発祥がどこなのかは知らないが、ドラクエシリーズにおいて、主人公パーティが戦闘からの逃走に失敗すると、メッセージにはこう表示される。
「しかし まわりこまれてしまった!」
考えてみると、これは随分と妙な話である。何故「回り込まれる」のか。主人公パーティが背中を向けて逃げ出すのに失敗したならば、単純に「追いつかれる」で良いではないか。
「回り込まれる」状況を図示するとこうなる。絵心についての苦情は受け付けないが。
曲がってます。超捻じ曲がってます。何故ドラクエにおけるモンスターは、そこまで迂遠な道を選ぶのか。余りにも自分に厳し過ぎる。
普通に考えるとこれ、モンスターめっちゃ速い。かなり少なく見積もっても、移動距離が主人公パーティの3.14倍を超えている。お前ら、実は全員はぐれメタルちゃうんかと。星ふる腕輪標準装備かと。
3秒考えて、こう思った。「つまりこれは、設定的なリアリティよりも、視覚的なリアリティを優先した結果なのかな」と。
ご存知の通り、ドラクエシリーズの戦闘画面は、「プレイヤーとモンスターが向き合った」配置になっている。スペックに劣るはずのドラクエ1において背景画面まで用意されていることを考えると、当時「モンスターと向き合った気になる」という臨場感はかなり重視されていたと考えるべきだろう。
この画面において「しかし おいつかれてしまった!」という表現を導入してしまうと、そこには視覚的な矛盾が発生する。つまり、「相手と我々は正面から向き合っているのに、何故後ろから追いつかれるのか」という矛盾、あるいは「正面を向いたまま逃げ出すというのは、勇者は一休なみのバック走の達人か」という矛盾である。
視覚的な臨場感を優先するには、画面的には矛盾を生じないまま、逃走に失敗するシチュエーションを考えなければならない。つまり、「振り向いたら、そこに引き続きモンスターがいた」という状況でなければならない。
その結果が「まわりこまれてしまった」という表現の発生であり、8まで連綿と続くドラクエの戦闘画面なのである。ああ、堀井雄二は讃うべきかな。
ということで、「回り込まれた」という表現には、視覚的な臨場感を優先するというドラクエの当初からの指針が隠されているのではないかという、それはそれはどうでもいい結論が導き出された訳である。よかったですね。>私
本当かどうかは勿論知ったことではない。どっかにインタビュー記事とかないかしらん。
でもドラクエ1は一対一ですよ?
時にはもう回り込まれてるわけですね。
目的地に向かって立ちはだかれているとか。
(目的地)
敵
勇者
で、脇をすり抜けて逃げる、と。
まぁ、一旦退却しろって話ですが勇者の矜持にかけて常に前進だとか。
#三河武士か、と
どうでも良いけど操作ミスではぐれメタルから逃げてしまった時に
回りこまれて逃げ出された時のがっかり感は異常。
実はモンスターの脚力がもの凄くて、ジャンプして上から降りてきてたとか。(爆)
そして畜生の限界、その脚力を戦闘に活かそうという知恵が回らない。
また視覚パターン認識(嗅覚認識だと指向性)の問題で、勇者を前面でしか敵と認識できないとか。
てか、根本的に力説するトコ間違ってる気がすw
回り込まれたら進めないじゃないか。
逃げる主人公たちを
飛び越えて回り込む・・・とかなら
一部のモンスターは可能かな?
>てんてけさん
>実はモンスターの脚力がもの凄くて、ジャンプして上から降りてきてたとか。(爆)
ストーンマン怖い!絵面的に怖い!
>gunnerさん
>目的地に向かって立ちはだかれているとか。
アメフト的ですね。
DQと対となるFFはサイドビュー
そして表現は「逃げられない!」
結構、いいセンいってると思いますよ
ふと思ったのですが、
「逃げる方向」=「敵に背を向けた真後ろ」という前提になってますが、
そうとも限らないのでは。
「視覚的な臨場感を優先した」というのもアリだと思いますが、
当時のゲームソフト仕様の限界で
逃走失敗用の画面やエフェクトを実装できなかった
(逃走時に限らずろくに戦闘エフェクトないですし)
→画面を全く変化させずに「逃げられなかった」という状況を
作り出せる最適なテキストを考えた結果、
「回り込まれてしまった」が誕生した
という理由もあるんではないかと思います。
敵自→→→→→↑
↓→→→→→→↑
これなら敵は自分たちより少し早いだけで回り込める。
集団ならマラソンで追いかけるのとダッシュする奴に別れれば、逃げる側はダッシュしないと先行されダッシュするとバテて後ろの奴に追い付かれる。
またいつでも真っ直ぐ後ろに逃げられるとも限らない。
敵自→→→↓壁
進行方向に壁があれば自分は横に避けるしかなくなる。敵はそれを見て斜めに曲がれるので短い距離で済む。
後ろから追い付かれただけなら、そもそも逃げ続ける事ができる。