2013年05月12日

ゲームブック半里を往く その6 パンタクル


すいません、ピラミッドアミュレットは一体いつ使えるんでしょうか(あと闇のランプも)。


昔話から始めよう。

「ゼビウス」に続き、いわゆる「ドルアーガ三部作」が世に出たのは1986年。日本において、ゲームブックという遊びが盛り上がり始めた、まさにその真っ只中の出来事であった。

ドルアーガ三部作は、勿論原作となる「ドルアーガの塔」も凄かった訳だが、ゲームブック版であるその三作も、原作とは全く違った方向性で物凄かった。

本当に「塔の中で冒険している気分になる」物凄い臨場感。
無機質なダンジョンだった「ドルアーガの塔」に命を吹き込んだ数々のモンスター達と、生活感すら感じられる物凄い描写。
収集欲を無闇に煽り、入手出来れば快哉が口をついた、物凄いアイテム達。
そして、敵も味方も圧倒的な存在感に溢れていた、物凄いキャラクター達。

シンプルさこそが最大の武器だった当時のゲームに対して、「本」であることを最大限に生かしたその肉付けは、国産ゲームブックの最高峰と謳われるにふさわしい出来栄えだったと思う。これについては、以前一巻となる「悪魔に魅せられし者」について書いた。その内続きを書きたい。

ゲームブック半里を往く その2 悪魔に魅せられし者


で。「ドルアーガの後、何が起こったか」という話は、勿論色々ある訳なのだが、その内の一つに、「オリジナルキャラクターが勝手に歩き出した」というものがある。
そう。それは、「ドルアーガ三部作」の中でも際立って「キャラ立ち」していた、一人の天才魔道士のお話。


「パンタクル」。鈴木直人作のゲームブック。1989年、東京創元社から発売。「ティーンズ・パンタクル」「パンタクル2」の続編を経て、遠く2002年、「パンタクル1.01」として復刊されている。「スーパー・ブラックオニキス」に次ぐ鈴木先生の作品で、恐らく鈴木先生初の完全オリジナルの(つまり、コンピューターゲームが原作ではない)ゲームブックである筈だ。

「ドルアーガ三部作」での人気オリジナルキャラクターであった、天才魔道士「メスロン」が主人公の物語であり、ドルアーガ後、メスロンが故郷の「シャンバラー」に戻ってきて、故郷シャンバラーを蝕んでいた鬼達と戦う物語である。ゲームブックとしては他に類を見ない驚くべき魔法システムを始めとして、全体を貫く東洋風の世界観、ドルアーガ譲りのキャラクター描写から、戦闘バランス、成長バランス、謎解き、物語に至るまで、ゲームブックとしての完成度はドルアーガ三部作に比肩する程に高く、一級品と断言して差し支えないだろう。

概要についてはWikipediaに詳しい。

Wikipedia:パンタクル

さて、内容の話をしよう。


○ホームに戻ってきた天才魔道士。

そもそもメスロンとは何者だったのか、というのが最初の話となる。

ゲームブック版「ドルアーガの塔」において、メスロンは当初、「読者へのアドバイザー」という立場であった。プレイヤーであるギルよりも塔内では先行しており、行く先々で「天才魔道士」と噂され、あちらこちらにギルの助けとなる助言やアイテムを残してくれる。結局一巻では名前だけの登場となったメスロンは、二巻でも後半でついに読者の前に姿を現し、「ヘビメタ風の化粧をしたエルフっぽい美形少年」という、魔道士というイメージを斜め上にかっ飛ばした容姿で読者の度肝を抜き、同時に多くのファン層を獲得した。

天才魔道士でありながら、「東洋魔術には詳しいが、西洋魔術はまだ勉強中」という絶妙な設定のおかげで飽くまで「頼もしい仲間」ポジションに留まり、三巻ではまた様々なドラマを展開してくれた、そのキャラクターはギルやタウルス以上に存在感を発していたと言っていいだろう。

で。故郷の「シャンバラー」に戻ってきたメスロンは、当時の下馬評通りの天才っぷりを遺憾なく発揮することになった。ここで、この「パンタクル」というゲームブックの、唯一無二、最大最強の特徴が発揮されることになる。


