2019年02月21日

我が家における五味太郎先生の絵本お気に入り打率が途方もない件

しんざき家では、ほぼ毎晩絵本の読み聞かせをします。皆で布団にくるまってから絵本を一冊読んで、その後電気を消して寝ます。

長男が小さい頃から始めた習慣ですが、長男は小3くらいからもう読み聞かせではなく自分で本を選んで読むようになりましたので、今はもっぱら長女次女に読み聞かせをしています。長女と次女は代わりばんこに絵本を選びます。順番を抜かされそうになると泣きます(主に次女が)。

絵本は買うこともあるのですが、多くは図書館に頼っています。図書館に子どもたちを連れていって、読みたい絵本を選ばせます。で、まとめてどさっと借ります。目黒区はその点大変ありがたく、一度に20冊もの冊数を借りられる上返すのは区内のどの図書館でもOKなので、利用し倒させて頂いております。

で、やはり子どもたちにも「お気に入りの絵本」「そんなにお気に入りでもない絵本」というものがありまして、お気に入りの絵本は何度も読み聞かせ希望スタックに入り、図書館でも何度も借りたり本屋で買って欲しいとせがまれたりするのですが、何が凄いって五味太郎先生の絵本のお気に入り打率が凄い。今まで、五味太郎先生の絵本を読み聞かせて、それがお気に入りにならなかったことがない。打率10割です。

年齢層的には3歳〜5歳くらいボリュームゾーンの本が多いんですが、長女次女は今でもちょくちょく読み返したりしています。



たとえば、ご存知の方も多いであろう「きんぎょがにげた」。「金魚鉢から逃げ出した金魚が、部屋のあちこちに隠れている」という筋立てなんですが、幼少期の子どもたちは3人が3人ともこの絵本大好きで、延々「ここ!」「あ、ここ!いたーー!」などときゃっきゃしていました。何十回読み聞かせたかわかりません。



「きいろいのはちょうちょ」。少年がちょうちょを追いかける話なのですが、各ページちょうちょの部分に穴が空いていて、ちょうちょだと思っていたらめくってみると実は…!というのが繰り返される話。これも子どもたち全員お気に入りでして、何度も繰り返して読みました。最後の最後、本当にちょうちょが出てくるんですが、もう「あれはちょうちょじゃない!」と疑念民になって無視する少年に対して、「あ、ちょうちょいるのにー!」と次女が大騒ぎするのが専らでした。



「なんとなく」。パン屋さんとか、警察官とか、買い物のおばさんが出てきて、「なんとなく」自分の仕事とは全く関係ないことを始める、というお話。通行人のおばさんがなんとなく表彰台に登ったり、パン屋さんがなんとなく車を作ったりします。これも今まさにお気にいりでして、寝る前に限らずしょっちゅう読み聞かせています。



「だれかがいます」。イラストの中に参ページだれかが隠れていて、それが何かな?というのを考える。ページをめくると意外な正体にびっくり、というような本。


ことわざ絵本。これも有名だと思うんですが、色んなことわざとセットで、五味太郎先生のイラストと、先生一流の独自解釈やらオリジナルのことわざやらが付記されています。上四冊よりは微妙に年齢層が高いかも。

他にも色々あるんですが、きりがないので一旦ここまで。

こうしてざーっと並べてみると、これらの五味作品の共通点として、

・適度な奇想天外さ、意外性
・自分から働きかけることが出来るゲーム性
・非常に短いスパンでの答え合わせ

というものがあるような気がします。

つまり、まず何よりも「意外性」がある。ちょうちょだと思ったものが信号だったり、風船だったりする。で、それ自体、全くの出鱈目という訳ではなく、ちゃんと納得が出来る程度の振れ幅なんですよね。奇想天外なんだけど、奇想天外過ぎない。距離感覚が適度。

で、そこに対して、「自分から働きかけることが出来る」「絵本からの問いかけがある」。これも重要だと思うんです。「金魚はどこ?」と聞かれる。「ここに隠れているのはなに?」と聞かれる。読み聞かせの時にも、親が子どもを絵本世界に巻き込みやすいと思うんですよね。

で、それも、紙芝居のような風情で、親がページをめくると即答え合わせになる訳で、子どもの興味が持続しやすい。これはもう、小さい子が皆好きになるわけだよなーと思う次第なんです。


親になって自分の目が変わったと思うことの一つは、「絵本に対する感受性が昔より明らかに増したなー」と思うことです。なんというか、絵本の凄さ、絵本の面白さにやっと気づいた、とでもいうのでしょうか。子どもの頃には気付かなかった面白さ、子どもの頃には分からなかった上手さみたいなものに、最近感心させられることしきりです。

五味太郎先生が物凄いことはもはや私の中では既定事実なんですが、他にも林明子先生の滅茶苦茶な絵の上手さに最近ようやく気付いたり、山脇百合子先生の絵の余りの分かりやすさに戦慄したりということが頻繁なので、それについてもまた書きたいと思います。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月19日

昔俺は、近所のおもちゃ屋で半熟英雄を予約して、その予約券を抱いて眠ったんだ


「ゲームを予約する」ってことは、昔、特別なことだったんだ。

何故だろう。何故半熟英雄だったのだろう?それはもうよく覚えていない。恐らく何かの理由はあったのだと思うが、それはもう、30年間の遠い遠い記憶の闇に紛れてしまった。

俺は当時、群馬県は高崎の、そのまた隅っこの方で暮らしていた。家の裏手には「裏山」があって、夜は街灯がつかないエリアがそこかしこにあった。

webではグンマーとか揶揄されがちな群馬県だが、webで聞く群馬についてのエピソードの大半は根も葉もない作り話だ。群馬ではちゃんと日本語が通じるし、県庁は掘っ立て小屋ではなくきちんとしたビルだし、上毛かるたについてうっかり馬鹿にしたものは身の安全の為にすぐさま群馬を脱出した方がいい。その程度の問題しか群馬にはない。

近所にはギャムズというおもちゃ屋があって、3階建てで、2階にはチョロQのコースが設置されていた。途中からはミニ四駆のコースもあったかも知れない。当たり前のことだが、当時はAmazonもなければ楽天もなく、俺たちがゲームを買える場所といえばほぼ「おもちゃ屋」に限られていた。当時、「ゲーム専門店」すらまだろくになかったように記憶している。少なくとも俺が住んでいる地域には、そんな洒落たものは一軒たりとなかった。


俺は「ゲームの予約」をしたことがなかった。


当時「ゲームが手に入るかどうか」というのは案外不明確な話であって、何軒おもちゃ屋を回っても在庫が見当たらないことも、そもそも入荷している店自体見当たらないということもあった。

予約という制度がなんなのかについて、きちんと理解していたわけでは全くない。ただ、「予約」という言葉それ自体には、得体の知れない力強いパワーを感じていた。それは、「新しいファミコンのゲームが手に入る」という事実を、先取して保証するものだった。実際には手に入るのが数週間から数カ月先だったのだとしても、「予約」を行えばもう手元にそのゲームが存在するような、まるで待っている期間もそのゲームをすぐ隣においておけるような、そんな気がしていた。

つまり予約というのは、俺にとっては「わくわくする時間の先取り」だったわけだ。

だから俺は、ギャムズで半熟英雄を予約した。母親と一緒にギャムズのレジに並んで、上ずった声で「よやくおねがいします」と言った。
半熟英雄が予約しないと手に入らない程の人気ゲームだったかというと、多分答えはノーだ。半熟英雄は、ドラクエやスーマリのようなお化けタイトルではなかった。かといって、入荷するかどうかも危ぶまれるようなマイナーなゲームというわけでもなかった。発売日の夕方にギャムズにいけば、ごく順当に並ばずに買えるゲーム。多分そうだったのだろうと思う。

半熟英雄が出たのは1988年の12月、ファイナルファンタジーIIが発売する2週間ばかり前だ。当時、スクウェアはまだそれ程メジャーなメーカーではなく、今のように数々の名作RPGを擁している訳でも勿論なく、「テグザー」や「キングスナイト」のような作品、あるいはDOGのディスクゲームの印象の方が強かった。初代のファイナルファンタジーも、どちらかというと「非ドラクエ型RPG群の一つ」という扱われ方だったと思う。

だが、ファミマガで読んだ半熟英雄はとても面白そうだった。だって敵も味方もリアルタイムで動くんだぜ?

