2005年04月11日

政治的意見の強度に関して。

今日はなにやら難しげなエントリーが多い。なまじ忙しいと却ってこういうものが書きたくなるのかも知れない。

「内田樹の研究室」様の、「強い政治的意見」と「弱い政治的意見」について。

うーん、どうなのだろう。というのが第一感である。

前提条件に関してはそう思う。西欧や中東に比べて、隣国との外交問題に関して偏狭な意見を有する人が多いことは確かだろうし、それはある程度「距離の近さ」に付随する問題だろう。心理的要因も経済的要因もある。

以下の話は、内田氏がおっしゃっている中の
「排他的・非妥協的な政治的関係については、『弱い政治的意見』を語る」というルールを自らに課すことである。
「強い政治的対立」についてコメントするときには、あくまで「私見」の水準にふみとどまり、「公論」の地位を要求しないこと。

この部分にのっとり、弱い政治的意見=私見、強い政治的意見=公論あるいは公論であることを企図する意見、という定義を用いている。ミスリードがあったら申し訳ない。

まず、「公論」としての政治的意見を持つことをなるべく避け、私見の範囲に留めるというのは、まさに一昔前の日本がそうだったんじゃないかと思うのだが、そうでもなかったろうか。回帰論なら何も言うことはないのだが。

「排他的・非妥協的な政治的関係については、『弱い政治的意見』を語る」というルールを自らに課すことである。

方法論としてはおっしゃる通りだと思う。皆が強い政治的意見を控えて弱い政治的意見を表に出す様にすれば、それは確かに対立も収まるだろう。国家間の話し合いも実に穏やかになるに違いない。

その「自制のルール」がある程度の範囲に共有されたときに、

だが、この「ある程度の範囲」というのがまず問題になる。

例えば隣国との政治論争において、片方のみが「弱い政治的意見」を発したとして、もう片方が「強い政治的意見」のままである場合、政治的対立は「弱い政治的対立」には遷移しない。強い政治的意見の側の都合で問題が推移するのみだ。というか、アジアの某国ではここ40年くらいその構図が続いていた様に思うのだが、その結果がまさに現状である。片方だけが「弱い政治的意見」を発するという構図は、政治的対立を弱くはしなかったのだ。潜行はさせたかも知れないが。

つまりは、「弱い政治的対立」に話を遷移させる為には、二者の双方が「弱い政治的意見」を発する必要がある、ということになる。さてさて、これは可能だろうか。

もう一つの問題は、「弱い政治的意見」は「強い政治的意見」にかき消され勝ちである、ということにある。「弱い政治的意見」がいかに増えても、「強い政治的意見」を依然として主張し続ける層がいた場合、ある集団のオピニオンというものは強い政治的意見の方に流れる。というか、少なくとも外部からはそう見られる。これも、ここ4,50年のアジア某国がやはりそんな感じだったのではないか。

つまり、如何に「ある程度の範囲」まで弱い政治的意見を保持するスタンスが広まったとしても、ノイジーマイノリティが存在し続けてはまるっきり意味をなさないのではないか、というのが私の意見である。どんなものだろうか。

私としては、多くの人が「是非言いたい」という程度の政治的意見をもつことは、むしろ望ましいことなのではないかと思う。ノイジーマイノリティの声も比較的小さくなるし、投票率も上がるだろう。今までが無関心すぎたのではないかという思いもある。

ただ、無論のこと、「聞く耳」をもたない政治的意見は容易に偏狭に堕する。この点は内田氏のおっしゃる通りだ。そして、「強い政治的意見」と「聞く耳」が同居し得ないということもないのではないか。「公論」は飽くまで公論として、聞く耳をもつ様心掛けることが有益なのではあるまいか、と思う。これこそ理想論に過ぎないのかも知れないが。
posted by しんざき at 19:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 無謀的世評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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