2014年02月18日

こどもたちを見ていて、「言葉で意思が通じる」というのは物凄いことだなあ、と思った。

そんなに大した話じゃないのだが。

長女次女は共に2歳3か月。
最近、ようやくカタコトで言いたいことを表現できるようになってきた。

「牛乳飲みたいの?」と言えば、それが合っている時には「のみたいの。」と答える。
「そろそろ寝ようか?」と言えば、目をこすりながら「ねない!」と返答する。
私が帰ってきたところを見れば飛び上がって喜びながら「ぱぱおかえい!!」と言う。
私がパソコンに向かっていると、当然のように膝に乗っかってきて、モニターを指差して「あんぱんまんみたいの」とのたまう。ひどい時には、所有者である私に大して「ろいてー(どいて)」などと要求する。

時折「○○(長男の名前)、ねてうの(寝てるの)?」といった二語文を使う時もあり、言ったことが通じて、それにマッチした言葉が帰ってきた時のドヤ顔には相当ドヤドヤしいものがある。

で、長男の時にも思ったのだが、改めて認識した。


「言葉で意思疎通が出来るようになる」というのは、凄いことだ。


当たり前だが、言葉を形作る音節と、その意味の間に直接の相関はない。「ことば」というのは、単に「こ」と「と」と「ば」という、三つの文字の連続に過ぎない。

それが、二、三年程の経験をつむことによって、「意味」と結びつき、言語になる。


単なる「文字の連続」が、意味を持つものだと理解出来るまでに、一体どれだけの反復が必要なのか。

そして、その「意味を持った言葉」によって、自分の考え、自分の欲求、自分の感情を表現できるようになり、それが相手に通じるというのは、一体どれだけの喜びなのか。



長男も、長女も、次女も、カタコトが使えるようになってから、本当に嬉々として喋りまくるようになった。単に「泣いたら察してもらえる」ではなく、「自分の言葉が通じる」ということが嬉しくて嬉しくて仕方がないのだろう。

ゼロからのスタート、単に「何となく聞こえる音」が、言葉となり、更に自分がその言葉を口に出来るようになる、というのは、文字通り世界が広がる体験に違いない。言葉を覚えたばかりの子供以上に、「言葉を使う」ということに喜びを見出している人種を、私は他に知らない。

一言で言うと、「言葉を使えない状態」から、「言葉を使えるようになった状態」へのパワーアップ感、レベルアップ感が物凄い。ドラクエIIで言うと、さっきまでこんぼう装備だったのがいきなりいなづまのけんを装備したようなものである。


で。


これは単に気分だけの問題なのだが、子供たちを見ていて、子供たちの視点を共有することは、結構ある。端的に言うと、「子供の気分になる」ということになる。


思った。「言葉すげえ」と。「言いたいこと書けるのすげえ」と。


私自身、ほんの30年ちょっと前にようやく日本語が使えるようになったのだと思うと、今、こうして、「自分の言いたいことを言葉で表現できている」というのは、本当に奇跡的なことなんだと思う。我々は、言葉の貴重さ、言葉の凄さをもっと認識するべきだ。言葉やばい。


ということで、子供の気分になった私は、改めて「言葉が使える」という状態のパワーアップ感に感動したし、言葉を大事に使っていきたいと思った訳である。

今日言いたいことはそれくらい。
posted by しんざき at 22:06 | Comment(4) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
ちょっとポイントがずれてるかもですが。
自分の恋人が海外の人でお互いの母国語が通じず
意思疎通は翻訳アプリと稚拙な英語が精一杯の状態です。
だから、言葉で意志が通じる、って本当にすごいですよ!
Posted by 茶車 at 2014年02月18日 23:36
人間は言葉によって支配されているというのがありましたね。
ハイデガーでしたか。
言葉を覚えてしまうと、どうしても、世界を言葉で区切って見ることしかできなくなってしまう。
その意味では生まれたての赤ん坊こそが最も純粋に世界を認識しているのだそうです。
Posted by at 2014年02月19日 09:56
言葉って凄いですよね
たまに「言わなくてもわかるだろ」とか言われる場合がありますけど言わなきゃわかんねーっす。
逆に自分で「あー、先に言っておけばよかったなー」と悔いる時もありますよね
Posted by ハマの三文芝居 at 2014年02月19日 22:08
記事について同意で且つ、
言葉の不完全性を忘れずに居ないといけないなと、
最近特に思います

人と対面して言葉を媒介にコミュニケーションするのは
感情も伝わって、意図も誤解されづらく、
また経験次第で騙されにくくも有り、良いんですが

メールなどの抑揚のない言葉だけの世界では
誤解や極論ばかりになりがちで危うい
そういった状況を本当に良く目にします

確かに言葉は凄い道具なんですが万能ではない
道具全般に言えることなのかもしれません

>言葉を大事に使っていきたいと思った訳である。
心底そう思います
Posted by あ at 2014年03月02日 23:50
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