2017年03月07日

人生において、面白くないゲームを遊ぶことがいかに重要なのか

今からヨタ話をします。

先日、こんな記事を拝読しました。


「茶番だと感じてしまうことであっても、時には全力を出す必要が生じる」「茶番だと感じてしまうことに対して全力を出すには、ある程度練習が必要」という話だと思います。首肯します。

就活や面接に限らず、「これ意味あるのか?」とか「これは茶番では?」と感じてしまう機会、というのは人生においてしばしばあります。そして、「茶番だと感じてしまうかどうか」と、「そのイベントを乗り越える必要性」というのは、往々にして比例しません。茶番だと感じてしまってもコストとリターンを考えれば全力で当たらざるを得ない案件や、いい加減に当たるにはリスクが大きすぎる案件。色々あります。

それに対して、「たとえそれが茶番であるということが分かっていても、スイッチを切り替えてそれに全力で当たれるヤツは強い」ということは、一般論として言えると思います。茶番かどうかではなく、そのイベントを乗り越えることで得られるもの、そのイベントを乗り越えられないことで失うもの、その大小でリソースを割り振る。これ重要ですよね。


ところで、私は比較的「茶番であると認識していても全力でそれにあたる」スイッチを入れることが上手い方だと自己認識しているのですが、それは何でかというに、幼少からのゲームの経験が大きいんじゃないか、という結論が出ました。


皆さん、ゲーム遊びますか?本気で遊びますか?私は本気で遊びます。


ゲームをクリアしても実質的なものは何も得られないとして、みなさんは何故本気でゲームを遊ぶのでしょうか?

え、ゲームは楽しいから?ゲームで必要とされる負荷が小さいから?冗談でしょう、何言ってるんですか?まさか、楽しいゲーム、負荷がかからないゲームしか本気で遊んだことがないんですか?


勿論、ファミコンには、超面白いゲーム、超楽しいゲーム、人生を豊かにしてくれるゲームが山のようにありました。一方で、時には私たちは、人生を豊かにしてくれるにしてもその際かなり過大なコストを要求するゲームにも突き当たることになりました。


かつて、私は遊びました。スーパーモンキー大冒険を。ロマンシアを。ドラゴンズレアを。時空の旅人を。闘将!!拉麺男 炸裂超人一〇二芸を。


思い出した筈です。皆さんもかつて、「積極的に面白いとは断言できないゲーム」を、必死で、真剣に遊びませんでしたか?そして、それらを必死こいてクリアしては「おらぁぁぁ!!」と叫んで開発者への凱歌としませんでしたか?あ、しなかった?すいません。


私は今でもこれらのゲームが好きですが、「面白かった?」と聞かれると、20秒ほど考えるかも知れません。確かに、これらのタイトルは、楽しむ為にちょっと過大なコストをプレイヤーに求め過ぎていた。それでも私たちは、少なくとも私は、これらのゲームを真剣になって遊び、クリアしてきたのです。(ドラゴンズレアだけは自力でクリア出来ませんでしたが)

これらの、非常にコストがかかるゲームを、なぜ真剣になって遊べたのか?「買ったからには遊ばなくてはいけないから」ですか?いや正直それもないとは言わないんですが。私が考える限り、その理由は一つです。


元来、ゲームには、「目的を単純化してプレイヤーに提示する機能」と、「プレイヤー自身に目的を設定させる機能」があります。茶番の話と結びつけた言い方をすれば、「プレイヤーに強制的にスイッチを切り替えさせる機能」とでも言うべきでしょうか?


多くのゲームには、「なんの役にも立たないけれど、取りあえずクリアしたくなる目標」を提示する機能があります。それは例えば「ステージクリア」であったり、「ゲームクリア」であったり、「パーフェクトボーナス獲得」であったりします。これらは元々、そのゲームに作り込まれた機能です。

そして更に、「なんの役にも立たないけれど、プレイヤー自身に目標を拡張させる」機能もゲームにはあるのです。それは例えば「ノーミスクリア」であったり、「ハイスコア」であったり、「短時間クリア」であったりします。ゲーム自体がそれを提示していなくても、我々は勝手にゲームに目標設定をして、それに対して頑張ることが出来るのです。


この機能を持っているのがゲームだけ、という訳ではありません。ただ、ゲームが特に分かりやすいのは、ジャンルにもよりますが

・ゲーム自体が目標を可視化している(エンディング、ステージクリア、ボスの存在など)
・スコア、クリアタイムなど、それ以外の指標も可視化されていることが多い

という事情があるのではないかと思います。


言い方を変えれば、ゲームはそれ自体、「自発的な目標設定をプレイヤーに練習させてくれる」機能を持っているのです。


ゲームが楽しければ、自発的な目標設定をしなくても我々はゲームを楽しむことが出来ます。


しかし、一部のゲームについては、ある程度自発的な目標設定をしないと正直とてもやってられなかった。たとえばスーパーモンキーで言えば、いかに八戒や沙悟浄を殺さないで先に進むか、というのを一つの目標にしてみたりとか。ゴーストバスターズであればひたすらお金を溜めてみるとか。ゲームを乗り切る為に、自分で新しい目標を作って、そこをメインに遊んでいたのです。


面白くないゲームを遊び慣れると、一見面白くない状況に、楽しめる目標を見出すことが上手くなる!!!!


それこそが、私が「茶番スイッチ」を入れることに習熟した理由なのではないか、と思うわけです。ああ、エピックソニーよ、バップよありがとう。人生には、面白くないゲームを遊ぶことで身に着けられるものが実に重要でした。


ということで、茶番スイッチを入れるのが上手くない人は、今すぐにでもロマンシアを攻略サイト無しでクリアすることをお勧めする(ウィザードリィ4を攻略情報なしでクリア、でも可)訳です。みんな頑張れ。超頑張れ。

ロマンシア楽しいですよね。BGM超かっこいいし。でも許さない、絶対にだ。

あ、今日書きたいことはそれだけです。


posted by しんざき at 19:12 | Comment(3) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
記事で言いたいことは分かるんですが、ゴーストバスターズが面白くないゲーム扱いされていることに不満が……
Posted by at 2017年03月08日 11:33
マインドシーカーをまじめにクリアしてしまいました
人類には早すぎるゲームだったと思います
Posted by at 2017年03月08日 14:43
楽しく読ませてもらってます。

最後のセリフ
許さない。絶対にだ。

同感です。
許さん。
Posted by いばいば at 2017年05月03日 10:55
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