2008年11月25日

結婚式とは、人生最大にして、多くの人にとっては唯一のコスプレ会場である

軽くマジレスしてみる。

結婚式って何のためにするの?

一回やれば、「うん、そんなに何度もするものじゃないな」と思って夫婦共にリトライする気をなくせるからやっとけばいいと思うよ!思うよ!


というのはまあ置いといて。
新婦は、きれいなドレスを着飾って、自分が主役になれる事が満足なのかもしれない。
日常生活で輝いている彼女だから、結婚式で見せかけだけの主役になりたいなんて考えてるはずないと思ってた。
見せかけだろうがなんだろうが、パートナーを「主役」にしてあげるのはもう一人の仕事だと思うんだけれど、この増田は結婚式以上に「奥様が主役になれる場面」を作ってあげる自信があるんだろうか?

自意識がどうとか面倒な話は抜きにして、やっぱり、相手が胸を張れるステージを作ってあげることって大事だと思うよ。胸を張っていられる、胸を張っていられた記憶があるっていうのは幸せの重要な要件の一つだもの。内助の功とか古臭い言葉があるけれど、奥さんに旦那さんが引き立ててもらうことを期待するなら、旦那さんも奥さんを引き立ててあげないと不公平ってものでしょう。

まあ、結婚式で引き立つのは何も奥さんだけじゃないっていうか、旦那の手腕によってはちゃんと旦那も引き立つと思うけど。基本的に旦那が添え物なのは確かだな。

自意識を否定し過ぎるのは、逆に自意識過剰の一面なんじゃないかとか思ったりするけど、まあそれはまた別の機会で。
その反面、呼ばれた会社の上司や友人は、休みをつぶされて不満だから早く終わってくれとか思ってないだろうか?
これはあんまり一般化出来る話じゃないな。ただ、呼ばれる側としては、そーでもない。幸せのお裾分けっていうけど、幸せそうな新郎新婦を観るのは純粋に楽しいし、一生にそう何度もあるもんでもないし、という意味での貴重さも理解出来る。

というか、余程「断りにくい関係」でなければ、不満に思う様な人はちゃんと何かしらの理由で断ってくれるし、断っていると思うけどな。葬式と違って、今の結婚式って割とそういうもんでしょ。


多分これ書いた人は、「因習」の裏には色んな意味があるってことがあんまり分かってないと思う。もうちょっともってまわった言い方をすれば、「記号」の大事さってものがあんまり良く分かっていないと思う。

多くの儀式は、一種の記号セットだ。例えば結婚式は、新婦とか新郎といった記号セットに人員を配置する。それが「見せ掛け」だと言うのは簡単だけど、「見せ掛け」って別に「空っぽ」と同じ意味ではない。記号は結構色んな側面で役者に影響する。ウェディングドレスは一種のコスプレだけど、案外コスプレって舐めたもんじゃないですよ、と言ってもいいと思う。通過儀礼は伊達じゃない。

まあ個人的には、
彼女と彼女の親は喜ぶだろうな。
これだけで十分だろ、何いってんだこの増田は、と思いもする。

何かをした時誰かが喜んでくれるって、とてつもなく大事なことだと思うよ。

posted by しんざき at 23:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック