2010年05月21日

レトロゲーム万里を往く その96 エキサイトバイク

跳ねられて、吹っ飛んで、5回くらい前転して、それでも彼らは走り続ける。彼らはどこから来たのか。彼らは何者なのか。

走っている姿を見て哲学的なことを考えさせられるゲーム」というのが、多分ファミコンには最低三作ある。一つがメトロクロス、一つがけっきょく南極大冒険、そして一つがエキサイトバイクである。(注:私調べ)

ニンテンドーの作るバイクゲームはとにかくライダーが丈夫であって、例えばマッハライダーでは看板にぶつかって大爆発したバイクが次の瞬間ヒトデのように再融合して復活したりするのだが、エキサイトバイクのライダーも、耐久力的にはほぼそれに準ずるだろう。

轢かれても転んでも、ナニゴトもなかった様にバイクに駆け戻る彼らの姿は、見るものに一片の感動を抱かせずにはいられない。任天堂が何故ここまでライダーを無敵にしたがったのかはいまいち謎だが、このゲームを遊んでバイクに憧れたファミコン少年がいないことを祈ること大である。

ともあれ、取り敢えずはゲームの話だ。


エキサイトバイク。バイクレースゲーム。1984年11月、任天堂よりファミコン版発売。後、ディスクシステム版や業務用にも逆移植された、ファミコン黎明期の佳作の一角である。擬似3D視点だった「F1レース」に続くレースゲームだが、エキサイトバイクは奥行きのある4ラインを横からみた視点となっており、ゲーム性はジャンプアクションゲームのそれに近い。

当時ファミコンのゲームは「出せば売れる」という状況だったとはいえ、やはり任天堂ならではの「おもちゃ的感覚」に底固めされたゲーム性や、コースエディットなどを用いた遊び要素は息の長い人気を呼び、売り上げは100万本以上に上った(Wikipediaの記述によると157万本)。ファミコンに限っていえば「アクションゲーム寄りレースゲーム」の草分けともいえ、例えば後のメトロクロス辺りにも影響を与えているかも知れない。最近ではWiiウェアでダウンロードされたという話も聞く(これはやったことないけど)



参照記事としては、Wikipediaを挙げておく。記事としては簡素だが、エキサイトバイク関連の情報はほぼ集約されている。
Wikipedia:エキサイトバイク


さて、ゲームの話をしよう。


・横スクロールアクションゲームと、レースゲームの「間」。

上でも書いたが、エキサイトバイクのゲーム性は、レースゲームというよりはジャンプアクションゲームのそれに近い。プレイヤーは、AボタンとBボタン、二種類の加速を使い分けながら、車体を前に傾けたり後ろに傾けたり、ジャンプ台でジャンプし障害物をかわし、時にぬかるみにつっこんだり時に着地し損ねて凄絶に前転したりしながらゴールを目指す。

この頃既に発売されていた「F1レース」が、専用筐体による(擬似)3D視点を意識していたことと比べると、エキサイトバイクの画面構成やゲーム進行は、後のスーパーマリオブラザーズの様な横スクロールアクションに近いことが分かる。ファミコンにおける横スクロールジャンプアクションの源流の一つとしてこのゲームを捉えることも出来るかも知れない。

ゲーム性の肝としては、「奥行きのあるラインのどこを選択するか」という要素と、「ジャンプ台でジャンプした際、いかにバイクを制御するか」という要素、「AボタンとBボタンそれぞれの加速の使い分け」という要素、ほぼこの三つに集約されているといっていいだろう。


Aボタンによる加速は、それなりのスピードしか出ないがいつまででも走り続けることが出来る。Bボタンによる加速は、スピードが速いが押し続けているとエンジンが過熱してオーバーヒートし、暫く停止することを余儀なくされる。ローリスクローリターンとハイリスクハイリターンの使い分け、これがエキサイトバイクのポイントの一つである。

この時、加熱したエンジンを冷やすための地形(クールゾーン)というものがコース上には存在し、いいタイムを出す為にはこの上を上手く通ることが要求される。これがコース取り、「4つのラインのどれを選ぶか」という要素であり、いってみれば「地形を覚える」という記憶要素の源流だ。

