2019年09月30日

ダライアス外伝の「SELF」は何故最高なのか、あるいは「体験」はお勧めし切れないという話

Yゾーンだった。

今でも思い出せる。今でも、あの時の緊張、興奮、衝撃を鮮烈に覚えている。もしかすると、自機を動かしたルート、レバーさばきまで体に残っているかも知れない。流石に再現までは出来る気がしないけど。

何の話をしているかというと、ダライアス外伝の話だ。


何度か書いたと思うが、ダライアス外伝は私の魂のゲームであって、このゲーム以上にやり込んだゲームは今までなかったし、少し寂しいことながら、恐らく今後の人生を見渡してもこれ以上やり込めるゲームとは多分出会えないだろう。期間としては数か月だったが、その間にどれだけの密度でダライアス外伝を遊んだか、今から考えると空恐ろしい気すらする。

で、私が初めて最終ゾーンにたどり着いたのがYゾーンだった。何故Yゾーンだったのか、というのはややはっきりしないのだが、多分「ゲーメストお勧めルート」にそのまま従うのが癪だったから、とかそんなくだらない理由だったろう。

ゲーメストお勧めルートは「A→B→D→H→L→Q→V」でフウセンウナギをラスボスに選ぶルートで、確かにHゾーンのネオンライトイリュージョンとラスボスが鎮座するVゾーン以外はそれ程難しいところがないのだが、私は後々にもこのルートをあまり遊ばなかった。単に私がヘソ曲がりだからということもあるのだが、エンディングがバッドエンドっぽくて気に入らなかったということも多分あったと思う。

当時から私がお気に入りだったルートは、「A→C→E→I→M→S→Y」というルートで、スコアを狙うのに疲れるとちょこちょここのルートに切り替えて気分転換をしていた。そして、初めて最終ゾーンにたどり着いたのも、このルートを練習している時だった。

まず、ゲーセンの話から始めるべきだろう。

当時通っていたゲーセンは「キャビン」という個人経営のゲーセンで、そこの親父は一見大雑把なように見せて、実は案外細やかな工夫をしている人だった。店の入り口に近いゾーンはどの筐体からも音が鳴り響いていてやかましかったのだが、奥の方に入るとデモ画面が無音に設定してある筐体が集まっていて、人が少ない時には自分が遊びたいゲームのBGMを割と静かに聴くことが出来た。

ダライアス外伝もそこにあった。

ダライアス外伝のBGMは、驚く程シャープで、驚く程繊細で、それまでのSTGとは全く趣を異にしていた。そんなダラ外のBGMのすばらしさに、私は圧倒されっぱなしだった。

ちょっと前こんな記事を書いた。気が向いたら読んでみて欲しい。


このゲームの最終ゾーンは、無音で始まる。

Mゾーンで「タイタニックランス」ことべレムナイトと死闘を演じて、Sゾーンで「デッドリークレセント」ことカザミダイを屠って、「ついに最終ゾーンにたどり着いた…!!」と緊張していた私の前に広がっていたのは、一面緑の森と、紫の雲に覆われたステージだった。

無音だった。ただ敵の攻撃だけはやたら激しく、やっと青勲章をとってアームを補充し一息つく間もなく、次から次へと襲ってくる敵に対処しなくてはいけなかった。

ダライアス外伝は、ステージとBGMが完全に調和して、その二つでプレイヤーに世界観を見せつけてくる。圧倒してくる、と言っても良い。ついさっきまで、「投影」の重厚なメロディでカザミダイの美しい攻撃を彩っていたゲームは、一点してひどく冷淡な顔を見せてきたような気がした。

30秒程経つと、背景が美しいジャングルに切り替わり、密林の奇妙な花々の間をシルバーホークが進む。そして、静かに、余りにも静かに、最終面のBGMがプレイヤーの耳に届き始める。静謐なピアノのようなメロディにドラムの音、時折混じる女性コーラス。

それがSELFだった。

なんというのだろう。私の感想は、「ああ、そうなのか」だったのだ。

このゲームは、このステージで終わってしまうんだなあ、と。俺は行きつくべきところに行きついたんだな、と。このBGMが、ここでこういう流れ方をするというのは、それはそういうことなんだろうな、と。全てを収束させるということなんだな、と。

何の誇張も、何の衒いもなく、私はそう納得したのだ。そう納得せざるを得ない「収束」というものが、SELFという曲にはあった。およそ「シューティングの最終面のBGM」とは思わせない程の静謐さ。無音の数十秒が、美しい背景転換が、静かに流れだしたBGMが、プレイヤーにそう感じさせたのだ。

