2019年01月10日

個人的な格闘ゲーム遍歴について思い出せる限り書いてみる・前編

スマブラをきっかけに何となく振り返りたくなったので、ストII以降の私の格ゲー遍歴について、記憶頼りに書けるだけ書いてみる。


【1991年】
ストIIが登場した年。といっても、私が見ていた限りでは、ストII登場当初は「なんかすごくキャラクターがでかいアクションゲーム」という認識で、対戦格ゲーの金字塔という認識が出るのは暫く後のことだったように思う。皆かわるがわるCPU戦をやっては、四天王までたどり着けずに死んだり、昇竜が出せただけでどよめいたりしていた。

当時は、ちょっとコインを入れてブランカを使ってみたくらいで、順番待ちを推してまでプレイしようという意欲は出なかった。私は当時知らなかったのだが、夏〜秋にかけて、一部では徐々に対戦が盛り上がり始めていたらしい。

この頃、ネオジオ筐体で「餓狼伝説」も発売され、こちらはストII以上にCPU戦に傾斜している作りだった。シナリオや演出も充実している上に、なにせCPU戦に乱入すると、まず2vs1の協力プレイになって、CPU戦終了後に対人対戦が始まるのだ。対戦は「CPU戦のおまけ」というような認識だった。要所要所でデモに登場するギース様のキャラクターブレっぷりが嫌いではなかった。プレイヤーが勝ち進むとイライラしたりゆるるさーーんと叫んだり、当時のギース様は大物なんだか小物なんだかよく分からないお方だった。

餓狼伝説はストIIよりもだいぶプレイした。使用キャラはアンディで、一気に突進する残影拳が気持ち良かった。ビリーへの投げハメとか、CPU攻略を初めてちゃんとやったゲームだったように思う。


【1992年】
ストII'の登場。それと前後して、ありとあらゆるゲーセンに「対戦台」が導入されて、一気に「対戦」という遊びの面白さが知れ渡っていった。当然のように私も「ストIIおもしれえ!(当時は無印のストIIとダッシュをあまり区別していなかった)」となり、格ゲーに首ったけになっていった。

どの対戦台も人とギャラリーが鈴なりで、当時はあちこちのゲーセンを自転車でめぐって、「ストIIが空いてるゲーセンないかな」と探し回っていたような記憶がある。使用キャラは主にブランカで、理由は「必殺技を出すのが割と簡単だから」だったと思う。昇竜拳は出せず、練習しようにも空いている筐体がなかった。

対戦はある時期からベガが猛威を振るい始めた。当時はまだ「対戦マナー」のようなものについての議論が始まる前だったが、「ベガ禁止」という張り紙を貼っていたゲーセンもそれなりの数あったような気がする。「ベガはサイコハメだけじゃない!」という特集でダブルニーハメについて記載していたゲーメストを、私はもう持っていない。

ほぼ同時期、ゲーセンに一瞬だけ「富士山バスター」が登場し、「このゲームは一体…?」「河童…?芸者…?」とか友人と遠巻きにしていたのだが、何故かすぐに筐体ごと無くなってしまった。やり込んでおけばよかったと今では思うが、まあ今更の話だ。

同じ年、ぼちぼち様々な対戦格ゲーが脇を固め始める。「龍虎の拳」は2,3コインでスルーしたのだが(確か気力システムがあまり好みに合わなかったのだと思う)、「ワールドヒーローズ」は結構やった。使用キャラはドラゴンとマッドマンで、敗北時の「フゥーーーッ!!」というようなエコーバリバリのドラゴンのボイスに大笑いしていた。ジャンヌがやたら強かった。

冬頃「餓狼伝説2」が発売。相変わらずアンディでぼちぼちやっていたが、こちらはあまり対戦の記憶がない。当時、ネオジオといえばMVS筐体で、対戦台が入っていないゲーセンが多かったのかも知れない。曖昧。龍虎に続いて「超必殺技」というものが話題になり、初めて鳳凰脚を見た時は単純に「すげえ!」と思った。ただ、あの頃から既にコマンド複雑化の兆しはあり、超列破とか全然出せなかった。BC同時押し許さない。


【1993年】
ワーヒー2、餓狼スぺ、サムスピ、スーパーストIIの年。第一の格ゲー黄金期と言っていいのではないだろうか。この頃には私も、昇竜波動竜巻くらいは不自由なく出せるようになっていたのだが、何故か使っていたのはバルログだった。イズナで相手を投げるのがとにかく気持ち良かったのだ。空中投げを狙ってぴょんぴょん飛んでは、相手の対空技に迎撃されたりもしていた。

といっても、対戦をそこまで頑張った記憶はない。この頃は格ゲーのタイトルも増えてきて、色々なタイトルをとっかえひっかえ遊んでは、ゲーメストを熱心に読み漁ったりしていた。

特にハマったのはサムスピだった。使用キャラは半蔵と十兵衛。半蔵でひたすらモズ落としを狙っては、覇王丸にばっさばっさ斬られていた。当時から派手な大技が好きだったのだが、半蔵では全然勝てないので、対戦ではもっぱら十兵衛を使っていて、飛んできた相手を一生ジャンプ中斬りで落とす仕事をしていた。この頃シャルロットが猛威を振るい、格ゲーにおけるキャラバランスと、強キャラに対する自分のスタンスというものについて、一時期真剣に悩む。「強いキャラを使う」ことに対する罪悪感のようなものが醸成されたのは、多分この頃だと思う。今から考えると若かったという他ない。

