2016年05月28日

「面白い記事を書く、という能力」はどうやって育つのかなあ、という話


ちょっと、妥当なアプローチをするのがなかなか難しい問題だとは思うんですが、一応私の考えを書いてみます。


整理からはじめると、テーマは

○「面白くはないけれど、PVは稼げるという技術」について
○「面白い記事を書く、という能力」について

の大きく二点になります。

防御線ですらない当たり前の大前提として、「面白いかどうか」というのは人によりますしジャンルによりまして、客観的な評価軸なんてものが最初から存在しない、ということは確認しておきたいです。私の記事は私にとってちょう面白いですし、けれどそれが他の人にとっても面白いかどうかは知ったこっちゃないですし、人によってはコピペノウハウ記事が面白い人もいるのかも知れません。私にはちょっと理解出来ませんが。

なので、以下の「面白い」は、基本的に「私にとって面白い」だと思ってお読みください。


○「面白くはないけれど、PVは稼げるという「技術」について


はてなの大御所id:p-shirokuma先生が、こんな記事を書いてくださいました。



大筋として、私とp-shirokumaさんのスタンスは通底していると思いますので、反論という訳でもないのですが。

 とにかく、「その人にしか書けないこと」を書いて「しかも面白い」って、難しい人には難しいのでしょう。控え目に言っても、全員が一定レベルの「日記」「ご意見開陳」「論評」を書けるわけではありません。

 一方、“はてなブックマーク互助会”“面白さを無視したコピペ記事大量生産”といった方法は、努力さえすれば、誰でも実現可能です。どんなにつまらない人間でも、面白いかどうかはともかく一定のPVや読者数を稼げるという意味では、こちらのほうが優れているのではないでしょうか。
はてなブログには沢山の新人ブロガーが参入し、そのなかには、面白い記事が量産できるわけではないけれどもPVが喉から手が出るほど欲しい人も混じっていました。そういう、従来ならブログ世界で救われないはずのつまらない人達に救いの手を差し伸べたのが、誰にでも再現可能なブログ技術と、その技術を提供する人達でした。なるほど、提供者達が崇拝されるのもわかるような気がします。

「技術」の評価は、第一義的には、それが目的に沿っているかどうか、で為されるべきです。この場合の目的は、「ブログの記事でPVを稼ぐこと」になるかと思いますので、「どこかで見たようなノウハウ記事の引き回し」「それらの再利用・再生産」という技術を駆使して、「月に○○PV」といった記事を書いている人たちがいる以上、その技術にはある程度評価するべき有効性があるのでしょう。


ただ、その先には何があるのかなあ、と。それによって何が育つのかなあ、と。


以下、ちょっとシャドーボクシングになってしまうかも知れませんが。

インターネットにあまり価値がない情報が撒き散らされるという問題をおいておいても、コピペや既存記事引き回しによって育つ能力は「コピペ材料を探してくる能力」と「若干文章をアレンジする能力」だけです。PVを一時的にでも稼ぐことは可能かも知れませんが、自分で「新しいコンテンツ」を生み出していない以上、そこには「その先」がありません。

言い方を変えると、地力がつかない。

技術は、「目的に沿っているか」ということ以外に、「発展性があるかどうか」という点でも評価されなくてはなりません。そういう意味では、「量産型ブログ運営術」と呼ばれるものには、大きな瑕疵があると思います。

剣豪は、農民マスケット兵よりもずっと強いかもしれない。しかし、マスケット銃が普及し農民兵が簡単に訓練できるようになり、それを前提とした戦術が普及するにつれて、個人的な技芸は人並み程度でも構わないと考える人が増えるようになり、剣豪は以前ほどリスペクトされなくなります。

マスケット銃を生み出す「火薬」の技術は、更にその先、「化学」や「ライフリング」といった技術に繋がっています。だからこそ価値が大きい。ただ、「量産型ブログ運営術」は一体どこに繋がっているのかなあ、と。


いや、勿論、PV稼ぐのも大事なことなんだろうと思いますよ。読まれているというモチベーションがないとそもそもブログ続かない、というのもそうなんだと思いますし。PVがマネタイズに繋がるならそれはそれでよいことだと思いますし。ただ、ブログだけで言うほど稼げてる人っているのかな、という疑問はないではないんですが。ブログや有料メルマガだけで稼げるならサロンとかコンサルとかくそ面倒くさいことする必要ないんじゃごにょごにょ。



○「面白い記事を書く、という能力」について


多分なんですが、「面白い記事を書く能力」って、育つと思うんですよ。


どこかから出来合いのものを見つけてきてそれをアレンジするのではなく、自分で材料を拾ってきて、自分で考えて、面白そうなものに仕上げて、人にも見える場所においておく。

それを繰り返すことで、徐々に「色んな人にとって面白い記事」を生み出せる頻度や可能性が上がっていく。これは、あらゆる分野、あらゆる場面で有用なノウハウの塊です。civ4でいえば、それこそ「筆記」ですよね。筆記やアルファベットは、決して陳腐化しません。


