2007年06月04日

ふと思いついて、「毎日更新」でぐぐってみた。


http://www.google.co.jp/search?q=%E6%AF%8E%E6%97%A5%E6%9B%B4%E6%96%B0&ie=UTF-8
約 5,960,000 件中 1 - 10 件目

わーすげー。

何が凄いかというと、毎日更新をわざわざ標榜している人の数。Webにあふれる「毎日更新」の標語。自然な習慣でもニュースサイトでもなく、看板に「毎日更新」とでかでか書き付ける理由がよく分からない。一体なんだ、その主張は。

結果的に揶揄になっちゃいそうだけど、そもそも何故「毎日」なのか。更新っていうのは、つまり自分の頭の中身を落書き帳に吐き出すことだろう。何故それが、24時間などという人工的なピリオドに支配されるのか。吐瀉物は吐きたい時に吐くもんであって、24時間に一回定期的に搾り出すもんでもないだろうに。


「日記をつける」ことが「良い習慣」だとされていた文化っていうのが、かつて日本のどこかにあった様に思う。今日から日記をつける、と子供が決意すると、あら感心ねと褒める、みたいな。

「日記をつける」ということに対する良いイメージがどこから来るものなのか、そのルーツに関しては正直よく分からない。夏休みの宿題に「絵日記」がつきものだったことは想起されるが、こちらはつきつめてみると面白そうだ。

そして、その文化の延長線上に、「日記を毎日続けることは良いこと、偉いこと」という意識が残留しているんではあるまいか。言ってみれば夏休みの絵日記心理だ。

それが「日記を書くなら毎日書かないといけない」という妙な義務感に転化して、更にはアクセス数などの面倒な問題も絡みついて、今我々の眼前にある様に私は感じる。


まあ、宿題やる前の小学生でもあるまいに、わざわざ声を大にして「毎日更新するぞー!」と叫ばんでもいいんではないかな、とか。っても余計なお世話だろな、とか。


posted by しんざき at 19:42 | Comment(5) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
よく考えてみるとおもしろいですね。
確かに毎日更新っていうのを「すごい!」と捉える考え方は根強いですよね。自分もまじめにサイトを更新してたころはそう思ってました。

日記文化ってのは日本だけではないでしょうけど、それが格別よいことだとするのは日本だけ/日本に強く見られる傾向なんでしょうかね
Posted by ゆう at 2007年06月04日 21:07
中国人とか、マメに日記つけてそうなイメージありますけどね。本邦には平安時代くらいに輸入されたんでわないかと勝手に予測。

毎日更新がすごいのは、継続は力なりが評価されているのではありますまいか。ということは、毎日ゲームしている私も褒められてよいのではありますまいか。
Posted by Zhao at 2007年06月05日 23:13
>ゆうさん
>確かに毎日更新っていうのを「すごい!」と捉える考え方は根強いですよね。

そうですねー。更新すればいいってもんでもないとは思うんですが。
日記の位置づけが国によって違うのかどうか、ってのはちょっと分かりません。面白そうなのでそのうち調べてみます。

>Zhao師
>本邦には平安時代くらいに輸入されたんでわないかと勝手に予測。

いわゆる「日記もの」が隆盛したのはそういえば平安時代でしたなー。土佐日記とか。

>毎日ゲームしている私も褒められてよいのではありますまいか。

私も毎日ゲームしてますけど誰も褒めてくれません。思うに希少価値の問題かと。
継続は力なり、だったら別に「毎日」じゃなくてもよさそうな気もするんですけどね。
Posted by しんざき at 2007年06月06日 08:57
毎日ゲームしている人間は
毎日ご飯を食べている人より少ないはずです。
ただただ生きているだけの人よりはえら……いやいいです、ごめんなさい。

で、ふと思ったのですが、毎日更新に対抗して、毎半日更新とか掲げてみてはいかがだろうか不倒城。
午前に一回、午後に一回。
Posted by Zhao at 2007年06月06日 20:35
>Zhao師
>で、ふと思ったのですが、毎日更新に対抗して、毎半日更新とか掲げてみてはいかがだろうか不倒城。

うちのブログは規則性とかそーゆーものを二光年くらい先においてきてるので厳しいものがあります。
汝が真実でれっつ実現。
Posted by しんざき at 2007年06月07日 00:48
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