2006年01月16日

レトロゲーム万里を往く その51 源平討魔伝(FC版)

おっそろしいゲームである。


このゲームが名作か駄作か、といわれれば、おそらく原作ファンの大多数は駄作だと答えるだろう。私はその立場に与しない。このゲームを出せたという事実それ自体が、当時のナムコというメーカーの恐ろしさを端的に表現していると私は考えるからである。

源平討魔伝。1988年10月発売。ボードゲーム風RPG。前回紹介した、源平討魔伝のFC版移植タイトルである。原作から二年を経て鳴り物入りで発売されたと思ったら、和風アクションとは似ても似つかぬ、フィギュアやゲームボードまでついた国取りボードゲームになっていてユーザーを驚愕させたといういわくつきの移植作でもある。あまりにも方向転換の度合いとインパクトが強すぎたが故に、アーケード版ファンからの評価は総じて低い。

まずはゲーム内容について軽く触れておこう。


・源平討魔伝という「キャラゲー」

ファミコン版の源平は、多分キャラゲーだった。


「源平討魔伝」FC版はボードゲームである。最大4人までが同時プレイ可能、信長以上にデカい箱の同梱物は「景清シルバーフィギュア」4つにデカいゲームボード、呪文カードに三種の神器カード(参照リンク)。

ゲームを始めてみれば「プレイヤー軍+頼朝軍」各個のバトルロワイヤルといった趣で、プレイヤーが操る最高4人の景清は、壇ノ浦から鎌倉までの各国を占領しながら攻め上がる。

各国では防御側となる他プレイヤーの操る「要石」から色んな種類のモンスターがぽこぽこと生み出され、景清はそれらを倒して経験値やお金を稼ぐ。
最終的には城の城主を倒してその国を占領するか、鳥居から他の国へと移動することになる。三種の神器が手に入る国あり、出雲や京都のギミックあり、雰囲気的にはそれなりに原作に近い。

戦闘シーンは完全にRPG風なコマンド入力式で、事前に配られた「術カード」を消費して術を使ったり、舟骸骨が雷を使ってきたりといった微妙な攻撃が相互を飛び交うことになる。

術カードにも色々あり、必殺旋風剣はおろか「えんま様」「おしゃか様」までカード化している。効果はWizで言うところのマハマンの様な、「ひとつだけ願いを叶える」というカードだった。えんま様の「三種の神器の内一つを奪う」おしゃか様の「三種の神器の内一つをもらう」なんかは「効果同じやん!」と突っ込みを受ける願いの部類であって、言葉ひとつによるニュアンスの違いの奥深さを当時思い知らされたものである。


出現する敵はランダムなのだが、時折「義経」や「弁慶」といった原作有名強敵キャラが出現すると、攻撃側も防御側も無闇に盛り上がったものだ。

この辺りキャラゲー。

ゲームとしては、要するにこのゲームは「源平」版いただきストリートであった。飽くまで「源平キャラが出てくるボードゲーム」であって、丁度いただきストリートにFFやDQのキャラが出てくるのと同じ構図である。

いただきストリートをやって「FFじゃないじゃん!」と怒るヤツはおるまいが、当時源平をやってだまされた気分になった人間が多かったのには、ひとつには「全くの別物です」と書かなかった当時の雑誌も悪いこたぁ悪い。ナムコもその辺詰め手を誤ったとは言える。


と、まあ、とりあえず内容の話はこの辺にしておいて、FC版源平それ自体についてちょっと考えてみよう。


・FC版源平は何故生まれたのか。

ぶっちゃけた話、月風魔伝になるかそれ以外か、というソリューションしか存在しなかったのだろう、と思う。

そもそも源平討魔伝のファミコンへの移植ということ自体、どだい無理な話ではあったのだ。スプライト表示能力ではファミコンの比ではないPCエンジンですら、アーケード版源平のBIGモードを十全に再現することは出来なかった。当時、満足に源平を移植出来たゲーム機は世界にただの一機種、X68000のみである。

