2005年02月20日

レトロゲーム万里を往く その19 〜RPGはヌルくなったのか〜

前回の続き。「ドラクエ2」の話から始めて、「8」を中心とした現在のRPGと、「難易度」という切り口で比較してみたいと思う。ネットを見ると、8に関して「ヌルい」という評価が見られる部分が多い。私自身、ラスボスを倒した時点ではそんな印象をぬぐいきれなかった。その辺りを少々考察してみたいと思う。

前回テーマに上がった「ドラクエ2」には、「スパルタンな難易度」という評価がほぼ定着している。
以下に一例を上げる。プレイしたことがない方には良く意味がわからないと思うが、まあ「そーゆーものか」という思いで聞いて頂きたい。ちなみに、これらは「攻略本やネットなどの情報がない」というのが前提の「難しい」点だ。当時のプレイヤーには一般的な環境である。

・クリア必須のアイテムがどこにあるのか殆どヒントがない(っていうか炎のほこらってどこですか。あとラゴスは一体どこにいますか)

・補助呪文(スクルトやマヌーサなど)の意味が著しく薄い。マヌーサかかっても普通に痛恨の一撃が来るってあなた。

・回復呪文の効果のバラつきが非常に激しい。べホイミをかけても回復量がホイミと異ならないことがあるなど。

・一部の敵が容赦なくメガンテを使う。使われた瞬間全滅。というか、「○○はいきなりおそいかかってきた!」の後にメガンテが来るとプレイヤーが呪文の語源通りの状態になる。

・復活の呪文は何度確認しても間違う。

・ロンダルキアの洞窟はホント勘弁してください。

中でも象徴的なのが、前回コメント欄にも頂いた「ロンダルキアの洞窟」である。

この洞窟は、「ドラクエ2」においてはほぼ最凶の難関と位置付けられるダンジョンなのであるが、もの凄い数の目に見えない落とし穴があるわ、敵は微塵の情け容赦もなく強いわ、サマルトリアの王子はここに至っても相変わらず微妙だわで、当時この洞窟で涙を飲んで攻略を諦めた小中学生は相当数いた筈だ。
そして無論、この洞窟を抜けた後も労苦が終わる訳ではない。上記の「物凄い勢いで普通にメガンテを使う人たち」や、数々の中ボス、そしてごくナチュラルにベホマ(体力全回復呪文)を使うラスボス、ここに来ても普通に間違えている復活の呪文と、プレイヤーを一瞬にして不幸のどん底に叩き落すギミックは実に豊富に用意されている。

だが、これだけの苦労をくぐりぬけた後で、ついに最終ボスを倒したときの達成感というものは、格別、特別なものがあったと思う。

問題はこの「達成感」である。

手前味噌になってしまうが、私は随分以前のエントリーで、アクションゲームの面白さについてこう述べた。

レトロゲーム万里を往くその9 〜魔界村〜
>アクションゲームが面白いかどうかの基準は、大雑把に言って二つある。つまり、「操作感」と「達成感」だ。

同じ類のことがRPGにも言える。まあRPGの面白さはアクションゲームよりももうちょっと複雑であろうとは思うのだが、それでも大雑把な二軸は存在すると思われる。「達成感」と「爽快感」である。

「爽快感」はこの場合、「自分のキャラが強くなっていく快感」と「その強さを発揮する快感」の二種類が大きいと思う。ぶっちゃけてしまえば、レベルが上がって敵を蹴散らせば気持ちいい。「達成感」は無論、難関をクリアした時、あるいはゲーム自体をクリアした時に感じる気持ち良さであろう。そしてこれは、基本的にその難関が高ければ高い程、敵との戦闘がギリギリのバランスであればある程、大きくなる。ドラクエ2は、「達成感」が非常に大きなRPGであった、と要約することが出来る。

この「達成感」というものは、非常に記憶に残り易い。そして記憶は、ゲームを遊ぶものの目を容易にくもらせる。プレイヤーは感動をなかなか忘れてくれない。
故に、かつて「ドラクエ2」をクリアした人間が、「8」や最近のRPGに対し、「ヌルすぎ」「簡単すぎ」という評価を与える訳だ。これは、ほぼあらゆるシリーズものRPGにつきまとっている現象ではないかと思う。いわゆる「FF」シリーズは言うに及ばず、最近ではかつてマゾゲームの代名詞であった「女神転生」シリーズすら、かなりの難易度低下を見せたという話を聞く。つまり、「達成感」の低下が評価を低くしてしまっている一面があるのだ。

さて、問題はここからである。この「難易度が低下した」というのは、そもそも正しいのか?

