2011年07月07日
Twitterに「信頼出来る情報の伝達機能」を求めてはいけないと思う
極論かもだが。
まず先に言いたいことをまとめてしまうと、
・Twitterの「情報を広める力」はすごい。
・けど、デマやネタや冗談も大量に混ざる。元々そういう場なので仕方ない。
・なので、Twitterに対してはもとより「信頼出来る情報」を求めるべきではない。信頼出来る情報は、ある程度きちんとした機関に求めるか、自分でソースを確認して得なくてはいけない。
・ところが、最近、Twitterの「情報を広める力」に目がくらんで、Twitterに対して「信頼出来る情報」「情報の認証」までを求めている人が増えているような気がする。
・そういう人が、「まぎらわしいからネタや冗談を流すな!」とか騒いで衝突が発生する状況は、余りメディアとしてよろしくないんじゃないだろうか。
うむ。書きたいことは大体まとめたので、後はざっくばらんに行こう。
Twitterは、情報の伝達ツールとして非常に優れている。誰かがどこかで呟いたちょっと面白い情報が、RTにRTを重ねてとんでもない範囲にまで広がる。この伝播力は物凄い。確かに凄い。私のような泡沫ユーザーでさえ、うっかりすると何千、何万と言う人にアホな呟きを読まれてしまうくらいである。
ただし、Twitterを少しでもやっていれば分かる通り、その「伝播される情報」は思いっきり玉石混淆であり、とんでもないデマもあれば単なるネタや冗談も大量に混じっている。当たり前だ。「いまどうしてる?」の言葉がいみじくも表している通り、Twitterは元来私生活の断片や思考の断片を「呟く」場であり、「緻密な、信頼された、検証済みの」情報を流さなくてはいけない場所ではないのだから。
最近、ちょっとこの辺の意識の差が大きくなっているように思うのだが。
上記の通り、Twitterは「信頼出来る情報」が流れることを保証する場所では、そもそもない。結果的に「信頼出来る情報を流す人」というのは確かにTwitter上にいると思うが、それを判断するにはきちんとした人物評価や普段の発言の検証が必要だし、RTで右から左に流れる情報に対して、一々信頼性を追いかけるのはなかなか難しい。それにそもそも、対象が個人である以上、「常に信頼出来るし、間違った情報を流さない」ということはありえない。人間は必ず間違えるものだ。
ところが、Twitterを「信頼出来る情報が流れる場所」「信頼出来る情報を流すべき場所」と考える人は、どうも一定数いるようだ。というか、最近結構増えているような気がする。
Togetterを見ると色んな話の流れが収集出来る。まず、「信頼出来る情報」を受け取ったと考えて本気で怒る人、というのは、最近のデマ情報界隈で山のように観測可能だ。
ソース無し
個々の事例についてはややこしいことも色々あるし、信じたいことを信じる、というのは人間のサガなのである程度仕方ないとは思うのだが。
一方、Twitterを「信頼出来る情報を流すべき場所」と考えて、ネタや冗談に対して怒る人、というのもやはり観測出来る。ちょっと古い話だが、例えば
【速報】DHMOが検出されたことにマジギレしてる人(@thoton)
この話なんかその典型だったんではないか。
上の話が悪質だったのか、そうでないかの議論は置くとして。少なくとも私は、Twitter上で見る冗談が好きだし、ネタや冗談については出来る限り寛容でありたいと思うし、そうあればこそソーシャルメディアとして盛り上がると思うし、「情報は自分で確認」という当然の前提に立つ限り、それは可能だと思う。
ただ、そういう前提を共有していない人が、ネタのファールラインをどんどん狭めていってしまうと、Twitterはメディアとして随分窮屈な場所になっていってしまうんじゃないかなあ、とも思う。
重要なのは、
・Twitterで流れる情報は必ずしも信頼出来るとは限らないという認識
・重要と思える情報に突き当たったらまず自分で確認するという習慣
・Twitterが元々しょうもない呟きをする場所であるという前提の把握と寛容
なのではないかと私は思うし、そうあればこそTwitterの「味」みたいなものが際立つのではないかなあとも思うのだが、ここまで広くなっちゃうと難しいかも知れないなあ。
さして結論らしい結論も出ていないが、今日はこれくらいで。
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なんにも考えないでつぶやくと炎上しますしねー
もうひとつは冗談にしていいことの価値観の食い違いだと思いますがこれはもう好きな冗談言う人だけフォローする以外ないですよね。