2019年01月11日

個人的な格闘ゲーム遍歴について思い出せる限り書いてみる・後編

前回に引き続き。


【1996年】
まず、なんといっても「ストリートファイターZERO2」。前作以上に「攻撃を当てた時の気持ち良さ」が増しており、ガイやらケンやらバーディやら元やら、結構色んなキャラを使った。自キャラのダイヤグラム上下に一喜一憂、弱くても嫌だが強すぎてもなんかイヤだ、という複雑な感情があった。確か、私のプレイ当時は一時期ダンを抜いて元が最弱になり話題になった気がする。

そこそこやった割にオリジナルコンボは全く使いこなせなかった。マーヴルに続いて、「複雑な入力を伴った重要なダメージソースを使いこなせない」ということに結構へこむ。この呪いは遠く、ギルティギアXのダストアタックまで解呪されないことになる。

その後、「ニンジャマスターズ」と「神凰拳」という、ネオジオマイナー系格ゲーに何故か立て続けにハマる。特にニンジャマスターズはそこそこやりこんだ筈で、使用キャラは主に鴉と霞だった。鴉の方は一見硬派キャラなのだが、飛び道具でのナチュラルな脱ぎっぷりはネタキャラとしか思えないインパクトを有していた。霞は確か連続入力でコマンド投げに繋がる技があって、そればかり狙っていた。「かすみつよいっ!」のボイスがなぜかやたら耳に残っている。私にとって、くのいちの霞といえばデドアラではなくこちらである。

神凰拳の方は主にイグレットを使っていたのだが、後ろタメ昇竜とか後ろタメ波動とか訳の分からんコマンドが多かった記憶がある。この頃、既に対戦格ゲーにおける人口の偏り問題は発生しており、この二作で対戦が成立した記憶は全くない。

秋頃、「バーチャファイター3」の盛り上がりを横目に「わくわく7」と「ウォーザード」に突っ込む。わくわく7は滅茶苦茶出来が良かったというか、格ゲー全体を通して見てもかなり上位の面白さを誇っていたと思うのだが、やはりこのゲームも対戦は滅多に成立せず、対戦台自体がすぐに撤去されてしまった。一応、3,4回はしらない人と対戦で遊んだような覚えがある。スラッシュ使いだったが、周囲ではティセに炸裂的な人気があった。ラスボス「フェルナンデス」のデザインは極まっていたと今でも思う。

ウォーザードの方はほぼ完全にCPU攻略ゲーとして遊んでおり、スコアを溜めてキャラクターを鍛えることにハマっていた。ウォーザードといえばやはりタバサさんであって、猫を誘導して戦わせるモーションが滅茶苦茶いい味出していたと思う。多分私が唯一、「スコア稼ぎに入れ込んだ格ゲー」だった。ミスティックマジックがいい感じにヒットしてどかすかメダルが出てきた時の感覚がやたら気持ち良かった。

秋頃、「ストリートファイターEX」登場。これはもうスカロマニアに一目惚れして、ひたすらスカロドリームを狙い倒していた。3D格ゲーに突っ込むのは殆ど初めてだった筈なのだが、EXは2D格ゲーと殆どプレイ感覚が異ならず、違和感なくプレイすることが出来た。この辺は、後のジャス学にも通じるものがあると思う。

「ソウルエッジ」もこの頃だった。敬遠していた3D格ゲーをやり始め、面白いじゃん!となっていたのだと思う。使用キャラは当然のごとくくのいちであるタキであった。忍者キャラ重要。

ちなみに、確かほぼ同期でデドアラも登場したと思うのだが、こちらもちょっとだけリュウ・ハヤブサを使ってしばらく首狩り投げばっか狙っていた。当時は「特殊リングアウトを絡めたコンボ系3D格ゲー」というのがデドアラの方向性であって、今程胸揺れが強調されてはいなかった、と思う。多分。ホールドボタンがどうも馴染まなかったような記憶がある。


【1997年】
なんといっても「ストリートファイター3」と「ヴァンパイアセイヴァー」の年。

スト3は、「ついにリュウがストリートファイターシリーズの主人公を降りるのか!」というのが随分話題になったものだ。実際には「あれ?スト3の主人公誰だっけ…?」みたいな扱いになってしまったアレックスさんがあまりに不憫。個人的にはネクロをちょこちょこ使っていたのだが、途中からほぼセイヴァー勢になってしまって正直あまりやり込めなかった。

そのセイヴァー、こちらはかなりやった。「大会」というものをちゃんと意識して、それに向けて練習したり成果を出したり、ということを始めた初めての時期でもあったと思う。その関係もあって使用キャラはだいぶコロコロと変わったが、最終的にはオルバスに落ち着いた。泡ハメは偉大としか言いようがない。このゲームのプレイ感と遊んだ時の楽しさは極まっていた、と今でも思う。当時はサスカッチとQBが猛威を振るっていて、アレコレ考えてはサスカッチ対策をしたり、一方ビシャモンにひき殺されたりしていたものだった。ザベルやガロンの強さが注目され始めたのはそのもうちょっとあとだったような気がする。

あと、この時期「ファイティング武術」もちょこちょこやっていた筈なのだが、こちらは一回たりとも対戦が成立しなかった。かつて「イーアルカンフー」で格ゲーの地平を開いたコナミの格ゲー業界における地力とは。

秋頃、「私立ジャスティス学園」と「月下の剣士」登場。ジャス学は無条件で外道高校に走り、男装ライダースーツ娘というアキラが性癖だったりした。開幕立ち小Kが安定行動過ぎて、立ち小k2回が相殺されてから次の手を考えるのがデフォルト、という状況だった。ローキック開始コンボ強すぎたと思う。