私の考えでは、「難易度が低下した」というのは、半分本当で半分は錯覚である。
この「錯覚」の部分は、「プレイヤーが出来ることの幅の増加」と直結している様に思われる。

ドラクエ8の話をすれば、「スキルシステム」というシステムがある。
「スキルシステム」とはドラクエ8のウリの一つで、レベルが上がっていくごとに得られる「スキルポイント」を、各キャラが持っている5種類のスキルに振り分けていき、ある一定のポイント数になると技や呪文を覚える、というシステムである。このシステムの自由度は非常に高く、プレイヤーにはどんどん出来ることが増えていく。キャラを強くしていくことの爽快感に、良い感じで寄与しているシステムであろうと思う。

プレイヤーに色々なことが出来る。その「色々なこと」は、それぞれ特徴的なことでなくてはいけない。特徴的なことというのは、ゲームにおいては強い弱いに直結する。つまり、ある戦法は強い、ある戦法は弱いというのがもの凄いパターン数生まれることになる。出来ることが少なかった時は「レベル」という尺度だけで強さを判断できた主人公達が、同じレベルの分際でどんどん違った強さを有することになっていく訳だ。

で、同じレベルでも様々に強さが変わる主人公達に対して、開発者はどの様な難易度を用意すればいいか。無限のパターンの強さを持った主人公に対し、「常にギリギリの難易度」など調整出来る訳がない。敵の強さを変えることが出来ない場合、「ギリギリの勝負」による達成感を演出しようとしたら、どこかの水準に敵の強さを合わせなければならない。

例えば先ほどの「スキルシステム」という例で言うと、「使えるスキル」と「使えないスキル」というものはどうしても存在してしまう。そして、各スキルを同じ様に伸ばしていくより、間違いなくどれか一つに集中させた方が強い。
でも、そんなことを知らない若年ユーザーの中には、全てのスキルに平均してポイントを割り振ってしまうプレイヤーも出てくる。ある程度の後半戦になると、それは致命傷になりかねない。同じ30レベルでも、スキルを平均したプレイヤーより、厳選したスキルを集中して伸ばしたプレイヤーの方が遥かに強い。

そして、開発者は選択しなくてはいけない。「どちらのプレイヤーに合わせるか?」
スキルを厳選したプレイヤーに難易度を合わせると、スキルを平均したプレイヤーは、そのレベルでは一生かかっても難関をクリアすることが出来ない。これを避けようと思ったら、「弱いプレイヤーでもどうにかこうにか、工夫次第でクリア出来る難易度」にせざるを得ない。その結果、「強いプレイヤー」にはどうしても、多少簡単に思える難易度になってしまう。

つまり、構図にすると大体以下の様な感じになる。

・主人公が出来ることが大幅に増加
→情報量の差や選択の差によって、同じレベル帯におけるプレイヤーの「強さのハバ」が非常に広くなる
「あまり強くない」主人公でもクリア出来る様調整せざるを得ない
→情報量の豊富なプレイヤーにはヌルく感じられるゲームになってしまう

現代のRPGの難易度にもし問題があるとしたら、敷居を下げる為に「ある程度弱いプレイヤー」でもクリア出来る様に調整されている、という一点に尽きるのではないかと思う。そして、これが悪いことだとはいえない。かつてのFCで大量に存在した、「物凄く戦法を厳選しないと絶対クリア出来ないゲーム」は、今発売されてもそりゃ売れやしないだろう。

厄介なことに、「爽快感」の方は、プレイヤーの出来ることが多ければ多い程増えていく傾向にある。強い戦法を実行すれば実行する程、敵を蹴散らす時の爽快感は高まる。一度強い戦法を知ってしまった人間は、それ以降は弱い戦法を選択しても爽快感を得ることが出来ない。
つまり、ことRPGにおいては、「達成感」と「爽快感」はかなりの割合でトレードオフ関係になってしまっている訳だ。

勿論、「達成感」にせよ「爽快感」にせよ、戦闘だけに限定されている訳ではない。その点で、本エントリーの文章は概括し過ぎと言えば概括し過ぎだ。だが、戦闘がないRPGが多数派でない以上、上記の問題は無視出来ない議論だと思われる。

この辺り、開発者としても苦戦する部分ではあろう。とはいえ、このトレードオフ関係が存在している以上、一概に「今のRPGはヌルい」と総括してしまうのは少々気が早い。単に現在のRPGの風潮が「爽快感寄り」になっているだけ、という見方も出来る訳だ。

