2005年03月03日

あるゴーストライターの日常・九徹目

この話は、「あるゴーストライターの日常」というシリーズの9作目である。
ゴーストライターもどきというものが普段どんな仕事をしているのか、ということに興味がおありの方は、下記もご参照頂けると幸いだ。

あるゴーストライターの日常・八徹目
あるゴーストライターの日常・七徹目
あるゴーストライターの日常・六徹目
あるゴーストライターの日常・五徹目

さて、私の手元には大学ノートが三冊ある。内容はというと、ちょっと電波が入ったストーカー気味の女の子が、追っかけている対象の男性に書くラブレターとほぼ同程度の密度で書かれた手書きの密集メモである。笑えることに、近視の人が2メートル離れたところから見ると全体がほぼ黒一色に見えるらしい。私はかなりの視力を誇る方だが、それでもヘビナワ程度には見える。私の今回の仕事は、このメモをI先生の文体に落とし、連載記事の一部として違和感ない程度にブラッシュアップすることな訳だ。そう私は納得した。甘い考えであった。


信じられないことだが、I先生は連載一回一回、ほぼ毎回このレベルの資料を用意してから著述を始めていたらしい。私が今まで読んだ限りにおいては、I先生の連載は旅行先一箇所につき三回程度、しかもそれ程のページ数ではなかったと思うのだが、世の中には凄い人がいるものだ。まあ、そこまで凄い人だからこそたまにイヤになると全部放り捨ててしまうのかも知れないが。

さて、私は先ほど「I先生の文体に落とす」と書いた。人の文体をコピーする為には、一体どの様に書けばいいのだろう。

文章の特徴というものは、「語尾」と「語彙」にほぼ集約される。

「語尾」は文字通り文章をどう切り、どう締めるかを意味する。語尾というと「ですます調」と「だ・である調」という言葉があるが、実際に文章を分類してみると、語尾の種類はこの二種類では到底利かない。というか、語尾の使い方というものは飽くまで「傾向」であって、元々分類しようという行為自体に無理があるとも言える。

例えば私のブログに関して言えば、少なくともですます調ではないが、である調かと言えばそうでもない。無理に文章を分類しようとするならば、「言い切り度」とか「体言止め度」といった様々な基準をつくって、項目別にパーセンテージを集計した方がいい様に思える。

「語彙」の方はちょっと文字通りの意味と外れ、使う単語というよりは「どんな言い回しを好むか」という程度の意味になる。これはちょっと例示が難しい。サンプルはブログを漁れば山ほど転がっているが、多分に感覚的・集合的なものなので「この部分が特徴的な文体」ということは少々いいにくいものがある。
私自身は、職業柄「文体を固定すること」に妙な抵抗があったりする。その為、カテゴリ別に微妙に文体を変えて書いたりもしているのだが、あまり効果は上がっていない。

私のやり方だが、ある人物の文体を抽出しようとする場合、文章それ自体を大体3レベルくらいに分ける。「凄く言いたいことを言っている部分」と、「言いたいことを言う前段階の部分」と、「それ以外、というか割とどうでもいい部分」の三つである。人間、力の入り方によって文体は変わるものだ。その三つの部分から数箇所、サンプルになる文章を取り出して、そこから語尾と語彙をそれぞれ分析する。勿論テーマや内容、文章のジャンルによって微調整はするのだが、このパート分けさえ上手くいっていれば、その後文章から足がつくことは殆どない。これに関しては私はかなりの自信をもっている。

まあもっとも、私の仕事の場合物凄い緊急を要するオファーが時折入るのであって、そうした場合には長くて6時間程度しか準備期間がない。そんな時に3レベルに分けるとかああだこうだやっていれば簡単に瞬殺を経験出来る。急いでいる時程時間は速く過ぎる。

故に、なるべく普段から色んな人の著作に関して文体研究は進めはする訳だが、全く準備をしていない作家さんで緊急の仕事が入ってしまった場合、割と漢らしくぶっつけ本番の著述をすることもある。こともある、というか結構普通にある。恥ずかしい話ではあるのだが、別に一人私だけの責任ではないと思う。ですよね、Tさん。

I先生がどんな文体であったかに関しては、ちょっとここには詳しく書けぬ。現在でも現役で活動なさっている方だ。おそらく現在でも、物凄い密度の資料を用意してから執筆にかかっておられるのだろう。ただ、語尾はともかく言い回しの方がかなり特徴的で、私にとってみれば割とコピーし易い作家さんである。これだけ資料と期間があれば楽勝だ。

勢い込んで、私は大学ノートの手書き文字の解読を始めた。


『11月14日 午後15時過ぎ〜 食材を実際に見せてもらう キャベツ、ヤク肉、マトン 実際の香辛料 挽くと全く色が変わる、右が挽く前 香りが素晴らしい(>∇<)ノ』


・・・・・・最後の手書きの記号はなんですか?


『午後15時20分 ○○氏が戻ってくる 右から、厨房、鍋、食材の山と××さん、実によく喋ってくださる方 フレンドリィ 審査の時はお世話になりましたm(_ _)m』

えーと、顔文字?

これだけに留まらず、よく見てみると手書きメモは、恐ろしい勢いで全編( ̄◇ ̄)やら☆マークの嵐であった。全て手書き。念押ししておくが、大学ノートである。
I先生、当時4×歳。硬派かつ綿密な分析力で旅行記を執筆する男。そして、手書きの顔文字の使い手。先生、若過ぎです。

ところで一冊目の最後の辺りに、私は見るべきものを見てしまった。ちょっと後悔した。

『料理キタ━━(゚∀゚)━━ッ!!』

・・・Tさん、オレこの仕事やめちゃダメですか?
posted by しんざき at 20:08 | Comment(2) | TrackBack(0) | ゴーストライター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
文体かー。
http://mentai.2ch.net/book/kako/963/963421916.html
これちょっと面白い。
まあ死んだ人模写する仕事はないだろうけどね。
http://www.hirax.net/dekirukana4/style/index.html
ここからたどったんですが。
しんざきさんはhirax.net好きそうだと思ったんですがどうでしょう。
Posted by やの at 2005年03月05日 01:13
>文体模写してください
「我輩は猫である」バージョンに腹抱えて笑いました。冷めすぎだ、猫。しかしまあ、よくここまで職人さんが集まるものですね。

>まあ死んだ人模写する仕事はないだろうけどね。
実はそうでもない。いずれまた。

>しんざきさんはhirax.net好きそうだと思ったんですがどうでしょう。
勉強不足にて知りませんでした。これから熟読してみます。
取り敢えず、「なんだかよく分からないテーマを全力で探求しているページ」を私は無条件で好みます。
Posted by しんざき at 2005年03月05日 02:37
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