2017年05月12日

無理して「とがった意見」を書こうとしている、書かなくてはいけないと思っている人たちへ

確かに、とがった意見だとか極端な意見って、そうでない意見よりも注目される頻度は高いんですよ。それは間違いないです。

なんか「ブログの書き方」とか「アクセスを増やす為には」みたいな話を観測していると、結構な頻度で「極端な意見を断言する」とか「とがったタイトルで注目を集める」みたいなことが書いてあります。極端な意見で人を集めるのは良いこと、みたいに書いてあることもあります。

ただねえ、と思うわけです。


ちょっとたとえ話として、話を単純化してみます。

例えばあるテーマについて、1から10までの意見の濃淡があったとして。「5だと思う」とか、「4から6くらいだと思う」と言った場合、一番極端な意見からでも4〜6しか離れていない、という計算になります。

一方、「1だ!!!」ないし「10だ!!!」と叫んだ場合、極端な意見からすると8〜9くらい離れているという計算になります。

「意見を言いたくなる時」「反応したくなる時」というのは、「強く感情を揺さぶられた時」です。それは正の側でも負の側でも同じことで、つまり「すげー賛成」とか「すげー反対」と思った時には反応したくなる。特に、てめえふざけんな、と思うとついつい反応したくなっちゃう人って想像を絶する程多いわけです。で、「反対の意見」を見たら擁護してくれる「賛成の意見」も集まりやすくなるわけで。

だから、極端な意見は注目されやすいし、反応を集めやすい。実際にはもうちょっと色々グラデーションは増えますが、まあ大筋そんなもんだと思います。2ちゃんまとめサイトとか、なんの変哲もない話でも、わざわざ手を変え品を変え、とがった方とがった方に寄せていこうとしますよね。


ただ、あなたがよほど「収益のためなら・注目のためならなんでもする!!」と覚悟しているなら別なんですが、そこまででもない場合、「とがった方向に寄せる」のはちょっと考えてからの方がいいかも知れません。


何故なら、普通の人にとっては、「強い反対にさらされ続ける」というのはやっぱりなんだかんだですげー疲れることだから。

とがった方とがった方に寄せていって、それでブログの色がついてしまったり、それを自分の「持ち味」とか考えてしまうと、元の方向に戻すのはすげー難しいことだから。

何かテーマがあったとして、それについての妥当な答えが「1」か「10」かということは実際のところ少なく、「本来の落としどころ」というのは4から6くらいにあるものだから。

そして、「あ、この人、無理してとがった方向に寄せてる」とバレてしまうと、やっぱなんだかんだで飽きられるのも早いから。


とがった意見やら極端な意見で人を集めるっていうの、普通の人にとってはある種の焼き畑農業なんですよ。ブログを燃やして、人を集める。といっても、本来の焼き畑農業ならそのあと一定期間畑を休ませるものなんですが、とがった意見で人を集めて味をしめてしまうと、その後連続してとがった意見に寄せていきたくなるから、どんどんその色がブログについてしまう。ブログでは、休ませる = 人が減る、ということなので、連続して人を集めたければ燃やし続けるしかないわけです。

ただ、

極端な意見を書き続けていれば、あなたのブログにはどんどん悪意を持った目線が溜まっていきます。それは間違いない。

一部の振り切った人たちは、あなたの極端な意見に対する悪意を「相手にする価値のないアンチ」とかいって希釈しようとするかもしれないですが、それはやっぱり極端な意見に対する揺り戻しであって、「聞くべき価値のない意見」でないものも多いし、普通の人は自分に対する悪意を観測してしまったらやっぱり疲れるわけなんですよ。疲れると続かない。


それに、「極端な方向に振る」っていうのは、「妥当な場所を見つける」という方向性とははっきり矛盾するんですよね。


なんだかんだで、一番必要なことは「何が妥当なのかを考える」ということです。二つの対立した陣営があったとして、その状態を回避しようとするには、落としどころをみつけなくちゃいけない。やっぱり、真ん中あたりにちょうどいい答えが眠っている問題って多いし、実際現実ではその真ん中あたりのルートで話が進んでたりするんですよ。

とがった方向に意見を振ると、その「妥当な場所」が見つけにくくなる。妥当な場所を探す練習もできなくなる。


あと、やっぱ「いつも極端な意見を言ってる人」って見切られるのも早いですよ。特に最近は。

条件反射でついちゃう反応はやっぱありますけど、それやっぱ見てるとどんどん減っていきますもん。昔よく炎上狙い記事が注目されてたけど、最近見ない人、って結構いませんか?誰か頭に浮かんだら、見に行ってみてくださいそのブログ。すげーかわいそうなことになってますから。


極端な意見は、確かに一時的には注目されやすいです。けど、極端じゃない意見が注目されないか、っていうと決してそういうわけじゃないんですよね。

私、自己評価としてはあんまり極端なこと書いてないつもりなんですけど。書いてませんよね?すいません、いったん書いてないことにしておいてください。自分としてはなるべく「妥当なところ」を探しながら書いてるつもりなんですけど、やっぱそれだと続けるの楽ですし、長く続けてるとありがたいことに結構注目していただけるもんですよ。まあ私、このブログで一円も稼いでないんで注目されなくても別に損はしないんですけど。

といって、やっぱ最初の頃はやっぱなかなか見てくれる人もいないもんで、ついついとがった方向に寄せたくなっちゃうかもですけど。観測者っていうのは案外バカにできないもので、続けてるとそのうち観測してくれるんですよ。で、「妥当」と思われると拾ってくれるものなんです。それが積み重なって、ちょっとずつちょっとずつ、読んでくれる人が増えていく。

このブログは、そうやってずーっと続けてきた、つもりです。


とがった方向に振らないで、真ん中あたりの、妥当な場所を探しながらゆっくり続ける人がもうちょっと増えてもいいんじゃないかなー、と、そんな風に思うわけなのです。


今日書きたいことはそれくらいです。
posted by しんざき at 22:54 | Comment(3) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも無難で妥当なこと言ってる人が継続的なアクセス集められますかね?

極端な意見も妥当な意見も思いつくのは簡単なので
その人なりの意見があるべきなんじゃないのかなぁ
Posted by at 2017年05月12日 23:55
>> Posted by at 2017年05月12日 23:55

「ページビューと継続的なアクセス」をブログの目的としていることこそが、そもそもの間違いなんだよ。
そんなものに従属しているから、脆い極論を振り回すようになる。
Posted by at 2017年05月16日 15:09
とがった意見は分かりやすさが全面に出ますから注目されやすいし、それが問題提起になって議論も巻き起こりやすいのは確かです。
ただ、元がとがっているだけに議論も過激な方向に流れやすく、問題解決そっちのけで言葉の殴り合いに発展することも多いですね。
Posted by at 2017年05月18日 07:35
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