城を奪って、奪った城を育てて、収入を確保して、将軍を雇って。卵からモンスターを呼び出して戦わせて。そんなゲームが面白くないわけがないじゃないか。

もらった「予約券」には、俺の名前と、予約タイトルの「半熟英雄」の名前が、並んで店員の手書きで書いてあった。恐らく、そんなに御大層なものではなかったに違いない。ちゃんとしたフォーマットがあったかどうかも怪しい。ただ、それは間違いなく、私にとっては初めての「ゲームの予約券」であり、ゲームが手に入る保証、つまりゲームを遊ぶまでのわくわく感を具現化したものだった。うちに持って帰って表裏丹念に眺め、当時宝箱にしていたクッキーの箱か何かにしまい込み、夜寝るときも枕元に置いて寝た。

ようやく手に入った半熟英雄は勿論面白く、俺は将軍集めに夢中になり、「アポロン、ダイダロス、ヘレン」という三択で「アポロンこい!!!ダイダロスでもいいぞ!!!」と思っていたら見事にヘレンを引き当ててのたうちまわったりしている訳だが、なによりも俺にとって、半熟英雄は「初めて予約して買ったゲーム」という意味での特別感が強い。あの可視化されたわくわく感、一片の紙片にこめられた特別感の記憶は、今でも頭の中のどこかにある。

あれからもう、30年が過ぎた。

勿論時代も変わった。今は大体のゲームはダウンロード販売に対応するようになり、「予約しないと手に入らないゲーム」というものは殆どなく、予約というのはもっぱら特典目当てに行う行為になった。

それはただ「変わった」というそれだけのことであって、勿論悪いことでもなんでもない。ゲームの入手性というのは昔よりも遥かに改善されていて、やっとの思いで手に入れたゲームをカツアゲされることも、目当てのゲームと抱き合わせで要らないゲームを買わされることももうない。意見は人それぞれだろうけれど、今は結構、ゲーマーにとって理想の時代ではないかと俺は思う。

ただ、あの頃の「ゲームが手に入るかどうか分からない」という得体の知らない危機感、それを退けてわくわくを具現化したような「ゲームの予約」という行為については、誰かがどこかに書き留めておいてもいいんじゃないかと思って、こんなしょうもない記事を書いたんだ。

あの頃わくわく感を抱きしめて寝た何人ものファミコン小僧が、今でも全力でゲームを楽しめていることを、心から願う。

今日書きたいことはそれくらい。

posted by しんざき at 17:06 | Comment(2) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月18日

長女が初めて知らないお友達と遊べた

ちょっとしたことだが、記録として。

7歳双子の長女次女をしばしば公園に連れていく。特に予定がない土日は、大体私がどこかしらの公園に長女次女を連れ出す。幾つか長女次女お気に入りの公園があって、大抵午前中にそのどこかに行く。で、お昼になったら帰ってきて、自宅でまったりしていた長男奥様と一緒にお昼を食べる。

近所に自転車に乗れる公園があって、我が家の子どもは3人とも、そこで自転車に乗れるようになった。言ってみれば、我が家にとっての自転車道場だ。

補助輪なしで自転車に乗れるようになってからも、長女次女はちょくちょくそこに遊びに行きたがる。かつての長男がそうだったようにだ。その公園で一通り自転車に乗ってから、その近くのもっと大きな公園に移動して、そこで遊び倒すのが二人のお気に入りのコースである。

次女が社交的で、公園でも知らない子にどんどん話しかけて一緒に遊んでは「新しいおともだちできた!!」と報告してくるのに対して、長女はどちらかというと人見知りで、知らない子と遊ぶということが苦手だった。

長女的には、まず誰よりも次女と一緒に遊びたいのだ。長女は次女が大好きで、どこに行くにも次女が「行く」と言うと取り敢えず一緒に行きたがる。一方、ちょくちょく次女に意地悪をして泣かせたりもするので、メンタルとしては完全に小学生男子である。

が、根が人見知りなために、次女が誰か知らない子と遊んでいると、たとえ次女に「一緒にあそぼ!」と誘われても輪に入りにいけない。次女と遊びたいのに、次女が知らない子と一緒にいるから一緒に遊べない、と、長女的にはストレスになっていることが伺えた。

長女にとって、「次女と自分の二人の世界」が一番重要であって、そこに割って入ってくるお友達は、もしかすると一種の侵略者なのかも知れなかった。

そんな時は、長女は大体私のところにきて、私に抱っこを求めたり、あるいは私を連れ出して一緒に遊ぼうとしたりする。勿論付き合うのは全然かまわないのだが、恐らく本心では同じ輪に入りたい、というか単に次女と遊びたいと思っているであろうところ、どうしたもんかなあと考えていた。「一緒に遊ばないの?」と言いたくなるところだが、親があれこれ口を出すのも逆効果かも知れんしなあ、と、しばらくは静観してみるつもりだった。

自転車に乗れる公園の後、いつも通り公園のはしごをした。公園の中に幾つかの遊び場が分かれて配置されていて、そこには大きな滑り台もあれば、ブランコも砂場も、皆で乗ってぐるぐる回る遊具もある。

最初の内は長女と次女の二人でキャッキャ遊んでいたところ、同年代のお友達がいるとすぐに話しかける次女が、新しくお友達を作った。その公園の滑り台はそこそこスピードが出る。次女とそのお友達の二人は、きゃーきゃー言いながら手をつないで滑り台を滑り始める。それを見て、長女がベンチに座っている私の方に走ってきた。

「パパ、ブランコ押して」

いつも通り。

「滑り台はもういいの?」

「いいの。抱っこ」

ブランコに行くと言ったのに、私に抱っこを求めてきた。ベンチに座って長女を抱っこしながら、やっぱり本心では次女と遊びたいんだろうなあ、もしかすると焼きもちを焼いているのかもなあ、と思っていた。「早くブランコに連れてって!」ともいわず、ちらちらと滑り台の方を見ている。

さてどうしようかな、と思っていたら、次女がお友達の手を引いてこっちに走ってきた。

「ね、(長女の名前)ちゃんも一緒に滑らない?」

次女が誘いに来てくれることはしばしばあるが、お友達まで連れてくることは結構珍しい。次女なりに気をつかってくれているのかも知れない。

「滑らない」

長女はぷいっと反対の方を向く。すると、次女は唐突にお友達の紹介を始めた。

「この子ね、〇〇ちゃんって言うの。長女ちゃん、挨拶して!」

〇〇ちゃんは、長女次女よりも少しだけ年下に見えた。実際まだ幼稚園に通っているらしい。空気を読んでいるのかどうか、特にきょとんとした感じもはにかんでいる様子もなく、長女と次女を交互に見ている。物怖じしない子だなーと思った。

長女は知らない子に挨拶をするのが苦手である。固まったままの長女に対して、ちょっとだけ助け船を出そうかと思った。

「〇〇ちゃん、こんにちは。ほら長女ちゃん、こんにちはは?」

「…こんにちは」

「こんにちは!」

曲りなりにも挨拶出来た。その後、重ねて遊びに誘うでもなく、次女はお友達の手を引いて、あっさりと滑り台の方に走っていった。その後、ほんの少しだけ驚いた。

「わたしもいく」

長女が、特に私が何も言わなくても、自分から私の膝を降りて、滑り台の方に走って行ったのである。ほへーと思って見つめていた私の前で、今度は次女がまた別の男の子に声をかけて、滑り台で遊ぶ人数は4人に増えた。