「月下の剣士」は守矢を使って、そこそこ対戦もしたしCPU戦もした。どちらかというとCPU戦成分の方が強かったような気がする。ラスボス・嘉神の「すべては終わり…」「そして始まる」のボイスがやたら格好良かった。ゲームとしてはひたすら立ち回りゲーで、これも実によくできたゲームだったと思う。

実はこの時期ずっと継続してセイヴァーをやっていて、とっかえひっかえやっていた今までと違い、「セイヴァーをやりつつ息抜きに他のゲームをする」という状況だった。確かこの翌年にに受験した筈だが、受験勉強をいつやっていたかは謎である。


【1998年】
まず何と言っても「堕落天使」。このゲーム、操作していてめっちゃ気持ちいいしレスポンス抜群だしコンボも爽快だし、かなりのガチゲーだと思うのだが、今に至るまで一度も対戦をしたことがない。面白いと思うんだけどなあ。使用キャラは灰児だった。

「サイキックフォース 2012」もこの時期だった筈だ。バリアブレイクが出来るようになっただけで駆け引きが別ゲーになり、対戦がやたら面白くなっていた。この時期上京した関係から、新宿のタイトーステーションやモアに通っては、上手い人たちのプレイを半口開けて眺めていた。使用キャラは主に刹那とウォン様で、ゲーセンでのローカル大会に出場してそこそこいい成績をとる程度にはやり込んだ。

そして、KOFの到達点こと「ザ・キング・オブ・ファイターズ '98」。KOFって対戦ゲーとしてみると結構世紀末バランスなゲームだった(95,96とか特に)という認識なのだが、この98はまるで別ゲーのように素晴らしい対戦ツールに化けていた。皆に可哀想可哀想と言われ、待ち望まれて再登場した筈のアメリカンスポーツチームを、少なくとも私の周囲では誰も使っておらず、割と悲哀だった。個人的には、相も変わらず純正サイコソルジャーチームを使い、対戦もそこそこやった。ただ、この時期レベルの高いゲーセンに通い始めたこともあって、対戦は全然勝てなかった記憶がある。

冬ごろ「アシュラブレード」登場。少女ネクロマンサーであるアリスの余りのインパクトに暫く遊んでいたのだが、ゲーメストですら2ページしかページがとられず、マイナー格ゲーの悲哀を感じる。操作感は良好で、ゲームとしてはとてもよく出来ていたと思うのだが、時期が悪かった。1年早ければもっと注目されていたかも知れない。


【1999年】
プライベートで色々とあって、この数年で初めて、あまりゲーセン通い出来なかった時期だった。STGだが「ギガウイング」にハマり混んでいたという事情もあり、あまり格ゲーに触れていない。

だが、「ストリートファイターIII 3rdストライク」は流石にやった。発売当初は、私の周囲もそこまで盛り上がっていなかったのだが、やってる間にどんどん面白くなってくるゲームだった。とはいえ、このゲームが2019年の今でも遊ばれ続ける程息が長いゲームになるとは、流石に予想していなかった。当初はもっぱらいぶきとネクロを使っていたのだが、途中からケンも使い始めた。ヒット確認疾風迅雷をひたすら練習していた記憶がある。

「ジョジョの奇妙な冒険」もこの時期にやっていた。カプコンの格ゲーに関するノウハウの積み上げというか、ありとあらゆるシステムが「遊びやすさ」に結実していて驚愕したような記憶がある。使用キャラは主にチャカで、一人だけサムスピをやっていた。


【2000年】
格ゲーからやや距離を置きつつあった私を強烈にゲーセンに引きずり込み直したタイトル、「ギルティギア ゼクス」が登場した。何がきっかけでギルティを遊び始めたのか既に覚えていないのだが、ゼクスは本当に途方もなく面白く、セイヴァー以来久々に大会巡りを再開した程であった。

このゲームで初めて「システム的なコンボ」を克服したことが記憶に濃い。そう、ダストアタックだ。レバーは上に入れっぱなしでいいのが良かったのか、エリアルレイヴではあんなに苦戦した空中コンボがあっさりと出来たことは、私にとって鮮烈としか言いようがない経験だった。

メインキャラは紗夢で、ぶっぱ龍刃やら朝凪逆鱗からのコンボやら、まあとにかく色々練習した。が、ネクロ、ディズィー、アクセル、カイなどなど、このゲームについては本当に色んなキャラを触った。どのキャラを動かしていても面白かったし、気持ち良かった。一方対戦は修羅の世界であって、大会は最低限FCD(フォルトレスキャンセルダッシュ)というテクニックをある程度自在に使えないと勝負にならないレベルであった。

大会では、強い人がこなそうな穴場のゲーセンを探しては、同じようなことを考えた新宿・渋谷民と鉢合わせてつぶし合いになる、ということを何度かやった。地元の人には迷惑な話である。ごめんなさい。

この後、「GUILTY GEAR Xrd」に至るまで、ギルティシリーズは連綿としてプレイし続けることになる。



ということで、死ぬほど長文になったが、90年代から2000年までの格ゲー遍歴を思い出せる限り書いてみた。なんか間違ったことを書いている部分もあるかも知れないが、まあ記憶頼りなので勘弁して頂きたい。

こうして思い返してみると、「格ゲー」という文化、「格ゲー」という世界の広さに、改めて圧倒される。私が触れた世界でも、私が触れなかった世界でも、恐らく山ほどの人たちが、格ゲー文化を切磋琢磨させてきたのだろう。こんな素晴らしい世界を作り続けてきた、先人たちに感謝する他ない。

今日書きたいことはそれくらい。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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