2014年09月29日

楽しめないものを無理に楽しむ必要はないし、楽しんでいる人に水をぶっかける必要もない



タイトルで完結しているんですが。

先に書きたいことを全部書いてしまうと、


・「○○が俺には楽しめない、楽しくない」というのを書いたり、分析したり、批判したりするのは全く問題ないと思います
・ただ、そういった内容を、「○○って一体どこが面白いの?」といった形で、楽しんでいる人達に投げかけると角が立つことが多い気がします
・自分が楽しめないもの、好みが合わないものがあるのは当然ですが、わざわざ楽しんでいる人達に水をぶっかける必要もないんじゃないでしょうか


という程度の内容になります。大した話でないことは看取して頂けると思います。


以下はただの補足なので、読みたい人だけ読んでください。


まず第一に、好みというものは誰にでもありますし、許容範囲というものも勿論人それぞれなので、「(皆は楽しいって言ってるけど)○○が俺にはあんまり面白くない」というのはあって当然です。面白くないと感じるものをわざわざ楽しもうとする、というのも、端的に言って時間の無駄、人生の浪費です。

で、私自身は「何かを批判するんならある程度対象について知っておくのが礼儀」だと思ってはいるのですが、とはいえ「面白い」と感じられないものについて「面白くない」と主張するのは全くの自由だと思います。「○○のどこが、どの様に面白くないのか」という議論は、良質な内容であれば文句なくコンテンツになります。内容によっては、それを楽しんでいる人達の糧にすらなり得るでしょう。


ただ。「俺には面白くない」というのは別にいいとして、「これを楽しんでるヤツらは何なの?」という形で、楽しんでいる人達にまでケチを付け始めると、そりゃ当然喧嘩になります。自分にとっての「面白くない」という感想が尊重されるべきであるのと同様に、他人にとっての「面白い」という感想も勿論尊重されるべきです。そこに水をぶっかけるのはあんまりよろしくない。


などということを考えたのは、以前から、「○○って一体どこが面白いの?」という発言を起点にした論争というか、口喧嘩を観測することが非常に頻繁にあるなあ、と思っていた為であります。

ちょっとぐぐってみたところ、典型的なパターンが補足出来たので紹介してみます。

ダウンタウンの一体何が面白いのかを誰か説明して下さい。

余りにも典型的ですね。こりゃ角が立ちます。角立ちマッハブレイカーです。

まあ、上のエントリーの場合、「まぁ正直言うと自分の中である程度の答えは既に出ていて、その証拠が欲しいだけなんですけどね。」「どうせそんな奴らばかりなんでしょ?ダウンタウンファンて。」とまで書いちゃってるので、余りにもRockというかちょっと北斗の拳のモヒカン要素が強過ぎる気はしますが。ただ、ここまで極端かどうかはともかく、似たような場面はかなり頻繁に観測します。


「○○って一体どこが面白いの?」という発言をする時、大体の場合その人の中ではもう結論が出てます。「面白くない」「楽しめない」んですよね。それ自体は、単に「面白くない」ことの表出なので、特段問題ないと思います。

ただ、そこを一歩進んで、○○ファンの人達にそういう「疑問を装った否定」を投げかけた上で、返ってきた反応をないがしろにするのは、そりゃあんまりよろしくありません。しかし、「どこが面白いのか誰か教えて?」などといった時、質問者は往々にして、返ってきた答えを否定する気満々だったりします。


要するに、「○○って一体どこが面白いの?」から「どこが面白いのか誰か教えて?」のコンボを決めた時、「○○が楽しめない」という地点を通り過ぎて、「○○を楽しんでいるヤツを見下してやろう」という欲求がメラメラしている場合が結構あるように見受けられるんですね。上のダウンタウンの話なんかその典型です。


自分が「何故楽しめないのか」を主張するのは自由だけれど、だからといって「それを楽しんでいる人達」を否定していい訳ではない。

何故かと言うと、「楽しくない」ということを主張する自由は、「人それぞれ好みがあるから」という当然の前提によって担保されているから。「人それぞれ好みがある」ということは、「楽しい」という人も尊重しなくてはいけない道理です。


早い話、「俺にはそれは楽しくないし、無理に楽しもうとも思わないけど、楽しんでいる人は否定しないよ」というスタンスが結構大事なんじゃねえかなあ、と思ったりする訳なんですね。


私自身、「これ面白ぇ!!!」というものが山ほどあるのと同じように、「これあんまり面白くねえなあ」というものも色々あります。その中には、ある程度摂取してみて「面白くなかった」ものもありますし、純然たる食わず嫌いなものもあります。時には、「これ面白くない」ということを主張したりもします。


ただ、根底にある、「楽しんでる人のことは否定しない」という点については、今後とも気を付けていきたいなあ、と思うわけです。なんか言い過ぎることがあったらご指摘ください。



上と同じような話で、「単に「これ面白くない」と言われただけで自分が否定されたような気になっちゃう人」というのも世の中にはいて、それはそれで色々面倒な話なんですが、まあそれについてはまた今度。

今日書きたいことはそれくらいです。

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posted by しんざき at 20:16 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
仰っていること、全然分からないです。
>「○○って一体どこが面白いの?」

この質問は純粋に分からないから教えて欲しくて聞いているんですよ?
単純にうらやましいんです。楽しめないより楽しめた方が良いので。

過去に同じような質問をし、友人の反感を買ってしまったことがあります。自分としては純粋に教えて欲しかっただけです。楽しめない性格なのでコツを聞きたかった。

なのになぜそう卑屈に捉えるんでしょうか?自信がないのですか?
Posted by 通りすがり at 2015年08月06日 02:14
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