2017年05月31日

子どもを叱った時、「ごめんなさい」をゴールにする必要は必ずしもない気がする


「叱る」時のゴールは「ごめんなさい」で本当に正しいのか?という話です。

しんざきは三児の父です。長男は9歳小学4年生、長女次女は5歳の双子で、幼稚園の年長さんです。


子どもが「ごめんなさい」と言えないから親子ともに煮詰まって疲弊してしまうケース、って結構あるような気がしています。というか、観測している範囲ではすごーーく多いです。

子どもが何か良くないことをしたとします。例えばおもちゃを粗末に扱ったり、いたずらで棚を滅茶苦茶にしたり。当然親は叱ります。

この時、一通り「何がいけなかったのか」「何がダメだったか」を伝えるのはいいんですが、その後「ごめんなさいは!?」というところでトラブルになるケースがしばしばあります。子どもから、するっと「ごめんなさい」という言葉が出てこない。親としては、「ごめんなさい」と言わせないとお説教が終わらないから、いつまでもその場が収拾しない。振り上げた拳が下せない。何故素直にごめんなさいが言えないのか、と悩んだ親御さん、相当な数いるんじゃないでしょうか。時によっては、「なんでごめんなさいが言えないの!」なんて怒声が聞こえてくる場合もままあります。大変ですよね。


ただ。勿論子どもにもよるし、状況にも、年齢にもよる話なんですが、私、必ずしも「「ごめんなさい」と言わせないとお説教が終わらない」と考える必要はないんじゃないかなーと思ってまして。

「叱る」ことのゴールは、別に「ごめんなさい」じゃなくていい、煮詰まるくらいなら「ごめんなさい」がゴールと考えない方がいいんじゃないかな、と。端的に言うとそう考えているんです。


勿論、親が子どもを叱った時の「理想のルート」は、


1.親が何をダメだと思っているのかが子どもに伝わる
2.子どもがその内容に納得する
3.子どもが自分の行為を反省する
4.反省した内容を口に出す(ごめんなさい)


ということになると思います。

けどこれって、重要なのは1,2であって、4はある意味「親が納得する為の儀式」に過ぎないと言えば過ぎないんですよね。

いや、儀式が重要じゃない、って話じゃありません。相手に謝罪の意志を示す、というのはとても大事なことです。相手に「自分は悪いことをした、と思っている」と納得してもらうことも大事だし、その練習をすることも必要なことです。それはそれで必要なんです。

けど、それは多分最優先事項じゃない。

こと「子どもを叱る」という時には、何より大事なのは1と2なんですよね。まず何よりも、「何がダメなのか」「お父さん/お母さんは何故、何をダメと考えているのか」を伝えなくてはいけない。それを理解してもらわなくてはいけない。子どもの倫理観、判断基準を形作る為の、これが最優先事項だと思うんですよ。

つまり、「理解」まで行っていれば、取りあえず「叱った」目的の大部分は達成出来ていると考えていいんじゃないかなあ、と。それを判断する為には、別に「ごめんなさい」という言葉は必要なく、子どもがちゃんと聞く姿勢をとれていれば十分なんじゃないかなあ、と。


「理解」と「納得」の間にはそこそこの広さの谷があります。「納得」する為には、理性だけでなく、感情的にもその言葉を受容しなくてはいけません。

そして、多くの子どもは、感情を統制することに慣れていません。「頭ではわかるけど、感情的には納得できない」という状態をどうにかするには時間が必要です。「謝罪の言葉を口にする」には更にもう一段階、感情の制御が必要です。

実際のところ、「どう見ても子どもが悪いのに、すぐごめんなさいが言えない」理由って殆どこれだと思うんですよ。理解は出来る。けれど感情がついてこない。皆さん、子どもの頃ってそうじゃありませんでした?「頭ではわかるけど、感情として謝りたくない」時ってたくさんありませんでした?

これについては、何より必要なのは時間です。子どもはただでさえ感情を制御することに慣れていないんだから、まず「感情を落ち着かせる」為のインターバルとなる時間を作ってあげないといけないと思うんですね。

この、「理解する」「納得する」「感情を落ち着けてごめんなさいと言う」というプロセスをきちんと踏まないと、子どもは間違った学習をしてしまいかねないと思うんです。つまり、「納得していなくても、理解していなくても、取りあえずごめんなさいと言っておけば親は引き下がる」という、ごめんなさいさえ言っておけばいいんだろ、的な学習は、あんまりよろしくないものなのではないかと。

けれど、世の中そうそうゆっくり時間をとっていられる時ばっかりではないので、待てない時には「とにかく叱る理由はちゃんと説明する」「説明をちゃんと聞いた、と判断出来たら、ごめんなさいを言えなくても取りあえずよしとする」という判断をするのも時にはアリなんじゃないかなあ、と。「なんでごめんなさいっていえないの!」と追い詰める・追い詰められるよりはその方がいいんじゃないかなあ、と。



繰り返しになりますが、「ごめんなさい」と言わなくてもいい、という話じゃないんです。ごめんなさいときちんと口にする練習は必要だし、自分の感情を落ち着かせる練習も必要です。

ただ、その練習にはある程度ちゃんと時間が必要ですよね、と。

「叱る」という行為の本来の目的、「何がいけないのか理解してもらう」「子どもに善悪の判断基準を伝える」ということを考えれば、必ずしも「ごめんなさい」にこだわらなくてもいいんじゃないか、と。「ごめんなさい」にこだわって、親子ともに疲弊したり、子どもが誤った学習をしてしまうくらいなら、一旦その場を収めてゆったり時間をとってもいいんじゃないかと。


そんな風に考えたのです。


今日書きたいことはそれくらい。


posted by しんざき at 14:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て・子どもたち観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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