毎度てきとーなことを書き連ねているが、今回も同じくてきとーに話を進める。前回、「少年漫画と少女漫画の境界線はどこにあるのか、についての準備稿。」の続き。長くなりそうなので何回かに分ける。
まず前回、準備稿では皆さんたくさんのコメントを下さってありがとーございます。多分あれくらいシンプルな方が読みやすいと思うんですが、「意味があるんだかないんだか微妙なことを全力で考察」のコンセプトにのっとって、本論を書かせていただこーかと思います。
以下常態。
まず最初に断っておかなくてはいけないのだが、この話はどこまで行っても「傾向」である。別に、少女漫画と少年漫画がはっきり二つに割れるとも思っておらんし、例外だっていくらでもあるだろう。何よりそこまで広範な知識がある訳でもない。
まあそれは前提として、とりあえず前回挙げた内容の分析めいたことをしてみたいと思う。
少女漫画では比較的主人公が修行しない。
今回は、まずこれだ。修行。これかなり重要なキーワード。
少年漫画はとにかく修行する。きわめて修行する。特訓、という言い方をすることもある。完全なギャグ漫画を除けば、特にジャンプ系の幾多の少年漫画において、修行しない漫画ははっきりと少数派なのではあるまいか。これは格闘系漫画に限らず、たとえばスポーツ系漫画、料理系漫画でもごくごく一般的に見られ、時には推理系漫画や恋愛系漫画でも修行の姿が見られることがある。
とりあえずここから始めてみよう。
・修行、とは一体なんですか。
修行と練習の差は、特に少年漫画においてはごくごくわかりやすい。前者が「強くなること」後者が「上手くなること」だ。
順番に話を進める。
これは別に少年漫画に限った話ではないが、漫画の展開において「対立構造」というものはひっじょーに重要な要素である。なんか言い方は難しいが、要は「敵と味方」であるとか、「主人公とラスボス」であるとか、「自分のチームと最大のライバル」であるとか、或いは「少年とその前に立ちふさがる難関」であるとか、その類のものだ。二つの対立要素を持ち込むと、作者は非常に話を組み立てやすくなる。
対立要素の有名どころをいくつか挙げてみよう。わからない部分はスルーして頂きたい。
・ルフィとアーロン
・犬夜叉と奈落
・南葛と東邦
・ヤムチャとサイバイマン
・パンタジアとサンピエール
・承太郎とディオ
・シンと神崎
・幽助と戸愚呂弟
・前田と薬師寺
・泥門と王城
・銀河と赤兜
なんか偏った。まあいいや。
まず少年漫画の特徴として、この「対立構造」が基本的にシンプルである。 別に善とか悪とかはっきりと二元化しなくても、なにとなにが対立している、というのは話の中で簡潔に明示されることが多い。(特に一昔前のものが)
そして、更なる少年漫画の特徴として、この「対立構造」を克服することが話のメインとなることが多い。たとえば強力な敵とかライバルが現れる。主人公、苦戦する。で、これをどうにかこうにか倒すことが当面の物語の主要展開となる、という場合が極めて多い。
前回のコメントでも色々と頂いた。引用させて頂く。
少女漫画は比較的ラスボスがいない
少年漫画はイチバンになることを目標となる。
もっとぶっちゃけた話をしてしまえば、少年漫画のメインテーマは多くの場合「勝負」なのである。逆の言い方をすると、この「勝負」以外にメインとなる枠組みが盛り込まれている、あるいは「勝負」の概念が簡潔でなくなり始めると、その漫画は少年漫画という枠組みから外れつつある、と言ってもいいだろう。例えばレベルEはあまり少年漫画ではない。また、高橋留美子の諸漫画は区分が難しい。
そして、その「勝負」に勝つ為に、大抵の場合主人公は「強く」ならなくてはならない。その手段が修行、という訳なのである。ジャンプの三大要素など、丁度少年漫画のメインテーマを簡潔に表しているではないか。「努力」(修行して強くなる)「友情」(仲間を増やして強くなる)「勝利」(で、勝つ)と。
つまりは、少年が「強くなる」「で、勝つ」というテーマを非常に好むが故の少年漫画なのではないか、と私はとりあえず考えるのである。だからこそ、よくある展開として主人公は「一度負けなくてはいけない」。壁にぶち当たって、それを乗り越えてこそ「強くなる」の部分のカタルシスが大きくなる。悟空が初対面でピッコロをあさっての方向に吹っ飛ばしていては、話は盛り上がり様がないのである。
・では、少女漫画との違いはどこにあるですか。
少女漫画では比較的主人公が修行しない。
そもそも「少年漫画」とか「少女漫画」のこの枕言葉は何かとゆーと、対象者である。その漫画が、「基本的には」誰に向かって書かれているのか、というのがこの枕言葉の意味するところだ。つまりは、少年漫画には基本的に少年向けのテーマが描かれており、少女漫画には基本的に少女向けのテーマが描かれている、といっていいだろう。
少女漫画にも当然のことながら対立構造がある。多くの場合、主人公にはライバルがいる。スポーツのライバルであることもあり、恋愛のライバルであることもあり、勉強のライバルであることもある。で、そのライバルが後に親友になることも結構ある。
じゃあ少年漫画との違いはどこにあるかというと、大きく分けて二つある。
・対立構造自体が物語の大枠になることが少ない。
・対立構造が精神的要素を強くもっていることが多い。
要は、単純な「ガチンコ」とか「強くなる」といった話の展開を好むのは、少女よりも少年である傾向が強い、ということになるのではあるまいか。
よく言われる話で、少女の方が少年よりも精神的成長が早いとか言う話がある。私観としては、これはどちらかというと単純に興味を持つものの違いであり、ガチンコよりも精神的になんとなく難しいものの方が年上要素とみなされるから、成長の違いというよりはジャンルの違いなのではないかと思ってはいるのだが、少女漫画を見る限りでは「勝負」がメインテーマになっている漫画は比較的少ない。故に、その「勝負」の重大な構成要素である「修行」もあんまりお話に出てこない、と大体こんなところではないだろうか。
・修行にまつわるエトセトラ
では、次に「修行」自体についてもうちょっと分析してみよう。
少年漫画の「修行」において、よくある展開が「一見関係ねー」ということである。例えばボクシング漫画において、練習を一見するとまったくボクシングの練習とは思えない。主人公は単にプールに浸かっているだけだったり、目隠しをしてひたすら首を振ったりしている。だが、実はこれが重要な練習法であり、主人公は後にその効果を実感することになる、とかそーいった展開だ。或いは、主人公自身が突如閃いて、周りからすればちんぷんかんぷんな修行を始める、といった場合も多い。
これにまつわる話は実に実にいろいろあって、例えば拳法漫画で滝に書いてある文字を落ちている間に読み取ったりであるとか、アメフトでトラックを延々押し続けたりであるとか、料理漫画で不思議なことに滝に打たれていたりであるとか、時にはサッカーのゴールキーパーが何故か崖から落ちてくる岩を空手で割りまくったりしている。最後のはちょっと違うかも知れないが。
ことほど左様に、「修行」の内容のぶっ飛び具合がどれ程のものか、というのも少年漫画を楽しむ上でのひとつの重要な要素であるといえるだろう。
今回のまとめ。
・修行するのは基本的に少年漫画である。
・少年漫画は少女漫画よりも基本的に対立構造がわかりやすい。
・若島津君が変です。でもミューラー君はもっと変です。
長くなった。
とりあえず今回はこれくらいで。次回は、前回コメント欄で頂いた数が一番多かった「恋愛」の話をなんとなく考えてみようかと思います。
少なくとも少年漫画についてはギャグとかコメディーとかになるとまた話は違うかなと…。
サンデーでの高橋留美子作品は(犬夜叉は別として)基本的にコメディーだし。
漫画大好きらしい作家の三浦しをんがエッセイで書いてたのを最近読んだんですが、少年漫画はたしかにテーマが少年向け、という形で括れるのに対し、「少女漫画」と漠然と人が括るのは「テーマ」ではなく「絵柄」だ、と。
たしかに。
なので少女漫画では基本的にどんなテーマもありなんですね。
そのエッセイでは「少女漫画の枠を超える壮大なテーマ!」とかいう歌い文句に反発してました。
少年漫画に抵抗ある人って修行とかの単純なテーマに抵抗あると思うけど少女漫画への抵抗って絵柄への抵抗感だと思う。
テーマ的には選べば面白い少女漫画はたくさんある。逆に少年漫画的なテーマでも少女漫画的絵柄、というのもありますよね。
あー長くなってる。
>この話って「ストーリー漫画」限定のような気がします。
おっしゃる通りでございます。ギャグ漫画にはあてはまりません。
まあ、ストーリー漫画がぶっ飛びすぎてほとんどギャグ漫画と化している、みたいな例にはあてはまるかも知れないですが。
ところで、ストーリー漫画とギャグ漫画以外の同レベルカテゴリーって何がありましたっけ?
>高橋留美子作品は(犬夜叉は別として)基本的にコメディーだし。
コメディーとストーリーの区分が微妙な漫画も結構あると思うのですよ。まあ、少年漫画・少女漫画の話はおいておいて、ってことになりますが。
まあ高橋留美子作品についてはまたおいおい。
>「少女漫画」と漠然と人が括るのは「テーマ」ではなく「絵柄」だ、と。
>たしかに。
むう、なるほど。確かに。まあ、最近は少年漫画との絵柄の差異が薄くなりつつあるよーにも思いますが。
少女漫画よりは全体的に少年漫画の絵柄の方がシンプルなんですかね。
>少年漫画に抵抗ある人って修行とかの単純なテーマに抵抗あると思うけど少女漫画への抵抗って絵柄への抵抗感だと思う。
それはあります。なんつーか、少女漫画風の「濃い」絵柄は読んでいてけっこーくたびれますね。っつーか、この話次回以降でパクらせてもらってもいいですか。
ちなみに長いのはいくらでもどーぞ。
吼えろペンからの引用ですが。
ところで、
・修行する
・対立構造明確
・マヤも亜弓さんも月影先生もみんな変
というわけで、ガラスの仮面は実は少年漫画。
>吼えろペンからの引用ですが。
ちょっと引用元が偏っている様にも思います。
少年漫画的少女漫画についてはまた項を改めて。
これらと「成人向」の境界線は明確なんだけどね。
「成人向」の範疇である「性行為」を示唆する描写は「少年」でも見られるようになり、「青年」でも直接的な描写に近い表現も見られるし。
この辺りもハッキリして貰えませんか?
>「少年漫画」「青年漫画」「成人向」の境界線が曖昧になってきていることに気が付いた。
あー、境界があいまいとゆーよりは、以前はコンセプトを統一していた少年漫画誌が色んな客層を相手にしようとし始めた、って言った方が明確なんじゃないかと思いますよ。多分だけど。
また何か書きます。