2010年03月24日

凄く分かりやすい対立構造があった場合、一度は「誰か第三者がいるんじゃないか」と疑った方がいいんじゃないかなあ、という話。

いや、最近のアレとかソレとかについて考える気はあんまりなく、飽くまで一般論というか、どちらかというと単なる私の習性。全然具体的な話ではない。


世の中というのはそんなに単純なものではない、というセンテンスには基本的に誰も文句を言わない。1か0かで括れるようなものではない、という考え方に異議が出ることもあんまりない。

世の中の色んな事象は、色んな人の色んな思惑が絡んで構成されている。そしてそれは、色んな方向を向いていて、あっちで打ち消しあいこっちで曲がり、割とカオスな状態になっている。だから、「これかアレか」みたいな単純な構図で語れるような事は割と少ない。

多分これ前提だと思う。少なくとも私は前提だと思っている。

ただ、「分かりやすい対立構造」というものが明示されると、その前提を頭からおっぽり出して、「これかアレか」という視点オンリーになってしまう人がたまにいる気がする。いや、分かっていて敢えて構図を単純化する、ということなら別にいいんだけど、「これorアレ」の二つ以外見えなくなってしまう人、というのも中にはいる様に思う。


AとBが物凄い勢いで対立していて、例えば傍目にはBが悪役に見えて、実際に得をしているのは遠くの方にいたCさん、というのは全く珍しいことではない。で、たまーに、AさんとBさんが対立しているのをCさんや、更に全然別なDさんがクローズアップして煽っている光景というのもよく見る。というか、余りにA対Bの怪獣決戦が目につきやすい場合、横にCさんやDさんが控えている場合の方が多い気がする。


A対Bに注目するのは全然構わないんだけど、「CさんかDさんどっかにいないかな」という視点を常に頭の片隅においておく、というのも重要なのではあるまいか。そんな風に思う。
posted by しんざき at 12:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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