2013年12月17日

木登りのコツについて子供に教えている話と、撤退戦の重要さと、いつか何かと結びつくような言葉を渡してあげたいなあという話

上の子(6歳)に教えていることの中に、「木や高いところに登る時は、降り方を良く考えてから登れ」ということがある。


私は基本的にバカなのであって、つまり高いところが大好きだし風邪もあまりひかない。これは昔からの話である。

で、高いところが大好きである故に、高いところに登るのも大体好きだ。木に登ったり、フェンスに登ったり、公衆便所の天井に登ったり、そこから落っこちて頭を10針程縫ったりする。頻繁にする。

多分、幼少時から数えると3桁近くは、高いところから落っこちる経験をしていると思う。一種のエキスパートである。


これは、そんな私の単なる経験則なのだが、


「ケガをするのは、登る時より降りる時」というものがある。


大体において、「登っている途中」という状態は案外危なくないものなのだ。危険は、これ以上登れなくなった時、ないし、一通り満足してさあ降りるか、という時に発生する。

登った時には使えた足場に、どういう訳か足が届かなかったりする。あるいは、角度の問題で足場自体が使えなかったりする。さあ大変だ。どうやって降りよう。


大体、ケガはそういう時に発生する。たとえば無理して飛び降りる時であるとか。目算を無視して降りようとして足を滑らせたりであるとか。

そんな時、「事前に降り方を考えているかどうか」というのはかなり重要だ。下から見て、「ああ、降りる時はああ降りればいいな」という目算を立てておく。事前のシミュレートがあるかないかは天地の差だ。多少でも考えを及ばせておくと、若干無理がある場所だったとしても、なんだかんだで無傷で降りられたりする。


ケガをするのは子供の仕事の一部みたいなもんであって、命に関わらなかったり、後にひかないようなケガであったら別段ケガしてもかまわんだろうとは思うわけなのだが、まあそれでも、心構えの一環としては、「木や高いところに登る時は、降り方を良く考えてから登れ」ということを教えている。

長男は元々慎重派であることもあって、一応それを頭に入れて遊んでいるように見える。


で。最近思ったのだが、これは結構普遍的な思考法かも知れない。


万事、「登っている時」「攻めている時」というのは、なんだかんだでそれ程足場を気にしなくてもガンガン進めたりする。隙が発生するのはふと立ち止まった時、ないし後戻りをする時であり、その時「戻る時はどうするか」というのを事前に考えているかどうか、ということでリスクはだいぶ違う。


勿論、「撤退戦の重要さ」というのは一般的な話だ。ただまあ、こどもの頃から「撤退」のことまで考えなくてもいいとは思うので、そこまで細かく説明する気はないが、いつか、「ああ、そういえば、親父がこんなこと言ってたなあ」というような形で、実際の経験と結びついてくれるといいんじゃないかなあ、と思う次第である。


頭の中のどこかに残っていて、ふとした拍子に実際の思考と繋がる。そんな種のような言葉を、こどもに残してあげられればいいなあ。

私は、そんな風に思っている。

posted by しんざき at 22:14 | Comment(3) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
片道分の燃料しか積めなかった人たちの事も考えてください!
Posted by しゅわっち at 2013年12月18日 09:25
徒然草でありましたね、そんな話。
Posted by at 2013年12月20日 21:59
人間諦めが肝心よ
Posted by at 2013年12月29日 08:46
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