2005年01月15日

あるゴーストライターの日常・六徹目

以下のエントリーは、私がゴーストライターをやっていた時代の様々な適当エピソードに関するエントリーの一部である。ゴーストライター(もどき)というものが如何なる仕事をやっているのか、興味がおありの方はこちらもご併読頂けると幸いである。

あるゴーストライターの日常・四徹目
あるゴーストライターの日常・五徹目

チベット。
Tさんの一言は、私にとって割と重かった。
着の身着のままでチベットに放り出された時、我々は通例何を思い、何を行うだろうか。
断言出来る。私なら取り敢えず途方に暮れる。おそらく5分くらいは途方に暮れる時間をとると思う。
その時の私の気分が丁度そんな感じであった。

人間には、知っている国と知らない国とがある。「知っている」「知らない」というのは飽くまで程度の問題ではあるが、国名と首都と国旗を知っているだけでは、それは知っているとは言えない。そして我々にとって、よく知らない国というのは意外な程多い。世界の広さに対して我々は余りにも無力である。
例えば、あなたはチリという国に対してどれだけの知識を持っているだろう。
「サンティアゴ」という言葉が取り敢えず出てくる人はなかなかのものだ。「内紛」とか「クーデター」という言葉が出てくる人はかなりのものだ。「インティ・イリマニ」とか「キラパジュン」という言葉が出てくる人は多分私の知り合いだ。

およそチリという国に対して、大部分の人が取り敢えず思い浮かべるのはこんな言葉ではないだろうか。

「なんか細長い」

いやいやいや待て待て待て。チリならまだいい。南米民族音楽などという酔狂な趣味をもっている筆者には割となじみのある国である。
この辺はどうだろう。ノルウェー。北欧最西の福祉国家である。
「バイキング」おお、いいねいいね。「ノルウェイの森」ありますね村上春樹。「雪と氷の国、寒そう」いやいやいや十分ですよ。

自分の無知を公共にさらけ出すのは大変忸怩たる思いがあるのだが、地理を非常な苦手としている筆者の第一感はこうだ。

「なんかギザギザしている」

・・・通常人はそれをフィヨルドと呼ぶ。

ことほど左様に、筆者にはあまり知識がない国が極めて多い。そんな筆者が、チベットに対して十分な知識を有しているわけがない。今ならまだしも、高地の特徴だの中国との国際問題だの話題に出せたかも知れないが、当時辛うじて思いつけたのは以下の一言くらいだ。

「なんか目が良さそう」

・・・これが絶望の味か。

文章を書くという行為は、例外なく二つのステップから成る。「発想」と「表現」だ。前者は書く文章の内容を脳内でこねくり回している状態のことを指し、後者は低い声でうめきながら考えた内容を紙に書き起こしている状態のことを指す。この二つは切っても切れない関係にあり、良い文章を書く為には必ず双方に対して質が求められる。
前者のみが優れている場合というのは、素材は良いが調理がなっていない、という例だ。言っているネタは面白そうだが何がなんだかわからん、という文章はこの場合で、丁度私が以前別エントリーで述べたところの「自分が読むと面白い文章」に当たる。一方で「表現」はいいのだが「発想」がいまひとつ、というのは、文章は凄くわかり易いのだがいまいち内容がつまらない、という文章に当たる。これ、プロの作家でもかなり悩むところが多い話だそうだ。私なぞ悩むレベルにすら到達していないが。

良く、「表現」は訓練によっていくらでも向上させることが出来るが「発想」はそうはいかない、ということを聞くが、私はそうは思わない。発想力は「知識」によって向上させることが可能だ。知識を増やすことによって発想の幅は広がる。ぶっちゃけた言い方をしてしまえば、色々知っていれば色々面白いことを思いつく。引き出しの多い奴は話も上手い。

そして無論、わざわざ逆の言い方をするまでもなく、なーんも知らなければなーんも思いつかない。当然の話だ。私にチベットについて書かせるというのは、坂本竜馬に半導体理論を書かせるということとそれ程異ならない。片付けようと思えば「無茶言うな」の一言で片付く。

情報は、持っていなければ集めなくてはいけない。仕事を受けてしまった以上他に道はないのだ。そして当時、インターネットの検索エンジンというものは今ほど充実した代物ではなかった。
私はやむを得ず、あまり頼りになりそうにない人に対して、藁をもつかみにかかった。
TさんTさん、なにかしらチベットについて書いてあるいい本とかないスか。

Tさんは、一冊の本を取り出しながらこう言ってくれた。一抹の希望の光。
「あー。オレあんま知らないけど、これなんかいいんじゃない?」

岳人(クライマー)列伝

・・・オレの明日はどこにあるんだろう。
posted by しんざき at 03:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | ゴーストライター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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