それは、剣と魔法とSFが占めていたゲームブック業界に、突如放り込まれた「音楽」だった。
まずは顔ぶれの話から始めよう。
私は創元っ子であり、創元推理文庫のゲームブックに一番親しんでいたので、創元のお話を中心にさせて頂くのだが。1987年という時代は、ゲームブック業界、あるいは創元推理文庫の「スーパー・アドベンチャー・ゲーム」において、「王道」が出そろった「次」の時代だった、と言えるかも知れない。
1985年から1986年に発売された創元ゲームブックというのは、例えば言わずと知れた「ソーサリー!」が1985年、ナムコの「ゼビウス」も1985年、「悪魔に魅せられし者」に始まるドルアーガ三部作が1986年、「ネバーランドのリンゴ」も1986年。
「吸血鬼の洞窟」や「シャドー砦の魔王」などに代表されるゴールデン・ドラゴン・ファンタジイシリーズも1986年。「巨大コンピューターの謎」に始まるデュマレスト二部作も1986年だった筈だ。どれもこれも、錚々たる顔ぶればかりである。
剣と魔法のファンタジーものは出そろった、SFものも顔ぶれがそろった。もしかするとここで、「王道以外」を求める向き、というものもあったのかも知れない。「客層を広げたい」という意図もあったのかも知れない。
クトゥルーもの高難度ゲームブックである「暗黒教団の陰謀」、林友彦先生の「二フルハイムのユリ」に次いで発売されたのが、このゲームブックだった。
「展覧会の絵」。1987年10月東京創元社より発売、森山安雄先生作。タイトル通り、ムソルグスキーのピアノ曲「展覧会の絵」をモチーフにしたゲームブックであり、「ゲームブックの最高傑作」としてこの一冊を挙げる人も少なくない名著である。
「記憶を失った吟遊詩人となって絵から絵へと旅をする」という、他に類を見ない独創的な舞台立てを始め、独特なシステム、物語調の語り口、米田仁士先生のイラストまで全てが組み合わさり、ゲームブック業界全体を見渡してもトップクラスの「完成された」一作だったと思う。こと「物語」の完成度に関していえば、後に「送り雛は瑠璃色の」が出現するまで、この作品に比肩するゲームブックは存在しなかったと言っても言い過ぎではないのではなかろうか。
参照ページとして、例によってWikipediaを挙げておく。
Wikipedia:展覧会の絵 (ゲームブック)
森山先生は現在「平田真夫」名義で執筆活動をされており、Webページもお持ちである。
さて、本作の話をしよう。
・さあ、リモージュの市場へ。
本作について語る際には、まず本作のストーリーと舞台立てについて書かない訳にはいかない。
本作において、「あなた」は記憶を失った吟遊詩人である。リモージュの市場で歌っていた「あなた」は、自分のことを知る一人の商人に声をかけられたことをきっかけに、「キエフの門」の印のついた絵の中を旅することになる。
このゲームブックは、ムソルグスキーの「展覧会の絵」と同様、十枚の絵、十のステージから構成されている。
・侏儒―地の精
・古城
・チュイルリーの庭
・ビドロ―牛の群れ
・卵の殻をつけた雛の踊り
・サミュエル・ゴールデンベルグとシュミイレ
・リモージュの市場
・地下墓地――死せる者の魂の言葉をもって
・バーバ・ヤーガと鶏の足の上の小屋
・キエフの大きな門
行く先々で、「あなた」は様々な人と出会い、徐々に、徐々に記憶を取り戻していく。果たして、冒頭の商人と、そして「あなた」は何者なのか。
既にこのストーリーの時点で「勝っている」と思うのは私だけではあるまい。倒さなくてはいけない敵がいる訳でも、助けなければならないお姫様がいる訳でもない、そのストーリーはまさに異色であり、またその物語は全体を通して一篇の楽曲の趣きがある。
その一つ一つの舞台も実に実に「味のある」描写ばかりで、ネタバレはアレなのでなるべく避けるが、特に7枚目「リモージュの市場」と8枚目「地下墓地」の辺りでは、「そうくるのか!!」と戦慄してしまう展開ばかりであった。一枚目のノームの洞窟から、「キエフの大きな門」の堂々たる大団円に至るまで、純度100%の「読ませる」構成である。
・楽師の身を守るのは?
「あなた」は勿論吟遊詩人である訳なので、剣も魔法も使えない。使えるのは唯一、ノームの洞窟で手に入れた「真の楽師の琴」のみである。
このゲームブックの一つの特徴として、「戦う手段と、ライフポイントが同じリソース」ということが言えると思う。
「真の楽師の琴」には、三本の弦が張ってあり、それぞれ旋律を持っている。
弾けばどんな人とも打ち解けることが出来る和解の旋律、魔法を打ち破ることが出来る魔除けの旋律、敵を打ち倒す戦いの旋律。「あなた」はこれら三つの旋律を使いこなして先に進んでいく訳なのだが、それぞれの旋律を弾ける回数は限定されており、必要な時に必要な旋律が弾けなかったり、メインの旋律を弾き切ってしまったりすると即ゲームオーバーになる。これ、ゲームに習熟するまでは結構厳しいバランスであったりする。
物語重視ゲームブックの宿命というべきか、「この旋律を弾かなくては詰み」という展開は結構あちらこちらで発生する。その為、初心者楽師は爪に火を灯すような思いで旋律をケチりながら進まなくてはいけない。この辺りのバランスが、このゲームブックの一つの醍醐味でもあった。
・リモージュの市場の女性楽師かわいい(真顔で)
展開の話をすれば、このゲームブックも二フルハイム同様「お伽話」の風情を有している部分が大きかったと思う。
「倒さなくてはならない敵」というのはあまり多くなく、ガチで戦う中ボスというのも、せいぜい古城の「砂の王」と「ビドロ―牛の群れ」のアレくらいである。後は、例えば凶悪なツラした狼男が船の渡しをやってくれたり、ライオンと喋ったら島への渡り方を教えてくれたり、ヴァンパイアも実は懐柔が可能であったりと、大筋平和な解決法を求められる場合が多い。
その為、攻略の話をすると、最も数が求められるのは「和解の旋律」である。これは間違いない。和解の旋律は、弾けばどんな人でも笑顔でにっこり、農民もうっとりすればシュミイレも物わかりがよくなり、動物と話せたりまでしてしまう訳なのだが、だからといってほいほい弾いていればあっという間に詰む。この辺リソース管理には注意しなくてはならない。
その一方、やはり「卵の殻をつけた雛の踊り」の展開にも触れない訳にはいくまい。このステージにおいて、「あなた」は突如鳥の雛となり、一時楽師でもなんでもない一羽の鳥として生きていくことになるのだが、ここの展開も実に実に味のある描写揃いである。それ程長くはないゲームブックなのにこの密度が詰め込めるというのは、森山先生の才能というべきだろう。
・ルビー手にはいんねぇ!!!(ブラッドストーンも)
ところで、ゲームブックとして考えると、「展覧会の絵」には若干の運ゲー側面がある。
このゲームブックの一つの目標として、「バーバ・ヤーガの12の宝石を集める」というものがある。12の宝石は誕生石それぞれと対応している訳なのだが、結構集めるのは難しく。ノーヒントの選択肢に正解しなくてはいけなかったり、ダイスである目が出ないと手に入らなかったりする。たとえルートを完璧に選択したとしても、運が悪いと12個の宝石コンプリートは不可能である。
とはいえ、12個コンプリートは別にクリアの必須要件という訳ではなく、最後に宝石を使う場面でもちゃんと救済措置はある訳ではあるが。システムがシンプルなだけに、選択がシビアになる場面がある側面は否定出来ないだろう。勿論、どちらかというとストーリーを味わうゲームブックだから別段問題ではないのだが。
何はともあれ、この「展覧会の絵」というゲームブックが、今に至っても輝きを失わない、「読むべき」ゲームブックであることは確かな事実だろう。創土社さんから復刊されているので、興味を持たれた方はご一読頂けるとよいのではないかと思う。
展覧会の絵 (ADVENTURE GAME NOVEL) [単行本]
今日はこの辺で。
関連:
ゲームブック半里を往く その4 ニフルハイムのユリ
ゲームブック半里を往く その3 スーパー・ブラックオニキス
2012年06月01日
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余りの懐かしさにコメント残させて頂きました。
挨拶だけですが失礼します。
超ご無沙汰しております。お元気ですか?
人生最良の頃の話です。
覚えていて頂けて嬉しいです♪
子育てに仕事に忙しいですが元気です〜