私が知る限り、少なくとも長女次女が小学校に上がってからは、これは「長女が公園で、全く知らない友達と一緒の輪の中で遊べる」最初の事例だ。

その後は、特に何か起こるでもなく、きゃっきゃと子どもたちで遊んでいた。滑り台から移動して、皆でぐるぐる回る球形の遊具に移動した。私が遊具を回していると、その内他の子どもたちも増えた。恐縮するお母さんも周囲に集まってきた。手が痛くなった。

帰り路、自転車に乗りながら長女に聞いてみた。

「今日は知らない友達と遊べたなあ」

「次女ちゃんが紹介してくれたから平気だったの!」

はー、と感心した。

まず何よりも、わざわざお友達を引っ張ってきてくれた次女に感謝すべきであることは間違いない。次女がどこまで考えていてくれていたのかはよく分からないが、やはり長女に気を遣ってくれてはいたのだと思う。ただ、もう何度も「遊ぼう」「遊ばない」を繰り返していた次女が、辛抱強く長女を誘ってくれたことについては、次女の我慢強さは本当に大したものだ。

一方、挨拶というきっかけがあったからとはいえ、私の膝の上という安住の地を捨ててお友達と遊ぶことを選んだ長女の勇気も、本当に大したものだと思う。私には「人見知り」という感覚は正直よく分からないが、恐らく重い重い扉を無理やり押し開くような感覚だったに違いない。その一つのきっかけになったのだから、挨拶というものはつくづく馬鹿にならないと思う。

勿論、これは長女次女が成長する過程での、ほんの一場面に過ぎない。来週同じことがあったとして、長女がまた同じように遊べるかというと、それは全く分からない。進んでは戻り、進んでは戻りして、少しずつ自分の社交能力を耕していくものなんだろうなと、そんな風には思う。

ただ、後々振り返って、「そういえばこれが転機だったなあ」とふと思い出すこともあるかも知れない。そう思って、この細かい話をわざわざ書き残しておく気になった。数限りないエピソードの内のたった一つだけど、いつでも読み返せるようにここに残しておく。

長女次女の世界が更に広がりますように。そう思うばかりである。


今日書きたいことはそれくらい。





posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月16日

なんかSpotifyでFC時代コナミ矩形波倶楽部の曲がいつの間にか超充実してたんで皆速攻でSpotify始めた方がいいです

おいラグランジュポイントにアルマナの奇跡にファルシオンにコズミックウォーズまで来てんじゃねえか!!!!!!


うわあああ、spotifyいつの間にかコナミの曲が超充実してるやん



ということで、以前からspotifyのゲームBGMにおける充実っぷりについては何度か書いている通りなんですが、このサービスなんか知らん内に曲が充実していることがありまして、昨年夏くらいにはまだ矩形波倶楽部の曲ってあんまりなかった筈なんですが、いつの間にやらすげえ充実してました。

ざっと挙げるだけでも、

・アクスレイ
・魂斗羅
・SUPER魂斗羅
・コズミックウォーズ
・ファルシオン
・グラディウスII(バージョン違い・ハード違い各種)
・ラグランジュポイント
・MSX RACINGSPIRIT
・クォース
・アルマナの奇跡
・エキサイティングシリーズ各種
・エスパードリーム1,2
・グラディウスII
・コナミワイワイワールド1,2
・悪魔城ドラキュラII
・悪魔城伝説
・ドラゴンスクロール
・バイオミラクルぼくってウパ
・ファイナルコマンド赤い要塞
・モトクロスマニアックス
・幻想水滸伝1,2
・悪魔城すぺしゃる ぼくドラキュラくん
・愛戦士ニコル
・月風魔伝
・謎の壁
・迷宮寺院ダババ

この辺がぜーーーーんぶ来てます。なんなんでしょうこの充実っぷり。ものすげえな。幻想水滸伝の存在感も勿論大きいですが、基本的には「FC・GB時代の矩形波のド本気タイトル勢ぞろい」と言っていいでしょう。いや、コナミワイワイワールドで一部の曲名が面白いことになってたり、キングコングは存在ごと抹消されていたり、色々と面白い部分もあるのですが、そこはもうある程度致し方ない。

コナミBGMのずるいところは、「全ての曲がもれなくかっこいい」ということでして、コナミBGMである時点でかっこいいことが保証されてるの殆ど反則の域だと思うんですが、グラIIや悪魔城の曲が超かっこいいのは当然として、ゲームとしては比較的マイナーなタイトルにも超絶名曲が色々と顔をそろえておりますので、ちょっと今日はその辺のタイトルについて軽く語ってみたいと思います。


〇ファルシオン

私、「ファミコンコナミゲーBGMで最強のタイトルは何か」って言われれば1フレでファルシオンって答えるくらいファルシオンの曲好きなんですけど、いやこのゲーム何がすごいって「スタート直後からいきなりBGMが全力」なんですよ。ファルシオンSTAGE1のBGMくらい最初のメロディがガチな曲ってのもなかなかないんじゃないかと思うんです。ディスクシステムの確かそこそこ初期のタイトルだった筈なんですが、いきなりこんな超かっこいい曲が作れちゃう辺り矩形波倶楽部すげえ。最初ディスクシステムで聴いた時、あまりのかっこよさにしばらく曲ループしちゃいましたよ。

ゲーム自体は疑似3Dシステムのアフターバーナ―チックなSFSTGでして、難易度もそこそこキツいです。今プレイできるのかなあ。VCで出てましたっけ?


〇ラグランジュポイント

言わずと知れたFCコナミRPGの代表作、つってもコナミってFC時代RPGあんまり出してなくて、これとゴエモン外伝とあとなんでしたっけ?ああMADARAがあったな。RPG要素もあるアクションゲームなら山ほど出てるんですけどね。武器合成すごい楽しかったんだけど終わってみるとあまり使った武器がない…。細野先生がキャラデザやってることをずっと後に知って驚愕したりしました。

ただこのゲーム、ご多分に漏れずBGMはガチ中のガチでして、どのBGMもやたら透明感があるメロディで印象的な中にもどこか切ない。まあゲーム自体結構重い展開ありましたんでその印象もあるのかも。フィールドの曲とかベースラインがめちゃ耳に残るんですよね。サントラがプレミア化してるんでその点でも貴重。サテライトベースの曲死ぬほどお洒落ですよね。


〇アルマナの奇跡

悪いことは言わないから取り敢えずSTEGE1の曲を聴け!!だまされたと思って!視聴だと途中までしか聴けないから取り敢えずSpotifyのIDをとれ!!!ちなみにこの後の曲も死ぬほどかっこいい曲しかありませんからね。メインBGMも、よくこんなメロディラインかんがえつくなあ…と思うくらいひたすらかっこいい。

いやこのゲーム、探索型アクションゲームの中にもワイヤーアクションがすげえいいエッセンスになっててすげえ面白かったんですけど、なんか遊んでた人少ないんですよねえ。なんでしょうね。ディスクだったのがいけないんだろうか。


〇迷宮寺院ダババ

コナミディスクゲーいい曲しかないやん!!!!!!と思うこと請け合いでして、エスニックな雰囲気の中にもシャープな水彩画のような透明感があるところ、これ矩形波のお家芸っていうか一子相伝の秘伝みたいなエッセンスが何かあるんですかねえ。これもエリア1の曲ひたすらかっこいいですよね。。。

ダババ自体は最初のデモがなんやねんって感じの、ゲーム的にはキングコング2にやや近い坊主がひたすらぴょんぴょんハネながらアクションするアクションゲームなんですが、アルマナ以上にプレイしてた人を見たことがありません。結構面白かったんですけどねこれも。ただ、何故彼が普通に歩かないでぴょんぴょんはね続けているのかはよく分からない。


〇ドラゴンスクロール

今回改めて聴いて一押しのタイトル。森の曲めっちゃかっこいいやん!!!!0:35からの展開が鳥肌立つくらい流麗ですね。

いやすいません、今回挙げた中で、このタイトルだけは当時プレイしたことないんで実はよく知らないんです。。。申し訳ない。ディスクのコナミゲーは大体やってたんだけどなあ。むしろカートリッジあんまり触ってなかったからなあ。


ということで、他にも月風魔伝とかエスパードリームとか言うに及ばない名曲も山ほどあるので、皆さんノータイムで聴きに走るといいですよ!!

