2006年07月21日

原作つき映画の「詰め込み過ぎ」は何故発生するのか。

なんでなんだ?


なんか最近、原作つき映画の評判を聞く機会が多い。

私は映画については完全にトーシローであるのだが、原作つき映画の評判で「××冊分の内容を○時間にまとめようとするのがどだいムリ」であるとか、「駆け足過ぎて原作の味わいがさっぱり感じられない」とかいった評判がこうまで多いと、どうにかならんもんなのかなあ、とかちょっと思う。

普通に原作とは別物として作るならまだしも、原作とのコラボレーションを前面に押し出しながら、「駆け足過ぎて原作を読んでいない人には意味不明」などと言われるのは流石にあまりにもアレだ。

多分タイトルにもよるのだろうが、原作つき映画の最大の顧客は原作の評判を知っている人だろう、と思う。読んだことがあるかどうかは別として。

そして、どんな脚本家であっても、「自分が書いた内容が原作つきファンに受け入れられ易いものかどうか」など分からない筈はない。これだけ来る日も来る日も上記の様な評判が飛び交っていれば、自分が作った脚本が原作ファンに受け入れられやすいものかどうかなど、大体見当はつきそうなものだ。

よく聞く、「もう少し狭い範囲の話でいいから作りこんで欲しかった」という対策は何でとられないもんなのか。まあ、「よっぽど売れなきゃ続編は作れねえ(パーティションが組めない)」という足かせも当然あるんだろうが、それもある意味主客転倒な話だ。

勝手に想像するなら、原作○冊を全て詰め込まなくてはならない何かしらの制限要因が存在するのか、あるいは原作未読の人にストーリーのプレビューを見せることが出来れば十分ペイすると考えられているのか、多分どちらかなんだろうが・・・

以下適当に制限要因想像。根拠はないので識者の教えを乞う。

・脚本製作中に「これ詰め込み過ぎじゃね?」と気付いた時にはもう航路変更が効かない時期だった(脚本製作者の経験不足)

・原作者サイドとの間になんらかの契約条件が存在した(外部的な条件で描き切る必要)

・最初っから原作アレンジの予定で、原作ファンの批判は織り込み済みだった

・最初っから原作をある程度アレンジするつもりで脚本を書いたが、出来上がってみたら原作の展開に中途半端に影響されており、既読の人から見るとなんともいえない消化不良感があるシロモノだった

四つ目とか意外にありそうな気もせんでもないな。


ちなみにこのエントリーは、うちの奥様が某女流作家とのコラボレーション映画を見にいってきたことを受けてのものではあるが、映画のタイトル自体は敢えて伏せる。

posted by しんざき at 00:49 | Comment(10) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
「もう少し狭い範囲の話でいいから作りこんで欲しかった」というのに正直に取り組んでも、「なぜあの素晴らしいシーンを切り捨ててそんなしょうもないシーンを活かすのか」と誰かが言うんだろうなあ。人によって心に残る場面が違うだろうので。
Posted by や at 2006年07月21日 01:17
ハリウッド映画で云うと、一つめと関連したプロデューサー主導システムの弊害が強く表れています。
また、いま最も不足しているのが一流のシナリオライターなのです。
これはあと10年20年解消されない根深い問題だと思います。
Posted by バブシカ at 2006年07月21日 02:06
いつの間にかだんなに書かれてた…。

>や
いや、そんなレベルじゃなかったのよ!
「素晴らしいシーン」ほとんどカット。
見方が違う、くらいなら何も言うまい。
いや「出てこな」かった。
出てきたのは、プロローグとエピローグとあと1こくらい。あ、もしかして、上中下で1こずつ!?シーン自体も敵、1撃で死ぬ、くらいの。

最初は、小説が結構現実的で、事情とか仕方なくこうなるのだ、というところがいろいろ丁寧に描かれていた分、
子ども向けにしてその辺はしょったのかなぁと思ったけど、
全部見て、そういう訳でもないらしいな、と。

