と判断、翌日は私が次女担当、奥様が長女を担当することに。

ホテルはヒルトン東京ベイで、二段ベッドがある部屋でした。こちらも長女次女大はしゃぎ。子どもってなんであんなに二段ベッド好きなんでしょうね。

ディズニーリゾートきた!!二段ベッドに大興奮する長女

夕食はビュッフェ形式のフォレストガーデンへ。カレーフェアで複数のカレーが楽しめた上、ローストビーフやらお寿司やらやたら美味しく、子ども向けの料理も流石の充実っぷりで長女次女にも大評判でした。写真はわたあめ作りにドはまりする長女次女。

わたあめ作りにはまる双子の図

夜はシャトルバスでランドにいって、エレクトリカルパレードを見学。夜のディズニーランドって妙にワクワクしますよね。

その後、20:40からの「Celebrate! Tokyo Disneyland」も見物、こちらはむしろ私と奥様の方が楽しめました。「まさかシンデレラ城をそのままモニターとして使うとは…!」と、発想のスケールに軽く戦慄。ホテルに戻ってからはほぼ瞬殺で就寝。

11日は朝からランドへ。前日の計画通り、長女次女で別行動になったんですが、次女は小1女児とは思えない程にジェットコースター系が大好きで、スプラッシュマウンテン、スペースマウンテンのマウンテン系は前日分も含めて全制覇しました。他、カリブの海賊やスターツアーズもお気に入りだった様子。スターツアーズは私もかなり楽しめました。一方で、カントリーベアみたいな、歌やお芝居系はあんまり気に入らなかったようです。

一方長女の方は、ジェットコースター系や怖そうな奴はガン拒否で、トゥーンタウンを中心に回っていたみたいです。ミッキーのフィルハーマジックやプーさんのハニーハントは随分気に入ったようで、その点はなにより。15時頃、最後にパレードを見てから合流して帰りました。
こうしてみると、長女についてはもしかするとランドよりシーの方が向いていたのかなーと。今度はシーにも連れていってやろうかと思います。

ということで、戦い済んだ12日は流石にまったりしていました。私含め、家族全員楽しみ倒せたのは確かなので全体的に満足はしております。
今日からはまた平常運転に戻しててきとーに頑張ろうと思います。よろしくお願いします。

一旦それくらいです。
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2018年08月12日

「本来あるべき姿」について語っただけで「現実を知らない」と罵倒する人たち

いや、「理想と現実」でも「to be とas is」でも「目標と現状」でも、なんでもいいんですが。

課題を解決する為のごく基本的な手法として、ギャップ分析ってありますよね。「本来こうあるべきだよね」という理想の状態と、現時点の状態を比較して、その差異を課題として分析する手法。多分、どんな会社、どんな組織でも一般的に行うことだと思うんですが。

ギャップ分析を行う為には、当然のことながら手順がありまして、ざっくり言うと

1.To be(あるべき姿)を想定する
2.To be に対するAs is(現状)を把握する
3.To be とAs isの間の差分をギャップとして分析する
4.解決しなくてはいけないギャップの優先順を検討する
5.ギャップを埋める為の方策を検討する

という感じで、まあ1と2の順番は順不同というのが割と一般的なやり方だと思うんですが。

人間、絶対評価よりも相対評価の方が得意なものでして、単に今ある課題を挙げて解決策を考えるだけだと結構難しいんです。「ゴールはここ」「スタートはここ」「じゃあゴールにたどり着く為にはどうすりゃいいの」という順番で考えた方が、誰にとっても分かりやすい。だからギャップ分析は重要なわけです。

とはいえ、ギャップ分析を実際に進める際には、別に上の1から5を全部ワンセットでやらなくてはいけないというわけでもなくって、細切れに進めても、どれかを部分的に先取りしても別に構わないわけです。「取り敢えず今日はto beについての合意だけ取りましょう」とか、やります。全然やります。

「ある組織にとってのゴールがどこか」「あるチームのto beは何か」なんて、ちょっと考えて簡単に答えが出るものでもなくって、人それぞれ意識は違うし価値観も違うわけで、最初からピッタリ合う方がおかしいわけです。「誰が見てもto beは明確だろ」と思っていても、実はそう思っていたのはその人一人だけで、他の人は全然違うto beを思い浮かべていたりする。ゴールがあちこちに分散しているとゴール目指して走るのも結構大変なので、「To beについて議論する」というのはそれ単体でも重要な話です。

多分、ここまでの話はごく常識的なことだと思うんですよね。


ところで、最近特に医療の話をみていて感じたんですが、「本来こうあるべきだよね」という話をしている時に、何故か「現実を知らない意見」とか「現実を見ろ」という罵倒を投げたがる人がすごい多いような気がするんです。なんなんでしょうアレ。

言ってみれば、「取り敢えずto beを明確にしましょう」という話をしている時に、「お前らAs isをなんにも知らねーな!!As isの話しろよ!!」と叫んでるような人。いや、そりゃAs isの話も必要だし、As isとTo be両方そろってないとギャップ分析が出来ないのは確かですが、別にそれでTo beの話しちゃいけないってわけじゃないでしょうという。

止めなければいけないのは、「実際に施策を考える時にAs isを無視すること」であって、「To beについて議論すること」ではありません。本来こうあるべきだよね、という話をして、それについてのコンセンサスを模索するのは、それはそれでとても重要です。なのに、なんだか「To beについて話す」だけで親の仇のようにAs isを投げつけたがる人が、割と頻繁に観測出来るような気がしているんですよ。

To beの話をする人が、実際にAs isを知らないわけではありません。いや、中にはそりゃAs isを知らない人もいるのかも知れませんが、As isを明確に認識した上で、それはそれとしてTo beの話をする人もいるわけです。それに対して、一時的な上から目線を確保する為に、十把一絡げで「現実を知らない」とかいう言葉を投げつけるのは、私にはどうも妥当なことだとは思えません。

・「To beを考える」ことと「As isを把握する」ことは全然別の話であって、
・それぞれを個別に議論することはよくある話であって、
・前者の文言を見かけたからといって、脊髄反射で後者の議論をふっかける人はちょっと落ち着いた方がいい

簡単にまとめると私はそんな風に考えるんですが、皆さんいかがでしょうか。


今日書きたいことはそれくらいです。


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2018年08月07日

今日のしんざき 18/08/07

夏休みのしんざきです。

今週は、えらい久しぶりにまとまった休みをとれまして、とはいえまだ下の子が6歳なので海外とかは避けまして、ちょこちょこ近場に旅行に行っています。

昨日一昨日は私方祖父母と旅行で、奥武蔵は高麗川で遊んでました。

恒例の夏休み川遊び!!

めっちゃ綺麗な川でして、小魚もちょこちょこ泳いでいてものすごい遊び甲斐がありました。

毎年来てるんですが、去年は涼しくってあんまり川で遊べなかったんですよね。今年は幸いというか死ぬほど暑かったので、浮き輪で川下りゴー。メインは長男でしたが、長女も次女もキャッキャしてやっていました。あんまり水嵩はなかったのでちょくちょく浅瀬で引っかかってましたが、まあ増水してると怖いしそれくらいの方が安心ですよね。

夜は星空観察の予定だったんですが、そちらは雷雲が出てきて断念。とはいえ温泉も堪能できましたし、料理もおいしかったしで大変満足でした。

ちなみにその後、旅行帰りに軽くリアル謎解きに挑戦するというアクロバティックなムーブに遷移。渋谷のロッカールームに荷物を預けて、「東横ハチ公を探せ」の謎に挑戦してきました。


東急百貨店で500円買い物をすると参加できるという謎解き。東横店と本店、二つの建物で謎を解くことになります。謎自体はどちらかというと「探索」に寄ったバランスで、易しすぎず難しすぎずという程良い難易度。先日「カトリーエイルとゲームの館」で謎解きに目覚めた長女と次女も大興奮で参加したがりまして、バランスを考えて私・長女・次女と奥様・長男という二手に分かれて挑戦しました。結局途中で合流しちゃいましたけど。

渋谷に行かれましたら、何かのついでにでも参加されるのもよろしいのではないかと。

今日は1日空白日なので、子どもたちと遊びつつ色々タスクを片付けようと思います。よろしくお願いします。


・ちらっとオクトパストラベラーのお話

ぼちぼち2章を片付け初めまして、敵が急に強くなったので大変楽しんでいます。

これも戦闘の工夫が重要そうなバランスだなあ。


ということで、今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 08:02 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月03日

長男に「オクトパストラベラー、レベルいくつになった?」と朝一で言われて

なんだか、ひどく懐かしいものを感じました。

オクトパストラベラーを始めました。レトロゲーマーとしては色々な意味でツボを突かれまくりでして、現在かなりの勢いでハマっています。


サイラス先生でプレイを始めまして、その辺をぶらぶらしている内にトレサ・オルベリク・プリムロゼが仲間になって、今朝アーフェンも仲間になったところです。多分ゲームとしてはまだ全然序盤だと思うんですが、ようやく戦闘での戦い方のコツとか、戦術の作り方みたいなものが分かってきた感じです。

ゲーム自体のちゃんとしたレビューはもうちょっと話を進めてから書こうと思っているんですが、取りあえず現時点で「ロマサガシリーズが好きだった人」「SFC時代のスクウェアRPGが好きだった人」は問答無用で買っていい、というところまでは断言していいんじゃないかと感じています。戦闘システムについて、BDFFに似ている部分もあるんですが、ゲーム自体にはそこまでBDFFみはないです。

で、このゲーム、長男が気に入るかは正直分かんなかったんですよ。長男、2DRPGって今までやったことがないんです。彼が今までやったゲームって、例えば「進め!キノピオ隊長」とか「スプラトゥーン」とか「逆転裁判」とか「ゼルダBotW」とか「ゴーストトリック」とかでして、まあ全然毛色が違うことは間違いない。少なくともターン制戦闘のRPGって一回もやってないんです。

2DRPG独特の手探り感とか、ターン制戦闘の駆け引きとか、そういうの気に入るかは正直微妙かもな、と思っていたんですが、

蓋を開けてみたら超ハマりました。長男今、わざわざ早起きしてオクトパストラベラーやってますし、この前は「テレビの時間減らすからその分ゲームやっていい時間増やして」と交渉までされました。

聞いてみると、「色々探しながらあちこち探検するのが凄い面白い!」とか「敵をブレイクした時が気持ちいい!」とか感想が返ってきまして、あー、こういうのも好きだったか、と。長男がやりたがらなかったら久々にswitch持ち出してがっつり遊べるな、と思っていた私の目論見は見事に外れた訳ですが、まあそれはそれ。楽しいゲームが生活の張り合いになるのは良いことだと思います。

で、親子の会話の1テーマに「オクトパストラベラーの話」というのが加わったわけなんですが、今朝、長男が起きてくるなり「オクトパストラベラー、レベル幾つになった?」と聞かれまして。

なんかすごく色んなものがフラッシュバックしました。

ああ、そうだった。「レベル」っていうのは、進行具合を共有する指標として、一番分かりやすいものだった。強さを比較するのに、一番端的な指標だった。

ドラクエIIで、FF3で、

小学校の土日明けに、休み明けに、学校の帰りに、友達と「今のレベル」を言い合ったものだった。

何より、「友達と自分の進行状況を比べ合う」っていうの、なんだか物凄い楽しかったんですよね。なんでしょうアレ、相手が自分より進んでいたら悔しかったし、自分が相手より進んでいればなんだか誇らしくって、それもゲームの楽しさの重要なエッセンスの一つだった。

で、「〇〇をクリアして××にいった辺り」っていうのもそれはそれで進行の共有になるんですが、何より一番分かりやすいのが「レベル」だったんですよね。このレベルなら大体どこの辺り、自分より進んでいるか進んでいないかっていうのが一瞬で分かった。


いや、正直、オクトパストラベラーにおいて「レベル」が進行度の基準になるかっていうと、ちょっと怪しいんです。オクトパストラベラーってすっごい自由なゲームなんで、人によって進め方が変わります。パーティメンバーも変われば、行く地方の順番も、稼ぎ方のスタンスも変わります。

だから、同じくらいのレベルでも、全然違う地方で別々のことをしてる、というのは全然珍しくないと思います。

ただ、かつて自分たちが満喫した「ゲームの進行状況を共有する楽しさ」というものに、長男も自分自身でたどり着いて、しかもその象徴がかつて存在した「レベル」という指標で。その「共有する楽しさ」というものに、父親である自分も参加出来ている、というのが、なんだかひどく感慨深かったのです。


いや、多分実際にはそこまでおおげさな話ではありません。長男は、例えば友達と一緒にスプラトゥーンやARMSを遊んでいますし、それぞれのタイトルで、それぞれのゲームの話を共有していました。

ただ、「レベル」という言葉をトリガーに、自分が歩んできたゲーム遍歴みたいなものを、長男も同じように歩んでいるんだなあ、ということと。

私がそうしてきたように、長男も今後、ゲームといい関係を築いていってくれればいいなあ、ということを、なんだかしみじみ感じたもので、こうして書き残しておきたくなった次第なわけです。


ちなみに、オクトパストラベラー自体については、夏休みアドバンテージを存分に生かしている長男の方が、今のところ私よりだいぶ進んでいるようです。悔しいので大人深夜夜更かしパワーで取り返そうと思います。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 08:08 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月01日

オクトパストラベラー始めました・1.5時間くらい遊んだ段階での第一印象

始めました。今回本当に全然情報を入れていないので、手探りでのわくわく感がすごいです。


つい先日までswitch版イース8の釣り埋めとか地図埋めとかやってたんで、まだ全然序盤なんですが、一応第一印象を書き残しておきたくなったので書きます。多分周回遅れかと思いますので、内容被りについてはご勘弁ください。

【進捗状況】
・サイラス先生で始めました
・取り敢えず第一章のイベントは終わって、アトラスダムを出てふらふらしていたらリプルタイドにたどりついて、トレサさんを仲間にしたところです
・トレサさんはかわいいと思います
・サイラス先生一人の時は結構ちまちま戦っていたんですが、二人になった瞬間戦闘が飛躍的に楽になって超楽しいです
・取り敢えずは、一つの街やマップにこだわらないで、仲間集めをどんどん進めるのが良いっぽいかなー

【第一印象】
・すごいロマサガみを感じる。今までにない、何か熱いロマサガみを
・具体的に言うと、グラフィックの雰囲気、主人公選択、HPとダメージの大体のバランス、その辺に無造作に転がっている宝箱、世界地図での移動、結構そっけない会話やシナリオなど
・最初はロマサガ4のつもりで遊んでいました
・けど、ところどころに「ロマサガを超えた何か」を感じます
・サイラスとトレサなんか、凄い簡素な会話しかしないんで、プレイヤーキャラクター同士の人間関係なんかはあまり描写しない気配
・その辺もロマサガ感を感じる
・戦闘は最初BDFFかな?と思ったんですが、思ったより感覚違いますね
・弱点を探していく過程がすごい楽しい。あと、一度分かった弱点は常時可視化されるのも親切設計
・あと一歩でブレイク出来る、という時のブレイブの使い方がポイントっぽい
・敵が結構タフ(こっちの攻撃が貧弱なだけかも知れない)
・これ、サブクエストは特技を使って解決していく感じなのかな?最初の時点ではどうにもクリアできないサブクエストもあるっぽいですね
・オープニングの音楽が無茶苦茶かっこいい。ケーナで吹きたい

うん、現時点では大体これくらいです。

取り敢えず、まだ全然序盤ではあるものの、
「超オレ好みのゲームっぽい」という気配はバシバシ感じておりますので、引き続きやりこんで参ります。と思った矢先に長男にオクトパストラベラーを発見されて今日はswitchを持ち出さないことにしました。つらい。けど長男にも遊ばせてはあげたいので我慢する。

今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(3) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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