取り急ぎしんざきの私選FC時代矩形波倶楽部名曲集をプレイリスト登録してみました。気が向いたら聴いてみてください。



今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 19:55 | Comment(3) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エースコンバット7が超面白かったので思ったことをそのまま叩きつけるように書く

ミッションモードようやくクリアしました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(難度ノーマルだけど)


いやーーーー、いやーーもーーーーーーーーーーー、なんつーんですか、思うところは色々あったんですが、やっぱ最後でちゃんとどかーーーんと達成感と感動があるあたり、エースコンバットって本当コンセプト勝ちしてるよなあと。だって「超本格的飛行機ごっこ」ですよ?こんなん面白くないわけないじゃん!!!!と。若干のずるさすら感じます。

マルチプレイモードにしばらくハマっていたのでキャンペーンモードが進捗不全を起こしていたんですが、どうにかこうにかクリア出来まして、エンディングもがーーっと見たので以下は思ったことをそのまま書きます。一応、ネタバレ含むお話はページ折りたたんで断ってからします。

〇遊んでる時の面白さについて

最高でした。最の高でした。7のシステム何から何まで物凄い。私の好みにベストフィットって感じです。

今回凄いところって、飛んでる時の「没入感」みたいなものが凄まじいんですよね。私が遊んでたのはSteam版なんでVRモードはなかったんですが、それでも「自分の手足のように戦闘機を動かせている」という感覚がすごかったです。勿論グラフィックのリアルさとか演出の妙とかそういうのもあるんですが、適度に難しいが故の「動かせるだけで得られる達成感」とでもいうんでしょうか、俺こそエースだぜ!!!!と調子に乗れる度合いが激しいです。「うまく動かせた」時、サクッとミサイルをかわせてサクッと目標を落とせた時の報酬効果が脳汁を極めて多く分泌させてくれるんですよね。

今回正直ミッションの難易度は高いものが多くて、特に時間の余裕があまりないミッションについてはとにかく余裕がないです。ミッションによっては無人機がわらわら出てくることもあって、従来作のように「一機残らず綺麗に落とす」というのは正直難しいんですが、時間内でギリギリ目標を落とせた時の達成感はこれまた絶妙です。あと、チェックポイントが割と頻繁にあって、すぐにチェックポイントからやり直せるのは親切設計だと思いました。反復挑戦しやすい設計なんですよ。

難易度的にも、「あーこれちょっと面倒やな…」と思うミッションも正直あったんですが(砂嵐ミッションとか)、まあ歴代シリーズにはもっと面倒なミッションも色々あったし、まあこんなもんかな、という感じではありました。

あと、「パーツをつけるとどんどん強くなる」バランスも、個人的にはかなり好きです。「このパーツ強そうだなー」とあれこれ吟味している時のわくわく感、高いパーツや高い機体がようやく買えた時の嬉しさは、これも歴代ACシリーズの中でもかなり上位に入ってくる味だと思います。

ただ、唯一「ターゲットが多すぎる上、ロックオンする順番の法則がいまいち不明で、落としたい敵機になかなか照準出来ないことがある」というのだけは、ちょっとどうにかならないのかなと思いました。無人機多過ぎて「ロックオンしたいのお前じゃねえよ!!」とかなることがありました。これどうすればいいんですかね?VRなら視線誘導とか出来そうですが。


〇展開・ストーリーについて

こちらも、今までのエースシリーズとはまた全然違った展開が山盛りでありまして、個人的にはとてもとても楽しめました。

まずなんといっても「懲罰部隊」という展開が素晴らしい。今までのエスコンシリーズでも、「傭兵部隊」とか「正規軍から離れて独立行動」とか「そもそも正規軍自体がほぼ全滅」みたいな展開はあったんですが、それでもちゃんと「組織」として動いているケースばっかりだったんですよね。その点、今回は「荒くれぞろいの独立愚連隊」感が際立っています。だって作戦失敗してんのに「ざまあみやがれ!!」とか言ってんですよあの人たち?最高じゃないですか?

「司令官がクッソ有能」という点で大きな差異はあるものの、荒くれ揃いという点ではエリア88を彷彿とさせるものがありまして、懲罰部隊の愉快な仲間たちと飛んでいる時間はとてもとても楽しかった。もうちょっと長くこの部隊で戦いたいなあと思ったくらいです。戦闘開始の一言が「殺してこい」だとかもう最高という以外の言葉がない。

ストーリー全体で言うとやはりやや分かりにくい点もありまして、おそらく大きく分けて二点原因があると思ったんですが、

・そもそも「見方によって物事は変わる」ということをテーマ自体に取り入れていて、その為話に抽象的な部分が混じっている
・戦闘中に結構重要なことをしゃべっているのだが、忙しくって聞いている余裕がない

この二点については指摘しておくべきかと思いました。

上でも書いたんですが、今回ミッションにあまり時間の余裕がないケースがしばしばありまして、戦闘中はとにかく忙しいんですよね。慣れてくるとそれはそれで楽しいんですが、正直戦闘中の会話をきいてる余裕があまりない。某終盤の要人警護ミッションとか、なんか色々重要そうなことをしゃべってるんですが、こっちは識別と対地攻撃に手いっぱいでお前の話聞いてる余裕ねえよ!!!!お前後でもう一回面と向かってゆっくり話せ!!!!!!とかキレかけながらミッション遂行してました。

あと、例えば04や5のストーリーは最終的に「英雄戦史」に集約するところ、今回は話のモチーフ自体がそう括れない、というのも難しいところだったかも知れないですね。この点は、多分ちゃんと全体像を把握するにはもう一回ちゃんとやらないといけないと思っていまして、取り急ぎハードモードでもう一周してきます。よろしくお願いします。



以下、ネタバレを解禁して思ったことを書きなぐりますので、未プレイの方はご注意下さい。一応折りたたみます。







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posted by しんざき at 12:05 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月13日

あなたはもうリス好きの桃源郷「町田リス園」に行ったか

先日町田リス園にいってきました。しんざき一家 + 長女次女の同級生ご一家のメンバーです。


いや、勿論ご存知の方多いと思うんですけど、町田リス園凄いんですよ。特に、動物好きの小学生女子に対する誘因力というか喜ばせ度はディズニーランドレベルだと思います。勿論小学生男子も、大人も十分楽しめます。

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体育館くらいの大きさの半屋外リスドーム(空に大型鳥避けのネットだけ設置してある)の中に200匹くらいリスがいまして、そこら中走り回ってます。これくらいのかぶりつきでリスがガン見出来ます。

で、一袋100円でリスの餌(多分ひまわりの種)が買えるのですが、

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めっちゃ食べにきます。時間帯が良ければ本当に入れ食いというか、5分で餌一袋が無くなるレベル。

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人には慣れ切っているので、手さえ出すと寄ってくる。なんなら餌が乗ってなくても「ん?どこに隠しているんだ?」みたいな感じでわさわさとしてくる。

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飛びついてきたり、こんな感じで手に乗ってくることも割と頻繁にあります。というか、食いつきが良すぎて服に飛び移ってきたりするんで、むしろ小さい子にはちょっと怖いくらいかも。しんざき家長女も昔それで泣きました。