哀惜とも諦観ともつかない私の感情を前に、Yゾーンは更なる展開を見せ、やがてラスボス「オーディアストライデント」の前で鳥を飛ばし、虹を掛ける。今でも私は、STGの最終ステージとしてこれ以上に美しいステージを知らない。


だから、私にとって、ゲームBGMというのは「体験」なのだ。


ゲームBGM には、勿論、数限りない名曲がある。ただそれだけで聴いても美しい。ただそれだけで演奏しても胸が躍る。それは勿論素晴らしいことであって、「単体で聴いても最高のBGM」という曲を、私は何曲も知っている。

けど、それでも、例えばあの日、あの時私が感じた衝撃、私が感じた哀惜というものは、あの日、あの場所にしかなかったものであり。

それは、多分ダライアス外伝のCDを聴いて、「SELF」のメロディに感動したとしても、多分味わえないものなのだ。

何故ならそこには、ステージが始まってからの無音の数十秒がないから。無音の中での激しい攻撃がないから。


大好きなゲームBGMについて、色んな人に知って欲しい。色んな人に聴いて欲しい。そして、今更その為に、わざわざ「ゲームをやってみよう!」なんて無茶を言うことは出来ない。ダライアス外伝を今から始めて、最終ゾーンまでたどり着く為に、STGをやったことがない人にどれだけリソースを投入させなくてはならないだろう?

分かるのだ。当たり前のことだ。だから、「あの体験を味わって欲しい」というのは、最初から無理な話なのだ。


ただ、もしかすると、私の「お勧め」は一方で「ネタバレ」になってしまうんじゃないか、と。あの鮮烈な感動を誰かから奪い取ってしまうことになりはしないか、と。私は、心のどこかでそんな危惧を抱いている。

思い悩みながらも、今日もこんな風に、「それでも、SELFは最高なんだよ」ということを、誰かに伝えたいなあと思ったのだ。

今日書きたいことはそれくらい。
posted by しんざき at 22:40 | Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

次女が「計算得意になる!」と張り切り出したので計算特訓を始めた

長女次女、小学二年生。次女は獣医になりたいので算数頑張るそうです。目標があるのは良いことです。

具体的には、「今のレベルより簡単な計算を大量に、時間を測りつつ毎日やる」というアプローチをとることにしました。昔公文をやっていた奥様の提案です。

長女の方は当初そこまで乗り気ではなかったんですが、次女がやっていることは長女も大体やりたくなるので、折角なのでということで二人一緒にさせています。ただし二人一緒にやらせると競争始めて気が散るのでタイミングをずらしています。

勉強は、基本的に「勉強しなさい」と言ってやらせても身にはなりません。言うだけ無駄です。親が出来る最大のことは「その気になっている時に環境を整えて習慣化させてあげること」です。上手く習慣化すれば良し、習慣化しなかったら向いてなかったかーと思って次の機会を気長に待ちます。

計算プリントは当初自作しようかと思ってたんですが、探してみると丁度いいのがあるわあるわ。取り敢えずこちらのサイトさんのプリントを使わせてもらっています。

引き算.png
こんな感じの問題がわんさかおいてあるので、適当な枚数印刷してあげます。今出来るレベルより多少下のレベルから始めてあげるのがポイントで、サクサク出来るので自信がつくし、お手軽なので嫌にならないし、基礎的なところがほぼ無意識で出来るようになるので今後も計算ミスが減る。基礎的な部分の取りこぼしも確認出来るという一石四鳥です。サクサク出来るようになったら段々問題のレベルを上げていきます。

で、毎回時間を測って記録してるんですが、一週間くらい経ったのでグラフにしてあげました。

特訓グラフ.png

普通にExcelです。Googleドキュメントにしようかと思ったけどどうせ家庭内でしか見ないのでやめておきました。取り敢えず「繰り上がりのある足し算」と「繰り下がりのある引き算」を1枚ずつやっているのでグラフが二本あります。そしたらきゃっきゃ喜び始めてこれはこれでモチベーションになったらしい。ついでにグラフの見方も教えてあげました。軸がなんかおかしいけど気にしてはいけない。

やはり「結果がすぐに可視化される」「一回の練習自体はせいぜい5分とかそんなもん」というのは割と継続し易いようで、取り敢えず三日坊主にはならなかったので、しばらく続けてみて、その内自分でプリント印刷まで出来るように環境を整えてあげようと思います。

今日書きたいことはそれくらいです。

posted by しんざき at 07:00 | Comment(1) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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