アルジェリア人質事件に関する報道について、追記的に。
朝日新聞の実名報道及び無許可報道に対する抗議文
上記ブログから読み取る限り、「実名で報道しない」という約束があり、しかもそれを朝日新聞が反故にした、というのはどうも事実であるように思える。
となるとこれは、単純に信義や信頼の問題、「約束破っていいの?」という物凄く基本的なモラルの問題であり、メディアスクラムがどーとか、報道の自由がどーとか、そういう議論をする遥か以前のレベルの話となる。
「やくそくをやぶってはいけません」 本当にこれだけの話だ。
むしろ、マスメディア側の人がこの問題を、「メディアスクラムに対する批判」であるとか、「過熱報道に対する批判」であるとか、そういうスコープで捉えて語ろうとすること自体、話を一般化して責任を拡散しようとする我田引水議論と考えるべきなんじゃあるまいか。
アルジェリア人質殺害事件とメディアスクラム
カバの人が語るイメージ先行のメディア批判とメディアの説明責任
まあ一般化した批判に対するカウンターなんだろう、という点は慮るにしても、上記で一般的なスコープでの議論をされている方は、まずはマスメディア内部のモラルが低い記者と、それを容認してしまうデスクを、どう排除、ないし教育するかを考えるべきなんじゃないのかなあ。一般的な議論の題材に出来る程レベルが高い問題ではない、ということを認識するべきだ。
まあこれもずっと昔からの話なので、「排除出来るんならとっくにやってるよ」ってことかも知れないが。
2013年01月23日
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このタイミングでメディア側にシンプルに切り込むテレビ番組や新聞が出てくれば一気に人気獲得出来ると思うんだけどなあ。
「被害者の名前を公表するべきか否か」というメディア論というか原則論のレベルでの主張は総じて的外れに感じる。
「お前ら都合の良い時だけ正義面して報道する権利を主張するけど、結局のところ自分たちの都合が悪けりゃあっさり報道しないんだろ?」というような。
マスコミへの不信感がそろそろ行き着く所まで辿りつきつつあるんじゃなかろうか。
本当はマスメディアが一番腹を立ててないとおかしいんだけどな
取材ができなくなるって
なんだろうねこの現状
何せマスコミ様は「(自称)えらばれたゆうしゃ」様なんだから。
右とか左とか関係なく。
あらゆるものが自分(達)に便宜を図って当たり前、って傲慢があるんだろ。
「自分(達)は“えらばれたゆうしゃ”であり、その行動は全てに優先する。それに協力しないものは悪である。そして悪は滅ぼされなければいけない」ってマジで考えてるとしか思えねえんだが……。
特にここ最近の暴走っぷり見てると冗談抜きでタチ悪い。