2022年08月13日

浜松の遊園地「浜名湖パルパル」はもっと評価されるべき

すっげーーーー楽しかったです。


8/10、ちょっと小旅行をしてきまして、浜名湖近辺をぶらぶら遊んでいました。で、長女次女が遊園地に行きたいと以前から言っておりましたので、浜名湖パルパルに連れていきました。

正直なところ、行く前は地方の小規模な遊園地を想像していまして、時間が余っちゃったらどうしようとか失礼なことを考えていたのですが、我ながら見る目の無さがひど過ぎました。思っていたよりぜんっっっぜんアトラクションが充実していて、ちっちゃい子どころか中学生くらいでも余裕で楽しめそう。

しかも、水曜とはいえお盆近辺の夏休み真っ只中だというのに、首都圏の遊園地に比べると混雑も緩く、最大限待ってもせいぜい20分というところ、待ち時間ほぼゼロで遊べるアトラクションも複数ありました。

故・やなせたかし先生がデザインしたキャラクターたちも遊園地の雰囲気にマッチしていて、子供たちには実にキャッチーな感じ。アトラクション自体の対象年齢もかなり幅広い感じで、屋内のアトラクションも充実していました。

結果、長女次女ともへとへとになるまで遊び倒してしまいまして、ここしばらくのストレスを一気に地平線まで吹っ飛ばせた感じ。大満足の一日でした。すげー日焼けして肩とか背中とか超ひりひりしますけど。

ちょっと、遊んだアトラクションについて簡単に感想を述べていこうかと思います。長女と奥様は乗り物酔いしやすく大きく揺れるアトラクションが苦手で、次女は逆に揺れる乗り物大好きなので、基本は私-次女で行動してました。

・メガコースター「四次元」

想像していたよりだいぶガチ寄りのジェットコースターでした。急降下からいきなりの錐もみ回転が、個人的にはすげー楽しかったんですが、激しく動くアトラクションが好きな次女(10歳)でもかなり怖かったらしく、リピートはしませんでした。ジェットコースター好きにはおすすめ。待ち時間は5分ほど。

・ゴーカート

見た目は列がそこまで長くなかったんですが、一回一回の消毒で時間をとるらしくそこそこ待ちました。それでも20分強というところ。コースが結構難しく、次女はハンドリングで何回か引っかかってました。

・回転すしカート「まわるんじゃ〜」

小さなカートに乗って、地面に書かれたお寿司を集めていくというアトラクション。終わった後に順位が出るのが楽しかったらしく、長女も次女もハマって何回かリピートしてました。とはいえどちらかというと小さな子向きかも。待ち時間ゼロ。

・パイレーツ・アドベンチャー

30人ほどで同時に遊ぶ、大画面のガンシューティング。自分の席の番号が撃った画面に表示されるので照準は微調整可能。ただ、銃がそこそこ重いので、小さい子だと厳しいかも知れません。けれど長女も次女も楽しんだ様子。終わった後に順位が出まして、私は3位でした。待ち時間ゼロ。

・バッケとかくれんぼ

簡易な子供向け脱出ゲーム、といったアトラクション。暗い中を歩くのでスリルがあったようで、小学生中学年くらいまでなら十分楽しめると思います。謎解きはそれほど難しくないというか、謎解きというほどの難易度ではないのですが、服装によっては最後で詰むので動きやすい格好がお勧めです。

・トマトーナのもりもりトマトーレ

要は壁全体を使った二人協力型のモグラたたきなんですが、スコアも記録されてゲーム要素も強く、かなり燃えました。当日のハイスコアが23000点くらい、オールタイムハイスコアが3万強ということだったんですが、あれ2万点出すのも結構大変そう。待ち時間10分ほど。

・マスケラーナの4Dシアター

飛び出す眼鏡を使った360度の立体シアター。その時々で映る番組が違うらしく、我々の時は恐竜のヤツでした。内容自体は子ども向けでしたが、どっちを向いても風景や画面があるというのが結構新鮮。待ち時間ゼロ。

・メリーゴーランド

定番のメリーゴーランドですが、2階建てなのがかなり珍しい。私は2階建て初めて見ました。ぐるぐる回る中にベンチもありまして、大人もくつろげます。

印象としては、定番の乗り物に得点ありのゲーム要素を付加したアトラクションが多いなーと感じまして、そこが子どもに対して非常にキャッチ―になっている模様。他、定番の空中ブランコやら海賊船やら観覧車やら、ロープウェーで浜名湖上の島に渡れたりもしまして、朝から夕方までがっつり遊んでしまいました。

