2005年01月13日

あるゴーストライターの日常・五徹目

前回の続き。遠い遠いお空の向こうでの出来事と思われていたトラブルが、物凄い勢いで私の頭上に落っこちてきたところからの話である。
I先生の代筆を受けるに至った顛末に関しては、こちらもご併読頂きたい。

あるゴーストライターの日常・二徹目
あるゴーストライターの日常・三徹目
あるゴーストライターの日常・四徹目

さて、連載についてである。
私にとって致命的なことに、旅行好きグルメなI先生の連載は「食から見た旅行記」という様な内容のものであった。世界各国様々な土地の文化を、「食事」をメインに据えて紹介するコラムだ。

ゴーストをやる際にも書きやすいジャンルと書きにくいジャンルというものが当然存在する。私に関する限り、小説というものは筋さえ揃っていれば意外に書きやすい。作者の文体というものが凄くストレートに出るからだ。また、エッセイとかコラムというのも同じ理由で、テーマにもよるがまあ割とトレースしやすい。レビューとか評論辺りは基本的に客観的な代物だから、資料さえあればそんなに苦戦はしない。
問題は、旅行記や書評といった、多分に「実録」的な主観視点がメインになる記事だ。これらは、まず「見た」とか「読んだ」「行った」という具体的な経験が下敷きにあり、それに対して作者がどう感じたか、何を思ったかという内容になる訳だから、単に作者の脳内をコピーするより気にしなくてはいけない項目数が一桁増える。

その上食。食ですよ。言うにことかいて、自他ともに認める味音痴の俺に「食」について書けとおっしゃるか。100グラム1000円のコーヒーをゆっくりと一口すすって、「流石に味が(トマトジュースとは)違いますね」とかしか言い放てない私だぞ。食事関連のボキャブラリーといえば「まったりとしていてコクがある」とか出自不明意味不明の単語くらいな私だぞ。スイスヨーグルトに関して「非常に歯ごたえがあって口が疲れる」とか書いても知らないぞ。一体何を書けというのだこの野郎。ところでまったりとしていてコクがある、って実際はアレどんな味なんでしょう。初出は美味しんぼ辺りでしょうか。
ということでTさん、せめてもーちょっと食文化に造詣が深いライターさんに頼みましょうよ。

「ああ、大丈夫大丈夫。どーせ読者も食べたことない料理ばっかだと思うから」

こーゆーこと言う人がデスクやってる出版社ってどうなんでしょうか。いやまあそもそも、学生のバイトに連載記事代筆させようとする時点でどーなんだ、という話もあるが。

「いやーほら。I先生のコーナーさ、抜かす訳にもいかないじゃん。看板だしさ」

Tさんはこうおっしゃっていたのだが、客観的に見て、I先生の連載が本当に紙面に必要不可欠であったかと言われると私は今でも疑問である。
(I先生、有りえないと思いますが万一ご覧になっていたらごめんなさい。ご壮健だそうで何よりです。また麻雀いきましょう。ただ、鳴いてからリーチをかけようとするのはやめて下さい)
これは勿論I先生の連載がつまらないからという意味ではなく、雑誌自体の多少専門的なテーマとI先生の連載が、それ程緊密な関係にはなかったことに由来している。例えばの話だが、バイク専門誌に「野鳥の生態」などという連載コラムが載っていたとして、通常それが休載してもそれ程多方面からの非難は来るまい。バードウォッチングが趣味のバイカーが国内に大量にいて、こぞってサイドカーに双眼鏡載せてたりしたら話はまた別だが。

真相は闇の中ではあるのだが、後々のことまで考慮に入れて推測すると、この時連載が闇に葬られなかった最大の理由は「資料がもったいねえ」というところにあったのではないかと、私は未だに疑念を拭えない。後から頂いたI先生の取材資料というのは、実に質・量ともに充実した整然たるものであって、「折角こんだけ資料が揃ってるんだから、クリティカルな仕事抱えてない奴にでも適当に書かせとけ」という陰謀が起きたとしても不思議ではない。
とにかく、流れ弾が飛んできてしまったからには仕方がない。こちらもセミプロだ。私は腹を据えた。I先生が戻るまで、という条件も鵜呑みにしていた。
私は、とにかく仕事の内容をヒアリングせねばと、愛用のキキララ手帳を取り出した。

「えーと。連載の旅行記って、次の旅行先どこでしたっけ。ヨーロッパですか?」

Tさんは、ごくあっさりとした口調でこう答えた。

「あー。チベット

posted by しんざき at 16:08 | Comment(0) | TrackBack(1) | ゴーストライター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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