私が考える、「その人にしか書けない」って、そういうことです。
誰かの思考の正確なトレースは、他の誰かには出来ない。だから、「面白いものに仕上げようという、その人なりの工程」が入ったものは、その人にしか書けない。そういう意味では、書評だろうが、考察だろうが、日記だろうが、何かのレビューだろうが、「その人にしか書けないもの」ってのは成立すると思うんですよね。私、自分が書く書評は自分にしか書けないだろうと勝手に思ってますし。(そもそも書きたいかどうかは置いておく)

冒頭に書きましたが、「面白いかどうか」は人によって、ジャンルによって異なりますから、結果的に「たくさんの人にとって面白い」記事が生まれるかどうかは確率の問題です。ただ、その確率は、努力次第で高めることが出来るし、その確率を高める能力は育てることが出来る。それが私の考えです。


けれどそれは、多分、「量産型ブログ運営術」といえるようなものだけを摂取していると、育たない。


今、ある程度長く個人ブログ界隈で生き残っている人たちって、多かれ少なかれ、みんな上のようなことをやってきた人たちだと思います。時には泥をなめながら、時には誰にも読まれないことに絶望しながら、必死で上記サイクルを回してきた人たちから生まれる文章って、少なくとも私にとっては「なにこれすげー面白い」ってなるヒット率が非常に高いんですよ。


ただ、この過程でのモチベーションの維持、というのはどうしても難しい問題ですよね。やっぱり、「書いても書いても誰も読んでくれない」というのは結構な失望を生んでしまうものかも知れませんから。


私自身は、どうも自分の記事が好きすぎて、自分で自分の記事を読んでるだけで「なにこれおもしれえ」となっちゃうちょっとアブナイ人なので、ブログを始めて11年、モチベーションの問題には余り突き当たりませんでした。

これは断言出来ると思うんですが、「面白い」はまず、「自分にとって面白い」から始まります。自分以上に、自分の面白さを面白がれる人はこの世に存在しません。

私は、「うるせえ周りは黙ってろ」「俺が、俺にとって面白いことを書いてるんだ、文句あんのかコラ」というスタンスに近いですし、そういうスタンスの人が増えて欲しいなあ、と思っています。それは何故かというと、そういうスタンスで続けることこそが、「面白い記事を書く能力」という「技法」に繋がっているからだ、と思うからです。

そして、そういうスタンスでブログを続けていると、比較的「誰にも読んでもらえない」という状況に対する耐性が上がるので、「生き残り」が増える可能性も割と高いんじゃないかなあ、と、そう思ったりしているわけです。面白い記事は、観測さえ出来ればいつかはPVに繋がるんじゃないかなあ、と。

そういう意味でも、いわゆる「誰にでも書ける」大量生産記事って弱いと思うんですよね。あれ、書いてて自分で「これおもしれえ!」と思えるのでしょうか。多少PVがついても、それがないと結構モチベ的につらいんじゃないかと思ったりするんですが。

まあ、勿論泥臭い話ばかりではなく、もしかすると他にも「面白い記事を書く能力」を育てる技術ルートはあるのかも知れませんけどね。私の考えは、こと「書く」というフィールドにおいては古臭いかも知れません。それでも、あらゆる時代、あらゆる場面で、こういうアプローチは有効だ、とは思っていますが。


事実、クソ面白くないブログまでもがインターネットを汚しながら成果の果実を手に入れています。ええ、彼らの技術とブログは、旧式の石炭火力発電所のようにやがて陳腐化していくに違いありません。でも、その頃には一回り新しい、やはり再現可能な技術がメディア工学者によって開発され、提供されていることでしょう。

上のような意味で、彼らが手に入れている「果実」は、私が手に入れたい「果実」とは随分違うもののようなので、そういう点で私は「脅威」はあまり感じていません。ただ、「量産型ブログ運営術」的なものがあんまり増えると、私にとって面白いものが生まれる可能性が減るし、観測もどんどんしにくくなってしまいますので、何とかなって欲しいなあ、と思って書いたのが先日の記事、という次第です。

これからも、随所随所で「こっちのみーーずはあーまいぞ」という記事は書いていきたいと思います。ほーたる来い。



と。結構長くなってしまいましたので簡単にまとめておきますと、

・いわゆる「量産型ブログ運営術」とでもいう物には、「PVを稼ぐ」という目的において一定の価値があると思います
・けれど、その技術の発展性については私は疑問です
・面白いものを作ろうとしてれば、その内面白いものを作れる(可能性が上がる)能力は身に付くと思うなあ
・けど誰にも見てもらえない時期はモチベーションの維持が難しいので、「俺おもしれえ!」モードに入れるといいですよね
・今の時代に創元のアドベンチャーゲームブックの記事とか書いてると、「誰がこれ読むんだろう」という感覚はだんだん麻痺してくるというかすげーどうでも良くなってきて超楽しくなってくるのでみんな創元のゲームブック記事書くといいです。俺読むよ。
・全然関係ないですけれどciv4天帝は全くクリアが見えなくて逆に楽しくなってきました。シレン4の浜辺の魔洞に近い
・マンサ氏ね


というよくわからない感じになるわけです。よかったですね。

今日はこの辺で。

posted by しんざき at 07:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | ネットの話やブログ論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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