個人的に、見ての印象は、
「あぁ、文章表現した映像を単に絵にしてみたかったのかな」と。
映画の人の”絵”が好きな人なら、見に行く価値はあるかも。絵の作りは細かかったし、
画面の端にいる動物が面白い動きしてたり、
いろんなところに遊びがあって、面白かった。

かくいう私今回は、声目当てでいったんだけど、
シーンが削られていたため、活躍場面がなく
不完全燃焼なのでした。むー。

昨日の今日なので、感情的になってたらごめんなさい。
バブシカさんのコメントを読んで、あぁそうなのか…とちょっと冷静に。
Posted by nao at 2006年07月21日 15:03
あー、もしやあれですかO泉さんとかのやつですか。個人的には
・原作自体もやや不完全燃焼
・主人公の声の人が好きじゃない
という感じです。
Posted by at 2006年07月21日 20:25
こんにちは。

うちのブログで映画系のレビューを書くのはアレなので
書いてないですが、最近観に行く映画はヨメの希望で
原作付きのものが多いです。

●●●●ストーリーとか●・●●●●●コードとか
●●コンとか。

いずれも仰る通り約2時間で納めるのは無理という感じでした。
いっそ●●ノートみたいに前・後編と最初から売り出して
しまえば良いのになぁと思ったり。
(前編がコケたらシャレになりませんが)

それでは、失礼しました。
Posted by USHIZO at 2006年07月23日 11:59
十数年前のアルスラーン戦記の映画化は
「さぁこれからってとこで終わった」
と言う評判を聞きましたでございます。
実は意外とその辺のバランスが難しいのかも知れませぬ。
いや、私は滅多に映画を見ない人なので聞き流してくださりゃ。
Posted by napo at 2006年07月23日 23:00
某作品か、なるほど。
う〜ん。ゲドもやばいって言うしね。

アニメだと個人的には「時かけ」がよかったよ。
切なくて、でも爽やかな気分になれる映画だった。
ウテナの頃からファンだったけど、細田さんさすがって感じ。
Posted by N at 2006年07月25日 00:39
実はこのエントリーを書いた直接の動機はゲド戦の前評判をちらっと聞いたからだったりします。

ゲドはなあ。3巻まではきっちり話が一冊一冊完結していたから、その辺を題材にしてもいいんじゃないかとか思ったんだけどなあ。

ただ、4巻以降はちょっと色々とアレが(ry

>napoさん
アルスラーン懐かしすぎです。確か、風の大陸も同時でしたっけ?
アルスラーンは原作も完全続きもののノリでしたから、ちょっと一冊切り出しはムリがありましたよね。

>USHIZOさん
○○ノートはちょっと危ないとか・・・

>バブシカさん
ああ、ちらっと聞いたことがあります。ハリウッドの話ではないですが、今、そもそも脚本を「売れる」人自体が希少になってるとか。
原因はなんでしょうね。小説界の流れとかとも関係があるのかな。
Posted by しんざき at 2006年07月29日 23:48
脚本は映画の設計図だとよく云われますけど、設計図を読み取れる監督が存在せず、設計図として脚本を書ける人がいなくなってしまったからなんですよ。

これは分業化の進んだ弊害だと感じています。
昔の監督は脚本を書いて演技を見て編集をする事で統一感を持たせる為の存在だった筈なんです。

しかも今の監督は書きたいテーマを持っていないようです。だから映画会社の社員としてしか機能していませんね。

すいません熱くなりそうなんで、ここらで止めて置きます。
Posted by バブシカ at 2006年07月30日 01:29
>バブシカさん
うーん、私は映画には全然知識がないので、勉強になります。

>昔の監督は脚本を書いて演技を見て編集をする事で統一感を持たせる為の存在だった筈なんです。

今の立場は、どちらかというとマネージャー的ってことでしょうか。システム業界でいうとプロジェクト・マネージャーみたいなものなのかな。

>だから映画会社の社員としてしか機能していませんね。

組織の変質自体に問題がありそうですね。
Posted by しんざき at 2006年08月03日 18:21
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