2012年07月24日

安易に「分かりやすい悪役」を作りたがるのはいい加減やめましょうよ

なんつうかなあ。

「迷彩服を区民に見せるな」 自衛隊の防災演習、東京の11の区が庁舎立ち入り拒否
自衛隊側が23区に「隊員を区役所庁舎内に立ち入らせてほしい」と要請していたにもかかわらず、11区が拒否していたことが22日までの産経新聞の調べで分かった。区職員の立ち会いも要請していたが、7区の防災担当者は立ち会わなかった。要請を拒否した区には「区民に迷彩服を見せたくなかった」と明かした担当者もいた。



平成24年7月23日付産経新聞朝刊記事について(抗議)│豊島区公式ホームページ
7月23日産経新聞の自衛隊訓練の記事について(中野区)
陸上自衛隊による統合防災演習の新聞記事について(港区)

まだ冒頭の文章に対する全ての反応が出そろった訳ではないが、所感としては全くの事実無根か、あるいはごく一部の事象を無暗に煽り立てたか、どちらかではないかという印象がある。最初は「事前のネゴ不足を大げさに書いてでもいるのではないか」と思ったが、どうもそれよりももうちょっと段階が進んだ話のようだ。

先に自分の立ち位置を明示しておくと、私はどちらかというと保守寄りのスタンスをとっており、例えば「市民団体のシュプレヒコール」のような言葉にはあまり親和的ではない。

ただ、それでも、冒頭の産経の報道はどうなんだよ、と思う。

当初感じたのは、「ちょっと編集が意図的過ぎるのではないか」「大多数の区が自衛隊に非協力的だったように見えるが、そんなことあり得るのか」という違和感と、「一見で判断しないルール」発動の必要性。いくらなんでも、公的な役場が、同じく公的な組織である自衛隊に対してそこまであからさまに非協力的になることはありえんだろ、という感覚だった。

端的に言うと、「事実無根じゃないのかも知れないが盛り過ぎじゃないか」というのが、私の第一感である。

感情を煽り立てることは、多くの人に反応してもらう為に有益だ。反応してもらえればもらえる程、あるメディアの影響力は増大する。そして、読者の感情を煽り立てる際、とても有益なのが「分かりやすい悪役を提示する」ことだ。この場合の悪役は、自衛隊を拒絶した「区の担当者」であったり、「シュプレヒコール」をしたという市民団体であったりする。

書く側として、「受ける」「たくさんの反応をもらえる」文章を書く、ということは、非常に魅力的だ。どんな書き手でもそうだ。

ただ、勿論それは、「受ける為なら何を書いてもいい」ということを意味しない。


今迄出てきている区の反応等を見ている限り、冒頭の文章は、盛り過ぎどころか、少なくとも部分的には誤報、ないしねつ造であるようだ。「「区民に迷彩服を見せたくなかった」と明かした担当者」とやらが、実際にいたかどうかすら疑わしい、と私は感じている。


いくら反応が欲しいからといって、「いない悪役」を無理やり作るなよ


立場がどうあれ、こういった「報道もどき」は決して許されることではないし、きちんと批判するべきだ。そして、「わかりやすい悪役」が提示された時は、一歩立ち止まって考えてみるべきである。そう思う。


手前味噌だが、以前書いたエントリーを挙げておく。お時間あればご一読頂けると。

「分かりやすい悪役がいる話には一見で飛びつかない」ルールを皆様導入するべき
posted by しんざき at 12:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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