ただ、長女も次女もそうなんですが、「リスにエサをあげる」「リスが手に乗ってきてくれる」というのは滅茶苦茶楽しい経験であるらしく、リス園に行った後しばらくはうわごとのように「リスえん…」「リスえんいきたい…」「リスさん…」と言い続けます。流石にそんなに毎日町田にはいけないのでちょっと我慢させるんですが。

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あちこちにリスの巣箱や遊び場が設置してありまして、あちらこちらを遊びまわるリスをぼーっと眺めているだけでも十分楽しめます。ちなみに、リス以外の動物もリス園には居住していまして、モルモットを抱っこ出来るふれあいコーナーや、ウサギにエサをあげられるコーナーもあります。ふれあいコーナーは時間制限ありの整理券制なので要注意。

あと、本当はデカいリクガメなんかもいて、日によってはリス園の中をうろうろと闊歩しているんですが、冬の間は温室に閉じこもっているとのこと。そりゃそうですよね。

すぐ近所には薬師池公園もありまして、たっぷりリスと遊んだ後は公園を散歩したり、もってきたお弁当を食べたりというムーブも可能です。

一点、「リス園に行ってみようかなー」という方にアラートしておきたいのですが、行くなら絶対に開園直後を狙うべきです。出来れば開園10分前くらいから並んだ方がいいです。

何故かというと、1,2時間もするとリスたちが満腹になってあんまり寄ってこなくなるからです。朝イチはリスたちも空腹であるらしくじゃんじゃん飛び乗ってくるんですが、昼近くになるとヤツら「あーはらいっぱい」って感じで眠そうにしているだけであからさまに運動量が落ちます。リス入れ食いを体験したいなら10時から、がマストです。

あと、リスの歯は鋭いので、エサをやる時は必ず備え付けの手袋を装備するようご注意。うっかり素手で手を出したりすると怪我をするかも知れません。ちなみに、リスたちは結構頭が良く、ちょくちょくエサ袋の方を狙いにきて穴を開けたりするのでその点もご注意。

入場料も大人400円、子ども200円と極めて良心的なので、町田にアクセス出来る方は是非一度いってみて頂ければと。かなりのお勧めです。

町田からバスで20分くらいなんですが、バス停の位置がちょっと分かりにくい(他のバスターミナルから離れている)のでご注意ください。


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放し飼いゾーン以外ではアカリスやシマリスも見れます。写真は、普段巣箱にこもってることが多いんですが、珍しく出てきて愛想を振りまいてくれたシマリス。可愛い。

今日書きたいことは一旦それくらいです。


posted by しんざき at 07:21 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月12日

「成長」は手段の一つでしかない

こちらの記事を拝読しまして、内容について特に異存はないんですが、自分の言葉でも書いてみたくなりました。

でも、あなたが「自分が成長すること」が自分の仕事だと思っているとしたら、それは大きな間違いです。寧ろ求められているのは、今この瞬間に、できるだけ良質なものをできるだけ良質なサービスでできるだけ安価に提供してほしいという部分の方です。


この点、もうちょっとシンプルに言うと、「ビジネスの上では、成長は目的ではなく手段の一つでしかない」という話になると思うんですよね。

つまり、そもそもなんの為に「成長」が必要なんですか、と。成長という言葉自体、含んでいるフィールドが広過ぎてあまり一言でまとめられるような話ではないですが、基本的には「今の能力や経験では出来ないことをする為に」成長が必要な訳です。

例えば、今より質の高い成果物を出す為に。

今より速い仕事でバリューを出す為に。

今まで知らなかった分野で仕事をする為に。

今までより複雑な問題を解決する為に。

今よりもっと高い給与を得る為に。


目的や、解決しなくてはいけない課題があって、それを解決する為の手段の一つとして必要なのが本人の「成長」である、と。まず、この点は明確にしておいて損はないと思うんですよね。

およそ、ゴールラインが明確でないプロジェクトが成功した試しがないように、自分が何を目指しているかを考えないままに積むキャリアは有効性が薄くなります。短期的な話でも長期的な話でも構いませんが、「自分は今、何を解決したいからどのように成長したいんだ」ということは、常に考えておいて然るべきでしょう。ゴールがあるからこそ、そのゴールへの道筋が明確になるのだ、というのは当然です。

逆に、ゴールが明確であり、かつその手段が「成長」にないのであれば、むしろ「成長」などガン無視してもいいんだ、という話でもあると思うんです。

成果を出す為にかけるコストは、低ければ低い程良いわけです。一切努力せずに成果が出せるのであればそれが一番いい。

例えばの話、あなたにしか出来ない仕事があって、それが努力によって質が高まるような、あるいは質が高いことで得られる報酬が上がるような類のものでない場合、あなたがすべきことは「努力して自分の能力を成長させること」ではなく、「安定してその仕事で食っていけるニッチを見つけること」です。

勿論、「いつかその仕事で食えなくなる」ということを想定して、他の分野でも食っていけるよう能力を磨くことは悪いことではありませんが、それは飽くまでリスクヘッジであって、短期的に「ニッチを見つける」こと以上の価値を出せる活動ではありません。

「成長は単なる手段でしかなく、場合によっては必須のものですらない」という認識は、案外重要じゃないかと思うんですよね。

ところで、世の中には、「成長は目的である」「成長は目的になり得る」と色んな人が思っていた方が都合のいい人たち、というのがいます。そういう人たちは、「成長」を餌にして、あの手この手でお金やら労力やらを搾取してこようとしてきます。

例えば、「今後の成長の為に」という名目で、成長自体を報酬にして低賃金長時間労働を強いるブラック企業であるとか。

例えば、具体的でない「成長」という言葉自体をネタにして、なるべく多くのユーザーを囲い込もうとするオンラインサロンや情報商材屋さんであるとか。

この前段階として、「成長が感じられない」「成長出来ない」ことに対して危機感や不安を煽る、成長を不可欠なものとしてビジネスパーソンにアプローチしようとする向きというものもあると思います。マッチポンプの一種ですよね。

そういう「成長至上主義」みたいなものに対する防御線は、一本引いておいた方がいいんじゃないかと。

勿論、成長することが重要ではない、というつもりは全くありません。全くレベル上げをしないでクリア出来るRPGが希少であるように、全く成長しないで生きていける人生というのも相当希少でしょう。

ただ、

今言っている「成長」というのは何をどう成長させることなのか、

それは今の自分に必要なのか、

それは何を解決する為に必要なのか、

「成長」以外のアンサーは他にないのか、

その辺のところは、常に頭のどこかに置いておいた方が、人生上手く渡っていけるんじゃないかと。

そんな風に考えた次第なのです。

今日書きたいことはそれくらいです。


posted by しんざき at 06:00 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月08日

エースコンバット7・マルチプレイの勝ち方

ところでエースコンバット7のマルチプレイがめっちゃ面白いです


マルチプレイが面白過ぎて、立ち上げるとついついマルチプレイをやってしまうせいでキャンペーンが進まないという罠にハマっているんですがどうしましょう。というかマルチ用のパーツ買い過ぎてMRPがない。F-22を買える日はいつくるんだ。。。

まあ、もとよりエースコンバット自体が「極上の戦闘機ごっこ」である訳で、その戦闘機ごっこ同士でガチのドッグファイトをやる遊びが楽しくない訳がないのです。これはもう、昔エアコンバットとかウィングウォーとかで対戦に興じていた人たちには是非体感して欲しいなーと。戦闘機同士の鬼ごっこマジ楽しいです。

マルチプレイのいいところは、負けてもMRPが溜まるので「まあいいや」と思いやすいところですよね。勝ち負け関係なく、キャンペーンよりもずっとお手軽にMRPを溜められる。F-22購入の為に頑張れるわけです。