どうも結論部分が長々しくなってしまった。ちょっと、このテーマに関してはその内もう少し煮詰めたいと思う。取り敢えずここまででエントリーを閉じる。
posted by しんざき at 23:57 | Comment(8) | TrackBack(0) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
そういえばドラクエ2のパルプンテは、
本当に何が起きるかわからない恐怖がありました。
まさかゲーム自体までフリーズするとは。

どうやら原因は、(プログラム的に)ポインタがすっ飛んでしまうことにあったらしいのですが。
Posted by いす at 2005年02月21日 13:30
>どうやら原因は、(プログラム的に)ポインタがすっ飛んでしまうことにあったらしいのですが。
おお。そんな漢らしい仕様があったとは。

・・・仕様ですよね?
Posted by しんざき at 2005年02月21日 17:49
初めて書き込みさせて頂きますきうらです。たけくまさんのブログからやってきました。僕もまさに今ドラクエ8をやっているのですが、しんざきさんのおかげでドラクエ2の「難しさ」を思い出しました。あの頃は、学校で紋章の場所がやり取りされていましたっけ。
ドラクエの復活の呪文は本当に辛い思い出が一杯ですが、「覇者の封印」の復活の呪文は400字詰め原稿用紙いっぱいあったように思います。
今後のレトロゲームも楽しみにしてます。
Posted by きうら at 2005年02月24日 23:21
>きうらさん
コメントありがとうございます。

>ドラクエ2の「難しさ」を思い出しました。
「難しい」と「理不尽」は紙一重とはいえ、ドラクエ2はやり応えがありましたね。今あのバランスを再現したらどうなるか分かりませんが。

>覇邪の封印
あれはターボファイル必須ゲームでしたね。ユーザーテストとかやらんかったんかなアレ。
Posted by しんざき at 2005年02月25日 11:09
お初にお目にかかります、flyfreeと申します。
私も去年の年末にDQ8をプレイしていたのですが、序盤こそ意外に手応えのあるRPGといった印象を受けたのですが、最初のボスを乗り越えた辺りから一気に難易度が下がったような感触でした。まぁ、インターネットを使って手軽に攻略情報を手に入れられる部分がかなり大きいとは思いますが、実際問題として難易度自体の低下は大きいと思います。適当に育てても何だかんだ言って力押し出来るような感じでしたし。
DQ2は……あれは、FC版をリアルタイムでやった人間しか判らない難しさでしょうね……方眼紙にマッピングして乗り切った覚えがあります。

>きうらさん
破邪の封印とは懐かしいですなぁ、付属のマップとフィギュアで意味も無く遊んだ覚えがあります。
アレは確かにパスワードが地獄でしたが、それ以上にヒントの少なさが目立った覚えが……仲間を増やす順番とタイミングを間違えて妙に難易度の高いプレイスタイルだった覚えがあります。
Posted by flyfree at 2005年02月26日 16:30
>flyfreeさん
コメントありがとうございます。

>実際問題として難易度自体の低下は大きいと思います。
そうですね。正確には、「楽な攻略法が増えた」ということではないかと思います。まあ同じ意味ですが。

>……方眼紙にマッピングして乗り切った覚えがあります。
仲間の方ハッケーン。落とし穴に一回落ちる度に書き込んでました。
Posted by しんざき at 2005年02月26日 19:27
>しんざきさん
わざわざレスありがとうございます。当時、ドラクエ2は、世界のすべてだったような気がします。モチベーションも異常に高かったですね。ちなみに僕もマッピングしました。ファミ通の付録にはシールとかもありましたね。懐かしぃ。

>flyfreeさん
はじめまして。あの頃は「破邪の封印」とか「ザナドゥ」とか「ハイドライド」などパソコン系のRPGにはかなり憧れがありましたが、その出来は……。「ファザナドゥ」なんて泣きました。「破邪の封印」も普通にやると滅茶苦茶な難易度でしたね。
Posted by きうら at 2005年03月05日 00:10
>きうらさん
入手するのも当時はかなり難しかったですしね。>ドラクエ2 年齢の違いのせいかも知れないですが、当時はゲームソフトを入手するだけでもかなりの達成感があり、始める時のモチベーションも妙に高かった様な気がします。

ファザナドゥは勘弁して欲しいですが、ハイドライドスペシャルは割と好きでした。
Posted by しんざき at 2005年03月05日 02:32
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