「1986年の源平討魔伝」というゲームは言ってみればある種のオーパーツであって、下手をすると後のネオジオ並みのグラフィックを、5年分の時間をすっ飛ばしてやらかしてしまったゲームだった。下手なメーカーが移植すれば、たとえば「ちびモードのみ」みたいなショボイ移植になって当然だ。


話は変わる。


「月風魔伝」というコナミのゲームがある。1987年7月発売、和風の雰囲気を基調としたチャンバラアクションゲームの佳作である。3Dモードがちょっと意図不明であったとはいえ、完成度はかなり高い。

ネットに詳しい紹介があがっている。ちょっとリンクさせて頂こう。
月風魔伝

こちらのページでも触れられている(最下段リンク)が、月風魔伝には多少源平を思わせる様な部分が含まれている。とはいえ、今回はそれに触れる予定はない。問題なのは、月風魔伝が「源平」を思い起こさせるつくりであり、かつ極めて出来がいいこと。つまり、源平をある程度妥当な形でファミコンに移植しようとしたら、多分月風魔伝の様な形にするしかなかったであろう、ということなのである。

そして、「月風魔伝の様な源平」が1988年に発売された場合、問題点は二つある。

・1年前に月風魔伝が発売されていた為、ファミコン市場では後追い(というかパクリ)の形になってしまうこと。

・BIGモードが存在しない、「源平もどき」になってしまうこと。

上の様な問題をざくっと突きつけられた時、結局のところナムコには三つくらいの選択肢しか残らないことになる。

1.そもそも発売しない。
2.批判を覚悟で、月風魔伝の様な「妥当な」形にして発売する。
3.批判を覚悟で、ゲームの方向性を完全に変える。


つまりは「なかったことにする」「源平という名の源平もどきにする」「開き直って別モンにする」という三択になったのではないか、と私は想像するのだ。

軋轢もあっただろうし、葛藤もあっただろう。だが上の三つの選択肢からひとつを選ぶ際、1でも2でもなく、フィギュアに呪文カードにゲームボードまでくっつけるという開き直りっぷりで3を選んだナムコというメーカーは、やはりただものではない会社だな、と思うのである。

勿論メーカーの都合とファンの期待とはまるっきり別問題別会計であって、このゲームが従来の源平ファンの期待を思いっきり外してしまったのは残念ながら事実である。そこに弁護の余地はない。

しかし、ネットのあちこちで見られる「稀に見る期待外れ」といった風評を口にする前に、上記の様な事情にもちらっと思いを致すべきではないか、とは私の主張するところである。源平討魔伝という超人気ゲーム、まさしくオオバコでこの方向転換。これをやってしまうナムコの決断力と徹底ぶりは、ある程度評価されてしかるべきだと私は考えるのだ。



でもアレだ、スプラッターハウスのFC版はちょっとどうなんだ、と当時オレも思った。

posted by しんざき at 17:48 | Comment(10) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事へのコメント
こんばんはです。そうか、FC版源平ってそんなのだったのですね。事前に「ありゃひどい」といった話を聞いていたので当時は完全にスルーしてました。むしろそうですね、「月風魔伝」はかなりやりこみました。当時はナムコとコナミは技術的にもしのぎを削っていましたし、あれはコナミが確信犯的に出した作品なんじゃないかと邪推したりもします(笑)
しかし当時のナムコは「未来忍者」とかどこまで本気か判らない……うん、やっぱり80年代ナムコはいろんな意味で「凄い」会社でしたね(笑)
Posted by 汁粉善哉(しるこ) at 2006年01月16日 20:25
月風魔伝も大好きですよ。
初〜中盤にかけてのアクションゲームの代名詞かなとも思っていたり。
源平討魔伝は一人ではなんか物足らないけど、人数でワイワイ落としあいするのは楽しかったなぁ。単なるTV画面でボードゲームするだけの人生ゲームとは違って、TVゲーム的要素が練られていた名作。
Posted by GOTY at 2006年01月16日 22:17
スプラッターハウスのFC版は、あれはあれでありかも。
あぁじゃなければ任天堂の許可が下りなかったかも?
お色気裏技有りましたが。
Posted by さぼりやさん@面影屋 at 2006年01月16日 22:32
この話を見て、SEGA MkIII(MASTER SYSTEM)のアフターバーナーのことを思い出しました。(笑)
アフターバーナーの移植は源平をFCで出しちゃうくらいのインパクトはあった気がします。
出来はともかく、やっちゃったSEGAもただものではない会社ではないかと。
まぁ、MkIIIはそんな移植ばかりでしたが・・・。(苦笑)
Posted by どんちゃん at 2006年01月17日 15:39
>しるこさん
月風魔伝は普通に面白かったですねえ。3Dモードの戦闘だけよくワカランでしたけど。あれもその内書きたいです。