とはいえ、流石にバンバン撃ち落とされまくりで、一方敵機は一機も落とせない、とかいう状況だと少々つまんなくなっちゃいますよね。マルチやってると、「ああ、そこはちょっと直すだけで戦えるようになるのに…」と思う初心者さん、結構見かけるんです。

この記事では、初心者さんのフォローもしつつ、「どうやったらバンバン敵機を落とせるようになるのか」について、しんざきの経験則をちょっと晒してみたいと思います。

自慢話になってしまって恐縮なんですが、最近はちょくちょくMVPもとれておりまして、2000以下の制限マッチだとまあ4〜5戦に1回くらいはMVPとれるかなーという感じです。

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コツさえつかめばこれくらいはヒット稼げます。

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ということで、サクサクいってみましょう。

〇初心者用マルチの歩き方・その1「レーダーを見ましょう」

レーダーをよく見ましょう。全てはそこから始まります。感覚的には、HUDを5秒みたらレーダー3秒みる、くらいの感じです。

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画面左下のがレーダーですね。ここよく見ましょう。重要な情報は、

・今、自分を狙っている敵機は誰か
・今、自分を狙っているミサイルはどういう軌道を通っているか
・今、自分が狙えそうな敵機はどれか

大筋この三つです。

まず、マルチプレイの重要な問題として、「撃たれたら反撃しないと撃たれっぱなしになってしまう」というものがあります。ずっとミサイル警告音が鳴り続けているのは精神衛生上もよくありませんし、逃げ続けている状態だと自分が攻撃に回れません。一方、ちゃんと反撃しにかかれば、相手も攻撃してばかりはいられなくなります。

なので、まずは「自分を狙っている敵はどれか」ということをレーダー上で把握して、そいつをこちらもターゲットにします。自分の後ろに回ろうとしてるヤツ、ミサイルを撃ってきてる敵を見つけましょう。

で、その後は、基本的にはHUD上で出てくる矢印を頼りに、敵がいる方向に全力で旋回します。LとR押しっぱなしで高速旋回も利用するといいでしょう。

結果的に、くるくる敵と回り合いになってしまうこともありますが、そうなってもその内他の敵が乱入してきて状況が変わります。チームプレイなら味方が助けに来てくれるかも知れません(勿論敵の来援がくる可能性もありますが、そういう時はなるべく粘って時間を稼ぎましょう)

とにかく、「撃たれたらちゃんと反撃する」という意識が非常に重要です。追われっぱなしではいけません。

ちなみに、ミサイルは戦闘機よりも速いですが、一方旋回性能はそれ程でもないので、基本的には「こちらに向かってくる方向に向かって垂直に」加速することで避けられます。なので、「ミサイルがどちらから向かってきているか」という情報が非常に重要になるわけです。

で、レーダー上「狙いやすい敵」を探します。狙いやすい敵の条件は色々ありますが、基本的にはこんな感じです。

・他の敵機と絡んでいる、他の敵機を狙っている
・適度に離れている
・自分の正面に位置していて、横方向の大機動をしていない

あまり近すぎるとミサイルが追い切れないので、ある程度の距離はあった方がいいです。ちょうどロックオンが出来るくらいの距離が一番ねらい目です。で、他の敵を攻撃しようとしている時は一番隙がでかい時なので、そこを狙えると非常に良しです。積極的に漁夫の利を狙いましょう!


〇初心者用マルチの歩き方・その2「パーツをつけましょう

断言しますが、マルチプレイはパーツゲーです。有用なパーツをつけているかそうでないかだけで滅茶苦茶な有利・不利がつきます。

制限マルチをやっていて一番勿体ないなーと思うのは、「コストギリギリの機体に乗っていて、パーツを殆どつけていない」ように見受けられる人です。いい機体を買えて早速使いたいのはよくわかるのですが、基本的には「機体の性能の差以上にパーツによって発生する性能差がでかい」ので、コストにはある程度余裕を持った方がいいです。

20190208064323_1.jpg

こんな感じで、パーツはごてごてとつけまくりましょう。つけて損になるパーツはありません。パーツを殆どつけていないSu-37より、パーツをつけまくったF-16Cの方がずっと強かったりします。

エアクラフトツリーの下の方にいくと、マルチプレイ専用の強力なパーツが幾つも売っています。戦い方、特殊兵装の使用可否にもよるのですが、基本的に「〇〇LV2」となっているLV2パーツに強力なものが揃っているので、マルチで戦うならその辺購入していった方がいいです。

特に

・ミサイルや特殊兵装の誘導性能を上げるパーツ
・ミサイルや特殊兵装の航続距離を上げるパーツ
・ミサイルや特殊兵装の威力を上げるパーツ
・特殊兵装の搭載可能数を上げるパーツ

この辺は非常に強力です。マルチをやっていると、「なんでいつまでもミサイルアラートが鳴りやまねーんだ!!」ってなることあると思うんですが、大体この辺のパーツのせいです。相手がつけてるんだからこっちもつけましょう。


〇初心者用マルチの歩き方・その3「特殊兵装を選びましょう

特殊兵装の選択は戦い方に直結します

勿論、特殊兵装利用不可の設定だったら仕方ないですが、そうでなければ「自分の戦い方」に応じた特殊兵装を持った機体を選択するのがいいです。

しんざき認識で強力な特殊兵装は下記のような感じです。

・QAAM

めっちゃ誘導性能が高いミサイル。パーツと組み合わせると、どこまでも相手を追いかけて撃墜してくれます。ただ、普通に撃つと流石に当たりにくいので、回避機動を続けていてストールが発生した敵とか上手く選択出来ると美味しいです。

・SASM

直撃しなくても炸裂して相手にダメージを与えてくれるミサイル。乱戦状態ならある程度適当に撃ってもヒットを稼いでくれます。威力向上パーツをつけていると尚良し。初心者にもお勧めです。

・HVAA

超高速ミサイル。相手に回避行動をとる隙を与えません。ややアウトレンジ目から、回避行動をした直後の敵に撃つと面白いくらい当たってくれます。

・EML

めっちゃ高速で遠くまで届くバルカン、と思えば大体合ってます。ロックオンに左右されないので狙うのが難しい一方、上手く標準さえできればめちゃ強力です。「相手の進行方向の少し先」に撃つのがコツ。ヘッドオン時に撃ちぬけると気分爽快。やや玄人向けです。

・PLSL

同じく、機銃感覚で使っていけるレーザー兵器。かなり遠距離でも届きます。一方、威力はEML程ではないので、何発か当てないと落とせません。パーツ強化は必須。

・4AAM/8AAM

複数の敵を同時にロックオン出来るミサイル。これも同じくややアウトレンジ目から、乱戦中の敵をまとめてロックしてぶっぱなせると結構当たってくれます。


しんざき自身はF-16C大好き人間なので、最近はもっぱらF-16CでSASMを使っています。皆さんも自分好みの特殊兵装で素敵マルチプレイライフを送りましょう!

ということで、ざーっと書いてみました。負けてもMRPが稼げるマルチプレイ、失うものは何もないので、皆さんお気軽に遊びましょう!!


