この記事で書きたいことを最初にまとめておくと、
・川崎の殺人事件の件で、容疑者や容疑者家族の情報がWebで晒されまくっているという話を観測しました
・当該事件の犯人は法によって厳正に裁かれるべきですが、「個人が」「容疑者に」害意を向け、それを実行するのは単なる私刑であり、もっというと犯罪です
・加害者と被害者のプライバシーのバランスの問題は、「被害者のプライバシーが守られるようになる」という方向で行われるべきであり、「加害者のプライバシーを侵犯する」という方向性で行われるべきではありません
・こういうことが起きると、スマイリーキクチ氏の中傷被害事件を思い出しますですよ
・当該事件も、「根拠が明確でない情報を」「主観的な正義感を持った人たちが勝手に信じ込み、拡散して」起きた点で、今回の件と通底する部分があり、場合によっては将来的にまた似たようなことが起きてしまう可能性すらあると思います
・そういうことが起きちゃうとめっさ大変なので、プライバシー晒しはやめましょうよ皆さん
上のような感じになります。忙しい方は、上の6項目だけ読んで頂ければこれ以下を読む必要は特にないです。
ということで、言いたいことは全部言ってしまいましたので、後はざっくばらんに書きます。大方の部分は当たり前の話なんですが、当たり前の話を繰り返す意味というものもあると思うので。
まず、Jcastに掲示されていた下記の記事があります。
一方、ネットでは容疑者3人の身元を特定したとし、実名や顔写真、住所を晒しあげる行為が熱心に行われている。警察はこうした情報を一切公表していないが、逮捕前から「こいつらしい」とまことしやかに拡散され続けていた。えーとですね、「心情は理解出来る」とかいっちゃうと一部の方には伝わらないと思いますので全否定しますけど、これ、ダメだと思います。ダメダメです。超ダメです。ダメの極致です。
逮捕された3人のうち、全員ではないものの一部の年齢が一致したことでさらに盛り上がり、
「世間が忘れても、地獄の果てまで追い詰めてやる」
「犯罪の抑止の観点から遠慮なく貼らせて頂きますね 」
「犯人はこいつらだ。絶対に許すなよ」
などと投稿する人は後を絶たない。さらに、容疑者の家族とされる人物の顔写真を投稿したり、自宅とみられる場所まで行って動画を撮影、配信したりする人まで現れた。
ダメな理由は幾つもあります。
・そもそも、こういった個人情報が「確かに容疑者・容疑者家族のものである」という保証をすることが出来ず、全くの赤の他人である可能性もある
・仮に容疑者のものであったとしても、当たり前の話だが「容疑者」と「犯人」は違うものであり、「犯人」でない可能性もある
・仮に仮に犯人のものであったとしても、「犯人」は法によって罰されるべきであり、赤の他人の溜飲を下げる為に私刑の対象になるべきではない
・勿論、「犯人」について冤罪の可能性を留意する必要もある
・言うまでもなく、「容疑者」や「犯人」の家族が赤の他人によって罰せられるべき必然性も一切ない
・「犯罪の抑止の為に」という根拠が一切不明。「個人情報が晒されるかも知れないから」という理由で犯罪を思いとどまる向きがどれだけあるのか、統計的にもさっぱり分からない
他にも細かい点は色々あると思うんですが、ぱっと挙げただけでも見上げんばかりのダメダメの山だと思うんですよね。どこの悪魔の実だよってくらいの。
言うまでもないことですが、今回の事件は非常に痛ましい事件ですし、私自身子の親として、「もし自分の子どもが同じようなことに巻き込まれたら」と思うと心底ぞっとしますし、犯人が正当に罰されること、同じような犯罪が今後繰り返されないことを望みます。その際、罰則の軽重については確かに議論の対象になるのかも知れませんし、その過程で少年法についても議論の対象になるのかも知れません。
ですが、それは飽くまで「法の下の裁きが適正かどうか」という方向で議論されるべき話であって、「法が裁かないなら俺が裁く!!」と言わんばかりに、気持ちよくなりたい個人が尻馬に乗るべき話ではない。
なにより私が危惧するのは、「誤爆の危険性がデカ過ぎること」です。
今回晒されている個人情報が実際に容疑者のものなのかどうか、というのは、本質的な問題じゃありません。
問題なのは、
・これは確かに「犯人」の個人情報である、と保証出来る人は誰もいない(今の時点では警察だって出来やしない)
→「犯人」である根拠なしに誰かの個人情報をまき散らすことが許容されてしまうと、必ず赤の他人の個人情報がまき散らされてしまう
→それが物凄い中傷被害を呼ぶ可能性がある
ということです。いや、たとえ「犯人」だったとしても私刑は許されない話ですが、それは一旦おいておきます。
スマイリーキクチ中傷被害事件、という事件があります。まさに、上のjcastの記事でも、スマイリーキクチ氏がコメントを寄せられています。私、この事件は、Webを常用している誰もが認識しておかなくてはいけない事件だ、と考えています。
スマイリーキクチ氏自身の著作がありますので、本来そちらを当たるのが望ましいとは思うんですが、この件についてはWikipediaの当該ページも、サマリーとして正当な内容にはなっていると思います。
Amazon:突然、僕は殺人犯にされた 〜ネット中傷被害を受けた10年間
wikipedia:スマイリーキクチ中傷被害事件
ちょっと量が多いですが、一部をWikipediaの記述から引用します。
お笑いタレントのスマイリーキクチは1999年春から、キクチが女子高生コンクリート詰め殺人事件(以下、コンクリ事件)で殺人に関与した犯人である(以下、コンクリ事件キクチ犯人説)と信じている者たちからネット上の匿名掲示板などで中傷されるようになった[5][6]。1989年に発覚したコンクリ事件は犯行形態から世間を震撼させた凶悪事件でありながら、犯人たちが未成年であったために少年法の規定により犯人は匿名報道となって世間に広く知られることはなかった。ネット上では、「殺人事件の犯人を憎む者」「犯行に興味のある者」が、様々な手法で調べた犯人のプロフィール(実名、職業、友人)を載せて世間に広めるなど、犯人を糾弾し続ける活動が存在した[7]。
さらに「キクチはコンクリ事件のことをお笑いのネタにした」という事実無根の書き込みがあり、それを信じた者たちがネット上で「キクチはコンクリ事件に関与したにもかかわらず、反省もせずに芸能人として堂々とテレビに出続けている」「それだけでなく、キクチはコンクリ事件のことをお笑いのネタにした」とキクチを中傷していた[11][6]。
2002年に念のため所属事務所のHP上で「コンクリ事件への関与」と「コンクリ事件をお笑いのネタにした噂」を否定した[12][9]が、ネット上では逆に「やってない証拠を出せ」「火のない所に煙は立たない」と反論されるなど中傷は収まらなかった[13][9]。
2008年4月からキクチは警視庁のハイテク犯罪対策捜査センターや中野署の生活安全課に相談したが、「(キクチさんを)本気でコンクリ事件の犯人と信じている人はいない」「削除依頼をして様子を見ましょう」「様子を見ればネット誹謗中傷は落ち着く」「(芸能人だから)有名税みたいなもの」「(中傷コメントは)遊びだと思う」「(キクチさんは)インターネットなんてやらなければいい」「殺されそうになったとか、誰かが殺されたとかがないなら刑事事件にできない」「殺されたら捜査しますよ」と言われ相手にされなかった[33][15]。
コンクリ事件キクチ犯人説を信じてはいないが面白半分で中傷コメントを書いた、という1人を除き、中傷犯たちはネット上で流布されていたキクチ犯人説を信じていた(前述の北芝の本を根拠としていたのは8人)。警察は彼らに対し「キクチ氏とコンクリ事件は無関係で、ネット上のキクチ犯人説は事実無根」と知らせた上で、北芝の所属事務所と本を出版した河出書房新社からの「キクチ氏とコンクリ事件は無関係」とする内容証明を見せた[52]。すると、中傷犯たちは「ネットに騙された」「本に騙された」と責任をなすりつけ、「仕事、人間関係など私生活で辛いことがありムシャクシャしていた」「離婚して辛かった。キクチはただ中傷されただけで、自分のほうが辛い」「他の人は何度もやっているのに、なぜ一度しかやっていない自分が捕まるのか」と被害者意識をあらわにした[51][53]。「言論の自由」を主張した中傷犯は刑事から「表現の自由なら自分の名前が書かれてもよいのか」と問われると「キクチは芸能人だから書かれてもよいが、自分は一般人で将来もあるから嫌だ」という無責任な発言をした[51]。いや、これ、最終的にはなんとか収束した訳ではありますが、もし自分が同じ立場になったらかなりの絶望感があると思いますよ。スマイリーキクチ氏の場合、ご自身が所属する事務所を始め、ある程度反撃する力があったからかろうじて収束に持っていけたわけで、何のバックボーンもない個人であれば、それこそ泣き寝入りする以外の手がないでしょうし、具体的な実害を受ける可能性もかなり高いでしょう。
今回の件でまき散らされた個人情報の中に、赤の他人の個人情報があったとして、その「赤の他人」が上のような被害にあったとして、まき散らした人はその責任とれるんですか、という話が一番大きい。web冤罪、とでもいうべきものが、我々が今見ているWebで実際に起きたのです。
上記、スマイリーキクチ氏の事件についていえば、起きた原因の内もっとも大きいのは「犯人の情報が不明確であったこと」ではあります。その為、「こういうことを防ぐ為にも、少年法61条を改正して、犯人の個人情報をきちんと公開するべき」という議論も起こり得るでしょう。また、マスメディアに対する、「加害者の個人情報が隠される中、どうして被害者の個人情報は公開されるのか」という、一種の不公正さを責める論調が強いことも理解は出来ます。
これについては、恐らく更生の可能性だとか出所後の対応どうすんのとか冤罪だったらどうすんのとか、そういう点から議論をしなくてはいけないんだと思いますが、私自身はどちらかというと、実名報道自体のメリットについて懐疑的である為、「被害者の個人情報が守られる」という方向になるべきだと考えています。いや、色々報道側の論理は認識しているんですが、殺人事件の被害者の個人情報や実名が公開されることでどんなメリットがあるのか、どうしても理解出来ないんですよね…。
あと、スマイリーキクチ氏の事件でよく分かるのは、「主観的な正義感で脳みそ沸騰させちゃった人は、明白な事実でも無視する、ないし受け入れない傾向がある」ということですので、たとえ「犯人」の実名が後の報道で明らかになったとしても、中傷が完全には収束しないかも知れないという点も気になるところではあります。実際、スマイリーキクチ氏の事件を最終的に収束させたのは裁判所への提訴であって、警察の保証じゃないんですよね。
実名報道の是非については下記記事にサマリーされているので、そちらをご参照ください。
Wikipedia:実名報道
昔も似たようなこと書きました。お時間あれば下記もどうぞ。
不倒城:アルジェリア人質事件に関するBLOGOSの記事は、議論のすり替えしかしていない
あと、上の方で書いた「個人情報晒しによる犯罪抑止力」という点も、非常に難しいところだと思います。抑止力がある、ない、という話をするなら、統計に基づいた議論が必須だと思うんですが、「ネットで晒されそうだから障害や殺人を思いとどまるかどうか」という統計が提示された例を、寡聞にして私は知りません。少なくとも、統計がない以上は「抑止力がある」という前提で話せないことは自明でしょう。
個人的には、衝動的な部分が多分に多い少年犯罪において、ネットでの晒しなんてものが抑止になるのか、私は非常に懐疑的なんですが…。
結局のところ、「主観的な正義感を元に脊髄反射で頭を沸騰させるとろくなことにならない」というのが私の意見であり、それも含めて、ネガティブな事件に紐づく形で個人情報を晒すことは、皆さま厳に自重されるべきである、と思うところ切であります。
若干テーマが違いますが、下記は関連エントリー。
不倒城:「分かりやすい悪役がいる話には一見で飛びつかない」ルールを皆様導入するべき
不倒城:藁人形をデマ情報で燃やして、注目を集めようとする人達
今日書きたいことはそれくらいです。
記事で挙がってるような大きな事件化がされてやっと何人かを取り締まる程度のことにしかならないんですから・・・。
マスコミが晒さないから晒してやってるんじゃん
上の人みたいに全く中身が読めないか、
「どーでもいいよ、気持ちよくなるためにやってるんだから」
と開き直るかなんですよね。
「正義感で頭が沸騰してる」人だけじゃなくて、
「獲物を見つけたから悪意でやってる」人も相当多い。
だから根が深い。
嘆かわしいことです。
スマイリーキクチの後を次ぐようにして、数年間続いて逮捕者も出ているにもかかわらず続いている唐澤弁護士に対する中傷
捜査当局の誤認逮捕や暴走も、もしかしたら万が一ありえるかもしれないと頭の片隅にいれとかないと。
しかしそれはあくまで法の問題であって、「少年法が不十分であるから私的制裁を加えて良い」ことにはなりませんよね。
犯人を特定するために警察が居り、被告に判決を下すために裁判所がある。赤の他人は裁判員でない限りそこに関わるべきではない筈です。
関わってよいのはあくまで法を定める議員を決める時のみです。少年法に文句があるなら法に文句をいうべき。少年法を名分とした一連の行為は全く正義ではないし、罪の正否に関わらず罪になり得ます。
家族や犯人グループだけじゃなくて、
犯人の単なる友人や、クラスメイトや
所属する部活やバイト先の人間まで
晒しの対象になりそうなのが怖い
(間違った)正義感で動いてるタイプの人は
さすがにそこまではやらないかもしれないけど、
正義を振りかざして面白半分で晒しに加担してるタイプの人間は
どこまでやるか分からんから
自分なりの「正義感」で動いたなら犯罪行為が正当化されるとでも思っているのでしょうか。
そんなことをいったら今回の事件も(報道されていることが事実と仮定して)ちくりや態度の悪さに対し憤り自分なりの「正義感」から出た犯罪かもしれません。
>マスコミが晒さないから晒してやってるんじゃん
法律のほの字も分かってないやつが上から目線で草