そして、コース上に多く配置されたジャンプ台でジャンプをした際、どの様にバイクを制御するか?十字キーを後ろに入れればバイクはウィリーし、前に入れれば前傾する。これを上手いこと利用して綺麗なジャンプを決めることが、エキサイトバイクの三つ目のキモである。この辺り、「いじくってみると面白い」というおもちゃ的遊戯感は、エキサイトバイクが任天堂アクションの血族の一人である証だと私は思っている。


・仁義なき(マジで)轢き合い。

一方、エキサイトバイクにはCPUとの対戦要素もある。幾つかあるゲームモードの内、ライバルが出てくるものを選択すると、コース上には主人公以外に3台のマシンとライダーが配置され、主人公と熾烈な凌ぎの削りあいを演じることになる。

CPUマシンは主人公の周囲を縦横無尽に走りまわり、抜いたり抜かれたり勝手に転んだり、本当に様々な動きをする。端的にいって、CPUライダーは単なる「お邪魔キャラ」な訳だが、エキサイトバイクをエキサイトバイクたらしめているのは、まさにこのCPUの「動き」によるものだと私は考えている。

クールゾーンを踏むのを邪魔する。邪魔される。ジャンプ台での着地を邪魔する、邪魔される。後輪をぶつけてすっころがす。転がされる。轢かれる。轢く。

こうした「対等なガチ轢き合い」とでも言うべき要素には、単なる「お邪魔キャラとプレイヤー」という以上の熱い、暑苦しい程の何かが潜んでいた。相手は単なるCPUだが、その「熱さ」にはマリオブラザーズやアーバンチャンピオンをすら凌ぐ部分があった、と私は考えている。それはおそらく、タイムを競うレースゲームであるという要素と、各人のあまりに潔い転がりっぷりなど、様々な要素が融合して生まれた熱さだったのではないだろうか。

少なくともファミコン版エキサイトバイクに関して言えば、このCPUとの凄絶な転がしっここそが面白さの中核である、と勝手に断言してしまおう。転んだCPUの目の前に待機して、立ち上がった瞬間また転がすという、あたかもアリいじめの様な性格の悪い遊びに興じ、挙句にタイムが足りなくなって3位通過に失敗するという、頭の悪い遊び方をしていたプレイヤーは、当時私だけではなかった筈だ(多分)



・任天堂開発陣のバケモノ性について。

ところで話は変わる。

何度か書いているが、当時の任天堂のゲームリリーススケジュールを現在の視点で検討した時、「開発メンバーが全員妖怪だった」という以外の結論を出すことは難しい。

1984年11月2日 F1レース、同11月2日4人打ち麻雀、11月14日アーバンチャンピオン、11月22日クルクルランド、11月30日エキサイトバイク、1月22日バルーンファイト、1月30日アイスクライマー。出来の悪いゲームは一本たりともない。何度みても、およそ信じられないド級スケジュールである。

数人から場合によっては1人でもゲームが制作出来た時代のこととはいえ、この「下手すると2週間に一本の佳作リリース」は一体どの様な現場で成し遂げられたものなのだろう。当時の開発チームが何人いたのかよく分からないが、1985年当時にタイムスリップできたら、是非任天堂の開発現場を見学させてもらいたいものだ。

この一種異常なハイペースも、翌年1985年も二月を過ぎると流石に一旦落ち着くわけだが。それでも4月9日に「サッカー」、6月18日にレッキングクルー、同21日にスパルタンXというペースは今の基準で評価出来るものではない。

その後、7月26日と8月13日にそれぞれ「ブロックセット」「ジャイロセット」を発売した後、まるで充電したものを吐き出すかの様に発売されたのが、9月13日の「スーパーマリオブラザーズ」である訳なのだが。まあこの話はまたいずれ。


取り敢えず今回はこれくらいで筆を収める。次回は光栄あたりかも。


関連:レトロゲーム万里を往く その66 セクロスの悲哀と、主にバイクゲーのヨタ話。
posted by しんざき at 18:08 | Comment(1) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
タイトルのBGMが未だに気になる
なんでなんな間抜けな音だったんだろう?
Posted by めあ2 at 2010年05月22日 20:58
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