>あれはコナミが確信犯的に出した作品なんじゃないかと邪推したりもします(笑)

いや、えーー、多分確信犯でしょう。月風魔伝が出る前なら、ナムコが月風魔伝を源平の名前で出してたんじゃないかなーと私は思っております。

>GOTYさん
>人数でワイワイ落としあいするのは楽しかったなぁ。

さり気に国取りモードが結構燃えましたね。ただ、油断してるとあっつーまに頼朝に取り返されたりしてましたけど。

>さぼりやさん
>あぁじゃなければ任天堂の許可が下りなかったかも?

いやまあ、原作は今出したら下手すると年齢制限かかりそうな勢いでしたし、ある程度ソフトになるのは仕方ないでしょう。
ただ、「わんぱくグラフィティ」という副題にくらっとし、吸血鬼のダンスに眩暈を起こし、竜宮城では流石に頭痛を催しました。スプラッターハウス超好きなのにー。

>どんちゃんさん
アフターバーナーも色んな伝説を残してますよねえ。SEGAってホント、味があるメーカーだよなあ。

Posted by しんざき at 2006年01月20日 20:58
やっぱ無茶な移植って言えば電波新聞社でしょう。
PC6001でゼビウスやスペースハリアー出しちゃうし。しかもテープで。
でもケーセン版ではとても付いて行けなかったPC88版のリターンオブイシターは出来良かったなー。
ギルのレベル上げにお金がかかんないのでかなり燃えました。

振り返って見ると昔は明らかに移植は無理だろ、ってな機種にアーケードゲームを平気で?移植してた例が結構見られましたねー。
Posted by さんびーむ at 2006年01月22日 03:44
ファミコンの獣王記の移植っぷりもなかなかおつでしたよ。

画面の下1/3がステータス画面という・・・。
Posted by ヴぃー at 2006年01月23日 02:47
>さんびーむさん
>しかもテープで。
テープでシューティング、という辺りが既に今から考えると尋常の技ではないですね。
でも当時テープソフトって買い込んでたなあ。

>機種にアーケードゲームを平気で?
カセットビジョンとか。

>ヴぃーさん
>ファミコンの獣王記の移植っぷりもなかなかおつでしたよ。

ありましたねえ。私はFC版はやってませんが、あれとゴールデンアックスでメガドライブの凄さを知りました。
Posted by しんざき at 2006年01月25日 07:58
セガはマークIIIにアフターバーナーを移植しましたが、静止画は綺麗でも動かすとひどいものでした。
しかし、サンソフトはファミコンに移植してセガ版よりましなゲームに仕上げました。
ファミコンでアフターバーナーが動き、なおかつセガが実現できなかった加減速まで可能だったのですから、ある意味では凄い技術力です。
Posted by やはやだ at 2006年03月10日 06:16
>やはやださん
コメントありがとうございます。

>セガはマークIIIにアフターバーナーを移植しましたが、静止画は綺麗でも動かすとひどいものでした。

移植することに意義がある!というか、あれを移植しようという時点で既に凄い根性だとは思います。

サン電子って時々凄くいい仕事しますよねえ。
Posted by しんざき at 2006年03月12日 23:03
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック