2016年05月16日

謝ることを「子どもに弱みを見せる」と認識するお父さんについて


いや、全然大した話ではないんです。むしろちょっとした話です。


同僚ではありませんが、職場絡みの知人がいます。仮に、彼のことをAさんとします。

そこまで付き合いが深い訳ではないんですが、物腰は丁寧な人で、だいぶ年下の私にも穏やかに話され、悪い印象を感じたことはありませんでした。

先日、会社絡みのイベントで彼と同席する機会がありました。家族連れのボーリングのイベントでして、Aさんのご子息も同席していました。

2ゲームが終わって、次の会場に移動しようとしている時のことだったと思います。集団が移動する場面だったので、周囲は人波でかなりごちゃごちゃしていました。


Aさんが、隣でボーリングをしていた他の団体の人に、通りすがりにちょっと強めにぶつかりました。


子どもと一緒に歩いて、よそ見をしていたAさんの不注意でぶつかったように見えました。とはいえ、別にそこまでおおげさな話ではなく、満員電車で手と手がぶつかる程度の、「あ、すいません」で済む程度の接触ではあります。私も、たまたま近くにいなければ、気づきもしない程度の接触だったと思います。

あれ、ちょっとおかしいな、と思ったのは、Aさんが「すいません」の一言もなく、じろっと接触相手を睨んだ、ように見えたところです。

相手の表情は私の側からは見えませんでした。ただ、若干雰囲気がおかしくなったようには見えました。といっても、特にトラブルや口論がある訳でもなく、相手はすぐに足早に離れ、Aさんもまた歩き出しました。

位置関係から、私はAさんと並んで歩くことになり、気になったのでちょっと聞いてみました。「さっき、隣のお客さんと何かあったんですか?なんかにらみ合ってたみたいに見えましたけど」

この時のAさんの答えが記憶に残ってます。


「いや、ぼくからぶつかっちゃったんだけどね。子どもの前で弱み見せる訳にもいかないから」

えっ。

と思いました。私の感覚から、余りにかけ離れていたからです。


どうも彼は、「他人に謝る」という姿を子どもに見せることを、「弱みを見せる」と認識している、ようでした。もっというと、「弱みを見せる」ことが、「父親の権威に関わる」と考えているのかもしれませんでした。

さして深い付き合いの人でもないので深くは突っ込みませんでしたが、別にこの人、普段は居丈高でもなんでもなく、むしろ丁寧な人なのです。少なくとも、仕事上の人間関係で「謝る = 弱みを見せる」と考えて非を認められないような人ではないので、恐らく「子供の前」ということが、彼の態度に大きく影響しているのだろう、とは思いました。



この人は、多分三つ、私とは大きくかけ離れた考え方をしているように思いました。


「悪いことをしたらごめんなさいといいましょう」と子どもに教えているのに、親がそれを実践できなくてどうすんだろう、ということ。

「ちゃんと謝る」ということで失墜するようなものが父親の権威であるとすれば、私はそんなものは要らないなあ、ということ。

子どもに見せるべきではない「弱み」があるとしたら、それは「他人に謝っている姿」ではなく、「自分の非を認めることが出来ない度量の狭さ」の方ではないかなあ、ということ。



もちろん、AさんにはAさんなりの「強い父親」像があるのだと思います。そして、その「強い父親」は、簡単に人に頭を下げないような父親なのかもしれません。

Aさんに限らず、「子どもの前だと態度が変わる」お父さん、というのは昔からあんまり珍しくないようにも思います。最近の私の周囲にはあまり観測できませんでしたが、例えば私が子どもの頃、大人同士で話している時と、子どもたちに話している時で、随分印象が違うなあ、と思ったことはしばしばありました。


どうなんでしょう。確かに、子どもは「強いお父さん」「頼もしいお父さん」に憧れるし、尊敬する部分はあるのでしょう。けれど、それは少なくとも、自分が多少なりと迷惑をかけた相手に、「あ、すいません」の一言をかけない、ということで発揮されるようなものではない。少なくとも私はそう思うのです。


つい最近、私は長女次女を前後に乗せた自転車で狭い道を走っていて、歩行者の横を通り過ぎる時、距離が近くて接触しそうになったので「あ、すいませーん」といいました。その時長女が、「パパ、いま、なんですいませんしたの?」と聞いてきたのです。「ぶつかるかも知れなかったからだよ」と答えながら、上のような話を思い出しました。


ぶつかる、ぶつからない程度のことなら大した話ではないですが。いろんな人に対して丁寧な姿を、自分の子どもにこそ見て欲しいなあ、と思っています。


今日書きたいことはそれくらい。
posted by しんざき at 20:12 | Comment(2) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつもたのしく拝見しています。私は教員でもあり母でもあるのですが、屁理屈や虚勢を子供は見抜きますね。真摯に謝れる大人でありたいものです。
Posted by たま at 2016年05月16日 20:27
>「ちゃんと謝る」ということで失墜するようなものが父親の権威であるとすれば、私はそんなものは要らない
一箇所でも弱みを見せた奴を集団で叩きのめす文化は日本での常識(世界でどうかは知らないけど)。
一番分かりやすいのは学校の保護者同士の関係かな。自分がリンチされたくないから、弱みを決して見せないと認識するようになる。そして自己防衛も兼ねて、一箇所でも弱みを見せた奴を集団リンチする。
そんな関係を強要される組織に所属すんなってのは同意だけど、それすら出来ないからこうなってるって話。
そして「子供の前で実践できない」「度量の狭さ」も、保護者同士の繋がりで考えれば説明できる。

細かい事情は分からないから考慮してないけど、私は上記の理由からA氏の行動自体は理解できる(もちろん納得はしないが)。
Posted by at 2016年05月17日 10:59
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