餓狼スぺは、ギースやダックを使おうとして超必コマンドのあまりの難しさに速攻挫折。ブレイクスパイラルのコマンドを知った時は「なんじゃこりゃーーー!!」と叫んだし、立ちブレイクとか今でも出せる気が全くしない。あれ対戦で普通に使える人は一般的な人間カテゴリーに入れてはいけないと思う。


【1994年】
スパII X、ワーヒーJET、そしてなんといってもバーチャ2が出た年なのだが、何故かその辺を殆どスルーしてしまい、何をやっていたかというと豪血寺一族2と痛快GANGAN行進曲だった。

GANGANは対戦をやったことは一度もなく、「久々のCPU攻略ゲー」と認識して、フウマでガンガン必殺を決めては喜んでいた。ADKのノリをこの頃ようやく把握。

豪血寺2はゲームからキャラクターからアクションから超好みであって、こちらは破鳥才蔵を使っていた。冷静に考えて忍者キャラにだいぶ偏っていると思うが、忍者くんのみぎりから忍者好きだったのはもはや習性だった。ステージBGMで「歌」が流れるというのがこのゲーム売りの一つであって、「涙の「…」」は今でも歌うことが出来る。超必が出しやすいのが良かったのかも知れない。

ゲーメストでは、「スパII Xで豪鬼を使うコマンドが掲載されている筈なのに、何故か誌面では全部黒塗りになる」という、通称豪鬼事件が発生。前後してゲーセンでは茶リュウが乱舞した。豪鬼使ってるところだけギャラリーしに行ったりした。ザンギエフで豪鬼に果敢に挑戦していく人を目撃、その姿に謎の漢らしさを感じる。

同じ頃「ヴァンパイア」と「KOF'94」もゲーセンに登場し、こちらは対戦を含めて相当やり込んだ。ヴァンパイアは、しゃがみ大Pが中段でしゃがみ小kから目押しでつながるという、今考えると「お前は何を言ってるんだ」的な狂性能であるオルバスを使っていたのだが、その分モリガンやデミトリも十分狂っていたから一応セーフだと思う。目押しコンボは難しかったがめちゃ楽しかった。

KOF'94では、レトロゲーム好きとしてサイコソルジャーチームと怒チームを使っていた。サイコソルジャーチームでは、アテナの投げ→超必空振りで投げが超必のダメージに化けるという裏技のようなテクニックがあり、そればっか狙っていた記憶がある。


【1995年】
ダライアス外伝というゲームに全人生をささげていた為、一時期格ゲーから若干疎遠になるが、後半くらいから復帰。その為、私は実はヴァンパイアハンターをあまりやっていない。曲は滅茶苦茶好きだったので、多分cpu戦くらいはちょこちょこやっていたのだろうと思う。

「サイバーボッツ」「ワーヒーパーフェクト」「風雲黙示録」辺りをちょこちょこ触った後、「天外魔境真伝」にドハマりする。BC同時押し一発で体力が半分以上飛ぶという、一見狂ったようなダメージバランス、その一方で全体としてみるとちゃんとバランスが取れているという、あのバランス感覚は芸術だと今でも思う。

使用キャラはカブキ団十郎で、ゲーメストの記述を真に受けて「ダッシュからカブキクラッシュと羅砕刃の二択」をしかけようとしては毎回中斬り辺りで追い払われていた。綱手が「りきおぉーー!」と叫ぶとその時点で死を覚悟したし、自分がダウンした時点で術ゲージが溜まった自来也が真上にいると大体死んでいた。ビジュアルはどう見ても八雲より絹の方がお気に入りだった。当時から着衣嗜好だったのだと思う。

その後、「ストZERO」「KOF95」にハマる。ストZEROは当然の如くガイを触ってみたところ死ぬほど強く、当時強キャラを使うことに軽い罪悪感を感じていた私はあれこれ悩んだのだが、KOF'95で使っていた純正サイコソルジャーチームはどう考えても強キャラではないのでいいということにした。関係ないが、アテナのデザインは95の時点で既に完成されていた、と今でも思う。あのキャラデザした人は天才以外の何者でもないと言えるのではないだろうか。ただし声は94のあの眠そうな感じが好き。

10月、TAITOから「サイキックフォース」が発売。エミリオが実は男の子だということが判明してゲーメストが阿鼻叫喚になったりしていたが、あれも今なら「俺たちの業界ではご褒美だ」になるんだろうなーと思う。時代は変わった。私自身はウォン様を使って、「時よ!」を潰されたり、コンボからの戒めの洗礼を叩き込んだりしていた。

ほぼ同時期、「マーヴルスーパーヒーローズ」が登場。シュマゴラスに一目惚れし、キレが良すぎるシステムボイスに身もだえしつつ、エリアルがさっぱり入力できなくて挫折する。これについては以前書いた

秋頃、「サムライスピリッツ斬紅郎無双剣」発売。グラフィックの余りの美麗さに驚愕し、演出の余りの派手さに瞠目し、世紀末過ぎる対戦バランス調整に戦慄した。どのキャラ相手でも背後を取られるとその時点で永久コンボによる即死を覚悟しなくてはいけないというあのバランス、嫌いじゃない。使用キャラは主に羅刹半蔵と羅刹ガルフォードの忍者組で、大抵閑丸とか幻十郎辺りに撲殺されていた。

ということで、致命的な長文になったので前後編に分けたいと思う。後編はあまり経たないうちに書く。(多分)
posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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