今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月07日

マナーコンサルタントの言う「お気持ち全面配慮」というスタンスがひどいと思った件

「他人の気持ちに配慮する」とか、「他人を不快にさせない」ということが重要でない、とは言いません。社会生活を営む以上、人と関わらないで生活をすることは不可能なんですから、お互いなるべく快適に過ごせた方がいいことは間違いないでしょう。会う人会う人、ゼンツッパで快不快を戦わせるのも面倒な話です。

ただ、これは飽くまでファールラインの話であって、どこかに必ず「それ以上配慮する必要はない」「それは配慮を求める方がおかしい」というラインがある。このラインを厳密に定めることは確かに難しいですが、少なくとも「いやそんな配慮を求められるのはおかしいのでは?」ということを指摘する、自分にとってのファールラインを明示して調整することは必要でしょう。

相手の「不快なお気持ち」を無限に気遣う必要はない。相手の「不快なお気持ち」をあらゆるシーンに渡って優先するのは、それは単にファールラインの提示と調整から逃げているだけ、言ってみればお気持ち奴隷根性です。

なんの話をしているかというと、この記事の話です。

この記事、「ああ、マナー講師とかいうのは、こういうスタンスでマナーを粗製乱造しているのか」ということがよく分かって、ある意味貴重な記事だと思うんですが。

ちょっと記事を一部引用します。



ファミリーレストランで食事の後、薬を飲もうとしたところ、隣の子連れ客に「人前で薬飲むのはマナー違反」と注意されたうえ、「食事中に薬を飲むなんて気持ち悪い」と心無い言葉を浴びせられたのだという。

また、ごまちゃんは、その後のツイートで、「ご高齢の方の中には“人前で薬を出すのはみっともない”という認識で育った方も一定数いるよう」とも書き込んでいる。


このまとめの話ですね。

具体的な内容についてはともかくとして、ざっと反応を見る限り、「そんなマナー聞いたことねえよ」という反応が大半を占めていることは分かります。つまり、少なくともこの「人前で薬を飲むのはマナー違反」という認識は、多数の人によって共通認識が形成されたものではなく、マナーなんだかそうでないんだかよく分からない「ファールライン上の話」であることが明白です。

個人的な感覚としても、「薬を飲む必要性」というのは人それぞれ、場合によっては生きるか死ぬかの話であって、それに対して「人前で飲むべきではない」などという言葉を投げかけるのは理不尽要求以外の何者でもないと感じます。人前で飲むことを避ける為にその人が死んだら一体だれが責任取るんですかって話です。

ただ、それに対して、冒頭記事の「マナーコンサルタント」の方はこうおっしゃるんですよ。


「薬を飲む側の人」は、飲まないと体調に関わるから飲みたいですし、飲まないといけない。
どうすればいいのかといいますと、レストランや職場など周りに人がいる場所で薬を飲んでいると、周りの人に体調の心配をさせたりとか、薬を飲むことを不快に思う人がいるかもしれないと想像して、緊急度に応じて、飲む場所やタイミングを考える。

命や体調に関わることだと思いますので、基本的に飲んでもいいですよね。
ただ、世の中には様々な考え方をなさる方もいるので、これを不快に思う人もいるということをわかった上で、自身がどのように飲むのか、そこにマナーが問われるのかもしれません。


これ、要するに、「相手の要求が理不尽かそうでないかは一切判断せず、ただただ不快な気持ちが発生する可能性に配慮せよ」と言ってるんですよ。「飲んでもいい」に「基本的に」だの「マナーが問われるのかも」などという留保をごてごてとくっつけているんです。

私はこれ、当たり前の話だと思うんですが、世の中の全ての他人の気持ちに配慮することは出来ません。何を快・不快に思うかという感覚は想像以上にバラエティに富んでいまして、「不快だ!」という言葉は予想外の経路、予想外のタイミングですっ飛んできます。もしかすると、ただあなたが息をしているだけで不快さを感じる人もいるかも知れません。そんなもんに全て配慮していたら、およそ社会的活動と言えることは、本当に何一つできなくなります。

つまり、理不尽な「お気持ち」に対しては、「そのお気持ちはファールライン外なので、配慮する必要もないし配慮する気もありません」と伝えなくてはいけないし、それに基づいて調整しなくてはいけません。それをしないで無制限に「お気持ち」に配慮するのは単なるお気持ち奴隷です。

で、このマナーコンサルタントの人、自分でこういう風に言ってるんですよ。


昔、こういったことをマナーとして言っている人がいたのかもしれません。
私は、九州で生まれ育って年齢は50歳を過ぎていますが、初耳でした。
高齢だから、ということではなく、周囲からそう言われて育ったとか、その人自身の考え方が影響しているのではないでしょうか。

つまり、この人自身「そんなマナー聞いたことねえ」と認識している。つまり、「そこにマナーの必要性はあるのか」という、ファールラインの判定をするべきシーンであるということを、本来認識している筈なんです。

それなのに、この人の結論は


決めつけることなく、今回のケースでいえば、薬を飲む側も、それを不快に思う側も、互いにさりげなく配慮し、受けとめ合える社会になればよいですね。


なんですよね。「そんな配慮必要ねえよバカかよ」と言えないんです。

何故かというと、それはおそらくこの人が「マナーで食っている」側の人だから。新しい「マナー」は、自分達の飯のタネになる可能性があって、マナーが増えれば増える程「マナー講師」は助かるから。「誰も知らなかったけど、実はこういうマナーがあるんですよ」というのは、マナー講師の存在感を示す為の絶好のチャンスだから。

ここで例えば「いやそんなもんマナーじゃないですし配慮する必要ないですよ」と切って捨てることが出来れば、私は「ああ、マナーコンサルタントっていっても理不尽なお気持ちには理不尽とちゃんと言えるんだな」と感心したかも知れません。けどそうではなかった。マナーコンサルタントという人は、理不尽に対して「それは理不尽ですよ」と言えなかった。

そんな人たちが拾い上げてくる「マナー」に、一体どれだけの意味や価値があるのか、と思ってしまいますよね。

無意味なマナーって、こうやって粗製乱造されていくんだなあと。

悪いことに、「マナー」の認識というものは感染します。「あ、こういうマナーがあったのか、知らなかった」と思ってしまった人は、その「マナー」の存在を価値判断に含めてしまいます。マナーを知る前ならなんとも思わなかったことを、「あ、この人マナー違反だな」と不快に感じてしまうんです。

「マナーを増やす」ということは、「不快のトリガーを増やす」ということと同義なんです。

そして、「単に自分の不快を押し付けたいだけの人」は、しばしば「マナー」という棍棒を持ち出してきます。「マナー」と言われると、なんか多数の人の共通認識がそこにあるような気になる。実際には単にその人の不快だけの問題だったとしても、なんか「裏付け」があるような気になってしまうんです。説得力のドーピングです。

だとすると、そんな意味不明な「マナー」が間違っても根付かないように、「いやそのマナーおかしいよ」と誰かが指摘しないといけないんじゃないかと思うんですよ。

重ねて言いますが、「お気持ち」に配慮することが全く不要だとは言いません。しかし、この世の全ての「お気持ち」に配慮することは不可能であって、ファールラインのすり合わせはきちんと行わなくてはいけません。

それを放棄したお気持ち全面降伏勢の言説に、私は価値を感じません。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(2) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月04日

長男と二人で「鉄道探偵と1/3の奇妙な手紙」をクリアしてきました 19/02/03

大変面白かったです。


タカラッシュ!の鉄道探偵シリーズ。今年も行ってきました。

鉄道探偵っていうと、参加し始めた当初は「どちらかというと謎解きよりもストーリー重視」「謎解きの手ごたえはそれ程でもない」「やたら移動距離が長い」という評価だったんですが、年々洗練されてきておりまして、今年は過去最高レベルに謎解きの手ごたえもあり、マジかと思わせてくれる工夫もあり、とても楽しませて頂きました。

挑戦中!!!

・謎解きの冊子は無料配布、ただし解くには京王・都営それぞれの一日乗車券がほぼ必須
・謎解きが兄編(京王編)と弟編(都営編)の二つに分かれており、別々に分けて解くことが可能
・それぞれ、一日乗車券一枚で路線が完結できるように作られている
・両方解くと最後に解決編がある
・しんざき・長男コンビの所要時間は全部含めて6時間ちょい。そこそこスムーズだったと思う
・例によって移動はそこそこ長い為、電車の中で時間を過ごす為のツールはあった方がいい
・しんざき長男は清く正しい電車っこなので毎回運転席後ろに張り付いて超楽しそうだった
・けど毎度先頭車両まで歩くの疲れるんですけど
・今までのシリーズタイトルよりも、かなり謎の比重が上がっており、結構手ごたえがある謎も多かった
・ただ、謎の難易度自体は初級〜中級という感じ。謎解きに慣れている人ならそこまでは手こずらないと思う
・色々と凝ったギミックもあって大変面白かった
・電車に乗ることを楽しむ謎解きであることは間違いない

そんな感じでした。

しんざき家に関していえば、とにかく長男が来る電車来る電車楽しんで乗車しまくっておりまして、「謎分と鉄分が補給出来たーー!!」とか満面の笑顔だったので大変良かったと思います。


やっぱ鉄道謎解きは楽しいですね。今回は結構歩くギミックも入っていたので、運動にもなってよいと思います。鉄道好きのお子さんがいる家庭は是非。

これで、今までクリアした謎は以下のような感じになりました。
小田急道中謎栗毛・鎌倉江の島編

凄い数になってきましたね。なんか挙げ忘れてる分もあるような気がする。まあいいか。LOST MOUNTAINの続き出ないかなー。

取り急ぎ、今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月03日

ちょっとあの、冷静に考えてエースコンバット7が最高なんですけど

Steamでようやくエースコンバット7がきやがった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!なんだこれ超楽しい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


まだ全然序盤なんですが、現時点までのエースコンバット7への評価を一言で表すと「死ぬほどかっこいい」です。よろしくお願いします。

以下、若干のネタバレが含まれますので、未プレイの方はご注意くださいっていうか即エースコンバット7買って取り敢えずミッション5までゲーム進めるといいと思います。全体的に語彙力低めですが軽く興奮状態なんで勘弁してください。

いやあのですね、なんか買ってすぐふらふらとマルチプレイに突っ込んでしまって、しばらくマルチプレイしかやってなかったんですが、あ、いきなり話それるんですけどマルチプレイで初戦闘初勝利したんですよ誰か褒めてください。まあ1位とれたのは最初の1回だけで、その後さっぱり勝ててないんですけど。

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で、迂闊にも放置していたキャンペーンモードを進めていきますと、なんか当初は「あー仲間がちょっと大人しいなー。もうちょっとこう、チョッパーとかナガセみたいな癖が強い仲間欲しいなー」と思ってたら、ミッション5になっていきなり爆熱な展開ですよ。戦闘開始の命令が「殺してこい」だったり、仲間内で誰が生き残れるか賭け始めたり、てめえ毎回スコア過大申告するじゃねえかって罵られたり、ミッション失敗したのに「ざまあみやがれ!」とか言ってたり、なんだこの激しいエリア88感。すばらしい。なんていうか超すばらしい。物凄い俺好み

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もとより、エースコンバットって「超リアルな飛行機ごっこ」なんですよね。飛行機ごっこなのに、超リアルなグラフィックだったり、コントロールとの会話だったり、めっちゃ「パイロット気分」にさせてくれる要素が充実しているのがエースコンバットだった。今回なんか飛んでる感じから周囲から風景から音声から全方向360度くまなくかっこよすぎるわけで、ただ飛んでるだけで「ひゃっはーーーーーーーーーーーー!!!!」って感じになるんですが、そこを更に「強烈な展開」という超強力ガソリン追加投入ですよ。このゲーム俺のためにあるんじゃね?

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この手のゲームって要は「その気にさせる度がどれだけ強いか」がキモだと思うんですけど、ブリーフィング画面もめっちゃかっこよくてその気にさせる度100%です。なんかもうこの画面見てるだけでテンションバリ上がりしますよね。

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あとですねー、いやAIRCRAFT TREEもめちゃくちゃかっこいいんですよ。「あー、この戦闘機の次にこれが来るのかー」みたいなさり気ない納得感をバックボーンに、いやそんなことは置いといていいんですよ、とにかくこのステータスゲージとか戦闘機のシルエットが光ってる感じとか戦闘機の開始とか死ぬほどかっこいいやんけ。男の子回路刺激され過ぎて焼き切れそう。

というかとにかくミッション5でいきなり私のテンションマックスになりまして、現時点でエースコンバット7の最高台詞ナンバーワンが「殺してこい」なんですけど、ここから更に超絶私好みな展開がスケールアップしていくことを超期待しております。

とにかくエースコンバット7が恐ろしい程私の好みにベストフィットしている感じなのでしばらくエスコン籠りします。よろしくお願いします。

みんな一緒にエースコンバット7やろうぜ!!!!!これPS4版だけど。


今日書きたいことは一旦それくらいです。


posted by しんざき at 09:09 | Comment(1) | レトロでもないゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月01日

次女の感受性が強すぎてちょっと心配

感受性という言葉が適切なのかどうかはよくわからない。備忘録というか、ちょっと子ども観察の記録として書き残しておきたくなった。特に結論が出るような話ではない。

次女は割とすぐ泣く方で、以前から「食べきれるかどうか心配になってしまう」ということで給食の前に度々泣いており、なんなら自宅での夕飯前にも「お料理が多すぎたから」ということでしくしく泣き始めてしまったりする。別に全部食べ切らなくてもいいと言っているし、食べてしまった後はけろっとしているのでそこまで心配はしていないのだが、ただちょっと心配性なのかな?と思ってはいた。

それ以外でも、例えば鉛筆をなくしたと言っては泣くし、宿題の量が多いと言っては泣くし、おもちゃが見つからないと言っては泣く。泣くといってもぎゃあぎゃあ泣く感じではなく、むしろ涙をぽろぽろこぼすような泣き方で、見つけた当初は泣いた原因が分からないので親としては割と慌てる。まあ奥様が上手くって、無理に泣く理由を聞き出そうとはせず、ただ黙って抱っこして「泣くのは全然いいけど、ちょっとずつ理由が話せるようになるといいね」というスタンスなので、プレッシャーは多分特にかかっていない、と思う。

ただ、最近ちょっとびっくりした。

仕事がだいぶ忙しくて、いつもよりちょっと遅めに帰宅して、流石に疲れたなーとリビングでぼーっとしていたら、なんか次女がぽろぽろ泣き始める。「どうしたの?」と言ってみたら、しばらくしてから「パパがかなしそうだったから」と言うのだ。

別に私は悲しみに暮れていたわけではなく、単に今日は仕事きつかったーと放心していただけなのだが、確かにいつものように子どもたちに笑顔を向けたり、色々話を聞こうとしていなかったのは確かだ。ただ、その程度の変化でも、次女の泣きアンテナには引っかかってしまうのだなーと、正直ちょっと心配になった。

感受性が強いのは悪いことではない。泣くのだって一過性のものである可能性は大いにある。ただ、単に「身近な人が悲しそう」というのが、泣いてしまうくらい次女にとっては心配なことであるというのは、ちょっと世の中から受けるストレスが過大になり過ぎてしまわないか、とその点が聊か不安なのだ。

次女は気遣いさんであって、人の世話をやくのも好きだし人が喜ぶのを見るのも好きだし、端的に言うととても優しい気質だ。そこは明確に次女の美点だと思うのだが、一方で一つ一つの事象を重く捉え過ぎてしまう、すぐ自分のストレスにしてしまうというのは、生きていく上では結構苦しい要素かも知れない。いや、涙という形でストレスを外に出せている、という見方も出来るのかも知れないが。

人生を泳いでいく際には「なんかあっても気にせず受け流す」というスキルは絶対に必要であって、今後次女にはちょっとずつそのスキルを身に着けさせてあげないといけないよなあ、と思っている。やり方が思いついている訳ではないが。

一方の長女は、例えば長女と次女が寝ている私に飛び乗ってきて、私が大げさに痛がってみせると、にまーっと笑って喜んでストンピングをしてくる(次女は心配して泣く)。精神的に頑健そうで頼もしい限りなのだが、勿論逆に外に出てこないだけという可能性はあるので、予断なく見守っていきたいなーと思っている次第である。
posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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