2013年03月08日

レトロゲーム万里を往く その115 「ゲーメスト」が俺に教えてくれたこと

・「ゲームを攻略する」「ゲームが上手くなる」というのはどういうことなのか、ということ
・ゲームには、ただ遊んで、クリアする以外にも色んな楽しみ方があるんだ、ということ
・世の中にはスコアラーという連中がおり、そしてそこは決して別世界ではなく、頑張れば自分でも入っていける世界なんだ、ということ
・銀勲章の得点は非情にもランダムであるということ
・ガレッガの連射ボタンは致死性の罠以外の何物でもないということ
・誤植の原因は手書き文字を写植の人が見た通りに植字しなくてはいけないからだ、ということ
・ダッシュから羅砕刃と烈空破の二択をかければカブキ団十郎は理論上最強である筈だ、ということ
・100円一枚握ってゲーセンに駆け込むだけでも、そこには無限の楽しみ方があるんだ、ということ
・大人は軽々しく「もう一度同じミスをしたら小鉄のコスプレして謝る」とか言うべきではない、ということ



昔話から始めさせて欲しい。長文になるのでお暇な時にでも。


私には、兄が一人いる。兄は私より5歳年上であり、ゲーマーであり、子供時代の私のゲーム人生は、大体のところ兄の門前の小僧であった。

世の中の小学生中学生がコロコロやジャンプやボンボンを買っていた頃、我が家では私がファミマガ、兄がゲーメストを買っていた。

まだ子供だった私は、当初なかなかゲーセンには行けなかったが、以前書いたように、対戦台が隆盛し始めた頃、近所のゲーセンに少しずつ出入りするようになっていた。


その時、私の背中を押してくれたのが「ゲーメスト」だった。


1980年代末から1990年代に入る頃。そう、丁度「スーパーファミコン」が姿を見せるか見せないかという頃、「ファミマガ」「マル勝」「ファミ通」(それに勿論ジャンプやコロコロ)などを中心に、当時家庭用ゲームに関する雑誌は花盛りであったし、「家庭用ゲーム」というあり方は既に完全に子ども達のメジャーな趣味の一角として定着していた、と思う。

それに対して、「ゲームセンター」というものは、小学生にとってはまだまだ敷居が高い場所であり、中で何が起きているのか分からない場所だった。私にとって、「ゲーセンのゲーム」というものは、駄菓子屋においてある「Mr.Do!」であり、デパートの屋上に置いてあるアフターバーナーであり、ファミコンのゲームより物凄く、しかしなんだかよく分からないものだった。

当時、「ゲームセンターのゲーム」というものについて専門的に書いていたのは、ベーシックマガジンやBeep!やログインなどがあった筈だが、その中でも「ゲーセン専門誌」というのはゲーメストだけだった筈だ。


我が家には、ゲーメストがあった。そして、ゲーメストに展開されていた世界が私とゲーセンを繋いでくれた。この点で、今の私の人生の十何%かには、間違いなくゲーメストの影響があったのだ。


この記事では、私にとっての「ゲーメストから教わったこと」について、私的な記憶として書き連ねていきたいと思う。


○「ゲームの攻略」とは何なのか、ということ。

私はそもそも、「やり込む」とは何なのかを知らなかった。

少なくともファミコン初期、殆どのちびっ子ゲーマーとって、攻略とは「先の面に進むこと」であり「クリアすること」だった、と思う。多分。


「ゲーム攻略本」という物が、ある時期から急に広く、深くなった、ということについては、決して私一人の思いこみではあるまい。

ファミコン時代の攻略本というものには、恐らくまだ子供向けであることが強く企図されていたこともあり、そこまで「深い」ものは少なかった記憶がある。そこには、例えばマップが掲載されており、出現する敵のデータが掲載されており、RPGであれば攻略チャートが掲載されており、点数稼ぎのちょっとしたコツが掲載されており、時には裏ワザが掲載されており、最終面やラスボスについては「ここから先は自分の目で確かめてくれ!」であったりした(例外もあったが)。

勿論、それはそれで良かったのだ。子どもから見れば、それで十分役に立ったし、十分面白かった。


ゲーメストは違った。レベルが違い、扱うテーマが違った。


ゲーメストには、例えば「対戦攻略」があった。基本的な立ち周りテクニックが掲載されており、どの相手の、どの技を潰すにはどの技を使えばいいかが掲載されており、対空技には何を使えばいいかが掲載されており、フレームの有利不利が掲載されており、リバーサル昇竜の有効性について掲載されていた。

そして、三日月避けと八の字避けの有効性と利用場面が掲載されており、残機潰しと安地が掲載されており、ボスのどの攻撃をどう避ければいいかが掲載されており、高得点を得る為にはどういう順番でボスの装甲を剥がしていけばいいかが掲載されていた。

ベルトスクロールアクションで、レースゲームで、パズルゲームで、ウィングウォーで、既存のゲーム雑誌とはレベルの違う「マニアの本気」がそこにあった。


コロコロコミックで、我々は高橋名人に出会った。「ゲームが上手い大人」が本気を出すことの凄さに魅せられた。そこには、子どもとはレベルが違う、大人の本気と大人のテクニックがあった。


一方、まだ小学生から中学生だった私から見れば、ゲーメストには高橋名人しかいなかったのだ。そこでは「ライター」という、名前を半分出した本気の、大人のゲームマニア達が、本気でゲームをやり込んだその結果を、本気で読者に伝えようとしていた。彼らが時間に時間を重ねて見出した「テクニック」がそこには載っていた。ゲームをやり込まないと分からないことが、そこには載っていた。

そして、そんな認識から、私は「攻略とは何か」ということについて読み取った。

攻略とは「クリアする」ことではなく「やり込み、上達する」ことだったのだ。ゲームをやり込んで、対戦で連勝し、ベルトフロアアクションをワンコインクリアし、STGでスコアエントリーに自分のスコアネームを打ち込むことだったのだ。少なくとも、当時私はそう思ったし、今でも75%以上は本気でそう思っている。

この後、私はゲーセンで「ダライアス外伝」というゲームに出会い、ハイスコアを得る為に人生最大の「やり込み」をすることになるのだが、それは一旦別の話である。


ゲーメストに出会って、ゲームに対するスタンスが変わった。そういう人は、私以外にもそれなりにいたのではないか。

とにかく、ゲーメストという雑誌が、ゲーセンのゲームのバイブルである以上に、ゲームマニアが、ゲームに対する熱意を原動力に、「やり込み」という行為をド直球で読者に叩きつけた初めての商業誌である、ということは多分論を俟たないと思う。




○ゲーメストにひしめいていた、ライターの人々について

アディオスToshiさんとC・LANさん、あとK-TANさんのファンでした。

これについてはファミ通やログインの方が先かも知れないが、「ライターのキャラが立っていた」というのもゲーメストの重要極まる持ち味の一つだったと思う。

各ゲームの攻略ページには全てライターの筆名が記載しており、「あ、この人はこういうゲームが好きなんだ」であるとか、「あ、この人はこういうキャラが好きなんだ」というのが手に取るようにわかった。

例えば、レースゲームといったらほぼこの人、という「ずるずる」さんであったりとか。ダラ外攻略で随分お世話になった「松っちゃん」さんだとか。

ヴァンパイアでオルバス使いだった私は、同じオルバス使いと思われるK-TANさんの記事は随分読みこんだし、重量級キャラ使いと思われるアディオスToshiさんの記事も好きだった。一方、豪鬼といえばこの人、という立場に見えたC・LANさんは、ほうぼうのネタ記事にも姿を現していて、強烈な個性を放っていた。正直、ライターさんの名前を挙げていては切りがない。


そこにあったのは、一言で言うと「こだわり」。「俺はこのゲームが、このキャラが好きなんだ!」という強烈なこだわりが、どのライターさんからも溢れ出していて、それもゲーメストという雑誌を魅力的にさせていた。時には強烈にやる気がない書かれ方をした記事もあって、あーこれあんま好きじゃないキャラやらされてるんだな、というところが諸分かりだったことも味わい深かった。


ライターの人間性が露出しまくっていたあの雰囲気も、当時私が読んでいたファミマガなどには見られないもので、私はそんなところでも「この人達一体どんだけゲームやってるんや。。。」という思いと共に、ゲームの楽しみ方の一つを学んだ気がする。



○ところでゲーメストが豊富過ぎるネタ集積所でもあった件について

Webでは誤植ネタばかりが花盛りなので誤植についてはあまり触れないが、それ以上に強烈極まるネタはゲーメストにあり余りまくっていた、と私は思う。

例えば、豪鬼コマンドが丸ごと黒塗りにされたストIIXの攻略号であるとか。

例えばデュラルコマンドであるとか。

例えば喫煙狂団ヤニー教であるとか。

例えば、どうせ小鉄のコスプレするなら春麗のコスプレやる必要なかったんじゃ…という某田渕先生であるとか。

例えば、終始何を書いているのかよく分からなかったけど取り敢えず好きではあった猛者通信であるとか。


狙ってないネタも、狙ったネタも、とにかくゲーメストのネタはパワーに溢れまくっていた。これは、とりもなおさず、上述のライターさん達のパワーとイコールでもあったと思う。

読者コーナーである「ゲーメストアイランド」のレベルもイラスト・文章・ネタ問わず想像を絶しており、例えば「鋼の錬金術師」の荒川先生を始め、雑君先生や藤島じゅん先生など、様々な商業作家がここから出濾したことも有名な話である。

個人的には、「福田雄一郎」さんの、時に熱く、時に投げやりな文章ネタの数々と、「竹井床」さんの美麗なイラストの数々の印象が濃い。また、パズルコーナーのパズルがとにかく面白かったことも記憶に残っている。

恐らく、「ゲーメスト」に投稿経験がある絵師さん・ネタ師さんというのは、今でもWeb上に多くいるのではないだろうか。メストの魅力の一端を物語る要素だと思う。



長くなった。


あの頃ゲーメストで書いていた人々は、今でも一部はアルカディアで書いていらっしゃるし、一部はWebやその他業界の色々なところでご健在だ。私の人生の十何%かに影響を与えてくださった全ての人達に対して、深い感謝を捧げたいと思う。


今日はこの辺で。
posted by しんざき at 20:40 | Comment(7) | TrackBack(1) | レトロゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分はゲーメスト7号から買ってたなぁ。
きっかけは初代ダライアス。
ほとんど全部処分しちまったけど、ムック本とかはまだ何冊か持ってるなぁ。
もちろんダラ外とレイストも。
Posted by 名無し at 2013年03月09日 10:58
改めてゲーメストを読みたくなりました。

当時ゲーセンといえば、学校の先生がきたら
トイレに隠れたり、
うまく他の人に紛れて抜け出すことを準備しつつ
ゲームに熱中する場所でした。

カップラーメン食べながら、ゲーセンにおかれた
ゲーメストを読みふける時間は、何より至福の時でした。

KONAMIから出ていたGIジョーをワンコインでクリアしたときの、なんとも言えない満足感。

ゴールデンアックス2を1機も死なないでクリアしたのに
最高ランクにならなかったときの
「そういうことだったか・・・」と思った感じ。

忘れられません。
Posted by at 2013年03月09日 12:07
メストがまだB5?位のサイズの頃、懐かしいですね。魔法大作戦、バトルガレッガの頃からか残機潰等の調整が攻略法として出てきてついていけなくなりましたw
究極タイガー、雷電、ドギューン…今でもやりこみたくなりますねw

究極までやりこむ攻略=自分との戦い
達成感

まるげやに発売日の2日前にメストを買いに行っていた懐かしの日々。

おっさんになってドドンパチに手を出す勇気が無くなっているのか、情熱が薄れているのか、改めて考えてしまいます。
Posted by 柏のファンタジーの常連 at 2013年03月13日 12:34
たまたまたどりつきました
初代ゲーメストアイランド担当者です
4年半も前の記事だし足跡だけ残していきますね
Posted by 御旅屋 at 2017年10月10日 00:13
>たまたまたどりつきました
初代ゲーメストアイランド担当者です
4年半も前の記事だし足跡だけ残していきますね

ちょ、御旅屋喜久さんですか!?

ととと当時めっちゃ読んでおりました。こんな場末のブログの、しかもめっちゃ過去記事にお立ち寄り頂いて恐縮です。

確かアイランドだけでなく、攻略記事なんかも書いてらっしゃいましたよね…ボンジャックとかでしたっけ。

昔さんざん楽しませて頂いた身として御礼申し上げます。ありがとうございました。

Posted by しんざき at 2017年10月10日 00:34
攻略記事はスーパー魂斗羅の初級編くらいですよ
キスメットイヴとかスイートランドとかのプライズも少し書きましたが

あとは紹介程度ですね
Posted by 御旅屋 at 2017年10月10日 01:11
>御旅屋さん
おっとすいませんそうでしたか、確かボンジャックか、マイティボンジャックについても書かれていた気がして…記憶違いかもしれません。

アイランドは投稿してる方も編集側もものすごい独特の色が出ていて、当時色んなゲーム雑誌の読者コーナーの中でも出色でした
Posted by しんざき at 2017年10月12日 00:39
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