そういえばこの話をブログで書いたことがなかったなあ、とふと気づきました。いい加減時効だと思うので、なんとなく書いてみます。大した話ではないです。
むかーしむかし、私はいわゆる「ゴーストライター」のようなことをしていました。
ゴーストライターというとなんかかっこよさげな感じですが、ゴーストライターにも色々ありまして、「有名人の単著を本人名義で代わりに書く」というようなものばかりではありません。他人の名前で他人の文章を書くことが多い、という点でゴーストライターと呼ばれてはいましたが、私がやっていた仕事は単純に言って「雑誌記事の穴埋め」でした。
記名記事が落ちた時、正規のライターさんと急に連絡がとれなくなった時、作家さんがいきなりなんの前触れもなくアルゼンチンやケニアに旅立った時などに、諸事情で「休載」とは言えない場合、私のようなものが代わりに書いたりするのです(実際には、誰が書いたという表示をしない無記名記事を書くことの方が多く、そういう場合そもそもゴーストとは言わないのですが)。書くジャンルは多岐に渡っておりまして、行ったことがない場所の旅行記を書いたこともあれば、行ったことのない店のレビューを書いたことも、時代小説の途中だけを書いたこともありました。
妙な時代でした。インターネットはまだぜーーんぜん一般的なものではなく、「パソコン通信」がまだ栄えていた時代です。スマホはありませんでした。携帯電話も確かまだ高価でした。ポケベルは現役でした。
当時、とあるパソコン通信のゲーム系BBS内でメルマガのようなものを書いていた私は、その縁である編集者さんに声をかけてもらい、上記のようなことをアルバイトでやることになりました。この時の私はまだ「しんざき」ではなく、漢字二文字の一般熟語をHNとして使っていました。
私はまだ学生でした。ただ、こちらも色々と事情があり、おおっぴらに「バイトの学生」ということは言えなかったので、立場上高卒で就職した編集者見習い、というようなことになっていました。当時周囲は30台〜40台のこわもてのオジサマだらけで、私のようなぺーぺーの若造が、不定期とはいえその辺をうろちょろしていたのは、随分珍しい光景だったと思います。
ある時、私は取材の手伝いで、編集者さんに同行することになりました。スーツを着る必要はなかったんですが、何故か名刺を持っていけといわれました。私はこの時、初めて名刺交換のやり方を知りました。
しかし、私の本名を使った名刺を作る時間も勿論ありませんでしたし、そんな必要もありはしませんでした。私は3枚の名刺を提示されて、「どれか選んで」と言われました。勿論、その3枚とも、私の本名とはまったく関係ありません。こんなんでいいんか、と私は思いました。今からよく考えると良い訳はないんですが、当時社会人経験など全くない学生でしたから、そんなこたぁよくわかりません。
私がてきとーに選んだ一枚には、「新崎〇〇」と書いてありました。(後述する可能性の為に、一応名前部分は伏せます。よくある名前でした)
その名刺がなんだったのか、ということを、実は私は今でも知りません。ゴーストライター用に架空の名義で用意されたものだった、という可能性はもちろんあります。ただ、その出版社は非常に人の出入りが激しい職場だったこともあり、「辞めた誰かが置いていった名刺」だったという可能性の方が高かったような気がします。怖いので突っ込んでませんが。
その名刺を持って、録音機材を持って、編集者さんにのこのことついていった先で、私は人生初めての名刺交換をします。
「お世話になっております。しんざきと申します」
私が初めてしんざきを名乗った瞬間です。もう20年近く前のことです。
ちなみに、このちょっとあと、確かオフィスから出る時に、私は編集者さんにこう言われました。
「アホか。あれは「にいざき」や」
やってしまったのでした。
つまるところ、その名刺は元々は「にいざきさん」という人の名刺であって、私はその字を読み違えてしまったのですが、今更戻って「すいませんにいざきでした」と名乗り直すことも出来ません。それ以降、私はその仕事をしてる間ずっと「しんざき」というやや珍しい読み方(そういう読み方が無い訳ではなかったので)の人として通すことになり、その流れで、以降20年近く「しんざき」を名乗り続けることになってしまった、という話なのです。
要するに、私の20年来のハンドルネームは、読み間違いから世に生まれました。途中で私は「しんざき」という言葉の響きを妙に気に入って、主体的に使い続けるようになりました。おそらく、これから先も延々とこの名前と付き合い続けるのでしょう。
ただ、今でもたまーに、「結局にいざきさんとは誰だったのか」ということを思い出すことがあります。しんざきという読み間違いを生んだ元の名前、にいざき。にいざきさんは架空の人だったんでしょうか。実在したんでしょうか。その職場はもうとっくの昔に無くなっており、当時の事情を知っている人も今はおらず、確かめる術はもはやありません。
しんざきの名前の元ネタになった人に思いをはせつつ、私は今日もてきとーなことを書こうと思うのです。
それだけの、ちょっとした話でした。
今日書きたいことはそれくらい。