あと、園のあちこちにセブンティーンアイスがばらまかれているのも印象的。暑い中で遭遇するセブンティーンの誘惑度が強すぎます。


なにはともあれ、期待を遥かに上回って楽しめましたので、お子さん連れで浜松周辺に行かれる際にはぜひおすすめしたいと考える次第なのです。よろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。









posted by しんざき at 18:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月09日

何もないところから頼りなく始まったものが何もないところに戻るならそれ程悪い話でもない

こちらの記事を拝読しました。


この記事の内容自体は、fujiponさんの心象として100%正しいものであって、そこについてとやかく言うような話でもないのだろうなーと思います。

そもそもお前は人の記事についてとやかく言える程の者なのか、と言われれば「違いますごめんなさい」としか言いようがなく、昔から適当なことしか書いてないし最近も適当なことしか書いておらず、特に先々月から先月にかけてはほぼOuterWildsの話しかしてません。そんなもんですよね。OuterWilds超おもしれえな。


 正直なところ、「もう読んでくれる人がいなくなって、話題にも、お金にもならない『ブログ』というもの」に、僕は限界と虚しさを感じてはいるのです。
 その一方で、それでも書き続けているというのは、結局、「好きだから」なんだろうな、としか言いようがない。


ただ、ここについては本当に素晴らしいし心から共感出来るなーと思っていまして。

放言承知で言うと私、昔から「お金儲け先行で個人の考えというものが見えないブログ」というものが余り好きではなく、ブログが読まれないし儲かりもしないものになってそういうブログが減るなら決して悪いことばかりでもないな、とは思っちゃうんですよ。

記事を書くのも大変、書いてもそれ程たくさんの人に読まれるわけでもなく、お金なんか一銭も儲からない。そういう状況で敢えて書かれるブログって、本当に「好きだから」でしか書かれ得ないものであって、それこそ自分が書きたいし読みたいものだなーと。

いみじくもfujiponさんはこうも書かれていて、


「人は、面白いものか役に立つものしか読まない」
 これは長年のインターネット生活で僕が得た教訓なのですが、もうひとつ「叩いて自分が優越感に浸れるもの」をこれに加えるべきなのでしょう。


お手軽インスタントに憤りポイントと優越ポイントが稼げるような記事も、ひとつには「それが注目されるから」「それが収益につながるから」量産されるのであって、いっそその辺が全部燃え尽きて完全な焼野原になり、ついでにもうちょっと見通しが良くなったりはしないかな、とも思っているのです。

まあ、現実はまだそこまでの状況に至ってはいないようで、Googleの検索順位はインスタント記事に攻略され切っているし、今でもはてなの人気記事とかインスタント煽り山盛りな感じですけど。これがなんとかなる日ってくるのかな、と思うと、その前にseesaaがブログサービス停止する方が早いような気もします。引っ越し面倒くさいからseesaaさんにはぜひ頑張って欲しい。マジで。

そもそも個人ブログが「注目される」時代ってそんなに長かったかな、という思いもあって、はてなで手斧投げ合ってる特異点みたいなものを除くと、やっぱり結構早いうちから「アルファブロガー」みたいな言葉が出てきて、割と「すごく強い人たちとその周辺」みたいな構図にはなってたような気がするんですよね。一部のきらびやかな場所以外は、やっぱり「よくわからない人が良くわからないことをしている謎の日陰文化」みたいな匂いがブログにはあって。ブロゴスフィアとか、ブログ空間とか、そういうかっこいい言葉の方がむしろ個人的には落ち着かなくって。

アルファでもベータでもガンマでもない自分としては、そこから出発したものがそこに戻るなら、会計としてプラスマイナスゼロであって、それほど悪い話でもないのかも知れない。そんな風にも思うのです。



以下は、ここしばらくの「ブログいまむかし」についての個人的な心象です。

先に前提から書いてしまうと、昔からこのブログって(seesaaさんが勝手に自動表示する広告以外は)広告表示してなくって、たまに画像紹介ついでにamazonのリンク張る時以外は、一切収益を発生させてないんです。その割にスマホで表示するとクソウザい広告が山ほど出てくるんで、あれだけはどうにかならないかと思ってるんですけど。でもseesaaさん頑張って欲しいから我慢する。

その点では、「収益減った……」「割に合わない……」というモチベ―ションの減衰要因とも、私個人は無縁でいられるので、ブログに対するスタンスというのも昔からそれ程変わっていないような気がします。

つまり、書きたい時は書くし、書きたくない時は書かない。

「この話題あんまり触れたくないなー」と思う機会は昔より増えたように感じはしますが、それは書き手としてのスタンスというよりは私個人の感性の変遷なので、これも悪いことではないように思います。

だから、読みたい人が読みたい話題の時に読んでくれればいいし、しょうもない話題にも反応してくださる人にはつくづくありがたさしか感じないなあ、という話なのです。

全然関係ない話なのですが、高校時代に自然気胸でひと月近く入院したことがあって、その時友人が差し入れてくれたB'zの「RUN」が本当にかっこよくて好きな曲ばかりで、今でも個人的なベストアルバムの一つになっています。「人間なんて誰だってとても普通で 出会いはどれだって出会いはどれだって特別だろう」って言葉、今でも滅茶苦茶好き。

今日書きたいことはそれくらいです。







posted by しんざき at 23:43 | Comment(1) | TrackBack(0) | ネットの話やブログ論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月08日

エルネスト・カブールという偉大なチャランゴ奏者について、私が知っている少しのことと、誰かに知って欲しい少しのこと

エルネスト・カブール氏が亡くなった、ということを聞いて、自分でも予想していた以上の衝撃を受けて、1時間ばかり呆然としていた。

呆然としたまま、そろそろ寝るか、となったが、今の呆然とした心境をそのまま書いておくことも自分の為には必要かも知れない、と思って、寝る前にこの記事を書くことにした。

自分の中である程度以上アーティストの存在が大きくなってしまうと、その人の名はもはや脳内で一般名詞になってしまう。例えば漫画業界やアニメ業界における手塚治虫の偉大さについては今更語るまでもないが、手塚治虫を「手塚先生」などと書いてしまうと、なんだか却って気恥ずかしいというか、必死になって背伸びをしているような居心地の悪さを感じてしまう。織田信長のことを「信長さん」などとは呼ばない道理だ。

エルネスト・カブールも私にとってそういう存在で、だからこの記事ではカブール氏のことをエルネスト・カブールと呼び捨てで書いてしまうが、どうかご承知おきいただきたい、

エルネスト・カブールについて一言で言うと、「チャランゴの神様みたいな人」であって、「日本のフォルクローレ業界を形作った最重要人物の一人」ということにもなると思う。カブールがいなければ日本の(あるいは世界の)フォルクローレシーン自体が存在しなかった、というのは、言い過ぎでもなんでもない、単なる事実だろう。

カブールの演奏は、それくらいのパワーとエネルギ―と繊細さに溢れていて、聴く者誰をも圧倒してならなかった。フォルクローレなど聴いたことがない、それどころか音楽自体にそれ程興味がなかった私でも、Los JairasやMaestro del charangoなど聴いていれば、そのあまりの音の存在感に、「なんだこれすげえ」と圧倒される他なかった。

バスケをやるつもりで、バスケサークルを観に行ったらいつの間にか誘拐同然に音楽サークルに連れていかれた。説明会でもあるのかと思って座ってみたら、受付の筈の先輩らしい人に「で、何?」と聞かれた。それが私とフォルクローレの出会いだ。恐ろしいディスコミュニケーション、一般に考えれば大事故の部類の出会い方だと思うのだが、私は割ととんちきに「この落差を許容する組織はすごいなーなどとのんきに構えていた。

そんな中、「まあその辺の適当に聴いてみたら?」と勧められて、適当にカセットを選んで再生始めたのが、恐らく「緑の大木」だったのだと思う。

音に圧倒された。

このチャランゴという楽器はこんなに色んな音が出る楽器なのか、ごく無造作にバッキングもフロントもやってのける、当たり前のように音楽の中心地点にいる楽器なのか。


「無造作」というのが本当にすごく大きなポイントで、雰囲気からすると仲良く合わせ連をやっているようにしか聞こえない。それなのに聞こえてくるのはとんでもない密度のチャランゴ音、わけの分からない高速ハイコード、のんきそうに「ん?おれおじいちゃんだよ?」という顔をしながら、ぴったりずれないソロパートをあっさりと弾き切る。

すぐに気づいた。あのテープをかけても、このテープを書けても、どれを再生しても同じチャランゴの輝くような音色が遠慮なく飛び出してくる。当初何も知らなかった頃の自分は、フォルクローレとはエルネスト・カブールがチャランゴを弾くジャンルなのか、と勘違いすらしたし、強ちそれは間違っているとも言い切れなかった。

部室には大量のテープがあったのだが、その傾向はやはりある程度偏っていて、カブールの音など聴き放題に近い状態だったのだ。ここで、「フォルクローレって何?」ということがそもそも分からない新入生は、一見親切そうな、その実口元に小さなほほえみを浮かべた先輩たちによってたやす認知をゆがめられる。フォルクローレとは「これ」なのだよ、と。お前が逝く世界は「ここ」なのだよ、と。そしてそれは強ち間違いでもないのだ。

私自身は途中、ホセ・ホセロ・マルセロやルーチョ・カブール(エルネストの弟だ)、ロス・カルチャキスなんてテープを発掘してきて、「これもフォルクローレですよね?」「そういう説もある」などという議論をしていた・「いいじゃないかカルチャキス。素朴で、それなのにおしゃれで、たまにコードがわけわからん飛び方して。

つまり、あの空間が、「自分の音楽的アイデンティティを獲得するための、一種の草刈り場みたいなところだったことは間違いないだろう。「じゃあこれを聴いてみろ」は一種の宣戦布告であって、「これだけ?思ったより聞きやすかったわ」は一種の勝利宣言だった。

ただただ正直なことをいうなら……「フォルクローレ」という世界に入りはじめた私は、フォルクローレの可能性自体を舐めていたのだ。この楽器で一体どれだけの音が出せるもんなんだ?ということが分かっていなかった。そこに遠慮なく超絶技巧のチャランゴを突きつけていって、そもそも「超絶技巧」というのは大体これくらいの音は出せるということだから覚えてrおいてね」と教育をしてくれたのがカブールだった、

俺たちは何日もカブールを聴き、ときどきルーチョを聴き、コンドルカンキを聴き、Rumijjajtaを聴き、Inti・illimaniを聴いた。なんなんだこれは。地獄の底みたいな存在感と存在感の誤爆勝負だな。

どっちにしても、勝負は最初からついていた。エルネスト・カブールはすぐそこにいたのだ。「チャランゴの演奏」というだけじゃない、「チャランゴが全面に出ると音楽はどうなるか」「その格好良さの中で他のメンバーはどう自分を表現するのか」ということを、俺たちはとにかく楽しみつくした。

だから、結局あそこは「カブール道場」というようなところだったのだ。

少なくとも俺の5年の中の数十時間にカブールは潜んでいる。俺は普段チャランゴを弾かないけれど、多分ケーナの音にさえ、カブールの影響は間違いなく刻まれているのだ。「こいいう音もありなんだな」という、ただそれだけの要素で。

だから、少なくともあの二年。学生会館の二階の狭い部屋で、俺や先輩たちがいる部室に入りこんできて、適当にテープを再生して「あ、これもカブールじゃんヤバ」などと言っていた人は、もうその時点でカブールの弟子になってしまったといってしまってもよかった……しっかりした立ち位置を、例えば俺にとってのカルチャキスをみつけらなければ、それはカブールだ。

どうだった?お前にとっての音はどうだった?お前が一番好きな音はなんだった?ペルーか?エクアドルかチリか?ノルテ・ポトシか?

ちょっとした大学サークルに、カブールの影響は明らかに過剰な程に入り込み、けれど「過剰」で終わらず、様々な影響を外に持ち出していく。

それが、カブールだった。そんなカブールが死んだ。

だから私は悲しい。カブールかよ!が失われるのが悲しいわけじゃない。こっちにむき身の刀を向けているような、カブールの音楽、けれどそこにはいま、「カブールの死」という「意味」がべったりと張り付いてしまって、今までのようには楽しく音源と音源を遊ばせられないのではないかと思うからだ。
ただ、「死んだカブール」は悄然とした思いで聞かれるかも知れないし、案外そうでもないかも知れない。本人の死などなんの関係もなしに、「カブール!いぇーー!」となるのかも知れない。これは私にもちょっと分からない。

今度、一度話に行ってみようか。懐かしいの部室に。偉大なチャランゴ弾きが一人死んだけど、それでここの音楽は変わったかい?という話をしに。
私に出来ることなんてそれくらいかも知れない。
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