つまり、「知っている全ての魔法を、魔法が使えるあらゆる場面で使うことが出来る」というシステムだ。


これ、コンピューターゲーム文化の人には凄さがわかりにくいと思う。

ゲームブックでは、当然のことながら、選択肢があったら選択肢があった分のパラグラフを作らなくてはいけない。だから、「不要と思われる」選択肢は、通常なかなか作られない。

「ある場面で、知っている魔法の内どの魔法を使うか」というのは、魔法が使えるあらゆるRPGで重要な要素だ。だが、「使える魔法」が多ければ多い程、選択肢は天井知らずに増えていく。管理めっちゃ大変。

なので、たとえば「ソーサリー!」やドルアーガ、あるいは「ドラゴンの目」なんかでは、場面ごとにある程度「使える魔法の選択肢」というものが制限されており、6つ表示された魔法の内正解になるのは1個か2個、という場面が多かった。たとえばワルキューレではそもそも使える魔法が数種類しかなかった(原作通りだが)し、ネバーランドや二フルハイムでもそれは同じだった。

それに対して、「パンタクル」では。主人公であるメスロンは、物語当初から15種類もの魔法が使えるし、最終的には20種類近くなる。これを、「この魔法を使うなら××番に進む」という一括管理型にし、全ての魔法使用可能場面に対し使った魔法の判定をする(勿論はずれもあるが)という物凄い荒業を使うことで、ありとあらゆる魔法を使いこなせるシステムを構築したのが「パンタクル」であり、鈴木直人先生だ。正直、このシステムだけで「パンタクル」はゲームブック史に残ると思う。

魔法を使う場面も多種多様で、どんなピンチからも緊急脱出出来る「三十六計の魔法」や単純に攻撃回数を増やして戦闘を楽にする「馬佐呂(ばさろ)の魔法」などもさることながら、本来は相手の武器を取り落とさせる「阿知地(あちち)の魔法」は時には鍵を相手から奪い取る為に使ったりするし、場面次第では自滅する最強の攻撃魔法「火界の魔法」は重要なキーアイテムである「蝋燭」の火を消すのに使ったりもする。


これだけの要素を詰め込み、かつ物語部分も相応に手厚いくせに項目数が全部で500というのはなんかズルしてるんじゃないかと疑う程の圧縮率である。鈴木先生のアイディアとセンスには脱帽する他ない。アイディアが先鋭的過ぎる為か、時折バグも見受けられるが、僅かな傷というべきだろう。

ちなみに、続編である「ティーンズ・パンタクル」や「パンタクル2」でも、それぞれで画期的なシステムが採用されている。パンタクルに比べれば完成度で一歩を譲るのではないか、という印象のある二作だが、それぞれきちんと独特のシステムになっている点は高く評価されるべきだと思う。まあこれについてはまたいずれ。


○迦陵頻かわいい(真顔で)

ところで、上でも書いたが、「パンタクル」は東洋的世界観の物語である。敵は、例えば緊那羅(キンナラ)であったり、例えば夜叉であったり、例えば迦楼羅(カルラ)であったりと、仏法の守護神の名前を戴く「鬼」達である。シャンバラーは鬼哭谷に巣食い、国王を呪殺し、王子の軍を撃破した彼ら鬼達を、実はシャンバラーの第二王子であったメスロンは、時には剣を振るい、時には魔法を操り、時には札をめくったり空中戦で追いかけっこをしたりしつつ退治していく。

敵も味方も、各キャラクターが「立って」いるのも、流石は鈴木直人先生というべきだろう。例えば何度も現れ策謀を弄する中陰童子であるとか、ワニそっくりの容姿をした豪商宮毘羅(ぐびら)王であるとか、メスロンと熾烈な魔術戦(武器を跳ね返したり返し損ねたりだが)を繰り広げる摩ゴ羅伽(マゴラカ)であるとか、召還魔法を手伝ってくれる牛頭(ごず)天王であるとか、敵も味方もとにかく味がある連中ばかりである。

一方で、散々逃げまくる為せっせと逃げ道を防がなくてはいけない緊那羅や、ある魔法を使うと調子に乗りすぎてまさに御伽噺のようなやられ方をしてしまう夜叉辺りも極めてキャラクターの完成度は高い。最後の最後を締める「あれ、この人どこのドルアーガですか?」という感じの闘神まで含めて、敵陣営の描写はどれをとっても素晴らしい。

鬼はきちんと悪逆無道であり、しかし強い奴も弱い奴も卑怯な奴も正々堂々とした奴もいて戦闘もとにかくバリエーション豊富。一方、旅のオアシスとなってくれる味方もちゃんといて、例えば大太郎法師(ダイダラボッチ)を何故か使役しつつメスロンを密やかにサポートしてくれる迦陵頻(かりょうびん)なんかは、登場は僅かながらヒロイン級の存在感を発している。印象に残らないキャラクターは一人もいない、鈴木直人先生のキャラクター描写には舌を巻くばかりである。


物語展開も素晴らしく、全体を通して荒廃した「鬼哭谷」の風景から、どこかに末世的な雰囲気を感じさせる旅の描写に、激しいラストダンジョン戦を経て、希望の中にもどこか寂漠としたエンディングは、頭の先から爪先まで一級品として差し支えない。「パンタクル」が、ドルアーガで培ったと思われる、鈴木直人先生の描写力が遺憾なく発揮された名品であることは論を俟たないだろう。

その雰囲気が、「ティーンズパンタクル」ではいきなり現代世界にぶっとび、「パンタクル2」ではかなりのお気楽ファンタジー感を見せたりもするのだが、まあこれは後の話。「パンタクル3」の登場を祈念してやまない訳である。

あと、あんまり関係ないが、結局「霧荒星」の魔法はレッドクリスタルロッドがない為ただの罠だったのだろうか。ラスボスをこの魔法で倒せ、という話かと思っていたのだが。

流石に長くなったので、今日はこの辺で一旦項を〆る。次は、同じく鈴木直人先生の作品について書いてみるつもりである。
posted by しんざき at 23:49 | Comment(7) | TrackBack(0) | ゲームブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事へのコメント
次回は・・・やはり7月末頃更新でしょうか?
期待しております。
http://www.soudosha.jp/kankokikaku.html
Posted by MNT at 2013年05月13日 00:38
鈴木直人氏は凄すぎましたよねぇ。
出すゲーム皆ホームラン、十割クリエイターなんて他に誰かいます?
しかもどれもコンセプトというかシステムというか絶妙に変えた上で。
そりゃ、この人にかなわないと思ってナオミ穣も筆を折るわけですよ。
パンタクル3も当時出てたら2のノリやシステムを継承したのか、それとも
まったく別物として出してたのか・・・とりあえず、夏ごろにでるらしい
魔界の滅亡リメイクに期待半分、不安半分ですが。
(魔界の滅亡って確か100手以内でドルアーガまでいけるんですよね。
さすがにそれだと能力が低すぎてズルでもしないと勝てないんですが)
Posted by 鈴木直人伝説ってあったよなぁ(しみじみ) at 2013年05月13日 01:00
待ってました!パンタクル!
むぼりんのゲームブックレビュー大好き。

また次回も期待してますよー
Posted by nei at 2013年05月13日 20:40
只今パンタクル絶賛プレイ中だが魔法とフィールドの自由度に圧巻。これを本で出来てしまう事にゲームブックの可能性を感じますね。是非再ブーム到来希望。
Posted by at 2014年09月10日 23:42
むあらぼしはちゃんと使えますよ。
三種の神器、でなくアイテムが必要ですが…。
Posted by 楽譜 at 2016年04月06日 13:54
>楽譜さん
えっ、本当ですか!?どの場面で使えるのかよかったらご教示いただければ…
Posted by しんざき at 2016年04月06日 14:40
パンタクルとそれ以降は、コンピュータープログラム的なゲーム構築が凄まじかったよね。

パンタクルの魔法システムは、『本』でありながら『魔法サブルーチン』を導入したと言える。

ストーリー本編と、別冊『魔法分岐と結果』を一冊に纏めた感じ?
Posted by あきゅ at 2017年02月04日 10:00
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック